ボール運動の戦術課題を主体的に解決できる児童の育成

<授業実践班 体育科>
ボール運動の戦術課題を主体的に解決できる児童の育成
∼タスクゲームと言語活動の工夫を通して∼
研究員 北浦 佑基
Ⅰ
授業改善の課題
1
課 題
戦術課題が焦点化されるように修正されたゲーム(以下タスクゲーム)の工夫や言語活動の充実
を図り、ボール運動における戦術課題を主体的に解決できる児童の育成を目指す。
2
課題設定の理由
これまでの私のボール運動の体育授業実践において、次のような課題があった。個々の技能を伸
ばすためにドリルゲームなどをするが、それがゲーム中に生かされない。また、作戦タイムなど話
し合う場面を設定するが、課題が明確ではないために、話合いが深まらない。さらに、体育の学習
用語の習得が児童の経験の差によってさまざまであったり、チーム内で、高圧的な言葉や否定的な
言葉を使ってしまい、チームの雰囲気が悪くなってしまったりして、話合いが円滑に進められない
状況があった。
これらの課題を解決するために、L・グリフィンの提唱する「戦術アプローチモデル」と言語活
動の工夫に着目した。戦術アプローチモデルでは、ゲームを成立させるボール操作の技能に加え、
ゲームに関わる戦術的な知識についても学習内容に据え、習得した技能や知識を実際のゲーム中に
発揮することの向上をねらいとしている。また、子どもの戦術的気付きを促すために、タスクゲー
ムが重要視されている。子どもたちは、条件づけされた状況の中で、
「プレーを成功させるために
は何を行わなければならないか」という戦術課題に直面し、これらのタスクゲームと戦術的な気付
きを促す指導者の発問を結び付けることで、問題解決の手段が導かれるとしている。
体育のボール運動において、言語活動を行うことで、筋道を立てて練習や作戦を考えたり、戦術
課題を解決したりすることができると考えられる。しかし、言語活動の場を設けただけでは、話合
いが深まらず、課題解決できないことがある。体育の学習用語の理解を深め、活動中に正しく使え
るようにしたり、話合いの観点を明確にしたりするなどの言語活動の工夫が重要であると考えた。
これらのことから、単元の目標に向けて、単元の過程ごとの戦術課題を明確にし、その戦術課題
を焦点化したタスクゲームを設定し、児童の戦術的な気付きを促していくことで、主体的に課題に
取り組むことができると考えた。また、ボール運動では、チームで課題を解決するため、児童の言
語活動が戦術課題解決の手だてとなると考えた。その際、児童が主体的に話し合うことができるよ
うに、言語環境の整備をしたり、肯定的な人間関係を作っていったりすることも重要であると考え
た。そこで、小学校5年のゴール型「フラッグフットボール」の授業において、タスクゲームと言
語活動の工夫が、戦術課題を主体的に解決できる児童の育成につながると考え、本主題を設定した。
Ⅱ
授業仮説
1 授業仮説
○単元の過程ごとの戦術課題を明確にし、その戦術課題を焦点化したタスクゲームを設定すること
で、児童がめあてをもって、ゲームに取り組めるであろう。
○戦術課題解決場面において、言語活動の場を設定し、言語環境の整備や話合いの観点を提示する
ことで、児童の話合いが活発になり、主体的に課題を解決できるであろう。
2 具体的な手だての工夫
(1)タスクゲームの工夫
①ボール操作や人数の制限、コートの広さなどを工夫し、戦術課題を理解しやすい状況にしたタ
スクゲームを実施する。
②学習過程及びめあてを明確に提示し、ドリルゲームやタスクゲームに必要感をもたせる。
(2)言語活動の工夫
①単元を通して使う体育の学習用語を整理し、言語環境を整備することで、児童が用語を共通理
解しながら、活発に言語活動ができるようにする。
②「楽しく使って楽しく学ぼう!5年1組 体育言葉」を授業中の肯定的な児童の発言から作成
し、単元を通してこの言葉を使っていくことで、児童がお互いに肯定的な言葉がけできるよう
にし、チーム内でのコミュニケーションが円滑に進められるようにする。
③話合いの観点を提示することで、児童の言語活動が戦術課題解決につながるようにする。
Ⅲ
実践の概要
1 単元名
ボール運動領域 ゴール型「フラッグフットボール」
2 単元の目標
フラッグフットボールの基本的な技能を身に付け、役割に応じて動いたり、チームの特徴に合っ
た作戦を考えたりして、ゲームを楽しむ。
3 指導計画
4 授業の記録(全9時間予定 本時はその7時間目)
ねらい:タスクゲーム生かして、パスプレーの工夫をしたり、チームの作戦を成功させたりしながらゲームを楽しむ。
過程
つかむ
学習活動及び手だて
手だてに対する実際の児童の反応
○チームごとにウォーミングアップをする。
・フラッグキャッチ ・ランパスゲーム
○前時までの学習を振り返り、本時のめあてを確認する。
【児童の反応】
・楽しみながら、意欲的にドリルゲ
ームに取り組んでいる。
ア ウトナン バーに よるタ ス クゲー ムを生 かし て 、チーム の作戦 を成功 させよう
◎手だて①
タスクゲームの工夫
空いているスペースに走り込むタイミングや角度を理
解するために、3対2のヘルプパスゲームを実施した。
【児童の反応】
・すばやく相手の前に出たり、フェ
イントを加えたりして、ボールを
受けられる位置に移動している。
◎補充手だて①
QBが左右に動き,パスが通りやすい状況をつくこと
や体の向きを変えて、違うスペースに走り込むことなど
を助言した。
【反応に対する評価】
・ボール保持者と受け手との間に守備がいないスペースへ
走りこむ動きだけではなく、ボールを受けた後に攻撃方
向に守備がいないスペースへ走り込む動きをしている児
●自分の前にいる守備を振り切れ
ず、パスがもらえる位置へ動けて
いない。
【補充手だて①に対する反応】
・守備の頭の上を越えるパスを受け
られるように移動している児童
もいた。
追求する①
童が多くおり、サポートの動きが巧みになっている。
◎手だて②
タスクゲームの工夫
アウトナンバーによる攻撃側有利の状態で,作戦を試
したり、精度を高めたりするために、4対2または4対
3のチーム練習を実施した。
◎補充手だて②
【児童の反応】
・チーム内での肯定的な声かけが多
く見られ、たとえ作戦が失敗して
も、否定的な言葉を言う児童はお
らず、次にどのようにすれば、成
功するのかを積極的に話し合う
練習の様子を再現させ、動きによってどこにスペース
ができていたかを確認させた。
【反応に対する評価】
・アウトナンバーの状況で、空間的余裕が多く確保され、
冷静且つ的確にゲームの状況を把握できたため、作戦の
修正(効率化)を考えることができた。
・チーム内での言葉がけが肯定的で、動き方や攻め方を考
える際に、円滑なコミュニケーションが図れていた。
ことができていた。
●スペースを作ることができたが、
有効に使えていない。
【補充手だて②に対する反応】
・作戦の成功率を高めるために、作
戦の修正をしたり、もし○○だっ
たら∼しようとうまくいかなか
ったときの状況も考えたりして
いた。
○4対4の試合を行う。
(第1試合目)
【児童の反応】
【反応に対する評価】
・試合開始前にチームで円陣を組
・チームで円陣を組み、かけ声をかけることによって、勝
利に向けて、主体的に試合に参加できていた。
み、自分たちが考えたかけ声をか
け、試合に臨んでいた。
・タスクゲームで修正された作戦を実行し、タッチダウン ・タスクゲームで修正した作戦を用
追求する②
をすることができたチームがあり、作戦の有効性が示さ
れた。
●ロングパスが多用され、ミスが多
・作戦と投・捕球技能が合っていないチームがあった。
◎手だて③
いて、タッチダウンができた。
言語活動の工夫
作戦の選択・成否の原因の追求・修正をするために,
話合いの観点を提示した言語活動を実施した。
く出たチームがあった。
【児童の反応】
・チームのリーダーを中心に、失敗
の原因を探り、次にどうしていく
かを考えていた。
話合いの観点
・作戦が失敗してしまった原因は何か
・次にどうすれば成功するか
・作戦の修正は必要か
・ だれが何を行うかが明確になっているか
・どの作戦を使うか(相手の守備によって)
・作戦の修正を加え、メンバーの動
きを確認できたチームがあった。
◎補充手だて③
・体育の学習用語を使ったり、肯定
的な言葉を使ったりして話し合
「失敗した原因は何か」
,
「次にどうすれば成功できる
っていた。
か」などを問いかけ、児童の戦術的な気付きを促す。
●具体的な解決策が見出せず、話合
【反応に対する評価】
いが停滞してしまうチームがあ
・話合いの中で、
「ロングパス」
、
「スペース」
、
「ガード」な
どの用語を正しく使い、アドバイスや作戦を考えたりで
きていた。また、聞いている児童も言葉の意味を聞き直
したりせず、言葉を理解していた様子だった。
った。
【補充手だて③に対する反応】
・「フック」や「クロス」といった
動きを作戦に加えているチーム
・次にどうすれば成功するかに重点を置いたため、相手に
応じて作戦を選択する(変更する)というねらいを達成
できなかった。
※3人のレシーバーが既存のスペースに走る
があった。
※「フック」を作戦に加えたチーム
※守備を中央に引きつけ、後方のスペースを作り出す
3
移動
3
3
パス
QB
レシーバー
2
3
4
1
話合い前
3
4
1
話合い後
○第2試合目を行う。
(第1試合と同ルール・同チーム)
【児童の反応】
【反応に対する評価】
・修正した作戦が成功したチームも
・第1試合で成功しなかった作戦が成功しているチームも
あり、作戦の修正が試合に生かされた。
・作戦が効率的になっていたが、児童の技能が未熟である
ため、作戦を成功させることができなかった。
・話し合った作戦を、練習する時間を設けなかったので、
作戦の精度を高めることができなかった。
Ⅳ
2
あったが、逆に、第1試合目で成
功したものが、失敗してしまうチ
ームもあった。
・作戦が失敗してしまっても、「体
育言葉」を使って、チームの雰囲
気を盛り上げていた。
実践のまとめ
1
成 果
(1)ゲーム中のプレーや作戦の変容から
本実践では、ステップⅠで「ランプレー」を、ステップⅡ・Ⅲで「パスプレー」を学習内容とし
た。単元の進行に伴い、児童の考える作戦が変化していった。まず、児童が考えた作戦の多くは、
ボールをもらうふりをしたり、後ろに隠したりする「フェイク」を使ったものであった。これは、
フラッグフットボールの特性である「ボールを持って走ることができる」ということを生かしたも
のである。守備の技能が高まってくると、ボールを持っていないプレーヤーが守備の動きを妨げる
「ガード」を使った作戦が多く見られるようになった。
「フェイク」だけでは、得点することが難
しくなり、ボールを持っているプレーヤーの走るスペースを空けることのできる「ガード」を使う
ようになったと考えられる。ステップⅡで「パスプレー」が学習内容として加わると、ロングパス
を用いてタッチダウンをねらう作戦を考え、実行するチームが多く見られた。しかし、児童の技能
がロングパスの作戦に合っておらず、失敗することが多かった。そこで、児童は「パスプレー」と
見せかけて「ランプレー」を行う作戦やショートパスを使った作戦を実行するようになってきた。
そして、単元の終盤では、既存のスペースを攻撃する作戦から、
「フック」や「クロス」を用いた
スペースを作り出す作戦へと変わっていったり、ロングパスを再び用いたりするチームが出てきた。
このように、各時間のゲームにおける作戦の変容を見ると、児童がステップごとの戦術課題をタ
スクゲームや言語活動を通して、解決していきながら、新たな課題にぶつかり、そのたびに、その
課題を解決していくという探究的な学習のサイクルができていたと考える。そして、新たな課題を
解決するために必要な技能や戦術を教師側が提示することで、児童の戦術的気付きが高まり、技能
的・戦術的なめあてをもち、主体的に戦術課題を解決することができたと推察する。
(2)形成的授業評価の結果から
図1は形成的授業評価の推移を示したものである。
「成果」に着目すると、2時間目、3時間目
と向上したが、4時間目から6時間目までは、値が下がっている。2時間目、3時間目で行った、
ランプレーの工夫についての学習は、フェイクやハンドオフ、ガードなどの練習が技能的に易しく、
児童にとって相手を惑わすことができたなど、成果を感じやすかったと考えられる。4時間目から
6時間目には、パスプレーが学習内容として加わり、状況判断が難しくなったり、ボールの投・捕
球技能が未熟であったりするために、作戦の成功率が低く、成果を感じることが少なくなったと考
えられる。7時間目(本時)から、値が大きく上昇している。4対3アウトナンバーのタスクゲー
ムや話合いのめあてを明確にした言語活動を通して、本時の戦術課題を解決することができ、児童
が考えた作戦と技能が結び付いたので、児童が「できるようになった」と成果を感じることができ
たと推察できる。
次
元
た
の
し
む
で
き
る
ま
も
る
ま
な
ぶ
図1 形成授業評価
(3)診断的・総括的授業評価の結果から
時間
項目
Q11 明るい雰囲気
Q7 楽しく勉強
Q2 心理的充足
Q13 丈夫な体
Q17 精いっぱいの運動
次元の評価
Q9 運動の有能感
Q19 できる自信
Q15 いろんな運動の上達
Q10 自発的運動
Q6 授業前の気持ち
次元の評価
Q4 自分勝手
Q20 ルールを守る
Q1 先生の話を聞く
Q18 約束ごとをまもる
Q14 勝つための手段
次元の評価
Q3 工夫して勉強
Q5 めあてを持つ
Q8 他人を参考
Q12 時間外練習
Q16 友人・先生の励まし
次元の評価
総合評価(総平均)
単元前
単元後
得点
評価
得点
評価
2.692
2.846
2.885
2.808
2.846
14.077
1.923
2.462
2.769
2.577
2.615
12.346
2.692
2.923
3.000
2.808
2.654
14.077
2.654
2.654
2.923
2.154
2.885
13.269
53.769
5
5
5
4
5
5
3
5
5
5
5
5
5
5
5
5
2
5
5
5
5
4
5
5
5
2.852
2.889
2.852
2.963
2.889
14.444
2.296
2.778
2.889
2.704
2.815
13.481
2.926
2.963
3.000
2.963
2.815
14.667
2.852
2.815
2.926
2.593
2.926
14.111
56.704
5
5
5
5
5
5
5
5
5
5
5
5
5
5
5
5
3
5
5
5
5
5
5
5
5
表1 診断的・総括的授業評価
単元の前後に診断的・総括的授業評価測定尺度を用いて調査した結果、
「たのしむ」
、
「できる」、
「まもる」
、
「まなぶ」の各目標とも高まった。
(表1)特に、項目9や項目19の高まりが顕著で
あり、児童の運動有能感が高まったといえる。また、
「まなぶ」の項目すべてが向上していること
から、フラッグフットボールの用語を整理し、共通理解を図ったことで言語活動が活発になり、戦
術課題を解決していく中で、児童の主体性が伸びたと考えることができる。
(4)運動有能感の変化から
運動有能感の変化を単元の前後で比較すると、
「身体
的有能さの認知」
、
「統制感」
、
「受容感」
、
「合計点」とも
に高まった。
(表2)運動有能感は、積極的な運動参加
表2 運動有能感の単元前後比較
のエネルギーであり、それが向上したということは主体的に運動に参加しようという態度が高まっ
たと言える。また、運動場面で教師や仲間から受け入れられているという自信を示す「受容感」は
3ポイント以上向上している。これは、言語環境の整備や5年1組体育言葉が、話合いやチームメ
イトへの声かけを肯定的なものにし、周りから認められているという感情を高めたと考えられる。
児童の感想からも「作戦が失敗したら、どこを修正したほうがいいかを話したり、負けてしまって
も、
『大丈夫!次がんばろう』と言ったりして、チームが一つになった感じがとても楽しかった」
とあり、チームで協力して、主体的に戦術課題の解決に取り組めたことがわかる。
2 課 題
・ステップⅡでパスプレーが加わった後に、形成的授業評価
の「成果」が下がってしまった。パスの技能を高めたり、
パスをもらうための戦術をより効率よく学習できたりする
タスクゲームを考えていかなければならない。
・パスプレーを実行すると成功率が下がってしまう。ワンバ
ウンドで捕ることや触ることができたら得点、試合を4対
3のようなアウトナンバーにするなど、児童の実態に応じ
た更なるルールの工夫が必要になる。
・話合いで作戦や動きの修正が加えられた後に、実際に動き
を確かめる場面を設定することで、作戦の良さや動き方の
理解をさらに深めることができると感じた。
写真1 5年1組体育言葉
Ⅴ
研修を終えて
これまでの体育授業実践を踏まえ、本実践では、単元の過程ごとの戦術課題を明確に位置付けた
指導と言語活動の工夫を重点において研修をしてきた。
単元の終末での具体的な児童の姿を想像し、身に付けさせたい技能や戦術をどのように単元に組
み込むかを計画していくと、授業単位でもやるべきことが明確になった。また、こうした単元計画
を児童に伝え、何を学ぶかを明確にすることで、児童に必要感がうまれ、主体的に学べると感じた。
言語活動を充実させるためには、単に言語活動の場を設定するだけではなく、児童の話合いに対
する必要感や言語環境の整備、肯定的な言葉かけによる円滑な人間関係が必要になると確信した。
これらのことは、体育の授業だけではなく、他の教科にも生かしていけると思う。これからも子
どもたちのために、常に向上していく気持ちを忘れずに、研修に励みたい。
Ⅵ
参考文献
高橋 健夫 「体育授業を観察評価する」 明和出版
リンダ・L・グリフィン 他 「ボール運動の指導プログラム」 大修館書店
髙橋 健夫 吉永 武史 「フラッグフットボールの体育授業」 明治図書