英彦 山・今 川・祓 川水循環ツアー

ひ
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い
い
ま
いま
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こ
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ら
い
はら
らい
い
英
英彦
彦山
山・
・今
今川
川・
・祓
祓川
川水
水循
循環
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英彦
彦山
山御
御潮
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道」
」を
を訪
訪ね
ねて
~
平安
の道
潮井
て~
今川(左:赤村から油木ダム方面を臨む 右:英彦山豊前坊にある源流)
ひ
こ
そ え だ
み や こ
霊山として知られる英彦山(田川郡添田町)を源とし、京都平野を流下し周防灘(行
いま
はらい
やんぶし
橋市)に注ぐ2級河川の今川と祓 川ですが、古くより英彦山の山伏たちが「御潮井採り」
そくせき
のこ
のために行き来した足跡が流域から河口付近の海岸まで遺されています。
み や こ
今回、地元で京都地域を中心とした歴史文化を研究し、文化財の保護活動に取り組ん
うみ さちやま さち
は ら が
でいる市民グループ「行橋の自然と文化を愛する会・海幸山幸ネットワーク」の原賀代
表からお誘いを受け、今川、英彦山、祓川を巡るバスツアーに参加させていただきまし
な が お
た。また地域の小学校のワークショップなどを通し、長峡川などの地域に開かれた「か
くずしま
わづくり」に積極的に取り組んでいる行橋土木事務所から、葛島土木主幹以下、河川砂
防課の川原、江田、そして企業局苅田事務所の阿部など若手技術職員も、管内の河川の
歴史を学べる貴重な機会ということで参加しました。
12月8日(土)は、薄日が刺すものの底冷
えのする空模様でしたが、9時すぎになると集
合場所である行橋市民会館駐車場に、小学生か
らご高齢の方まで元気なツアー参加者が続々と
集まってきます。中型バスとマイクロバスの2
台がほぼ満席になりました。
代表の原賀さんが文字通り足を運んで作成し
くつ お
た、英彦山から沓尾海岸までの「御潮井採りル
生立八幡宮 山伏装束の木村さんが説明します。
ートマップ」が全員に配られ、今川沿いに上流
へ向かいます。
最初に行橋土木事務所が親水公園を計画してい
おい たつ
る箇所に隣接する生立八幡宮に立ち寄りました。
今回のツアーの案内役を務める、みやこ町博物館
やんぶし
ほ
ら
の木村さんが山伏装束で法螺貝を吹いて参加者を
集めます。安産の神様が祭られていますが、神殿
の中には川の神を表す龍が巻きついた欄間があり、
水との深い繋がりがうかがえます。
橿原神社口から神宮を目指します。
あかむら
あぶらき
さらにバスは上流に向かい、赤村、油木ダムを経由して霊山英彦山へ入ります。
かしはら
カーブの多い山道の連続で、車酔い気味の小学生たちを励ましているうちに、橿原神
社口に着きました。ここでは添田町で英彦山案内のボランティアを務める植田さんと早
ほうへい
田さんが一同を迎えてくれました。ここから亀山坊(修験道館)を経由し英彦山神宮奉幣
ぼう
でん
殿へ徒歩で移動します。ちなみに英彦山内にある「坊」とは、
「宿」
「宿泊施設」という
意味だそうです。ここでお土産として有名な「彦山がらがら」を買いました。赤と青の
印のついた土鈴ですが、豊穣を祈り水の恵みを願う意味が込められているそうです。
ほうへい でん
奉幣殿からスロープカーで花(フルール)駅
まで下り、隣接する資料館で英彦山の歴史に触
れた後、小学校の体育館を改造したホールでお
昼です。出発時からバスの中に持ち込んだあっ
た大鍋が気になったのですが、中身は女性陣お
手製の豚汁でした。体育館のストーブで暖め、
お弁当を囲む参加者に振舞われます。体育館の
中は冷え込んでいましたが、ようやく一息つき
奉幣殿でボランティアの方の説明を聴きます。
ざいぞう
ました。
かね
石段を財蔵坊から銅 の鳥居まで徒歩で降り
ながら、早田さんの説明に耳を傾けます。財
蔵坊は昔ながらの古民家の様相ですが、家の
い
ろ
り
中には囲炉裏があり火が燃えています。囲炉
裏を見たことのない子供たちは、ボランティ
アの方の説明を聴きながら珍しそうにじっと
見つめていました。
銅の鳥居
添田町ボランティアの早田さんの説明
かね
銅の鳥居から豊前坊までバスで移動します。ここで今回のバスツアー企画の狙いであ
る、子供たちを交えた「御潮井採り」に係るパフォーマンスを行う予定です。
いにしえ
はらい
古 より英彦山の山伏が豊国の平安を祈り、年に一度、祓
くつ
お
うば
ふところ
川の河口にあたる沓尾海岸の「姥が 懐 」という霊場で「お
潮井」を採り、水源地の英彦山に納めたという習いがあり
ました。今回、子供たちに水源地英彦山から水を採取させ、
うば
ふところ
お潮井採りの「姥が 懐 」でその水を帰そうという「御潮井
ルート」を逆に辿る試みをやってみようという趣向です。
この数日雨が少ないため、豊前坊入口の湧水は止まってい
たかすみ
ましたが、高住神社
ではこんこんと水が
湧き出ていました。
豊前坊・高住神社
冷え込みがきつくなり、雪らしきものが舞う
中、子供たちはペットボトルや竹筒(球磨川の
水リレーで使用したもの)に霊山英彦山からの
湧水を注ぎ込みます。
霊山・英彦山の湧水をいただきます。
さいかわ
き
た
ら
この後、今川沿いに犀川まで戻り、喜多良川を渡って「犀川いこいの里」に向かいま
くらもち
した。ここから英彦山方向に目をやると、正面に霊山として知られる蔵持山が、ちょう
ど英彦山から連なる山々の端を締めるように眺められます。すっかり山伏姿が板につい
た木村さんによる蔵持山の解説をお聴きした後、いよいよ今回の「御潮井採りツアー」
のゴールである沓尾海岸「姥が懐」へ向かいます。
蔵持山の向こうに英彦山が見えます。
参加者もお疲れモード。でもゴールは近い!
沓尾海岸では漁港整備の一環として海岸沿いに道路を建設中ですが、現場内にある
「姥が懐」は市民グループの取り組みにより、なんとか保存に漕ぎ着けた経緯がありま
す。
左に見えるのは漁港道路の橋脚等の構造物
英彦山神社の禊場を示す石碑
代表の方により、今日までの取り組みについての思いが語られた後、今回のツアーの
締めとして、子供たちが英彦山から大切に運んできた「源流水」を「御潮井採り」の聖
地に帰しました。残った水は直接海に撒きました。こうして今回の英彦山から沓尾海岸
(姥が懐)に至る「水循環の旅」は完結しました。
「御潮井採り」は、山の神と海の神が一つ
になることで、山の幸、海の幸の恵みを感謝
し、豊穣を祈る意味が込められているそうで
み や こ
す。京都平野で古来営まれてきた自然への畏
怖と感謝を背景にした水循環の文化と歴史
を学ぶことで、将来を担う子供たちが水の大
切さ、環境への配慮について、自ら考え、行
動できるような大人になってもらうよう願
いました。
英彦山の源流水を帰す子供たち。
* 「御潮井採り」と「御汐井採り」:
み や こ
地域により太陽が海に接する方角で使い分けるとの説あり。福岡県では京都は海が東
にあり、日の出(朝)なので「潮」、博多は海が西で日の入り(夕)なので「汐」を使用
するらしいです。
(文責 山本 潔)