3年 理科 <ESD> 実感を伴った理解を図る理科授業 ―3年「ふるさと男川のこん虫はかせになろう」の実践を通して― 1 はじめに 子どもたちの理科離れの原因の一つに,自然体験の乏しさがあげられる。学区内を走る国道1号線と東名高速道路の 周辺では、鳥のさえずりが車の走行音にかき消されることもあり、交通事故や不審者対策から、子どもだけで長時間外 で遊び回る機会も減っている。ペット禁止のマンションやアレルギー疾患から、動植物に触れることが少ないまま育っ てきた子どももいる。地球という自然の中で、その自然の一部として生きている生物たちは、多種多様であり、共生し ていかなければ、地球の未来は見えない。その未来を担う子供たちに、理科授業を通して、自然の事物や現象にじっく りふれ合う場を与え、自然科学の知識や考え方を身に付けさせ、さらにそれを活用できる力を育くむことの重要性を強 く感じる。 身の周りには、様々な生物が命を営んでいる。それぞれ姿かたちは違い、環境と関わり合って暮らしている。その環 境は、一つの種だけのものではない。この地球に息づく全ての命と、この地球に存在する全ての物が関わりをもち、私 たち人間も、その中の一部である。子どもたちが、自分たち人間以外の命の営みに目を向け、自ら働きかけることによ って得られる経験をもとに、生物多様と環境との関わりについて、実感を伴って理解できることを目指し、昆虫を教材 として、本研究を実践することにした。 2 研究の計画 (1)子どもの実態と目指す子ども像 本学級の数人の男子児童は、虫が大好きで、昆虫に限らず爬虫類や両生類、多足類など、休憩時間のたびに校内の様々 な場所で見つけた虫を、教室へと運んできた。それを見て、歓声を上げ集まる子どももいれば、悲鳴を上げ逃げる子ど ももいた。アンケートをとると、虫が嫌いと答えた子どもは、32名中13名で、半数近かった。好きと答えた子ども の中でも、 「好きだけれど触れない」 「飼ったことはない」 「名前を知らない」と、虫への関心がさほど高くないと感じ られる子どもが半数以上であった。時折、取ってきた虫が餌も与えられずそのままケースに入れられていたり、クワガ タ同士を戦わせていたりするなど、その生態や命に目を向けさせたいと思う場面があった。虫という生き物を表面だけ で捉えており、もっと自らの諸感覚を使って働きかけ、観察を繰り返し、既有の知識を検討しながら結果を関係付けて いく必要性を感じた。 学習指導要領に加わった「実感を伴った理解」の要素として, 「具体的な体験を通して形づくられる理解」 「主体的な 問題解決を通して得られる理解」 「実際の自然や生活との関係への認識を含む理解」の3点があげられる中、初めて理 科を学ぶ3年生には、具体的な体験を通して形づくられる理解を重点的に目指し、次のような子供を育てたいと考えた。 ○自ら自然に関わり、知的好奇心を満たしながら諸感覚を使って観察を続け、得た結果を比較、検討できる子ども。 ○実物の観察を通して昆虫の生態に触れることで、生物の多様性に気付き、体のつくりや活動が環境と関わり が深いことを実感を伴って理解できる子ども (2)研究の仮説と手立て 子どもの実態や教師の願いから、目指す子ども像に近づくため、次のように研究仮説を設定し、それらを検証するた め、6つの手立てを単元に位置づけ、実践することにした。 仮説Ⅰ 実物の昆虫にじっくり触れあう体験をすれば、知的好奇心が刺激され、諸感覚を働かせることができ、昆虫の 生態を見つめる目が育つであろう。 < 仮説Ⅰ に対する手立て> 手立て① 一人1匹以上昆虫を飼育し、継続観察する場の設定 捕獲場所での様子、餌、世話の仕方、行動や変態の様子などを諸感覚を使って観察し、記録を重ね、実物の飼育体験 を通して、昆虫の成長と暮らしについて、実感を伴った理解を深める。 手立て② 昆虫採集に行き、捕まえた昆虫を標本にする活動 自分が実際に捕まえた昆虫を、冷凍、展翅、乾燥する作業を経て標本にする活動を通して、体のつくりを細やかに見 つめ、昆虫の体のつくりの定義について実感を伴って理解する。 仮説Ⅱ 学習の流れの適所に、専門的な技術や知識に触れる機会をもてば、昆虫の生態への実感を伴った理解が高まる であろう。 < 仮説Ⅱ に対する手立て> 手立て③ チョウ博士の実験観察を伴う講義と実習 チョウの専門家を招き、蛹に羽化のタイミングの調整を図る技術を教えていただき、羽化の瞬間を観察する機会を設 ける。また、チョウの特徴である口の形のひみつについて、実験を交えて専門的な知識を伝授する機会を設ける。実験 観察を伴うこれらの講義を通して、チョウの体の作りだけでなく、その仕組みや機能、えさや環境とも関係付けて考え ることができ、昆虫の生態についての実感を伴った理解を高める。 手立て④ カブトムシ博士の実験観察を伴う講義と実習 甲虫を中心とする昆虫専門家を招き、羽の進化、環境の変化に伴い姿を変える昆虫の観察、封入標本の観察を伴う講 義を通して、環境に適応して生きる昆虫についての実感を伴った理解をさらに高める。 仮説Ⅲ ものづくりや書く活動を取り入れれば、得た知識が確かなものになり、自分の課題を追究し解決した証が残り、 昆虫の生態と環境とのつながりについて、実感を伴った理解がより深まるであろう。 < 仮説Ⅲ に対する手立て> 手立て⑤ 昆虫模型づくり 自分が調べた昆虫の体のつくりについて、紙粘土とモールを使って模型を作ることで表現し、頭、胸、腹の3つの部 分と足の数に加え、その昆虫の特徴的なつくりをもった部分を説明する力を伸ばす。友達が調べた昆虫との類似点や相 違点についての話し合いから、昆虫の体のつくりについて実感を伴った理解をより深める。 手立て⑥ 3年1組オリジナル昆虫図鑑づくり これまでに、観察、実験、講義、図鑑(図書資料、インターネット資料)から調べてきた昆虫について、一人1ペー ジ担当し、図鑑を書くことを通して、これまでの学びより確かなものとして定着させる。発表会を開き、互いの学びか ら、多様な生態と環境との関わりへの実感を伴った理解をより深める。 (3)抽出児童について 本研究では、児童Aを抽出児とし、その変容を追い、仮説の検証を進めていく。 手立てを講じる前の姿 虫は、あまり好きではないが、 チョウはきれいだから好き。 虫は気持ち悪くて怖い感じがし て、自ら触ったことがない。虫 の体の様子をじっくり見たこと がない。 あおむしやチョウは見たことが ある。いつ変わるのか知らない。 チョウの口はストローだと思 う。 カブトムシが飛んでいるのを見 たことがない。どれが羽か知ら ない。 チョウの体は、羽が2枚で、丸 まった触覚が2本と長細い胴だ と思う。 具体的手立て(前述の手立て①~⑥に準じる) 目指す姿 諸感覚を働かせてチョウ 手立て①モンシロチョウとアゲハチョウを、触りや の成長を観察し、チョウを すい卵の状態から継続観察させる。 慈しむ。 手立て②昆虫採集に行き、チョウ以外の虫と触れあ 抵抗なく虫と触れあえる。 う機会を与え、捕まえた昆虫を標本にする活動に挑 昆虫の体の作りについて、 戦させる。 実感を伴って理解する。 チョウの完全変態の過程 手立て③チョウの羽化の瞬間や蜜を吸う姿を捉え や、環境に適応して生きる る場を設定し、チョウの命の営みの神秘から知的好 虫の生態を実感を伴って 奇心を刺激する。 理解する。 昆虫の種による違いを理 手立て④他の昆虫の生態について、専門的な知識に 解し比較検討する力を高 触れさせ、チョウの生態と比較する視点を培う。 める。 昆虫の定義を理解しチョ 手立て⑤実験観察、調べ学習から得た知識をもと ウの体の作りを正しく表 に、チョウの体の作りについて模型で表現させる。 現する。 学びを振り返り、チョウの 絵を描いたり、作文を書いたり 手立て⑥単元を通して追究してきたことをまとめ、 生態について、その特徴や することは得意だが、話して説 手作り図鑑を製作して発表会を開き、様々な昆虫の 他の昆虫との違いを説明 明したり、発表したりすること 生態について情報交換する場を設定する。 でき、学級のチョウ博士に が苦手である。自信がない。 なる。 3 研究の実践 (1)チョウの育ち方(完全変態)について実感を伴った理解を図る 3年生になって,初めての理科の授業は,自然園での散策に始まった。やわらかい日差しの下、春の虫探しに歓声を 上げる子どもたち。虫取りが大好きな子どもたちが、草むらを這い回り石をどけるのを、虫が苦手な子どもが数人恐る 恐る覗き込む。 「いた、ダンゴムシ」 「あ、モンシロチョウだ」 「こんなところにテントウムシ」と、次々に発せられる 虫を捕らえた子どもの歓喜の声は、 「いいなあ」という周りの子どもたちの羨みの気持ちを「よし、ぼくも」という意 欲に換えてくれる。事前調査で「虫がきらい」と答えた 13 名の子どもたちが、友達に助けられながら虫の姿を追い始 めた。その中に、まだ躊躇している児童Aの姿があった。 「虫はきらい。気持ち悪いから触れない。でも、飛んでいる チョウはきれいだな」と言う。触覚や足が動いたり、顎で噛みついたりする虫が怖いようだった。また、毛虫にも悲鳴 をあげていた。しかし、チョウが好きという気持ちを虫への興味関心の入り口にできそうだと考え、学年で栽培してい るキャベツ畑に誘い出した。 「キャベツの葉っぱを見てごらん」と投げかけてみた。初めは、何かいると怖いといった 様子で、指先で葉をつまんで体から話しながら持ち上げていた。すると、 「あ、先生。これ見て。黄色い小さい粒。た まごかな」と、期待通りモンシロチョウの卵を発見した。 「この小さな粒が、あんなにきれいなチョウになるんだよね。 いっしょに育ててみないかな」と声を掛けた。 「うん、育ててみる」そう言うと、丁寧に葉を摘み取り大事そうに手に 乗せた。それに気付いた子どもたちから、 「いいな、いいな」の合唱が始まり、卵を見つけた子どもから、どんどん飼 育準備が始まっていった。卵は毎日産みつけられるので、間をおかずに全員が自分のモンシロチョウの卵をもつことが できた。また、ミカンの木やクスノキにナミアゲハやアオスジアゲハの卵も見つけられるようになり、教室前の廊下に は、3年1組チョウランドが出来上がった。それぞれの虫籠やお菓子箱、ミニ花瓶に食草を挿したケースなどが、所狭 しと並んだ。 3年生の理科は何もかもが初めてである。観察カードには、観察の視点を項目として上げて載せておき、その項目に ついて気付きが記入できたら項目名に○をつける方法を講じ、どんなことに気付くとよいのか戸惑わないように工夫し た。いつでも自由に記録できるように、チョウランドの片隅に観察カードを常備した。絵や手紙を書くことが好きな児 童Aは、早速卵を見つめ、書き出した。 (資料1 児童Aのカード) 3日後、 児童Aが息を切らしてやってきて、 「大変だよ。卵の色が変わった。オレンジ 資料1 になった。きっと生まれるから、机の上に置かせて」と言う。瞬間を逃さな いよう机の上で観察を続けさせた。 「あ、出てきた」透き通る小さな物体が殻 を破り、姿を現し始めた。 「上の方から出てきたよ。殻をもぐもぐ食べる。 1mmくらいかな。もぞもぞ動くよ」つぶやいた言葉は、そのまま観察カー ドに記録され、アオムシが怖いと言っていた児童Aの幼虫を見つめる目は、 明らかに穏やかであった。 餌のキャベツが傷んでくることは、幼虫にもよくないが、臭くなってしまい、 何より世話をする子どもたちの抵抗になってしまう。教室にキャベツを常備し、 毎日必ず換えさせた。幼虫を傷つけないよう、幼虫がいる部分の葉をハサミで 切り取り、新しい葉の上にそのまま乗せる方法を助言した。ミカンやクスノキ の葉は、校内の自然園から適宜少しずつ採集させ、ミニ花瓶や濡らしたティッ シュで水分補給するようにした。児童Aは、透明感のある気緑色の糞を「きれ い」といい、次第にアオムシらしくなってくる幼虫の姿にも怖がるどころか、 愛着をもつようになった。別の幼虫を捕って来て、同時に2匹飼育し始めたが、観察カードにはいつも、いちばん最初 に採ってきた卵から目の前で生まれた幼虫の事が綴られた。カードに書かれる事柄もとても増えてきた。 (資料2 児 童Aのカード)知的好奇心が刺激されている様子が伺え、小さな変化にも気付くようになった。 児童Aは、絵や文をかくことは好きな方であるが、そのせっかくの気付きや記録を話して人に伝ことが苦手であった。 児童Aが学級のチョウ博士となり、自信を持ってチョウの事を語れるようになってほしいと願った。さらに諸感覚を働 かせ、昆虫の生態を見つめることができるようにしてやりたい。そのためには、児童Aが実感を伴った確かな理解を得 ることが不可欠であると考えた。学びの中の適所に専門的な知識や飼育の技術に触れさせる機会を設けることで、昆虫 の生態を見つめる目が育ち、3年生なりの科学的な根拠をもってチョウについての追究を進めていけるのではと考え、 日本鱗翅学会会員の杉坂美典先生から、3年生の子どもたちの 追究に役立つ専門的知識や技術を教えていただくことを、適宜 業の中に取り入れた。 飼育中で気をつけることの中で、特に子どもたちが驚いたの は、蛹に毎日水をかけることだ。霧吹きでは多すぎるので、手を 濡らしてぱっぱとふりかけるとよいのである。これが、羽化の時、 羽が上手く伸びるかどうかにつながり、成虫になった時の生死に 関わると教えていただいた。児童Aは、毎日朝1回、蛹になった 自分のモンシロチョウに丁寧に水をかけた。また、孵化の瞬間を とらえたAには、羽化の瞬間も見せてやりたかった。杉坂先生に 相談すると、蛹を預かっていただき、第4腹節まで空洞化した瞬 間に冷凍保存しておくと、見せたい時間に羽化をさせることがで きるとおっしゃった。子どもたちに、羽化を見るために大切な蛹 を預けることを話すと、何人もの子どもたちが蛹を差し出した。 児童Aもそうであった。 形はぐにゃぐにゃで、小指を まげたくらいの長さでした。う ねうねと動いていました。数 は、さなぎ1ぴきとよう虫1ぴ きです。前の方がだんだん緑色 になってきました。前の方の歯 で、むしゃむしゃ食べていまし た。おしりのあなを広げて、ぷ りっと(糞を)出しました。こ れからも、死なないで、けんこ うにせい長してほしいです。 資料2 6月5日、子どもたちは朝からそわそわしていた。今日蛹の羽化を迎える。理科室では、その瞬間を待つ子どもたち の熱い視線がさなぎに向けられていた。 「あっ、北」とさなぎの皮がわれ始めた。14匹のさなぎが次々に変化を見せ た。 (資料3 児童Aの感想カード) (写真1 羽化の授業) さなぎのせ中がわれてきて、チョウが頭から出てきました。 すごく時間をかけて、ううんううんとがんばっていました。 羽とおしりの方も出てきました。羽がしわしわでだいじょう ぶかなと思いました。でも、少しずつ羽をのばしていました。 とても大変そうに見えました。わたしは、いっしょに力を入 れてしまいました。羽がのびたら、赤色っぽいしるがおしり から出てきて、おしっこかと思いました。杉坂先生に聞くと、 それは体えきだと教えてくれました。わたしたちの血と同じ です。羽をのばすとき、体の中の体えきを使って、のばしば す。あまった体えきが、おしりからおしっこみたいに出てき ます。さなぎの時にあげた水が、この体えきになります。毎 日水をあげてよかったです。 (資料3) 写真1 羽化の瞬間の感動は覚めやらず、子どもたちは羽を展ばしたチョウからなかなか離れようとしなかった。 「2時間ぐ らいしたら、外へ逃がしてあげようね」という杉坂先生の言葉に名残惜しそうに「はい」と返事をした子どもたち。昼 過ぎ、教室の窓から旅立つチョウに手を振る児童Aや子どもたちの姿は、小さな命に思いをはせ始めていた。 (2)昆虫の体のつくりについて実感を伴った理解を図る チョウを育てながらも、教室には様々虫が子どもた ちの手によりやってきた。カマキリ、バッタ、クワガ タ、ダンゴムシなど、いつの間にか昆虫ランドができ ていた。ケースの掃除や餌やりで、毎日教室は大騒ぎ であった。児童Aも、バッタが触れるようになり飼い 始めた。児童Aは「先生、このバッタは大人なの。そ れとも子どもなの」と訪ねてきた。すかさず虫が大好 きな男子児童が「それはオンブバッタの幼虫だよ」と 教えた。すると児童Aは、 「チョウは、アオムシの時と チョウの時と形がぜんぜん違うのに」チョウの育ち方 との違いに気づいた。そこで、これまでの飼育経験を もとに、虫の育ち方や姿について話し合いをもった。 (資料4 TC表) T :チョウの育ち方を勉強しましたね。 (資料4) C1:卵,幼虫,蛹,成虫です。 C2:卵,アオムシ,蛹,チョウって呼ぶ時もある。 T :チョウの体の作りも観察したよね。 C3:頭と胸と腹に分かれています。 C4:足が、確か6本だった。 C5:付け足します。胸から6本生えています。 C6:羽が4枚あったよ。 児童A:羽が2枚だと思っていたけど、本物のチョウを見たら4枚だった。 T :本物の虫は、知らなかったことを教えてくれたね。 C7:バッタやコオロギはね、卵から生まれた時からバッタやコオロギの形。 C8:カイコはチョウと似ているよ。卵の次は白い幼虫。でもね、蛹じゃなく て、繭になるんだよ。繭から出てきたらガになるけど。 C9:トンボなんて、子どもの時ヤゴで水の中で泳いでるよ。大人になるとト ンボで、今度は空を飛んじゃうからすごいよ。 C10:虫によって、違うんじゃないの。 右のような話し合いから、他の昆虫のことももっと知りたいという声が上がり、昆虫採集に出かけることになった。 ここで、再び杉坂先生に正しい昆虫採集の仕方を教えていただいた。網にかかった虫は、羽のあるものはパラフィン紙 を折った三角紙にはさみ、羽を普段広げない虫は、パラフィン紙にキャンディーのように包むことである。そして、昆 虫の体の作りを調べるために標本にするには、すぐに冷凍させることが必要であった。6月25日、梅雨の合間をぬっ て、丸山町神明宮周辺の林と草むらに昆虫採集に出かけた。多い子は7匹、少ない子でも1匹以上は採集でき、パラフ ィン紙に包んで学校に持ち帰ってきた。すぐに冷凍に入れ、数日後杉坂先生のご指導のもと、ピン刺しと展翅の作業を 行った。 (写真2) 展翅のために準備した物は、発泡スチロールで手作りした展翅台である。学校近くのスーパーから発泡スチロールの 箱をいただき、カットし、写真3のような展翅台を作成した。 写真2 写真3 写真4 そして、展翅台にピンを刺す作業に入ると、 「かわいそうな気がする」 「小さくて難しい」と苦労する子どもたちの姿 があった。ピンは、昆虫の体の胸の部分に刺さなけらばならない。昆虫の体のつくりの定義である「頭、胸、腹の3つ の部分に分かれる」 「胸に6本の足がある」の習得が、ここで役立った。この習得に不安があった子どもも、この胸に ピンを刺す活動を通して、 「胸」の部分を実感を伴って理解することができた。 (写真4)また、ピン刺しの次に羽を展 ばす展翅や、足の形を整える作業に入ると、羽を1枚ずつ、足を1本ずつ丁寧に広げていくことから、羽や足の数,位 置、形の特徴も実感を伴って理科していくことができた。 (次頁 写真5)展翅、展足が終わると2週間ほど暗所で乾 燥させ、3年1組全員で作った「ふるさと男川の昆虫標本」が出来上がった。 (写真6) 写真5 写真6 児童Aは、チョウとは違って不完全変態で成長するバッタに興味を抱いた。昆虫採集では、オンブバッタとイボバッ タの幼虫を捕まえて標本にした。 (資料5 児童Aの感想カード) わたしは、こん虫さい集でバッタを2ひきつかまえました。名前を調べたら、オンブバッタとイボバッタでした。 まだよう虫です。でも、チョウとちがってせい虫の体の形と同じです。ただ小さいだけです。友だちが、だっぴし て大きくなるんだよと教えてくれました。2年生の時にかったザリガニといっしょなのかなと思いました。よう虫 がだっぴするところと、たまごとせい虫が、チョウとバッタは同じでした。さなぎがちがうところでした。よう虫 のだっぴは同じでした。 オンブバッタとイボバッタは、なかまだけれど、顔の形がちょっとちがいました。チョウもモンシロチョウとア ゲハは、羽の色ともようがぜんぜんちがいます。よう虫のときアゲハはと中で黒から緑になるけど、モンシロはず っと緑です。こん虫はいろいろいるけれど、にているところもちがうところもあります。 3年生の理科では、比較する力を身に付けることで、結果を正しく得て、科学的な見方や考え方を培っていくことが 重要である。児童Aは、実際に手に取ったチョウと他の昆虫を比較することを通して、育ち方と体のつくりについて理 解を深めつつある様子を見ることができた。 (3)専門的な知識に触れることによる実感を伴った理解の高まり 昆虫が種によって姿形がちがうことを知り,最も興味を持つ昆虫をテーマにその生態を詳しく調べてこうと、新たな 課題をもった。これまでに採集や飼育したことがあったり、身近に接している昆虫を決め、その秘密を探ろうと計画を 立て始めた。実際に触れあった体験や図鑑等の資料活用に加え、専門家から体のつくりや暮らしと環境の関わりについ て教えてくださる方に来ていただいた。カブトムシの研究で有名な新美輝幸先生(名古屋大学大学院助教)が、実験も 交えて子どもたちの興味を引きつけながら、カブトムシの角や羽がなぜ今のような形になったのか、水のない砂漠で生 き抜くために特別な機能を持った体をしているユスリカについてなどお話してくださり、最先端の昆虫研究の分野にふ れることができた。 (次頁写真7)大昔のカブトムシは、雌雄両方に角があり、羽も体中に数え切ほどたくさんの羽が 生えていたが、暮らしに必要がなくなり退化してなくなってしまったことを封入標本を見せながら教えていただき、子 どもたちは驚きの表情を見せた。 (写真8)また、干からびたユスリカを触らせてくださると、 「死んでるね」と子ども たちは口々につぶやいたが、水に浸してしばらくすると動き出した。双眼顔実体顕微鏡で観察すると、ユスリカは水の 中をくるくる回るように元気に動いていた。 (写真9) 「どうして?」の声が上がり、新美先生は、ユスリカが水の全く ない砂漠は乾燥したまま生き延び、水のある場所で体を戻す機能になっていることを説明し、 「昆虫は、今いる環境に あった暮らし方ができる姿形をしている」ということを教えてくださった。 写真7 写真8 写真9 この講義をきっかけに、各昆虫の特徴的な体のつくりには、暮らし方に役立つ意味がありそうなことに視点を向ける 子どもが増えた。資料6のように、これまでに習得した知識や、調べから得た情報を活用して、新たに昆虫の生態につ いての見方や考え方がひとり学習に表れるようになった。 資料6 チョウのストローのような口は、ふだんは、とんでいどうするから丸まっているけど、 クロアゲハの口の形 花のみつをのむためには、花のおくの方にあるみつまでとどかないと生きていけない (児童A) から、のむときだけのびる形をしていると思う。 アカイエカの羽について調 べた児童 カマキリの前足とじょうぶ な顎について調べた児童 カミキリムシの触覚につい て調べた児童 こん虫のなかまなのに、羽が2まいしかないと分かった。でも、後ろ羽は小さくなっ て、平きんこんという名前でのこっていた。でも、この平きんこんがないと、バラン スがとれなくてとべないとわかった。カブトムシと同じように、ひつようがなくなる と小さくなったりなくなったりすると思った。 カマキリは、動く虫をつかまえるから、かまの形をした前足がべんり。あごがじょう ぶなのは、かたい虫をかみくだいて、むしゃむしゃ食べるためにあると思う。 他の虫よりうんと長いしょっかくは、夜活動するからよく見えないので、えさやてき をさがすのに役に立つ。 チョウの専門家の杉坂先生は、この児童Aの「ストローのような口の形」という観察結果について、実は「ストロー」 の仕組みではないことを、実験を交えてクイズ形式で子どもたちに伝えてくださることになった。 児童Aは、学校の花壇で捕まえたチョウを花といっしょに飼育ケースに入れ、教師が支援してデジタルマイクロスコ ープで蜜を飲む瞬間の撮影に成功していた。すっと伸びた口が花の奥の方にもぐりこみ、まるでジュースを飲むように 吸っている様子がはっきりと分かった。その映像をみんなに見せながら、自分のチョウの口の形についての調べと考え を述べ、みんなはどう思うかと尋ねた。どの子どももストローみたいと言った。そこで、杉坂先生がクイズを出された。 「チョウが蜜を吸う仕組みは、次のうちどれでしょう。1番、ストローのように穴が空いている。2番、スポンジみた いにふわふわで吸い取っている。3番、2枚の板のように平たくてくっついてる。さあ、どれでしょう」子どもたちは、 そう言われると迷い出し、 「ストローの穴」と「スポンジ」に意見が分かれた。しかし、正解は3番で、2枚の紙をぴ ったり合わせて先端をアルコールに浸す実験を見せられた。吸ったわけではないのに、先端についたアルコールはすっ と吸いこまれるように紙の中央部下まで伝わっていった。 (次頁 写真 10)歓声を上げる子どもたち。チョウは、蜜を 自ら吸っているのではなく、力を加えなくても吸い上げることのできる機能が体に備わっていることを理解することが できた。専門的な知識を、モデル実験により実感を伴って理解した一場面であった。児童Aの納得できたという充実し た表情に、環境に適応したチョウの体のつくりへの理解が高まりを見せた瞬間であった。 (4)ものづくりや書く活動による学びの定着と実感を伴った理解の深まり 写真 10 調べた昆虫の体のつくりを、模型で表す活動を取り入れた。 3色の紙粘土で「頭,胸,腹」を作り、モールで足と触覚を 付けた。羽は色画用紙で作り、目や節、突起部分など特徴的 な部分は各自工夫した。 (写真 11)また、追究のまとめとし て3年1組ふるさと男川昆虫図鑑を作った。一人1ページ担 当し、姿形の特徴から体の各部分のひみつ、そして餌と住む 環境とのかかわりなどをまとめ,完成発表会を開くと、どの子 も図鑑に書いたことを原稿やメモ等なしで、自信を持って発 表できた。(写真 12) 児童Aは、冷凍しておいたチョウを、マイクロスコープを通して提示し、口の形や燐粉の様子、 後ろ羽根の突起について、その秘密を学級のみんなに伝えることができた。杉坂先生に教えていただいた蜜を吸う仕組 みをはきはきと発表し、チョウ博士になろうという目標に向かって追究してきた学びを、科学的根拠をもった見方考え 方で説明でき、表現力を伸ばした(写真 12) 資料7は、児童Aのクロアゲハのページである。 資料7 写真 11 写真 12 (資料7の児童 A の記録) 写真 13 花の近くにいる。メスがさんらんに来ると, オスがついてきて,飛行機ダンスが始まる。し ょっかくは空気中をただよう花のにおいをかぎ わける。目はふくがんといって、小さな目がた くさん集まってできていて、ものの動きを知る ことができる。足は6本あるけど、あまりじょ うぶでない。後ろ羽のでっぱりは、鳥などにつ かまった時に切ってにげるのに役立つ。りんぷ んという細かいこなでおおわれていて、水をは じくので雨にぬれない。小あごが細長くのびて できたものが口。花のおくにあるみつをすうこ とができる。ミカンの葉に卵をうむ。羽で花の あるところに飛んでいける。 発表の姿に昆虫についての知識の定着を感じ、また、自分の 目で、自分の手で本物の自然と向き合って追究してきたことで 実感を伴った理解の深まりを感じることができた。 全員のページを本の形に綴じて、3年1組の昆虫図鑑は完成し た。 (写真 13)ふるさと男川の小さな昆虫博士たちの学びの証で ある。 4 仮説の検証と考察 < 仮説Ⅰ に対する手立てについて> 手立て① 一人1匹以上昆虫を飼育し、継続観察する場の設定 特に、昆虫に対して抵抗をもっていた児童Aにとっては、卵からの世話は怖さや嫌悪感を抱くことなく虫との触れ合 いを始めることができた。P5の下線部分に表記したように幼虫の成長と共に児童Aの知的好奇心とチョウへの愛着が 大きくなっていったことが伺える。中には、途中で死んでしまったり寄生されたり、羽が伸びずに生き延びられなかっ たチョウもいた。世話を怠って後悔した子どももいた。その体験や思いも授業の中で伝え合う場面をつくり、失敗や悲 しみも共有しながら学んできた。 P6の資料2および資料3にあるように、 児童Aはチョウの行動や変体の様子について 羽2枚 触覚が丸まる 足なし 体1つ (学習前) 羽4枚 足は胸から6本 目は複眼 体は3つの部分 口は板2枚の形 (学習後) 諸感覚を使って観察し、自分の言葉で記録を 続けた。P6資料4TC表の児童Aの発言の 資料8 ように、本物のチョウを手にとって観察し、 羽の枚数を実感している。右上の資料8は、児童Aが学習前と本単元学習後に書いたチョウの体のつくりについての図 である。児童Aのチョウの羽への知的好奇心は、この後P9資料7に見られる後ろ羽に出っ張りがある訳や燐分の役目 についての学びにまで発展していくこととなる。 手立て② 昆虫採集に行き、捕まえた昆虫を標本にする活動 P7の下線部分にあるように、実物の昆虫を採集、胸のピン刺し、展翅、展足する体験は、昆虫の体の6本つくりを まさに実感できる活動となった。諸感覚を使うことは図鑑や映像資料からでは得られない情報が、強いインパクトで子 どもたちの脳裏に焼き付いた。上記資料8の児童Aの学習前と学習後のチョウの体のつくりのスケッチを比較すると、 この活動の有効性がはっきりと見えてくる。 < 仮説Ⅱ に対する手立てについて> 手立て③ チョウ博士の実験観察を伴う講義と実習 手立て④ カブトムシ博士の実験観察を伴う講義と実習 チョウの口の仕組みがストローでないという事実は、児童Aには衝撃的であったが、P8の資料6やP9の下線部分 からも分かるように、昆虫の生態の少し深い部分に足を踏み入れることでき、知的好奇心が刺激され、環境に適応して 生きていることへの理解が高まりを見せた。またP9資料7の記録のように、特徴的な体のつくりが暮らし方に役立つ という新たな見方や考え方をもつことにつながった点も有効であった。 < 仮説Ⅲ に対する手立てについて> 手立て⑤ 昆虫模型づくり 手だて②の標本作りで、昆虫の体のつくりについて得た実感を伴った理解がここで活用された。児童Aは、正しく体 のつくりを模型に表現することができたが、カブトムシの頭やバッタの胸の形のように複雑に分かれる部分を作った児 童は、体の分かれ方の一部を正しく作ることができなかった。標本では背中側からの観察はしやすいが、隠れた羽や足 の付け根は観察しにくい。反対側からの姿形も見ることのできる標本の作り方を検討することが課題である。 手立て⑥ 3年1組オリジナル昆虫図鑑づくり P9中央の下線部分のように、自分の手で昆虫図鑑を書き上げることは、理解力に加え科学的根拠を持って思考、判 断、表現する力につながった。自分の調べを自分のものとして、何に頼らずとも言葉が口からあふれ出る児童Aの発表 する姿はまさにチョウ博士だった。 5 おわりに 秋になり、相変わらず多くの虫を見つけては教室に持ってくる子どもたちであるが、その虫たちが教室に滞在する時 間は逆に短くなった。 「昆虫が暮らす場所に返してきたよ」と微笑む子どもたち。教室の床に出てきたゴキブリでさえ、 普通なら叩いて殺してしまうだろうが、大事に捕まえて「ぼくたちの給食は食べるなよ」と外に逃がしに行ったのには 驚いた。本研究で教材となってくれた大自然の昆虫たちに感謝したい。子どもたちの学びに携わった昆虫たちは、その 生態のみでなく、生き物の命を感じる心まで教えてくれた。
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