途上国の評価能力向上:ベトナムの事例

○○○○
第
5章
途上国の評価能力向上:ベトナムの事例
湊 直信,菊池 正
要約
開発途上国は,二国間援助機関,国際機関,国際 NGO から多くの援助
を受けているが,それぞれの援助モダリティ,重点分野,援助目標,援助
の実施プロセス等は大きく異なっている.その結果,それぞれの評価方法
も様々である.開発援助は主に途上国のために実施されるはずであり,そ
の意味では評価も途上国側のイニシアチブで実施されるべきである.それ
により,途上国側にとっての援助の評価が可能となる.また,評価結果が
途上国側の政策,プログラム,プロジェクトの計画,立案段階にもフィー
ドバックされなければならない.しかしながら,援助側が評価に関して,
評価基準,評価の対象,フィードバック方法等の重要な要素の殆どを決定
する援助側主導の評価となっている場合が多いのが現状である.多くの場
合,開発援助プロジェクトやプログラムを評価する場合には,援助側とホ
スト国側が協力して合同評価が実施されているが,途上国がオーナシップ
を持った“真の合同評価”を実施するためには,ホスト国の制度面,人材
面での能力不足などの課題の克服が必要である.
本稿では事例としてベトナムを取り上げ,ベトナムの評価能力向上への
具体的な取組みと進捗状況を紹介した.ベトナムでは計画投資省が行動計
画(2006−2010 年)を掲げ,ODA のモニタリング・評価に関する国家シ
ステム開発を進めている.日本からは JICA による技術協力と JBIC によ
る有償資金協力の合同評価の準備が進められている.これらの一連の評価
能力向上に関する支援の背景にはオーストラリア国際開発庁(AusAid)に
118
第 5 章 途上国の評価能力向上:ベトナムの事例
よるモニタリング評価能力向上のための支援 VAMSEPII(2004−2007 年)
の実施があった.現在は,VAMSEPII によって作成されたマニュアルが
活用され,ドナー側とホスト国のベトナム側との協働によって,更なる評
価能力向上が進行中である.今後の課題とし,以下を記した.1)評価の
説明責任,そして透明性を確保するためにも,評価クラブ・学会の設立で
は,省庁だけでなく大学,研究機関,民間企業,NPO 等からの横断的で
幅広い参加が望まれる.2)評価手法はログフレーム(投入,活動,アウ
トプット,アウトカム,ゴール)による手法の浸透を当面は優先するが,
将来は他の手法も検討する.3)評価デザイン作成のためのワークショッ
プの開催や,参加型評価の活用を検討する必要がある.4)今後の需要増
加が見込まれる有償資金協力で,評価の段階での援助協調の面から,他の
援助国との合同評価を検討する必要がある.
1.途上国の評価能力向上への多様なアプローチ
開発途上国は,一般に,二国間援助機関,国際機関,国際 NGO から多
くの援助を受けている.それぞれの援助モダリティ,重点分野,援助目標,
援助の実施プロセス等は大きく異なる.そして,それぞれの評価方法も
様々である.多くの場合,開発援助プロジェクトやプログラムを評価する
場合には,援助側とホスト国側が協力して,合同評価を実施することにな
っている.開発援助は主に途上国のために実施されるはずであり,その意
味では評価も途上国側のイニシアチブで実施されるべきである.それによ
り,途上国側にとっての援助の評価が可能となり評価結果も途上国側の政
策,プログラム,プロジェクトの計画,立案段階にフィードバックされ易
くなる.途上国側が主体性を持って,複数の援助機関との合同評価を行う
ようになれば,方法の異なる援助に関する取引費用の削減や評価段階の援
助協調の促進にもつながる.
ただし,実態的には援助側が評価に関する重要な要因の殆どを決定する
援助側主導の評価となっている場合が多い.一般に,開発援助の評価では
多くの要素において援助側が被援助側よりも優位に立っている.評価を実
○○○○
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施する人材,組織,予算において援助側が大きく勝っており,評価の手法,
知識,経験も援助側が多くを有している.評価に関する研究や人材育成の
機会も援助側に多い.また,援助側と被援助側の評価に対する動機の強さ
にも大きな違いがある.援助側には納税者に対する説明責任や,法律上,
管理上評価が義務づけられていることが一般的であり,評価の要素に外交
政策上の利益も含まれる.つまり,評価結果の使用目的が明確で有り,そ
の結果,目的に沿った評価デザインを作成することとなる.これらの背景
には援助側の結果重視の評価アプローチが大きな影響を与えている.
近年,欧米の援助機関の援助プロジェクト・プログラムのアプローチの
傾向は活動主体から結果重視へ変化してきた.背景には,1980 年代の英
国で,効率的な公的サービスを提供するためにニュー・パブリック・マネ
ジメントが政策評価に導入され,その後,米国,カナダ,オーストラリア,
ニュージーランドでも導入が開始された経緯がある.これが政府の歳出の
ひとつである海外開発援助の評価にも,また,国際機関の評価に対しても
大きな影響を与えた.これに対し,被援助国側では開発援助の評価への認
識が低いだけでなく,評価を行うことへの動機が弱いと思われる.合同評
価の場合,被援助国側では援助側の要求で評価を行うことはあっても,自
らの動機により ODA 評価を行うことが少なく,評価結果の使用目的も明
確でないことが多い.そのため評価デザインの作成に途上国側が積極的に
参加することは少ない.一般的に妥当性,有効性,効率性,インパクト,
自立発展性が評価の基準として使用されているが,途上国側のニーズを考
えた場合,それ以外にも評価の基準があるかも知れない.援助側からの一
方的な視点からの評価では,受益者を含むステークホールダーにとって重
要な視点を見落とし,質の低い評価になる可能性がある.南アフリカ評価
学会前会長のオフィール氏によれば,アフリカの経験として,明確な目的
や成果の提示なしに,また現地の状況に対する配慮なしに評価が押し付け
1
られている .合同評価における援助側主導の評価の枠組みや手法が再検討
されることはなく,その結果,評価の質の低下をもたらしている.ALNAP:
★下線用12文字分ダミー★
1 オフィール氏の議論と関係資料は FASID のホームページ参照.(http://www.fasid.
or.jp/chosa/oda/kenkyukai.html )
120
第 5 章 途上国の評価能力向上:ベトナムの事例
Active Learning Network for Accountability and Performance in Humanitarian Action(2005)の調査によれば 2,外部からの介入評価に関して,最も
阻止すべき要因は(1)援助側からの評価の強制,(2)尊大な態度や粗探
し,(3)時間的制約による表面的な評価,(4)不明確で合意されていな
い目的設定による混乱と疑念,(5)手法の未発達,(6)不十分な普及,
(7)批判的,政策上好ましくない評価報告書への抑圧,である.これらの
要因を取り除くためには(1)評価の目的,対象,時期,評価者を含む評
価デザインを援助側,被援助側の双方が共同で作成する,(2)パートナー
として互いを尊重して評価を行う,(3)援助側・被援助側が評価作業を補
完的に実施し,時間的制約を回避する,
(4)事前に重要なステークホール
ダーを集めたワークショップを開催し,合意を得た評価デザインを作成す
る,(5)現地の文脈に合致した手法を開発する,(6)評価の普及活動を
行う,
(7)評価者の独立性を保障する,といった改善策が必要であろう.
同時に,真の合同評価を実施するための大きな課題はホスト国の制度面,
人材面での能力不足といえる.そこで OECD/DAC でも,開発途上国の評
価能力向上を大きな課題として取り扱っている.評価能力の強化に向けた
援助としては様々なアプローチや対象が考えられる.援助機関に対するア
3
ンケート によれば,支援の対象となるターゲット・グループは「評価政
策/システムの任にある上級職員」が最も多く,続いて「プロジェクト/
プログラムのマネージャー及びスタッフ」,
「評価活動に従事するジュニア
もしくは中堅スタッフ」,「組織のマネジメント・レベル」,「評価学会/プ
ロフェッショナルな団体」等と続いている.また,目的で最も多いのが,
「評価システム/組織マネジメントの開発もしくは改善」である.具体的
には政策のモニタリング・評価のための制度的・法的枠組みの改善,制度
レベルの評価能力強化,モニタリング・評価能力強化の担当省庁に対する
支援,国別・プログラム評価の強化と援助側の評価プロセスへの関与等で
あろう.続いて「個人レベルの技術研修」,「評価戦略/政策の策定」,「プ
ロジェクト/プログラム業績への貢献」,「情報共有のための評価ネットワ
★下線用12文字分ダミー★
2 ALNAP Survey(2005)
3 外務省(2006)
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121
ーキング」等である.具体的な支援形態としては多い順に「研修/奨学金」
,
「ワークショップ」,「合同評価」,「技術協力プロジェクト/プログラム」,
「資金支援」
,
「政策レベルの対話」と続いている.
2007 年 11 月にマレーシアで開催された ODA 評価ワークショップでは
途上国からも評価能力強化の現状について報告があった.マレーシア,フ
ィリピン,スリランカ,ネパール等は報告を行ったが,短期間に大きな進
展を見せたと言う点で,特に注目されたのがベトナムの活動である.ベト
ナムではパリ宣言を受けてハノイ宣言を発表し,政府は評価モニタリング
を制度化し,さまざまな法令,決定,通達を通して実行している.オース
トラリア国際開発庁(AusAid),国際協力機構(JICA),国際協力銀行
(JBIC)も評価能力向上を目的とした援助を行っている.従って,本章で
は,途上国の中からベトナムを事例として取り上げ,ベトナムの評価能力
向上への具体的な取組みと進捗状況を把握し,その成功要因と課題を分析
する.
2.ベトナムにおける援助と評価の試み
―計画投資省,AusAid,JICA,JBIC の例―
ベトナムへの開発援助を概観すると,全てのドナーによる ODA 拠出金
額 184,600 万米ドル(2006 年)のうち,約 30 %の 56,200 万米ドルを日本
がトップドナーとして占めている 4 .第 2 位は世銀の 32,200 万米ドル
(17.4 %),第 3 位は ADB の 16,200 万ドル(8.8 %)である.二国間援助
額で見た場合には,オーストラリアは,日本に次ぎ,アジア・大洋州では
2 番目のドナー国である.援助額は 2006 年には約 4,800 万ドル(2006 年)
★下線用12文字分ダミー★
4 日本 ODA の援助額は減少しているが,ベトナムでのプレゼンスは今後も大きく変わ
らないと思われる.2008 年 1 月,日本政府は 16 日のメコン外相会議で,「今後 5 年間で,1
万人の青少年を日本に招請するなどのメコン地域の支援政策」を議長声明として発表し,ベ
トナムを含むインドシナ半島に関しては,援助額を今後 3 年間増額することが表明された.
その内訳は 2,000 万ドルがインドシナ半島を横断する「東西回廊」の物流効率化事業に投じ
られ,残り 2,000 万ドルはベトナム,ラオス,カンボジアが接する地域の貧困対策に拠出さ
れる.
122
第 5 章 途上国の評価能力向上:ベトナムの事例
図 1 対ベトナムへの二国間援助実績: 2006 年(百万米ドル)
(出所)OECD/DAC データベースより作成(http://www.oecd.org/)
であり,二国間援助国の中では,7 番目のドナーである(次図参照).オ
ーストラリアの対ベトナム援助金額は多くはないが,オーストラリア国際
開発庁(AusAid:Austria Agency for International Development)は早くか
ら援助評価の重要性を認識し,援助の窓口となっているベトナム政府機関
の計画投資省(MPI:Ministry of Planning and Investment)をパートナー
とし,評価の研修をベトナムで実施してきた.本節では,ベトナム計画投
資省,オーストラリア国際開発庁(以下,「AusAid」と表記),そしてト
ップドナー国である日本の援助機関である国際協力機構(JICA),国際協
力銀行(JBIC)による,ベトナムの評価能力向上を支援する活動を紹介
する.
ベトナム政府,計画投資省による活動
ベトナム社会経済開発 5 か年計画(2006−2010 年)では,年平均 7.5∼
8.0 %の実質 GDP 成長率の達成を目指し,2010 年までに投資率(GDP 比)
を 40 %以上に引き上げる政策目標を掲げている.この経済拡大路線を実
現するためには,ODA を有効に活用し,その上で負債支払いを強化する
ための能力向上が必要である.ベトナムでの ODA 実施にあたっては,ド
ナー側とベトナム側の双方が協力し,援助の質の向上に関するパリ宣言
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123
(2005 年 2 月)5 と,これをベトナムの現状に合わせてカスタマイズしたハ
ノイ宣言(2005 年 9 月)に基づき,グローバルレベルでの援助協調を取
ることが求められている.
これらを踏まえて,ベトナム政府は 2007 年 10 月に政令 1248 号を出し,
ODA に関するモニタリング・評価に関する 5 か年計画(2006−2010 年)
を発表した.同政令によると,ODA モニタリング・評価に関して,以下
4 つの課題が記されている.(1)一貫した理念,方法論,そして制度的な
調整の下で,ODA プログラム/プロジェクトをモニタリング・評価する国
家システムがまだ創られていない.(2)中央から草の根までのレベルで,
明白な機能と責任を持ち,ODA プログラム/プロジェクトを専門的にモニ
タリング・評価するシステムや組織がない.(3)あらゆるレベルで,
ODA プログラム/プロジェクトをモニタリング・評価するスタッフの数が
不足しており,独立してモニタリング・評価する専門家の能力や技術が不
十分である.4)ODA プログラム/プロジェクトをモニタリング・評価す
るための,そして,これらの情報提供ニーズに応えるための,ODA に関
する国家データベースがない.これらの課題を克服するために,ベトナム
政府は行動計画(2006−2010 年)を掲げた.
ODA プログラム/プロジェクトの戦略的方向と行動計画(2006−2010 年)
ODA プログラム/プロジェクトのモニタリング・評価のための国家シス
テムの開発とオペレーションのプラットフォーム構築のため,ODA プロ
グラム/プロジェクトのモニタリング・評価に関して,次の 7 つの戦略目
標を掲げている.(目標 1)これを機能させるための情報システムの確立,
(目標 2)ベトナムの現状に合う,高度な手法とツールの選択,(目標 3)
従事するスタッフの専門性の向上,(目標 4)予算の確保,(目標 5)ドナ
ー間の協調,(目標 6)結果の開発マネジメントへの活用,(目標 7)ツー
★下線用12文字分ダミー★
5 「パリ援助効果向上ハイレベルフォーラム」(通常“パリ宣言”)によって,国際ドナ
ーコミュニティは,ローマ調和化宣言の実施状況,問題,そして今後の「援助効果向上」の
具体策を取り纏め,政治レベルを含めた公約を援助国側から取り付けた.これにより,援助
活動に関する各ドナーの経験を被援助国・ドナー間で共有することが可能となった.詳細は,
外務省ホームページを参照(http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/doukou/dac/hl_
forum_gai.html )
.
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第 5 章 途上国の評価能力向上:ベトナムの事例
表 1 行動計画(Action plan)から期待される成果とスケジュール
(出所)Vietnamese Government and MPI(2007)を基に作成 注:◎ 主要担当省(Leading Agency)
ル,技術,経験を活用した公共投資のモニタリング・評価システムの開発.
これを実現するための行動計画は次のスケジュールで行われる.
行動計画の主要担当省(Leading Agency)とは別に協力省(Coordinating Agencies)がある.主要担当省は計画投資省,財務省,交通運輸省,
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教育訓練省,農業・農村開発省,保健省などからなる.協力省は,事業に
関係する地方の省や都市,プロジェクト管理体制(PMU:Project Management Unit)から構成される.上表から分かるように,本戦略と行動計
画の実施にあたり,ベトナム計画投資省は他の主要省庁間の調整を行うだ
けではなく,国際ドナーによる評価能力向上に関するプログラム,
VAMESPII(Viet Nam ― Australia Monitoring and Evaluation Strengthening Program Phase II)
,そして世銀からの CCBP(Comprehensive Capacity Building Program to Strengthen ODA)ともうまく協調している点が特
6
徴である .このことは,言い換えれば,縦割り行政のベトナムでは,ベ
トナム計画投資省だけではなく,他の省庁も取組んで ODA 活用のための
有効なモニタリング・評価システムを進める必要があること,そして国際
ドナーからのノウハウ供与が,ベトナムでの能力向上を図るにあたって不
可欠であることを示している.事実,後述するように,評価能力向上に関
する日本からの JICA や JBIC による支援も並行して行われている.また,
5 番目の計画内容では,インパクト評価を前面に出している点も特徴であ
る.
オーストラリア国際開発庁(AusAid)による活動
AusAid は 2004 年から 2007 年まで,ベトナム計画投資省を実施機関と
し,モニタリング評価能力向上支援 VAMESPII を実施した.その費用は
690 万オーストラリアドル 7 であり,この内の約 8 割をオーストラリア側
が支援した.その目的は,ベトナム側が ODA から得られる利益を最大化
することであり,ODA 事業管理を規定する政令 17 号(2001 年)の下,
ベトナム政府が効率的な ODA モニタリング・評価システムを構築するこ
★下線用12文字分ダミー★
6 CCBP では世銀が日本の開発政策・人材育成基金信託基金(Japan Policy and Human
Resource Development Fund)と共同出資し,LMDG(Like-minded donors grioup)と協働し,
2005−08 年に「ODA マネジメント能力向上に関わる援助運営能力を向上させるための包括
的な支援事業」を行っている.CCBP は 4 つの項目,1)ODA の法整備に関するアップデー
ト,2)ODA マネジメント強化,3)新しい援助モダリティ,4)PGAE(Partnership Group
for Aid Effectiveness)への支援にて,公共投資促進,社会経済開発 5 か年計画のサポート,
そして貧困削減のための政府システムの能力開発を行っている.
7 約 885 万米ドル(2004 年為替レート 1 米 USD=0.7790 オーストラリアドルで計算)
.
126
第 5 章 途上国の評価能力向上:ベトナムの事例
とを助け,機関・組織の責任の所在を明確にすることである.本事業の内
容は,大きく二つある.
(1)主要担当省,地方の省や都市,そしてプロジ
ェクト管理体制(PMU)からの諸ニーズに対して横断的に応え,政府の
ODA モニタリング・評価の模範となるモデルを構築すること,(2)プロ
ジェクトを適切かつ効率的に管理し,計画投資省をはじめとする各関係省
(ステークホルダー)との調整を行うことである.その成果は第 3 節で述
べるが,ODA モニタリング・評価マニュアルの作成をはじめ,モニタリ
ング・評価の主な方針に関するコンセンサスの形成,地方の有能なモニタ
リング・評価幹部の育成,模範となるプロジェクト評価の実施,ODA ニ
ュース・レターなどを通じた参加者の IT 能力の拡張,ODA 情報システム
構築,モニタリング・評価に関する長期的な戦略的計画,効率的なプロジ
8
ェクトの合同管理など多岐に渡っている .本事業は 2007 年で終了したが,
これらの成果が 2006−10 年の目標として,行動計画でさらに具体化され
ている事は既に見た通りである.事実,ベトナムの評価能力向上に言及す
9
る際には,本事業成果が広く引用されている .VAMESPII の評価能力支
援から,2004−2006 年間の訓練/研修活動を次表に掲げる.
表 2 VAMESPII による評価能力向上のための訓練/研修活動(2004 ─ 2006 年)
(出所)Vietnamese Government(2007)並びに現地聞き取り調査より作成
注:
( )は女性の比率
★下線用12文字分ダミー★
8 オーストラリア国際開発庁のホームページ参照.(http://www.ausaid.gov.au/vietnam/projects/vamesp.cfm)
.
9 例えば,DAC(2006)
,DFID(2007)を参照.
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表の中にある日本へのスタディーツアーでは,2006 年に計画投資省の
カオ副大臣と AusAid のチーム・リーダーであったファウガー氏を代表と
する一団が外務省,JBIC,JICA,そして FASID を訪問した経緯がある.
このスタディーツアーはその後の日本によるベトナム評価能力向上支援に
11
関する協力をさらに進める契機のひとつとなった .
日本の対ベトナム援助動向
日本の援助(1990 年から 2004 年までの累積額 4,830 百万米ドル)を,
贈与と政府貸付額から見ると,それぞれ 1,408 百万米ドル(29 %),3,421
百万米ドル(71 %)である.贈与は,さらに無償資金協力と技術協力と
に分けられ,それぞれの内訳は,671 百万米ドル(14 %),737 百万米ド
ル(15 %)である(次図参照)
.
図 2 日本の援助額(1990─ 2004 年):スキーム別
(出所)外務省の HP にある国別・援助形態別の援助実績を基に作成
★下線用12文字分ダミー★
10 詳細は ADB のサイトを参照(http://adb.org/mfdr/cop).ADB は,VAMESPII 並び
に主要ドナーからの支援を受けて,Aligned Monitoring Tool(AMT)を 2006 年に設置して
いる.
11 ベトナムで最初の合同評価セミナーは 2005 年 8 月にハノイで開かれており,評価を
担当する計画投資省や交通運輸省関係の職員約 30 名が参加した.詳細は,在ベトナム大使
館のホームページを参照(http://www.vn.emb-japan.go.jp/html/jseminar2.html)
.
128
第 5 章 途上国の評価能力向上:ベトナムの事例
JICA による活動
JICA は援助を効果的かつ効率的に実施するために,開発途上国のニー
ズに応じた事業を実施することが必要であることを認識し,事業結果から
どのような効果がもたらされたのかを評価し,得られた教訓と提言を今後
12
の事業内容改善に反映させていくことを重要視している .途上国の現地
で必要とされているニーズを正確に把握すること,事業からどのような効
果が得られたかを正確に把握すること,その上で,事業から得た教訓と提
言を今後の事業に生かすための「評価」を求めている.
ベトナムでは ODA の案件形成に関するキャパシティ・ディベロップメ
ント(CDOPP:Capacity Development of ODA Project Planning)が 2005
年 10 月から 4 年計画で実施されている.その目的は計画投資省で援助を
担当する対外経済関係局(FERD:Foreign Economic Relations Department)の IT 化を通して,プログラム・プロジェクト形成の効率化とその
ための環境整備を行い,主要担当省のプロジェクトに関する技術向上を図
13
ることなどである .例えば,CMP(Coordination and Management Plat-
form)の開発では AusAid の(VAMESPII)とも協力し,IT 化による
ODA 情報管理システム(ODA−MIS:ODA Management Information System)開発のための共同作業が立ち上げられている.
これらは,縦割り行政のベトナム省庁で,関係省庁や組織との協働,情
報共有を容易とし,モニタリング・評価のプロセスの効率性を高める評価
制度の構築にも役立つ.その意味では,本事業では単に案件形成のためだ
けの行政能力向上のための研修事業にとどまらず,国際援助動向と整合す
るベトナム側の援助実施能力,そして評価に関するキャパシティ・ディベ
ロップメント向上への寄与も期待されている.実際,ハノイでの研修コー
14
スなどで国際ドナーとの協調が行われている .事業の目標(2005−2008
年)を次表に掲げる.
★下線用12文字分ダミー★
12 JICA 内の「評価」に関するサイト(http://www.jica.go.jp/infosite/evaluation/index.
html)を参照.
13 JICA 専門家(MPI 配属の援助調整専門家)へのヒアリング(2008 年 2 月)に基づく.
14 CDOPP に関するサイト( http://www.cdpp.org/ )参照.
○○○○
129
表 3 CDOPP の成果
(出所)CDOPP に関するサイト(http://www.cdpp.org/)を基に作成
JBIC による活動
JBIC は円借款の評価を,事前評価,中間レビュー(借款契約締結 5 年
後),事後評価(完成後 2 年),事後モニタリング(完成後 7 年)からなる
PDCA サイクル(Plan-Do-Check-Action)を活用し,被援助国における開
発成果向上に努めている 15.
これら 4 段階からなる評価方法は,AusAid による VAMESPII によって
作成されたモニタリング・評価マニュアルでも採用されており,ベトナム
政府も政令 131 号により,開発事業に関して,事前,中間,完成,事後の
4 段階にて各省庁,実施機関等が評価を実施することを定めている.日本
の ODA のモダリティは,先に見たように,有償資金協力が約 7 割を占め
16
ている.今後もこの傾向が大きく変わらないと仮定した場合 ,日本
ODA 事業が役立っていることを調査検証し,ベトナムからも日本 ODA
への深い理解を得るためには,有償資金協力のベトナムでの評価能力向上
は,今後ますます重要となる.
2007 年に JBIC とベトナム計画投資省の間で「ベトナム計画投資省と評
★下線用12文字分ダミー★
15 JBIC 内の「円借款評価」に関するサイト(http://www.jbic.go.jp/japanese/oec/mech
anism/index.php)を参照.
130
第 5 章 途上国の評価能力向上:ベトナムの事例
価に係る業務協力協定」が締結された.本協定は調印後から 3 年間有効で
ある.その目的は,JBIC の円借款事業における実施前から完成後までの
一貫した評価技術を,ベトナムの対外援助の調整及び評価を担う計画投資
省に移転することにより,ベトナム政府の計画立案・実施監理を含めた評
価能力の向上や,評価から得られた教訓や提言を新規事業に活用できるよ
うなプロジェクト・サイクルを確立することにある.この事業を通して,
さらに期待される効果としては,(1)円借款事業を含む開発事業を効率的
に実施すること,
(2)効果の高い開発事業に重点的に予算を配分すること
により,ベトナムの更なる経済発展を促すことがあげられる.具体的な取
り組みに関しては,円借款事業の事後評価の合同実施や評価結果のフォロ
17
ーアップ,双方の評価制度の改善点の検討等が予定されている .業務協
力骨子を図 3 に掲げる.
図 3 からもわかるように,円借款事業レベルは事業の効率性向上,そし
て制度レベルではベトナム政府と JBIC が行う評価制度調和化を通じた制
度改善が図られている.円借款事業レベルでは,計画投資省と JBIC 間で
合意した案件の合同評価を実施する.実施計画を策定するにあたっては,
前年度の 7 月までに,翌年度の合同評価実施計画を策定することが記され
ている.さらに,評価を実施した全件について,政策協議(フィードバッ
ク・セミナー等)を行い,評価から得られた教訓・提言のフォローアップ
も行われる.また,必要に応じて,JBIC は案件援助効果促進調査
18
(SAPS : Special Assistance for Project Sustainability)などの支援を行う .
制度レベルに関しては,評価調和化及び情報共有,人材開発,技術移転,
モニタリング・評価に関するシステム・機材等の導入や合同評価などの支
援を通じて,必要なキャパシティ・ディベロップメント向上が図られてい
★下線用12文字分ダミー★
16 例えば,2004−05 年平均で見た場合,日本 ODA の贈与比率 54.1 %(=贈与計/二国
間 ODA 計×100)は DAC 諸国中 22 位である.DAC 諸国の平均値は 89 %である.詳細は
『政府開発援助(ODA)白書 2007 年版』を参照.また,CGD(Center for Global Development)はドナー国の援助額を指標化する際に,有償資金協力の寄与率を低くして計算する方
法(CDI:Commitment to Development Index)を公開している.これによると 2007 年度の
日本の援助は 21 位(DAC 諸国中)となる.詳細は(http://www.cgdev.org/section/initiatives/)参照.
17 JBIC のホームページ(http://www.jbic.go.jp/autocontents/japanese/news/2007/
000131/index.htm)並びに,JBIC ヒアリング結果(2008 年 2 月)
.
○○○○
131
図 3 ベトナム計画投資省と評価に係る業務協力協定の骨子図
(出所)JBIC のホームページの情報を基に作成
る.
本協力協定が締結された背景には,日本において,平成 14 年に「行政
機関が行う政策の評価に関する法律」が施行されたことがあげられる 19.
これにより,行政機関は政策効果を自ら評価し,その結果を政策に反映さ
せ,効率的で質の高い行政を実現することが明文化された.同時に,国際
社会も,2015 年を目標年とするミレニアム開発目標(MDGs)において
貧困削減,安全な水供給などの数値目標を掲げており,その達成のため,
開発途上国自身が主体的に開発政策や事業を評価し改善することが重要視
されている.しかし,ベトナムでは 2006 年 11 月施行の政令 131 号により,
開発事業に関して,事前,中間,完成,事後の 4 段階にて各省庁,実施機
関等が評価を実施することが規定されたものの,計画投資省を含めた各省
庁,実施機関等による評価能力の及び体制整備は依然として不十分であり,
★下線用12文字分ダミー★
18 SAPS は,JBIC が融資した案件で事業が完成したもののうち,事後評価やその他の調
査の結果,事業効果が十分に発現していないと認められる案件,または今後事業効果を持続
させていく上で何らかの支障が予見される案件に対し,問題点を明らかにし,具体的な改
善・解決策を提案する調査である.
19 その目的は,効果的かつ効率的な行政の推進し,国民に説明する責務を全うすること
であり,政策評価の視点から,事前評価,事後評価を行い,これを公表することである.詳
細は総務省のホームページを参照( http://www.soumu.go.jp/hyouka/houritu.htm )
.
132
第 5 章 途上国の評価能力向上:ベトナムの事例
評価業務遂行上の課題となっている.このような背景があり,政策協議及
び合同評価を通じた,人材の育成,評価における制度改善等の幅広いニー
ズが確認され,評価に係る業務協力協定の合意に至った.JBIC はベトナ
ム以外のタイ,インドネシア,フィリピン,そしてインドなどの諸途上国
でも,評価技術の移転を目的とした合同評価を進めている.近い将来,東
南アジア広域地域を対象とした評価ネットワーク確立も期待されている.
3.評価能力向上の実績
先述した AusAid によるベトナムでの評価能力向上に関する事業
VAMESPII は,ベトナム計画投資省において,効果的な ODA 事業のモニ
タリング・評価システムの構築を支援することを目的に実施された技術協
力プロジェクトである.プロジェクト実施期間は 2003 年から 2007 年であ
った.このプロジェクトにより,報告システムの統一,モニタリング評価
を推進する人材の育成,事例研究と教材開発,国家戦略の作成が行われた.
2007 年 1 月,本プロジェクトの成果の一つとして Monitoring and Evaluation Manual が対外経済関係局(FERD:Foreign Economic Relations
Department)向けに作成された.本マニュアルはベトナムの評価知識体
系の集約であり,このマニュアルの内容を吟味することにより,現在のホ
スト国としてのベトナムの評価能力の一端を知ると同時に,マニュアルが
使用された場合の将来の評価能力の向上を予見したい.マニュアルは評価
モジュールと,モニタリングモジュールの 2 冊からなる.以下,それぞれ
の編成を紹介する.
○○○○
133
評価モジュールの内容
第 1 章 イントロダクション(Introduction)
本マニュアルの目的は国家機関,各分野の機関,プロジェクト管理体制
(PMU)が ODA の評価を行う際のガイドラインとなることである.ODA
評価は以下の 4 つのステップからなる.すなわち Step 1:ログフレームの
準備,Step 2:評価フレームと評価計画の準備,Step 3:データ収集と分
析,Step 4:マネジメント支援のための評価結果の報告,である.モニタ
リングと評価を比較して,それぞれの定義を説明している.このマニュア
ル作成に使用した文献として,FASID,IFAD,SIDA の評価に関するマニ
ュアルやガイドラインが明記されている.
第 2 章 ODA の評価(Evaluating ODA investments)
投資サイクル(プロジェクト・サイクルと同義)の概念の説明と,評価
が行われる 4 つのタイミング,すなわち事前評価,中間評価,終了時評価,
事後評価について説明している.評価基準は OECD/DAC の評価 5 項目
(妥当性,有効性,効率性,インパクト,自立発展性)を援用しており,
評価時期との関係性も表示している.
第 3 章 評価の方針と基準(Evaluation principles and criteria)
評価の方針として,費用効果,結果重視のマネジメント,有用性,公平
性と独立性,信用性,参加,協調,プログラム評価,専門的な計画を重視
している.評価基準は OECD/DAC の 5 評価項目を援用しており,ロジッ
クモデルの各段階との関係性を明確にしている.
第 4 章 評価の範囲の選択(Selecting the scope of evaluation)
評価の範囲は国家レベル,ポートフォリオ・レベル,プロジェクト・レ
ベルに分けられる.国家レベル評価とは政府により策定された政策により
達成される国家戦略を評価することであり,ポートフォリオ・レベル評価
にはいわゆるプログラム評価,セクター評価が含まれる.プロジェクト・
134
第 5 章 途上国の評価能力向上:ベトナムの事例
レベル評価はプロジェクトとして実施されている投資の評価が主である.
援助,政府の歳出を問わず,公的投資を対象に,業績監査(Performance
auditing)が行われる.業績監査は理想を言えば四半期ごとに行われるこ
とが望ましい.業績監査は対象プロジェクトから独立したコンサルタント
か政府職員が実施する.業績監査の部分は,国内で結果重視のアプローチ
から行政評価を実施しているオーストラリアの知見が生かされている.
第 5 章 ODA 評価の 4 段階(Four steps to evaluate ODA investments)
ODA 評価のプロセスは日本で行われているのと同様,4 つのステップ
から構成されている.すなわち,1.評価対象をログフレームで表示する.
2.評価計画の作成,3.データ収集と分析,4.評価の結論とフィードバ
ック,である.ただし,ここではログフレームは 6 つのレベル(投入,活
動,アウトプット,アウトカム,目標,ゴール)から構成される.更に,
評価の際はそれぞれのレベルに指標,計測対象,計測手段,計測者,関係
者へのインタビュー,手段と手法の 6 つを設定し,評価の準備を行う.
第 6 章 ベトナムのポートフォリオ,セクター評価
(Portfolio and sector evaluation for Vietnam)
この章では一般にプロジェクト評価に比べて,複雑で困難と考えられて
いるポートフォリオ,セクター評価について解説している.ポートフォリ
オ評価は,評価の過程,範囲,内容の把握,ODA 借款,ODA 贈与に関し
て,内容を把握する.
モニタリング・モジュールの内容
第 1 章 イントロダクション
モニタリングはプロジェクト・マネジメントに必要不可欠であり,援助
資金の配分,援助の運営管理の過程,援助の成果のパフォーマンスにおけ
る変化の進展を測る.このマニュアルの目的は担当省庁,プロジェクトの
関係者,プロジェクト管理運営者のモニタリング活動のガイドラインとな
○○○○
135
るものである.
第 2 章 ODA のモニタリング
プロジェクト・サイクルの中でのモニタリングの位置づけを示している.
第 3 章 ODA モニタリングの 9 つのステップ
モニタリングの 9 つのステップは,1.モニタリング対象のログフレー
ムの準備,2.パフォーマンス質問,インフォメーション・ニーズ,指標
の確定,3.モニタリングのフレームワークと計画の準備,4.モニタリン
グ支援のための組織的調整,5.モニタリングシステムを支援するための
IT とシステムの準備,6.データ収集と分析,7.モニタリング結果と情
報の報告,8.モニタリング情報の活用とフィードバック,9.必要な条件
のレビューと能力,からなる.
第 4 章 国家モニタリング・システム
ここでは,プロジェクト・レベルでのモニタリング結果を担当省庁に報
告し,分析を加えた上で,国家の ODA 担当省庁に報告する.更に,この
逆の流れでフィードバックがなされることを示している.注目されるのは
プロジェクトのモニタリング用に AMT(The Aligned Monitoring Tool)
と呼ばれる 20 の形式を定め,コンピューターソフトを活用して作業がで
きるようになっていることである.
以上の 2 つのマニュアルの内容を見る限り,これがオーストラリアの協
力で作成されたために,オーストラリアの知見が貢献している.同時に,
日本の現在まで活用されてきている評価手法も大幅に導入されていること
がわかる.オーストラリア国内では,英国,米国,カナダと共に結果重視
の行政評価が実施されており,特に業績監査,ポートフォリオ評価に知見
が生かされている.他方,日本の知見は,主要な参考文献として挙げられ
た 4 冊の中の 2 冊はモニタリング評価に関する FASID の出版物であり,
ログフレームと評価 5 項目を組み合わせた評価モデル等,日本のプロジェ
クト評価で活用されている手法が大幅に取り入れられている.また,例え
136
第 5 章 途上国の評価能力向上:ベトナムの事例
ば,セクター・レベルのアウトカムを計測する指標例等,このマニュアル
から日本が参考する情報も多い.
4.おわりに
本稿では,第 1 節で「途上国の評価能力向上への多様なアプローチ」を
議論した.そこでは,評価を通じての学習,将来のプロジェクトやプログ
ラムへの改善を促進するためには,ドナー側だけではなく,途上国側の評
20
価能力向上が必須条件であることを主張した .今後は,ベトナムでの援
助額からみてトップドナーである日本の貢献が,モニタリング・評価のベ
トナム側の能力強化の面でも期待されている.第 2 節の「ベトナムにおけ
る援助と評価の試み」では,ベトナム側からは計画投資省から,ドナー側
からは AusAid と日本の援助機関 JICA,JBIC によるベトナムでの評価能
力支援の現状を紹介した.その主な成果として,近年公刊された Monitoring and Evaluation Manual(2007)
(以下,
「マニュアル」と記す)を第
3 節「評価能力向上の実績」で紹介した.AusAid による VAMESPII での
評価研修が 2007 年に終了したベトナムでは,現在実施されている評価能
力向上支援の様々な場所で,例えば世銀の CCBP でも,このマニュアル
21
が使われている .JICA による ODA の案件形成に関するキャパシティ・
ディベロップメント(CDOPP)は,ODA に関する情報提供システム
ODA−MIS や CDOPP のホームページを通じたネットワーク構築を通じ
て,評価のための制度形成に貢献している.また,JBIC による合同評価
を前提とした「ベトナム計画投資省と評価に係る業務協力協定の締結」で
は,ベトナム側に評価に関する技術移転が進むことが期待されている.そ
れでは,いま,ベトナムでの評価能力向上の妨げとなる課題は何処にあり,
それを克服するためにはどのような工夫が必要とされているのであろうか.
本稿で紹介した一連の評価能力支援は,その方向性と実施タイミングの
★下線用12文字分ダミー★
20 Minato(2007)
21 計画投資省の対外経済関係局のクオン氏は VAMESPII 国家プロジェクト代表と CCBP
副代表を兼ねている.
○○○○
137
時宜を得た開発協力であるが,これが成功するためには,克服しなければ
ならない要因も幾つかある.以下では,最初に,前節までの内容を整理し
SWOT 表にまとめる.次に,ベトナムでの援助の趨勢と変化に鑑みて,
将来のベトナムでの評価を考える上で,現時点で取組む,またはその準備
を行うことが重要と思われる課題を幾つか記す.
表 4 ベトナム評価能力向上達成への課題
(出所)筆者作成
課題 1.評価の説明責任,透明性を確保するためにも,評価クラブ・
学会の設立では,省庁だけでなく大学,研究機関,民間企業,
NPO 等からの横断的な参加が望まれる(表 4 W-T 参照)
まず,評価に対する取組がはじまったばかりのベトナムでは,援助側と
被援助国に続く,第三機関による評価が確立していない.実際には,ベト
★下線用12文字分ダミー★
22 例えば,金,石川,仲山(2007)はインフレ圧力を配慮し,長期的な金融市場の育成
を図ることの重要性を説いている.
138
第 5 章 途上国の評価能力向上:ベトナムの事例
ナム政府組織のひとつである計画投資省にある対外経済関係局(FERD:
Foreign Economic Relations Department)が評価を管轄している.この被
援助国が評価主体を兼ねる体制は,モニタリング・評価の人材が不足して
いる現状では仕方がないことかもしれない.しかし,既に述べたように,
ベトナムでは他ドナーとの合同評価体制の構築を念頭におき,2010 年ま
で,ODA や評価に関する情報システムの構築とそのための制度組織作り
が政令 1248 号で承認されたスケジュールに沿って進められており,評価
能力の人材育成のための努力がなされている.別な見方をすれば,他ドナ
ーからベトナム側への評価に関する知識や体制の技術移転が,援助の窓口
である計画投資局の対外経済関係局を直接通じて行われることは,援助吸
収能力に関する効率面と評価能力向上の二つの面での改善も期待できる.
しかしながら,懸念される要素もある.それは,評価機関として,援助と
被援助の関係から,完全に独立した第三者が存在しないために,評価に関
する情報の公開が妨げられる可能性がある点である.ベトナムが共産党独
裁を唯一の政党とする社会主義国家であることも考慮すると,この点に関
する注意は強く喚起されなければならない.この問題の対応としては,先
述した「ODA プログラム/プロジェクトの行動計画(2006−2010 年)」で,
予定されている「モニタリング・評価クラブの設立と運営(2008 年予定)
」
,
そして「モニタリング・評価学会の設立と運営(2008 年予定)」の際には,
計画投資省以外の関係省庁や大学や研究機関の研究者を含んだ広い範囲か
23
らの参加を取組むことが必要であろう .
課題 2.評価手法はログフレーム(投入,活動,アウトプット,アウ
トカム,目標,ゴール)による手法の浸透を当面は優先する
が,他の手法も検討(表 4 W-O 参照)
行動計画(2006−2010 年)に掲げられているインパクト評価に関連し
★下線用12文字分ダミー★
23 筆者はベトナムのいくつかの大学では ODA/評価研究への関心があると思っている.
十分なサンプル数は得られてはいないが,一例として,今回の現地調査では社会科学院東南
アジア研究副所長の D 教授が研究面から,そしてハノイ国家大学の H 教授が大学授業・教
育の面で評価学会設立への関心があることを確認した.
○○○○
139
て,新たな評価手法に関しては,現在先進国でも注目され議論されている.
しかしながら,FASID の知見と評価の 4 段階など日本のプロジェクト評
価手法とオーストラリアの行政評価手法が組合されたマニュアルでは,イ
ンパクト評価,参加型評価等の手法は紹介されておらず,むしろ従来のロ
グフレームによる手法が中心である.ベトナムでは評価能力向上のための
知識・技術普及がはじまったばかりであることを考慮すると,しばらくは,
ログフレームにそった評価手法がベトナムで定着することを待ったほうが
24
よいとの声も,現地調査では聞かれた .ただし,受益者の視点に立った
評価手法の開発も行うべきである.
課題 3.評価デザイン作成のためのワークショップの開催や,参加型
評価の活用を検討すべき(表 4 S-T 参照)
援助プロジェクトを計画する際は,多くの援助機関で参加型計画が導入
されている.JICA でも参加型計画手法として PCM が活用されている.
多くのプロジェクトでは計画段階で PCM ワークショップが開催され,当
該プロジェクトのステークホールダーの声や議論を反映した計画づくりが
行われている.PCM 手法は結果重視のアプローチを背景に持つ PDM を
参加型で作成することにより,結果重視アプローチと参加型開発を融合さ
せているといえる.同様の事を評価段階で出来ないであろうか.一般に普
及している PDM,評価 5 項目,横断的視点からなる評価モデルは結果重
視のアプローチによる評価モデルである.この評価モデルを使用して評価
デザインを作成するが,この作成過程を参加型で行うのである.真の合同
評価を実施するためには,評価能力の強化と共に,現地ワークショップを
開催して参加型評価を実施することが有効であろう.ここで言う参加型評
価とは評価において最も重要な評価の枠組みを現地のステークホールダー
を含めて決定するワークショップ等の活動を意味する.主要な参加するス
テークホールダーの決定をまず行わなければならないが,評価対象プロジ
★下線用12文字分ダミー★
24 計画投資省の対外経済関係局のクオン氏,評価監査局の副代表のトゥ氏,財務省の国
際協力局代表のヴィン氏,AusAid のフック代表との現地ヒアリング調査(2008 年 2 月)よ
り.
140
第 5 章 途上国の評価能力向上:ベトナムの事例
ェクトの計画段階で PCM 手法等の参加型手法を使用した場合には,その
時の参加者リストが参考となると思われる.評価の目的の設定は,評価結
果のフィードバックや評価結果の使用と密接な関係があり,ステークホー
ルダーによって評価の目的は異なることも考えられる.同時に,計画時点
での参加者の抱えていた問題やニーズに立ち戻ることが重要である.そも
そもプロジェクトがこれらの問題の解決やニーズに応えるために開始され
たのであれば,その問題の現状やニーズが満たされたかといった質問は評
価に含まれていなければならない.
課題 4.今後の需要増加が見込まれる有償資金協力で,評価の段階で
の援助協調の面から,他の援助国との合同評価を検討すべき
(表 4 S-O 参照)
ベトナム側がオーナシップを持った合同評価を将来確実に実現するため
には,現地行政官の研修の段階から,その準備やパートナー作りを積極的
に行う必要がある.トップドナーである日本は ODA 事業に関する経験も
多く,特に有償資金協力に関しては,1990 年から 2004 年までの援助額の
約 7 割を占めている.2006 年では,経済成長率が 8.2 %と高く,一人当た
25
りの GDP が 723 米ドルとなっている ベトナムの早い経済成長を反映し
て,2006 年から 2010 年まで予想されている 210 億米ドルのベトナム向け
援助の内の約 2 分の 1 の 110 億米ドルが有償資金協力になると概算されて
26
いる .今後,ベトナムでは有償資金協力事業の評価能力向上支援ニーズ
が高まると予想される.日本は他の援助機関と共同で行う合同評価を持続
的に推進することにより,日本のこの分野でのリーダシップ発揮すること
が可能であると思われる.
★下線用12文字分ダミー★
25 ADB(2008)
26 Vietnamese Government and MPI(2007)
○○○○
141
参考文献
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Vietnamese Government and MPI(2007)“Framework for Monitoring and Evaluation
of ODA Program and Projects in 2006-2010 Period.”
国際開発における評価の課題と展望 Ⅱ ]
[ 発行日 2008年3月 3日
監 修 湊 直 信
発行所 財団法人 国際開発高等教育機構
〒102-0074 東京都千代田区九段南1-6-17 千代田会館5階
電話 (03)5226-0305 URL http://www.fasid.or.jp
(この出版物は再生紙を使用しています)