B2C事例(地酒ドットコム)研究 大谷 敏郎 1.始めに 酒小売業は、規制緩和・業態変化等による環境変化の影響が非常に大きく、今後の生き残りに向け て構造改革が必要である。その中で新たな小売形態の一つとしてインターネットを活用した電子商取 引(インターネットビジネス)がある。ここでは、その成功実施例について事例研究結果を報告する。 2.酒小売業の実態 酒小売業は、全国に12∼13万店舗あり、その約70%が個人経営といわれている。平均従業員 数は6人で、年間売上高は183百万円である。一方、その経営状況は、経営資本対営業利益率で平 均△0.7%1)となっており、経営の苦しさが解る。 酒小売業の経営が苦しい理由には、3項に後述する環境変化とともに、その商品構成にある。酒小 売店の売り上げ構成比率は、図12)に示すようにビールが大半を占めているが、ビールというのは、 メーカが寡占状態にあり、4大メーカの力が強くシェア競争が厳しい典型的な薄利多売商品である。 また、差別化についても、ビールそのものの味、品質保持のための運送方法・保管方法等のメーカ主 導のものが殆どであり、酒小売店がユーザへのサービスによる差別化がしにくい商品といえる。この 為、ユーザの小売店へのロイヤリティがなく、価格・利便性により消費者行動が決定される商品であ る。 ウイスキ類 その他 5% 5% 清酒 24% ビール 66% 図1 売上構成比率 3.酒小売業を取り巻く環境変化 従来、酒類業界は厳しい免許制度という大きな参入障壁があったことと、定価販売が取られていた ことから、何もしなくても安定した経営が実施できていた。しかし、以下のような大きな環境変化が 生じており、上記のような厳しい経営状況を引き起こしていると考えられる。 ①平成10年度に実施された規制緩和による酒類小売免許付与条件の緩和 ②更に、免許制度は段階的に緩和され平成15年には実質的にフリーとなる3) ③酒ディスカウントショップによる低価格販売による価格破壊 ④家計支出にしめる酒類支出の減少:4110円/月(94年)→3857円/月(97年)4) 特に、規制緩和による影響は大きく、図2、35)に示すように、一般酒小売店は5年間で、店舗数 で15%、販売量で12%減少させており、その分コンビニ(店舗数45%増加、販売量17%増加) とスーパマーケット(店舗数379%増加、販売量747%増加)が増加しており、一般酒小売店の コンビニへの業態転換を含めて、従来タイプの酒小売業が改革なしに生き残りを図っていくことの困 難さが見て取れる。 そんな中、インターネットを活用したB2Cビジネスへの試みは有効な方策の一つといえよう。 2,119 947 その他 1996年 1991年 454 456 百貨店等 スーパ 5,785 1,208 農協 2,737 3,029 390 309 生協 14,403 9,956 コンビニエンスストア 96,069 一般小売店 0 20,000 40,000 60,000 80,000 100,000 112,953 120,000 販売場数 図2 業態別店舗数の推移 494 122 その他 百貨店等 153 134 スーパ 154 農協 118 67 生協 58 43 1996年 1991年 1,301 1,008 863 コンビニエンスストア 6,079 一般小売店 0 1,000 2,000 3,000 4,000 5,000 6,000 6,914 7,000 8,000 販売数量(1000kl) 図3 業態別販売数量の推移 4.B2Cビジネスへの取り組み インターネットビジネスは、時間・空間等これまで越えられなかった、又越えようとしてこなかっ た障壁を一気に取り除け、規模の大きさが必ずしも成功要因とならず、これまで特定の地域の特定の 顧客だけを対象にせざるを得なかった一般小売店にとって大きなビジネスチャンスである。しかしな がら、これもビジネスがうまくいけばの話であって、そのための課題はインターネットビジネスの進 展に伴って、以下のものがあげられる。 導入段階:ホームページに如何してアクセスしてもらうか 成長段階:物流・決済等のリアルな部分のビジネスを合理的且つ、トラブルレスで如何に実施し ていくか 成熟段階:フォロアーの対し、如何に差別化していくか そこで、酒小売業という厳しい環境の中で、インターネットビジネスを興し、成功を収めている佐 野屋酒店によるB2Cビジネスにスポットをあて、その実態を調査した。 5.地酒ドットコム(http://www.jizake.com/) (1)佐野屋酒店について 佐野屋酒店は、大阪のベットタウンの一つでもある枚方市の住宅街に存在する普通の酒小売店であ る。固定的な顧客は抱えているが、住宅街にあることと、半径1km以内にスーパが3件、コンビニが 3件あるといった立地条件から、コンビニへの業態変化で環境変化に対応する事は困難であった。そ んな中、現在の店主の息子である佐野吾郎氏は、メーカの力が強くない地酒を専門に扱い、大阪市内 の飲食店向けに大きな商売をしている酒屋の存在を知り、地酒専門店として生き残りをかける事とし た。地酒を選定したのは次の理由による。 ①元々酒屋であり、ベースがある ②地酒は、メーカの力が強くなく、製造元も沢山ある ③地酒が好きでこだわりがある しかし、地酒は、次のような特徴をもつ商品である。 ①小規模な酒蔵が作っている場合が殆どであり、販促は行われておらず一部の有名地酒を除き、認 知度が低い ②個人の好みによるところが多い商品であり、飲んでみないと嗜好にあうかどうかわからない ③個人ユーザが一度に多量に購入するものではなく、販売効率は高くない このように地酒の認知度が低い事と販売効率が悪いという課題に対して、あまりコストをかけず商品 をPR出来、販売効率の悪さは営業効率の良さでカバー出来、その販売密度の薄さを販売面積でカバ ー出来るインターネットビジネスはまさにうってつけの手法である。 尚、当時地酒を取り扱っている大手はあったが、店舗販売、通信販売、業務用販売等が中心であり、 個人客相手にインターネットを活用したオンラインショッピングには進出しておらず、進出するスペ ースがあったことも地酒ドットコムを開始した重要なポイントである。地酒ドッココムのターゲット 市場を示したのが図4である。 多 ディスカウント コンビニ ショップ 商 スーパ 品 マ-ケット 当 り の 販 売 地酒 数 酒小売店 ドットコム 量 少 狭い 商圏の広さ 広い 図4 地酒ドットコムのターゲット (2)導入段階 96年4月に地酒ドットコムのホームページを立ち上げた。ホームページは、顧客との最初の接点 となる玄関であり、当然といえば当然だが、如何に魅力あるホームページを作成するかは極めて重要 である。地酒ドットコムが最も気を付けたのは、こだわりだそうである。ホームページを作成するに 当たり、業務内容の理解とソフト作成技術の両輪が必要なので、ソフト屋に任せっきりにするのでは なく、ソフト屋と交渉しながらお互いに満足するホームページを造る事が大事である。また、コテン ツだけでなく、顧客を引き付けるためのデザインも重要であり、ソフト屋以外にデザイナーの活用も 有効なようである。こうして出来上がったホームページには、次のような特徴がある。 ①ホームページのバックが黒である。当時、背景が黒のホームページはなく、現在では黒の背景は 佐野屋という認識ができあがっている。 ②ホームページの構成として、階層構造は避け、一度にコンテンツが見える構造とし、顧客の手間 を省いている。 又、ホームページの作成とともにB2Cビジネスの参考になるのが、オンラインショピングマスタ ークラブ(www.osmc.ne.jp)というサイトである。ここはその名が示すとおり、オンラインショッピ ングオーナの色々な体験、情報が入手可能で大変参考になるようである。但し、これのみを参考にし ていたのでは、これらを越えられないので、B2Cビジネスの先駆者であるUSAの情報をも参考に する事も必要である。 こうしてホームページが出来上がると、次は如何にしてアクセスしてもらうかがポイントとなる。 地酒ドットコムの場合、96年4月の立ち上げ時で、アクセス件数は20件/日程度あったそうであ り、滑り出しとしては異例に多いアクセス件数と言える。その後、96年秋には数件/日まで低下し、 現在の700∼1000件/日に至っている。最大時には2000件/日ぐらいあった事もあるそう である。このアクセス件数については、認知度を上げるための活動は殆ど実施しておらず、自然に増 加していった。これは、早い時期にホームページを立ち上げた事により、このようなサイトが未だ少 なく物珍しさがあり、一部のマニア的存在がアクセスをし、それがうまく広がりフォロアーが登場す る前に顧客の囲い込みに成功したのでないかと思われる。とはいうものの、全く何もしなかった訳で はなく、次の活動が件数アップに効果があったようである。結果としてパブリシティをうまく活用し たこととなる。 ①経済誌に取り上げられたこと(一般誌は効果が薄く、経済誌に取り上げられることが効果大きい) ②メールマガジンを発行したこと ③99年10月に中規模部門オンラインショッピング大賞(自薦で狙って取りに行った)を受賞し たこと 一方、アクセス件数アップのために最も効果があると一般に考えられている検索エンジンへの登録 については、あまり効果がないようである。というのは、例えば、日本酒をキーワードにした検索件 数は2000件/月、地酒に関しては500件/月しかないことから、登録をしても地酒ドットコム まで至る事は非常に少なかった事から判断できる。 ちなみに、ネットネット販売の立ち上げコストは420万円程度で、その内ハードの保存用冷蔵倉 庫が280万円と大半を占めている。ネット販売のランニングコストは、人件費を除いて28万円/ 月程度と比較的安価である。 (2)成長段階 ホームページを通じて注文が入るようになると、配送と決済というリアルビジネスを如何にうまく やるかがポイントとなってくる。地酒ドットコムの場合、配送は宅配便を活用しており、顧客の評判 もよいようである。決済方法は、図5に示すように、コンビニ支払いと郵便振り込みが殆どである。 貸し倒れは、0.2%以内が目標で、ほぼ達成できており、支払いが滞った場合には、電話、メール、 FAX等で督促すれば、大体支払いしてもらえるようである。個人相手のビジネスであること、又過 去半年以内に取引のあったリピータからの受注が55%あることから思った以上にトラブルは少ない。 そのため、債権回収屋(日本総合債権管理組合or日本総合マネージメント)から、取り引き依頼ある が、現時点ではその必要は感じられない。いずれにしても既存のシステムを活用することにより、コ ストを低減させている。 代金引換 8% 銀行振込 2% SMASH 11% コンビニ支払 45% 郵便振込 34% 図5 決済方法 現在の佐野屋酒店は、店舗販売、自販機販売、ネット販売の3本立てで、売り上げ比率は、店舗2 5%、自販機25%、ネット50%程度である。本年度はネットで6000万円/年弱の売り上げ予 定している。ネット販売は、息子が担当し、店舗は両親が担当し、リアルとバーチャルの両ビジネス を実施中である。インターネット販売は好調であるが、商品の品切れによる機会ロスも多く、やり方 によってはもっと売り上げを伸ばすことも可能だが、商品仕入れ量の見込み違いによる販売不振、在 庫減耗等を考慮し、自分で責任が取れる範囲内でしか、商売をしていないのが現状である。B2B(業 務用販売)は、1社への依存が大きくなることと、相手の商売の経営リスクが大きいので、業務拡大 の可能性は大きいものの現時点では対象とはしていない。急拡大より多数の顧客獲得による安定した 成長を目指している。地酒ドットコムのコンセプトは「小口で大勢の顧客を持つ」である。 (3)成熟段階 地酒ドットコムは、勝ち組のB2Cであるが、類似のネット販売が追従してくることは自明の理で あり、如何に差別化をしていくかがポイントとなる。しかし、地酒ドットコムの場合、よい顧客の開 発・囲い込みがなされており、類似ネット販売があってもその顧客が奪われるとは思っておらず、各々 が別の顧客を開発することとなるので、結果として全体のパイが大きくなり、かえって好影響ではな いかとさえ考えているようである。また、ホームページや業態を真似できても、地酒販売のコアは蔵 元との関係にあり(現在20個所の蔵元と取り引き有り)、これは一朝一夕には確立できず、真似で きないものであり差別化要因・参入障壁となっている。 (4)今後の課題 今後、ネットビジネスを拡大するには、次の課題があると思われる。 ① 商品を保管のための倉庫の拡大が必要 ② 庫管理、販売管理の計数管理が必要 ③ 顧客データベースを有効活用したワンツーワンマーティングの実施(CRM) ④ 中長期戦略の立案 現在2個所の倉庫を保有しているが、これでも不足がちであり、貸し倉庫を借りることを検討中で ある。又ネットビジネスを拡大するには、在庫管理、販売管理を計数化する必要がある。というのは 現在は、佐野吾郎氏個人の販売予測で商品を仕入れ、本人が入出庫を行っており、本人にしか状況が 判らなくなっている。この点は十分認識されているようで、販売管理システムを構築中である。顧客 については、データベースとして蓄積されているが、データに留まっており、販売戦略を策定するた めのインフォメーション、インテリジェンスにはなっていない。このデータを生かしたワンツーワン マーケッティチングが顧客ロイヤリティを高めるために必要である。また、これまでは順調にビジネ スが伸びてきたこともあって、成り行きで実施してきた感があるが、今後の更なる発展を目指すため には、3∼5年先をターゲットにした中長期活動計画を立案し、目標を明確にし、それを達成するた めの方策を策定し、活動を行なっていくことが重要である。参考までに、筆者なりの戦略を次項に示 す。 一方、店舗販売の効率は悪いが閉鎖する予定ない。酒屋の場合、バーチャルとリアルビジネスの間 でシナジー効果はなく、立地条件から考えてもアンテナショップとしての機能を果たすとは考えられ ないが、固定客もついており閉鎖はしない方針である。但し、商品構成を地酒、ワイン中心に変更し リアルの部分でも専門店化していく可能性はある。 6.地酒ドットコムの今後の展開 地酒ドットコムは、現時点では佐野吾郎氏の個人商店の域を出ておらず、今後の展開としては次の ものが考えられる。 ①このままコンセプトを継続し、小口の優良顧客を増大させていき、拡大個人商店として安定的成 長を目指す ②大きな事業として飛躍すべく、他のサイトとネットワークを構成する 前者については、これまでの状況から非常に高い確率で実現可能であると思われる。但し、現シス テムの以下のような弱点を是正したビジネスモデルが出現したら、移り気な顧客を引き止める事は困 難になると予測される。システム上の弱点とは、 a)配送を全て宅配便に頼っている b)代金支払いのために、コンビニ等に出向く必要がある このうち宅配便については、商品価格に比べその費用が高い上、時間指定宅配便はあるものの、商品 受け取り自由度は少ないといった課題がある。現在のB2Cの商品受け取り、代金決済にコンビニが 多用されているのは、既存システム活用による輸送費の削減と、顧客の時間自由度の確保を目指した 商品の受け取りと代金支払いの一元化にあることを考慮すると、現在の地酒ドットコムのチャネルだ けでは心許ない。とは言うものの現状の規模では、コンビニに配送、決済を依頼しても相手にしてく れないのも事実である。一方、攻めの方策である後者は、大きな飛躍が可能である。個々のネットビ ジネスは、現在のまま独立性を保ち、配送、決済だけ統一のシステムで実施するという緩やかな結合 (図6参照)を目指すのである。こうする事によって、前述の弱点を補うだけでなく、次のようなメ リットが生じ大きな事業として成長していくことが可能となろう。 ①サイト間で情報を交換、共有化できる ②地酒の品揃えが豊富になる ③蔵元に狙った種類の地酒を狙った量だけ生産委託が可能(商品企画、計画生産) ④大手の参入に対抗可能 ⑤市場のはるかに大きいB2Bへの進出可能(トラブルを避けるべくこれまで対象としていない) 最も、これにも各サイト間が均質化してしまい特色がなくなるという課題もあるが、逆にサイトの生 き残りをかけた競合が生まれ、活性化する事も考えられる。 B2B B2C 飲 食 店 蔵元 サイト サイト サイト 蔵元 蔵元 蔵元 個 人 顧 客 コンビニ ネットワーク 宅配便 蔵元 図6 ネットワーク化 7.まとめ 地酒ドットコムのビジネスモデルは図7に示す通りであり、B2Cの勝ち組であるが、その秘訣、 ポイントは以下のようである。 ① とにかく先行する事。先行して一番になる事が重要。また、先行があってもそれ程強敵でなけれ ば、又それ程力が入ってなければ参入の余地有り。 ② 専門店を目指し、こだわりを持ち差別化要因を造る。 ③ 売り上げ増大を焦らず、よい顧客をいかに増やしていくかが大事。 8.終わりに(謝辞) 本件の調査にあたり、多大な情報を提供していただいた地酒ドットコムの佐野吾郎氏に深く感謝し ます。また、十分に気をつけたつもりですが、限られた時間での情報収集のため、もし間違いがあり ましたらご容赦願います。 発注 自前 商品 納入 倉庫 発注 地酒 ドットコム 全国の顧客 中小 の 蔵元 インターネット 酒の情報 酒の情報 商品 納入 宅配便 コンビニ 振込 代金決済 (a)地酒ドットコムのモデル 発注 商品納入 店頭 販売 SMASH 代引 直接購入 (b)店舗販売のモデル 図7 地酒ドットコムのビジネスモデル 1) 平成12年度版 中小企業の経営指標 国税庁酒税課編「全酒類小売業の概況」 3)国税庁酒税課「酒のしおり(平成10年)」 4)池田安弘:企業診断(1996/6) 37-43 5)国税庁 「酒販店実態調査」 2) 地域の顧客 大手 メーカ 代金決済
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