教育システム情報学会 2012 年度第 4 回研究会 モバイル端末と PC による学習効果の比較 -モバイルラーニング活用事例 小迫 宏行 The comparison of the learning effect by devices -the example of mobile learning Hiroyuki KOSAKO 株式会社ローソン,株式会社栄光ではモバイル端末を利用した e ラーニング学習(以下,モバイルラ ーニング)を実施している.それぞれの事例について修了テストの取得点数,学習時間,ログイン回数 を比較した結果,これまでの PC を利用した e ラーニング学習(以下,PC ラーニング)に比べ,モバイ ルラーニングは,学習機会が増え,PC ラーニングと同等の効果が得られることが判明した. キーワード:モバイルラーニング,e ラーニング,学習効果,事例 1. はじめに 2. モバイル・PC ラーニング比較 2.1 事例 1:ローソン 近年,スマートフォンおよびタブレット(以下,モバ イル端末)の出荷台数は増加し,2010 年度では前 ローソンでは,独自の教育研修プログラムを「ロー 年比 391.2%に達し,2011 年度以降も毎年 20%前 ソン大学」として名づけている.ローソン大学では, 後の伸びが予想されている(1).2012 年 6 月にはモ 入社から幹部育成まで,「必要な人」が「必要なとき」 バイルラーニングコンソーシアム(3)が設立され,モバ に「必要な内容」を学べるように,早くから e ラーニン イルラーニングの取り組み事例や学習環境の構築も, グを導入している.新入社員研修に限れば,これま モバイル端末の出荷数に比例して増加するものと考 では PC ラーニング含む知識研修と店舗研修は えられる.先進的な事例として,大阪府立大学看護 別々の時期に実施していた. 学部では,約 70%の学生が「役に立った」との評価 2011 年度からは研修効率をあげるため,知識研 したにおけるゲーム端末を活用したユビキタス学習 修には場所や時間を選ばないモバイルラーニングを (2)があげられる.しかし,より具体的な学習効果につ 採用し,知識研修と店舗研修を並行して実施するこ いて着目した場合,従来の PC ラーニングでは,学 ととした.モバイル端末は以下のような仕様である. 習の有無によって客単価が 1,241 円の差が出るなど 端末(OS):Galaxy Tab(Android2.3) 高い学習効果を出している事例 (4)(5) はあるものの, ネットワーク:3G および WiFi モバイルラーニングに限れば,現状同様の報告が少 学習内容が同一の 6 教材について,2010 年度以 前入社(3-5 年目)の PC ラーニング修了者 437 名と, ないのが現状である. そこで本論文では,株式会社ローソン(以下,ロー 2011-12 年度入社のモバイルラーニング修了者 123 ソン)と株式会社栄光(以下,栄光)のデータをもとに, 名を対象に,取得点数,学習時間,ログイン回数を 学習効果を修了テストの取得点数とした場合の使用 比較した.結果を図1に示す.モバイルラーニング修 端末の違いによる学習効果の違いを調査した. 了者の方が修了テストで 0.86 点,学習時間で 33 分, ログイン回数で 11.2 回,それぞれ値は上昇した. 1 教育システム情報学会 2012 年度第 4 回研究会 2.2 事例 2:栄光 栄光では運営している学習塾,栄光ゼミナールで の学生講師を育成するために,これまで DVD を配 布していた.対面でのコミュニケーション研修の時間 を増やすため,2010 年度から知識学習については PC ラーニングを導入した.当初は Windows OS の みでの受講を可としていた.しかし,受講者から他の OS や端末の利用の要望が多いことから,モバイルラ ーニングの環境を構築し,2011 年度から運用を開 始した.動作対象としたモバイル端末は以下とした. OS:Android2.2/2.3,iOS4.2/4.3/5.0/5.1 ネットワーク:3G および WiFi 学習内容が同一の 6 教材について,PC ラーニン グ修了者 4,307 名と,モバイルラーニング修了者 2,205 名を対象に,ローソンと同様の項目を比較し た.結果を図 3 および図 4 に示す. 図 1 モバイル端末と PC との学習比較 また図 2 のモバイルラーニング修了者へのアンケ ートから,移動中の電車の中や店舗,外出先など PC ラーニングでは実現できない学習方法が全体の 40%に達していた. 図 3 学習比較(学習時間) 図 2 モバイル端末での学習時間・学習場所 以上から,モバイルラーニング修了者は短時間, かつさまざまな場所で学習し,モバイルラーニングは PC ラーニングと同等の学習効果が得られる,という 図 4 学習比較(点数とログイン回数) ことが確認できた. 2 教育システム情報学会 2012 年度第 4 回研究会 ローソンの場合と同様に,モバイルラーニング修 アニメーションと音声との同期をすることで学習 了者の方が,修了テストで 0.38 点,学習時間で 12 効果の向上が期待できる場合は,アニメーション 分,ログイン回数で 0.25 回,それぞれ値は上昇した. を動画に変換した(図 6). これにより栄光の場合も,モバイルラーニングは PC PC 画面 ラーニングと同等の学習効果が得られる,ということ ポップアップ表示 が確認できた.ただし,その差はローソンの場合と比 較して僅差となった.要因として以下が考えられる. 使用教材が動画中心であり,ローソンの教材より もインタラクティブな操作が少ない 受講者が大学生のため,モバイル端末の利用に 慣れている モバイル端末画面 3. モバイルラーニング用教材の作成 大き目の ボタン モバイル端末と PC の違いは画面の大きさと操作 ポップアップ表 示を画面下へ 性である.表示解像度はほとんど変わらないが,物 理的な画面は PC の方が大きい場合が多い.また, 画面を元の大き さに戻すボタン ポップアップやドラッグ&ドロップなどモバイル端末 では実現が困難な機能が,PC では標準機能として 存在する.したがって,PC で動作していた教材を単 図 5 モバイル端末と PC の画面構成の違い にモバイル端末上で動作させるようにしただけでは PC 画面 見づらく操作性が悪いため,PC ラーニング相当の 学習効果が得られないと考えた.ただし,ローソンの ように PC ラーニング用教材の資産が相当数ある場 合,モバイルラーニング用の教材を一から開発する ことは,コスト面から実現は不可能である.そこで, PC ラーニング用の教材の一部に,以下のような変 更を必要に応じて加えた. 画面構成はシンプルな作りとし,ボタン類はタッ プが容易なように大きめにした.マウスオーバー モバイル端末画面 やポップアップなど PC 専用の機能は削除,もし くは別機能とした(図 5). 物理的に画面が小さくなる部分では,ピンチイン, ピンチアウトを有効活用した.また,元の大きさに すぐに戻せる機能などモバイルラーニング用の 機能を追加した(図 5). iPhone や iPad では,Flash で作成した教材は そのままモバイル端末上では動作しないため, HTML5 などで作り直す必要がある.そのためコ スト面も考慮し,アニメーションと音声は同期させ 図 6 動画映像を使った教材 ない作りとした. 3 教育システム情報学会 2012 年度第 4 回研究会 4. まとめ 参 考 文 献 ローソンと栄光の事例からモバイルラーニングに (1) 矢野経済研究所,“2011-2012 スマートフォン/タ ついて次のことが言える. ブレット/エマージングデバイス世界市場動向調 モバイルラーニングの学習効果は PC ラーニング 査” のそれと同等 (2) 真嶋由貴恵,中村裕美子,前川泰子:“看護教育 モバイルラーニングの学習時間やログイン回数 における臨地実習用ユビキタス学習の環境”, 教 育システム情報学会誌 Vol.27 no.1,pp100-110 の増加は,学習機会が増加したことを示す PC ラーニングと同等の学習効果を得るには,必 (2010) 要に応じてモバイルラーニング用の機能付加や (3) モバイルラーニングコンソーシアム, http://www.elc.or.jp/tabid/454/Default.aspx 操作を変更する (4) 橋本真治, 小迫宏行:“e ラーニング教材を使っ た学習成果が企業業績に及ぼす影響”, 教育シ 5. ステム情報学研究報告 Vol.24 no.4(2009-11)e 課題と今後の展望 ラ ー ニ ン グ 環 境 の デ ザ イ ン と HRD(Human Resource Development)/ 一 般 , pp.46-49 「教材は分かりやすく,学習しやすかったですか」 というローソンでのアンケートに対して,「学習しやす (2009) かった」,もしくは「どちらかいうと学習しやすかった」 (5) 石井幸雄,小迫宏行:”オートバックス社の e ラー と回答した人は 62.5%,「どちらかというと学習しにく ニングを利用した社員教育”,教育システム情報 かった」,もしくは「学習しにくかった」と回答した人は 学 会 誌 Vol.18 No.3/4 2001 秋 ・ 冬 合 併 号 37.5%となり,1/3 が学習のしにくさを感じていた.具 e-learning 解説特集(第 2 回),pp.433-436 体的には「紙の方が物理的にページをめくることが (2001) できて学習しやすい」「7 インチでは画面が小さく,文 字が読みにくい」,といった意見である.今後は,見 筆 者 紹 介 た目や操作性を考慮した,モバイルラーニング用の 画面表示方法の標準化が必要である. 小迫 宏行 また,今回は学習効果を,修了テストの取得点数 と仮定した上で検証を行ったが,実現場での効果に 1989 年同志社大学工学部工業 ついては未検証である.今後は,覆面調査などを活 化学科卒業.同年富士通株式 用し,学習後の効果測定を実施する予定である.そ 会社に入社.2001 年株式会社 の他,学習意欲に関するモバイルラーニングと PC ラ 富士通ラーニングメディア プロ ーニングの差の調査や,既存教材に工夫を加えるこ ジェクト課長を経て, 2007 年株 となく,モバイルラーニング,PC ラーニングの両方に 式会社ライトワークスに入社. 高い学習効果が得られる,教材開発手法の確立な 2008 年執行役員技術部長,現在に至る.e ラーニン ども行っていく予定である. グ教材開発,およびラーニングマネージメントシステ ムの企画設計・開発・運用に従事.教育システム情 報学会会員. 謝辞 本論文の執筆にあたり,学習データを提供いただ いた,株式会社ローソン様,株式会社栄光様に感謝 申し上げます. 4
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