「米国における国際租税制度の議論―大統領諮問委員会報告を踏まえてー」 税務大学校教授 松田直樹 1.拙稿(「ファイナンス」)のポイント ① 諮問委員会報告書の国際租税制度改革案 → 第 6 章「簡素な所得税制案」( The Simplified Income Tax Plan, SITP )では、(a)案( 国外所得免除方 式の導入案 )を提言 → 第 7 章「成長及び投資税制案」( The Growth and Investment Tax Plan, GITP )では、(b)案( 消費課 税型に移行した所得・法人税制の下での「仕向地課税制度」(“destination basis taxation”)による 国境税調整案 )を提言 ② 実現可能性についての疑問 (a)案 ( 国外所得免除方式の導入案 )の問題点 → メリット( 企業の税負担の軽減、コンプライアンス・コストの低下、税務執行の効率性の向上 及び投資判断への悪影響の排除等 )の過大評価、デメリット( 税制複雑化の虞、税収低下の虞、 執行面での問題及び移行措置の問題等 )の過少評価 (b)案( 消費課税型に移行した所得・法人税制の下での「仕向地課税制度」の問題点 → 移転価格問題や租税回避スキームの減少というメリットに対する疑問、WTO が問題視する輸 出補助金ではないかという疑問 ③ その他の選択肢との優劣についての疑問 → 例えば、David Hartman は、ビジネス・トランスファー・タックス( 全ての法人・雇用主の収 入及び輸入から仕入れに係る支出や固定資産への投資等を控除した額に課税する国境税調整を 行う控除方式に立脚した付加価値税と定義されている。 )が最も望ましい消費課税型の直接税で あり、輸出補助金にも該当しないと主張。その他にも、例えば、輸出補助金という批判をかわす ためにも、付加価値税等の導入が望ましいという意見などもある。 2.税制改革の選択肢 2005 年合同経済委員会報告書(“Improving the U.S. Corporate Tax System to Increase Tax Competitiveness”)の視点 → 「広範な改革案」( “broad reforms”:①領土主義、②消費課税型の税制への移行、③法人税 率の引下げ、④法人代替ミニマム税の廃止・改正、⑤法人税の廃止、⑥所得税と法人税の統合 ) がなければ、米国の租税競争力が低下する。 → ①( 領土主義 )の採用により、非効率、不平等及び税制の複雑化が緩和され、インバージョ ン取引を行うインセンティブが低下する。 → ②( 消費課税型の税制への移行 )は、所得よりも消費が税負担能力を的確に示す指針である ことから、望ましい改革の方向性である。 3.国外所得免除方式の採用の是非を巡る議論 (1)肯定論 ① 2005 年 合 同 租 税 委 員 会 報 告 書 ( “Options to Improve Tax Compliance and Reform Tax Expenditure”) → 米国企業の海外の子会社が得る国外所得を二つのカテゴリー( (i)受動的所得とその他の可 動性の高い所得、(ii)その他の所得、すなわち、能動的所得で可動性が高くなく、サブパート F の対象とならない所得 )に区分し、(i)については、現行制度の場合と同様に、米国の親会社に おいてサブパート F の対象として課税するが、(ii)については、米国の課税から免除し、税務上 の障害を受けることなく、米国への還流が認められるようにする。 (2)否定論 ① ブルッキング協会の W.G. Gale 氏が 2002 年議会の歳入小委員会で行った証言 → (a) 税制面・執行面での簡素化に繋がらない( 免除対象となる能動的所得を定義し、対象とな る国を明確化し、また、所得と費用の配分・帰属を決定するという難しい問題がある。 ) (b) 米国企業は、税率が低い国への投資を行うインセンティブを得ることとなる。 (c) インバージョン取引に対する課税を放棄することとなる。 (d) 外国税額控除方式の下で課税繰延べとなっている所得・損失や累積した控除額をどのよう に扱うかという制度移行に係る問題が生じる。 ② 租税合同委員会の議長( Edward D. Kleinbard )の意見 → 国外所得免除方式を採用すると、移転価格やインバージョン取引を行うインセンティブが高 まり、移転価格等の問題が深刻化するというデメリットがあるため、このデメリットが生じる というだけでも、国外所得免除方式を採用しない十分な理由となる。課税の繰延べ( deferral ) を行うことなく、全ての国外所得を発生主義に基づいて課税した上で、外国税額控除を適用す るフル・インクルージョン方式への変更の方がより良い選択肢である。 ③ 米国の法律事務所( Burt, Maner, Miller & Staples ) の John Staples 弁護士の意見 → 議会や財務省は、移転価格ルール( とりわけ無形財産の移転に係るルール )を強化すること なしに国外所得免除方式を採用することを凡そ真剣に考えてはいない。 ④ Rutgers University( ニュージャージー州 )の R. Altshuler 教授の意見 → . 「税負担に中立な全世界所得課税制度案」(“burden-neutral worldwide taxation”)の提唱: 全ての国外所得が発生主義に基づいて課税。国外投資に係る費用( overhead expenses )の控除 を認めて費用配分ルールを廃止すれば、所得を海外に移転させるインセンティブを大幅に低下 させることが可能となる。税収中立のための法人税率は 28%で足りる。 4.消費課税へのシフトを実現するための主な選択肢 (1) フラット・タックス → フラット・タックスとしては、ホール( Robert E. Hall )とラブシュカ( Alvin Rabushka )が 1981 年に提唱したものが特に有名。高い非課税限度額( 4 人家族の場合 12,600 ドル )の下、同一税率 ( 19% )で個人の労働所得と法人のキャッシュ・フローに課税し、資本所得や事業投資を課税ベース から排除するものであり、「生産地課税制度」(“origin basis taxation”)による国境税調整を行うと いうアプローチに立脚している。フラット・タックスは、単一税率の採用、租税優遇措置の撤廃、 貯蓄・投資性所得課税の撤廃及び領土主義課税を主な特徴としているが、家族数等に応じた人的控 除額の違いによる累進構造を持っている。また、簡素な制度であるため、コンプライアンス・コス トの低下や租税回避の機会の減少等が可能となると言われている。 (2) USA タックス → デラウェア大学のセイドマン( Laurence S. Seidman )教授が提唱。個人段階では、貯蓄を課税べー スから除外し、法人段階ではキャッシュ・フローに課税する。累進構造( 最高税率 40% )を有して いるため、異なる所得階層の税負担レベルに大きな変化を生じさせないほか、労働所得だけでな く、利子、配当及びキャピタル・ゲインも課税対象となるなどの点でフラット・タックスと異な っており、また、フラット・タックスの場合よりも、国境税調整がより確実に行われ、付加価値 税との類似性が高いため、輸出補助金であるという批判を受け難いという指摘がされている。 (3) 連邦売上税( フェア・タックス ) → アメリカンズ・フォー・フェア・タックス( AFT )というグループが提唱。フェア・タックスの下 では、商品・サービス等の購入金額に対して税率 23%の連邦売上税が課されるが、税負担の逆進 性の緩和・税率の実質的な累進構造の実現のために、所得金額に関係なく、家族の人数に応じて、 一定額の小切手等を登録した家族に対して毎月支払うというプログラム(“demogrant program” ) が組み込まれている。 (4) 付加価値税等の導入案 ① 大統領諮問委員会報告書で検討された「部分的代替付加価値税」( Partial Replacement VAT ) → 大統領諮問委員会報告書では、税率 15%の付加価値税を導入することによって、SITP( 簡素 化された所得税案 )の下での個人所得税と法人税の税率を其々15%に引き下げることが可能と なると主張されているが、連邦政府の規模の拡大に繋がり、また、州政府の売上税との調整が難 航する虞がある。 ② 2007 年の財務省報告書(“Approaches to Improve the Competitiveness of the U.S. Business Tax System for the 21st Century”)が提唱する「事業活動税」(“Business Activity Tax”) → 「事業活動税」の導入によって現行の法人税制度を廃止。課税ベースは、企業が商品やサー ビスを他の企業から購入するのに要した金額から消費者への販売によって得た金額であり、5∼ 6%の税率を設定することで税収中立になると試算されている。 5.エックス・タックスと「仕向地課税制度」を巡る議論 エックス・タックスはブラッドフォード( David Bradford )が提唱。 → ホールとラブシュカが提唱しているフラット・タックスと同様に、個人段階では労働所得のみに 課税し、法人段階では、キャッシュ・フロー( 収益から投入コストを差引いたもの )に課税すると いう制度設計となっているが、累進税率が採用されていることから、富裕層を不当に利するという HR フラット・タックスの問題点を緩和するというメリットを有している。 → ブラッドフォードは、 「仕向地課税制度」の下では、輸出による利益は課税ベースから除外される ことから、設定される輸出価格如何は、課税ベースに影響しないため、「仕向地課税制度」が有す る上記のメリットは認めるものの、 「生産地課税制度」にも大きなメリットがあり、 「仕向地課税制 度」にも少なからぬ問題があると述べている。 → 「仕向地課税制度」と「旅行者問題」( “tourism problem”)の発生 → 現行の所得・法人税制度は「生産者課税制度」の考え方と整合的 → 制 度移行に伴う調整措置は、「仕向地課税制度」を採用する場合において、より困難な問題を惹起す る。 6.諮問委員会報告書の国際租税制度改革案の行方と示唆 ① 主な税制改革の選択肢が包含している示唆 ② 2007 年財務省報告書が包含している示唆 ③ 欧州の税制改革や我が国の税制改正のあり方との関係
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