書評『国際協力NGOのフロンティア― 次世代の研究と実践のために』

書評『「国際協力NGOのフロンティア―次世代の研究と実践のために』
書評『国際協力NGOのフロンティア―次世代の研究と実践のために』
金敬黙、福武慎太郎、多田透、山田裕史編著(明石書店、2007年)
藤岡 美恵子
NGOをテーマにした本の多くは、政府や国際
そこで働く者が懸命になればなるほど、逆に効
機関の職員、N G O研究者には重宝がられそうな
率至上主義に呑み込まれ「NGO戦士」となって
NGOセクター全体の動向・趨勢を分析したもの
いく危険性を指摘している。評者自身がその実
か、NGO関係者自身による多分に広報活動的性格
態を経験してきただけに、説得力のある論であ
のものか、でなければマネージメントの技術論
り、今後もっとNGOのスタッフや関係者の間で
かに大別される。NGOの活動現場での悩みや問題
議論を深めるべき重要なテーマである。
の解明と解決に役立つような本にはめったに出
他にもN G Oに関わる者の立場から見て共感で
会わない。NGO活動の現場には、とりわけいま、
きる議論は多い。政治性と非政治性の間で揺れ
問題が山積しているというのに。しかも問題に
てきた日本のNGOの軌跡を論じた金 敬黙氏(第1
気づいていながら、それを議論しようという声
章)は、NGOの理念と価値の実現のためには「政
がNGOの間からも起こりにくい状況なのに。評
治化」が不可欠と明確に主張する。福武慎太郎
者が他のN G O関係者とともに『国家・社会変
氏(第4章)は、ローカルスタッフの雇用・管理を
革・NGO』(新評論、2006年)を出したのも、そうし
めぐる日本のNGOと現地社会との齟齬やズレと
た不満が背景にあった。
いう、国際協力NGOが日常的に経験している問
NGO活動の実践者の多くは、研究者はNGO活動
題を取り上げている。おうおうにしてNGO自身
を利用するだけで実践に役立たない研究ばかり
は、こうした問題を現地の雇用管理対策といっ
している、と思っている。本書は何らかの形で
た技術的観点から捉えがちになるが、福武氏は
NGO活動に関わってきた著者らが、その批判を
NGOがその意図に反して、営利企業に近い姿を
十分に正当なものと受け止めた上で「実践のた
知らず知らずのうちに現地社会に伝えていると
めになる調査研究」(「あとがき」)を試みた書であ
指摘する。耳が痛い、という声も聞こえてきそ
る。まずはこうした研究者が登場してきたこと
うな分析だ。
を素直に喜びたい。しかも、「実践と理論をつな
ほかに、NGOが大きな役割を発揮して成立した
ぐ」といったふれこみの類書にありがちな、実
地雷禁止条約の履行過程において、NGOが条約の
践上の問題を○○理論で解釈してみるといった
弱点を補完するほどの力をもつ反面、地雷禁止
姿勢ではなく、あくまでも実践上の課題の指摘
条約レジームを支える政府から財政支援を受け
と解決をめざすという問題意識を随所に感じと
ることで、その補完機能の限界も明らかになっ
ることができる。
てきているという指摘(長有紀枝氏、第9章)は、
本書は3部から構成され、それぞれN G Oの活
動と使命の間の諸矛盾、現場で抱える多様な問
NGOの「成功」と「限界」が表裏の関係にある
ことを教えてくれる。
題、国境やアクターを越えたネットワークにお
総じて本書のアプローチや問題意識には共感す
けるNGOの位相に焦点をあてている。取り上げ
るところが多い。ただ、欲を言えばたとえば金
る問題も、NGOの政治性、組織原理と使命との矛
氏が、N G Oの代表性や専門家集団化がもたらす
盾、活動現場のある社会や現地NGOとの関係、
「草の根離れ」現象についての検証が課題と述べ
フェア・トレード、民主化支援など多岐にわた
るように、NGOがいままさに直面する困難な課題
るが、全体を通じてNGOが抱えるさまざまなジ
について、研究者の立場から踏み込んだ分析が
レンマが浮かび上がる。
欲しかった。今後はさらに一歩進んでNGOを研
たとえば鈴木直喜氏(第2章)は、市場経済によ
る富の偏在や効率至上主義のもたらす問題の解
究対象とする研究者自身の位置を問うような論
考が出てくることを期待したい。
消を目的とするはずの国際協力NGOにおいて、
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