公益財団法人大林財団 研究助成実施報告書 助成実施年度 2008 年度(平成 20 年度) 研究課題(タイトル) 行動経済学の概念を援用した郊外住宅地の衰退構造のモデル化と対 応方策 研究者名※ 横田 隆司 所属組織※ 大阪大学 研究種別 研究助成 研究分野 都市計画、都市景観 助成金額 150 万円 概要 我が国の住環境における少子高齢化や都心回帰などの社会変動によ るニュータウンなどの郊外住宅地の衰退問題は都市計画や建築計画 上、極めて重要な課題である。本研究では、郊外住宅地の衰退構造 の実態を把握するとともに、行動経済学を援用したモデル化を通し て、個々の住宅地の特性に応じた持続可能な活性化に向けた提言を 行うことを目的とする。様々な統計資料分析や現地見学をしたうえ で、大阪北部と南部郊外、大阪東部郊外、地方都市としての高松市 郊外という各担当地域でのアンケート調査を実施した。行動経済学 の概念を入れた回答項目も含めて、郊外住宅地を構成する主たる要 素である住宅と居住者、地域施設、外部環境などに対する居住者サ イドの評価や意見から衰退構造を探ることを試みた。その結果、居 住者は生活する過程で住環境に対する評価軸を変化あるいは希望レ ベルを上昇させるのに対し、住宅地自体は何も変化しないことなど、 環境面での持続的な充実がないことが衰退の大きな原因であること を指摘した。その意味で、コミュニティの充実が今後、期待される ことになる。最後に共同研究をおこなうきっかけを与えていただい た貴財団に感謝を申し上げる。 発表論文等 ※研究者名、所属組織は申請当時の名称となります 1.研究の目的 我が国の住環境における少子高齢化の影響が憂慮されて久しく、昨今では都心回帰などの社会変動も 加わり、ニュータウンなどの郊外住宅地の衰退問題をどう考え、どのように取り組んでいけばよいのか は、都市計画や建築計画上、極めて重要な課題として位置づけられる。しかしながら、個々の郊外住宅 地がそれぞれ特性をもつことから、一般論としての再生論ではもはや対応できないという認識をもつに 至った。そこで本研究では、郊外住宅地の衰退構造の実態を把握するとともに、行動経済学を援用した モデル化を通して、個々の住宅地の特性に応じた持続可能な活性化に向けた提言を行うことを目的とす る。ここで行動経済学とは、従来の経済学が、人間が完全合理的、完全自制的、完全利己的であること を前提にしていたのに対し、経済学と心理学が融合した行動経済学ではそれらを否定した上で、一見、 非合理な人間の心理や感情を分析し、予測可能な人間行動を求める学問領域である。 以上の研究の背景をもとに、本研究では、郊外住宅地各地の特性を実地調査するとともに、行動経済 学の見地から設定された質問項目を含めた居住者へのアンケート調査を実施し、物理的環境と居住者の 評価構造の関係を探ることで、今後の郊外住宅地の再生に向けた知見を得ることを目的とする。 2.研究の経過 1)2009 年3月 27 日付けで研究助成の決定通知をいただいたことから、共同研究者に対して、各研究 室で行う研究内容の検討を依頼した。 2)2009 年7月3日に大阪大学にて第1回の研究会を開催し、研究内容の確認と役割分担を検討した。 そして、各担当地域における立地や規模などの地区特性データに関する調査と、アンケート内容の 詳細な検討を今後行うことを決めた。 3)2009 年8月 28 日に仙台にて第2回の研究会を開催し、現地調査を行った仙台の泉パークタウンの 調査報告を検討するとともに、建築学会大会での関連テーマの発表や研究集会の情報交換を行った。 さらに、アンケート内容の検討を継続して行い、泉パークタウンと同一企業が開発した関西の猪名 川パークタウンも調査対象とすることを決めた。 4)2009 年 11 月4日に猪名川パークタウンを含めて、大阪北部の住宅地を実地見学した。その結果、 住宅地によって大きく住環境が異なることが観察され、その状況が住宅地の衰退に影響を与えてい る可能性を認識した。 5)以上の検討結果から、アンケートを準備し(各アンケートは別添資料)、順次、調査を開始した。 アンケート調査は 2009 年 11 月から 12 月にかけて実施した。それぞれ2~3割の回収率を得たこ とから、従来のアンケート調査と比較しても良好な回収結果であると判断される。 6)2010 年3月 25 日にアンケートの集計結果を持ち寄り、第3回の研究会を開催した。それぞれの現 地調査ならびにアンケート集計結果を速報として、それぞれ外部発表することにする(別添論文参 照)。それらに対する意見を含めて今後、詳細な分析を継続し、学術論文として投稿する予定である。 今後、調査分析は継続する予定であるが、研究助成をいただいた費用はほぼ全額、アンケーと調査に 費やしたことから、回答データの集計を終えた段階で一旦、取りまとめて報告することにした。 3.研究の成果 以下、上記の3つのアンケート調査別に、その成果概要を述べた上で、最後にまとめる。 1)大阪圏北部・南部調査(以後、調査Ⅰと称す) (a)研究対象とする住宅地の選定 文献資料をもとに大阪府の中心地から 30km 超となる大阪府の北端付近および南端付近を中心に郊外 住宅地をリスト化し、それらの住宅地の人口構成を把握する。その結果から、今後急速に高齢化が進む と考えられる 3 住宅地(ときわ台・東ときわ台、城山台、イトーピア長野)と、比較対象として前述の 猪名川パ-クタウンの計4つの郊外住宅地を研究対象とした。 (b)住民へのアンケート調査 住民の住環境に対する評価や意識構造の仮説を作成し、その仮説検証のために各項目に対応した設問 によるアンケート調査を行う。調査内容は、入居時の意識、現在の生活実態や評価意識、今後の生活に 対する意識、総合的な評価指標である。アンケート調査票は一戸あたり二人分を封入し、各住宅地 500 戸に個別配布、郵送回収とする。全体の回収率は 27.7%であり、計 1,025 名から回答を得た。 (c)アンケートの集計結果 入居時の居住地選択理由は、 「親戚が近くに住んでいる」という理由が、施設面や交通面の利便性より も高い結果になっており、血縁によるつながりが居住地選択理由のひとつになっていることがわかる。 食料品の購入場所は、住宅地内に大規模商業施設がある猪名川パークタウンでは約 90%の住民が住宅 地内の施設を利用し、小規模な個人商店のみのイトーピア長野や、スーパー1 店舗と個人商店のみの城 山台では低い利用率である。地域活動への参加は、イトーピア長野が相対的に自治会活動への参加率が 高く、テーマ型コミュニティへの参加率が高い。現在の住環境への満足度は、利便性に関する満足度が 高いものの総合評価ではいずれの住宅地も良くない。猪名川パークタウンの評価が相対的に高く、買い 物環境が住宅地によって差が見られることがわかる。 住宅地に対する自治意識については、イトーピア長野で相対的に高い。住宅地内の空き家が様々な用 途の場所に変わった場合の利用意向では、様々な活動に利用できる集会所に対するニーズがいずれの住 宅地でも 50%を超える一方、立ち寄り利用のニーズは猪名川パークタウンが低い。 (d)行動経済学の援用 「買い物のしやすさ」と「住環境の総合評価」に対して「自分と同じ考えを持つ住民は、50%以上」 と考える傾向があり、行動経済学分野の法則「フォールス・コンセンサス効果」が確認できた。 一方、行動経済学分野の法則「リスクの評価(自分で選んだリスクよりも強制されたリスクのほうが 不満に感じる)」は、本研究では確認できなかった。すなわち、自分で居住地を選択していない人(若い 世代もしくは結婚を機に嫁いできた世代)が感じる「不安」や「不満」よりも、自分で居住地を選んで 住み始めた人が感じる「不安」や「不満」の方が大きかった。これは、若い世代は転居という可能性が 残されているのに対し、自分で居住地を選んだ人は、入居当初の期待と自分や街が高齢化した現状のず れに対して「不安」や「不満」を感じていることが理由として考えられる。 2)大阪圏東部調査(以後、調査Ⅱと称す) (a)調査の背景と目的 本調査は、高経年の住宅地である奈良市学園前駅周辺を対象として、居住環境に対する意識、買い物 行動、コミュニティの広がりや地域活動から住宅地の現状を把握することを目的とする。研究対象は、 奈良市にある近鉄奈良線「学園前」駅周辺とする。 (b)研究方法:住民へのアンケート調査 調査対象地域住民へのアンケート調査は、基本的には調査Ⅰに準じて行った。アンケートの配布は、 一戸あたりニ人分の回答用紙を入れ、1,500 戸に配布した。配布日は 2009 年 12 月 10 日、回収締切日 は 2009 年 12 月 28 日である。全体では 315 戸、448 人から回答を得ており回収率は 21%である。 (c)アンケート調査結果 既存の地域施設の利用場所、交通手段、施設の位置に不便を感じるかをたずねたところ、「文化施設」 の利用自体があまりされておらず、 「買い物」の「食料品」 、「サービス」、 「医療」は住宅地内で利用され ていることが明らかになった。施設の位置に不便を感じている割合は全体的に低い。 「住環境に対する総合評価」は「満足」、「やや満足」を合わせても 4 割を切っている。つまり、住環 境は、利便性と自然環境を求めて居住を決めているが、全体的な満足度が低くなっている。しかし、定 住意識は高く、居住するには十分だが、さらに住要求が高くなっている可能性がある。 居住している地域を「若い世帯に勧めたいか」 、「高齢者世帯に勧めたいか」質問したところ、どの地 域も「若い世帯」には勧めたいが、 「高齢者世帯」にはそれほど勧めたいと思っていない。 全体的に「地域活動に参加してほしい若い世帯が減っている」と感じている。居住地の環境は、利便 性に関する事項は良い変化を感じているが、近隣の人付き合いも含めた住環境は良くなっていないと感 じている。したがって高齢者世帯よりも若い世帯の方が居住しやすい環境と認識されていると思われる。 どの地域も「誰でも自由に立ち寄れる場所」「趣味の活動などに利用できる地域の集会所」へのニーズ が高くなっている。自治会等の活動よりも、自由で気軽に使用できるような場所が求められている。つ まり、地域活動は、近隣交流が深く広範囲な地域は、地域活動の参加履歴が多く、自治会活動のような 公的な活動よりも、私的な活動への参加も多くなっている。 3)地方調査(以後、調査Ⅲと称す) (a)研究方法と調査概要 主たる研究方法は居住者へのアンケート調査で、基本的には調査Ⅰに準じて行った。調査対象地は香 川県高松市香川町の浅野地区とした。アンケートは、同地区にある新興住宅地と旧集落とに配布した。 調査は 2009 年 11 月に直接ポストに配布、郵送回収により行った。一戸につき三人分の回答用紙をセッ トし、回答は家族の代表者 3 人に依頼した。全体で 2,000 戸に配布し 497 戸(830 人)からの回収があ り、回収率は 24.9%であった。 回答者は、60 歳以上が約 59%を占め、比較的高齢層が多い。 (b)アンケート調査結果 日常生活で利用する地域施設への交通手段をたずねたところ、どの地域施設へ行くにも車を利用して いる人が 66%~84%と高い割合を占めた。このことから、同地区では生活するうえで車は必要不可欠と 推察される。また、図書館・体育館・コミュニティセンターを利用しない回答者が過半数を占めた。 地域別にみた定住意識は、両地域とも「住み続けたい」と感じている人が多い。旧集落の方が定住意 識が高く、80%程度の人が「住み続けたい」と感じている。 定住意識の有無別の住環境評価をみると、全体でみて高い評価を示しているのが「買い物のしやすさ」 と「自家用車によるアクセスのよさ」である。地域施設が徒歩圏に乏しいに関わらず買い物のしやすさ の評価が高い背景には、自家用車による幹線道路沿いの大型商業施設へのアクセスがよいことがあげら れる。つまり、当地区は運転が可能な居住者にとっては施設利便性は高い地域といえる。 定住意識別にみると、すべての活動において「住み続けたい」人の方が、若干であるが参加状況が良 かった。また、地域別にみると、すべての活動において旧集落の方が参加状況がよかった。これらによ り、地域活動への参加と地域に住み続けたい気持ちの関連性が示唆される。 4)全体のまとめ 以上の3つの現地調査ならびにアンケート調査よりわかった一般的な事項は以下の通りである。 (a)郊外住宅地の居住地選択には、市街地と大きく異なる自然環境の良さが重要な要因であることは 間違いない。しかし、それ以外については、住居取得価格であったり、施設利便性であったり、住 宅地によって異なる。このことは現状への満足度や将来に対する希望などが異なることを意味する。 (b)住環境は、現地調査で全体計画が良いと思われた猪名川パークタウンがやはり良い。やはり初期 計画が重要であることが再確認された。 (c)地域施設の利用については、車で大型店舗を利用する傾向が高いが、駅前など徒歩圏内に十分な 施設があれば利用している。最も不評なのは、最低限の施設として住宅地内に一店舗しかないとい う状態。なお、住環境と日常生活全体の評価が一致しないのは、日常生活への期待度が生活をする 上で徐々に高くなることが推測される。つまり、常に施設が充実する方向に向かう必要がある。残 念ながら、郊外住宅地にそのような仕組みは存在していないのが現状である。 (d) (c)を裏付けるように、現住民は、自分の居住地が高齢者よりも若者には推薦できると考えてい るほか、自分で居住地を選んで住み始めた人の方が住環境に対する「不安」や「不満」の意識が高 いという結果が得られた。よって、住宅地に高齢者が増加しても、なんら対応方策がとられること がなく、そのまま若者向けの住宅地であり続けていることが課題といえる。 (e)その対策の一環として、空き地などに住民が集まれる場所を希望していることから、行政サイド が住民の声を聞くことが大事だと思われる。また、地域活動は、自治会など従来型の地縁型活動よ り新しいコミュニティ型のテーマ型活動が多い。したがって、今後の高齢化社会にあって、そのま ま高齢化が進行すると考えるならば、このようなコミュニティの活用が求められよう。 以上、郊外住宅地を構成する主たる要素である、住宅と居住者、地域施設、外部環境などに対する居 住者サイドの評価や意見から、衰退構造を探ることを試みた。結局のところ、ある評価軸で入居した居 住者の方は、生活する過程で住環境に対する評価軸を変化あるいは希望レベルを上昇させるのに対し、 住宅地自体は何も変化しない、あるいは近隣に大規模な商業施設が立地したことによる徒歩圏内の店舗 閉鎖などマイナスの問題しか生じていないことが大きな原因である。それでも、若者へは推薦できると 住民は考えているが、その若者が減少している今となっては、魅力ある政策がなければ人口減少のまま 衰退することは火を見るより明らかである。コミュニティの充実が今後、期待される所以である。 5.外部発表論文 : 現段階の外部発表は、以下の通りである。 1)佐野こずえ、横田隆司、伊丹康二、伊丹絵美子:民間主導の開発住宅地居住者の日常行動と居住環 境評価に関する研究-奈良市学園前駅周辺を対象として-,日本建築学会住宅系シンポジウム論文集, 2010 年 12 月予定(投稿中) 2)伊丹康二,横田隆司,飯田匡,伊丹絵美子,佐野こずえ:高齢化が進む大阪都市圏の郊外住宅地における住民 の住環境に対する評価と意識,日本建築学会大会学術講演梗概集,2010 年9月予定 3-1)細谷卓也,伊丹絵美子:旧都市計画区域外における住宅地の形成状況とその利便性―旧都市計画区 域外の郊外住宅地の住環境に関する研究その 1-,日本建築学会四国支部研究発表会,2010 年 4 月 3-2)山野井研人,伊丹絵美子:郊外住宅地における居住者の地域施設利用実態と住環境評価―旧都市計 画区域外の郊外住宅地の住環境に関する研究その 2-,日本建築学会四国支部研究発表会,2010 年 4 月 6.今後の課題 以上、おおむね1年間における期待された成果は得られたと思われる。今後は、得られたデータをさ らに詳細に分析する予定である。とくに各類型別郊外住宅地の課題を把握し、その課題がいかなる要因 で発生しているのか等について分析を進める。最終的には、地区特性に応じた各類型別郊外住宅地の対 応政策について提言を行いたいと考えている。
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