無酸素銅クラス1とその精密機械加工

無酸素銅クラス1とその精密機械加工
高田
晃*、酒井
修二**、木村
久司**、中原 具隆**
(*日立伸材株式会社、**日立電線株式会社)
1. 緒言
無酸素銅は導電性・耐水素脆性・加工性に優れ、電子
管・粒子加速器などの高真空機器用材料として使用され
ている。このような用途に使用される電子管用無酸素銅
はASTM規格で金属組織の健全性からクラス1∼5に分
類されている。日立電線では、独自技術である真空脱ガ
ス方式を用いて無酸素銅クラス1の量産に成功してい
る。この無酸素銅の製造技術に加えて、日立電線グルー
プは基盤技術として、塑性加工、機械加工技術を有する。
本報告では、無酸素業クラス1の製造方法と特性に加
えて、機械加工部門の能力、精度の向上に対する最近
の取組について報告する。
2. 無酸素銅クラス1の製造方法と特性
2.1 真空脱ガス方式
図1に真空脱ガス装置を備えた全連続無酸素銅溶解鋳
造設備を示す。真空脱ガス装置とは、保持炉上に設置し
た真空脱ガス槽と真空ポンプにより脱ガスを行う装置
である。脱ガス槽内の到達真空度と残留水素濃度、脱ガ
ス時間、電磁攪拌等の検討を加えることによりASTM規格
を満足する無酸素銅クラス1の量産化に成功している。
2.2日立無酸素銅クラス1の諸特性
図2は、ASTM-F68規格における無酸素銅の結晶組織判
定チャートを示す。結晶組織中のミクロポロシティが少
ないほど健全であり、クラス1は最も健全なクラスであ
る。
図3は、無酸素銅鋳塊の水素濃度を真空脱ガス処理有
無の比較において示したものである。脱ガス処理を行っ
たものの水素濃度は0.3−0.4 PPMである。これに対
し脱ガス処理を行わなかったものの水素濃度は、0.35−
0.7 PPMと高くばらつきも大きい。経験的に水素濃度
が0.6 PPMを超える無酸素銅の金属組織は残留ガス
によるミクロポロシティが著しく真空用途には適さな
い。以上より真空脱ガス処理を行った無酸素銅は真空用
途に充分耐えうるものと判断できる。
表1は無酸素銅クラス1の化学成分分析例を示すが、
ASTM-F68の無酸素銅の規格を充分に満足している。無酸
素銅クラス1の気体昇温脱離特性を、クラス3及びアル
ミニウムと比較したものが図4である。水素、一酸化炭
素、二酸化炭素いずれにおいても、ガス成分脱離が最も
少ないのが無酸素銅クラス1、次いでクラス3、アルミ
ニウムとなった。
3.無酸素銅機械加工製品
日立電線の機械加工部門である日立伸材では電子管
用製品・加速器用空洞品等の無酸素銅の機械加工品(図
5)を製造している。最近では薄膜製造設備のヒートシン
クであるバッキングプレート(図6)が大幅な売上の伸び
を示している。バッキングプレートは冷却能力を向上さ
せるため内部に水路(図6)を有している。水路は、切削
によって設けた溝の上に蓋を溶接することによって形
成する。溶接は、当社独自技術である摩擦攪拌接合(図
7)によって行っている。摩擦攪拌接合は、回転ツールを
接合部に押しつけ、被接合金属どうしを塑性流動させる
ことにより接合する。金属組織が塑性流動組織であるこ
とから、図7に示すように摩擦攪拌接合部の機械的特性
は母材と遜色なく、電子ビーム溶接に比較して優れてい
る。また溶接後の反りも小さく、機械加工による反りの
除去、矯正による反り直し等の後処理を大幅に省くこと
が可能である。
4.機械加工部門の今後の方向
4.1 機械加工部門の現状の取組
パッキングプレート、加速器用空洞を中心に供給能力
及び精度の向上に対する顧客からの要求が強くなって
きている。これに応えるべく機械加工部門では各種の取
組を行っている。無酸素銅の機械加工の特徴として次の
ようなものがある。
①膨張係数、熱伝導率ともに大きいため、加工中の熱に
よる寸法変化が大きい。
②弾性係数が小さいため、ハンドリングによる寸法変化
が大きい。
熱による寸法変化に対しては、加工室内の空調化、水溶
性切削油の適用、切削抵抗低減対策等各種の温度変化抑
制対策を行っている。ハンドリングによる寸法変化に対
しては、治具の改善による歪抑制等の対策を行っている。
また昨年末より大幅な寸法精度向上及び能力向上を
狙って、さらに空調範囲を広げるとともに強力重切削
CNC旋盤(以下「新設CNC旋盤」と称す。)及び5軸複合マ
シニングセンター(以下「新設複合加工機」と称す。)を
導入した。それぞれについて以下に説明する。
4.2 新設CNC旋盤による加工能力向上
本旋盤の基本仕様は表2に示すとおりであり、特徴は
次の通りである。
①設備剛性が高いため大型ワークの連続重切削が可能
であると同時に加工精度が向上する。
②芯間が2000mm以上あるため長尺ワークにも対応可能
である。
③ターニングセンター仕様のため工程を省略ができ、か
つ再セッティングによる加工誤差を小さくできる。
表2 強力重切削CNC旋盤基本仕様
指定ない単位:mm
X軸移動量
345
最大加工径
φ650
Z軸移動量
2100
標準加工径
φ374
主軸回転数
2400rpm
最大加工長
2063
工具回転数
3000rpm
工具ホルダ
12本
加速器用空洞部品でテスト加工を行った結果は以下の
ようになった。従来の加工工程は、
①ブランク加工→②粗加工(一次)→③粗加工(二次)
→④ザグリ穴加工→⑤横穴加工→⑥仕上加工(一次)
→⑦仕上加工(二次)
の7工程を要していた。今回のテスト加工では、②∼⑥
の工程を新設CNC旋盤の1工程で加工することにより3
工程に短縮し、時間的にも大幅な短縮を図ることができ
た。
4.3 新設複合加工機による加工能力向上
基本仕様は表3、基本構成は図8に示すとおりである。
表3 新設複合加工機の基本仕様
指定ない単位:mm
X軸移動量
600
最大ワーク
φ400×400
Y軸移動量
425
最大重量
200kg
Z軸移動量
450
ATC工具数
36本
主軸回転数
12000rpm
新設複合加工機の特徴は次の通りである。
①5軸ミーリング加工に加えて旋削加工ができる。
②複雑形状の加工が高効率にできる。
③工程省略によるリードタイムの短縮が図れる。
④再セッティングによる加工誤差が極めて少ない。
⑤高剛性であるため加工精度が向上する。
以上をまとめると高付加価値でロットが中規模以下の
製品に適した複合加工機という位置づけとなる。
丸型バッキングプレートでテスト加工を行った結果
を以下に報告する。従来の加工工程では、
①板抜き→②ブランク→③水路加工
の3工程を要していたが、テスト加工では②③を1工程
で加工することにより、時間的にも大幅な短縮を図るこ
とができた。
4.4 新設CNC旋盤・複合加工機の加工精度向上
新規に導入した2台の設備は高い設備剛性による精度
の向上をうたっている。テストカットによって精度の確
認を行った結果を以下に報告する。テストカットは無酸
素銅を外径φ200の板に加工し、三次元測定器により外
径及び平坦度を測定した。結果は図9の通りであり、外
径、平坦度ともに2−3倍の精度向上を確認した。
5.まとめ
①日立電線では、無酸素銅の全連続溶解鋳造設備に真空
脱ガス装置を導入し、ASTM-F68に規定される最高品質
の無酸素銅クラス1の量産を行っている。
②同時に基盤技術として塑性加工・機械加工を持ってお
り、これまで加速器用空洞・導波管・電子管用製品・
スパッタリング゙装置用バッキングプレートの製造実
績がある。
③機械加工部門としての日立伸材は、今後高精度化・高
効率化の方向に進むべく、強力重切削CNC旋盤・5軸複
合マシニングセンターの導入をはじめとした各種施策
を実施中である。
文献
(1)山本佳紀、「粒子加速器用無酸素銅(ASTM-F68)の
諸特性」第2回高エネ研・メカワークショップ報告集
(2)小野純夫、「無酸素銅の摩擦攪拌接合」第 3 回高エ
ネ研・メカワークショップ報告集
図1
図2 ASTM-F68 における無酸素銅の結晶組織判定チャート
図3
表1
図4
電子管用製品
線形加速器用空洞品
加速管用モニターブロック
電子管(完成品)
シンクロトロン用空洞品
真空ガスケット
図5 無酸素銅の機械加工品
内部水路断面
用途:液晶・ディスク等の
薄膜製造設備の部品
角型バッキングプレート
用途:CD、DVD等のメディア用
薄膜製造設備
丸型バッキングプレート
図6 スパッタリング装置用
無酸素銅バッキングプレート
機械的性質
溶接後反り
図7 摩擦攪拌接合(FSW)
Y425
X6
00
Z450
B A
図8 5軸複合マシニングセンターの基本構成
テストカット結果(外径)
199.830
外径(mm)
199.820
199.810
199.800
199.790
199.780
199.770
既設CNC旋盤 SL-403B旋盤 スーパーミラー400
テストカット結果(平坦度)
平坦度(mm)
0.070
0.060
0.050
0.040
0.030
0.020
0.010
0.000
既設CNC旋盤 SL-403B旋盤 スーパーミラー400
図9 新設CNC旋盤・複合加工機の
テストカット結果(精度)