市場の限界と経済政策 大阪市立大学経済学研究科 中村 英樹 1. 市場の限界 (1)「構造改革」,「グローバリゼーション」が何をもたらしたか? 「構造改革」本来の目的 ・財政投融資制度にメスを入れ、無駄な公共事業を無くす ・民間がもっと自由に活動できるよう規制緩和し、生産性を引き上げる 「グローバリゼーション」 金融・資産市場の自由化・国際化(歴史的経緯と理論展開は補足に),海外直接投資 ⇒モノとカネの流れはより良く (「金融危機」前まで)消費者, 投資家としては以前よりも良く(?) ⇒非熟練労働者の需要↓、変動費用としての労働者の扱い 労働者、特に、非熟練労働者はしんどくなる 熟練労働者であり利子所得もある家計 非熟練労働者であり賃金所得しかない家計⇒不平等拡大,下層はあがれない ⇒「金融危機」 資産市場が異時点間の資源配分やリスク配分として機能しなくなる (2)「市場メカニズムによる効率性の達成」はおかしい? ●基本的な前提条件 セイ法則(生産物市場における供給と等しい需要の存在), 外部性は存在しない, 完 全競争市場, 合理的期待(人々は経済の仕組みを理解し、不確実な変数の確率分布 を知っている、そして、その期待値でもって予想をたてる), 情報の非対称性は無 い⇒かなりきつい仮定 注意: 「市場」は道具として便利(動機付けの容易さ,個別情報の有効活用,個人の自 由や価値観の多様性の許容)、しかし、何でも「市場」で解決しようとするのは道具 に振り回されている ● 市場による資源配分 には、所得・資産分配を均等化する仕組みは内在的に無い! ・家計の初期条件が違うとき、成長とともに不平等拡大は容易に起こりうる ・さらに、市場に少し不完全性があれば、下層はかえって悪くなることも ・trickle-down 効果には条件が必要 2.今後の経済政策 (1) 「 市場に任せて小さな政府を目指す」あまり、経済政策が軽視されていないか? 1 経済政策の役割 ①経済安定化 ②「市場の失敗」を補う ③所得再分配, 福祉 ②,③ぞんざいに(教育機関の独法化, 後期高齢者医療制度 etc) ・社会における不安感・閉塞感への対策も政策の役割! (2)政策提言:中間層が落ちていかないようにすべき! もし、かなりの中間層が下層に飲み込まれたら? 再び上げるためにはさらなるコスト(飲み込まれた後のセーフティネットはコスト 高), 将来への悲観的期待(政策効果↓), 社会的不安定(日米は初期条件全く違 う),マクロの生産性↓ ○具体策 国公立教育機関:生産のための人的資本を創り出す, 所得再分配機能 奨学金の拡充(Nakajima and Nakamura (2008a,b), Nakamura and Nakajima (2009)) 教員の質↑, ベテランの活用(公的支出額は重要ではない)⇒教育効果を上げる (Nakamura (2009)) (3)経済学者の宿題 ●「期待」の操作 ・ 資 産 価 格 に お け る バ ブ ル は 常 態 的 に 存 在 し う る , 永 遠 の 存 在 は 例 外 的 ( Tirole (1985))⇒ソフトランディングするように期待をもっていくには? ・不安感・閉塞感を無くし、少子化止めるには? (cf. 期待の抱き方による複数均衡(Futagami, Iwaisako and Ohdoi (2008)) ● グローバル化に対する政策のコーディネート 補足:資産市場の自由化・国際化の歴史的背景と理論展開 キーワード:資産市場(異時点間の資源配分, リスクシェアリンク, 期待形成) 1920 年代 資産価格高騰と投資ブーム 1930 年代 株価暴落と慢性的不況 戦後の資本主義経済システム:資産市場メカニズムに委ねることをしない ブレトンウッズ体制 ・国内的には政府の規制のもと、金融・資産市場の暴走を防ぐ 国際的には固定相場制により為替変動を回避する ・ ケインズ政策:総需要管理により完全雇用を目指す (各国における財政・金融政策, USA との貿易をとおした効果) [理論]●ケインズ経済学の重要な仮定(瀬岡(1987,1996,1998),森(1987)) 有効需要の原理(セイ法則の否定) 貨幣賃金の硬直性(労働市場における完全競争の否定) ツール: IS-LM 分析, マンデル・フレミングモデル(貨幣・債券市場考慮するが、異 2 時点間の資源配分は重視せず) ●古典派経済学(マネタリスト) セイ法則, 労働市場における完全競争, 貨幣の中立性⇒ 貨幣供給ルールの設定(長期均衡から乖離した短期での政策効果は認める) 1960 年代 USA における慢性的な財政支出拡大⇒インフレ⇒ドルの実質的価値↓ 1973 年 変動相場制への移行, 金融・資産市場は自由化・国際化の方向へ [理論]●新しい古典派経済学(合理的期待形成学派,RBC 論学派) 不確実性に対する合理的期待,異時点間の最適化行動(資産市場のもと) ⇒裁量的な金融政策は短期においても否定(予測できない効果は認める) +恒常所得仮説,流動性制約ない⇒所得減税は消費を促進しない [参考]ニューケインジアン(有効需要原理のもと、ケインズの問題点(実質賃金の 動き,貨幣賃金硬直性の説明)をミクロ的基礎を取り入れながら克服) 内生的成長理論(セイ法則のもと不完全競争市場を仮定し、内生的な技術進歩そし て成長を説明する) 参考文献 瀬岡 吉彦(1987)「不況は自動的に克服されるか?」経済学雑誌別冊. 瀬岡 吉彦(1996)「マクロ経済学に対する疑問」経済学雑誌別冊. 瀬岡 吉彦(1998)「不況は何故起こるか?」経済学雑誌別冊. 森 誠(1987)「投資決意の独立性と失業」経済学雑誌別冊. Futagami, K., T. Iwaisako and R. Ohdoi (2008) Debt policy rule, productive government spending and multiple growth paths. Macroeconomic Dynamics . Nakajima, T. and H. Nakamura (2008a) The price of education and inequality. Mimeo. Nakajima, T. and H. Nakamura (2008b) A note on significant effects of education on inequality. Mimeo. Nakamura, H. and T. Nakajima (2009) Education and inequality. Mimeo. Nakamura, H. (2009) Achievement test in Japan: An econometric analysis. Mimeo. Tirole, J. (1985) Asset babbles and overlapping generations. Econometrica. 3
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