棚田を中心とした農地の分布形態と耕作放棄との関係

日本建築学会中国支部研究報告集 第34巻
602
平成23年3月
棚田を中心とした農地の分布形態と耕作放棄との関係
−山口県下関市菊川町「貴和の里につどう会」による地域活性化活動の事例研究 その 2−
正会員
○渡邉
正会員
山本
中山間集落
農村
棚田
正会員
利光
耕作放棄地
正会員
中園
表1
1.序論
調査項目
近年、全国的に農業の主労働力の高齢化による担い手
不足が進行し、不耕作地や耕作放棄地の増大等、農地の
利用と保全に関する課題が発生している。特に、農業条
件や生活条件が不利な中山間地域ではこのような傾向が
顕著であり、現況の農業労働力に対して農地が余ってお
り、管理しきれないという農業経営上の課題が深刻化し
ている。今後、中山間集落という条件不利地域を持続的
に運営し、地域固有の環境や景観を維持していくために
は、農地をいかに管理していくかを考えることが不可欠
である。
既報その 1 では、研究の概要と示すとともに、山口県
下関市菊川町轡井集落の「貴和の里につどう会」の地域
活性化活動を先進事例として位置づけ、その概要を整理
した。本報では、轡井集落内の棚田を中心とした農地の
分布形態と耕作放棄との関係について、地理条件を指標
として考察を加える
調査概要
対象
方法
内容
航空写真などの ・集落農地分布
資料と実測調査 ・農地の利用状況
農地利用実態調査 轡井集落
・世帯構成
・世帯主
・別居家族
轡井集落に居
個別訪問調査
・住居
住する32世帯
・農地の利用状況
・将来の農地利用
・農地面積
轡井集落居住 現地調査と地図 ・自宅から農地までの直線距離
者の全保有農 上での数値デー ・自宅と農地の標高差
・農地の接道幅員
地
タの算出
・農業用水の水源
聞き取り調査
補足調査
59
(枚)
70
62
60
50
28
40
12
14
水田
16
1
6
0
3
園
果樹
菜園
地
家庭
放棄
保全
耕作
管理
自己
図1
9
(㎡)
0∼200
5
0
0
畑
24
c11
2
1
0
図2
37
14
10
調査項目は、①農地利用実態調査、②集落居住世帯に
対する聞き取り調査、③地理条件を算出するための補足
調査である(表 1)。
まず農地利用実態調査では、国土地理院の地図及び航
空写真と農道・水路の実測調査により、農地地図を作成
した上で、現地調査により農地の利用状況を地図上に書
き込む作業を行った。以上の結果をもとに、農地面積・
自宅から農地までの直線距離・自宅と農地の標高差・農
地の接道幅員を数値データとして算出し、農地1枚ごと
のデータベースを作成した。
聞き取り調査は、轡井集落に居住する全 32 世帯に対し
個別訪問調査を行い、世帯構成・世帯主・別居家族・住
居・農地の利用状況・将来の農地利用意向に関する聞き
取りを実施した。
なお調査期間は 2008 年 10 月∼2009 年 5 月である。
26
18
27
30
2.調査概要
52
41
20
1
3
0
200∼400
400∼800
800∼
不明
面積別農地利用形態
耕作されている棚田
図3
耕作放棄農地
全地、家庭菜園、果樹園の順に多くなっている。これら
3.地理条件と農地利用の変化
3.1
弘崇*
幸子**
由江*
眞人***
から、稲作を中心に農業が営まれていることがわかる。
農地利用の現状
面積別の農地利用形態を図1に示すが、耕作放棄地が
最も多く、次に多いのが水田で、次いで畑、自己管理保
面積別に見ると、0∼200 ㎡の農地が 216 枚で最も多く、
次に多いのが 200∼400 ㎡の農地で、147 枚ある。これは、
The Relation between How the Distribution of Rice Terrace and Abandonment of Cultivation.
-The case study of the regional vitalization activities by Kiwanosato-ni-tsudoukai part2WATANABE Hirotaka, NAKAZONO Mahito, YAMAMOTO Sachiko, TOSHIMITSU Yoshie
577
図4
農地利用形態の現状
90
80
放棄
利用
70
60
48
40
50
40
47
47
26
30
19
34
1112
20
34 30
222016 13 6 5
10
16
12 7 10 6 7 2 6
6 12
5 4 4 4 2 2 21 21 5 1 2 1 2 1
1
1
1
枚0
50 200 350 500 650 800 950 1100 1250 1400 1550 1700 ㎡
図5
220
200
180
160
140
120
100
80
60
40
20
0
90
80
70
60
63
50
54
14
40
22
22
30 43
19
20
36
2221 2420 151214
10
8 3
13
6
4 2 3 3 5 23 21 12 2
枚 0
50
200 350 500 650 800
農地面積
140
180
利用
放棄
160
140
102
80
35
60
57 52 17
24 5
18 20
21
4 5 4 4 7 1
1
-30 -10 10 30 50 70 90
40 91
20
0
図 7 自宅と農地との標高差
図 10 面積の広い農地
図 11
山から引水
120
6 7 3 1 1 1
2 1
1100 1250 1400 1550 m
950
25
80
8
37
60
26
20
1530
10 19 29 34
13 6 5 10
8
2
1 3
1 1 枚0
0.5 1.5 2.5 3.5 4.5 5.5 6.5 7.5 8.5 9.5
図8
農地接道幅員
棚田状に広がる農地
48
40
5
15
7
34
50
60
578
25
11
7
18
図9
図 12
上の田から引水
13
17
40
58
川から引水
20
100
82
100
77
利用
120
145
利用
図 6 自宅と農地との直線距離
200
放棄
放棄
78
72
51
6
6
26
6
70
80
9
3
7
81
3
2
90 100 110 120 130 140 150 160 m
農業用水の水源と絶対標高の関係
整備された川
図 13
山水を引水する様子
図 14
枚
220
200
180
160
140
120
100
80
60
40
20
0
年代別耕作放棄地分布図
件として、①農地面積、②自宅と保有農地との直線距離、
③自宅と保有農地との標高差、④農地の接道幅員、⑤農
38
業用水の水源、の5項目を設定した。
図5∼8に各地理条件と耕作放棄との関係を示す。農
85
業用水の水源については、農地の絶対標高との関係を示
165
49
8
23
23
1960年代
凡例
した。図5に農地面積を求めた結果を示すが、10 ㎡ほど
のものから、1700 ㎡以上のものまでと、面積は多様であ
80
31
1970年代
1980年代
1990年代
前年度までの累積枚数 増加数
るが、200 ㎡前後に主に集中している。300 ㎡以下のもの
は、利用されている農地の枚数が耕作放棄地の枚数を上
2000年代
回っている。100 ㎡以下のものは特に全体の 7 割以上の農
図 15 年代別耕作放棄地増加枚数
地が利用されており、農地面積の狭さは、耕作をするう
えで有利な条件になっていることが予想される。図 10 に
比較的小規模な農地が棚田状に分布する、中山間集落の
面積の広い農地、図 11 に棚田状に広がる農地の写真を示
特徴であるといえる。また、このような地理条件が耕作
す。
放棄に影響を与えていることが予想される。図 2、図 3 に
次に自宅と農地の直線距離を算出した結果を図 6 に示
農地の現状写真を示すが、山間の棚田で耕作されている
す。50∼150mの範囲内にある農地が多くなっており、
農地や、耕作放棄によって荒れてしまっている農地の様
1607mが最も遠く、400m以下のものがほとんどであった。
子がわかる。
150m以下のものは、利用されている農地の枚数が、耕作
農地利用形態の現状を図 4 に示す。利用形態ごとに色
放棄地の枚数を 2 倍以上上回っている。一方、1000m以
分けをし、各農地の分布状況を確認した。等高線に沿っ
上のものは、9 割以上が耕作放棄地になっており、自宅と
て谷間に細長く分布するのが棚田であるが、比較的自宅
農地との直線距離は、長くなるほど耕作をするうえで不
と農地との標高差が大きく、農地の面積も小さく、接道
利な条件となっていることが予想される。
幅員も狭い場所であり、耕作放棄地が多いことがわかる。
図7に自宅と農地の標高差を求めた結果を示すが、主
一方で、水田や畑など、耕作が維持されているものは、
に 10m前後の農地が大半を占めるが、-30m以下のものか
比較的自宅と農地との標高差が小さく、面積は様々であ
ら+90m以上と標高差の大きい農地もあり、中山間集落特
るが、接道幅員が広い、平地部分に分布していることが
有の地形であることがうかがえる。標高差 30m以下のも
読み取れる。
のは、利用されている農地の枚数が耕作放棄地の枚数を
上回っている。一方、標高差 40m 以上のものは 9 割以上
3.2
地理条件
が耕作放棄地となっており、自宅と農地との標高差は耕
次に農地利用の現状を把握するため、各農地の地理条
作をするうえで不利な条件になっていると予想される。
579
農地の接道幅員を図8に示すが、機械や車両の搬出入
5.結論
ができない 1m以下のものが多いことから、農業経営に不
本報では、菊川町轡井集落において、棚田を中心とし
利な条件であることがわかる。耕作放棄地の枚数は、利
た農地の分布形態と耕作放棄との関係についての調査結
用されている農地の枚数を上回っている。1.5m以上のも
果を整理した。得られた知見は以下の通りである。
のは、利用されている農地の枚数が、耕作放棄地の枚数
1)農地利用の現状としては、耕作放棄地の枚数が最も
を上回っている。農地接道幅員が狭いことは、耕作をす
多く、次いで、水田、畑、自己管理保全地、家庭菜園、
るうえで不利な条件であることがうかがえる。農業用水
果樹園の順に多くなっている。
の水源としては、山の上流から流れる水を利用するもの、 2)地理条件の特徴として、①農地面積は 200 ㎡前後の
上の田から引水するもの、整備された川(水路)から引
ものが多い。②自宅と保有農地との直線距離は 50∼150m
水するものに分かれ、山から引水するものが最も多く、
の範囲内のものが多い。③自宅と保有農地との標高差は、
次いで川から、そして上の田からという順になった。絶
10m前後の農地が大半を占める。④農地の接道幅員は、
対標高と対応させてみると、整備された川から引水でき
機械や車両の搬出入ができない 1m以下のものが多い。⑤
ているのは、標高 100m以下の農地であることがわかる。
農業用水の水源は、山から引水のものが最も多い。
川から引水している農地の 6 割以上が標高 70m以下の場
3)経年的に耕作放棄地が増加しており、特に谷間の棚
所に存在している。上の田からの引水も同じく 100m 以下
田状の農地では、連続的に耕作放棄が進行していったこ
の農地に限られる。標高 100m以上の場所では、9 割以上
とが予想される。
が山からの引水となっている。しかし、標高に関わらず、
以上より、轡井集落において、農地の地理条件の特徴
山からの引水が多いのは中山間集落特有の条件であると
として、比較的小規模な農地が棚田状に分布しており、
いえる。図 12 に整備された川、図 13 に山水を引水する
自宅と農地の標高差が最大 100mあることや、接道幅員が
様子の写真を示している。
狭く農業用水の水源も未整備のものが多いことがあげら
以上より、轡井集落農地の地理条件の特徴として、比
較的小規模な農地が棚田状に分布しており、自宅と農地
れ、特に地理条件の悪い棚田が連続的に耕作放棄化して
いる現状があることがわかった。
の標高差が最大 100mあることや、接道幅員が狭く農業用
今後は、これらの地理条件と農地所有世帯の家族労働
水の水源も未整備のものが多いことがあげられる。特に
力をもとにして、統計的に耕作放棄との関連性を分析し
地理条件の悪い棚田が連続的に耕作放棄化している現状
ていく予定である。
があることがわかった。
参考文献
1)藍澤宏、古川英樹:農業的土地利用からみた集落の類型とその
4.耕作放棄化の進行
農地利用形態の現状を見てもわかるように、集落では、
農地の耕作放棄化が進んでいる。そこで、1960 年以後の
耕作放棄地の増加の枚数を図 15 に示すが、増加を続け、
現在では、203 枚(38%)の農地が耕作放棄地になってい
ることがわかる。図 14をみると、谷間の棚田は、連続的
に耕作放棄地が分布していることがわかる。その原因と
して、棚田の構造上、上の水田が耕作を放棄すると、水
路の流れが滞るためであると考えられる。また、山に囲
まれているため、耕作が放棄され人が立ち入らなくなる
と、雑草の繁殖や、猪・鹿などの進入によって、農地だ
けでなく周辺の農道や水路が荒れてしまうことも原因と
して考えられる。このようなことから、特に谷間の農地
では連続的に耕作放棄が進行していったことが予想され
る。地図を見ると谷間の農地が早い段階で耕作放棄地に
なり、ほとんどの谷間の農地が耕作放棄化している。そ
して 2000 年代以降、平地部分にも耕作放棄が進行してき
ている様子がわかる。
*
**
***
山口大学大学院理工学研究科
山口大学大学院理工学研究科
山口大学大学院理工学研究科
構造変化に関する研究―神奈川県と島根県の全農業集落を比較
対 象 と し て ― , 日 本 建 築 学 会 計 画 系 論 文 集 , № 434,pp79 −
88,1992,4
2)藍澤宏、斎尾直子、石澤学:農業労働力の継承性からみた中山
間 集 落 の 農 地 保 全 に 関 す る 研 究 , 農 村 計 画 学 会 誌 Vol,18,
№.2,pp102−113,1999,9
3)楠本有司:農村地域における集落の空間構成に関する研究(1)―
集落の空間規模と構成について―日本建築学会論文報告集,№
340,pp111−119,1984,6
4)斉藤亮司、藍澤宏:農村地域における地域資源活用からみた住
民参画の様態に関する研究,日本建築学会計画系論文集,№
555,pp223-229,2002,5
5)藍澤宏、山下仁、古川英樹:農業的土地利用の構造変化からみ
た集落の農地保全に関する研究,日本建築学会計画系論文集、
№462,pp85-95,1994,8
6)菊川町教育委員会:菊川町史
*
修士
助教・博士(工学)
教授・工博
Graduate Student,Yamaguchi Univ.
Assistant Professors, Yamaguchi Univ., Dr.Eng.
***
Professor, Yamaguchi Univ., Dr.Eng.
**
580