3.脳血管内皮細胞と細胞外マトリックスの相互作用が 脳血液関門に

● 新評議員
3.脳血管内皮細胞と細胞外マトリックスの相互作用が
脳血液関門に与える影響
長田
要
高志
旨
β1 インテグリン阻害が血液脳関門に与える影響について研究を行った.in vivo において評価するため,C57BL!
6 マウスの基底核に β1 インテグリン特異的阻害抗体(以下 Ha2!
5)を注入したところ IgG の血管外漏出が認め
られた.in vitro では C57BL!
6 マウスより作成した初代継体脳血管内皮細胞を Ha2!
5 投与下で培養した.transendothelial electrical resistance および FITC デキストランの透過性を評価したところ,脳血管内皮細胞の透過性
亢進が示された.またクローディン 5 の発現が低下することがフローサイトメトリーおよび免疫蛍光染色法で示
された.
以上より β1 インテグリンを介した脳血管内皮細胞と細胞外マトリックスの接着の変化がタイトジャンクショ
ン蛋白を介して血液脳関門に影響を与えることが示唆された.
(脳循環代謝
23:154∼159,2012)
キーワード:β1 インテグリン,脳血管内皮細胞,細胞外マトリックス,クローディン 5,血液脳関門
また,Tilling らによって porcine brain capillary endo-
はじめに
thelial cell を細胞外マトリックス上で培養するとコン
トロール群と比較して transendothelial electrical re-
脳梗塞急性期において血液脳関門が崩壊して,脳浮
sistance(以下 TEER)が上昇することが報告されて
腫や脳出血が発症し,脳組織の障害をおこすことは日
いる3).これらの報告から,細胞外マトリックスは,
常臨床で経験される.血液脳関門の構成要素としては
タイトジャンクションに何らかの影響を与え,血液脳
タイトジャンクションと呼ばれる血管内皮細胞間の結
関門を変化させる事が考えられる.
合とその構成蛋白であるゾナオクルディン,オクル
細胞外マトリックスが血液脳関門に影響を与える仲
ディン,クローディンが考えられている.しかし,近
介役として接着分子の関与が考えられた.近年の研究
年 Neurovascular Unit の概念が提唱され血液脳関門
において血管内皮細胞に発現する β1 インテグリンが
もタイトジャンクションのみで構成されるのではな
血管内皮細胞の透過性に大きく関与していることが示
く,周辺にある細胞外マトリックス,
アストロサイト,
唆されている.Tagaya らの報告によると中大脳動脈
ペリサイト,神経細胞がその調節に関与していると考
閉塞後の虚血中心部において β1 インテグリンが,虚
えられるようになってきている1).
血開始後,急速に発現が低下している4).同時期に虚
Sacettieri らの報告に よ る と Rat Brain endothelial
血による血管透過性亢進が進行することを考えると
cells(RAW4.B)を各種細胞外マトリックス上で培養
β1 インテグリンが血管透過性に大きく関与している
した時に,コラーゲン IV,ラミニンと比較してコラー
可能性が示唆されている.
2)
ゲン IV ではオクルディンの発現が上昇していた .
著者は 2008 年から 2011 年にかけて University
of
Washington の Gregory J del Zoppo 教授の研究室に
留学していた.同研究室において細胞外マトリックス
国家公務員共済組合連合会立川病院神経内科
〒190―8531 東京都立川市錦町 4―2―22
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と血管内皮細胞の間の β1 インテグリンを介した血管
透過性の制御について注目し,β1 インテグリン特異
的阻害抗体(以下 Ha2!
5)を用いて,細胞外マトリッ
― 154 ―
3.脳血管内皮細胞と細胞外マトリックスの相互作用が脳血液関門に与える影響
クスと血管内皮細胞の間の β1 インテグリン阻害する
5)
変化を評価した.血管内皮細胞を培養したインサート
ことにより脳血液関門に与える影響を検討した .以
の 上 部 に FITC デ キ ス ト ラ ン(40 kDa お よ び 150
下にこの Ha2!
5 を用いて行った研究と今後の発展に
kDa)を投与した.インサートの下部に透過してくる
ついて紹介する.
FITC デキストランの量を測定することで,血管内皮
細胞の透過性を評価した.下記の式に基づき見かけの
in vivo において β1 インテグリン阻害が
血液脳関門に与える影響について
透過性係数(apparent permeability coefficient,以下
Papp)を算出した9).
Papp=(下部チャンバーにおける FITC デキストラ
まず,β1 インテグリン阻害をすることで,脳虚血
時と同様に脳血液関門の崩壊が in vivo で再現できる
ンの濃度の変化)
(
!インサート底面積×チャンバー上
部の初期の FITC デキストランの濃度)
150 kDa の FITC デキストラ ン に お い て は Ha2!
5
かを検討した.
C57 BL!
6 マ ウ ス の 基 底 核 に Ha2!
5 を 投 与 し,24
投 与 に よ り isotype 抗 体 投 与 群 に 対 し て 73.6%±
時間後に固定し脳組織を冠状断にしてマウス IgG に
22.6% の Papp の低下を認めた.また 40 kDa の FITC
対して免疫組織染色4,6)を行った.全脳面積に対する
デキストランでは 30.7%±13.3% の Papp の低下を認
IgG の染色面積の比を算出して,組織内への IgG の漏
めた(Fig. 3)
.
二つの方法により,β1 インテグリン阻害が in vitro
出を評価した.
Ha2!
5 投与群および Ha2!
5 の isotype 抗体投与群を
比較したところ,isotype 抗体投与群の漏出面積比が
でも血液脳関門に影響を与えて透過性を亢進すること
が示された.
4.4±4.5% であっ た の に 対 し て,Ha2!
5 群において
20.8±5.1% と有意差をもって IgG 漏出範囲が拡大し
ていた(Fig. 1)
.
β1 インテグリン阻害が培養脳血管内皮細胞・
細胞間のタイトジャンクション蛋白発現に
この結果から,in vivo において β1 インテグリンを
与える影響について
阻害することにより IgG が血管内から漏出する,す
β1 インテグリン阻害が脳血液関門を構成するタイ
なわち脳虚血時と同様に血液脳関門が崩壊することが
示された.
トジャンクションを変化させ血管内皮細胞の透過性を
変化させることが考えられ,前述の初代継体脳血管内
β1 インテグリン阻害が血液脳関門の
in vitro モデルに与える影響について
皮細胞を用いて,β1 を阻害する事によるタイトジャ
ンクションへの影響の評価を行った.
クローディン 5 は血管内皮細胞の細胞間に特異的に
in vivo と同様に in vitro の系においても β1 インテ
発現しており10),クローディン 5 欠損マウスでは低分
グリン阻害が脳血液関門を崩壊させるかを C57 BL!
6
子トレーサーの血管外への漏出がみられ,血液脳関門
5,7)
マウスの脳から抽出した初代継体脳血管内皮細胞 を
の形成に重要であると考えられている11).
使用して検討した.
コラーゲン IV で表面を被覆したプレートに脳血管
血液脳関門のモデルとしてコラーゲン IV で表面を
内皮細胞を培養し,Ha2!
5 もしくは isotype 抗体を投
被覆したインサート上に単層に初代継体脳血管内皮細
与して 18 時間インキュベーションを行った.その後,
胞を培養した.インサート上に培養した脳血管内皮細
クローディン 5 の発現量をフローサイトメトリーにて
胞に Ha2!
5 を投与して透過性の変化を評価した.
評価した.Ha2!
5 投与によりコントロールに比べて有
血液脳関門の透過性の評価の指標として transendo-
意にクローディン 5 の発現量が低下した(Fig. 4)
.
8)
thelial electrical resistance(以下 TEER)および FITC
9)
培養細胞をインサート上でコンフルエントになるま
で培養して,Ha2!
5 および isotype 抗体を投与し,イ
デキストランの透過性 の二つの方法をもちいた.
まず Ha2!
5 投与群 と isotype 抗 体 投 与 群 で TEER
ンサートの膜上に接着した状態のままでクローディン
の変化を経時的に観察した.投与 18 時間後で TEER
5 の免疫蛍光染色を行った.1 視野において血管内皮
は Ha2!
5 群が isotype 抗体群に対してすでに低下傾向
細胞周辺部に発現しているクローディン 5 の全周囲径
を示し,24 時間後,42 時間後,48 時間後では有意差
を測定,全細胞数で割ることにより,単位細胞あたり
をもって低下していた(Fig. 2)
.
の周囲径を算出して,クローディン 5 の発現を評価し
高分子物質の透過性の評価のために FITC デキスト
た.
ランをもちいて β1 インテグリン阻害による透過性の
― 155 ―
Ha2!
5 投与 18 時間後,24 時間後,42 時間後のサン
脳循環代謝
第 23 巻
第2号
Fig. 1. Ha2/5 投与による IgG 漏出の比較
C57 BL/6 マウスの基底核に Ha2/5 を投与し,全脳面積に対する IgG の染色面積の比から組織内
への IgG の漏出を評価した.Ha2/5 投与群で有意差をもって IgG 漏出範囲が拡大していた.
(isotype4.4±4.5% vs Ha2/5 20.8±5.1%)
Fig. 2. Ha2/5 投与による TEER の経時変化
TEER は,投与 18 時間後で Ha2/5 群が isotype 抗体群に対して低下傾向を示し,24 時間後,42
時間後,48 時間後では有意差をもって低下していた.
プルをもちいて両群を比較した.各時点において,
門の成長,維持に重要と言われている1).β1 インテグ
Ha2!
5 投与群では isotype 抗体投与群と比較して有意
リンは,コラーゲン IV,ラミニン,パーレカンといっ
にクローディン 5 の発現量が低下していた(Fig. 5)
.
た中枢神経系に存在する細胞外マトリックスに接着
以上より,β1 インテグリン阻害が血管内皮細胞間
し4),それを介した接着は血管内皮細胞の維持に必要
にあるタイトジャンクション蛋白であるクローディン
とされている12).β1 インテグリンが,血液脳関門の
5 の発現を低下させることが示された.
維持にも関与している仮説を立て,β1 インテグリン
特異的阻害抗体を用いて実験を行った.(1)in vivo
および in vitro において β1 インテグリンを阻害する
まとめ
と脳血管内皮細胞の透過性を亢進する,(2)β1 イン
細胞外マトリックスと接着因子の接着は,血液脳関
テグリンを阻害することでタイトジャンクション蛋白
― 156 ―
3.脳血管内皮細胞と細胞外マトリックスの相互作用が脳血液関門に与える影響
Fig. 3. Ha2/5 投与による Papp の経時変化
Ha2/5 投与により FITC デキストランの Papp は,isotype 抗体投与群に対して 150kD では 73.6%
±22.6%,40kD では 30.7%±13.3% の上昇を認めた.
Fig. 4. Ha2/5 によるクローディン 5 の変化
18 時間の Ha2/5 インキュベーション後のクローディン 5 の発現量をフローサイトメトリーにて
評価した.isotype 抗体投与群と比較して約 50% のクローディン 5 の発現量低下を認めた.
であるクローディン 5 の発現が低下する,ことが示さ
IgG や 150 kDa の FITC デキストランの漏出を認め
れた.つまり β1 インテグリンの変化が直接タイト
ており,クローディン 5 の発現低下だけでは説明がつ
ジャンクション蛋白を変化させ,血液脳関門の透過性
かない.ゾナオクルディン,オクルディンなどの他の
を亢進させることが示された.
タイトジャンクション蛋白の関与が考えられ,その評
Nitta らによると,クローディン 5 欠損マウスでは,
価も今後行ってゆく.また,β1 インテグリンとタイ
低分子トレーサー(800 Da 未満)の血管外漏出は認
トジャンクションの間をつなぐシグナルについても不
めるが,高分子トレーサー(1,900 Da 以上)では認
明であり,今後検討する必要があると考える.
めなく,クローディン 5 は低分子の透過性に関係して
11)
いるといわれている .Ha2!
5 投与では高分子である
最終的には脳卒中臨床につなげるべく脳虚血マウス
モデルにおいて,β1 インテグリンに介入することに
― 157 ―
脳循環代謝
第 23 巻
第2号
Fig. 5. Ha2/5 による細胞間のクローディン 5 発現の変化
Ha2/5 投与により,一細胞あたりのクローディン 5 の発現量は isotype 抗体投与群と比較して 30
∼ 40% 低下していた.
より血液脳関門の崩壊を予防する方法論へ発展させた
6)Fukuda S, Fini CA, Mabuchi T, Koziol JA, Eggleston
LL, del Zoppo GJ : Focal cerebral ischemia induces ac-
いと考えている.
tive proteases that degrade microvascular matrix.
謝辞:最後に本研究をおこなった University of Washington においてご指導頂いた Gregory J del Zoppo 教授と
研究室の同僚に深謝する.
Stroke 35 : 998―1004, 2004
7)Milner R, Hung S, Wang X, Berg GI, Spatz M, del
Zoppo GJ : Responses of endothelial cell and astrocyte
matrix-integrin receptors to ischemia mimic those observed in the neurovascular unit. Stroke 39 : 191―197,
文
献
2008
1)del Zoppo GJ, Milner R : Integrin-matrix interactions
in
the
cerebral
microvasculature.
8)Wessells H, Sullivan CJ, Tsubota Y, Engel KL, Kim B,
Arterioscler
Olson NE, Thorner D, Chitaley K : Transcriptional
Thromb Vasc Biol 26 : 1966―1975, 2006
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Agostino S, Schiera G, De Caro V, Giandalia G,
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Giannola LI, Cestelli A : Neurons and ECM regulate
occludin
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in
brain
endothelial
Genomics 39 : 100―108, 2009
cells.
9)Hsuchou H, Kastin AJ, Tu H, Joan AN, Couraud PO,
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Pan W : Role of astrocytic leptin receptor subtypes on
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4)Tagaya M, Haring H-P, Stuiver I, Wagner S, Abu-
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Blood Flow Metab 31 : 1972―1985, 2011
― 158 ―
3.脳血管内皮細胞と細胞外マトリックスの相互作用が脳血液関門に与える影響
Abstract
Interaction between endothelial cells and extracellular matrix changes blood brain barrier
Takashi Osada
Department of Neurology, Tachikawa Hospital
Tight junction protein has been the focus of the blood brain barrier studies, but recent studies imply that
neurovascular unit also has impact on the permeability barrier. We tested that endothelial cell-matrix adhesion
by β1-integrin receptors has an important role in maintaining the cerebral microvessel permeability barrier. β1integrin function-blocking antibody(Ha2!
5)was injected into the striatum of C57 BL!
6 mice. It produced significantly greater IgG extravasation than the isotype antibody injections. Transendothelial electrical resistance and
permeability measurements of the monolayer of the primary brain endothelial cells from C57 BL!
6 mice were
performed with Ha2!
5(or its isotype)incubation and it reduced the resistance of endothelial cells monolayer significantly, and significantly increased permeability to 40 and 150 kDa dextrans. The primary brain endothelial
cells were incubated with Ha2!
5(or its isotype)and the impact on claudin-5 expression was quantified. Both
flow cytometry and immunofluorescence studies demonstrated that the interendothelial claudin-5 expression by
the endothelial cells was significantly decreased. This study demonstrated that blockade of β1 integrin function
changes the tight junction protein expression and increases microvessel permeability. This result suggests that
endothelial cell-matrix adhesion receptor could directly affect the inter-endothelial cell tight junction and alter
the brain microvascular permeability.
Key words : β1 integrin, cerebral endothelial cell, extracellular matrix, claudin5, blood brain barrier
― 159 ―