農業害虫に寄生する天敵昆虫類の生態と応用に関する研究

農業害虫に寄生する天敵昆虫類の生態と応用に関する研究 一木 良子(ペンシルバニア州立大学 昆虫学科)
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食の安心・安全に対する消費者の関心は年々高まる一方であり、殺虫剤の代わりとなる環境にや
さしい生物的防除資材の開発と実用化がこれまで以上に強く期待されている。ヤドリバエや寄生バ
チ等の捕食寄生性昆虫は多くの農業害虫の天敵として知られ、古くから有望視されてきた。特に、
ヤドリバエ類は 8200 種以上を含むハエ目の中でも最大のグループのひとつで、その全ての種が幼
生期に他の昆虫の体内で寄生生活を営むため、応用昆虫学上重要な分類群である。しかし、実験室
内での飼育が難しいという理由から研究が進んでおらず、その生活史や行動生理に関する知見は大
変少ない。講演者らは、交配ケージや給餌方法等に様々な工夫を凝らし、複数の種のヤドリバエに
ついて継代飼育法を確立した。この実験飼育系を利用して、ヤドリバエ類の発育零点や有効積算温
度等を調べ、その生活史を解明する上で重要な基礎的知見を得た。さらに、ヤドリバエの寄主探索
メカニズムや寄主体内での生存戦略について研究を行い、ヤドリバエの雌成虫が寄主を探す際に視
覚や嗅覚を利用していることや、嫌気的条件の中腸内に寄生する幼虫が寄主の気管をシュノーケル
のように利用して呼吸すること等を明らかにした。
はじめに
ヤドリバエのような内部捕食寄生者とよばれる昆虫は、他の昆虫の体内に寄生し、その寄主昆虫
から栄養を搾取して成長する。寄生された寄主昆虫は、寄生者が成長し蛹化のために寄主から離れ
た後に死んでしまう。幼生期の栄養の全てを寄主昆虫に依存する捕食寄生者にとって、1)野外で
何を手がかりに効率よく寄主を探し産卵するか、2)寄主体内でどうやって寄主の生体防御を回避
し発育するか、ということは、寄生を成功させ子孫を残す上で極めて重要である。本講演では、ヤ
ドリバエの寄主探索と寄主体内での生存戦略についての研究事例を中心に紹介し、ヤドリバエ類の
多様な繁殖生態についての話題を提供する。
植物の匂いと色を手がかりに寄主を探すブランコヤドリバエ
チョウ目幼虫(イモムシやケムシ)などの植食者に食
害されると、植物は特定の匂いを放出して植食者の天敵
を呼び寄せると言われている。実際、寄生バチ類を中心
とする多くの捕食寄生性天敵が、この匂いを寄主探索の
手がかりとして利用することが知られているが、天敵を
誘引する匂い成分を特定した研究例は少ない。本研究で
は、ブランコヤドリバエ(Exorista japonica)
(図1)が寄
主であるアワヨトウ(Mythimna separata)幼虫に食害され
たトウモロコシから放出される揮発性成分に誘引される
ことを、風洞を用いた生物検定により明らかにした。ア
図1. アワヨトウ幼虫へ産卵するブラン
コヤドリバエ. 寄主の体表に白い卵を産
みつける.
ワヨトウに食害された時だけにトウモロコシが放出するジメチルノナトリエン等の4成分と、寄主
食害時だけでなく健全なトウモロコシも常時放出している青葉アルコール等の5成分を別々に提
示すると、ハエの雌成虫はほとんど誘引されなかった。しかし、両者を混合した9成分を提示する
と、強い誘引性が発揮された(図2)
。したがって、ブランコヤドリバエの誘引には、植物が食害
された時に特異的に放出する成分と恒常的に放出している成分の両方をブレンドした匂いが重要
であることが示された。さらに、ブランコヤドリバエの誘引における植物の色の効果を検証するた
めに、異なる色の紙で作成した植物モデルをハエに提示し反応を調査した。その結果、寄主が食害
した植物の匂いに加え、緑色の植物モデルを提示すると強い誘引性が認められた。ブランコヤドリ
バエは、寄主が食害する植物の匂い(嗅覚情報)と、その植物の色(視覚情報)の両方を手がかり
として利用して、寄主を探索していると考えられる。
図1. 風洞におけるブランコ
ヤドリバエの匂い成分への反
応. 植物が恒常的に出す匂い
と、食害時に特異的に出す匂い
を混合して提示すると、ハエ雌
は強く誘引された. 各 N=25.
フィッシャーの正確確率検定.
地上を徘徊する寄主の頭胸部に産卵するムラタヒゲナガハリバエ
野外でヤドリバエの寄主探索行動を観察した記録はほとんどない。本研究では、マサキに発生し
たミノウスバ(Pryeria sinica)幼虫に対するムラタヒゲナガハリバエ(Bessa parallela)の産卵行動
を野外下で観察・記録することに成功した。ミノウスバの終齢幼虫は食草の摂食を終えると、蛹化
する場所を探して地上を活発に徘徊する。ムラタヒゲナガハリバエは、食草上の寄主よりも、地上
を徘徊している成熟した寄主を好んで産卵することが明らかとなった(図3A)
。地上を徘徊する寄
主は食草上の寄主に比べ動きが活発であり、ハエは動いている寄主だけに産卵行動を示したことか
ら、寄主の動きを認知して産卵しているものと考えられる。さらに、本種は寄主幼虫の頭部および
胸部を狙って産卵することも明らかとなった(図3B)
。産卵されたミノウスバの幼虫は、体をよじ
って口器で体表に産み付けられた卵を除去しようとする防御行動を行う。頭胸部へ集中して産卵す
ることは、この防御行動を回避する上で適応的な行動戦略と考えられる。
図3.ムラタヒゲナガハリ
バエのミノウスバ幼虫へ
の産卵選好性. (A)ハエ雌
は食草上の寄主よりも地
上の寄主に好んで産卵し
た. フィッシャーの正確
確率検定. (B)寄主の頭胸
部に集中して産卵がみら
れた.カイ二乗検定. チョウ目幼虫の中腸でシュノーケル呼吸するノコギリハリバエ
ノコギリハリバエ(Compsilura concinnata)が、チョウ目幼虫の中腸に寄生し、寄主の気管を利用
してシュノーケルのように呼吸することを発見した。本種の雌は産卵管を持ち、孵化直前の卵を寄
主の体腔に産み込む。ノコギリハリバエを寄生させたカイコ(Bombyx mori)を経時的に解剖し、カ
イコ体内におけるハエ幼虫の寄生の様子を調べた。産卵後すぐに孵化したハエ幼虫は、直ちに中腸
壁と囲食膜との間隙に侵入することが判明した。中腸壁と囲食膜との間隙は、囲食膜により消化液
とは隔離されているため、ハエ幼虫は中腸で消化されることなく生存できると考えられる。一方で、
中腸内は嫌気的であり、呼吸に要する酸素が恒常的に欠乏している。しかし、ノコギリハリバエは、
体腔側にある寄主の気管を、自らのいる中腸腔側へ引き込み、後方気門を気管につなげて呼吸して
いることが分かった。寄主のガットパージにより囲食膜が排出されると、ハエ幼虫は急激に成長を
開始し、成長に合わせてより太い気管を取り込んだ。さらに、ノコギリハリバエの幼虫は、独特な
刺状の3つのフックを後方気門の周囲に持ち、それを使って後方気門を気管に固定することも明ら
かとなった。寄生バチ等の他の内部捕食寄生者の大半は寄主の中腸と表皮の間隙(体腔)に寄生す
るが、体腔には生体防御を担う原白血球や顆粒細胞等多数の血球細胞が存在する。ノコギリハリバ
エは、これらの血球細胞による生体防御機構を回避するために、中腸という非常に特殊な寄生環境
に適応したものと考えられる。さらに、中腸は他の寄生者がいないことから、競争を避ける意味で
もハエの生存に有利であると思われる。
おわりに
有望な生物的防除資材である捕食寄生性天敵に関しては膨大な数の研究が行われてきたが、その
ほとんどは寄生バチ類を材料としたものであった。講演者らはヤドリバエ類というもうひとつの主
要天敵群に注目し、その生活史や生態の一端を明らかとした。本講演で示したように、ヤドリバエ
類の寄主探索には嗅覚情報と視覚情報の両方が重要であることが判明したが、今後の研究ではヤド
リバエ類の行動を制御する因子をさらに特定し、土着のヤドリバエ類を農業害虫防除に使役する実
用化研究へと繋げていきたい。
謝辞
本研究を行うにあたり、恩師である九州大学の嶌 洪名誉教授、国際農林水産業研究センターの
中村 達プロジェクトリーダー、ならびに筑波大学の戒能洋一教授には、終始熱心なご指導とご協
力を賜りました。また、京都大学の高林純示教授、九州大学の高須啓志准教授、ならびに畜産草地
研究所の中原雄一博士には、データの取りまとめや論文作成にあたり懇切なるご指導とご助言をい
ただきました。さらに、本研究は他の共同研究者との共同の成果であるとともに、国際農林水産業
研究センターの皆様をはじめとする多くの方々にご協力をいただきました。ここに厚くお礼申し上
げます。最後に、本研究にご理解をいただき、農学進歩賞にご推薦いただいた日本応用動物昆虫学
会と、関係する諸先生方に心より感謝申し上げます。
参考文献
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Biological Studies of Parasitoid-Pest Interactions
Ryoko T. Ichiki (Pennsylvania State University, Department of Entomology)
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