ペットショップにおける ペットショップにおける パピーテストの有用性 パピーテストの有用性 飼い犬の将来の行動を ペットショップで予測することができるか? 石川 圭介・植竹 勝治・田中 智夫 麻布大学 獣医学部 動物行動管理学研究室 Lab. of Animal Behavior and Management 一般に飼い犬を選ぶ際には自分の生活に合った行動特性をもつ犬種 を選ぶことが推奨されています。しかしながら、同一犬種であっても イヌには大きな個体差が存在し、自分の望む行動特性をもった個体を 入手できるとは限りません。 1 パピーテスト ■ 若齢犬(49∼70日齢)の行動 “パピーテスト” で予測 ■ 成犬(パピーテスト後)の行動 z パピーテストの結果は将来の行動を反映しない z パピーテストの信頼性は低い 実験的環境下ではいくつかのテスト項目は 時間を隔てても安定していた 第8回大会で報告 Lab. of Animal Behavior and Management そこで、よく行われるのがパピーテストと呼ばれる行動テストです。 これは、10個前後の簡単なテストを実施することで子イヌの将来の 行動を予測しよう、というものです。しかしながら、このパピーテス トには科学的な裏付けがほとんど無く、長い間信頼性が低いのではな いかと言われてきました。そこで、我々はこのテストの信頼性を、柴 犬を用いて実験的環境下で検証し、テスト項目全てに高い信頼性があ るわけでは無いものの、いくつかのテスト項目は長期間個体に定常的 な行動特性を測定することが可能であることを昨年の本学会で報告し ました。 しかしながら、前回の報告では環境変化のほとんど無い実験的な条 件下において行なった検証であり、実際のコンパニオンアニマルを選 択する現場ではパピーテストに有用性があるのか、疑問が残りました。 2 ペットショップ 環境下における検証 ■ 非統制環境下におけるイヌの 行動特性測定 Lab. of Animal Behavior and Management そこで、今回は実際にイヌを手に入れる際に最も多く利用されてい ると思われる「ペットショップ」という環境下における「パピーテス ト」およびその他の行動テストの有効性に関して検証しましたので、 報告いたします。 3 材料および方法 ■ 実験場所: ペットショップ(東京都町田市) ■ テスト項目: z パピーテスト ... 38頭(♂16・♀22)- 18犬種 z 診療反応テスト ... 68頭(♂32・♀36)- 21犬種 2つの行動テストについて、複数回の測定で 得られるスコアが、個体で安定しているか z 子イヌ社会化スクール ... 17頭(♂9・♀8)- 13犬種 2つの行動テストのスコアは、その後の子イヌの行動と どのような関連性を持っているのか Lab. of Animal Behavior and Management 本研究では、東京都町田市にあるペットショップにおいて実験を行 ないました。 まず、ペットショップ内において「パピーテスト」「獣医師診療テ スト」の2つの行動テストを複数回実施し、繰り返しの測定に対し個体 に定常的な傾向が認められるかを検証しました。 その後、ペットショップが主催する「子イヌ社会化スクール」を利 用して、上記二つの行動テストを実施した子イヌが社会化スクールに 参加した時にその行動を観察し、事前のテストスコアとその後の行動 がどのような関連性を持っているのかを調査しました。 4 測定項目:診療テスト - 実施 - 獣医師の4つの診療手技に対する子イヌの反応をみるテスト ■ ■ 獣医師 ■ 獣医師A(女性) ■ 獣医師B(男性) テスト実施日 ■ 初回診療 (導入週) ■ 2回目診療(導入2週間後の定期診療) ■ 3回目診療(導入4週間後の定期診療) Lab. of Animal Behavior and Management 診療テストでは、2名の獣医師による診療手技に対する子イヌの反応 を測定しました。 供試犬はペットショップに導入されると最初の週に初回診療を各々 の獣医師から受け、その後、2週間ごとに診療を行ない、各診療間のス コアの安定性を検証しました。 5 測定項目:獣医師診療テスト 獣医師の4つの診療手技に対する子イヌの反応をみるテスト ■ 外耳道検査 ■ 膝蓋関節検査 ■ 検眼 ■ 胸部聴診 ■ 評定項目(5段階評価) ■ 親和的・遊戯的反応 ■ 抵抗的反応 ■ ストレス的反応 (加えて全診療の平均を算出) Lab. of Animal Behavior and Management 診療テストでは、獣医師の4つの手技に対する子イヌの反応を測定し ました。 左から、耳鏡を外耳道内に挿入して検査を行なう「外耳道検査」、 膝蓋関節の脱臼・弛緩の有無を確認する「膝蓋関節検査」、ライトを 用いて眼を視診する「検眼」、聴診器を用いた「胸部聴診」、以上の4 つの手技を刺激として用いました。 子イヌの反応は、「親和的・遊戯的反応」、「抵抗的反応」、「ス トレス的反応」の3つの評定項目について、おのおの「強い反応を示 す」から「全く反応を示さない」までの5段階に評定しました。 6 結果:診療テストの安定性 外耳道検査 獣医師A 3回の診療スコアの 初回診療と 初回診療と 2回目診療と 一致性 2回目診療の相関 3回目診療の相関 3回目診療の相関 親和的・遊戯的反応 抵抗的反応 ストレス的反応 膝蓋関節検査 親和的・遊戯的反応 w=0.65 (p<0.05) ρ=0.63 抵抗的反応 ストレス的反応 検眼 w=0.67 (p<0.05) (p<0.05) ρ=0.61 (p<0.05) ρ=1.00 (p<0.01) 親和的・遊戯的反応 ρ=0.63 (p<0.05) ρ=0.55 (p<0.05) 抵抗的反応 ストレス的反応 胸部聴診 親和的・遊戯的反応 w=0.67 (p<0.05) ストレス的反応 w=0.67 (p<0.05) 親和的・遊戯的反応 w=0.58 (p<0.05) 抵抗的反応 全診療平均 ρ=0.53 ρ=0.68 (p<0.05) ρ=1.00 (p<0.01) (p<0.05) 抵抗的反応 ストレス的反応 一致性の検証にはKendallの順位一致係数(w)を、相関性の検証にはSpearmanの順位相関係数(ρ)を使用 その結果、獣医師Aの手技では、初回診療と3回目診療の関係が強く、 外耳道検査と検眼の評定項目にはほとんど安定性がみられませんでし た。 7 結果:診療テストの安定性 外耳道検査 親和的・遊戯的反応 獣医師B 3回の診療スコアの 初回診療と 初回診療と 2回目診療と 一致性 2回目診療の相関 3回目診療の相関 3回目診療の相関 w=0.78 (p<0.01) ρ=0.64 (p<0.01) ρ=0.58 (p<0.05) ρ=0.79 (p<0.01) ρ=0.50 (p<0.05) ρ=0.52 (p<0.05) ρ=0.66 (p<0.01) ρ=1.00 (p<0.01) ρ=0.71 (p<0.01) ρ=0.53 (p<0.01) 抵抗的反応 ストレス的反応 膝蓋関節検査 親和的・遊戯的反応 w=0.61 (p<0.05) 抵抗的反応 w=0.60 (p<0.05) ストレス的反応 検眼 ρ=0.52 ρ=0.54 (p<0.05) (p<0.05) 親和的・遊戯的反応 抵抗的反応 ストレス的反応 胸部聴診 親和的・遊戯的反応 w=0.58 (p<0.05) 抵抗的反応 ストレス的反応 全診療平均 親和的・遊戯的反応 w=0.73 (p<0.01) ρ=0.62 (p<0.01) 抵抗的反応 w=0.54 (p<0.05) ρ=0.54 (p<0.05) ストレス的反応 一致性の検証にはKendallの順位一致係数(w)を、相関性の検証にはSpearmanの順位相関係数(ρ)を使用 また、獣医師Bでは獣医師Aとは逆に、初回診療と3回目診療の関係 性は薄く、2回目診療と3回目診療のスコアの間において有意な相関の みられる項目が多く認められました。 診療項目の「検眼」には、獣医師Aと同様に安定したスコアが得られ ないという結果になりました。 8 結果:診療テストの安定性 ■ ■ 膝蓋関節検査 ■ 3回の診療間における親和的・遊戯的反応 ■ 初回診療・3回目診療間の親和的・遊戯的反応 胸部聴診 ■ ■ 両獣医師 3回の診療間における親和的・遊戯的反応 全診療平均 ■ 3回の診療間における親和的・遊戯的反応 ■ 初回診療・2回目診療間の親和的・遊戯的反応 ■ 2回目・3回目診療間のストレス的反応 Lab. of Animal Behavior and Management 両者ともに診療間に安定性の認められた項目をまとめると、このよ うになりました。 「外耳道検査」と「検眼」では共通して安定している項目は認めら れず、感覚器に対する検診では、ランダムな刺激の強弱が子イヌの反 応に大きな影響を与えてしまい、スコアが安定しないものと考えられ ました。 また、安定項目のほとんどは「親和的・遊戯的反応」であり、この 項目が診療時の子イヌの行動として安定していることが示されました。 9 測定項目:パピーテスト ヒトや物に対する子イヌの反応を 評定するテスト ■ 1回目: 57 ± 2日齢 ■ 2回目: 71 ± 2日齢 ■ 社会的積極性 ■ 持来・回収性 ■ 追従性 ■ 接触に対する敏感性 ■ 拘束に対する抵抗性 ■ 追跡・狩猟性 ■ 社会的優位性 ■ 活動レベル ■ 保定に対する抵抗性 追従性 保定に対する抵抗性 追跡・狩猟性 次に、パピーテストを2回、2週間の間隔をあけて実施しました。 このテストでは、歩き回る実験者についてくるかどうかをみる「追 従性」、持ち上げられることに対する反応をみる「保定に対する抵抗 性」、動くオモチャに対する反応をみる「追跡・狩猟性」など、一般 的に良く行われている9つのテスト項目を実施しました。 これらのテストは、パピーテスト開発者であるWilliam Campbellや、 アメリカンケンネルクラブによって、その評点方法が決められていま すが、評定項目は主観的で、また、評定も6段階または7段階とバラバ ラで、集計がしにくいという問題がありました。そこで、本研究では、 より客観的な評定記述に直し、評定段階をそろえるという改訂を行な い、評定の客観性を上げることでパピーテストの精度が向上するかど うかも同時に検討しました。 10 結果:パピーテスト - 改訂前の評定 - ■ 社会的積極性 ■ 持来・回収性 ■ 追従性 ■ 接触に対する敏感性 ■ 拘束に対する抵抗性 ■ 追跡・狩猟性 ■ 社会的優位性 ■ 保定に対する抵抗性 χ2=11.48(p<0.01) ρ=0.78(p<0.01) χ2=8.19(p<0.01) ■ 活動レベル Lab. of Animal Behavior and Management 改訂前の評定によるパピーテストにみられた安定項目は2項目に留ま りました。 前回の統制環境下での調査では、同様のパピーテストで5項目に統計 的な安定性が認められており、本調査のペットショップ環境下におい て安定性が低かったことは、ペットショップが個体の行動特性を変え るような刺激の多い環境であることを示唆しているものと考えられま した。 11 結果:パピーテスト - 改訂後の評定 - ■ 社会的積極性 ■ 持来・回収性 ■ 追従性 ■ 接触に対する敏感性 ■ 追跡・狩猟性 χ2=5.43(p<0.05) ■ 拘束に対する抵抗性 ■ 社会的優位性 ■ 保定に対する抵抗性 χ2=8.04(p<0.01) ■ 活動レベル ρ=0.66(p<0.05) χ2=5.43(p<0.05) ρ=0.69(p<0.01) Lab. of Animal Behavior and Management 次に、改訂した評定尺度によるパピーテスト評価により、安定した スコアの認められたテスト項目です。 尺度の改訂により、安定性の認められた項目が、2つから4つへと増 加しました。これにより、評定を見直すことでパピーテストの精度を 上げることが可能なものと考えられました。 12 測定項目:子イヌ社会化スクール さまざまなヒトやイヌに会うことで 子イヌの社会化を促す機会を設ける ■ 他の子イヌに対する行動 ■ ヒトに対する行動 ... 27の行動形を連続観察 獣医師診療テスト ■ 膝蓋関節検査時の「親和的・遊戯的反応」 ■ 胸部聴診時の「親和的・遊戯的反応」 ■ 全診療平均の「親和的・遊戯的反応」 ■ 全診療平均の「ストレス的反応」 パピーテスト(改訂後評定) ■ 追従性 ■ 保定に対する抵抗性 ■ 追跡・狩猟性 ■ 活動レベル Lab. of Animal Behavior and Management ペットショップ内で行動テストを実施した子イヌの何頭かは、その 後、ペットショップが主催する社会化スクールへの参加がみられまし た。このスクールは、子イヌを様々なヒトや他個体と対面させること でイヌの社会化を促すことを目的に実施されているものです。 社会化スクールでは、6カ月齢未満の子イヌが最大10頭ほど集まり、 屋内の施設内において自由に探査する機会が設けられました。この時 の行動を27の行動形について連続観察を行ない、これらの行動が事前 のテストにおいて安定していた項目とどのような関係にあるかを調査 しました。 13 結果:子イヌ社会化スクール(獣医師診療テストとの相関) 歩行 走行 ヒトへの ヒトへの 探査 注視 追従 後肢立ち イヌへの イヌへの 探査 注視 追跡 Play-bow Pawing 自己 物への 膝蓋関節検査 親和的・遊戯的反応 胸部聴診 親和的・遊戯的反応 全診療平均 親和的・遊戯的反応 全診療平均 ストレス的反応 発声 0.585 0.826 (p<0.05) (p<0.01) レスリング 威嚇/反撃 逃走 膝蓋関節検査 親和的・遊戯的反応 服従姿勢 跳ね回り 立位休息 犬座位 伏臥/横臥 休息 休息 グルーミング 探査 -0.485 -0.509 (p<0.10) (p<0.10) 胸部聴診 親和的・遊戯的反応 全診療平均 親和的・遊戯的反応 全診療平均 ストレス的反応 -0.607 0.751 (p<0.05) (p<0.01) Spearmanの順位相関係数 (ρ) 子イヌ社会化スクールにおける行動と、獣医師診療テストの安定項 目との相関はここに示すような関係になりました。 社会化スクールにおける行動は、全診療平均のストレス的反応のス コアと相関が多くみられ。診療時にストレス的な反応を示す個体は、 ヒトへの探査、ヒトに前肢をかけて立ち上がる後肢立ちといった行動 が多く、他のイヌとの遊戯行動であるレスリングは避け、他個体から の遊戯や探査に対し逃げてしまうという傾向がみとめられ、イヌより もヒトに対する依存性が高くなりました。 14 結果:子イヌ社会化スクール(パピーテストとの相関) 歩行 走行 ヒトへの ヒトへの 探査 注視 追従性 追従 後肢立ち イヌへの イヌへの 探査 注視 追跡 Play-bow Pawing 0.829 (p<0.10) 保定に対する抵抗性 0.883 0.794 (p<0.05) (p<0.10) 追跡・狩猟性 活動レベル 発声 追従性 レスリング 威嚇/反撃 逃走 服従姿勢 跳ね回り 立位休息 犬座位 伏臥/横臥 休息 休息 自己 グルーミング -0.754 0.771 (p<0.10) (p<0.10) 保定に対する抵抗性 物への 探査 -0.883 (p<0.05) 追跡・狩猟性 活動レベル 0.814 -0.926 (p<0.10) (p<0.05) -0.845 (p<0.10) Spearmanの順位相関係数 (ρ) パピーテストの安定項目との相関はここに示すような関係になりま した。 「追従性」のスコアが高く評価された個体は、実際の追従行動の多 さには関連が見られなかったものの、ヒトへの注視が多く、ヒトとの 親和性の高さが認められました。 また、保定に対する抵抗性の高さは、他個体を追いかけたり、積極 的に遊びに誘う行動と関連性があり、イヌに対して活発に働きかける 傾向が認められました。 追跡・狩猟性の高かった個体は発声が多く、活動レベルの高い個体 は犬座位休息が少ないといった傾向も認められました。 15 まとめ ■ ペットショップ環境下においてもパピーテストは有効 ■ パピーテストは評定を見直すことで精度が向上 ■ 獣医師の診療に対する反応にも時間的定常性を確認 ■ パピーテストと獣医師診療テストのスコアは、 その後の子イヌの行動といくつかの関連性が認められる Lab. of Animal Behavior and Management 以上の結果から、ペットショップ環境下においても、パピーテスト のいくつかの項目には個体に定常的な傾向が認められ、パピーテスト の有効性が確認できました。 また、パピーテストは、評定を見直すことで精度が向上することが わかりました。 さらに、獣医師の診療といった、ペットショップ内において日常的 に行なわれる作業に対する反応にも、子イヌには安定した行動傾向が 認められ、こういった作業を行動テストとして利用する可能性が示唆 されました。 これら二つの行動テストでは、診療時にストレス反応の大きい個体 はイヌよりもヒトに対する依存性が高くなり、パピーテストで追従性 の高い個体はヒトへの親和性が高く、保定に対する抵抗性の大きい個 体は他のイヌに対し積極的に遊びを誘う傾向がでるなど、簡単なテス トによって子イヌの将来の行動を予測することが、ペットショップと いう環境においても可能であることが示されました。 16 謝辞 ■ 本研究において実験場所と供試犬を 提供していただいた ペットショップ 株式会社ジョーカー 南町田店 店長 中島 秀輔 氏 に深く感謝致します Lab. of Animal Behavior and Management 17
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