帯磁率計のドリフトノイズに関する Excel を用いた考察

パーソナルコンピュータ利用技術学会全国大会
講演論文集 p.271-274
帯磁率計のドリフトノイズに関する Excel を用いた考察
渡辺 竜毅 1
松岡 東香 2
1 筑波学院大学 情報コミュニケーション学部
2 筑波学院大学 経営情報学部
キーワード:帯磁率,ドリフトノイズ,補正
1
はじめに
ある[2]。測定用試料は、1 辺 2.2cm のプラスティ
計測機器には、回路の電圧変化や経過時間とい
ック製立方体サンプルケース(以下、キューブと
った要因により、出力される結果に変動が発生す
呼ぶ)を直接押しこむ方法で、半裁されたコア断
ることがある。これをドリフトと呼ぶ。ドリフト
面から長さ方向へ連続的に採取した。試料の写真
測定前に機器のウォームアップの時間を設けるな
を図 2 に示す。本研究にて測定に使用した試料の
どして機器を万全の状態にしたとしても、避けら
数は 243 個である。
れないことがある。その場合には計測後に何らか
の補正が必要になる。
帯磁率の測定は、日本大学文理学部地球システ
ム科学科の古地磁気測定室にある磁気シールドル
本研究では、表計算ソフトの Microsoft Excel を
ームにて行った。電圧を安定させるため、測定器
用いて、2009 年にカザフスタンのバルハシ湖湖底
には電圧安定装置から電力を供給し、電源投入か
から採取されたコア堆積物の帯磁率測定を行い、
その結果のドリフトノイズ補正を行った。
2
帯磁率とその測定
2.1 帯磁率とは
帯磁率(Magnetic susceptibility)は、誘導磁化の
発生のしやすさを表しており、各物質に固有の値
である。帯磁率は、肉眼では見えない地質の違い
を数値で捉えるために地学の調査において広く用
いられる。一般的に火成岩類では比較的高い値、
堆積岩類では比較的低い値を示す[1]。今回の研究
に用いた試料は堆積物であるため、これらよりさ
らに帯磁率が低い。
帯磁率をχ、与える磁場強度を H、それにより
誘導される磁化を J とすると、それらの関係は式
J=χH で表される。つまり、帯磁率は J/H 比で定
義される無次元の物理量である。その値の大きさ
は、通常、10-1=10-5(SI)程度の範囲にある。
本研究では、帯磁率の測定に室内測定用帯磁率
計 MS2(Bartington 社)を使用した(図 1)
。
2.2 測定概要
本研究に用いた試料は、2009 年にカザフスタン
のバルハシ湖の湖底から採取されたコア堆積物で
図 1. 室内測定用帯磁率計 MS2.
図 2. 立方体サンプルケース.
5
0
-5
1
20
39
58
77
96
115
134
153
172
191
210
229
帯磁率(×10-6SI)
10
-10
-15
サンプルID
図 4. 帯磁率測定結果(ドリフト補正前)
.
図 3. 帯磁率測定表.
の要領は以下のとおりである。
① 帯磁率計に空キューブをセットし、帯磁率を
測定する。
② キューブ試料を帯磁率計にセットし、3 回の
5
0
-5
1
20
39
58
77
96
115
134
153
172
191
210
229
ら 30 分以上の時間をおいて測定を開始した。
測定
帯磁率(×10-6SI)
10
-10
-15
サンプルID
測定を連続して行う。
上記①、②の測定を1セットとし、全 243 個の試
図 5. 空キューブ測定結果.
料について測定を行った。なお、測定にあたり、
図 3 に示すような測定表を Excel にて作成し、測
定値はこの表に入力した。
ドリフトの変動を表す空キューブの帯磁率を図
5 に示す。図 4 と図 5 を比較すると、試料の帯磁
-6
室内測定用帯磁率計 MS-2 の分解能は 10 SI だ
率の変動とドリフトの変動とがほぼ一致しており、
が、今回の測定結果には、それに近い値が多く含
ドリフトが試料の帯磁率測定に大きな影響を与え
まれていた。測定結果を図 4 に示す。
ていることが分かる。
3
測定時のドリフトノイズ
3.1 ドリフトノイズの測定
本研究にて用いた英国の Bartington 社製の MS2
や、チェコの AGICO 社製の Kappabridge 等では、
いずれも 1khz 程度の弱い交流磁場を測定に用い
る。よって、測定時には外界からの磁気ノイズの
影響を強く受けるため、注意が必要である。例え
ば測定時に近くで鉄製品を動かせば値は変動する。
また野外では高圧電線の下などでは測定できなく
なる[3]。この種のノイズについては、本研究のよ
うに磁気シールドルームにて測定を行うといった
対策でノイズの影響を避けることができる。しか
し、どれだけ外部磁場対策を行ったとしても、経
過時間に伴う内部電圧の変化といった要因による
ドリフトは避けることができない。
3.2 ドリフトの補正方法
本研究では、1 セットの測定を行う間に生じる
ドリフトの時間変化が直線的なものであると仮定
し、補正を試みた。また、
ドリフトの補正には Excel
で作成した測定値記入表(図 3)を用いた。
Avg.の列には、ドリフト補正後の値を表示する
ために、予め数式を入力しておく。まず F2 のセ
ルに、以下のように入力する。
=(C2-(B3-B2)/4+D2-2*(B3-B2)/4+E2-3*(B3-B2)/4)/3-B2
この数式を、オートフィルを用いて測定試料の数
だけ入力する。この数式では、以下の通りの計算
を行い、ドリフトの補正を行なっている。まず試
料測定後の空キューブ測定値から、試料測定前の
たドリフトは本計算により補正することができる。
最後に、それら3つの測定値に対する補正結果
の平均を求め、そこから B2 の値(測定直前に行
った空キューブの測定値)を減ずる。この計算に
より、測定前に存在したドリフトの合計値をキャ
ンセルし、試料の帯磁率とした。ドリフト補正後
の帯磁率のグラフを図 6 に示す。
1
20
39
58
77
96
115
134
153
172
191
210
229
帯磁率(×10-6SI)
7.0
6.0
5.0
4.0
3.0
2.0
1.0
0.0
-1.0
サンプルID
4
考察
ドリフト補正前のグラフ(図 4)と補正後のグ
図 1. 帯磁率測定結果(ドリフト補正後).
ラフ(図 6)を比較すると、サンプル ID に対する
帯磁率の変動は両者で大きく異なっていることが
空キューブ測定値を減じ、それを 4 で割る。
わかる。これは、ドリフト補正の影響が大きいこ
とを示している。
帯磁率の値は、試料に含まれる鉄の総量に大き
次に、その値を 1 倍、2 倍、3 倍した値を、3 回
の測定値を入力する C2、D2、E2 の各セルから減
く依存する。この性質を利用し、同一試料につい
ずる。1 セットの測定中に起こるドリフトの時間
て XRD 分析によって取得された鉄に関するデー
変化に関する仮定が正しければ、測定中に発生し
タ(Sugai et al., 2011)[4]を用い、本ドリフト補正
図 2. コア深度に対する帯磁率の変動.
図 3. コア深度に対する Fe 相対強度の変動(Sugai et al., 2011)
.
の有効性を検証した。なお、このデータと比較す
[2] 遠藤邦彦,須貝俊彦,原口 強,鈴木 茂,千
るにあたり、キューブ中の堆積物の充填率を補正
葉 崇,松岡東香,相馬秀廣,中央ユーラシ
するため、測定値を試料の重量で規格化した。
(図
アにおける湖沼堆積物に基づく完新世の環
7)
境変動-バルハシ湖を中心に-,日本地球惑
図 7 を見ると、規格化後の帯磁率はコア深度
317cm~380cm において、0.04~0.37 と大きな値を
星科学連合 2011 年大会予稿集, HQR023-15,
2011.
示している。一方、コア深度 0cm から 200cm にお
[3] 鳥居雅之・福間浩司,黄土層の初磁化率:レ
いては、他の区間と比べてベースラインが低く値
ヴィユー,第四紀研究,37,1,pp. 33-45,1998
[4] Sugai T. et al., Geochemical analysis of
が小さい。
Fe 相対強度(図 8)についても、コア深度 317cm
lacustrine sediments of the Balkhash Lake and its
~ 380cm の区 間でもっとも大きく、 0cm か ら
implication for paleoclimate changes during the
200cm においては他の区間よりベースラインが低
late Holocene, IGBP/PAGES 1st Asian 2K
く値が小さい。
Workshop Abst. , p.47, 2011.
また、コア深度 212cm、271cm、447cm、487cm
のピークと、310cm、466cm、517cm における値の
落ち込みも両者に共通して確認される。
つまり、ドリフト補正後の測定結果には、異な
る手法で計測された鉄の総量との間に明確な相関
が表れている。したがって、ドリフト補正後の測
定結果には、試料に含まれる鉄の総量が正しく反
映されている可能性が高い。よって、本研究で試
みたドリフト補正の信頼性も高いものと考えられ
る。
ただし、図 7 と図 8 のグラフ上の相違点につい
ては、今後さらに詳細な検討を行う必要がある。
5
結論
カザフスタンのバルハシ湖湖底から得られたコ
アについて帯磁率測定を行い、測定時に発生する
ドリフトの補正を Excel にて試みた。
本試料の帯磁率は、帯磁率計の測定限界に近い
小さな値であったため、補正前の測定値にはドリ
フトノイズが強く反映されていた。しかし、本研
究によるドリフト補正により、ノイズが混入した
測定値から真の値に近い帯磁率を検出することに
成功した。本補正の正当性は、異なる手法で取得
された鉄の総量データとの相関によって示された。
参考文献
[1] 小坂和夫,応用地学の調査における帯磁率の
利用法,応用地学,39,2,pp. 208-216,1998