こちら - 手染メ屋

シリーズ「繊維製品消費科学解説」
天然染料の染色によるモノ作りの一例
天然色工房手染メ屋 主宰
1.はじめに
★フクザツで優しい色を生地にのせる
★草木染めを普段着に!
この二つは,当工房がモノ作りをしていく上
で,いつも念頭に掲げている指針である.天然
染料で染め上がった複雑な中間色を,時には自
宅の部屋着に,時にはお出かけの街着に,特別
ではない普段着のアイテムとして身近に楽しん
でいただく.
当工房は 2002 年の開業以来,京都御苑の南に
位置する小さな染め場とショップを運営しなが
ら,ホームページでの情報発信を主体にして,
天然染料のみを使用した染色工房として営業を
続けている.今回は光栄にも本誌への寄稿とい
う誉れの機を得,僭越ながら当工房がどのよう
に天然染料での染色による個人事業を続けてい
るかを報告させて頂く.
なお,本文では紙面の都合上染色の技術的側
面の解説は最小限に収め,天然染料の染色手法
をどのように商売とつなげているのかという面
を主に述べる.また,筆者は研究者ではなくあ
くまで技術者兼商売人であるため,本文が通例
の論文の体裁を整えていない旨,なにとぞご容
赦頂きご笑覧頂ければ幸いである.
2.業務の種類
当工房の業務は,大きく分けて以下の3つで
ある.
2-1 天然染料による衣料製造小売業
オーガニックコットン素材を主に使用しオリ
ジナルで製作した衣類を,当工房で染め上げ仕
上げて完成品とし,インターネットによる通
販・店頭での対面販売・専門店や百貨店やアパ
レルメーカーへの卸販売といった販売ルートで
衣類販売を行っている.使用している生地はほ
ぼ全てオリジナルのニットもしくは布帛を依頼
青 木
正 明
製作してもらっている.ニットは和歌山のニッ
ターから,布帛は西脇の機屋から直接生機(き
ばた)で仕入れている.また,縫製は京都,滋
賀の工場で依頼縫製し,完全オリジナル衣類作
成をしている.
2-2 染色サービス業
経年変化により色落ちした,もしくはシミが附
いたりして着られなくなった,もしくは好みが
変わってしまい現状の色が気に入らなくなった
お客様所有の衣類をお預かりし,天然染料で上
から染色することでチューンナップ・リメイク
をする染色サービスである.
使用する染料及び使用量は筆者で10種類ほ
ど準備し,そのバリエーションから選んで頂く
手法を取っているが,依頼の衣類は元々色が付
いていることが多い事,そして素材によって発
色が違う事により,その仕上がり色は唯一無二
のものとなる.実際にはシミや汚れが隠れやす
い色,素材との相性で縮みにくい(と言っても
形態変化は必ず起こるが)手法の取れる染料な
ど,お客様とその都度相談して染め作業方針を
決めている.
2-3 体験・技術指導業
天然染料の染色を体験して頂くための体験教
室を工房内や出張によって開催している.申込
により随時行う内容、イベントとして定期的に
開催しているもの,依頼されて赴く出張体験な
どがある.また,本業務の一環として 2008 年よ
り京都造形芸術大学での非常勤講師を兼任して
いる.
3.染料と素材
3-1 なぜ天然染料なのか
当工房が天然染料を使用する最大の理由は,植
物染料が筆者の好みなくすんだ色やパステル調
のいわゆる中間色を染め出し易いから,である.
化学染料,特に綿麻素材を現在最も堅牢に染め
る反応染料は一般的に分子量が小さくビビッド
な色目を簡易に染め上げる.一方,天然染料は
生物個体内に染料色素となりえる様々な物質が
複数含まれているため,減法混色の原理により
どうしても暗く彩度の落ちる発色となることが
多い.そして,この草木で染め上がった彩度の
低い色彩の中に,筆者の好みである「フクザツ
で優しい色」になるものが少なからず存在する.
Fig.1 茜とインド藍で染めた T シャツ
もちろん反応染料でも色料の調合でくすんだ
色目は製作可能である.ただ(前職のアパレル
企業勤務での経験上の知識でしかないが),大
規模染工場のように大きな染色ロットで作業を
するところでも,くすんだ色目を出すための黒
色素の調合は極めて微量のため染めロットによ
って色ブレが起き易く,染工場はこういったく
すんだ色目を嫌う傾向があるようである.
その点,天然染料での染色は,基本の工程通り
作業をすれば,くすんだ色が染まる.もちろん
天然染料による染色の場合もロットごとの色ブ
レは様々な原因で起こりやすいが,化学染料の
作業に比べ,顧客や市場が色ブレに対しておお
らかに接してくれ,時には色ブレを「味」とし
てとらえてくれる,というアドバンテージがあ
る.
すなわち,筆者にとって,天然染料とは好みの
「フクザツで優しい色」を無理なく染めてくれ
る染料なのである.
当工房は,いわゆる「草木染めはヒトにも地球
にもやさしい」,「草木染めは環境に負担をか
けない」といったエコロジカル的見地による天
然染料使用の優位性を唱えることはしていない.
天然染料に使用される染料植物は古来より生
薬と共通するものが多く 1),古代のように生活全
般,衣食住にわたり薬草類が使用されていた時
代であれば総合的な薬効による生理的効果もあ
った可能性も想像はできる.しかし現代におい
て例えば「草木染めのパジャマを着たらアトピ
ーが治る」というような具体的な効能を述べる
ためには,その治療事例を統計学的に効果が認
められるだけの治験を実施し,医師による医学
的見地からの効果効能の確認作業が述べられた
報告文とともに地方自治体の薬務課に申請し医
療器具認定を受けなければいけない.少なくと
も当工房で染め上げる程度の作業回数では生地
内への草木による有効成分の効果的な定着は残
念ながら望めず,それよりも薬理学的に有効な
現代の成分を生地内に効果的な方法で定着させ
る方がずっと安価で効果的である.
そういった客観的かつ正確な結果を持たない
まま「人にやさしい」「地球にやさしい」とい
ったいわゆる“ふわっとした”効果効能を作り
手が発信することは極めて危険なことであると
考えている.
ただ,使用者が“イメージ”として「草木染め
はエコロジカルだ」と捉えることに関しては否
定していない.草木染めのアイテムに出会うこ
とで健康や環境問題に関心が募ることはとても
素晴らしいことであると思うし,そういった“エ
コロジーの知への入り口”として天然染料はと
てもはいり易いものだと考えている.
Fig.2 五倍子で染めたボーダーカットソー
3-2 なぜオーガニックコットンなのか
当工房の商品はほぼすべてが綿,もしくは麻素
材である.これは,当工房がターゲットとして
いるスローファッションや古着を好む消費者が
普段着として着用する衣類は綿や麻素材が多い
事による(ターゲットに関しては後に解説する).
そして,綿素材の7割はオーガニックコットン
を使用している.
周知の通り,絹に比べて綿麻素材は天然染料で
は染まりにくい.絹は浴中でそれぞれ正電荷と
負電荷になるアミノ基とカルボキシル基を持つ
たんぱく質が主成分であるのに比べ,綿麻の主
成分であるセルロースは水素結合程度でしか染
着しないヒドロキシ基しか持たないからである.
だが,綿素材もその原綿には夾雑物としてたん
ぱく質が1%程度含まれている 2).このたんぱく
質を温存して染めをすることで綿素材も濃く染
まるのではないか,との仮説の元に 2006 年から
始めたのがオーガニックコットン糸で編み上げ,
織り上げた生機を精練・糊抜きなしのまま生地
として使用することである.筆者の作業は研究
目的ではないため発表できるような実験結果及
び合理的な考察を有しないが,上記に気づいて
から7年間の経験上,精練された綿素材より生
機が,そして通常コットン素材よりオーガニッ
クコットン素材が,色濃く染まると感じている.
当工房ではオーガニックコットン素材の生機を
使用することで意に沿った色が十分に染まるた
め,事前の濃染処理(例えば豆汁やタンニン酸
処理をするなど)は一切行っていない.
当工房がオーガニックコットンの生機を使用
する理由は,土壌の環境改善やアメリカ南部の
綿花畑農家の癌罹患率を下げる目的ではなく,
好みの色が濃く染まるためである.
4.サービスとその考え方
4-1 無料染重ねサービス
3-2 の他にも天然染料ができるだけ濃く落ちに
くく染まる工夫は常に検討し続けている課題で
はあるが,綿素材を主として素材に選んでいる
以上,合成染料の中でも最も各種堅牢度が高い
反応染料による綿素材の染色堅牢度に天然染料
の染色が追いつくことは不可能と考えている.
この,天然染料の染色堅牢度の低さを補うため,
当工房で染めたアイテムであればどのような状
態であっても再度持ち込んでいただければ無料
で何度でも染め重ねをする「無料染重ねサービ
ス」というアフターサービスを行っている.
このサービスは 2002 年の開業当初から一貫し
て行っている当工房の重要なサービスである.
開業から 2013 年 9 月までの実績で,無料染め
重ねサービス利用率は顧客数ベースで 4.8%であ
る.この数値の多い少ないの評価は意見の分か
れるところではあるが,本サービス利用者の
32.2%は無料サービスの利用と同時に新たな注文
をして下さりリピート顧客となっている.通常
の顧客のリピート率が同時期で 23.5%であるこ
とを考慮すると,本サービスは少なくとも売上
向上に貢献しているサービスと考えてよいかと
思っている.
なお,本サービスによる染め作業は,比較的閑
散の時期(11 月~翌 2 月)にさせて頂く様顧客
の了承を頂くことが多く,それほど業務負担に
はなっていない.
4-2 お気に入り頂けなければ代金は無料
お客様の衣類を預かり染める「染色サービス
業」において,仕上げた衣類の色がイメージと
違った,サイズが小さくなった,服の雰囲気が
予想に反して変わってしまったなど,顧客が満
足いただけない場合は,代金は一切頂かないこ
とにしている.
また,「満足いただけない」のボーダーライン
は顧客が「着用」して頂けるかどうか,という
ポイントとするが,この判断はあくまで顧客に
行ってもらう.というのは,縮み具合や色の入
り具合は素材によって千差万別であり,しかも
「小さくなった」「イメージと違った」という
のは極めて相対的主観的な判断であり,明確な
ボーダーラインを引くのが不可能だからである.
なお,注文受付前の当工房からのリスクの説明
の際に「どのような仕上りになっても元に戻す
ことはできない」,すなわち依頼品の弁償義務
は発生しない点をしっかり理解しておいてもら
うことで,依頼品自体の弁償トラブルは避けて
いる.
仕上りの色の雰囲気,服全体の雰囲気,染め後
のサイズ感など,全て顧客の判断にお任せする
ということは極めて危険に見えるが,これまで
の経験上,最初のサービス説明の際のきめ細や
かなインフォームド・コンセントでクリアする
ことができると考えている.また,顧客の依頼
時のリスクヘッジをできるだけ小さくすること
で,サービス依頼をする垣根が低くなり,当工
房への依頼数が増え,当工房の染色実績が豊富
になりケーススタディの蓄積により次回の染色
サービス業務に活かすことができる.
2013 年 9 月現在で,染色サービス業にて染め
た衣類は 3000 着以上である.さまざまな衣類に
接して染める機会があったことにより,デザイ
ンの違い,仕様の違いや素材の違いによるの染
色手法の工夫のバリエーションが増えただけで
なく,衣類のデザイン知識の蓄積や素材の種類
に関する知識の蓄積などもあり,製造小売業と
しての衣類製作の際に少なからず役立っている.
心できる高い品質のカジュアルウェアを求める
流れが次第に大きくなってきている.この,フ
ァストファッションに対抗して出てきた新しい
ファッション形態の概念が「スローファッショ
ン」である.
5.天然染料の持つスローファッション市場性
この単元では,3.および4.の手法で製作す
る天然染料プロダクトの市場性にまつわる考察
を行うが,なにぶん小さな工房のためビッグデ
ータなどによる統計分析などが出来ないため極
めて仮説の多い内容となっている点,なにとぞ
ご容赦願いたい.
矢野経済研究所によると 2012 年の国内全カジ
ュアルウェア小売市場は 6 兆 1500 億円(前年比
102.4%)と 2 年連続で伸びている.
また,ファーストリテイリング社の国内ユニク
ロ事業による売上高は 6001 億円
(前年比 97.6%).
微減ではあるものの国内市場の実に 10%をユニ
クロが占めていることになる.
ユニクロに代表されるような,多くの顧客に受
け入れられやすいニーズを取り入れオンタイム
で大量に展開するSPA型格安ブランドは,昨
今の巨大多国籍企業ブランド(GAP,ZAR
A,H&Mなど)の台頭もありカジュアルウェ
ア市場の極めて大きな部分を占めている.
参考までに大手多国籍企業も含めた 2012 年度
の主なSPA型メガブランドの日本国内売上は
以下のとおりである.
5-1“自然の色”は飽きのこないデザイン
天然染料が得意とする中間色の色目は,昨今の
ファストファッションで展開される原色メイン
のカラーバリエーションにはあまり見られない.
その理由は 3-1 で述べたように推察しているが,
スローファッションの市場には,中間色系統の
色目を「自然な色」と捉える消費者が存在する
と考える.これは,
原色=ファストファッション=人工的
VS
中間色=スローファッション=自然
・ファーストリテイリング
・しまむら
・ファイブフォックス
・H&M
6001 億円
4631 億円
993 億円
385 億円
格安感と短サイクルな大量商品供給が特徴で
あるこのようなSPA型メガブランドにアンチ
テーゼを送る顧客の市場が,端的に言うならば
天然染料及び当工房のターゲットとなる市場で
ある.
2009 年の流行語になった「ファストファッシ
ョン」という言葉でも表現される上記のような
メガブランドは,安価で最新の流行アイテムが
気軽に手に入る反面,品質の陳腐化やデザイン
の消費による衣類の短命化といった弊害もある.
市場の中には,このファストファッションの負
の側面を嫌い,長く使える良質なデザインで安
といった対比で色群を理解するスローファッシ
ョンに属する消費者がいるためだが,彼らはフ
ァストファッションの短命なデザインを嫌うこ
とで,原色に対する中間色に,長寿すなわち飽
きにくいというイメージを付ける.中間色=自
然な色は,飽きのこないデザインなのである.
天然染料の色目はちょうどこの中間色=自然な
色に合致する色群である.しかもその染料は古
来から伝わる天然染料である.染め上げた色か
ら受ける感覚とそのトレーサビリティーに全く
矛盾がない.これは大きな利点であると考える.
以上のように,スローファッションの市場に天
然染料による染め色アイテムは十分効果的に浸
透すると考えているし,当工房の顧客にも実際
にこういった顧客グループがいる.
5-2“良い品質”の新しい概念
衣類の品質は,かみ砕くと「着用し続けること
で消費者満足に応える性質」であると言える.
着用し続けても満足感が続くには,多くの場合,
色,素材感,形状が購入当初から「変わらず」
に続くこと,と捉えられることが一般的であり,
ファストファッションの商品は価格の原価を抑
えるためにこの色・素材・形状の耐久性の質が
低下しやすく,更に安価であることが顧客の見
切りの早さを助長して短期間に消耗・廃棄され
ることが多いと想像できる.
天然染料による染色は,残念ながら高い堅牢性
を持つ反応染料よりも色変りが早いが,価格が
それほど安価ではなく顧客に愛着を持って使わ
れることが多い為,これまでの販売経験から
少々の色変わりは“草木染めの味”と解釈して
下さるケースが多い.また,“草木染めの味”
の許容を越えた変化の場合は当工房の無料染重
ねサービスで対応しその結果新たな濃い色目を
顧客に楽しんでいただける.色の変化を楽しみ
ながら使い続けて頂けるのである.
使い続けることによる素材の変化を付加価値
ととらえる市場は以前から存在する.ジーンズ
及び古着の市場である.そしてジーンズや古着
に強い嗜好を示す顧客は,スローファッション
市場の中心像でもある.
天然染料の染め色と無料染重ねサービスの併
合により,褪せたり濃くなったりといった色の
変化を楽しみながら使い続ける,という新しい
品質のあり方が,スローファッション市場に十
分合致した概念として作用し,天然染料の技術
が等身大の必要技術として市場に受け入れられ
るのではないかと考えている.
上記の5.の市場性はまだ仮説ではあるが,当
工房がTシャツやパンツなどカジュアルウェア
をメインに,エコロジカルな訴求をせず11年
続いたのは,その小さな証左ではないかと思っ
ている.
そもそも,企業勤めの筆者が脱サラ・2年の修
行ののち現工房をスタートしたその最初のきっ
かけは,天然染料の色の中に大好きな古着やビ
ンテージデニムの風情を視たからである.
スローファッション市場を筆頭に,筆者のよう
な嗜好性を特徴とする市場は少なからず存在す
るにもかかわらず天然染料によるプロダクトの
市場性が極めて小さいのは,圧倒的に発信力が
弱いことが大きな原因と考えている.発信力は
筆者1工房だけよりも複数の発信者がある方が
当然強い.その発信者が一人でも多くなり,ス
ローファッション市場を抜け出し,天然染料関
連マーケットが独立して健全な流通形態をとる
状態になるようこれからも微力ながら行動して
いきたいと考えている.
6.最後に ~天然染料市場の有益な広がり
効果的な天然染料染色技術とそれに適合した
素材のチョイス,そして出来上がったプロダク
トを適正な市場へ落とし込むことで,天然染料
は今後市場性のある要素技術として発展してい
く可能性は十分あると考えている.
あおき
青木
まさあき
正明
引用文献
1)
前田雨城. 日本古代の色彩と染.P.18
2)
日比暉. 繊維と工業 Vol.62,No.7.P.10
天然色工房手染メ屋
主宰
1991 年
東京大学医学部保健学科卒業
1991 年
株式会社ワコール入社
2000 年
株式会社益久染織研究所入社
2002 年
天然色工房手染メ屋 開業
2008 年
京都造形芸術大学非常勤講師 兼任