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文章論を基にした読解指導
実地研修先:国士舘大学
文学部
初等教育専攻 山室和也研究室
御幸山中学校 熊谷 太志
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研修のねらい
今回の研修では、文法論的文章論を用いた教材分析について学ぶことを主な目的とし
た。文法論的文章論は、東京学芸大学の教授であった永野賢氏が、教材研究の基礎理論
として提唱したものである。
読解指導のための教材分析が、指導者の主観的な視点からのみで行われてしまうこと
がある。しかし、教材分析は客観的な視点からも行われなければならない。生徒の読み
取りが、主観的な視点のみとなってしまうことはあっても、指導者の読み取りは、客観
的な視点からも行われなければならない。
そこで、文法論的文章論を学ぶことにより、客観的な視点から教材分析をする方法を
身に付けたいと考えた。また、その教材分析を基に授業を展開することで、生徒たちの
文章を読む力を伸ばすことができると考えた。
2 実地研修で学んだこと
⑴ 連鎖論について
本研修では、文法論的文章論の中でも、主に「連鎖論」について学んだ。
「連鎖論」
は「主語の連鎖」「陳述の連鎖」「主要語句の連鎖」からなる。
ア 主語の連鎖
主語の連鎖では、文章を構成する文について、主語という観点から分類する。分
類の仕方は以下の通りである。
「が」の主語文…現象文
例「私が学校へ行く。」
「は」の主語文…判断文
例「私は学校へ行く。」
有
主語の有無
もともと主語のない文…述語文
例「あら?」
無
「は」の主語の省略された文…準判断文
例「学校へ行く。」
現象文は主語に力点を置く文であり、判断文は述語に力点を置く文である。その
文章がどのような文で構成されているかを考えることにより、文章のどのような点
に力点が置かれているのかを考えることができる。
イ 陳述の連鎖
陳述の連鎖では、文章を構成する文について、その文末に着目し、それぞれの文
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がどのような役割をもっているのかを考える。
例えば過去・完了を表す助動詞「~た」は主に客観的事象を示すが、断定を表す
助動詞「~だ」は書き手の主体的な考えを示す。
また、文学教材は主に過去形文(「~た」)の文で書かれるが、その中に現在形
の文が混じる場合、その文は、読者を登場人物と同じ視点に引き込み、臨場感を与
える役割をもつ。
ウ 主要語句の連鎖
主要語句の連鎖では、その文章で繰り返し用いられている語句が、どのように表
現され、前後の文とどのような関係性をもっているかを考える。
例えば、物語の主人公を「彼」「あいつ」「英雄」といったように言い換えてい
た場合、それぞれの場面で主人公を捉える視点が違うことが分かり、そのことから、
文章がどのように書かれているかを知ることができる。
⑵ 実際の教材分析
連鎖論を学んだ後、実際に教材を分析した。分析した教材は以下の通りである。実
際の教材分析では、文章を文に分け
る 。 例 え ば、「自 分の頭で考 え る」 <研修中に分析した教材>
『みどり色の記憶』(3年生)
では、文章全体を125の文に分け、
『夏の葬列』(2年生)
それぞれの文について「主語の連鎖」
『蜘蛛の糸』
『自分の頭で考える』
(1年生)
「 陳 述 の 連鎖」「主 要語句 の 連鎖」
の観点から教材分析を行った。
3 実践の内容
本実践で生徒たちが学習した教材は『みどり色の記憶』と『素顔同盟』である。『み
どり色の記憶』で学習した内容を基に、
『素顔同盟』を読むという流れで実践を行った。
⑴ 『みどり色の記憶』の実践
ア 文章論を基にした教材分析
『みどり色の記憶』では、「主要語句の連鎖」の観点から、「緑色の香り」とい
う言葉に着目する。本作品では、「緑色の香り」という言葉に着目することで、主
人公の心情がどのような出来事をきっかけとして変化していくのかを読み取ること
ができる。また、第2場面では「意志」という言葉が多く用いられており、
「意志」
という言葉に着目すると主人公がどのようなことに悩んでいるのかを読み取ること
ができる。
「陳述の連鎖」の観点では、「緑色の香り」をきっかけとして変化している主人
公の心情に着目する。主人公の心情は「あたし絵をかく人になりたい」から「緑色
の香り」をきっかけに「ちゃんと話そう」に変化する。「あたし絵をかく人になり
たい」という文では「~たい」という希望の意味を表す助動詞が用いられているが、
「ちゃんと話そう」では「~う」という意志を表す助動詞が用いられている。この
ように、文末表現に着目することで、主人公の心情がどのように変化しているのか
を読み取ることができる。
-2-
イ
実践の様子
生徒たちには、4月当初より、「文章を読むに当たって、繰り返し用いられてい
る言葉に着目することによって、文章に書いてあることを正しく読み取ることがで
きるようになる」という指導を行ってきた。
実際に生徒たちは、文章を通読した後、「色に関する表現が多い」や、「香りに
関する表現が多い」といった発言をしていた。
生徒たちには、読解を進めるうえで、主人公の心情に関する表現に着目させると
ともに、第2場面では、主人公と対照的に描かれている友人の「真奈」の心情につ
いても着目させた。
第2場面では「意志」という言葉が多く用いられている。意志という言葉に着目
した生徒からは、「意志をもてない主人公と、意志をもっている友人が対比的に描
かれていて、主人公の悩みをより強く表現している」という発言もあった。
第 3 場 面 で は 主 人 公 の 心 情 の 変 化 に 着 <主人公の心情を表現した文>
目させた。第3場面では、「緑の香り」と
・あたし絵をかく人になりたい
いう言葉に着目することで主人公の心情
・描きたいなあ
が変化していく様子を読み取ることがで
・カンバスに写し取りたい
きる。また、右に示した主人公の心情を
・芸術家のある高校にいきたい
表現した文の文末に着目すると、「~たい
・ちゃんと話そう
(希望)」から「~う(意志)」
「~んだ(断
・お母さんに伝えよう
・もうやめよう
定)」というように主人公の心情が徐々に
・あたしの夢を聞いてもらうんだ
強くなっている様子を読み取ることがで
・あたしの未来を決めるんだ
きる。生徒たちは、心情が変化していく
ことは読み取れたものの、文末に用いら
れている助動詞の意味を、しっかりと理解できていなかったため、どのように変化
したのかについては答えられなかった。そこで、助動詞一覧表を用いながら文末の
意味を確認し、主人公が自分の意志で自分の進路を決めようと決意したことを読み
取らせた。
⑵ 素顔同盟の実践
ア 文章論を基にした教材分析
『素顔同盟』では「主要語句の連鎖」の観点から、「仮面」と「素顔」という言
葉に着目する。本教材では、人工的な笑顔の仮面と、喜怒哀楽を表現できる素顔が
対照的に描かれている。「仮面」と「素顔」という言葉に着目することで、主人公
が仮面を捨て素顔になるまでの心情の変化を読み取ることができる。
「陳述の連鎖」の観点では、素顔とな
<主人公の後悔を表現した文>
った少女と出会った主人公が、少女に声
・誰かにみられるのを恐れたのだ
を掛けなかったことを後悔する場面に着
・自分の身が大事だったのだ
目する。右に示したのは主人公の後悔を
・自分で逃してしまったのだ
表現した文である。「~のだ」は強い断定
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を表してる。この文から、主人公の強い後悔の念を読み取ることで、最後の場面で、
主人公が自ら仮面を捨てた時の主人公の心情を読み取ることができる。
イ 実践の様子
「素顔同盟」の実践では、全文を通読させた後、生徒たち自身で、繰り返し用い
られている言葉や、特徴的な文末を探させ、そこから物語の主題について考えさせ
た。生徒たちには、物語の主題とは「その作品を通して作者が読者に対して伝えた
いこと」と伝えた。
生徒たちの多くは、「笑顔」「仮面」「素顔」を、繰り返し用いられている言葉と
して挙げた。また、特徴的な文末表現として、作品の冒頭部分に「~だろうか」が
多く用いられていることや、後悔の場面で「~のだ」が多く用いられていることを
挙げた。
また、生徒たちには、主題について考える際は、繰り返し用いられている言葉や、
特徴的な文末表現から読み取れることを基にして考えるよう指導した。次に示した
のは、生徒が考えた物語の主題である。
<生徒が考えた物語の主題>
生徒 A 「ありのままの自分の表情があってその人が成立するのだから、自分
の表情はとても大切なものである。」
生徒 B 「自分の心の中で思っていることを誰にも見せられないことへの息苦
しさを捨て、素直に自分の気持ちを表現しよう。」
生徒たちの多くは、上記のように、自分の気持ちを素直に出すことの大切さを物
語の主題として挙げた。
4 まとめ
4月、生徒たちに「文章を読む際にどのような点に着目するか」というアンケートを
行ったところ、36人中23人の生徒が分からないと答えた。また、残りの13人も、
「登場人物」や、「筆者の言いたいこと」といった漠然とした答えだった。さらに、「な
ぜその点に着目するのか」と聞いたところ、13人全員がその理由を答えられなかった。
また、日々の授業の様子を見ても、指導者の解説を聞いて、ノートにそれを書くという
単調な作業を繰り返していた。
しかし、「素顔同盟」の実践では、初めて文章を読む際に、進んで繰り返し用いられ
ている語句に線を引くなど、生徒たちの、主体的に文章を読もうとする姿勢を見ること
ができた。また、「素顔同盟」の実践では36人中26人の生徒が、指導者の解説なし
で物語の主題をまとめることができた。
これは、文法論的文章論を基に実践することで、生徒たちに、物語を読む際にどのよ
うな点に着目すればよいかを示すことができたためだと考える。
今回の研修では、主に、文法論的文章論の「連鎖論」について学んだ。今後は、他の
「連接論」や「統括論」についても学び、よりよい授業を目指していきたい。
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