宮崎さん

第2回「ハンガリー旅の思い出」コンテストの発表
A賞 宮崎さんの作品
ハンガリー旅の思い出
なぜハンガリーなの?
この言葉が忘れられない。昨夏訪問したバダチョニのペンションでオーナーの娘さんに聞かれた。「私
ならフランスやイギリスに行ってみたいのに、なぜなの?」
ずっと憧れていた。ハンガリーという言葉の響き、未知
の国への好奇心。少し前まで共産圏だったこの国は、日
本では未だ知られていない部分が多く、謎めいた雰囲気
が私の心をくすぐる。フランスもイギリスも私にとっては簡
単に行ける場所だ。直行便もあるし代金も手頃、実際もう
何度も訪問した。自分でもここを選んだ目的がうまく説明
できず、この程度の「なんとなく・イメージで」といった理由
では彼女は納得しなかった。ハンガリーなんて何もなくて
退屈でしょ、もっとワクワク出来る場所は他にあるはずな
のに…と。
自分の国の良さが解るには、年齢を重ねる必要があるのかもしれな
い。私も10代の頃は、日本やアジアではなく西欧の国々が魅力的に見
えた。透き通るような肌と黄金に輝く髪、きれいな色の眼を持ち、柔らか
い横文字で話す人々…漢字のごつごつした印象や、黒い髪と眼の自分
がやぼったく思えたものだ。今では自分の国のいいところ、日本人ならで
はの長所もちゃんと理解した上で、外から何か新しいものを学びたいと思
えるけど。多分彼女も自分を否定しながら「未知なるものへの憧れ」を抱
き続けているのだろう。彼女自身もとてもきれいだし、ハンガリーは十分
魅力的な国なのに…。もし私にハンガリー語が話せたら、せめてもう少し
英語で自分の気持ちが言えたなら、今回の旅で感じた、アジアでも西欧
でもない、その両方が融合した独特な魅力を伝えられたのにとても残念
だ。
初めて訪れた中欧の国は、不思議に懐かしさを感じる場所だった。意
外にも黒髪の人が多かったからなのか、肌の色が近かったからなのかよ
く解らないけど、知らない場所に来たという感じが全くしなかった。漂う空
気が日本に似ていた。街を見渡しても、いわゆるヨーロッパ建築が大半
であるが、マーチャーシュ教会のように文化の融合したものもあり、それ
も私には居心地が良かった。どんなに有名な場所でもまるでなじめない
街もあるけど、ここはイケル、その感じは日増しに強くなっていった。
今回の旅のハイライトはバラトン湖への小旅行。ブタペ
スト南駅から2時間ちょっとのプチ旅行だ。冷房もない普
通の電車だったけど、開け放した窓からの風が返って気
持ちいい。緑のトンネルを抜け、一面に広がるひまわりに
見とれている私の目に飛び込んで来たのはビーチパラソ
ルと浮輪と海の家。ハンガリーのイメージといえばプス
タ=大平原、乾いた土地だ。こんな内陸になぜ海の家
が?広島育ちの私にはまるで瀬戸内海のように見える大
きな大きな湖、ハンガリーの人達にとってはここが海であ
り、バカンスを楽しむ場所なのだ。みんな知らないでしょ、
ハンガリーで海水浴が出来るなんて!
知らなかったといえば赤ワイン。この国で有名なのはト
カイワインという甘い白ワイン、だから赤はないのだと
思っていた。それって日本には日本酒しかないって外国
人が考えるのと同じかな。特に気に入ったのは「ケークフ
ランコシュ」というメルロー種の赤。旅の間中お世話になっ
た「指差し会話集」で紹介されていたので試しに飲んでみ
たら美味しいこと!つい、自分用の土産に1本買ってし
まったほどだ。
バダチョニではちょっとしたスペースでも即席ワインバー
だ。昼間は自宅の駐車場だった場所が日暮れとともに「ボ
ロゾー」に変身、ワインがどれだけ生活に浸透しているか
がよく解る。ランチの際に飲んでいる人も何度となく見か
けた。郷に入っては郷に従えで、私達も昼日中からワイン
を食してみる。この地方でしか取れないブドウから作った
オラスリーズリングとグヤーシュで気分はすっかりハンガ
リアンだ。
ペンションのすぐ近くのレストランでは、二種類の料理を注文し、それをシェアしたいと伝えたら、一人
分ずつに盛り替えて持って来て下さった。その心配りに感激しさらに酔いが回ってしまった。せっかく練
習した、ハンガリー語の「美味しい」も「お勘定をお願いします」も言えず仕舞いで悔しい。
もう一つ忘れられない思い出がある。インフォメーションセン
ターでの出来事、私達の訪問によって係のおばちゃん達は初
めての経験をする。旅も半ばを過ぎてフォリントが乏しくなって
いたので両替をお願いしたところ、おばちゃんが取り出してき
たのは「世界の通貨見本」と思しき分厚い本と大きな虫眼鏡。
一万円札を透かしたり拡大したり、目をくるくる回しながら二人
額を寄せ合って真剣に見本帳と比べてる。最後にはなぜか私
達の顔と福沢諭吉を見比べてOKが出た。信用勝ちと言うこと
だろうか。両替所は誤魔化されないよう神経をピリピリさせて
いなくてはいけない場所だと思っていたのに、待っている時間
も楽しく、ほのぼのとした気分だった。きっと後で「初めて見た
ね、日本のお金。」「そうそう本物かどうかよく判らんかった
ね。」なんて言う会話があったのではないだろうか。彼女たちの
目に大陸の向こうからきた私達はどう映ったのか。国際親善に
役立っていればいいし、遥々ここまで来た日本人が居たことを
忘れないで欲しいと思う。 人生に偶然ということはありえないと聞いたことがある。ハン
ガリーに行こうと思ったことも、ペンションの娘さんとのもどかし
いやりとりや、インフォメーションセンターの人の好いおばちゃ
ん達との出会いも、すべてが私にとっては必然だったに違いな
い。私の中で刻まれた思い出は、いつかきっと何らかの形で生
きてくるのだと思う。
結局のところ、旅の記憶というのは現地の人との触れ合いだ。旅行中に出会った全ての人達に感謝し
ている、一年経った今もこんなに鮮やかな思い出を残してくれたことに。今もみなさんが元気で楽しく暮
らしていてくれることを願っている。
2005年6月