自殺予防における保健所の役割:自殺予防活動の現場から 河西千秋 自殺予防学会理事 横浜市立大学医学部精神医学 准教授 わが国で自殺問題が深刻化しているが、そもそも自殺が激増した平成 10 年よりも以前から、日本 の自殺率は先進国中最悪の水準であり、長くこの問題が放置されていた事こそ問題だったのであ る。実際には、自殺予防の基本概念に基づき、有効な自殺予防方略が確立されているのにもかか わらず、これが広く実施されていないという“不作為”の問題がそこにはあり、日本の社会保障、ある いは保健・福祉システム不全というさらに大きな問題が、そこには横たわっている。 今や自殺は公衆衛生学上の最重要課題となっている。その莫大な死亡数から明らかなように、 自殺は少年から壮年期のどの年代においても死因の第 1 位から 3 位を占め、早世の大きな要因と なっている。自殺のほとんどに健康問題が関与しており、少なくても 80%以上に精神障害が関与して いる。最近の大規模住民調査により、精神障害に罹患したことのある住民が相当数に上るのにも 関わらず、多くが精神医療を受療していないことが明らかとなっている。このことから自殺問題の裾 野は非常に広いことが分かる。自殺対策を講じる上では、危険因子の把握とそこへの対応が重要 であるが、精神疾患とともに、最も強力な危険因子として知られているのは自殺未遂・自傷行為の 既往である。これらの自殺関連行動の件数は、自殺の約 10‐20 倍にもなることが示唆されている。 自殺予防方略には、自殺の危険因子を有する、「ハイリスク者」への対策と、「地域への介入」と いう 2 つの課題がある。ハイリスク者対策として、演者らは、救命救急センターを拠点とした自殺未 遂者ケアを実践してきた。救命センターには多くの重症未遂者が搬送されるが、演者らは、自殺企 図による事例化を機に、未遂者に個別性の高いケース・マネネジメントを実施し、地域ケアにつなげ ている。その際に、保健所は連携の要として重要である。また、演者らは、地域への介入にも携わり、 現在、神奈川県大和市の自殺対策モデル地区事業に参加しているが、そこでは、保健所が、県精 神保健福祉センター、大和市、そして自殺対策専門家(演者)とともに、主要なプレイヤーとして事業 の企画と運営に携わり、地域住民を対象としたゲートキーパー教育を担い、保健所職員は、地域住 民のボランティア活動にも積極的に参加している。 自殺は、健康問題が行きつくところの最悪の結末であり、自殺問題は、地域保健において最大課題 の一つである。自殺対策に関して保健所に望まれることは、プライマリ・ヘルスケアの第一線機関と して、1)地域の自殺問題の実態を調査・把握すること、2)その把握に基づいて、地域の保健・福祉 に関わる問題の本質を明確化すること、そして3)保健・福祉システムの要として、諸機関とともに自 殺対策の立案と実践に自らが関与することである。
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