小児耳 31(3): 253256, 2010 第5回 日本小児耳鼻咽喉科学会 モーニングセミナー 小児気道疾患のマネジメント 気管切開カニューレのマネジメント 佐 野 光 仁 (大阪府立母子保健総合医療センター耳鼻咽喉科) 新生児医療のめざましい進歩の反面,気管切開症例数は年々増加の傾向にある。また最近 は出生前診断がさかんに行われるようになり EXIT 法による新生児の気管切開症例も報告さ れ,今までは致死性の疾患であった症例も生存できるようになった。しかし気管切開口が閉 鎖できない症例も増加の傾向がある。気管切開受けている子どもたちが使用しているカニ ューレの取り扱い方について報告する。 キーワード気管切開カニューレ,肉芽形成,気道出血 は男性113名,女性119名合計232名であった。 .は じ め に 男女差は認められなかった。年度別気管切開件 上気道に原因があり呼吸困難を生じる疾患は 数は徐々に増加し,最近の症例数は年間 30 例 その原因疾患である腫瘤,胞などの切除,舌 に達している(図 1)3)。また年齢別気管切開件 根沈下に対してはエアーウェーの挿入,舌固 数は母子センターの扱っている年齢的な特徴か 定1)が行われるがこのような処置が功を奏さな ら 1 歳未満が圧倒的に多く 232 例中 108 例( 47 い場合には積極的に気管切開が行われる。新生 )とほぼ半数近くを占めていた。原因疾患別 児,乳幼児の気管切開の現況と気管切開カニ 気管切開件数は筋緊張性ジストロフィー, Werdnig-HoŠmann 病などを含む神経・筋疾患 ューレのマネージメントについて述べる。 .大阪府立母子保健総合医療センター耳 鼻咽喉科における気管切開の現況 が最も多く,ついで気管・気管支軟化症,胸郭 低形成などの肺・胸郭・気管疾患,次に上顎奇 形種,両側声帯麻痺,声門下狭窄などの上気道 新生児医療のめざましい進歩の反面,気管切 狭窄疾患,Fallot4 徴,CHARGE,左心低形成 開症例数は年々増加の傾向にある。また最近は 症候群などを含む心疾患,Pierre-Robin 症候群, 出生前診断がさかんに行われるようになり Treacher-Collins 症候群などを含む小顎症。イ EXIT 法による新生児の気管切開症例の報告例 ンフルエンザ脳症,髄膜炎などの感染症。その も散見されるようになってきた2)。大阪府立母 他の疾患としては脳腫瘍,糖原病, Hurler 病 子保健総合医療センター(以下母子センターと などの代謝疾患,急性骨髄性白血病などの血液 略す)おいて 1982 年 1 月より 2009 年 12 月まで 疾患などであった(図 2 )。気管切開のその経 の 27 年間に耳鼻咽喉科で行った気管切開症例 過をみると気管切開口が現在も開存している症 大阪府立母子保健総合医療センター耳鼻咽喉科(〒5941101 大阪府和泉市室堂町840) ― 55 ― ( 253 ) 小児耳 31(3), 2010 佐野光仁 図 年度別気管切開症例数 気管切開症例数は増加している 図 神経・筋疾患における経過 神経・筋疾患では気管切開口が閉鎖できた症例はない 図 図 原因疾患別気管切開症例数 神経・筋疾患が圧倒的に多い 1) カニューレ固定方法 カニューレのひも固定方法 カニューレの固定方法はカニューレの先端の 例は 111例(48)であった。気管切開口を閉 中心と気管の中心が一致する位置でカニューレ 鎖できた症例は 15例( 6)に過ぎなかった。 のひもを固定することが望ましいので気管切開 気管切開症例が一番多い神経・筋疾患では気管 直後にファイバースコープでカニューレ内の観 切開口を閉鎖でできた症例は一例も認められな 察が重要である4)(図 4)。またカニューレの先 かった(図 3)。 端が体動により動き,気管粘膜を刺激し肉芽の 気管切開口が開存しているケースが多く,カ 形成を助長する可能性があるような場合にはカ ニューレを装着している子どもたちは年々増加 ニューレひもの四点固定も検討の価値がある している。したがって気管切開後の気管切開口 (図 5)。 の管理,カニューレ使用時の問題点を検討する 2) カニューレ装着時の管理 ことは意義のあることである。 ◯ ニューレ内の問題点 カニューレ装着時の問題点としてはカニュー .気管切開術後管理 レ内が分泌物により閉塞することがある。閉塞 カニューレを装着しないですむカニューレフ の対応策としては十分な加湿,ダブルルーメン リーの状態にできれば問題はないが乳幼児の場 のカニューレの使用は有効である。狭窄音が聴 合には困難でそのほとんどがカニューレを装着 取されカニューレの内腔が閉塞された場合には する。そこではカニューレ装着によるカニュー 急いでカニューレを抜去し,カニューレを交換 レ内の分泌物閉塞によるトラブル,カニューレ する必要がある。普段からカニューレ内をファ 外の肉芽形成,出血などの合併症を生じる。こ イバースコープで観察することが重要である れらの合併症を生じない術後管理が重要である。 ( 254 ) (図 6)。 ― 56 ― 気管切開カニューレのマネジメント 図 小児耳 31(3), 2010 カニューレの 4 点固定 図 カニューレ先端に形成された肉芽 管壁に肉芽が形成される。肉芽が大きくなると 呼吸困難や吸引チューブの挿入が困難となり気 管内の分泌物を吸引することができなくなる (図 8 )。このような場合には別な種類のカニ 図 粘稠な分泌物によるカニューレ内の閉塞 ューレに変更し,長さ,角度,材質を変更す る。さらにカニューレの変更でも症状の改善が みられない場合には外科的切除も必要とな る5)。カニューレの軸と気管の軸が一致するよ うにカニューレの固定を工夫し,なによりもカ ニューレの先端に肉芽形成をしないような予防 が重要である。 ) 気道出血 次の問題は気道出血である。少量の出血は気 管粘膜よりの出血が考えられ慎重な吸引操作, 抗炎症治療,ボスミン活水によるトイレティン 図 グが有効である。しかし出血でわれわれが困る 気管切開口に形成された肉芽 ことは腕頭動脈よりの出血である6)。前兆もな く気管より出血しほぼ致死性となる。腕頭動脈 ◯ ) カニューレ外の問題点 からの出血を生じさせないような対策が必要で 肉芽形成 ある。気管前壁に肉芽の形成がないか普段から 気管切開口付近の気管粘膜に糜爛を生じ,肉 カニューレ内から気管内をファイバースコープ 芽が形成される。気管切開口の周囲の肉芽は大 で観察する。肉芽の形成を認めた場合にはカニ きくなければ清潔にし,消毒,軟膏の塗布など ューレの長さ,太さなどサイズの変更,素材の で対応できるが大きくなりカニューレ交換が困 変更,カフ付きのカニューレに変更,カニュー 難な場合や,交換時にたびたび出血する場合は レの角度の変更,カニューレの固定方法の工夫 外科的切除が必要である(図 7 )。カニューレ などにより腕頭動脈からの出血の可能性を軽減 の先端が気管壁に接触し,カニューレ先端の気 させることができる。また CT 検査により気管 ― 57 ― ( 255 ) 小児耳 31(3), 2010 佐野光仁 から気管に瘻孔を形成し,大量の動脈性の出 血の可能性があり特に注意が必要である。 3) カニューレ内が粘稠な分泌物で閉塞しない 対策や気管カニューレ内の狭窄症状に注意が 必要である。 文 図 腕頭動脈とカニューレ先端の位置関係 カニューレ先端と腕頭動脈の位置関係を認識す ることも重要である(図 9)。 腕頭動脈の気管の瘻孔による気管出血の対処 方法はカフ付きのカニューレに交換しカフを膨 らませ,一時的な止血を図る。また緊急手術に より胸骨正中切開にて開胸し腕頭動脈を露出 し,切断,結紮を行うことが考えられるが実際 には止血処置は困難なことが多い。 .ま と め 〒5941101 気管切開口,気管内に肉芽が形成しないよ うな注意,工夫が重要である。 2) 1) Sugiyama Y, Obata K, Ishibashi S, Sasaki K, Sato R and Sekiyama S.: A robin sequence patients treated by the tongue-lip adhesion technique of modiˆed Argamoso method. Dent J Iwate Med Univ 2003; 28: 205 212 2 ) 佐野光仁特集・社会変化と耳鼻咽喉科・小児を 取り巻く環境の変化 周産期医療の発達と小児耳鼻咽 喉科医療,2008; 24: 863 869 3 ) 津田 武,広瀬正幸,佐野光仁耳鼻咽喉科にお ける小児気管切開術の統計,大阪府立母子医療セン ター雑誌 2010; 25(2): 8083 4) Dunham M. E.: Tracheostomy Pediatric Laryngology and Bronchoesophagology. Holinger L. D. Lusk. R. P. and Green C. G. Lippincott-Raven Publishers, Philadelphia; 1997: 275285 5 ) 高 田弥生,佐 野光仁気 管内肉芽 に対するレ ー ザ ー 治 療 の 経 験 , 1997 小 児 耳 鼻 咽 喉 科 18: 38 42, 1997 6 ) 八田千広,小笠原寛,石田 稔他小児気管切開 症例の臨床的検討,日気食会報 2000; 51(1): 2227 別刷請求先 カニューレ使用で重要なことは 1) 献 大阪府和泉市室堂町840 大阪府立母子保健総合医療センター耳鼻咽喉科 佐野光仁 気管壁前壁に形成された肉芽には腕頭動脈 Management of childhood airway diseases Management of tracheostomy tube Mitsuhito Sano M.D. Osaka Medical Center and Research Institute for Maternal and Child Health Key words: tracheostomy tube, artery rupture, granuloma ( 256 ) ― 58 ―
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