KEK-Proc (5/23/2002) 琵琶湖湖底堆積物中のビスマス -207 放射能検出の試み 1 小島貞男、斎藤 直 1、横田喜一郎 2、山口喜朗 1 愛知医科大学医学部附属核医学センター 大阪大学ラジオアイソトープ総合センター(豊中分館) 2 滋賀県琵琶湖研究所 1. はじめに 琵琶湖は滋賀県の約 1/6 の面積( 670km2)を占め、その流域はほとんど滋賀県域と重なっている。琵 琶湖の自然環境保全のために、滋賀県は国の規制より厳しい排水基準などのさまざまな施策を講じて いる。それに関連する環境モニタリングや多様な基礎研究が行われている琵琶湖は、湖沼研究や環境 研究の興味深いフィールドでもある。 湖底堆 積物 は、湖 沼のみならず流域の環境の変遷を反映するものとして、環境研究では重要な試 料である 。堆 積物の 堆積年代と成層を知るためには、放射能の時計が重用されている。天然ウラン 系列核種はラドン( 222Rn )として一旦大気中に拡散した後、 210Pb (半減期 22.3y )に壊変して一定速度で 地表に降下して堆積するので、堆積物中の減衰量からおよそ 100 年前までの堆積年代の決定に用い と期待できる。天然系列核種 210Pb FT られる。この約 100 年間の堆積物中には、わが国の近代化による環境汚染の歴史が凝縮されている に加えて、フォールアウト核種 137Cs (半減期 30.2y )が、大気圏核 実験の歴史を刻んだものとして用いられる1) 。琵琶湖湖底堆積物の放射能測定に ICP-MS を用いた元 素分析を 併用 して、 琵琶湖の重金属汚染の経年変化を調べようとした実験については昨年に報告し た2) 。重金属の中には、堆積物中に固定されたままではなく、間隙水と動的な沈殿溶解平衡にあり、 る3)。昨年報告した 210Pb 年代と A その結果 層間 を移動 したり、さらには湖水に再溶解するものもあることはすでによく調べられてい 137Cs 年代が合わないことから、 137Cs の移動が考えられた。そこで、 第3の放射能時計として別のフォールアウト核種 207Bi (半減期 31.6y )が利用できないかを検討してみ R ることにした。これまで環境試料での検出例はそれほど多くはないが、 207Bi は長寿命γ線放出核種 であるので現在でも検出できる可能性がある。 207Bi を環境中に放出した候補として若干数の核実験 が特定できている4,5) と考えてよく、琵琶湖試料とそれらとの関連づけができないかという点も次の 2. 実験 D 目標に入れておいた。 滋 賀 県 琵 琶 湖 研 究 所 の 実 験 調 査 船 は っ け ん 号 ( 36t ) で 、 2000 年 12 月 に 琵 琶 湖 北 湖 南 部 ( C8: 35 10'30"N, 135o58'E 、 実測水深 53.8m)において湖底堆積物を採取した。 K.K. 式柱状採泥器(コアサンプ o ラー)を用いて、断面積 20cm2 高 さ 32cm の コアとして採取した湖底堆積物を、高さ 1cm(表層のみ 5mm )毎に分けた6) 。そのコア試料は 60 ℃で乾燥後粉砕して、外径 12mm のポリスチレン試験管に管 底から 30mm の高さまで試料約 0.9-1.8g を 封入してγ線測定試料とした。再測定に際しては、外径 16mm のポリスチレン試験管に管底から 40mm の高さまで試料約 2.9-3.3g を封入したものを用いた。 γ線測定には、 Canberra GCW2022 井 戸型(井戸径 16mm、深さ 40mm ) Ge 半導体γ線スペクトロメー ター( Genie PC システム)を用いて、 8kch ADC で 4MeV までのγ線スペクトルを得た。各試料の測定 時間は、 12mm 径の試料についてはおおよそ 150-400ks の 範囲であったが、 16mm 径の試料について の再測定ではすべて 600ks あるいはそれ以上の長さにした 。検出器は低バックグラウンド鉛( 10cm 厚) とスズ( 1.0mm 厚)と銅( 1.5mm 厚)の内張から成る遮蔽体 Canberra 737 中 に置かれていて、遮蔽体から の Pb KX 線ピークは出現しない。湖底堆積物の堆積年代を調べるために、まず 目した。含有ウランからの寄与を差し引いて、降下物等起源の についての 214Pb ( 352keV 210Pb 210Pb ( 46.5keV γ)に注 量のみを得るために、各試料中 γ )の測定値に標準ウラン鉱石試料で決めた補正係数を乗じた量を差し引い KEK-Proc (5/23/2002) た。次に、層間撹乱の目安になるフォールアウト核種 フォールアウト核種 207Bi ( 570keV, 137Cs ( 662keV γ)にも注目した。最後に、別の 1064keV, 1770keV γ )の探索をおこなった。 207Bi の参照線源として は、 IPL 社製校正線源およびビスマス試薬7)を用いた。 3. 結果と考察 堆積物中の降下物起源の 210Pb についてのγ線スペクトロメトリの結果を Fig. 1 に示す。 46.5keV γ 線ピークの積分値そのものと、それからウランの寄与を補正した双方のデータをプロットしたもので Pb content (arb. unit) 100 10 1 0.01 0 5 FT 210 0.1 10 15 2 Fig. 1. 210Pb A Depth in sediment (g/cm ) contents in the bottom sediments of Lake Biwa. Circles show the whole contents, whereas triangles ある。降下物起源の 210Pb R indicate those subtracted the contributions from U. は深度とともに減少を示しており、すでに明らかにされている1) 湖底堆積 物の成層を確認できたことは、昨年に報告し た2) 。また、フォールアウト核種 137Cs の堆積物中の深 D 度分布も同様にγ線スペクトロメトリで得た。その結果を Fig. 2 に示す。それが以前の測定結果 1)と パターンとしては類似しており、それ以降新たな撹乱が起こっていないことも確認できた。しかし、 137Cs の 深度 分布をよ く見 ると 、ピーク 位置が 以前の 1970 年 頃 の堆積 層にあっ たものが、今回では 1.4g/cm2 の深度、すなわち 1940 年頃の堆積層に移動していることがわかった。また、 137Cs の検出限 界深度(フォールアウト出現年代)も、以前の 1940 年頃の堆積層から、今回は 1920 年頃の堆積層に変 化していることもわかった。以上のことをまとめると、 137Cs はその分布状態から見て、フォールア ウト状況をよく保存しながら 、やはり緩やかな物質移動を行うものと見なした方がよいと考えられる 。 このことから、湖底堆積物の年代決定には、第3の時計が望まれることは、劈頭にも触れた。 207Bi 検出の試みは、 12mm 径の試料で得た旧データの見直しから初めて、やはり十分な結果が得ら れなかったので、 16mm 径の試料を用意して、γ線スペクトルの再測定をおこなった。そのスペクト ルを見ていくと、 570keV γ[相対強度 100 ]がまず注目すべきγ線と考えられる。これは、 134Cs (半 減期 2.1y )からの 569keV γと重なるので、 post-Chernobyl era で は注意が必要であるが、これまで琵琶 に帰属できる。 Chernobyl 事 湖湖底堆積物では 134Cs が見られたことはなかったので、一義的に 故直後にあっても 134Cs は堆積物中には検出できなかったので、現在では 207Bi 134Cs の寄与は全く問題に する必要はない。γ線スペクトル測定の結果を Table 1 にまとめる。 次の 1064keV γ[相対強度 77 ] では、 228Ac (トリウム系列核種)からの 1065keV の 微弱γと近いので、注意がいる。 のγ線( 969.0keV + 964.8keV )強度の 1/157 であるので、 1065keV ピーク領域への 228Ac 228Ac からの他 の寄与をそれら KEK-Proc (5/23/2002) Cs content (arb. unit) 10 8 6 4 137 2 0 0 1 2 3 4 5 2 Depth in sediment (g/cm ) Fig. 2. 137Cs contents in the bottom sediments of Lake Biwa, plotted against depth from the surface of the sediment. FT のγ線から計算できる。しかし、実測データでは、 1/10 程度であったが、その過剰分を するのは危険である。この結果も Table 1 に示す。他の 1770keV γ[相対強度 7.4 の強い 1765 keV γが近接しているために、このγ線は極微量の 利用困難である。 2 207Bi 207Bi に帰属 ]には、 214Bi から の 定量さらには定性の目的でも cm よりも浅い部分の堆積物の再測定は行っていない。その部分の堆積物は 5mm 毎に区分したために、測定条件を改善できる試料量がなかったためと、その表層部分に特に が A 出現するとは予測できないためである。 207Bi 以上の考察から、 207Bi のγ線の中では 570 keV γ線のみを考えていくことにする。深度 6-7cm の層 で 570keV γ線ピークが最大強度を示した。しかし、そのスペクトルでも満足なピークであるとの認 これまで堆積物中で R 識にも至らないために 、より低バックグラウンドで高感度の測定システムが必要であると判断される 。 207Bi を検出したのは、日本海海底堆積物中で系統的に の研究が際立っている8) 。同時に測定された 137Cs の約 1/10 に達する試料もある 検出ができるとの予測を生む。 137Cs D は、他でも容易に 207Bi の方がより深部に移動していることがわかる。 137Cs てきたとは考えにくく、 207Bi 207Bi と 207Bi と 207Bi を定量した Suzuki 207Bi 放射能量の多さ の深度分布を比較すると、後者 フォールアウトが同一の年次変化を 示し が後年に出現しているはずである5) 。このことから、 137Cs より 207Bi の 方が、堆 積物 中での 移動速度がはるかに速いと解釈することができる。今回の測定結果は、その傾 Table 1. Results of gamma-ray measurements with LARGER samples. Sample ( Depth/cm) Weight /g Duration /ksec 570 keV γ c/ks 1064 keV γ c/ks %RSD 0.34 23 1.95 6.8 ND 0.098 81 2.40 5.7 680 ND 0.29 30 2.49 5.4 3.251 610 0.11 77 0.34 27 2.60 5.2 39-2 ( 6-7 ) 3.249 610 0.48 33 0.23 37 2.56 5.8 40-2 ( 7-8 ) 3.198 600 ND 0.11 75 3.00 4.9 41-2 ( 8-9 ) 3.134 600 ND 0.31 25 2.41 5.5 35-2 ( 2-3 ) 2.896 600 0.11 36-2 ( 3-4 ) 3.130 600 37-2 ( 4-5 ) * 3.261 38-2 ( 5-6 ) * Sample 37 contains the maximum of %RSD c/ks 99 %RSD 968+964keV γ ** 137Cs. ** Instrumental background is typically 0.25 c/ks for 968+964 keV gammas. KEK-Proc (5/23/2002) 向とは矛盾しないものであるといえる。 他に成層堆積物中に 207Bi を検出したのは、 Canada の小さな淡水湖の湖底堆積物中に見出した例9) と、 USA 東海岸の塩沼の湖底堆積物中に見出した例10) ですべてであろうと思われる。双方の測定と もに 210Pb で成層を確認しており、それから堆積年代が決定されている。さらに、 137Cs の垂直分布も 測定されている。淡水湖では 量は 137Cs みに 207Bi 137Cs ピークより上層の 1970 年頃に 207Bi が見られる層があり、 207Bi の の 1/15 ~ 1/35 であった9) 。これに対して、塩沼成層堆積物では 137Cs 分布のピーク位置の の 1/228 であった10) 。どちらの結果も、 1 ~ 2 層でのみ 207Bi が 検出されており、上述の日本海海底堆積物の結果とは大きな差がある。 137Cs 分布のピークと 207Bi が検出されて、その量は 137Cs 分布のピークとがほぼ同じであることも、海底堆積物の結果とは異なっている。 今回のわれわれの結果では 207Bi の量は はしないと考えられる。しかし、 207Bi 137Cs の約 1/30 に相当するものであり、他の測定値と矛盾 の γ線測定の改善から根本的に見直す必要があることも事実 である。このために、 207Bi の起源についての考察や、堆積年代への応用については、今後の課題の ままである。 4. 参考文献 1 ) T. Nakamura, N. Nakai, M. Kimura, S. Kojima, and H. Maeda, J. Sedimentol. Soc. Jpn., 25, 1 ( 1986 ) . 2) T. Saito, S. Kojima, K. Yokota, and Y. Yamaguchi, KEK Proc. 2001-14 ( KEK, 2001 ) , p.171 ( in Japanese ) . FT 3 ) S. Kojima, M. Furukawa, Y. Sakai, K. Ohshima, H. Oda, T. Nakamura, K. Yokota, and M. Yamamoto, in Environmental Radiochemical Analysis, ed. by G.W.A. Newton ( Royal Soc. Chem., London, 1999 ) , p.394. 4) A. Aarkrog, H. Dahlgaard, E. Holm, and L. Hallstadius, J. Environ. Radioactivity, 1, 107 ( 1984 ) . 5) V. E. Noshkin, W. L. Robinson, J. A. Brunk, and T. A. Jokela, J. Radioanal. Nucl. Chem., 248, 741 ( 2001 ) . 6 ) K. Yokota, General Requirements on Sediment Core Sampling, in Modern Sediment Analysis and Chemical A Behavior, ed. by K. Samukawa and K. Hiiro ( Giho-do Publ., Tokyo, 1996) , Chap. 1 ( in Japanese) . 7) A. Shinohara, T. Saito, and H. Baba, Appl. Radiat. Isot., 37, 1025 ( 1986 ) . 8 ) E. Suzuki, Radioisotopes, 42, 503 ( 1993 ) ( in Japanese ) . R 9 ) S. R. Joshi and R. McNeely, J. Radioanal. Nucl. Chem., Articles, 122, 183 ( 1988) . 10 ) G. Kim, N. Hussain, T. M. Church, and W. L. Carey, Sci. Total Environ., 196, 31 ( 1997 ) . D ( Abstract ) An Attempt to Detect Bismuth-207 Radioactivity in the Sediments of Lake Biwa Sadao Kojima, Tadashi Saito,1 Ki-ichiro Yokota,2 and Yoshiaki Yamaguchi1 Nuclear Medical Center, School of Medicine, Aichi Medical University 1 Radioisotope Research Center ( Toyonaka Building ) , Osaka University 2 Lake Biwa Research Institute, Shiga Prefecture Radioactivity in the laminate bottom sediments of Laka Biwa ( North Lake) was measured with a well-type HPGe gamma-ray spectrometer. distribution of 137Cs Sedimentation rate was determined by the showed the downward migration of 137Cs. The 207Bi 210Pb dating method. The observed radioactivity was attempted to detect in sediments in order to seek for the third geological clock. A clue was found with respect to this issue, but seemed more mobile than 137Cs. 207Bi
© Copyright 2024 Paperzz