サリドマイド製造販売承認申請の審査等に関する要望書 厚生 - So-net

2007年11月30日
サリドマイド製造販売承認申請の審査等に関する要望書
厚生労働大臣
舛添要一
殿
財団法人
理事長
いしずえ
中川久嗣
〒153-0063 東京都目黒区目黒 1-9-19
TEL 03-5437-5491
FAX 03-5437-5492
サリドマイド福祉センター財団法人いしずえ(以下「いしずえ」という)は、
サリドマイドが厳然としてヒトに重篤な催奇形性を有する化学薬品であること、
及び個人輸入等により国内で大量に使用されていること、しかるに日本では、
薬事法等に基づく安全管理を免れ、法令によらず、日本臨床血液学会のガイド
ラインのみに基づく関係者の取り扱いに委ねられていること、以上の実態にか
んがみ、かねてから副作用被害の再発の危険について警鐘を鳴らしてきた。
しかるに今般、藤本製薬株式会社(以下「藤本製薬」という)によるサリド
マイド剤の製造販売承認申請がなされたが、先天異常の発生防止等に対する同
社の姿勢は極めて微温的であり、同社によってこのまま製造販売がなされると
きは、サリドマイドによる悲惨な被害が再び生じる可能性が極めて高いことを
強く憂慮している。
周知のとおり、1960 年代のサリドマイドによる薬禍が収束を見た後、新たな
薬効を期待して、あえてサリドマイドが使用された結果、外国において再びサ
リドマイドの催奇形性の副作用被害者が生じた例が散見される。のみならず、
日本においても、サリドマイドによる薬害と同様の失策に基づく、薬害の例が
後を絶たないことは寒心に堪えない。
そこで、いしずえは、国に対し、数次にわたり要望書を提出し、サリドマイ
ドの厳格な安全管理を要請してきた。しかるに、国は医薬品の安全を確保すべ
き責務を負うのに、現時点においても、サリドマイドについて主体的に厳格な
安全管理基準を設置しないまま、承認審査を行っているのである。
国はサリドマイド裁判の和解において、原告団に対し、サリドマイドが過去
に国(厚生省)の落ち度により甚大な被害をもたらした悲惨な薬害の原因物質
であり、その承認が取り消された薬であることを確認し、和解確認書において
1
「サリドマイド事件にみられるごとき悲惨な薬害が再び生じないよう最善の努
力をする」と確約したが、サリドマイドが再び使用されている実態に対し、厳
格な安全管理体制を構築せず、かつ漫然と製造許可承認を行なうことがあれば、
上記確約を誠実に守っていないとの謗りを免れない。
そこで、いしずえは、国に対し、次の要望事項を速やかに実施し、サリドマ
イド剤の製造販売承認の条件及びサリドマイドの安全管理システムについて、
厳格な対応を行うことを強く求める。
要望事項
1 厚生労働省は、いしずえが提出した 2006 年 12 月 20 日付「サリドマイド製
造販売承認申請の取り扱いに関する要望ならびに副作用被害の防止策(リスク
最小化方策)の検討状況について(照会)」における要望事項(別紙参照。以下、
「要望と照会」という)中のサリドマイドによる胎児の健康被害発生を確実に
防止することが可能な、サリドマイドの製造・販売・流通・管理・処方・調剤・
使用・廃棄に関する厳格な安全基準(「リスク管理体制」構築の基準)と同等の
基準を、国の責任において、速やかに設置すること。
2 藤本製薬が検討している安全管理プログラムが、前項の基準と同等のもの
となるよう指導し、これが満たされない場合には、製造販売承認をしないこと。
特に、避妊の実施と薬剤の家庭での管理の状況を、藤本製薬の責任において
中央で一元的に把握するため、
「中央のセンターが患者本人に直接注意を喚起し、
サリドマイドの安全な使用を支援するシステム」として、患者から直接アクセ
スすることのできる方策(たとえば電話など)を備えることを必須の要件とす
ること。
3 国の業務として、第三者評価機関に対し、サリドマイドのリスク管理評価
を委託し、その運営費用の一部を負担すること。このリスク管理評価は、個人
輸入されたサリドマイドであるか国内で製造承認されたサリドマイドであるか
を問わず、すべてのサリドマイドを含むものとすること。
4 前項の第三者評価機関は、次の条件を備えること。
①大学、研究機関又は公益法人など公的な性質の機関であること。
②製薬会社及び医療機関等から独立した立場で評価を行うこと。
③調査権限を充実させること。特に、製薬会社が保有する医師、薬剤師、
患者の情報と同一の情報を保有し、これを利用して調査ができるようにす
ること。そのため、製薬会社が、患者等の同意を事前に取得し、第三者評
価機関に対し、これらの情報を提供することができるようにすること。
④安全管理プログラムの評価においては、プログラムの遵守に関する問題
2
点等を患者から直接聞き取ることがとくに重要であることから、第三者機
関による調査方法として、電話等による患者からの聞き取り調査を必ず含
めること。
⑤製薬会社及び厚生労働省を代表する者に加え、関係学会、医師、薬剤師、
サリドマイドの適応疾患の患者会(日本骨髄腫患者の会)
、サリドマイド被
害者団体(いしずえ)、医薬品の安全性評価やリスク管理の専門家等からな
る運営委員会を設けること。
⑥今後、サリドマイドに類似した薬剤(たとえばレナリドマイドなど)が
承認された場合には、その薬剤の安全管理プログラムについても同様に評
価を行うこと。
5 厚生労働省が、サリドマイドの製造販売に関する承認をした場合には、サ
リドマイドの個人輸入を全面的に禁止するか、承認後の管理プログラムと同等
の基準を用いてサリドマイドの個人輸入と使用を一元的に管理・規制すること。
要望の理由
1
サリドマイド事件とサリドマイド復活に対する被害者の思い
サリドマイドは、1957年に西ドイツで催眠・鎮静薬として開発され、1961年
(日本では1962年)までヨーロッパをはじめ世界の多くの国で使用されたが、
胎児に奇形を起こす副作用(これを催奇形性という)のため、数千人から一万
人と推定される胎児が重篤な副作用被害を受けた。被害の内容は、手や足が短
いフォコメリアなどの四肢の障害、聴覚障害および顔面神経麻痺、内臓奇形、
流産、死産など、妊娠中の薬の服用時期に応じて多岐にわたる。日本では1958
年に大日本製薬が睡眠薬(商品名「イソミン」)としてサリドマイド剤を発売し、
その後胃腸薬(商品名「プロバンM」)にも配合して販売した。また、ほかにい
くつかの製薬会社がサリドマイド剤を販売した。わが国では、これらの製品が
医療用のほか大衆薬としても広く販売され、この際、「安全」「小児・妊産婦な
どどなたにもおすすめ願える」等の文言を用いた宣伝が行われた。この当時の
科学水準に照らせば、サリドマイドのような化学物質が胎児に障害をもたらす
可能性を十分予測できたにもかかわらず、厚生省は、胎児に対する安全性の確
認を行わないままサリドマイド剤の製造を許可し、製薬会社は上記の宣伝のも
とに薬を販売した。米国の食品医薬品局(FDA)が、胎児への安全性が確認され
ていないことを理由に、この薬を認可しなかったのとは対照的である。
この当時、医薬品を妊娠中に服用すると胎児に影響を及ぼすことがあること
は一般の人々にはほとんど知らされていなかったため、妊婦は医師や薬局が勧
3
めるままに危険性について何も知らずに薬を服用した。とくにサリドマイドは
妊娠に気づく頃か気づく前の妊娠初期に胎児に重大な障害をもたらすことから、
妊娠を自覚しない時期に薬を服用した場合も少なくない。また、サリドマイド
が胃腸薬に配合されたことにより、つわりの症状のためにこの薬を服用した妊
婦も多く、被害をいっそう拡大させた。
1961年11月、西ドイツのレンツ博士が、奇形の原因としてサリドマイドが疑
わしい旨の警告を発表し、ヨーロッパをはじめ世界各国では速やかにサリドマ
イド剤の販売停止と回収がなされた。しかし、わが国では、その後10ヶ月間に
わたりサリドマイド剤の販売が続けられ(被害者はこれを未必の故意と主張し
た)、その間に被害児の数が倍増した。厚生省は、レンツ警告を知りながら何ら
の対策を講じなかったばかりか新たに別の製薬会社にサリドマイド剤の販売を
許可した。大日本製薬は、レンツ警告後に睡眠薬「イソミン」の新聞広告を止
めたが胃腸薬「プロバンM」の広告を増やして販売を促進した。1962年9月、わ
が国でもサリドマイド被害児が生まれていることが新聞報道されるに到って、
サリドマイド剤はようやく販売が停止され、製剤の回収が発表された。しかし、
実際には製剤の回収は十分になされず、さらに被害が拡大した。わが国での被
害者数は死産等を含めて約千人と推定され、現在までに西ドイツ、英国に次い
で世界で3番目に多い309人が被害者として認定されている。
サリドマイド被害児とその家族は、被害を受けて以来、障害者への差別・無
理解と貧困な社会福祉政策の中にあって、筆舌に尽くし難い様々な苦痛や屈辱
に耐えて一日一日の生活を闘うことを余儀なくされた。にもかかわらず、国と
製薬企業はサリドマイド剤と胎児の障害との因果関係と責任を否定し、被害児
とその家族の精神的・肉体的苦痛や経済的負担に対する救済措置を講じなかっ
た。サリドマイド被害者・家族は、このような薬害を繰り返してはならないと
いう強い思いをもち、障害が薬によることを認めることと被害に対する補償を
求めて裁判を起こした。国と製薬会社は、裁判でも10年余にわたり因果関係と
責任を否定し争い続けたが、1973年にようやくこれまでの事態を反省し因果関
係と責任を認めて和解することを申し出たことから、被害者・家族は1974年に
裁判を和解により終結することに合意し、被告が責任を認め損害賠償金を支払
う等の内容を含む和解確認書が締結された。
この確認書において、厚生大臣は、
「本確認書成立にともない、国民の健康を
積極的に増進し、心身障害者の福祉向上に尽力する基本的使命と任務を改めて
自覚し、今後、新医薬品承認の厳格化、副作用情報システム、医薬品の宣伝広
告の監視など、医薬品安全性強化の実効をあげるとともに、国民の健康保持の
4
ため必要な場合、承認許可の取消、販売の中止、市場からの回収等の措置をす
みやかに講じ、サリドマイド事件にみられるごとき悲惨な薬害が再び生じない
よう最善の努力をすることを確約」した。
このサリドマイド事件を契機に、わが国を含む世界各国で新薬承認の基準が
厳格になり、また副作用モニタリング制度が導入されるなど薬事行政の改善が
なされた。このように、サリドマイド事件は、現代社会に警鐘を鳴らすととも
に医薬品に関わる人々にとって大きな教訓を残した。
ところが、サリドマイドは、1965年にハンセン病の症状緩和に効果があるこ
とが報告され、以後ブラジルなどで再び使用されるようになった。ブラジルで
は危険性の情報が国民に知らされないまま薬が使用された結果、ブラジル・サ
リドマイド被害者協会(ABPST)によれば1965年以降に100人を超える新たなサ
リドマイド被害児が生まれている。その後、ベーチェット病などの重篤な皮膚
疾患、エイズやがんなどに対する効果を期待する研究報告がなされ、その使用
は世界各国に拡大していった(注:ただし、エイズやがんに対する効果を証明
する報告は現在までなされていない)。わが国では、ハンセン病療養所において
年間10人ほどの患者さんにサリドマイドが処方されてきたと報道されている。
米国では、患者グループがサリドマイドをブラジルから持ち込んで使用するケ
ースが急増したことを背景に、1998年、史上もっとも厳格なリスク管理プログ
ラム(S.T.E.P.S.)の構築を条件に、サリドマイドをハンセン病の治療薬とし
て認可した。
1999年にサリドマイドが難治性・再発性の多発性骨髄腫に対して効果がある
ことが報告され、以後、サリドマイドは多発性骨髄腫に対する治療薬として位
置づけられるようになってきた。わが国でも、2000年頃から個人輸入によりサ
リドマイドが多発性骨髄腫などの患者に使用されるようになった。サリドマイ
ドは、1962年に販売が停止された後の1971年に承認整理という形で承認が取り
消された薬であるが、厚生労働省は、個人輸入によりわが国で再び使用される
ようになったサリドマイドを未承認薬として扱い、他の未承認薬と同様に現在
までその使用に関する規制を何ら行っていない。
このような事態に関して、いしずえがサリドマイド被害者に対してアンケー
ト調査(2002年)を行った結果、回答した187人(回答率187/291=64%)のうち、
63人(34%)は「使用の全面禁止」を求め、108人(58%)は「厳しいルール作り」
を求めた。サリドマイド被害者は、
「この薬がなければ私たちは被害を受けるこ
とはなかった」がゆえに、「このような恐ろしい薬を二度と使ってほしくない」
という率直な気持ちを持っている。しかし、サリドマイドが再び使われること
5
に対する胸の痛みを持ちながらも、5割以上の被害者が使用禁止ではなく厳しい
ルール作りを求めているのは、薬害による障害を負う身であるからこそ命や健
康の尊さを思い、病いのつらさを実感し、
「サリドマイドにより救われる人がい
るなら誤りなく使用されることを念じる」という気持ちを同時に持つからであ
る。
厚生労働省は、サリドマイドが個人輸入によりわが国で再び使用されており、
またこの薬の製造販売承認申請が出されている事態において、このような被害
者感情に配慮するとともに、和解確認書の「サリドマイド事件にみられるごと
き悲惨な薬害が再び生じないよう最善の努力をする」という約束を誠実に守る
義務がある。
2
いしずえの要望書の提出と厚生労働省の対応
いしずえは、ご承知の通り、サリドマイド薬害裁判の和解確認書に基づいて
設立された財団法人(サリドマイド福祉センター)であり、サリドマイドの催
奇形性による副作用被害を経験し、その恐ろしさをもっとも痛切に知る被害者
によって運営されている。
1999年に、サリドマイドが難治性・再発性の多発性骨髄腫に対して効果があ
ることが報告され、以後、日本においても、個人輸入によりサリドマイドが再
び使用がなされるようになった。厚生労働省は、この個人輸入によるサリドマ
イドを未承認薬として扱い、他の未承認薬と同様に現在までその使用に関する
法的規制を何ら行っていない。そこで、いしずえは、新たな被害者の発生を懸
念し、これまで厚生労働大臣あてに、数次にわたり、以下の要望書を提出して
きた。
①「日本での新たなサリドマイド被害の防止に関する要望書」第1回 (2002
年9月25日付)
②同要望書第2回(2002年12月20日付)
③同要望書第3回(2004年12月10日付)
④同要望書第4回(2005年3月30日付)
⑤同要望書第5回(2006年1月30日付)
いしずえが上記要望書で指摘した問題等に関して、厚生労働省は、平成14年
度厚生労働科学研究報告書「未承認薬の個人輸入による使用実態及び適正使用
のあり方に関する調査研究(主任研究者:清水直容)」の公表(2003年9月18日)
や、日本臨床血液学会に対し依頼した「多発性骨髄腫に対するサリドマイドの
適正使用ガイドライン」(以下、「ガイドライン」という。2004年12月10日)の
6
公表、及び厚生労働省医薬食品局監視指導・麻薬対策課長通知(平成16年12月
14日付医薬監麻発第1214001)による個人輸入を行う医師に対するガイドライン
の存在の周知などの対応をしてきた。
ガイドラインには、対象疾患を多発性骨髄腫に限定しているなどの限界はあ
るものの、いしずえが新たな被害防止の観点から提出した意見が相当程度反映
されており、安全性確保のための規定が一通り盛り込まれていた。
しかし、患者の登録、医療機関の倫理委員会の承認、責任薬剤師による管理、
担当医師の患者のサリドマイドの服用記録、残薬の回収などが遵守されていな
い実態が判明し、ガイドラインによるサリドマイドの安全管理の限界が明らか
となった。そこで、個人輸入のサリドマイドを使用する全患者の登録を目指し、
厚生労働省研究班(主任研究者:久保田潔)において、サリドマイド使用登録
システム(SMUD: Safety Management System for Unapproved Drugs)が考案さ
れるに至った。しかし、この SMUD のシステムは、患者の登録がイニシャルに限
定されているため、患者本人に直接注意を喚起することや患者から直接情報を
得ることが出来ないという短所が存在し、いしずえの求める厳格な安全管理は、
いまだに徹底される状況にはない。
そして、藤本製薬が、2006 年 8 月 8 日、厚生労働省に対し、サリドマイド剤
の製造販売承認を申請したため、いしずえは、藤本製薬に対し、S.T.E.P.S.を
参考に、サリドマイドの厳格な安全管理システムを構築するよう要望し、サリ
ドマイドの危険性、安全管理の具体的な提案などをしてきた。しかし、藤本製
薬が検討するリスク管理プログラムは、その説明によれば、S.T.E.P.S.におけ
る重要な構成要素のいくつかが欠落していた。そこで、いしずえは、厚生労働
省に対し、第6回の要望書として、
「サリドマイド製造販売承認申請の取り扱い
に関する要望ならびに副作用被害の防止策(リスク最小化方策)の検討状況に
ついて(照会)」(2006 年 12 月 20 日付)を提出した。この「要望と照会」にお
いて、いしずえは、厚生労働省が、自ら厳格な安全基準(「リスク管理体制」構
築の基準)を設定することを求めたが、厚生労働省の回答は、S.T.E.P.S.が海
外の多くで標準的に採用されていることを認めたものの、厳格な安全基準の設
置については何ら言及せず、製薬会社に対し必要な指導をするというきわめて
消極的な対応に止まるものであった。いしずえの懸念のとおり、藤本製薬が検
討しているプログラムでは、新たな被害が確実に防止できるとは言い難い。
3
厚生労働省の責任
前記のとおり、サリドマイドは、過去に国(厚生省)の落ち度により甚大な
被害をもたらした悲惨な薬害の原因物質であり、その承認が取り消された薬剤
であるとともに、和解確認書で、国は、
「サリドマイド事件にみられるごとき悲
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惨な薬害が再び生じないよう最善の努力をする」という約束をしたのであるか
ら、この約束を誠実に守る義務がある以上、国の責任において、サリドマイド
被害が再び発生しないように取り組み、サリドマイドの厳格な安全管理基準を
自ら設定する義務がある。しかし、厚生労働省は、米国 FDA の担当官から、
S.T.E.P.S.についての聞き取りをしたとするものの、いまだに自ら安全管理基
準を設定しておらず、藤本製薬の検討するプログラムを受動的に評価するに止
まっている。
最も問題なのは、厚生労働省が、サリドマイドの製造販売承認申請の審査を
する際に、いかなる基準によって、その安全性を審査しているのかが不明であ
ることである。サリドマイドが、被害により承認を取り消された薬剤である以
上、今般の製造販売承認申請にあたっては、申請を審査及び製造販売を許可す
るについて、明確な安全性の基準が事前に設定されていなければならないはず
である。安全性の基準がないまま、漫然と審査を行うのは、国の責任の放棄で
あって、新たなサリドマイドの被害の発生を防止は不可能である。厚生労働省
は、速やかに厳格な安全管理の基準を設定しなければならない。
4 リスク管理プログラム
厚生労働省が設定する厳格な安全管理の基準は、いしずえの「要望と照会」が
指摘したリスク管理プログラムと同等のものでなければならない。
このリスク管理プログラムは、米国の S.T.E.P.S.と同等かそれ以上の確実性
をもって胎児の健康被害発生を防止できるものでなければならない。特に、現
在、藤本製薬が検討中のプログラムの内容に照らし、以下の事項が特に留意さ
れなければならない。
(1)中央センター
リスク管理プログラムは、中央のセンターがサリドマイドを処方する医師、
調剤をする薬剤師、及び使用する患者を一元的に管理し、処方、調剤及び使用
の適切性を評価することができるものである必要がある。特に、患者が、避妊
と妊娠の可能性について直接センターに報告することが重要である。その具体
的な方法は、S.T.E.P.S.における電話による音声自動応答システム(IVRシ
ステム)が確実である。これは、患者の報告に問題がある場合に、センターの
オペレーターが直接電話口に出て確認をすることができるものである。
(2)第三者機関への評価の委託
また、第三者機関によるリスク管理プログラムの評価も重要である。
S.T.E.P.S.も、第三者機関による評価により、改善がなされてきている事実か
らも、第三者機関は、リスク管理プログラムの中で、特に重要な役割を有して
いるといえる。この第三者機関は、S.T.E.P.S.では、独立した評価機関として
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ボストン大学スローン疫学センターが、最初の数年間、電話による患者調査を
行っていたことからも、製薬会社から独立した機関で、公的な性質の機関であ
ることが望ましい。
製薬会社が第三者機関に委託するのでは、その地位の独立性は担保できず、
適正な評価は期待できないので、国の責任において、国の業務として、第三者
機関への評価の委託を行うべきである。その際、第三者機関としては、大学、
研究機関、公益法人などの公的な機関を選択すべきである。
さらに、第三者機関の調査権限であるが、第三者機関が自ら医師、薬剤師、
患者に対し、質問し、調査をすることのできる権限がなければ、十全で適正な
評価はできないため、その前提として、第三者機関に、製薬会社が取得し保有
する医師、薬剤師、患者の情報(個人情報を含む)と同一の情報を保有する権
限を持たせることが必要である。そのためには、製薬会社が、リスク管理プロ
グラムの内容として、事前に、医師、薬剤師、患者から、個人情報を第三者評
価機関に対し提供することの同意を得ておく制度を構築しておかねばならない。
そして、第三者機関の評価の対象であるが、製造販売承認されたサリドマイ
ドのリスク管理プログラムの評価に止まらず、個人輸入されたサリドマイドの
使用実態を把握し、その安全管理についても評価すべきである。前記のとおり、
個人輸入については、未承認薬として、その管理がガイドラインに委ねられて
いるが、この遵守が十分なされていない実態がある以上、安全管理についての
適正な評価をしない限り、サリドマイドの被害発生を防止することはできない。
もっとも、リスク管理は一元的に行うことで、その実効性が発揮されるのであ
り、厚生労働省が、サリドマイドの製造販売承認をした場合には、サリドマイ
ドの個人輸入を禁止し、すべてのサリドマイドを厳格なリスク管理プログラム
の下で一元的に管理することが望ましい。
第三者機関の運営であるが、サリドマイドの被害を二度と発生させないよう
にするため、運営委員会を充実させるべきであり、その構成メンバーは、製薬
会社及び厚生労働省を代表する者に加え、関係学会、医師、薬剤師、サリドマ
イドの適応疾患の患者会(日本骨髄腫患者の会)、サリドマイド被害者団体(い
しずえ)、医薬品の安全性評価やリスク管理の専門家等とすべきである。
近時、サリドマイドと類似した化学構造及び効能を有するレナリドマイドと
いう薬剤についても、国内で治験が実施されているが、将来、レナリドマイド
の承認申請がなされた場合においても、この第三者機関がリスク管理プログラ
ムの評価を行うことを前提に審査を行うことが望ましい。
5
T.E.R.M.S.の問題点
藤本製薬が検討しているプログラムは、T.E.R.M.S.というものであるが、藤
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本製薬の非公式の説明によれば、主に、次のような問題点があると考えられる
(問題点は、以下のものに限定されるわけではない)。
① 藤本製薬には、患者及び家族が自らの責任において胎児がこの薬にさらさ
れることのないよう適切な安全管理(性行為を避けるか避妊を徹底する、男性
患者の場合は必ずコンドームを使用する、および自宅での適切な薬剤管理)を
行っているかを、主治医とは独立にモニターする責任を有するが、これまでに
同社から受けた説明からは、同社がこの責任を十分認識して安全管理システム
を構築しようといるのか甚だ疑問である。いしずえは、藤本製薬自らの責任に
おいて実施する中央センターによるモニタリングにおいて、患者自身が認識し
た問題点などを受診日とは異なるタイミングで医師を介在しない形で積極的
に把握することにより、患者の安全管理のあり方に問題がある場合には、それ
を速やかに可能な限り漏れなく発見し、遅滞なく適切な介入を実施できるよう
にするとともに、モニタリング・システムや教育の問題点を把握し必要な改善
を行うことが重要であると考える。しかし、これまで同社から説明を受けた
T.E.R.M.S.案では、医師・薬剤師が患者から聞き取るのとほとんど同じ質問項
目に患者が受診日当日にチェックを入れるだけに止まっており、患者が家庭で
の避妊や薬の管理に関して感じる疑問や問題などがあったとしても、それを十
分把握できるとは言い難い。
② 藤本製薬の内部に設置される中央センターの人員・業務内容が不明であり、
中央センターが、T.E.R.M.S.の中でどのような機能を発揮し、サリドマイド被
害の発生を防止するのかが明らかとなっていない。S.T.E.P.S.に見るとおり、
患者が自動応答の電話ないしはオペレーターの質問に対し直接回答するなど
患者にとっての負荷や価値観を尊重した方法でモニターすることにより、患者
においてサリドマイドを使用する危険性の十分な認識がなされるという効果
があることに十分留意すべきである。さらに、中央のセンターが可能な限り、
「患者からの相談や問い合わせに直接親身に応じる」ことができる体制を組む
ことも必要であると考える。
③ 医療機関(医師・薬剤師)から中央センターへの処方毎の報告が、日常診
療の環境下で医療機関及び医師・薬剤師に大きな負荷をかけることなく実施可
能であるのか疑問である。藤本製薬から説明を受けたT.E.R.M.S.案では、
T.E.R.M.S.の条件を満たすことのできる医療機関は相当程度限定されること
が予想される。このように医療従事者にとって負荷が大きいシステムは、シス
テムからの逸脱を生みやすく、T.E.R.M.S.が遵守されない危険性が大きくなる
とともに、「患者がこの薬を利用することを不必要に妨げる」可能性が懸念さ
れる。厳格なシステムであることは望ましいが、システムからの逸脱が生じる
可能性につながる不必要な負荷を与えないことも重要である。
10
④ T.E.R.M.S.を導入してサリドマイドを販売した結果、いしずえが先の「要
望と照会」で求めた「サリドマイドの使用に伴う胎児の健康被害を 1 例も発生
させないこと」という目標(ゴール)が達成されたのか、および T.E.R.M.S.
自身の実効性について、T.E.R.M.S.本体の中でどのように評価するのか、その
具体的方法が示されていない。厚生労働省は、藤本製薬に対し、少なくとも次
の点について明確にさせるべきである。
ア)藤本製薬が「T.E.R.M.S.導入の結果と実効性について、どのような評価項
目を用いて、いつどのような調査を行い、結果と改善策をいつまでに第三者
機関および厚生労働省に報告するのか」について、十分明確にさせるべきで
ある。
イ)上記ア)については、藤本製薬に対し、少なくとも次の点を明記した評価
計画書を厚生労働省に提出させ、その評価計画書についても承認審査の対象
とすべきである。
[A]T.E.R.M.S.の実施状況に関する調査
【A-1】項目
・T.E.R.M.S.によるモニタリングの対象患者のまとめ(人数、病名、入
院・通院の期間、薬剤の使用量と使用期間など)
・T.E.R.M.S.によるモニタリングの件数
・医療機関がそのために要した人員と時間
・患者からの報告件数と内容(リスク別に異なる報告を求めるのならそ
のリスク別の報告件数と内容)
【A-2】調査の実施時期と頻度
[B]実施した調査結果に関する解析の計画
【B-1】項目
・医師・薬剤師など医療機関から得た結果のまとめ
・患者から得た結果のまとめ
・問題のあるケースの内訳と件数
・問題のあるケースへの対応状況(問題を認識してからどのくらいの時
間内にどのような対応をとったか)。
【B-2】解析実施時期
[C]モニタリングの受容の程度に関する調査(モニタリングのために発生す
る医療機関・患者の負荷に関する受けとめとモニタリングの有用性に関す
る認識など)
【C-1】方法(質問票、電話など)
【3-2】時期
【3-3】内容
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※受容に関する調査については、第三者機関に依頼することも考えられ
る。
⑤ 事前評価について:厚生労働省は、承認前に「安全性確認試験」などの形
で治験の枠組みにおいて T.E.R.M.S.を実際に少数の医療機関で稼動させ、そ
の実効性に関する事前評価を藤本製薬に実施させるべきであり、その結果につ
いて上記評価項目に準じた形で評価させ、厚生労働省に提出させるべきである。
⑥
第三者評価機関の設置主体・人員・業務の詳細が不明である。藤本製薬の
説明によれば、第三者評価機関は、藤本製薬が委任した機関を想定していると
されるが、医薬品の被害が国民の生命・身体の安全に直接関わり、重大な結果
をもたらす可能性があることに鑑みれば、製薬会社が委任し、委任の報酬も製
薬会社から交付される状況において、第三者評価機関が、製薬会社に不利益な
事項について厳格な評価を行い、有効に機能するとは思われない。
⑦
第三者評価機関による評価の方法は、藤本製薬の説明によれば、患者から
郵便で送られてきたアンケートを集計、検討するという極めて受動的な方法を
予定しているという。しかし、このような調査では、T.E.R.M.S.の遵守に関す
る問題点を把握するには不十分であり、T.E.R.M.S.が被害防止に対して十分に
機能しているかを評価し、必要な改善を行うことが出来ない。したがって、第
三者評価機関が医師、薬剤師、患者に直接質問をすることができるよう調査権
限を充実させるべきである。そのためには、第三者機関が、藤本製薬が取得し
保有する医師、薬剤師、患者の情報(個人情報を含む)と同一の情報を保有す
ることが必要不可欠である。そして、藤本製薬が、あらかじめ、医師、薬剤師、
患者から、個人情報の第三者提供について同意を得て、サリドマイドの販売を
行うことを、T.E.R.M.S.のシステムに組み込む必要がある。
以上
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