『はじめての漢方診療』 (4)少陽病 2)諸方と運用

平成19年(2007)11月8日
「日常診療に役立つ漢方講座」
第165回 筑豊漢方研究会
入門講座 『はじめての漢方診療』
(4) 少陽病 2)諸方と運用
飯塚病院 東洋医学センター
漢方診療科 三潴 忠道
1
しょう
漢方医学的な病態(証)の二大別
N8
陽証
陰性の病態 : 体力が劣勢
陰証
病気の進行方向
陽性の病態 : 体力が優勢
活動性
発揚性
熱が主体
非活動性
沈降性
寒が主体
漢方医学的な病態を証といい、証は大きく陽証と陰証の相対的な二つに分類される。
陽証とは体に病邪がはいってきたことに対して体力が十分に反応できる病態であり、熱が主
体(寒が乏しい)となる。
陰証は病邪に対して体があまり反応できず、非活動的な病態で寒が主体となる。
病気の進行としては基本的には陽証からはじまり、徐々に体力が消耗するにつれて陰証に移
っていくのが大きな流れとなる。
2
N10
表裏の概念
表 皮膚 関節 神経
口腔~上気道
半表半裏
胸膈内臓器
横隔膜周辺
裏
消化管
また証の物差しの一つに表裏(ひょう・り)がある。
表とは体の表面のこと、浅い部分といった意味で、病が表にあると皮膚・関節・神経や口腔
~上気道のあたりに症状が出現しやすい。
裏は身体の中心、主に消化管をさす。
半表半裏とは文字通り表と裏の間のことであり、半表半裏に病気があると、胸腔内臓器や横
隔膜前後に症候が出現しやすい。
太陽病は主に表に病邪との戦いのステージがあり、徐々に病気が進行して少陽病になると半
表半裏にステージが移り、
陽明病期では裏が病邪と戦うステージとなる。
3
陰陽と体力と病毒との量的消長の関係
N8・10
時 間
陽証病期 熱
陰証病期 寒
表
裏
裏
裏
裏
死
厥陰病期
少陰病期
太陰病期
六病位
病 毒
陽明病期
太陽病期
初 発
半表半裏 少陽病期
体 力
病気は基本的には陽証から始まり陰証に流れていく。
陽証は熱が中心であり、陰証は寒が中心である。
太陽病は表、少陽病は半表半裏、陽明病は裏に病邪との戦いのステージが存在する。
陰証は総じて裏であることが多く、裏に冷えが存在する。
陽証の3病期と陰証の3病期を合わせて三陰三陽あるいは六病位という。
今回は前回にひきつづき、少陽病期について説明をする。
4
少陽病
半表半裏
【傷寒論】 少陽之為病、口苦、
咽乾、目眩也。
【病位】
【代表的脈候】 弦
清解
【主要症状】
【治療原則】
小柴胡湯
往来寒熱
口苦・
嘔
舌 ・・白(~黄)
腹 ・・胸脇苦満 ・心下痞鞕
【代表方剤】
N26
慢性疾患で陽証の場合は少陽病期が多い。
少陽病期は、病気を川の流れで例えると、流れがゆっくりになる淵のような場所である。
傷寒論では少陽病の基本的な病態として、口が苦く、喉が渇き、目まいがするとある。
病位は先ほど述べたように半表半裏であり、典型的には脈は弦、舌は白~黄苔、腹証は胸協
苦満や心下痞鞕を認める。
治療原則は清解といい、太陽病の発汗や陽明病の瀉下(下剤で下す)をせず、その場で邪熱
を冷ます方法である。
少陽病期の代表的な方剤が小柴胡湯であり、小柴胡湯証を理解することが少陽病を理解する
近道となる。
5
N28
小柴胡湯
脈:弦
舌苔:乾燥
(やや湿潤)
白
腹力:3
(特徴)
往来寒熱
口苦・悪心
肩背・頚項強
手足煩熱
小柴胡湯証を説明する。
小柴胡湯証の脈は弦といい、ちょうど弓の弦のようにピンと張っているような脈である。
腹力は5段階評価の3、つまり中等度であり、胸協苦満、心下痞鞕、両側腹直筋の緊張を認
める。
胸脇苦満は右のほうが強いことが多い。
両側腹直筋の緊張はなくても小柴胡湯は使えるが、小柴胡湯証では腹直筋の緊張を認めるこ
とが多い。
自覚症状の特徴としては往来寒熱といい、夕方の発熱や、口が苦い、吐き気がする、肩背・
頚項がこわばる、手足がほてるなどがある。
太陽病は項背こわばるであり、首筋の部分が凝ること。少陽病のこわばりは首の後ろという
よりは外側から肩にかけてである。
6
主な柴胡剤とその使い方
方剤
脈
舌苔
乾燥
黄
大柴胡湯
白黄
ヤヤ沈 乾燥傾向
柴胡加竜骨牡蠣湯
実
白
実
乾燥
弦
(ヤヤ湿潤)
小柴胡湯
白
沈
実
虚
柴胡桂枝乾姜湯
(腹力) 特徴・応用
4~5
3~4
3
ヤヤ乾燥
(白)
3
浮弦
弱
ヤヤ乾燥
微白
2~3
ヤヤ浮
弱
湿潤
(微白)
2
四逆散
柴胡桂枝湯
腹候
N28
強実
便秘
強実~やや実
強実~やや実
便秘傾向
便秘傾向
精神不安
精神不安
悪夢・易驚
悪夢・易驚
往来寒熱
往来寒熱
口苦・悪心
口苦・悪心
肩背・頚項強
肩背・頚項強
手足煩熱
手足煩熱
腹直筋・全長緊張
腹直筋・全長緊張
四肢冷・顔色不良
四肢冷・顔色不良
下痢・便秘(兎糞)
下痢・便秘(兎糞)
抑欝傾向
抑欝傾向
小柴胡湯+桂枝湯
小柴胡湯+桂枝湯
カゼの治り際
カゼの治り際
上腹部痛
上腹部痛
てんかん(加芍薬)
てんかん(加芍薬)
頭汗・盗汗
頭汗・盗汗
上熱下寒・口唇乾燥
上熱下寒・口唇乾燥
神経症状・悪夢
神経症状・悪夢
アレルギー性鼻炎
アレルギー性鼻炎
これも前回説明した表だが、少陽病期に使用する代表的な方剤の一群に表に示したようなも
のがある。
生薬の柴胡が含まれていることが一つの特徴であり、これらをまとめて柴胡剤という。
小柴胡湯を一つの基準として、大柴胡湯などそれより実証のものや、柴胡桂枝湯などの虚証
のものがある。
それぞれ、脈力や腹力・腹候などを参考に虚実によって使い分けることが必要である。
主な柴胡剤と構成生薬
N26
ダ
ダイ
イサ
サ イ
イ コ
コト
トウ
ウ
大 柴 胡 湯
柴胡 半夏 黄芩 芍薬 大棗 枳実 大黄 生姜
サイコカリュウコツボレイトウ
サイコカリュウコツボレイトウ
柴胡加竜骨牡蠣湯 柴胡 半夏 茯苓 桂枝 黄芩 大棗 生姜 人参 竜骨 牡蠣 大黄
シ
ショ
ョウ
ウサ
サイ
イコ
コト
トウ
ウ
小 柴 胡 湯
シ
シギ
ギャ
ャク
クサ
サン
ン
四 逆 散
サ
サイ
イコ
コケ
ケイ
イシ
シト
トウ
ウ
柴 胡 桂 枝 湯
柴胡 半夏 生姜 黄芩 大棗 人参 甘草
柴胡 枳実 芍薬 甘草
柴胡 半夏 桂枝 黄芩 人参 芍薬 生姜 大棗 甘草
サイコケイシカンキョウトウ
サイコケイシカンキョウトウ
柴胡桂枝乾姜湯
柴胡 桂枝 瓜呂根 黄芩 牡蠣 乾姜 甘草
ホ
ホチ
チュ
ュウ
ウエ
エッ
ッキ
キト
トウ
ウ
補 中 益 気 湯
黄耆 人参 白朮 当帰 陳皮 大棗 甘草 柴胡 生姜 升麻
カ
カミ
ミシ
ショ
ョウ
ウヨ
ヨウ
ウサ
サン
ン
加 味 逍 遥 散
当帰 芍薬 白朮 茯苓 柴胡 甘草 牡丹皮 山梔子 生姜 薄荷葉
今回はまず前回説明していない柴胡桂枝乾姜湯、補中益気湯、加味逍遥散について説明する
。
N28
虚証の柴胡剤とその使い方
方剤
サイコケイシカンキョウトウ
サイコケイシカンキョウトウ
構成生薬
柴胡 桂枝 瓜呂根 黄芩
柴胡桂枝乾姜湯
牡蠣 乾姜 甘草
ホ
ホチ
チュ
ュウ
ウエ
エッ
ッキ
キト
トウ
ウ
補 中 益 気 湯
カ
カミ
ミシ
ショ
ョウ
ウヨ
ヨウ
ウサ
サン
ン
加 味 逍 遥 散
黄耆 人参 白朮 当帰 陳皮
大棗 甘草 柴胡 生姜 升麻
当帰 芍薬 白朮 茯苓
柴胡 甘草 牡丹皮 山梔子
生姜 薄荷葉
脈
舌苔 特徴・応用
ヤヤ浮
ヤヤ沈
弱
頭汗・盗汗
上熱下寒・口唇乾燥
神経症状・悪夢
アレルギー性鼻炎
散大
弱
白苔・濃淡 気虚 倦怠感
内臓下垂 口角の白沫
皮膚軟弱 老人の慢性炎症
ヤヤ弦
弱
柴胡桂枝乾姜湯証-寒
+熱+瘀血
舌質深紅 舌裏静脈怒張
不定愁訴 逍遥熱 更年期
柴胡桂枝乾姜湯、補中益気湯、加味逍遥散の3つが少陽病虚証の柴胡剤で、病位と虚実がほぼ同じ3兄弟である。
柴胡桂枝乾姜湯は陽証の薬でありながら、温めるための乾姜が入っていたり、潤すための瓜呂根が入っていたり、
精神安定作用のある牡蠣が入っていたりとやや独特の構成となっている。
また臨床的な特徴として、日中など人前では頑張れるが家に帰って一人になるとぐったりと疲れてしまうということや、
喉は渇かないが口が乾燥する、手足は冷えるが顔は多少のぼせるなどの症状がある。
次に補中益気湯について説明する。
補中の中というのは中焦のことである。体幹は剣状突起、臍の高さをおよその境とし、上焦・中焦・下焦に分けられる。
このうち中焦は消化吸収の中心で、実質臓器として“脾”、消化管として“胃”があるとされ、生後のエネルギー補給の要所である。
この中焦の働きを補うことで元気を増す薬、という意味で補中益気湯と名づけられている。
黄耆、人参、生姜、朮、甘草、陳皮など、脾胃を補って元気をつける生薬が多種類入っており、
また柴胡は他の柴胡剤に比べて半分以下の量になっている。柴胡は肝を瀉すというが、血の巡りを良くする程度になって
いる。
また升麻は胃下垂や子宮脱などの弛緩しているものを助けて持ち上げるような作用をもつ。
舌は腫大し濃淡のある白苔をかぶっていることが多い。腹力はやや弱いがふっくらした感じが典型で、
肌は少しかさかさあるいは軟弱な感じ、典型的な脈は散大といって浮大(幅がある)弱である。
つまり補中益気湯は他の柴胡剤と違い、瀉すというより気虚を補うことがメインの薬(補気剤)として有名である。
また高齢者などで、熱性疾患の慢性期に柴胡剤を使いたいが、体力が弱く虚証で使いにくいようなときにも有用である。
最後に加味逍遥散について説明する。
加味逍遥散も柴胡が入っているが、それ程多くは含まれていない。
虚証で熱がこもったような病態に適応する。柴胡桂枝乾姜湯証では寒があるのに対し、加味逍遥散は熱を持っていること
で鑑別する。
加味逍遥散の特徴的な所見として、舌が赤くて細く尖っていること、舌の裏の静脈が怒張していることなどがある。
女性を中心とした不定愁訴に適応することが多く、更年期などのホットフラッシュに使われることで有名である。
柴胡剤に駆瘀血剤を合わせたようなものが加味逍遥散であり、柴胡桂枝乾姜湯と駆瘀血剤の合方に似るが、寒熱の違いが
ある。
しかし加味逍遥散加附子という方法もあり、証が重なり合っているともいえる。
これらの3処方はいずれも胸脇満微結を認め、虚証の方剤であり、「のぼせがあるから加味逍遥散」などとせず、
きちんと虚実を見極めてから使うことが必要である。
9
柴胡桂枝乾姜湯証
柴胡桂枝乾姜湯証の腹候の写真。
腹力がやや弱くガケ腹で皮膚の艶が無いなどが特徴である。
10
加味逍遥散証
加味逍遥散証の腹候の写真:横から
柴胡桂枝乾姜湯証の腹とよく似ているが、
加味逍遥散証は熱があるため少し艶っぽくなっている。
11
加味逍遥散証
加味逍遥散証の腹侯:正面から
熱があるため少し赤みを帯びている。
12
柴胡含有方剤の使用頻度
調査施設:飯塚病院漢方診療科
調査期間:1996年3月18日~3月29日(診療実日数9日間)
全症例数963例 柴胡含有方剤処方数328例
加味逍遙散(34)
補中益気湯(29)
黄連解毒湯(22)
柴胡桂枝乾姜湯(73)
柴胡桂枝湯(63)
大柴胡湯(32)
十味敗毒湯(8)
乙字湯(8)
加味帰脾湯(4)
延年半夏湯(3)
荊芥連翹湯(2)
柴胡加竜骨牡蛎湯(25)
小柴胡湯(8)
四逆散料(7)
抑肝散加芍薬黄連(2)
抑肝散(2)
その他(3)
柴朴湯(2)
柴陥湯(1)
0
5
10
15
20
25
0
5
10
15 (%)
当科で1996年の3月18日-29日の2週間に処方された漢方方剤の内訳である。
(左は古方=傷寒論・金匱要略に収載の方剤、右はその他の方剤=後世方)
柴胡剤の使用症例は非常に多く、全体の3分の1を占める。
漢方診療科を受診する患者はやはり慢性疾患が多く、その中で陽証であれば必然的に少陽病
期の方剤が多くなる。
柴胡剤の中でも柴胡桂枝乾姜湯が約4分の一を占めている。
少陽病期の代表的な方剤である小柴胡湯は意外に少なく、頻用される柴胡剤はそのバリエー
ションから生まれた方剤である。
少陽病だから柴胡剤というだけではなく、虚実やその他の所見から証をきちんと見極めて使
用するべきである。
13
症例 M.I. 62歳女性
主 訴 微熱
現病歴 約1ケ月前より寝汗をかく 軽い寒気がし
体温は37.5℃程度(平素は35℃台)
その後悪寒は消失 夜間に37℃台の発熱
2ケ所の総合病院内科で諸検査の結果異常なし
婦人科受診 自律神経失調症(疑)と診断
症状が改善せず 漢方治療を希望し当科を受診
既往歴 13年前に子宮と卵巣の全摘術
その後胸が苦しく「更年期障害」で4ケ月入院
13年前と8ケ月前に尿糖を指摘された
家族歴 糖尿病なし 特記すべきことなし
柴胡剤の症例を紹介する。
症例は62歳の女性。主訴は微熱で、1ヶ月ほど前から寝汗をかき、軽い悪寒と37度台の
微熱がつづいている。
最初は風邪のような症状で悪寒と発熱があったので太陽病だったと思われる。
しかしその後は寒気は無くなり、夜になると37度台の発熱を認め、少陽病の柴胡剤におけ
る往来寒熱の熱型だと考えられる。
近医で異常なしといわれ当科紹介となった。
初診時所見(M,I, 62歳 女性)
身長155.0cm 体重 52.0kg 血圧106/72mmHg
初診時検査 HbA1c 7.2% その他異常所見なし
自覚症状
自汗(上半身を中心) 盗汗(夜間1~2回着替え)
眠りが浅くなりよ〈夢を見る 不快な夢も見る
10日前より睡眠薬服用 その後便秘し下剤服用
排尿回数は多い 夜間尿2~3回 食欲は良好
他覚症状
脈 候 弦 力あり
舌 候 少し暗い赤色
乾燥した白苔が中等度
腹 候 腹力は中等度より強
冷え症状は明らかでなくやはり陽証で、遷延期で往来寒熱や舌の乾燥した白苔から少陽病、
脈弦や胸脇苦満から柴胡剤の証が考えられる。
また弦脈は比較的緊張のある脈であり、腹力や舌苔が乾燥している、ことからも便秘傾向に
なったことなど、実証と考えられる。
舌が暗赤色で、両側の臍の左右斜め下の圧痛からは瘀血の存在も示唆される。
さらに眠りが浅くいやな夢を見るようになった、心下部に腹動を触知することなどから適応
方剤を絞り込む。
その他、上半身を中心に汗をかき、特に寝汗をかく、腹直筋緊張を認めた。
臨床経過 (M.I. 62歳 女性)
柴胡加竜骨牡蛎湯を処方
服薬開始1週間後 夜の発熱が軽減
寝汗消失
2週間後 体温36.5℃以内
以後受診中断
桂枝茯苓丸証が併存していたと考えられるが
発熱が主症状であり 初期からは用いなかった
太陽病から遷延した熱であり、午後の微熱は往来寒熱と思われた。
胸脇苦満もはっきりあり、脈力・腹力よりやや実証と思われ、悪夢と腹動を勘案して柴胡加
竜骨牡蠣湯を処方した。
内服開始1週間後には夜の発熱が軽減し、そのためか寝汗の消失も認めた。
2週間後には体温は平熱に戻り症状も消失したため、受診を終了した。後に、このまま完治
したと聞いた。
なお、瘀血もあったが、熱性疾患では駆瘀血剤を処方することは少ない。使うとすれば桂枝
茯苓丸であろう。
三つの瀉心湯
共通の症候
1) 嘔気あるいは嘔吐
2) 心下痞(鞕)
方剤構成
半夏 黄芩
半夏瀉心湯 半升 三両
生姜瀉心湯 半升 三両
甘草瀉心湯 半升 三両
N30
3) 腹鳴 (腹中雷鳴)
4) 腹痛・下痢 (裏急後重を伴わない)
乾姜
三両
一両
三両
人参
三両
三両
三両
甘草
三両
三両
四両
黄連
一両
一両
一両
大棗
十二枚
十二枚
十二枚
生姜
四両
鑑別と使用目標
特 徴
虚実
方 剤
応用・エキス剤
虚実間 半夏瀉心湯 嘔吐
生姜瀉心湯 ゲップ 胸やけ 生姜を煮た湯で半夏瀉心湯を溶かす
虚 甘草瀉心湯 下痢 急迫症状 甘草湯と半夏瀉心湯をまぜる
「狐惑之病」 惑は喉・狐は陰部の“蝕”
精神神経症状
柴胡剤以外の少陽病の代表的な方剤の一つとして、三つの瀉心湯がある。
この三つの方剤のうちエキス剤にあるのは半夏瀉心湯だけである。
半夏瀉心湯は虚証~虚実間程度であるが、その他はどちらかといえば虚証の方剤である。
この3つの瀉心湯に共通する症候は、嘔気・嘔吐、心下痞あるいは心下痞鞕、腹鳴、腹痛・下痢である。
瀉心湯は基本的には胸協苦満は認めない。
腹鳴というのは腹中雷鳴ともいい、お腹がゴロゴロすることである。
陽証ではあるが、三の瀉心湯の腹痛・下痢は裏急後重を伴わない下痢であり、水のような下痢が特徴である。
3つの処方の使い分けとしては、上記にあげた症状のうち嘔気嘔吐が激しいものには半夏瀉心湯を使う。
生姜瀉心湯はゲップや胸やけが強いものに用いる。エキス剤にはないので、半夏瀉心湯にひね生姜を擦って入
れると代用できる。
甘草瀉心湯は特に下痢の症状が強いものに用いられる。甘草瀉心湯もエキスがないが、半夏瀉心湯に甘草湯を
合わせることで代用できる。
いずれにしても、原典における生薬の分量比はわずかの違いであるが、適応病態(証)がかなり異なる点は、
興味深い。
また甘草瀉心湯は狐惑の病に用いるとされ、惑は喉、狐は陰部の“蝕”を指すとされ、ベーチェット病におけ
る知見例が報告されている。
また狐惑の病は精神神経症状のことを指すともいわれ、精神不穏や夜間の徘徊などの知見もある。
全く異なる解釈であるのに、いずれにも有効であるというならば、両者の病態に何か共通項があるだろうか?
17
黄連・黄芩を含む方剤
N32
実証でのぼせを伴う一種の駆瘀血剤
病位
方 剤
構成生薬
使 用 目 標・応 用
陽 三黄瀉心湯
(瀉心湯)
大黄 黄芩 黄連
顔面充血 精神不安 便秘 出血
心下痞 脳血管障害急性期
陰 附子瀉心湯
三黄瀉心湯+附子
瀉心湯+寒
便秘時に心下に不快感
瀉心湯より虚証 三焦の実熱
陽 黄連解毒湯 黄連 黄芩 黄柏 山梔子
皮膚症状 (瘀血)
(柴胡 連翹 芍薬)
*)陽:少陽病または準少陽病,陰:太陰病
次に黄連・黄芩を含む処方について説明する。
三黄瀉心湯は黄連・黄・大黄の3味の方剤である。
大黄は消化管(裏)の熱を突き崩して冷ます効果があり、黄芩は横隔膜前後の熱を冷まし、黄連は横隔膜付近
から上昇する熱に対して効果がある。
これらの3味が含まれている三黄瀉心湯は、赤ら顔で精神不安や便秘があったり出血傾向の時に使用すること
がある。
具体的には高血圧や飲酒によるのぼせなどのほか、脳出血・鼻出血・頭部外傷などの急性期にも使用する。
またこのような急性期のときには、振り出しといって、生薬を煎じるのではなく、生薬をガーゼなどに包んで
熱湯の中で数分間ゆすった液を用いる。
また出血傾向や熱候が強い急性期には、振り出した液を冷やして用いる。
煮出した煎じ薬と違い、大黄の瀉下活性が出ないといわれている。
次に黄連解毒湯について説明する。
これもやはり黄連・黄芩に加えて下焦の熱を冷ます黄柏、胸の中の熱を冷ます山梔子が含まれており、
三黄瀉心湯よりはもう少しこもった熱に対して使用する。
(上中下の)三焦の実熱ともいわれ、体幹全体の深いところに熱がこもった状態である。
また大黄が含まれていないので便秘のない症例にも用いやすい。
皮膚疾患で赤くただれているような病態に使用される。
これに柴胡・連翹・(芍薬)が入ったものが万病回春の黄連解毒湯である。
黄連解毒湯は二日酔いに効くとして有名であるが、もともとは藤平健先生が三黄瀉心湯を服用して二日酔いを
されなくなった。
しかし三黄瀉心湯には大黄が含まれているため、便秘がない人には黄連解毒湯を用いるようになった。
最後に附子瀉心湯は、三黄瀉心湯に附子が含まれたものである。
これは、もともと三黄瀉心湯のような実証であった人が、年をとってやや虚証になり手足が冷えるようになっ
てきた太陰病実証に使う。
高齢者や糖尿病患者など、動脈硬化の強いような人の便秘に適応が多い。便秘になると心下がつかえるという
例によく効く。
黄連解毒湯証の患者の写真。
赤ら顔でのぼせ傾向であることが特徴である。
赤いが少し黒ずんだような色が典型的である。
19
強い咳嗽の漢方治療
薬
方
越婢加半夏湯
麻 杏 甘 石 湯
実
小青竜湯加石膏
麦 門 冬 湯
虚 竹 葉 石 膏 湯
N32
目 標 と 鑑 別
激しい咳嗽→嘔・目脱 のぼせ 発汗 口渇
応用:越婢加朮湯+半夏厚朴湯(?)
喘咳(乳幼児では嘔吐) 自汗 口渇 熱性症状
小青竜湯証にして熱候強く、口渇
応用:小青竜湯+桔梗石膏
更に実→小青竜湯+麻杏甘石湯
発作性・乾性咳嗽→逆上 咽喉乾燥
咽の奥に痰が張り付いたようだが、
痰が切れると一時楽になる
麦門冬湯より虚証 口渇 皮膚枯燥 応用:なし
滋 陰 降 火 湯
発作性・乾性咳嗽 就寝後の咳逆
咽がテカテカと赤い
桂枝加厚朴杏子湯 表虚(太陽位?)自汗
就寝後の咳逆・犬の遠吠え様
呼吸器系の漢方薬について概説する。
咳は気道系なので、実証では麻黄が入った処方が多くなる。麻黄は表付近の熱性の水毒に対応する。
その中でも桂枝が入ると太陽病に適応する方剤となるが、表のこれらの処方はもう少し遷延した病態に使用する
。
越婢加半夏湯は目脱といわれ、痰が絡んで目玉が飛び出るほど激しく咳き込み、真っ赤にのぼせ、汗をかくよう
な病態に適応する。
越婢湯の骨格は麻黄と石膏で、強い炎症に対応する。エキス製剤がないため、越婢加朮湯と半夏厚朴湯で代用す
る。
似たものとして麻杏甘石湯がある。これも麻黄と石膏の組み合わせで、痰を伴って強く咳き込んだり喘鳴がある
ときに使用する。
越婢加半夏湯ほど実証ではなくいが、子供では咳き込んで嘔吐する程度のこともあり、小児の喘息には頻用され
る。
小青竜湯加石膏は、本来は少し冷えのある小青竜湯証で、鼻汁や喀痰は水様だが熱候が強く、口渇があるものに
用いられる。
これもエキスが無いため小青竜湯と桔梗石膏で代用する。また、もう少し実証と思われるものには小青竜湯+麻
杏甘石湯も有効である。
これら3処方が実証の処方で、咳嗽は湿性である。
次に虚証の方剤について説明する。
虚証の咳嗽の方剤で代表的なものは麦門冬湯である。
これは喉がイガイガして痰が張り付いて取れないような感じで咳き込み、喉に乾燥感があるものに使用される。
感冒後の長引く乾性咳嗽などに頻用される。そのため少陽病期の柴胡剤に麦門冬湯を合方する方法も用いられる
。
竹葉石膏湯はもう少し虚証で乾燥症状が強い物に使われるが、エキス製剤にはない。慢性気管支炎などに用いら
れる。
滋陰降火湯は喉の奥がテカテカと乾燥し、夜布団に入ってあたたまると急に咳がでるようなものに用いられる。
桂枝加厚朴杏子湯は桂枝湯証のような表虚証がありながら就寝時などに咳き込みがひどい症例に適応となる。
これらが咳嗽に使用される代表的な方剤である。
20
参考
方
剤
気鬱に対する主な方剤
病
位
虚実
N54
使 用 目 標 と 応 用
梔 子 鼓 湯
準少陽
虚
心中(熱して)懊悩 肩から体が沈む
午前倦怠
半夏厚朴湯
準少陽
虚
咽中炙臠または心下痞 気道感染
COPD ヒステリー
香 蘇 散
準太陽
虚
脈沈 唯気重 軽症のカゼ
少し食べると左上腹部膨満感 IBS
女 神 散
少陽病
ヤヤ実
血症 上衝 眩暈 多彩な精神神経症状
(頭痛 頭重 動悸 腰痛 不眠)
梔子鼓湯にはいくつかの処方群がある
梔子乾姜湯(寒) 梔子甘草鼓湯(少気) 梔子厚朴湯(心煩腹満) 梔子生姜鼓湯(嘔)
梔子大黄湯(=枳実梔子大黄湯)など
気うつに対する方剤について。
半夏厚朴湯は麦門冬湯と並び、慢性気管支炎などによく用いられる。
半夏厚朴湯証では咽中炙臠といい、喉の奥に炙った肉が引っかかったような、つまったよう
半夏厚朴湯証では咽中炙臠といい、
な感じがする。
気管支炎などで喀痰が喉にゴロゴロとつまって切れず、咳が出るような病態に適応となる。
しかし、検査しても異常が見当たらない喉頭神経症などにも有効である。
いずれも、気うつに適応となる半夏厚朴湯が有効である点が興味深い。
半夏厚朴湯も柴胡剤と合方して用いられることが多い。
梔子鼓湯、香蘇散、女神散も気うつに対する順気剤であり、少陽病期の呼吸器疾患ではあま
り用いられないため割愛する。
症 例 33才 看護師
主
訴
下痢 嘔気 頭痛
現病歴
平成4年6月7日朝より頭痛出現 寝冷えと思い
放置していた
翌8日には下痢と嘔気も出現してきたため
朝食をとらずに出勤したが腹痛と腹鳴を
伴う下痢が午前中だけで5回を数えたため
同日昼当科受診
家族歴
特記すべき事なし
既往歴
特記すべき事なし
症例は33歳の女性。主訴は下痢・嘔気・頭痛。
昨日より頭痛があり、寝冷えかと思っていた。
翌日には嘔気・腹痛・下痢が出現したため当科受診となった。
初診時現症
33歳 女性 下痢
身長:155cm 体重:45kg 血圧:94 / 60mmHg 脈拍:76/分・整
眼球・眼瞼結膜:黄疸・貧血なし 心肺:異常なし
腹部:肝脾腫大なし 圧痛や筋性防御なし 腸管グル音亢進あり
漢方医学的所見
自覚症状 下痢は裏急後重を伴う
頭痛と体熱感あり
Ⅲ/Ⅴ
他覚所見 脈候:やや浮・細
舌候:腫大歯痕なし
薄い白苔あり
腹候:腹力中等度
両側腹直筋の緊張あり
自覚症状では下痢は裏急後重を伴い、
頭痛と体熱感を認めた。
他覚所見では、脈候はやや浮・細、舌は
腫大・歯痕なしで薄い白苔あり、腹候で
は腹力中等度、両側腹直筋の緊張をみ
とめた。
臨床経過
33歳 女性 下痢
裏急後重と便臭を伴う下痢・・・・・・・・・陽証の下痢
発病後間もない体熱感を伴う頭痛・・・表証 (太陽病)
食欲低下と嘔気・・・・・・・・・・・・・・・・・・半表半裏 (少陽病)
N32
太陽病と少陽病の二証の並存(合病)と考え黄芩湯処方
内服後一時間で頭痛が楽になり、以後2回内服し
同日中に嘔気と下痢が治癒
下痢は裏急後重があり便臭も強いため陽証の下痢と思われた。
また発症後間もない体熱感を伴う頭痛があり、表証で太陽病証が考えられる。
食欲低下と嘔気・下痢もあり消化器症状も認められるため、少陽病も考えられる。
そのため太陽と少陽の合病に適応となる黄芩湯を処方したところ、
1回内服後1時間で頭痛が楽になり、以後2回内服したところで症状は消失した。
黄芩湯のまとめ
傷寒論 太陽與少陽合病 自下利者 與黄芩湯
若嘔者 黄芩加半夏生姜湯主之 (太陽病 下篇)
病
位 少陽病位で実~虚実間証 疑似太陽病証を呈する
構
成 黄芩 大棗 芍薬 甘草 (半夏 生姜)
薬
理 黄芩:バイカレンが主成分 抗ウイルス・抗菌作用あり
大棗:緩和作用があり攣引痛に用いる
芍薬・甘草:腸管の蠕動運動の調節作用あり
製
剤 黄芩湯(+小半夏加茯苓湯)
「黄芩湯は必ず発熱する」小倉?
傷寒論の条文には
「太陽と少陽の合病、自下利の者は、黄芩湯を与う。もし嘔する者は芩加半夏生姜湯之を主
る」
とある。黄芩湯の病位は少陽病位で、太陽病証のような表証を合併することがある。
構成生薬は黄芩・大棗・芍薬・甘草であり、これに半夏・生姜を加えたものが黄芩加半夏生
姜湯
であるが、黄芩加半夏生姜湯のエキス剤はない。
従って、このような症例で吐き気が明らかな場合は黄芩湯に小半夏加茯苓湯を混ぜて用いる
。
ノロウィルス感染症などで頻用し、有効である。
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N70-71
実地臨床における証と治療原則(Ⅰ)
合病と併病
合病
病位は一つ 病勢が他の病位に及ぶ
太陽と陽明 葛根湯 (太陽病の方剤)
太陽と少陽 黄芩湯 (黄芩加半夏生姜湯)
白虎湯 (白虎加桂枝湯 白虎加人参湯)
三陽
併病
二薬方証または複数の薬方証の並存であって
その症状が互いに相関連しあっており
その治にあたっては先後などの法則に従うもの
藤平 健:日本東洋医学雑誌43(2),241-253,1992
(潜証)小倉重成
注意してもなかなか見落としやすい虚寒証・・・狭義
よく注意すればわかる虚寒証・・・・・・・・・・・・・・・・広義
合病と併病の違いについて
合病とは、病位は一か所であるが、他の病位にまで病勢が及んでいるものであり、基本的に
は1処方で治療が可能なもの。
例えば葛根湯は太陽と陽明の合病(による下痢)に用いる。
併病とは二薬方証または複数の薬方証の並存であって、その症状が互いに相関連しあっており、
その治療にあたっては先表後裏、先急後緩などの法則に従うものである。
実際の診療では併病であることが非常に多く、併病の考えを頭に置いておくことが重要であ
る。
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