2010(平成22)年度人権委第9号 222222222人権救済申立事件 旭川弁護士会人権擁護委員会 委員長 八重樫 和裕 調査報告書 222222222人権救済申立事件委員会 事件担当委員 八重樫 和裕 申立人2222222にかかる上記人権救済申立事件について、当委員会が調査した結 果を以下の通り報告する。 第1、結 論 旭川刑務所長に対し、以下の通り勧告するのを相当とする。 「貴刑務所が2222222を2010(平成22)年4月14日から2013(平 成25)年3月17日まで刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律第 88条及び同規則49条に基づき制限区分4種に指定し,約3年間「昼夜間単 独室収容」とした処遇は同規定を濫用する違法な処遇であり、ひいては憲法第 13条(幸福追求権)、B規約第7条(非人道的取扱の禁止)、第10条(人道 的かつ尊厳に基づく取扱),拷問禁止条約第16条に違反するものである。 今後、同様なことがないように適切に諸法を遵守して、行刑を執り行うよう 勧告する。」 第2、 人権救済申立の概要 申立人は2010年4月から昼夜間単独室に収容されているが,理由のない 単独室収容であり,一日も早く集団処遇に戻してほしい。よって,人権救済を 求める。 -1- 第3、調査の経過 2010年10月4日 人権救済申立書受付 2011年3月31日 申立人へ照会書発信 5月 6日 上記回答書受信 10月17日 申立人と面会 11月30日 旭川刑務所へ照会 2012年1月 5日 4月 9日 上記回答書受信 申立人と面会(第2回) 5月31日 刑務所へ照会書発信(第2回) 6月19日 回答書受信(第2回) 11月26日 2013年1月 7日 申立人と面会(第3回) 刑務所へ照会書発信(第3回) 2月13日 回答書受信(第3回) 7月18日 刑務所へ照会書発信(第4回) 8月 7日 回答書受信(第4回) 11月15日 申立人面会(第4回) 第4、調査の結果(認定した事実) 申立人の申立書、面会内容,刑務所に対し照会した結果によると,事実関係 は以下の通りである。 ア.申立人の単独室収容処遇の経緯 申立人は2006年7月6日に旭川刑務所に入所し,2010年4月14 日から単独室に収容されている。単独室に収容された理由は,反則行為の 調査,閉居罰を経て,最終的に制限区分第4種指定による。 2006年7月から2010年4月13日までの間も,単独室,共同室 -2- 収容を繰り返していたが,単独室収容の最長期は18ヶ月であった。その 収容歴は以下の通りである。 なお,2013年3月18日,単独室から解放され,共同室収容となり工 場で就業している。 日付 2006年 7月 6日 7月24日 制限区分 優遇区分 居室 ― ― 単独室 第3種 〃 共同室 1日 〃 〃 単独室 12月 8日 第4種 〃 〃 1月 1日 〃 第5類 〃 4月 1日 〃 第4類 〃 第3種 〃 共同室 3日 〃 第3類 〃 12月17日 〃 〃 単独室 2007年 9月 2008年 2月18日 10月 2009年 6月25日 〃 〃 共同室 2010年 4月14日 〃 〃 単独室 3日 第4種 〃 〃 10月 8日 〃 第5類 〃 4月 7日 〃 第4類 〃 10月 7日 〃 第5類 〃 6日 〃 第4類 〃 2011年 7月 2012年 4月 2013年3月18日 共同室 イ.申立人を2010年4月14日から独居にした根拠条文及びその理由を照 会したところ,以下の通りの回答を得た。 <根拠条文>(反則行為の調査)刑事収容等処遇法第154条 -3- (閉居罰)同法第152条,規則第86条 (制限区分第4種)同法第88条,規則第49条 <理由>申立人の行状等を踏まえ,申立人の改善更生の意欲の喚起及び社会生 活に適応する能力の育成について,それらを達成できる見込みを総合的に評価 し,処遇審査会の意見を踏まえ,制限区分第4種に指定した。 ウ.さらに,単独室収容が2年を超えたおりに,なお単独室に収容している理 由を照会したが,「申出人の改善更生の意欲の喚起及び社会生活に適応する能 力の育成に対する評価による」と,従前と変わらない理由であった。 エ.処遇の態様は以下の通りである。 <運動> 晴れの場合は,居室等付設の戸外運動場で,昼夜単独室処遇者 2ないし5名で実施,雨の場合は居室内運動となる。 <入浴> 単独 <所内行事への参加> <作業> 行事等には参加させていない。 居室内で,紙加工製造。 <テレビ視聴> 視聴させていない。 2013年3月18日から,共同室収容となり,工場へ出役しているが, 指定変更の理由は告げられていない。 第5 1 判 断 単独室収容の問題点 (1)本件で問題となっている制限区分第4種指定による単独室収容について,法 88条1項は「受刑者の自発性及び自立性を涵養するため,刑事施設の規律及 び秩序を維持するための受刑者の生活及び行動に対する制限は,法務省令で定 めるところにより,第30条〔受刑者の処遇の原則〕の目的を達成する見込み が高まるに従い,順次緩和されるものとする。」と規定し,これを受けて規則 48条・49条は第1種から第4種の制限区分制度を定めている。 -4- 原則は第3種であり,当初受刑者は通常第3種に指定されるが,第3種の矯 正処遇等は「刑事施設内において,主として居室棟外の適当な場所で行うも のとする」とされ,第4種の矯正処遇等は「刑事施設内において,特に必要 がある場合を除き,居室棟内で行うものとする」とされる(規則49条4・ 5項)。すなわち,第3種では主として居室棟外(工場等)での作業や指導の 矯正処遇が行われるのに対して,第4種では原則として昼夜居室内での処遇 がなされることになる。 しかし他方,第4種指定を受けると昼夜単独室収容となるため,「随時の調 査を行うことにより,少なくとも6月ごとに1回評価が行われるように配慮 すること」とされている(法務省矯正第3322号依命通達)。 (2)処遇の実体は第4,エで述べたとおりであり,集団室収容に比べて孤独に置 かれていることが明らかである。受刑者を単独室で独居処遇にすることつい ては,社会的存在である人間を長期間孤独に置くことには種々の弊害がある ことが指摘されてきた。その歴史を概観する。 2 監獄法下の隔離をめぐる問題状況 (1)監獄法15条は「在監者ハ心身ノ状況ニ因リ不適当ト認ムルモノヲ除ク外之 ヲ独居拘禁ニ付スルコトヲ得」と規定し,旧監獄法施行規則23条は,「独居 拘禁ニ付セラレタル者ハ他ノ在監者ト交通ヲ遮断シ召喚,運動,入浴,接見, 教誨,診察又ハ巳ムコトヲ得サル場合ヲ除ク外常ニ房ノ内ニ独居セシム」と 規定していた。そして同規則27条において,独居拘禁の期間は6ヶ月以内 とするが,「特ニ継続ノ必要アル場合」には3ヶ月ごとに更新できるものとし, その最高限度期間の定めはなかった。また,同規則47条は「在監者ニシテ 戒護ノ為メ隔離ノ必要アルモノハ之ヲ独居拘禁ニ付ス可シ」として,いわゆ る「保安上独居」の措置を定めており,この場合が一般に「厳正独居拘禁」 と呼ばれ,特に厳格な隔離の処遇がなされていた。 -5- 独居拘禁の期間中は,狭い独居房内で安座等の姿勢を維持させつつ袋貼り等 の雑作業に従事させ,昼夜とも他の受刑者とは厳格に隔離され,運動も「鳥 小屋」と呼ばれる狭い隔離運動場で1人ずつ行われ,入浴も1人,所内での 行事・レクリエーションにも参加させられない等の処遇が通例であった。そ して作業等の日課以外の時間帯でも,房内での行動が制限され,安座等の同 一姿勢をとり続けることが強制されて,立ち上がったり,座ったり,手足を 動かしたりする自由さえ認められない実態すらあった。また,食事の減量, 作業賞与金の減額等の不利益も伴っていた。 そしてこのような厳正独居拘禁の期間は,原則6ヶ月と制限されていた。そ の理由は「長期間の独居拘禁は被収容者の心身の健康を害するおそれがあり, また,人間を長期にわたって孤独のうちに処遇することは不自然だからであ る」(研修教材行刑法,法務省矯正研修所編50p)。しかし規定にかかわら ず,極めて長期に及ぶことが少なくなく,数年になることはもちろん,無期 懲役囚を中心に,10年以上,20年以上,さらには30年以上に及ぶ例も あった。(以上,菊田幸一『日本の刑務所』164頁以下,日本弁護士連合会 『新・刑事被収容者処遇法の解説』(以下「日弁連新法解説」という。)28 ~30頁) (2)独居拘禁の心理の特徴 ア 3日も経つとあらゆる欲動が閉ざされることから,生活態度の不自然さ が現れる。その現われは職員に対するこび・へつらいであったり,反対に 憎悪・反抗であったりする。 イ 心的生活の内向化 ・ 内省,自己省察ないし自己観察が行われる。それは,自己劣等感を招 来し,自尊心の喪失また物事をする気力を失わせることがある。 ・ 追想活動の高まり。特徴的なのは空想である。これは多くの者を詩人 にし,芸術家にし,また発明家にする。それと共に大抵の者を時に「懲 -6- 役場の眼」と言われるようにうつろにし,自由な社会生活又は逃走を夢 見る非現実的な夢想家にする。 ・ 「価値の変位」が起こる。これは,過去の人間関係を失って,価値を 自己又は自己の身辺のものに置くことによる。 虚栄になって衣類・寝具に気を使い,職員の些細な言動に対しても過 敏になり,職員の癖までが気になり,自己の健康を心気症的に心配し, また,食事のことが根本問題になる。その注意は食事中の小虫にまで向 けられ,間々被害妄想が起こる。 ・ 更に拘禁性精神病が起こることがある。代表的なのが「懲役場爆発」 及び「鉄条網病」がある。前者は,今まで平静でいた者が突然発作を起 こし躁狂性にまで高まるが,2,3時間で消滅する興奮状態を示す。後 者は環境の単調さから生じ,相互不信,極度の短気,時に暴行,暴動な どの形をとって現れることがある。(研修教材,刑事政策,法務省矯正 研修所編,125,126P) ウ 独居拘禁の人格に及ぼす影響 厳正独居者を2年にわたって実際に追試した結果として,以下の通り報 告されている。 「いわゆる神経症的収縮を示している。全体像としてはしだいに分裂病者 の示す像に近い反応を示しているようである。そして,われわれはこの2 年間という間隔にもかかわらず,その全体像が,特にそれほどの変化を示 していないのは,彼等がこの期間,あたかも冬眠に似た状態で,時間を過 ごしたものと想像している」(矯正医学第11巻,昭和37年12月特別 号86P) (3)判例の動向 ア 鳥取地裁1985.3.25判決 昼夜間独居は「受刑者に人間本来のあり方とはほど遠い閉鎖的で不自由 -7- な生活を強制し,これが長期にわたるときは,受刑者に苦痛を与えるとと もに,ひいてはその社会適応上弊害を生ずる過酷な処遇となることがあ る」 「長期にわたる更新については特に慎重を期すべきもので,この点に関す る刑務所長の判断については,期間が長期にわたるに従い,独居拘禁の弊 害の増大・危険性があるので,その裁量の幅が狭められたものと解され る」 以上の観点から,5回目の更新時以降(18ヶ月)は違法となると判示。 イ 徳島地裁1986.7.28判決 6年半(2447日間)に及ぶ保護房拘禁を含む昼夜間独居について, 「昼夜間独居が本来社会的存在である人間としての生活のあり方とかけ離 れた不自然な生活を強いるものであり,その継続はそのこと自体過酷であ って受刑者の心身に有害な影響をもたらすだけでなく,行刑の目的の一つ である社会生活への適応その者を阻害するおそれがある」 「保安上の独居拘禁に付し,あるいは保護房に拘禁することは,行刑の専 門家としての刑務所長の合理的裁量に委ねられているものと解される。し かし,その具体的運用にあたる刑務所長としては,右法条の趣旨に鑑み, 昼夜間独居拘禁が過度に長期にわたることのないよう慎重な配慮を求めら れているというべきであり,その判断が著しく妥当性を欠く場合には,そ の措置は違法となる」 「保護房拘禁との連続が必ずしも直ちには原告の規律違反行為の抑止につ ながらず,このため同様の対処では保護房拘禁と軽屏禁罰の繰り返しが避 けられないとの予見が可能となった段階で,刑務所長としては,独居拘禁 の一部解除を含め,何らかの別個の対処を講じるべきであった」 以上の観点から,1978年1月19日以降なされていた保護房拘禁及 び軽屏禁執行を伴う昼夜間独居について「その一部解除等の措置を一度も -8- 試みることなく1980年1月1日以降もこれを更に継続した時点で,同 刑務所長の措置は,その合理的裁量の範囲を逸脱して違法なものとなった というべきである」とした。 (4)このような処遇実態について,日本の裁判所は,その違法性を指摘した前記 の地方裁判所判決例を除いては,その違法性をなかなかみとめようとしなか ったが,①長期の隔離が人間の自然な感覚の働きすら奪ってしまうものであ り,②その拘禁内容が個人の身体の完全性と尊厳を傷つけており,③処分に 対して実効的な救済手段がない,などの点から日弁連は「市民的及び政治的 権利に関する国際規約」(自由権規約,B規約)7条・10条及び「拷問及び 他の残虐な,非人道的な又は品位を傷つける取扱い又は刑罰に関する条約」 (拷問等禁止条約)に明白違反するものと解されるとしている(日弁連新法 解説30頁)。 1998(平成10)年11月19日の自由権規約委員会「規約第40条に 基づき日本から提出された報告の検討」の「最終見解」でも,日本の行刑施 設の制度に対して同規約7条・10条の「適合性に重大な疑問を提起」した パラグラフ27項の中で「特に,委員会は,次の諸点について懸念を有す る」として,「言論,結社及びプライバシーの自由を含む,被収容者の基本的 権利を制限する厳しい所内行動規則」「頻繁な独居拘禁の使用を含む,厳しい 懲罰の使用」「被収容者の不服申立を調査するための信頼できる制度の欠如」 等が挙げられていた。 このように,独居拘禁処遇の問題は,監獄法下における大きな人権課題の 一つであった。 3 行刑改革会議提言と新法の制定過程 (1)この問題について2003(平成15)年12月22日の行刑改革会議提言 は「昼夜間独居拘禁の適正さの確保」との項目を設けて,要旨次のように述 -9- べ,その改革の必要性を指摘した(17頁)。 昼夜間独居拘禁が「長期間に及んだ場合に受刑者の心身に与える影響を考慮 すると,必要最小限の期間にとどめるよう努めるべきであり,また,受刑者 の心身への悪影響を可能な限り防ぐことが必要である。」保安上の必要から行 う昼夜間独居拘禁については,「その適正さを確保するためには,これを認め る場合の要件及び手続等を明確に法定することが必要であり,いやしくも, 懲罰の代替措置として行われるなど,不適当な運用がなされることがないよ うにすべきである。」「特に,現行の制度は,当初の昼夜間独居の期間を6ヶ 月とし,以後,3ヶ月ごとにその期間を更新することとなっているところ, その適切な運用を確保するためにも,それぞれの期間を短縮し,要件の有無 及び相当性についてチェックする機会を増やすことを検討すべきである。」 「また,保安上の必要から昼夜間独居拘禁にした場合には,当該受刑者につ いて,定期的に精神科医等の診断を実施し,医学的見地からの意見を聞く仕 組みを設けるべきである。」 (2)この提言を受けて新法は以下の通り,昼夜間独居(隔離)について規定した。 (受刑者の隔離) 第76条 1 刑事施設の長は,受刑者が次の各号のいずれかに該当する場合に は,その者を他の被収容者から隔離することができる。この場合 においては,その者の処遇は,運動,入浴又は面会の場合その他 の法務省令で定める場合を除き,昼夜,居室において行う。 一 他の被収容者と接触することにより刑事施設の規律及び秩序を 害するおそれがあるとき。 二 他の被収容者から危害を加えられるおそれがあり,これを避け るために他に方法がないとき。 2 前項の規定による隔離の期間は,3月とする。ただし,特に継続 の必要がある場合には,刑事施設の長は,1月ごとにこれを更新 - 10 - することができる。 3 刑事施設の長は,前項の期間中であっても,隔離の必要がなくな ったときは,直ちにその隔離を中止しなければならない。 4 第1項の規定により受刑者を隔離している場合には,刑事施設の 長は,3月に1回以上定期的に,その受刑者の健康状態について, 刑事施設の職員である医師の意見を聴かなければならない。 なお,法76条1項の「法務省上で定める場合」とは,運動・入浴・面会の ほか,健康診断・診療の場合等である(規則35条,11条)。 監獄法と比べると,最初の期間が6ヶ月から3ヶ月に,更新の期間が3ヶ月 から1ヶ月に,それぞれ短縮された。上限期間は監獄法と同様に規定されて いないが,「必要最小限の期間にとどめるべき」という行刑改革会議提言は, 上記第3項の新設に,不十分ながら反映されているといえる。第4項の規定 も同提言の趣旨を受けて新設された。 (3)旧監獄法のもとにおける独居拘禁(隔離収容)にあっては,長期間,他の受 刑者から遮断された状態で隔離され,房内での姿勢を含めて多くの行動制限を 伴い,精神的にも身体的にもきわめて苛酷な処遇がなされる実態があった。 それは国際的にも批判の対象となり,日弁連もその改革を求め続けてきたが, 2003(平成15)年12月22日の行刑改革会議の提言でも適正化の必 要性が強く指摘された上,今次の法改正となった経緯があり,その過去の歴 史と経緯に照らしても,本件のような実質的な隔離の問題については,特に 慎重な検討が必要である。 検討の視点は,実質的な隔離ではないか,実質的な隔離処遇を行う必要性 はあるのか,そしてそれは隔離の要件や期間制限を規定する法76条の脱法的 行為になっていないか,ということでもある。 (4)しかるところ,新法で法76条の隔離の手続きが厳格になり,刑務所では使 い勝手が悪くなり,新法施行後全国の刑務所において,正式の隔離の手続が - 11 - とられるケースは大きく減少した。全国の刑務所において,旧監獄法の下で の厳正独居者は2000(平成12)年11月10日現在の2036人であ ったが,新法の下での正式の隔離の総数は2008(平成20)年4月10 日現在わずか95人にすぎない。旭川刑務所にても隔離は1~2人に過ぎな い。 しかし,同日現在,新法による制限区分制度のもとで第4種に指定されて いる受刑者が全国で3539人いるという実態(植田至紀衆議院議員の質問趣 意書に対する内閣の2000(平成12)年12月26日付答弁書及び福島瑞 穂参議院銀の資料要求に対する法務省矯正局の2008(平成20)年7月回 答による。)からすると,使い勝手が悪くなった隔離に代えて制限区分第4種 指定による独居が用いられているとみられる。換言すれば第4種指定が法律上 の「隔離」によらない実質的な隔離として脱法的に濫用されているという現実 を指摘せざるを得ない。 本件にあっても,申立人に対する第4種指定による単独室収容は上記と同様の 問題をはらむものである。 4 本件における単独室処遇の評価 (1)隔離との関係について 上記の新法では,「隔離」の要件が法律上明記され,その期間も原則3ヶ月 以内に制限され,特に延長が必要な場合でも1ヶ月ごとの更新手続が求めら れている。しかも,必要がなくなればこれらの隔離は直ちに中止されなけれ ばならないとされる。それだけ隔離という処遇を厳格に制限しようとしてい るのである。なお,これらの法律上の正式な隔離の場合でさえ,運動・入浴 ・面会・健康診断・診療等の場合には集団処遇や他との接触を認めることが できるものとされている。 (2)本件単独室処遇の問題点 - 12 - ア 本件単独室処遇においては,運動も入浴も基本的に他から隔離して少数で 行われ,所内の諸行事にも参加させられず,他の受刑者との接触をほぼ遮 断した取扱いがなされていて,受刑生活では大きな楽しみであり,社会と の接点であるテレビの視聴も許されない。その運用実態は,法律上の「隔 離」とほとんど差がないと言える。 イ 平成23年11月30日付にて第4種に指定した理由を照会したが,旭川 刑務所からの回答は「申立人の行状等を踏まえ,申立人の改善更生の意欲の 喚起及び社会生活に適応する能力の育成について,それらを総合的に評価」 して第4種指定にしたとのものであった。その後,単独室収容期間が2年を 超えたことから改めて理由を照会したが,内容は同様であった。 申立人は第4種指定になる前,2008(平成20)年2月18日から20 10(平成22)年4月13日までの2年2ヶ月は第3種指定であったので あり,指定を変更する具体的理由があろうと思うが抽象的な回答にとどまっ ている。旭川刑務所の理由は法30条の「受刑者処遇の原則」をそのまま述 べるに過ぎない。 単独室収容の期間は約3年間にもおよび,本来なら厳格な法的手続をとらな ければ認められない「隔離」処遇が,脱法的に行われていると言わざるを得 ない。しかも,脱法的運用には実質的理由も,期間の法的限定はないから, このような処遇に歯止めはかかりにくく,本件のように約3年間もずるずる と長期化してしまう危険性が強く危惧される。 5 人権侵害についての判断 (1)本件申立人に係る単独室収容期間及びその期間中の処遇の実態は,先に認定 した通りである。 ア これらの申立人に対する処遇は,まず,憲法13条で保障された個人 の人格と尊厳を侵害するものと判断される。指定変更の具体的な理由も - 13 - なく,抽象的な処遇原則を述べるにとどまりつつ,人間性に反すると指 摘される隔離性の強い処遇実態のまま,約3年間の及ぶ長期間の実質的 隔離状態を強制し,他者と集団からの遮断により身体的・精神的自由を 制限するものだからである。 イ また,上記の処遇は,前記自由権規約7条の「何人も,拷問又は残虐な, 非人道的若しくは品位を傷つける取扱い若しくは刑罰を受けない。」,同1 0条1項「自由を奪われたすべての者は,人道的にかつ人間の固有の尊厳 を尊重して取り扱われる。」,同条3項「行刑の制度は,被拘禁者の矯正及 び社会復帰を基本的な目的とする処遇を含む。」との規定に違反するもの と判断される。 この点に関し,国際人権(自由権)規約委員会の一般的意見20(19 92年4月3日採択)は,自由権規約7条の禁止の内容は10条1項の積 極的要件によって補完されると,その相互関係を述べたうえ,7条におけ る禁止は身体的苦痛をもたらす行為だけではなく,精神的苦痛をもたらす 行為にも及ぶとし,「長期間の被拘禁者又は受刑者の独居拘禁も,第7条 によって禁止される行為にあたる場合があることを指摘」している。また, 一般的意見21(1992年4月6日採択)も,10条1項が7条の禁止 規定の補完をなすものであることを述べたうえ,「自由を剥奪された人々 は,閉鎖された環境ゆえに避けえない条件は別として,本規約に規定する すべての権利を享有する」,等と指摘している。これらは,上記自由権規 約違反の解釈を裏付けるものである。 そして,2008(平成20)年10月29日に採択された自由権規約 委員会の「規約第40条に基づき締約国から提出された報告書の審査」に おける日本についての「総括所見」は,パラグラフ21において,「一定 の範疇の受刑者は,分離された『収容区画』に収容され,その措置に対し て不服申立をする機会が与えられていないという報告に懸念を有する(7 - 14 - 条及び10条)」とし,「明確な基準ないし不服申立の機会もないまま一定 の受刑者を『収容区画』に隔離する実務を廃止するべきである」と勧告し た(日本弁護士連合会仮訳による)。これは,前記制限区分第4種による 実質的な隔離の場合に,まさにあてはまるものである。 さらに,申立人に対する上記処遇は,拷問等禁止条約との関係でも,少 なくとも同条約16条に定める「拷問には至らない他の行為であって,残 虐な,非人道的な又は品位を傷つける取扱い又は処罰」に該当するものと して同条約にも違反するものと判断される。 加えて,2013年5月に行われた拷問禁止条約の定期報告審査におい て,拷問禁止委員会は独居拘禁について以下の通りの総括意見を採択した。 「委員会は,独居拘禁がしばしば期間の制限なく,幅広く長期間にわた って使用され続けていること,及び,受刑者の隔離の決定は,施設の長の 裁量にゆだねられていることに,依然として強い懸念を有する。」 ウ また,申立人に対する上記処遇は理由も明確でないまま,かつ,約3年 間にも及んだ事にかんがみると,従来の隔離及び独居拘禁の悪弊を除去し, 必要な場合に取るべきやむを得ない措置としての隔離を必要最低限度に制 限しようとする,法76条及び154条4・5項を事実上脱法するものと して,同条項に違反し,またはその趣旨に反するものと判断される。 よって,申立人に対する相手方旭川刑務所の刑事収容施設及び被収容者 等の処遇に関する法律第88条及び同規則49条に基づき制限区分4種 に指定し,約3年間「昼夜間単独室収容」とした処遇は同規定を濫用す る違法な処遇であり,申立人の人権を侵害するものである。 よって,勧告の趣旨の通り勧告するのが相当である。 - 15 -
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