第 2 章 はんだ接合部の信頼性評価の基礎

第2章
はんだ接合部の信頼性評価の基礎
群馬大学
荘司郁夫
はんだ接合の基礎
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はんだ付は、金属接合法の 1 つであり、分類としては“ろう接”に分
類 さ れ る 。“ ろ う 接 ”と は 、母 材 を 溶 融 す る こ と な く 、接 合 部 に 、母 材 よ
りも低い融点を持った金属を溶融・流入させて接合を行う方法である。
こ の 溶 融 ・ 流 入 さ せ る 金 属 を “ ろ う ” と 称 し 、 融 点 が 450℃ 以 上 の も の
を “ 硬 ろ う ”、 450℃ 以 下 の も の を “ 軟 ろ う ” と 呼 ぶ 。 硬 ろ う を 用 い た ろ
う 接 法 を “ ろ う 付 ”、 軟 ろ う を 用 い た ろ う 接 法 を “ は ん だ 付 ” と 称 す る 。
本章では、はんだ付に使用される接合材料としてのはんだ及びフラッ
クスの基礎と、はんだ付時の接合反応に関わる基礎現象について説明す
る。
1.1
接合材料の基礎知識
1.1.1
1.1.1.1
はんだ
はんだの種類
各種電子機器の電子部品実装に使用されるはんだ接合部には、これま
で Sn-Pb 系 は ん だ が 最 も 多 く 使 用 さ れ て き た 。用 途 に よ っ て 、様 々 な は
ん だ が 用 い ら れ て き て お り 、 JIS に も 規 格 化 さ れ て い る
1 )。 電 子 機 器 用
はんだを大別すると以下のようになる。
① Sn-Pb 系 は ん だ
古代ローマの時代より、水道鉛管の接合に使用されていたことが知ら
れており、はんだと言えば通常はこの系を指し、消費量も多い。特に、
共 晶 成 分 ( Sn-38.1mass%Pb 、 以 下 で は 特 に 断 り の な い 場 合 は 全 て
mass% 表 示 と す る ) 近 傍 の 組 成 (Sn60∼ 63-Pb)が 多 く 使 用 さ れ て い る 。
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第5章
BGA・CSP・フリップチップの
はんだ接合部の信頼性評価
1
日本アイ・ビー・エム株式会社
折井靖光
群馬大学
荘司郁夫
加速試験の種類と実施方法
ま ず 、な ぜ 故 障 が 起 き る の か 、基 本 的 な メ カ ニ ズ ム を 強 度 、ス ト レ ス 、
時 間 と の 関 係 で 説 明 す る 。 図 5.1 は ス ト レ ス の 分 布 と 強 度 の 分 布 の 関 係
を示している。
分布
強度
大
大大
ストレス
小
安全余裕
図 5.1
故障
故障は、
ストレス > 強度
で発生。
ストレス、強度 →
故 障 の メ カ ニ ズ ム ( 1)
強度に対してストレスが十分に小さい場合は故障が発生しないが、ス
トレスが大きくなり強度を上回った場合に故障が発生する。逆に強度が
低下し、ストレスを下回った場合にも故障は発生する。更に、時間が関
係 し た 場 合 の 故 障 の 発 生 状 況 を 図 5.2 に 示 す 。 タ イ ム ゼ ロ で 予 め 安 全 余
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裕を取っておいたものが、強度の経時劣化に伴い、ストレスと強度が重
なって故障に至る場合である。このように、時間軸に対して、強度の劣
化がどのように起きるのかを予測することが、製品の寿命を予測する上
で重要になってくる。
強度の分布
ストレスおよび強度
強度の劣化
安全余裕
故障
(分布の重なる部分)
ストレスの分布
時間 t
t=0
図 5.2
故 障 の メ カ ニ ズ ム ( 2)
そこで、通常、このような強度の経時劣化が伴う製品の寿命を予測す
る た め に は 、 加 速 試 験 を 実 施 す る 。 JIS で 定 義 さ れ て い る 加 速 試 験 と は
「試験時間を短縮する目的で、基準より厳しい条件で行う試験」となっ
ている。競争の激しい民生の分野においては、如何に短時間で加速試験
を行って、信頼性を保証するかが非常に重要となってくる。ここでは、
製品の寿命=はんだ接合の寿命と仮定して、はんだの熱疲労寿命に関し
て 解 説 を す る 。 表 5.1 に 、 は ん だ 接 合 部 の 信 頼 性 評 価 の た め に 実 施 さ れ
る 代 表 的 な 加 速 試 験 の 種 類 を 示 し た 。 熱 サ イ ク ル 試 験 ( Thermal Cycle
Test) は 、 高 温 と 低 温 の 雰 囲 気 に 部 品 や 製 品 を 短 時 間 の う ち に 交 互 に さ
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らす試験である。温度サイクルをかけることにより膨張、収縮の繰り返
しのストレスを与え、はんだ接合の破壊、封止のはがれ、亀裂、層割れ
などの疲労的破壊が発生するかを調べることができる。特に、電子機器
使用時の電源オン/オフ時に、はんだ接合部に負荷される温度サイクル
を想定して実施される加速試験として広く使用されている。
表 5.1
代表的な加速試験
加速試験種類
熱サイクル試験
( Thermal Cycle Test)
高温高湿バイアス試験
( Thermal Humidity Bias Test)
プレッシャークッカーバイアス試験
( Pressure Cooker Bias Test)
高温放置試験
( Thermal Storage Test)
主な目的
接合部の電気抵抗を測定し、熱疲
労寿命を評価
接合部間の絶縁抵抗を測定し、耐
湿系(腐食、マイグレーション)
の寿命評価
加 圧 下 に て THB 試 験 を 実 施 、短 時
間で評価を行うことができる。評
価 項 目 は THB と 同 様 。
接合部の電気抵抗を測定し、熱疲
労寿命を評価(金属間化合物の成
長評価に有効)
高 温 高 湿 バ イ ア ス 試 験( Thermal Humidity Bias Test)は 、湿 気 環 境
下で電子回路に通電しながら試験を実施し、電極間の絶縁抵抗を測定す
ることにより、腐食或いはマイグレーションによる劣化を調査すること
を目的とする。
プ レ ッ シ ャ ー ク ッ カ ー バ イ ア ス 試 験 ( Pressure Cooker Bias Test:
PCBT) は 、 高 温 高 湿 バ イ ア ス 試 験 を 加 圧 下 で 実 施 す る も の で あ り 、 高
温高湿バイアス試験と同様、主に腐食或いはマイグレーションによる絶
縁層及び接合部の劣化を評価するものである。圧力の負荷により、劣化
時間は急速に早くなり、評価を迅速に実施できるという長所がある(通
常 、 THB 試 験 で は 500∼ 1000 時 間 程 度 の 劣 化 寿 命 を 示 す が 、 PCBT 試
験 で は 数 百 時 間 程 度 で 劣 化 す る )。 し か し 、 現 在 の と こ ろ 、 THB 試 験 と
PCBT 試 験 か ら 得 ら れ る 両 寿 命 値 の 相 関 関 係 が 明 ら か で は な く 、 破 断 モ
ー ド が 異 な る こ と も あ る た め 、 よ り 実 使 用 環 境 下 に 近 い THB 試 験 が 、
実施されることが多い。
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共 晶 温 度 が 183℃ で あ る た め 比 較 的 低 温 で の 接 合 が 可 能 で あ り 、 共 晶 成
分 付 近 に お い て は 、引 張 強 度 や 伸 び な ど の 機 械 的 特 性 が 優 れ る こ と
2)な
どが広く使用されてきた理由である。
Ag 電 極 に 対 す る Ag 喰 わ れ 、Cu 薄 膜 や Cu 細 線 で の Cu 喰 わ れ が 問 題
と な る よ う な 場 合 に は 、 予 め 、 Sn-Pb は ん だ に Ag や Cu を 数 % 添 加 し
た は ん だ を 用 い る こ と に よ り 、 は ん だ 中 へ の Ag や Cu の 溶 解 を 少 な く
することができる。
ま た 、 Sn-Pb は ん だ に Bi を 添 加 し て い く と 、 そ の 融 点 を 降 下 さ せ る
ことができるので、低温接合用、ステップソルダリング用に使用されて
いる。
② Sn 基 は ん だ
Sn-Ag 系 、 Sn-Bi 系 、 Sn-Sb 系 な ど の は ん だ が あ り 、 主 に 半 導 体 の 低
温 接 合 用 に 使 用 さ れ る 。 ま た 、 微 小 チ ッ プ 部 品 電 極 の 表 面 層 に は 純 Sn
が 使 用 さ れ る こ と も 多 い 。 更 に 、 基 本 的 に Sn 基 は ん だ は 後 述 す る Pb
フリーはんだとして期待されている。
③ Pb 基 は ん だ
Pb 基 は ん だ と し て は 、Pb の 融 点 が 高 い の で 、Pb に Ag、Sb、In な ど
を 添 加 し た も の が 多 い 。Pb 基 は ん だ は 、一 般 的 に 軟 ら か く 熱 疲 労 特 性 に
優れるので、用途としては、半導体チップのダイボンディングなどに使
用 さ れ る 。 ま た 、 Pb-3Sn は ん だ は フ リ ッ プ チ ッ プ 用 の は ん だ 材 と し て
使 用 さ れ て い る 3 )。
④ Au 基 は ん だ
Au 基 は ん だ と し て は 、 Au-Sn 系 、 Au-Si 系 、 Au-Ge 系 が あ る 。 い ず
れ も 、共 晶 成 分 を 利 用 し て 融 点 を 降 下 さ せ( Au-80Sn:280℃ 、Au-6Si:
370℃ 、 Au-12Ge: 356℃ )、 半 導 体 チ ッ プ の ダ イ ボ ン デ ィ ン グ や パ ッ ケ
ージのシーリング材として使用される。
⑤ In 基 は ん だ
In は 、 そ の 融 点 ( 156℃ ) が 低 く 、 軟 ら か い は ん だ で あ る た め 熱 疲 労
特 性 に 優 れ る 。 ま た 、 Sn-Pb 系 や Sn 基 は ん だ に 比 べ て 、 Au や Ag の 溶
解 速 度 が 小 さ い の で Au 喰 わ れ 対 策 用 は ん だ と し て 使 用 さ れ る 。In 自 体
が 希 少 金 属 で 高 価 で あ る た め 、 そ の 用 途 は 限 ら れ る が 、 Au バ ン プ と の
フリップチップ接合に使用された例もある
4 , 5 )。
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以 上 述 べ た よ う に 、 こ れ ま で は Pb を 含 む は ん だ が 主 に 使 用 さ れ て き
た が 、Pb の 地 球 環 境 及 び 人 体 へ の 有 害 性 の 問 題 か ら 、近 年 で は Pb フ リ
ーはんだに関する研究が、世界的規模で盛んに行われており、実用化例
もみられるようになっている
6 )。 現 在 、 Sn-Pb
共晶はんだの代替候補と
し て 有 望 視 さ れ て い る Pb フ リ ー は ん だ を 融 点 の 順 に 大 別 す る と 、 以 下
のようになる。
⑥ Sn-Cu 系 合 金 ( 共 晶 温 度 : 227℃ )
Sn-Cu 共 晶 合 金 ( Sn-0.7Cu) は 、 Ag を 含 ま な い た め 、 比 較 的 安 価 で
あるが、共晶温度が高いため、主としてフロー用はんだとして検討され
て お り 、 Ni を 微 量 添 加 し た も の も 検 討 さ れ て い る 。
⑦ Sn-Ag 系 合 金 ( 共 晶 温 度 : 221℃ )
Sn-Ag 共 晶 合 金 ( Sn-3.5Ag) は 、 JIS に も 規 格 化 さ れ て い る よ う に 、
使用実績もあり、疲労などの機械的特性に優れるという特徴を持つ。そ
の た め 、Sn-Pb 共 晶 代 替 鉛 フ リ ー は ん だ の 有 力 候 補 と な り 得 る 。し か し 、
共 晶 温 度 が 比 較 的 高 い た め 、一 般 的 に は 、Cu や Bi な ど の 第 3 元 素 を 添
加して融点を下げた合金系の使用が検討されている。
⑧ Sn-Ag-Cu 系 合 金 ( 3 元 共 晶 温 度 : 約 217℃ )
Sn-Ag 共 晶 合 金 に 、Cu を 0.7% 程 度 添 加 す る と 3 元 共 晶 温 度 が 217℃
程度になる
6 )。
そ の た め 、 そ の 辺 り の 組 成 ( Sn-3.5Ag-0.75Cu,
Sn-3Ag-0.5Cu)を 用 い た フ ロ ー 、リ フ ロ ー へ の 実 用 化 検 討 が 行 わ れ て い
る 。前 述 の 成 分 比 を 有 す る Sn-Ag-Cu 系 合 金 は 、標 準 的 な Sn-Pb 共 晶 代
替鉛フリーはんだとして期待され、実用例も見られるようになっている
6 )。 ま た 、 産 業 用 機 器 用 途 へ の 適 用 を 目 的 と し た 高 信 頼 性 は ん だ 材 と し
て 、Sn-Ag-Cu 系 に Ni 及 び Ge を 添 加 し た は ん だ の 検 討 も 進 め ら れ て い
る
7 , 8 )。
⑨ Sn-Ag-Bi 系 合 金
低 融 点 金 属( 融 点:271℃ )で あ る Bi を Sn-Ag 合 金 に 添 加 す る と 融 点
を 下 げ る こ と が で き る 。Sn-3Ag は ん だ に Bi を 10% 程 度 添 加 す る と 凝 固
開 始 温 度 ( 液 相 線 温 度 ) は 約 12℃ 低 く な る
9 )。 し か し 、 Bi
添加量の増
加 に 従 い 、は ん だ 材 の 強 度 は 高 く な る が 、伸 び が 低 下 す る た め 、Bi 添 加
量 に は 制 限 が あ る 。更 に 、Bi 添 加 量 を 増 加 さ せ る と 挿 入 型 部 品 に お け る
リフトオフの発生頻度も高くなるため
6 )、 過 度 の
Bi 添 加 は さ け な け れ
3
ばならない。
Sn-Ag-Bi3 元 合 金 に 更 に In を 数 % を 添 加 し て 4 元 系 に す る と 、 溶 融
開 始 温 度( 固 相 線 温 度 )も 低 下 す る
9 )。数 % の
In の 添 加 は 、は ん だ の 機
械 的 特 性 の 改 善 に 有 効 で あ る た め 、 Sn-Ag-In-Bi4 元 系 合 金 の 実 用 例 も
報告されている
6) が 、
前 述 の よ う に In は 希 少 金 属 で あ る た め 、多 量 な
In 添 加 は コ ス ト 的 な 面 で 不 利 と な る 。
⑩ Sn-Zn 系 合 金 ( 共 晶 温 度 : 199℃ )
Zn は 酸 化 し 易 く 、ぬ れ 性 を 阻 害 す る 元 素 で あ る が 、フ ラ ッ ク ス の 改 良
な ど に よ り Sn-Zn 系 で の 実 用 化 例 も 報 告 さ れ て い る
1 0 )。Sn-9Zn
は共晶
温 度 が 199℃ と 低 く 、 Sn-Pb 共 晶 は ん だ の 融 点 と 比 べ 、 10℃ 程 度 高 い だ
けであるので、ソルダリング時の温度プロファイルを低く設定すること
が可能である。しかし、酸化によるぬれ性低下が問題となるので、酸化
しないよう、材料面、環境面の管理などが必要である。また、実際には
Bi を 微 量 に 添 加 し て ぬ れ 性 を 改 善 さ せ た 成 分 ( Sn-8Zn-3Bi) や 、 Al を
微量に添加した成分
11 ) で の 使 用 が 検 討 さ れ 、 一 部 実 用 化 さ れ て い る 。
⑪ Sn-Bi 系 合 金 ( 共 晶 温 度 : 138℃ )
Sn-Bi 共 晶 合 金( Sn-58Bi)の 融 点 は 138℃ と 低 い た め 、実 装 温 度 を 高
くすることのできないはんだ接合部を対象として、使用されてきた。し
か し 、Bi の 過 度 の 添 加 は 、前 述 の よ う に 様 々 な 問 題 を 誘 発 す る 可 能 性 が
あるので、注意を要する。
1.1.1.2
熱平衡状態図
前項では、はんだの種類について述べてきたが、はんだは通常、2 種
類以上の元素からなるので、接合部は単純な組織とはならないことが多
い。はんだ接合部の信頼性を評価する際には、まずその組織を理解する
ことが必要である。接合部組織を理解する一助として、各系に対して熱
平衡状態図なるものが準備されているので、以下ではその読み方につい
て説明する。
図 2.1 に は 、熱 平 衡 状 態 図 の 代 表 例 と し て Sn-Pb 系 の 状 態 図 を 示 し た 。
Sn-Pb 系 熱 平 衡 状 態 図 は 、 典 型 的 な 2 元 系 共 晶 型 の 状 態 図 を 示 す 。
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