大阪府における地域教育協議会の現状と展望

CHAT Technical Reports No.04
第2章 大阪府における地域教育協議会の現状と展望
─ 大阪府内の2校区の事例とアメリカNNPSの動向を踏まえて ─
関西大学人間活動理論研究センター研究協力員
大阪大学大学院人間科学研究科
諏訪 晃一
Koichi Suwa
Graduate School of Human Sciences,
Osaka University
1 はじめに 1
近年、学校・家庭・地域が一体となって子どもの発達や成長に関わることの重要性が
指摘されている。そうした流れを受けて、例えば、大阪府教育委員会では、平成 12 年
度(2000 年度)から、「地域教育協議会」を組織することを柱とした「総合的教育力
活性化事業」を展開している。地域教育協議会は、中学校区単位で組織される協議会組
織で、学校・家庭・地域の各団体・個人の参加のもと組織されているものである。活動
内容は、各校区によって様々であるが、基本的には「(学校・家庭・地域の間の)連絡
調整」
「地域教育活動の活性化」「学校教育活動への支援・協力」という 3 つの機能を果
たすことが期待されている。
また、「総合的教育力活性化事業」と連動する形で、平成 13 年度(2001 年度)か
ら5年計画で「地域コーディネーター養成講座」が実施された。これは、1 泊 2 日の合
宿を含む計 30 時間の講座やワークショップを実施することで、各年 200 人ずつ、合
計1,000 人の「地域コーディネーター」を養成するものである。さらに、平成 17 年
度(2005 年度)からは、「すこやかネットサポートセンター」が設置され、主に情報
提供や相談事業などを行っている。
これらの施策は、それに先立つ平成 11 年(1999 年)の大阪府社会教育委員会議の
提言 2 を受けて開始されたものであり、同じく平成 11 年(1999 年)に発表された大
阪府の教育改革プログラムにおいて、「地域社会の連帯意識の希薄化やおとな社会のモ
ラルの低下、有害情報の氾濫等、地域社会における教育機能が低下しているもとで、子
どもの健全育成に地域社会あげて取り組むことが重要である」と指摘されたことをうけ
て、展開されているものである。
池田(2001, 2005)の教育コミュニティ論の概要
上記の提言の背景にある理論のうち、有力なものの一つとして、池田の教育コミュ
ニティ論(池田 2001、2005)が挙げられる。教育コミュニティ論によれば、教育
コミュニティとは、「学校と地域が協働して子どもの発達や教育のことを考え、具体的
な活動を展開していく仕組みや運動のこと」(池田 2005 p.11)である。教育コミュ
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第 2 章 大阪府における地域教育協議会の現状と展望
─ 大阪府内の 2 校区の事例とアメリカ NNPS の動向を踏まえて ─
ニティ論の主な論点は以下の 4 つであり、主に、「なぜ教育コミュニティが必要なのか」
ということについての理論であると概括できる。
第1に、認識論的な観点である。ここで池田は、
「分かるとは何か」という本質的な問
いに端を発し、ピアジェとヴィゴツキーの発達論の比較を試みている。そして、前者が、
文脈や状況に関係のない、抽象化された思考や学びを重視したのに対し、後者は、具体
的な文脈や状況に埋め込まれた思考や学びを重視したという違いがあることを指摘した。
前者の観点に立つならば、学校教育において、地域との関わりは、学校という学びの場
の純粋さを損なう、邪魔な存在である。それに対して、後者の観点に立つならば、学校
教育においても、具体的な文脈や状況に満ちた、地域との関わりは必須となる。
第 2 に、組織論的な観点である。ここでの池田の主張は、
「連携から協働へ」という
ことに集約できる。池田によれば、これまでの学校・家庭・地域の関係は、
「連携」と
呼ぶべきものであった。これは、その関係が構築される前後で、関係を結ぶ主体が個々
には変化しないことを前提としていた。これに対し、
「協働」と呼びうる状態は、その
関係が構築される前後で、関係を結ぶ主体がそれぞれ変化するような関係のことを指
す。従来の学校と地域の関係、すなわち「連携」の段階では、互いの結びつきは付加的
なもので、必須の存在と見なされないが、これからの学校と地域の関係に必要なのは、
互いの存在を必須のものと見なし、その関係を結ぶことで互いが変容する「協働」であ
る、というのが池田の主張であった。
第 3 に、公共哲学的な観点である。ここでは、功利的個人主義の限界が指摘される。
池田によれば、功利的個人主義とは、「個人的な目標の追求が全体の豊かさや幸福をも
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たらすという思想」(池田 2005 p.95)のことであり、この考え方は学校教育にも深
く浸透している。しかし、そこには大きく分けて 2 つの問題がある。1 つは、この個人
の目的の追求が可能な人と、そうでない人が存在することである。もう 1 つは、例え
ば、環境問題などで顕著に見られるように、個人の利益と社会全体の利益とが相反する
場合があるということである。
第 4 に、学校と地域が互いに結びつくことで、学校と地域をそれぞれに再生する必要
がある、という考えである。学校の再生に向けては、個々の学校の実態や目標を正しく
伝える努力と助けを求める勇気が求められる、と主張した。また、地域の再生に向けて
は、厳しい背景を持つ家庭が多い地域を中心に、学校を、福祉・医療・雇用など、地域
に関するサービスの提供拠点にし、地域全体の力の向上を通じて、最終的に子どもの教
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育の向上を図っていく、という方略が必要だと指摘した。
教育コミュニティ論の実践的背景
以上のような池田の教育コミュニティ論が展開されるようになった実践的な背景とし
ては、主に同和地区を含む中学校区(41校区)を対象に、1995年から1999年まで
展開された、大阪府の施策である「ふれ愛教育推進事業」が実施されたことが挙げられ
る。
「ふれ愛教育推進事業」は、それまでの同和教育の流れの中でしばしば指摘されてい
た2つの課題を見据えて、学校と家庭・地域の関係構築に向けて展開されたという側面
がある。
第1 に、学校が目指しているもの(学力保障・生活指導等)の実現には家庭や地域の
力が不可欠であるということである。それまでの同和地区を校区に含む学校の現場で
は、どれだけ多くの教員が熱心に手厚く指導をしても、家庭や地域の協力がなければ、
そこに投じた予算や教員の努力は実を結びにくいということが知られていた。
第2 に、各学校園(保育園・幼稚園・小学校・中学校)が目指しているものを実現す
るためには、学校(園)間の連携が不可欠である、ということである。各学校園が個別
に努力を重ねたとしても、方針の一致がなければ、各学校園間のギャップは逆に深ま
り、全体として効果が出ないことが多いとされた。
そこで、
「ふれ愛教育推進事業」では、各校区に「家庭教育促進部会」を設置すること
で、学校・家庭・地域の協働を推進し、
「学習指導促進部会」を設置することで学校園間
連携を図る、という方策が採られていた。こうした流れを受けて、教育コミュニティに
関する理論はより本格的に展開されるようになった。池田の教育コミュニティ論の源流
は、
「ふれ愛教育推進事業」の実施前にさかのぼることができるが、より本格的に議論が
展開されるようになったのは、事業が開始されて以降のことであると言えよう。
さて、次節以降では、大阪府内(大阪市を除く)の 334 校区で展開されている地域
教育協議会の活動のうち、「すこやかネットプロジェクト」と題して展開されている
提案公募型の事業を受託した校区の中の 2 校について紹介することとする。
「すこやか
ネットプロジェクト」は、活発な活動を行っている校区の活動のノウハウ等を、教材等
にまとめて研修会で発表することなどにより、各地域教育協議会の活動の成果を、他
の校区に波及させることをねらって実施されているものである。本稿では、平成 16 年
度(2004 年度)に事業が実施された 3 つの校区のうち、2 つについて報告する。なお、
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本稿で取り上げる2つの校区では、
「ふれ愛教育推進事業」は実施されておらず、どちら
も「総合的教育力活性化事業」の実施に伴い、地域教育協議会が設置された校区である。
2 地域教育協議会の実践事例①:松原市立松原第七中学校区 3
校区の概要
松原第七中学校区は、松原市の東部、府道 2 号線(中央環状線)の東側をはじめとす
る地域に広がる。松原第七中学校区には小学校が 2 つと公立幼稚園が 1 つあり、地域教
育協議会に加わっている。
もっとも、「松原第七中学校区」といっても、実は、松原第七中学校区地域教育協議
会(以下、七中校区地域協)の中では、松原第七中学校(昭和 60 年開校)が、学校園
としては最も歴史が浅く 4、地域とのつながりが弱くなりがちな背景を持っていると言
えよう。その分、教職員は、「松原第七中学校は地域の学校である」ということを、学
校から強く打ち出して、学校と地域の結びつきを積極的に作り出す姿勢を今日まで貫い
ている。その姿勢は、「“地域に開かれた学校”を目標に、
“地域の人々の願いに応える
教育”の創造」(松原第七中学校 2004 p.1)との言葉に表れている。
地域との関係において、こうした取組みを象徴するのが、
「夢・地域・共に生きる」
というキャッチフレーズである。この言葉は、毎月発行される「地域教育協議会だよ
り」に毎回記載されていることをはじめ、平成 16 年度(2004 年)に 10 年目を迎え
た「国際文化フェスタ」でも横断幕が掲げられるなど、松原第七中学校区の学校と地域
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の取組みを象徴する言葉になっている。
松原第七中学校区地域教育協議会の活動概要
ここからは、平成 16 年度(2004 年)の主な取組みを中心に、松原第七中学校区の
活動を年間の流れという形で順にまとめていきたい。松原第七中学校区地域教育協議会
では、5 月の予算総会に向けた役員会を、4 月中に行っている。さらに、4 月の流れを
受けて、5 月になると、早速、予算総会が開かれる。1 年のスタートをなるべく早め、
1年を長く使おう、という工夫である。
毎年8月1日には、生徒会主催の「涼もう会」が開催される。
「涼もう会」は、中学校
の総合学習室が、冷暖房完備の部屋として設置されたことをきっかけに行われるように
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なったものである。この取組みにおいては、中学校の生徒会(文化図書委員会)のメン
バーが開催を希望して実施に至ったという経緯があり、中学生と学校の教員・地域の大
人がスタッフとして、地域の小学生や未就学の子どもたちを迎えるという形式を採る。
「涼もう会」の目的は、端的には、地域の子ども(主に就学前児童と小学生)に、夏
のひとときを過ごす居場所を提供することである。もちろん、この活動を支援する学校
園の教職員や地域教育協議会としては、単に地域の子どもを楽しませることだけでな
く、子どもたち自身の成長に資する効果をねらっている。より具体的には、中学生自身
が、工夫を凝らしながら地域の子どもの面倒を見ることで、①小学生には、あんなお兄
ちゃんお姉ちゃんになりたい、という気持ちを持たせること、また、②中学生には、人
の役立っているという感覚を持つ経験をさせること、さらにこれらを通じて、③地域の
中で縦の関係を作り、地域での活動の次の担い手を育てること、である。
「涼もう会」では、午前中は、総合学習室でビデオ鑑賞会が行われ、午後からは、総
合学習室と、芝生に覆われた中庭で、ゲームコーナー、読書・漫画コーナー、的当て、
工作、ボウリングなど、中学生が運営するコーナーが用意される。食べるものに関して
は、各学校の PTA から、そうめん・フランクフルト・かき氷などが無料で提供される
一方、模擬店などはない。
毎年秋には、平成 6 年度(1994 年度)から「国際文化フェスタ」と銘打ったフェ
スティバルが開催されている。「国際文化フェスタ」は第 1 回目の時点から、
「夢・地
域・共に生きる」ということをキーワードとして開催されており、毎年、このキーワー
ドが舞台正面に横断幕として掲げられている。当日の活動メニューとしても、中国・韓
国の食べ物や遊びを中心に、さまざまな文化に関する模擬店や出し物が比較的多い。ま
た、地域の日本語教室に関わる人々が、独自のブースを出していることも、地域の特性
を反映していると言えよう。
さまざまな年齢層からの参加の中でも特に特徴的なのは、中学生の参加が活発である
ことである。具体的には、「エコスタッフ」として、ゴミの管理などを任されているほ
か、中学生独自の模擬店も 3 つ出店されている(平成 16 年度 : 2004 年度の場合)
。模
擬店に関しては、お金の管理などは、教師がサポートしているが、業務の大半は生徒自
身が担っているという。
このほか、秋に行われる取組みとしては、中学校 2 年生の「総合的な学習の時間」で
行われる、職場体験への協力も、重要な要素である。具体的には、例えば、地域住民の
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協力を得て、授業の中でマナー研修を実施するなどの取組みが行われている。また、職
場体験の各受け入れ先への依頼は、校長と地域教育協議会会長の連名で行う形を取って
いる。平成 16 年度(2004 年度)の場合は、病院・学校園・老人ホーム・小売店・運
輸業・各種製造業など、松原市内外の 37 の事業所で職場体験学習が行われた。
毎年 1 月中旬には、中学校の生徒会による行事である「HOT ×ほっと会(ほっとほっ
とかい)」が行われる。これは、夏の「涼もう会」に相当する行事を冬にもやりたい、
という生徒会からの要望によって、実現したものである 5。基本的には「涼もう会」と
同じであるが、ビデオ鑑賞がないことと、餅つきが行われること、ぜんざい・焼き芋、
といった冬の食べ物が提供されること、といった点が異なる。
ここに挙げたものの他、通年で複数回取り組まれるものとしては、年 3 回行うクリー
ンキャンペーンが挙げられる。平成 16 年度(2004 年度)の場合は、7 月・9 月・3
月に行われた。
活動の特徴①:中学生の参画
松原第七中学校区の取組みの中でも、特徴的なのは中学生の参画である。中学生の参
加は、地域教育協議会の活動全体の活性化につながることはもちろんのこと、中学生自
身の学びの場としても意義深いものであると考えられる。
地域教育協議会の活動への中学生の参画は、平成 13 年度(2001 年度)のフェスタ
から始まっている。きっかけとしては、スタッフ不足を補うためという事情が働いてい
たが、実際に呼びかけてみたところ、予想を大きく上回る 31 名(全校生徒の約 1 割)
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の中学生の参加が得られた。そのとき以来、フェスタが終わった後の全校朝会の場で、
地域教育協議会の会長から、一人一人に感謝状を手渡しで贈ることを続けている。会長
曰く、地域教育協議会の活動をしていて一番嬉しいのが、この場において、中学生の充
実した笑顔を見る瞬間であるという。
こうした取組みを、フェスタの場だけでなく、通年化していこうという取組みが、
「子どもボランティア手帳」の試みである。「子どもボランティア手帳」は、いわば地域
教育協議会が発行するボランティア活動のポイントカードで、ボランティアなどの体験
活動をするたびに、マスコットであるサルのスタンプを押してもらうことができる。今
のところ、スタンプが 8 つ貯まった時点で、フェスタでの食べ物やゲームと交換できる
ことになっている。これによって、単に大人が子どもをほめるということによる効果だ
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けでなく、こうした活動に参加する際の“照れ”をなくす効果も期待されている。こう
した一つ一つの工夫の積み重ねが、中学生の参加の促進につながっているようである。
活動の特徴②:活動の方向性を示す言葉
七中校区地域協の特徴として、活動の方向性を示す魅力的な言葉を紡ぎ出しているこ
とが挙げられる。例えば、七中校区地域協のフェスタは、1 年目から、
「国際文化フェ
スタ」と銘打って行われている。「夢・地域・共に生きる」というキャッチフレーズと
ともに、七中校区地域協の活動に方向性を与えていると言えよう。重要なのは、この
キーワードが 10 年使い続けても決して古びないテーマだったことと、こうしたキー
ワード(の元となる情報)が学校から提起されたということである。キーワードを学校
と地域が共有することによって、何のための地域教育協議会なのか、という目的や、そ
の目的に照らすことによって見えてくる学校や校区の課題、といったものが、共有され
やすくなるはずである。
また、取組みを継続的に行っていく姿勢を表す言葉として、七中校区地域協の会長
は、
「続けよう 3年・10年・30年」というキャッチフレーズを提唱している。この
キャッチフレーズには、次のような意味が込められている。すなわち、
「フェスタをは
じめとする取組みが1つ定着するのに3年かかる。フェスタを始めてから10年が経っ
て、ようやく、舞台で歌を歌ってご褒美にジュースをもらっていた幼稚園の子どもが、
中学生スタッフとして幼稚園の子どもにジュースを渡す側になった。あと20年経てば、
この中学生たちは親になり、幼稚園の子どもを連れてフェスタにやってくるだろう。
」
そうしたとき初めて地域教育協議会として、活動が1世代を経たことになる、という。
こうしたキーワードは活動の方向性をより明確にする働きを持っていると言えよう。
活発な活動を生み出すその他の背景
本稿では、上記 2 つの点を特徴として主に採り上げたが、このほかにも、七中校区地
域協には特徴的な面が見られる。活動の背景として考えられる七中校区地域協が持つそ
の他の特徴をいくつか挙げてみよう。
第1 に、子どもの状況についての「協議」を丁寧に行っているということである。七
中校区地域協では、毎月行われる役員会で、案件の中に、
「子どもの現状」という項目
がある。ここでは、各学校園(中学校は各学年)や子ども会などから、そのときどきの
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子どもの状況について報告がなされ、それをもとに参加者全員で、話し合いを行う。何
のための地域教育協議会か、という基本に忠実な運営が、松原第七中学校区できちんと
なされていることは、重要な点である。
第 2 に、新しい層の参加を促す工夫と、そうした新しく参加した人が自然に地域教育
協議会の活動になじめるようにする工夫がなされていることである。例えば、毎月の役
員会が行われる中学校の総合学習室には、毎月発行される「地域教育協議会だより」が
1年分貼り出されており、年間の活動の流れがつかめるようになっている。
第 3 に、こうした工夫の積み重ねを継続的に行っていくため必要な要素として、キー
パーソンの存在も見逃せない。七中校区地域協も、キーパーソンによるさまざまな働き
かけがうまく機能しているが故に、この 10 年間、活動が継続的に発展してきていると
言えよう。
第 4 に、学校としての方針の確立と意思表示がなされていることである。前述のよう
に、松原第七中学校は、「“地域に開かれた学校”を目標に、
“地域の人々の願いに応え
る教育”の創造」を目指している。地域教育協議会の活動も、かなりの部分(特に事務
処理の部分)を学校の教職員、特に中学校の教職員が支えているのが現状である。
もっとも、いくら「地域と共に」と言ったとしても、学校の運営方針がきちんと打ち
出されていなければ、地域との協働の取組みが、学校の日常の活動によい影響を与える
ことを実感することは難しいだろう。その点、松原第七中学校では、校区の実態を踏ま
えた上で、どんな子どもを育てたいと考えているのかということを、方針化し、
(よそ
からの受け売りではなく)自らの言葉で伝える努力がなされてきている。
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第 5 に、松原市の教育委員会が地域教育協議会の活動の促進を積極的に行っているこ
とも見逃せない。松原市内には、7 つの中学校区があるが、それぞれの校区に担当の指
導主事をはじめとする教育委員会事務局の職員を割り当てて、教育委員会と各地域教育
協議会の間の意思疎通を図る仕組みになっている。実際、七中校区の担当になった指導
主事も、年間を通じて何度も足を運んでおり、少なくとも中心的な役員らとは、顔なじ
みになっているようである。加えて、松原市では市内の 7 つの中学校区の地域教育協議
会の連絡組織である「松原市地域教育協議会」を組織している。
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3 地域教育協議会の実践事例②:東大阪市立縄手南中学校区 6
校区の概要と組織設立の背景
東大阪市の南東部、八尾市と境界を接する地域に位置する縄手南中学校区は、縄手
南中学校と縄手南小学校を校区に含む、いわゆる、一小一中の校区である。縄手南中学
校は、昭和 62 年(1987 年)に縄手中学校から分離する形で成立した学校で、現在の
校区内の在籍児童は約 1700 名である。縄手南中学校区では、昭和 63 年(1988 年)
設立の「校外指導協議会」と呼ばれる組織が、地域教育協議会を兼ねる形を採っている。
校外指導協議会が組織された背景には、昭和 50 年頃から全国的に中学生の非行が急
増し始めたのに伴い、いわゆる学校が荒れが目立ち始め、もはや、学校だけでは生徒
指導に対応しきれないという状況があったとされる。そうした状況をうけ、昭和 56 年
(1981 年)、東大阪市教育委員会からの要請に基づく全市的な取り組みの一環として、
「縄手中学校区校外指導連絡協議会」が設立された。これは、中学校区を単位として、
幼稚園・小学校・中学校の各 PTA や各青少年健全育成団体の参加により、構成された
ものである。当初のねらいは、地域の子どもの健全育成に関わる各団体の連携と学校と
の連絡を強化することにより、地域ぐるみで子ども達を見守り、指導を行う体制づくり
を行うことであった。
昭和 62 年(1987 年)、縄手南中学校が縄手中学校から分離・開校した。ただし、
校外指導協議会については、その年度は分離せず、前年度のままであった。翌年(昭和
63年:1988 年)7 月 8 日に、当時の縄南中 PTA との協力のもと、
「縄手南中学校区
校外指導協議会」(以下、縄南校外)の設立総会が開催された。これは、縄手南中学校
の初代校長から、既存の校外指導連絡協議会(縄手中校区)の関係者のうち、縄手南地
区内在住の経験者や、地域の各種団体への要請に基づいたものであった。
平成 12 年度(2000 年度)から大阪府教育委員会による施策の一環として、
「地域
教育協議会」が各地に設置され始めたのを受け、縄南校外では、地域教育協議会との兼
務に向けて、保育所や各町青年団などを構成団体として追加した。そして、翌平成 13
年度(2001 年度)から校外指導協議会が地域教育協議会を兼務する体制に移行した。
主な活動内容と実施体制
縄南校外では、日常的な活動としては、「『子ども 110 番の家』運動」
、地域のパト
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第 2 章 大阪府における地域教育協議会の現状と展望
─ 大阪府内の 2 校区の事例とアメリカ NNPS の動向を踏まえて ─
ロール、各学校園への協力支援(主に運動会などの行事の実施の支援)などを行ってい
る。そのほか、広報活動の一環として、広報誌「縄南ふるさとニュース」や、校区行事
のカレンダーを発行している。
主な行事としては、「ふれあい盆踊り」「パズルハイキング」
「縄手南校区ファミリー
マラソン」の 3 つの行事の実施が挙げられる。この中で、
「ふれあい盆踊り」は、小学
校のグラウンドを会場に行われる盆踊りで、模擬店などが多数出店される。
「パズルハ
イキング」は、オリエンテーリングのような形で行われる行事で、参加者(主に小学生
や就学前の子ども、及びその保護者)が、コースの途中にあるクイズやゲームをクリア
しながら進んでいくハイキングである。ファミリーマラソンは、中学生のマラソン大会
との同時開催という形で実施されるマラソン大会で、小学生と就学前の子どもを中心
に、誰でも参加できる形式のものである。縄手南中学校区では、ここ数年、
「ふれあい
盆踊り」と「パズルハイキング」に、中学生がボランティアとして参加する様子が見ら
れる。このほか、縄手南中学校区では、「教育討論会」を実施している。
上記の活動を主に担っているのは、「運営委員」と呼ばれる地域のボランティアで、
主に幼稚園・小学校・中学校の各 PTA とその OB が、いわゆる充て職で担当する形を
採っている。また、各学校園の教員も、運営委員及び事務局として参加している。運営
委員の互選により「役員」が選出され、「役員会」を構成する。役員会は、運営委員で
構成される「運営委員会」での議論に向けた原案を作成し、運営委員会では、その原案
を踏まえつつ各行事や活動の具体的な実施方法を練る。役員会と運営委員会は、それぞ
れ十数回開催される。
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継続的な活動のポイント
縄南校外では、発足以来、活発な活動が継続的に行われている。継続的な活動のポイ
ントは、主に以下の 3 つであると考えられる。
第 1 に、学校と地域の協働のきっかけとなる事業があったことである。縄手南中学校
では、昭和 63 年(1988 年)より、中学校のマラソン大会を実施している。学校内だ
けでなく、校区内の道路を走るコースが設定されているので、警備などの関係上、実質
的には、学校側が地域の力を借りなければ実施できない事業である。あえて校区内を走
るコースが設定されているのは、当初、「地域の人に新しい学校を知ってほしい」とい
う学校の意向が働いたことによるとされる。昭和 63 年の第 1 回の開催以来、実施にあ
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たっては、校外指導協議会が全面協力している。縄手南中学校区の場合、開校直後から
マラソン大会を実施したことが、今から振り返れば、その後の学校と地域の協働のきっ
かけとなったといえる。平成 12 年(2000 年)からは、中学生のマラソン大会との同
時開催という形で、前述の「ファミリーマラソン」が実施されている。
第2 に、組織が一本化・一体化されていることである。地域教育協議会が導入される
とき、既存の青少年育成関係の協議会組織が残ったまま、新たに地域教育協議会も設立
するという重複がみられる地域があるが、縄手南中学校区では、既存の協議会組織で
あった校外指導協議会が、地域教育協議会を兼ねるという形式を採ることで、組織の重
複を避けている。
また、会長自らが実務面でもリーダーを務めることなどにより、各役員が名誉職的な
ものになることを避けている。さらに、組織面でも分科会形式を極力採らず(例外は広
報委員会だけ)、役員以下、各運営委員が全員で各行事や活動を実施していくという方
法を採っている。ただし、この方法は、充て職方式を採っていることと相まって、役員
や運営委員の負担は大きくなることが課題である。
第3 に、一定の自己調達資金があることである。縄南校外では、設立当初は、行政か
らの補助金等がほとんどなかったため、自らお金を集める方法を確立することに力点を
置いた。具体的には、設立 1 年目以来、「ふれあい盆踊り」を実施し、その協賛金を募
ることで、年間の収入の底上げを図っている。
4 地域教育協議会の現状と今後の課題:NNPS の動向を踏まえて
さて、ここからは、今年度、G3 の研究活動の一環で視察した、アメリカの NNPS
(National Network of Partnership Schools)の活動の現状と、大阪の地域教育協
議会の活動の違いを確認するとともに、そこから、示唆される大阪の地域教育協議会の
今後の展望をまとめることとする。日米の動向の比較については前章でもまとめがなさ
れているが、本章では、その補足として両者の比較を試みた上で、地域教育協議会の現
状と今後の動向について展望したい。
“Children's Success”と「青少年健全育成」の違い
ま ず、 今 回 の 訪 問 の 中 で 感 じ た の は、NNPS が 目 指 す も の と し て Children's
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第 2 章 大阪府における地域教育協議会の現状と展望
─ 大阪府内の 2 校区の事例とアメリカ NNPS の動向を踏まえて ─
Success と呼ばれているものを重視する姿勢であった。Children's Success という
言葉は多義的であると思われるが、例えば、十分な学力を有すること、学校をドロップ
アウトしないこと、子ども自身の理想に近い進路選択が保障されることなどの意味が含
まれると考えられる。
確かに、日本でも「青少年の健全育成」といった言葉が用いられることがある。しか
し、「青少年の健全育成」は、広義に解釈しても学力や進路のことは視野に入ってこな
いのが一般的であるという点で、Children's Success と「青少年の健全育成」の間に
は違いがあると思われる。
NNPS で は、 学 校 を 学 校 外 の 組 織 や 人 と ど う 結 び つ け て い く か と い う こ と は、
Children's Success、特に家庭環境が十分でない子どもの Success と結びつけて語
られる傾向が強いようであった。例えば、今回参加したNNPSの会合の中でも、
「Title
I(タイトルワン)補助金を受けている学校はどれくらいありますか?」という質問が
ときどき見られるなど、会のコンセプトとしてはっきりそれを打ち出しているように思
えた。また、前章での報告にあるとおり、Epstein 教授らの研究も、この Children's
Success を達成するにはどうすればいいかという問いと強く結びついているようで
あった。
日本でも、アメリカほど顕著ではないにせよ、各家庭間の経済的な格差は存在する
し、現在ではその格差が拡大傾向にあるとも言われる。しかし、少なくとも現在は、学
校・家庭・地域の関係について議論する中で、個々の子どもの家庭環境と学校・家庭・
地域の関係が、関連づけられて語られることは少なく、せいぜい学界と一部の実践家の
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間での議論に留まっているのが現状である。
アメリカで Children's Success が強調されることの背景には、子どもの家庭が
抱える背景の格差が看過できないほどに広がっていて、教育関係者であればそれを無
視することなど到底できない、ということがあるのかもしれない。しかし、仮に日本
の各家庭間の格差がますます広がっていくとすれば、アメリカで行われているような
Children's Success を重視した取り組みが今以上に必要となってくる可能性もある。
各家庭への働きかけ
Children's Success の重視と連動したものとして、NNPS では、学校と家庭の結
びつきを強調している点が特徴的である。実際、今回の会合の参加者は学校関係者・行
CHAT Technical Reports No.04
政関係者が多く、学校関係者・行政関係者が各家庭に働きかける方法について議論を深
めるという場面が多く見られた。
日本では、全体としてみれば、学校・家庭・地域の結びつきを強めようという動きの
中で、各家庭への直接的な働きかけがなされることは比較的少ない。確かに、PTA が
活発な活動を行っている場合は保護者と学校の結びつきは強いと言えるかも知れない。
しかし、そうした場合でも、各家庭の中で 1 人 1 人の子どもが日々どのように過ごして
いるかということに踏み込んだ活動が展開されていることは少ないのではなかろうか。
一方、個々の家庭や子どもを支えようという動きは、これは主に個々の学校や教師
が主導してきたと言えよう。同和教育の流れを踏まえて提案された池田の教育コミュニ
ティ論は、これらの動きをさらに発展させ、「学校・家庭・地域の協働」と呼びうる動
きを作り出すことを方向性として打ち出している。ただ、現時点での実践の中では、ま
だまだ地域住民が関わる形で個々の家庭や子どもに働きかけるといった動きは萌芽的な
ものに留まっているのが現状である。
NNPS の中では、学校と家庭を結ぶための様々な手法やツールが開発されている。
こうした手法やツールを地域住民が学び、用いることなどを通じて、これまで、学校と
地域の結びつきを中心に推移してきた地域教育協議会の動きも、変化が生じる可能性が
ある。
地域教育協議会の今後に向けて
地域教育協議会の現状は、旧来からある地縁型組織と学校や PTA の関係者が共に活
動するという形が一般的であると言えよう。この点を指して、地域教育協議会が旧来か
らある青少年育成目的の協議会組織を、単に焼き直しただけのものと見る向きがないで
はない。ただ、地域教育協議会が、従来型の協議会組織と異なるのは、NPO に近い(あ
るいは NPO と親和性の高い)要素を取り入れつつある点であると考えられる。それは、
以下の 2 点でその萌芽が見られるように思う。
第1 に、単なる青少年育成の域を超えた、より普遍的なテーマを掲げた活動が展開さ
れ始めていることである。例えば、松原第七中学校区では、
「夢・地域・共に生きる」
をテーマとして掲げる国際文化フェスタが毎年開催されている。
第2 に、地縁的な要素を持ちながらも、広域的なネットワークを形成しつつあること
である。個々の地域教育協議会は、あくまで各校区に根ざした存在であるが、地域教育
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第 2 章 大阪府における地域教育協議会の現状と展望
─ 大阪府内の 2 校区の事例とアメリカ NNPS の動向を踏まえて ─
協議会などでの活動を展開している前述の「地域コーディネーター」の人々は、自主的
な組織として、「大阪府地域コーディネーター連絡協議会」を組織し、相互の連絡や自
主的な研修などを実施している。これによって、互いの地域での実践の様子やノウハウ
が、広域的に知られるようになりつつある。
こうした新たな動きの発展形態の 1 つとして、個々の子どもや個別の家庭への働きか
けなどといった、従来の青少年育成団体が扱ってこなかった課題に関わるタイプの活動
も、地域教育協議会の中で今後は必要とされるようになるかもしれない。その際には、
NNPS が整理してきた、学校と家庭の関係についての考え方や、実践のためのツール
を参照することが、1 つの有力な方法となると考えられる。
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引用文献
渥美公秀・諏訪晃一(編著 , 2005)平成 16 年度大阪府教育委員会委託研究「教育コミュニティづくりの活性化に関する調査
研究」大阪府教育委員会
池田寛(2001)学校再生の可能性:学校と地域の協働による教育コミュニティづくり 大阪大学出版会
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池田寛(2005)人権教育の未来:教育コミュニティの形成と学校改革 解放出版社
松原市立松原第七中学校(2004)平成 15 年度∼ 17 年度文部科学省「研究開発学校」指定研究報告中間発表会研究紀要 松
原市立松原第七中学校
中村有美・渥美公秀・諏訪晃一・山口悦子(2006)学校と家庭と地域の協働による教育コミュニティの活性化:縄手南中学校
区校外指導協議会の事例より ボランティア学研究 6, 97-117.
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注
1 本章は渥美・諏訪(編著 , 2005)の一部を元に、大幅に加筆・修正したものである。
2 平成11年 大阪府社会教育委員会議提言「家庭・地域社会の教育力の向上に向けて : 教育コミュニティづくりの勧め」
3 本節の記述は、渥美・諏訪(編著 , 印刷中)の第 5 章の内容を要約したものである。
4 松原第七中学校は、生徒数が 284 人(平成 16 年 5 月 1 日時点)で、市内で最も規模の小さい中学校となっている。
5 松原第七中学校の生徒会は、1 年を半年ごとに分けて活動する関係で、夏と冬とでは別の生徒が役員を務める。
6 本節は中村・渥美・諏訪・山口(2006)を踏まえ、資料を新たにまとめなおしたものである。