デジタルシネマの画質:黒の表現力 70

デジタルシネマ Now !
70
デジタルシネマの画質:黒の表現力
川上 一郎 3D 上映時の輪郭ブレをなくす目的で、
コントラスト比であるが、実際の映像シー
う気流があると“陽炎”が発生し、コント
75 年の歴史を持っている毎秒 24 コマ撮
ンでの“黒(暗部)のしまり”は白黒の格
ラスト低下とともに画面の揺らぎが視認さ
影 の 伝 統 を 離 れ て、48 コ マ・60 コ マ・
子パターン(チェッカーボード)で測定し、
れる場合もある。
120 コマへのハイ・フレーム・レートへの
150:1 以上のコントラスト比があること
次に、映画スクリーンには開口面積比率
採用や、規格策定の動きが活発に行われて
が推奨されている。
で 5 〜 8%のサウンドホールが開いており、
いる。毎秒 24 コマが動きの激しいシーン
図 1 は、実際の映画館内で、コントラス
この開口部を通してバックヤードに入り込
では、明らかにダウンサンプリングとなる
ト比を阻害する要因を示している。まず、
んだ光の再反射がある。最近のスクリーン
のは当然のことであるが、シャッター開角
デジタルプロジェクタから投影された白黒
では、背面側に金属蒸着加工や灰色のフィ
度を調整して、輪郭のブレ量を最適化する
の格子パターンは、映写室と観客席間の防
ルムを積層してバックヤードからの再反射
ことで映画としての表現を行ってきた伝統
音の為に設置された映写窓の影響を受ける。
によるコントラスト低下処理を行っている
がある。ジェームス・キャメロンによるハイ・
映写窓に使用されるガラスは、高透過率で
製品もある。特に、撮影所やポスプロでグ
フレーム・レート撮影と上映による輪郭ブ
表面反射の少ないガラスが使用されるが反
レーディングを行う試写室には、この裏面
レ減少のデモ映像も、なぜかシャッター開
射率は 1 〜 8%、光線透過率も 88 〜 98
処理を行ったスクリーンの設置が必要とな
角度を最適化したカットは含まれておらず、
%である。また、スクリーン背面に設置さ
ってくる。
恣意的な宣伝映像では無いかと感じている。
れたスピーカの音が直接反射しないように
天井・側壁・客席からのスクリーンに対
いわゆる高解像度が高画質であるとの単純
傾斜角をつけて設置されることから、平行
する再反射は、スクリーン面でのコントラ
な意見と同様に、ハイ・フレーム・レート
収差も発生することになる。
スト低下に最も大きな影響を与えることに
が高画質であるとの意見は、毎秒 24 コマ
そして、館内の空気によるレイリー散乱
なる。図 2 には、スクリーンに対する抑制
の制約の中で、どのように映像を作ってい
(晴天の空が青いのは、このレイリー散乱に
コントラストの簡易計算方法を示している。
くのかというクリエイティブな視点は存在
よる効果である)と、微粒子によるミー散
この簡易計算法では、館内の天井・客席・
しない。
乱でコントラスト比は低下することになる。
後壁・通路・側壁の実面積から、スクリー
また、映写窓の近くに、空調の温度差を伴
ンから再反射するときの投影角度を考慮し
さて、映画の持っている映像表現力で最
も重要なキーワードは、
“黒(暗部)のし
まり”であると筆者は考えている。家庭で
図1 映画館でのシステムコントラスト
図1 映画館でのシステムコントラスト 資 料 引 用 元:The Black Paper : How black affects image
資料引用元: The Black Paper : How black affects image quality
Matt Cowan, Loren Nielsen, Entertainment Technology Consultants quality Matt Cowan, Loren Nielsen, Entertainment Technology
www.etconsult.com
Consultants www.etconsult.com April 17,2004
April 17,2004
の視聴環境では、日常生活で不便を感じな
天井灯・誘導灯
い明るさの中で視聴することから、映像の
映写窓
中の黒は環境光の照度に加えて、テレビ
空気分子のレイリー散乱
微粒子によるミー散乱
空調による揺らぎ
画面への周辺物の映り込みがあることか
サウンド孔からの
再反射
ら 50:1 〜 100:1 程 度 の コ ン ト ラ ス
サウンド孔
開口率5∼7%
ト比にしかならないのが現状である。デジ
タルシネマでは、映画館内での環境光輝
度が 0.003cd/ ㎡未満と規定されており、
天井・側壁
からの反射
図2参照
ピ ー ク 輝 度 48cd/ ㎡( シ ア タ ー で は ±
サウンド孔からの
再反射
客
観
・ 射
席 反
座 らの
か
10.2cd/ ㎡)とのコントラスト比(全白・
全黒)が 1200:1 以上となることが推奨
サウンド孔
開口率5∼7%
足下誘導灯
されている。この、コントラスト比は、ス
クリーン全面にピーク輝度の白を投影した
場合と、輝度値ゼロの黒を投影した場合の
プロジェクター
出力映像
投射映像
スクリーン映像
61
FDI・2013・01
図2 スクリーンの抑制コントラスト簡易計算法
図2 スクリーンの抑制コントラスト簡易計算法
天井
客席
後壁
通路
側壁
合計
面積 反射率 積
0.4 0.1 0.04 スクリーン面積300平方フィート、劇場内総面積5000平方フィートと
0.2 0.2 0.04
するとスクリーン対劇場内総面積の比率は300/5000=0.06となり
0.2 0.1 0.02
0.1 0.3 0.03
結果として反射率の合計は0.14*0.06*100=0.84%となるので
0.1 0.1 0.01
抑制コントラスト=100/0.84=119となる。
1.0
0.14
あ)のスクリーンでは、カーブスクリーン
の場合、客席後列で中央部と両端部 16%
強のゲイン誤差が発生し、最前列では約 8
40
30
20
10
20
通
路
30
20
30
40
%のゲイン誤差となっている。フラットス
クリーンでは、後列で約 8%、最前列で約
7%となっている。
さて、ゲイン 2.4 のシルバースクリーン
側壁
20
客 席
10
後壁
0
側壁
10
10
ኳ஭
ࠉ
30
0
通
路
では、カーブスクリーンの場合、後列でス
クリーン中心部のゲインが 2.45 に対して、
左右の客席ではゲインが 1.9 にまで低下
しており 23%のゲイン誤差となっている。
最前列では、中心部 0.77 に対して左右両
端が 0.35 にまで低下しておりゲイン誤差
は 55%と極端に悪化している。フラット
Screen Size: The Impact of Picture and Sound , Ioan Allen, SMPTE Journal, May 1999, P.284-289より引用
スクリーンでは、最後列で中心部が 2.3、
左右両端で 1.8 と約 22%のゲイン誤差で
て各部分のスクリーンに対して再反射する
この現象は、パッシブ型 3D 上映(リア
あり、最前列では中心部 0.7 に対して左右
面積比率を決定する。次に、各部分の反射
ル D、マスターイメージ等)で使用される
両端が 0.38 となりゲイン誤差は約 46%
率を測定して各部分の面積比率に乗算し、
偏光特性を維持しながら、映像の入射方向
である。
全ての反射率の合計を求める。スクリーン
に対して 200%以上の反射率を持たせたシ
入射光軸に対する反射光量の特性では、
面積と館内総面積の比率に、この反射率の
ルバースクリーンで発生することは以前か
ゲイン 2.5 が 2.0 に低下する角度は 15 度
合計を乗算し、さらに 100 を乗算した結
ら知られていた。この対策として、2D 上
未満であり、20 度ではゲインが 1.5 にま
果がスクリーンに投影された光量に対する
映時にはキセノンランプのワット数を半分
で低下していることから、3D 映画をパッ
館内からの反射量が求められる。
にする等が映画館では行われていたが、白
シブ方式で鑑賞する場合には、スクリーン
また、天井灯や非常口誘導灯、そして足
抜け・白飛びの発生防止効果としては完全
中心軸から左右に 5 列程度の範囲で鑑賞す
下誘導灯からの光がスクリーンコントラス
なものでは無い。
ると、画面両端での光量低下もあまり気に
トに影響を与えることになる。なお、現実
また、米国ではスクリーンに曲率を持た
ならない。
の問題としては季節により観客の着衣が白
せたカーブスクリーンが多く設置されてい
ただし、2D 上映時にはスクリーン左右
色主体となったり、黒色が主体となったり
るが、このカーブスクリーンによる客席で
の光量低下が 10%以上発生することにな
して観客からの再反射の影響も現実には問
観察されるスクリーンゲインの特性につい
り、フランスでの指摘のように 2D 映画鑑
題となるが、この簡易計算法での客席部分
て紹介する。
賞には適していないことは明らかである。
の反射率を増減させて影響を推察する方法
42 フィート(アスペクト比 1.85:1)
スクリーン自体が光量を増幅する機能を持
もある。
のスクリーンが設置された 300 席の映画
っているわけでは無く、あくまでも表面に
館 で、 ゲ イ ン 1.0、1.4、1.8、2.2、2.4
塗布や練り込んだ材料の反射特性に指向性
さて、昨年 3 月フランス・カンヌで開催
の異なるゲインのスクリーンを設置して計
を持たせ、結果として光線の入射光軸に対
された CNC のカンファレンスにおいて問
測を行っている。
して、よりたくさんの光を反射させること
題提起された 2D 上映時のシルバースクリ
まず、ゲイン 1.0 となる完全拡散反射に
が目的であり、2D 上映時の色味の変化が
ーンによるホットスポット(白抜け・白飛
近いマットスクリーンでは 20:1 カーブ
無く、きっちりと黒が引き締まって見える
び)と、輝度不均一性が波紋を広げている。
スクリーン(5%曲率)では客席後列・前
特性とは相反している。
デジタルシネマでは、画面内の輝度ムラは
列ともに中央部と左右両端部でのスクリー
天井部に空間があれば、バトンで上下さ
周辺部で 75%〜 90%以内とすることが推
ンゲインは約 10%の変動範囲となってい
せるのが最善であるが、数スクリーンしか
奨されているが、3D 上映用のシルバース
る。これに対してフラットスクリーンでは、
無い小規模映画館の場合にはシルバースク
クリーンで 2D 上映を行うとスクリーン両
中央部と左右両端部でのスクリーンゲイン
リーンの固定設置は、上映可能な映画作品
サイドの輝度ムラは 40%以上となること
は約 5%の変動範囲であり、スクリーンの
が 3D に限定されてしまうことから、フラ
に加えて、輝度の高い部分(肌色や空など)
輝度均一性はフラットスクリーンが優れて
ンスの場合にはパッシブ型 3D スクリーン
が白抜け・白飛びを起こしてしまい、映画
いることがわかる。
の増加について懸念が表明されるのも当然
作品の画質を著しく損なう現象である。
次に、ゲイン 1.4(米国で一般的に使用
といえる。
されているスクリーンはゲイン 1.3 である
62
FDI・2013・01
図3シルバースクリーンによる輝度均一性問題
マットスクリーン(ゲイン1.0)
2.5
各座席位置でのスクリーンゲイン
ゲイン:2.4
ゲイン:2.2
2
ゲイン
ゲイン:1.8
1.5
各座席位置でのスクリーンゲイン
2.5
2.5
2
1.5
後列
1
前列
0.5
ゲイン:1.4
1.5
0.5
-20
-10
ゲイン:1.0
0
座席横位置
10
20
フラットスクリーン
-20
-10
0
10
20
30
座席横位置
一般的なスクリーン(ゲイン1.4)
30
観察角度
40
50
60
1.5
0.5
前列
䝥䝻䝆䜵䜽䝍䞊
㍤ᗘィ
䠑㼻
2.4
2.2
2.0
1.8
1.6
1.4
1.2
1.0
0.8
0.6
0.4
0.2
0.0
2
1.5
後列
1
前列
0.5
20:1 カーブスクリーン
-20
-10
0
座席横位置
10
20
フラットスクリーン
0
-30
30
-20
-10
10
20
30
2.5
後列
2
1.5
1
0.5
前列
2
1.5
1
0.5
前列
20:1 カーブスクリーン
-20
-10
0
10
20
30
後列
0
-30
フラットスクリーン
-20
-10
座席位置
5
0
座席横位置
シルバースクリーン(ゲイン2.4)
2.5
0
-30
0
ᶆ‽཯ᑕᯈ
0
-30
各座席位置でのスクリーンゲイン
㻴㻭㻾㻷㻺㻱㻿㻿㻌䝇䝨䜽䝖䝷䝹 㻞㻠㻜 䛾䝀䜲䞁≉ᛶ
䝀䜲䞁 ᐃ᪉ἲ
後列
1
測定環境 スクリーン幅42フィート
(1.85:1)
客席 300席 (最前列はスクリーンより15フィート)
館内横幅50フィート、奥行き90フィート
資料出所
The Effective Gain of a Projection Screen in an Auditorium
Marty Richards, Principal Engineer, Dolby Laboratories
SMPTE Mot.Imag.J, October 1,2010 vol.119 no 7 62-67
各座席位置でのスクリーンゲイン
20
2.5
2
各座席位置でのスクリーンゲイン
10
各座席位置でのスクリーンゲイン
0.5
0
前列
0
-30
30
2.5
0
後列
1
20:1 カーブスクリーン
0
-30
1
2
0
座席位置
10
20
30
10 15 20 25 30 35 40 45 50 55
SPECTRAL™ 240 3D MP
FRONT PROJECTION SCREEN DATA SHEET
Document Ref DS-048 Issue 9 June 2010
䝇䜽䝸䞊䞁
なお、スクリーンのゲイン測定方法につ
タ伝送レートが 250Mbps のままでフレー
最大の映画興行チェーンとなった WANDA
いては、図に示しているように入射光軸に
ムレートだけを増加させることは、単純に
グループの今後の展開も含めて中国の映画
対して 5 度以内の角度で、スクリーンの中
JPEG2K での圧縮率を上げる方法でしか対
興行市場がどのように改革開放へと進むの
心付近を輝度計で計測することが規格とな
応できないために、輪郭ブレを現象させた
かが注目される。すでに、海外作品の上映
っているが、現在の 3D 上映方式の多様化
効果よりも、周波数成分を抜かれてしまっ
枠は 30 本にまで拡大しているが、日本映
などで問題となっている、観客席への指向
た画質低下の問題が大きくなってしまう。
画についての公開枠は作品次第とのニュア
特性の正しい評価方法も含めて議論が高ま
この、サーバー〜プロジェクター間のデ
ンスである。
っている。また、スクリーン面での輝度均
ータ伝送レート改善は、サーバーやプロジ
一性測定方法についても現行のチェッカー
ェクターのファームウェア書き換えのみで
ボードパターンでの測定では周辺部の影響
対応できる組み合わせや、ハードウェア更
が加味されていないことから、より実態に
新の必要な組み合わせ等があり、一筋縄で
引用文献
1)“The Black Paper:How black affects image
quality”,Matt Cowan,Loren Nielsen, Entertainment
Technology Consultants,
www.etconsult.com, April 17,2004
あった測定手法についての議論が始まって
はいかないところがある。また、費用負担
いる。
の問題も VPF によるデジタル機器の場合
はどのような経費負担となるのかは、興味
今後も、映画館で鑑賞するデジタルシネ
深いところである。
マの画質が映像コンテンツの最上位であり
続けるためには、映画館上映環境での黒の
日本国内も 85%のスクリーンがデジタ
しまり、そして家庭では味わえない音響が
ル化され、DLP-Cinema 機を販売する 3
必須であると筆者は感じている。朝一番で
社から低価格の S2K 機が勢揃いしたが、
の輝度レベル確認に加えて、定期的な画面
今後の単館系映画館のデジタル化動向が気
内輝度分布の確認、そして色均一性の確認
にかかるところである。中国では、国立研
が上映側の画質保証に関わる責任範囲だと
究所である電影科学技術研究院の支援を受
したら、配給側はより低圧縮率の DCP 素
けて、中国製の大画面上映システムである
材を配給して頂きたいものである。現状の、
DMAX がオープンした。米国第二位の映画
シネマサーバー〜プロジェクター間のデー
興行チェーンである AMC を買収し、世界
2)“Screen Size:The Impact of Picture and Sound”
,
Ioan Allen,SMPTE Journal,May 1999,P.284-289
3)
“The Effective Gain of a Projection Screen in
an Auditorium”,Marty Richards, Principal Engineer,
Dolby Laboratories, SMPTE Mot.Imag.J, October
1,2010 vol.119 no 7 62-67
4)SPECTRAL ™ 240 3D MP,FRONT
PROJECTION SCREEN DATA SHEET ,Document
Ref DS-048 Issue 9 June 2010, HARKNESS
5)“Color and Mastering for Digital Cinema”,
Glenn Kennel, Focal Press, ISBN-13:978-0-24080874-1, ISBN-10:0-240-80874-6
Ichiro Kawakami
63
FDI・2013・01