人間の眼と同じ色が再現できるカメラが登場!

人間の眼と同じ色が再現できるカメラが登場!
レーザー光 線 をご存 知 ですね。赤 色 と青 色 を良 く見 かけますが、非 常 に強 くて鮮 やかな純 色 を
放ちます。これは、人間の眼で見える最も鮮やかな色でもあるということです。
そこに今 年 、実 験 レベルで緑 色 のレーザー光 源 が開 発 されたニュースが世 界 を駆 け巡 っています。
これで赤色(R)と青色(G)、緑色(B)のレーザー光が揃い、この 3 色のレーザー光源を使用すると、
現在のアドビRGBの色再現域を遥かに超えた、人間の眼で見たとおりの「レーザーディスプレィ」が
実現することになるからです。
「レーザーディスプレィ」で見えるすべての色は、人間の眼で見たまま再現される表示機となり、こ
のディスプレィの誕 生 は、歴 史 上 初 めての快 挙 です。この出 来 事 は、世 界 中 のテレビやディスプレ
イが代 わるだけで無 く、産 業 のあらゆる画 像 ・映 像 分 野 に大 きな影 響 をもたらし、新 たな産 業 を興
すものと見られています。当然、我々写真家にも大きな影響をもたらす技術となってくるでしょう。
しかし現 在 、人 間 の眼 で見 たままの写 真 やビデオを撮 影 できる簡 単 な装 置 (カメラ)はありません。
これまで、この人間の眼で見たまま再現できる色領域理論を研究として開発した、大型のマルチバ
ンド方式での撮影装置はありましたが、実用的に撮影に使えるものは存在していませんでした。
私はデジタルカメラで商用利用した最初の写真家として、20 年ぐらいの雑誌やAPAニュースでも
紹介されましたが、その後もいろいろなメーカーや研究機関とのお付き合いが続いています。
その中に、約 10 年前からお付き合いをさせていただいている浜松のベンチャー企業があり、その
社長 から、人間 の眼 で見たとおりの写真 が撮 影 できるカメラを静岡 大 学 と共 同で開 発していると紹
介され、一緒に約半年間研究をしてきました。そして、このカメラが、日本発世界標準の 21 世紀の
カメラとして、世 界 中 に大 きく広 がることを確 信 しました。8 月 初 旬 には、静 岡 大 学 にお伺 いして開
発者の下平教授とも親しくお打ち合わせをすることができました。私は、まず美術品などのデジタル
アーカイブに使用してみる予定にしています。人 間の眼で見 たままを保 存する技術 は、日本のみな
らず、多 くの国 々の文 化遺 産 、史 跡を写 真 で保存 を必 要 と感 じています。さらに、ビデオカメラの試
作も完成したということですので、映像の世界も取り組みたいと思っています。
そこで、APA の皆さんにも、この新しい技術「視覚全色域カメラ*」をご紹介します。以下の文面は、
APA ニュースからの依頼で、静岡大学イノベーション共同研究センター鈴木博士に書いていただき
ました。
APA 会員 川端 秀樹
*「視 覚 全 色 域 カメラ」は、川 端 が名 づけた名 称 です
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「視覚全色域カメラ」と広色域忠実色再現
静岡大学イノベーション共同研究センター 鈴木均
はじめに
視 覚 全 色 域 カメラを紹 介 します。色 を正 確 にまたは忠 実 に取 得 することを目 的 として、静 岡 大 学
工 学 部 下 平 美 文 教 授 の研 究 室 で開 発 されました。大 きな特 徴 は、人 間 が知 覚 する色 域 のほとん
どすべての色をほぼ正確に取得できることです。このカメラは、カメラレンズとモノクロ CCD(画素数
1071万)の間に回転円盤が配置され、その円盤に取り付けられた3枚のフィルターをまわしながら
3枚の画像を取得し、1枚のカラー画像とします。
視覚全色域カメラによる撮像事例
このカメラで撮ると、印 象としてどんな画像 が得 られるのでしょうか。筆 者 は、ここ2、3年この視 覚
全 色 域 カメラの画 像 機 器 展 や学 会 併 設 展 示 会 の出 品 に立 ち会 ってきました。展 示 ブースでは、北
窓 光 で照 明 された被 写 体 (通 常 色 とりどりの花 )を撮 像 し、その隣 に置 いた液 晶 ディスプレイ
(AdobeRGB 色域)に表示しました。このカメラが撮影した画像を見た人々の反応は以下のようでし
た。多 かった反応 は、「花 が本 物のように見える」というものです。多 数の色を含む布 が被 写体 のと
きは、「布が液晶 ディスプレイに貼付 けてあるようだ」といった声も聞 かれました。お客 様が見たまま
の色 合 いで撮 像 し表 示 できているからこそ、みなさんはこのような印 象 を持 たれたと考 えます。たと
えば緑 色 の葉 1枚 を取 っても、葉 の茎 側 から先 までの間 に色 合 いは微 妙 に変 化 しています。通 常
のデジタルカメラで撮影し表示しても、おそらくこの微妙な色の変化はつぶれてしまい、のっぺりとし
た印 象 を与 えるのではないのでしょうか。また、一 度 10ビットの階 調 値 を持 つ液 晶 ディスプレイ(あ
るメーカーの試 作 品 )に表 示 したことがありますが、そのときは「花 が立 体 的 に見 えて本 物 とほとん
ど変わらない」ともいわれました。これは忠実な色再現に加え、液晶ディスプレイの輝 度方向のダイ
ナミックレンジが4倍になり画面に深みが出ているからだと考えます。
筆 者 の記 憶 に最 も強 く残 っている展 示 会 は、昨 年 の冬 、地 元 浜 松 で開 催 された小 さな展 示 会 で
す。筆者は、そのカメラ技術とは無関係な展示会にはまったく期待せずに参加しました。ブースを訪
れる人 もなく、ぼーっとしていると、被 写 体の布 と液 晶ディスプレイを熱心 に見 比 べている一人 の訪
問者に気づきました。その男性 曰く、「こんなに難 しい色をこんなに正確に再現しているのは初めて
見ました。どのようにしているのですか?」と。彼には印刷技術を研究していた経験がありました。そ
れゆえ正確 な色再現 の困難さがわかっていたのでした。「仲間を呼 んできます。」と、その後 お仲間
を連 れられて、合 計 3回 私 達 のブースを訪 問 してくれました。この時 の経 験 は、現 在 この技 術 に関
わっている筆者の原動力になっています。
現行カメラの色再現性
市 販 されているデジタルカメラの色 再 現 性 を確 認 するためにふたつの実 験 を行 いました。一 つ目
はテスト色 を多 原 色 ディスプレイに表 示 させ、その色 を分 光 放 射 輝 度 計 とデジタルカメラで取 得 し
比 較 します。多 原 色 ディスプレイは、色 再 現 性 の確 認 に広 く使 われているマクベスカラーチェッカー
よりも彩度の高い色をつくることができます。その色を正確に測色できる精度の高い分光放射輝度
計で測色します。次に同じ色をこのデジタルカメラ A で撮像し、画像から xy 色度値を計算します。
分光放射輝度計が指示する xy 色度値とカメラの xy 色度値を、xy 色度図上にプロットしたのが図1
です。図中の三角形は、sRGB 色域と AdobeRGB 色域を表しています。色域外の色は、矢印で示し
ているように色域内の色に変換された色にマッピングされています。とくに Green と Blue の原色点
を結ぶ色域の境界に色が集まっているのがわかります。この図から、このデジタルカメラ A は色ず
れを起こしていることがわかります。
二つ目の実験は、色温度が 6500K の北窓光で照明された花を、メーカーの異なる2種類のデジタ
ルカメラ B, C で撮像し、それらの画像の xy 色度分布を比較しました。図2です。いずれの色度分布
も sRGB 色域内に入っていますが、カメラにより分布の様子が異なります。この図から、「色づくり」
がメーカーそれぞれのものであることがわかります。
色ずれを起こしているのは、このカメラだけでなく現 在販 売 されているデジタルカメラ、フィルムカメ
ラを問わず放送用テレビカメラも含めてすべてのカメラといっていいでしょう。同じ被写体を同じ条件
で撮影しても、デジタルカメラの機種により、あるいはフィルムにより再現された色が少しずつ異なる
ことは、多 くの人 が体 験 されていることと思 います。しかし色 がずれていても、日 常 生 活 ではほとん
ど問 題 になりません。それは人 の肌 の色 はこのような色 、紅 葉 の色 はあのような色 、という具 合 に
記憶あるいは無意識のうちに期待している色にあうようにずれているからです。カメラにおける色 変
換がそのように設計されているからです。つまり「好ましい色再現」です。
色ずれがあっても日常生活ではほとんど困らない、これがこのような状 態がカラーカメラの誕生か
ら半 世 紀以 上経 過 しても続 いている理由 のひとつかもしれません。しかし色ずれがある、色 が正 確
に再 現 されないと困 る分 野 ・用 途 は昔 からあり、それゆえ世 界 の様 々な大 学 、企 業 の研 究 所 で正
確 な色 再 現 、忠 実 な色 再 現 が研 究 されています。そしてその必 要 性 は、近 年 益 々増 大 しています。
忠 実 色 再 現 技 術 が期 待 される用 途を少 し紹 介します。遠 隔医 療 があります。離 島 の小 さな医院 を
訪れた患者 の病 変部 を、都 市 部にある大 学 病 院の専門 医 が診 断する、同 じ画 像を別の病院 の専
門 医 も観 てセカンドオピニオンを与 える、色 を忠 実 に取 得 、伝 送 、表 示 できれば、このようなことが
可 能 になります。自 宅 のパソコンから、この色 合 いが気 に入 ったと注 文 したセーターが数 日 後 宅 急
便で届き、包みを解いてがっかりした。このような電子商取引にまつわる問題もなくなるでしょう。
色再現性と分光感度
色の取得・再現には、パソコンの他に3種類の機器がかかわっています。色を取得・撮像するカメ
ラと、撮像された画像を表示するディスプレイそして印刷機器です。今回はカメラ、特にデジタルカメ
ラに注目しています。ではなぜデジタルカメラの色再現性は良くないのでしょうか。
デジタルカメラの色の再現性は、その分光感度に左右されます。分光感度とは、デジタルカメラに
は3チャンネルありますが、それぞれのチャンネルの入 射 光 に対 する感 度 を波 長 毎 に表 したもので
す。デジタルカメラの設 計 者 は、分 光 感 度 を設 計 するときに、画 像 を出 力 するつまり表 示 するデバ
イスの色空間の3原色から決めます。sRGB 色空間と, AdobeRGB 色空間です。また、撮像時と観
察 時 の照 明 は等 しいという条 件 の下 で設 計 します。この条 件 下 での色 再 現 を、測 色 的 色 再 現 とい
います。sRGB 色空間の3原色点と測色的色再現という制約条件から得られる理論的分光感度を、
図3に示 します。3つの分 光 感度 曲 線 が描 かれていますが、どの曲 線 にも値が負 の波 長 領域 が存
在 します。この分 光 感 度を持 つカメラは、人 間 の眼 が見 ているものと同 じ色 を再 現 できます。しかし
負 の分 光 感 度 は物 理 的 に実 現 不 可 能 です。古 くからこの負 の分 光 感 度 をなんとかしようと、様 々
な努 力 がなされてきました。負 の領 域 に見 合 うだけ正 の部 分 を変 形 させるなどの近 似 方 法 が研 究
されてきました。しかしあくまでも近 似 なので完 全 に等 価 な分 光 感 度 は実 現 できず、現 在 に至 って
います。負の分光感度を実現できない、これがデジタルカメラの色再現性が良くない理由です。
色の見え方と分光感度
それではカメラで忠実に色を撮るためには、どうしたらいいでしょうか。人間の眼の見え方と同じに
すればいいのですから、人間の眼と同じ特性をカメラに持たせればいいわけです。このことを考える
ために、まず人はどのようにして色を知覚しているのかについて説明します。
図 4は、人 間 がある照 明 下 にある物 体 を見 ているとき、どのように物 体 の色 を知 覚 しているのか
を示 しています。眼 に入 る光 のスペクトルは、照 明 ランプのスペクトルと物 体 の反 射 スペクトルを掛
け算 (積 )したものです。眼 の網 膜 には、それぞれ異 なった3つの波 長 域 の光 に反 応 する3種 類 の
錐体(視細胞)が分布しています。物体からの光がこれら錐体に到達すると、各錐体は入射光スペ
クトルの分 布 形 状 に応 じた電 位 を発 生 し、電 位 の変 化 つまり信 号 は神 経 細 胞 を通 じて脳 に送 られ
ます。これらの信 号 は、脳 の視 覚 野 で処 理 されてはじめて色 として知 覚 されます。ちなみに、このこ
とから色は物体に付随しているものではなく、脳がつくりだしているものであることがわかります。
カメラレンズに入射する光のスペクトルは、人間が物体を見ている時と同様に照明ランプのスペク
トルと物 体 の反 射 スペクトルの積 です。したがってレンズから撮 像 素 子 までの分 光 感 度 を、3つの
錐 体 の分 光 感 度 と同 じにすれば、カメラに人 間 の眼 の色 に対 する特 性 と同 じ特 性 を持 たせること
ができます。しかし、生理学実験により見いだされた図4にもある錐体の分光感度をカメラに持たせ
ることができたとしても、そこから得 られる様 々なデータは、色 彩 学 やその産 業 応 用 である多 くの測
色機器との整合性がよくありません。そこで、下平研究室では既に確立し充分な評価も受けている
CIE 等色 関 数に注 目しました。CIE 等 色関 数 とは、等 色 実 験により1931年 CIE(国 際照 明 委 員
会)が制 定 した、標 準 的な人 間 の眼 の分 光 感度 を等 価的 に表しているものです。図5に
等 色 関 数 を示 します。ピークが4つあります。このままではフィルターが4枚 のカメラ
になってしまい、実 用 的 ではありません。そこでこの4つのピークを持 つ等色 関 数 を、負 の値 を持た
ずかつ3つのピークからなる新 しい関 数 に数 学 的 に変 換 しました。結 果 を図 6に示 します。カメラが
この3つの関 数 、つまり分 光 感 度 を持 てば、そのカメラは人 間 の眼 と同 じ分 光 感 度 を持 ったことに
なります。これは大田の研究成果 1) を基礎にしています。
視覚全色域カメラによる撮像
図7は、(有)パパラボ 2) が開発した視覚全色域カメラです。カメラレンズと 4008×2672 の有効画
素を持つ CCD の間に、3枚のフィルターが固定されたターレットが配置されています。色について人
間の眼と同じ特性を持つカメラですから、人間が知覚する色すべてを理論上は撮像できます。その
意味で私 たちは視覚 全 色域カメラと呼んでいます。本 当にすべての色 を撮像できるのか、またどの
くらいの色再現性で撮像できるのか、この2点に注目して色再現性実験を行いました。
図8の xy 色度図にその実験結果を示します。色再現性の実験によく使われているマクベスチャ
ートは、彩度が比較的低くカバーできる色域が狭いので、かわりに6色の LED を光源とする電子色
票を自作して色票をつくりました。図のなかで十字の記号で示されているのが、分光放射輝度計に
よる測 定 結 果 で、○により示 されているのが視 覚 全 色 域 カメラによる測 色 値 です。色 差 は、
CIE2000 色差式を用いて算出、結果は平均色差が 0.74(色票数は 34)でした。電子色票の発色可
能な色域がまだ充分広くなく、全色域について確認したといえませんが、sRGB 色域内の色票のみ
ならず彩 度 がかなり高 い色 域 周 辺 部 の色 票 についてもかなり良 く一 致 しているので、おそらく全 色
域を撮像できると推測しています。
おわりに
図9の xy 色度分布図は、図2にある花を視覚全色域カメラで撮像した画像から計算したものです。
図2のデジタルカメラによる画像から得られた xy 色度分布図と比較してみてください。色度は sRGB
色 域 よりも広 がりがありかつ豊 かに分 布 しています。色 に関 してこれだけ豊 富 な情 報 を持 っている
からこそ、ディスプレイに表 示 してもより本 物 に近 く見 えるのではないでしょうか。いままでこの視 覚
全 色 域 カメラの豊 かな広がりを持 った色 情 報 を生かすことのできるディスプレイはありませんでした。
しかし、ここ1、2年 の広 色 域 ディスプレイの技 術 進 歩 は目 覚 ましく、たとえば図 10 3 ) に示 すような
sRGB 色域の約2倍の色域を持つレーザテレビが販売されています(国内は未販売)。また今年の
ディスプレイ関係の国際学会である SID では、物体色の99%以上を表示可能な多原色液晶ディ
スプレイが発表されました。少しずつですが、AdobeRGB 色域をはるかに超える広色域忠実色再現
技術が、実用に近づいていると感じます。
参考情報
1)Ohta N, “Practical transformation of CIE color matching functions”, Color Res. Appl., 7,
pp.78-81, 1982
2)図10は、筆者が、小島ほか、“レーザ TV”、三菱電機技報、Vol.83, NO.2, pp52-55, 2009 の
p54 記載のデータ(3原色のレーザ波長)をもとに作成
図の説明文
図1 市販デジタルカメラの色再現性の一例
図2 デジタルカメラの種類による色再現性の違い
図3 sRGB3原色による理想分光感度特性
図4 色の見え方
図5 xyz 等色関数
図6 視覚全色域カメラの分光感度特性
図7 (有)パパラボの視覚全色域カメラ YC-3300
図8 視覚全色域カメラの色再現特性
図9 視覚全色域カメラによる花(図2)の xy 色度分布図
図10 広色域ディスプレイの色域の比較