福井県立清水養護学校平成13年度交流教育研究会資料 居住地校交流の意義と今後の課題 田村 真一 (大阪府高槻市立養護学校教諭) Ⅰ.高槻市立養護学校における居住地校交流の実践の様子 高槻市立養護学校の居住地校交流は、地域に開かれた学校創りをめざし、開校当初か らはじめられ、29年に及ぶ歴史をもっている。全ての居住地校交流に教諭が付き添い、 各児童・生徒が居住地校の同学年通常学級の一クラス(交流学級)に位置づくことをベース に交流を実施している。 1.交流教育のねらい 1) 交流を通して、個々の児童・生徒の持っている可能性を十分引き出す。 2) 地域での教育と生活を展望していく 3) 居住地校交流を契機として、障害のある子どもたちへの理解と養護学校教育への 理解を広げる 2.交流内容 1)定期交流:第1・3・5土曜日に交流学級の日課で交流する。 y 交流学級の時間割に交流児童・生徒が入りやすい授業か組まれたり、学年の合同 授業や交流を深める取り組みが組まれる場合もある y 自宅から居住地校に登校し、授業終了後帰宅する、一日交流の形態をとる。児 童・生徒の体調等の理由により、2校時から参加するなど、交流時間を短くする 場合もある。 y 授業等の参加方法は、児童・生徒の状況に応じて、様々な工夫をする。 2)行事交流:居住地校の様々な行事において交流する y 児童生徒の状況、行事の内容などにもよるが、全ての行事が交流対象である。 校外学習(遠足・社会見学等)・文化的行事(芸術鑑賞会・文化祭等)・体育的行事 (運動会・陸上大会・水泳大会・球技大会・マラソン大会等)・入学式・卒業式・学 年行事・クラス行事・養護学級行事・PTA親睦会・夏季休業中の水泳指導・などで実 際に交流している。 y 運動会や文化祭等、行事によっては、練習や結団式・解団式等その前後の取り 組みにおいても交流する。 y 居住地校の行事の運営に沿って参加することを大切にするが、児童・生徒の状況 により参加方法や時間帯を工夫する y 運動会、遠足、卒業式など時期的に重なる行事は、学校行事の日程決定時に居 住地校の行事日程を考慮する。 3)宿泊を伴う交流:居住地校の宿泊を伴う行事において交流する y 居住地校の修学旅行・林間学舎・合宿等に、本校の教諭の付添いのもと参加し交 流する。 ─1─ 福井県立清水養護学校平成13年度交流教育研究会資料 y 独自スケジュールや付き添い教諭の数等、子どもの状態(健康・安全面等)に配慮 した参加形態を取る。 4)来校しての交流:居住地校の児童・生徒が、本校に来校して交流する 校外学習時等の交流:居住地校の校外学習時等に来校して交流する。 y 居住地校の社会見学等の途中に本校に立ち寄り、時間を設定して交流する。挨 拶や歌、また、ゲームなどを一緒に楽しむことが多く、教室の様子や本校の施 設設備なども見学も含まれる y 来校した学校と居住地校交流をしている子どもやそのクラスだけでなく、前項 に呼びかけて交流の機会とする。 行事招待:本校の運動会、卒業式等に居住地校の児童・生徒を招待する。 y 運動会では、交流種目やPTA種目を居住地校の児童・生徒も参加できるように計 画し、開会式の入場行進でプラカード持ちと応援の言葉などを進行に入れる。 また、昼休みなどには、教室等で交流する。 y 卒業式では、式次第に「居住地校からのお祝い」を入れ、お祝いのメッセージ や合唱、花束贈呈など、共に卒業生を祝う。また、式後に、一緒に記念写真を 撮影したり、教室での交流を行なう。 3.交流を深めるために 1)打ち合わせ:年度当初と年度末。交流時や電話・Fax等で随時 y 年度当初と年度末の打ち合わせは、資料を作成し行なう。本校はクラス担任、 居住地校は交流学級や学年担任・養護学級担任・管理、等のメンバーで行なう。 y 定期交流と行事交流は、交流時や電話・Fax等で、随時打ち合わせる。 y 宿泊を伴う交流は、より丁寧に打ち合わせる。 2)通信の交換:学年だよりや学級通信などの交換 y 交流時や定送便、またはFaxなどを利用し、両校の学年だよりや学級通信等を交 換する 3)居住地校からの保護者への働きかけ(主なもの) y 居住地校の養護学級担任と交流学級担任の家庭訪問 y 居住地校の各種行事への参加呼びかけ y 養護学級保護者会への参加呼びかけ 4.手続き 1)居住地校交流全般 y 保護者・居住地校の承諾。校医・主治医の承認 y 年度当初に交流依頼書の発送と居住地校の交流承諾書の返送 y 両校から市教育委員会への定期交流計画届と行事交流計画届の提出 y 校外学習等は、実施時に別途届け出。 2)宿泊を伴う交流 y 下見(同行する場合もあり)や計画段階から居住地校との丁寧な打合せ y 保護者への丁寧な説明や打合せと承諾 y 医療機関の承認 y 居住地校の承諾 y 本校職員会議の承認 ─2─ 福井県立清水養護学校平成13年度交流教育研究会資料 y 両校から教育委員会への届け出 y 保護者・居住地校・本校の三者で最終打ち合わせと確認 5.居住地校交流以外の地域とのつながりを深める取り組み 1)実習参観:一日本校のクラスに入り、児童・生徒と共に過ごしてもらう取り組み y 居住地校の教諭は、随時受け入れ(年度当初の打ち合わせ時に、勧める) y 年3日程度設定し、市内全小・中学校教諭に呼びかける。 y その他、高校社会福祉部生徒や近隣市町村教諭をはじめ様々な人々を受け入れ ている。 2)人権フィールドワーク(中学校総合的学習の時間など)の受け入れ y 事前学習1日と実習参観1日の計2日間を基本として受け入れる。 y 受け入れ生徒の人数を15人程度に絞り込んでいる。 y 人権フィールドワーク担当教諭には、事前の実習参観を要請している。 6.居住地校交流を始めた理由と始めたころの状況 1)理由:校内の研究テーマにした理由(資料1)等から読み取ると以下の3点が中心 y 土曜日が学校休業日で、在宅状態をなくすこと y 児童・生徒の地域生活を創造すること y 障害児者差別の克服。 2)始めたころの状況:資料2(「1983年度校内同和冊子」より抜粋)参照 本校の開校当時1名の児童が、居住地校への転校を前提に交流を始め、その後、 夏休みのプール指導から行事交流へ、そして、定期交流へと発展してきた。 7.何故定期交流と同学年通常学級での交流を大事にしてきたのか 将来にわたる「共に生きる社会の創造」のために 1)「特別」ではなく「○○がいて当たり前」をめざして 2)「子どもたちの日常」での交流が重要→「日常」は「授業」 3)人との出会いとつながりの基盤を居住地校のどこに置くか Ⅱ.居住地校交流の意義 1)ビデオから見えてくること y 養護学校の子どものようす y 居住地校の子どものようす y 参加の工夫(考えることにより、子どものようすが見えてくる) 2)養護学校の子どもにとって y 周りの子どもたちのようすを感じて動く子ども y 子どもどうしの関わりは、大人では代わりえないもの y 日ごろの成果を発揮する場にもなりえる y 養護学校ではあまり見られない顔を見せる子ども y つきつけられる現実(障害認識) 3)居住地校の子どもたちにとって y 障害のある子どもたちと触れ合う場 y 障害のあることに対する理解と支援を感じる場 y 交流により救われる子どもがいる ─3─ 福井県立清水養護学校平成13年度交流教育研究会資料 4)保護者の言葉より y 「交流をするようになって子のこの世界ができました」 y 「いい話何ぼでもあるで」 y 「元気をもらっている」 y 子どもたちにと遊んでいる間に買い物などに出かけれること 5)街で、そして、卒業後のこと y 放課後に一緒に遊ぶ子どもたち y 街で出会ったときに声をかけてくる子どもたち y 卒業後も続いている関係 6)障害児教育のセンター的な意味 y 人間関係の中で、気軽に聞けるようになること y 人間関係の中で、気軽に言えるようになること 7)養護学校の教師にとって y 子どもの発見につながる y 居住地校の子どもたちの中での教育のありようについて考える場 8)その他 y 地域に出やすくなること y 交流をしていてよかった痛切にと感じるとき Ⅲ.居住地校交流の課題 一般的に考えられる課題 1)居住地校交流には、児童生徒どうしのつながりを作り深めていくことと児童・生 徒の個別課題に対する取り組みが必要であることから、以下のような課題が考え られる y ねらいと評価 y 交流場面での具体的実践のあり方 y 付き添い教師の付き添い方 y いかに地域での生活につなげていくか 2)居住地校交流は、一人ひとりの児童・生徒が居住地校と交流するという、居住地 校交流独特の形態から、以下のような課題が考えられる y 教育課程への位置づけ y 人的、施設・設備的な条件整備の必要性 3)その他 y ネットワークの必要性 y 養護学校と居住地校の関係をいかに創り深めていくか(対等の関係) y 四位一体(地域・家庭・居住地校・養護学校)の取り組みの創造・推進 y 居住地校交流に対する意識 大阪府高槻市立養護学校での今後の課題 1) 子どもどうしをつなぐよりよい実践の創造と発展 2) 交流場面で一人ひとりの子どもの課題に応じた実践の創造と発展 3) 将来にわたって地域生活につながる実践の創造と発展 ─4─ 福井県立清水養護学校平成13年度交流教育研究会資料 Ⅳ.今後に向けて 居住地校交流の課題は、地域や学校の状況(教育的土壌も含め)、子どもや家庭の ようす、また、取り組みの歴史など、さまざまな要因に影響されるものであろうと考 えられます。しかし、それは、居住地校交流の意義をどう捉え、どう具現化していこ うかという営みがあってこそ生じてくるものではないでしょうか。そしてそこには、 関わる人々の「思い」と「願い」こそ重要になってくると思っています。 千里の河もその河を前にして考えているだけではわたれない。ほんの小さなひとか きでも漕ぎ出すことにより、川を渡れる可能性は広がってくる。漕ぎ出してみたら、 岸辺から眺めているより流れは厳しくないかもしれない。漕ぎ出してみないとわから ない。漕ぎ出すことにより見えてくる濁流や激流もあるけれど、漕ぎ続けてみれば、 渡れるときが訪れることを信じることもできる。 今、自分ができること、それが、ほんの小さな営みでも、それを積み上げていくこ とが、子どもたちの未来に通じるのではないでしょうか。 Ⅴ.おわりに 全ての子どもがなかよくなれるとは限らない。全ての居住地校交流がうまくいくは 限らない。周りに集まってきた子ども全てがその子に関わっているとは限らない。そ ばにこないから、声をかけてこないから、その子のことを考えていないとは限らない。 肩の力を抜いて、見かけに惑わされないで進めたい。 先進校というけれど、一人ひとりの子どもにとって、すべてが「0」からの出発であ ることは同じ。また、一つひとつの交流場面もなんら変わるものではない。そこに子 どもがいて、教師がいて、思いがあって、願いがあって、……。歴史の積み重ねがあ るがゆえに見えることがあり、歴史を創りはじめているがゆえに見えることがある。 歴史があるがゆえに見えなくなることがあり、歴史がないがゆえに見えないことがあ る。それらをお互いがつき合わせながら進めていくことが、よりよき社会の創造につ ながるものと信じています。共に歩を進めましょう。 付録 本校ホームページに交流の様子や取り組みなどを載せていく予定 http://www.takatsuki-osk.ed.jp/yougo/index.htm http://www.takatsuki-osk.ed.jp/yougo/seikatsu-kouryu.htm http://www.takatsuki-osk.ed.jp/yougo/kyojuchi.htm 来年度完全学校週五日制が実施され、土曜日が休みになることに対する本校の対応 は以下参照されたい http://www.takatsuki-osk.ed.jp/yougo/kenkyu.htm ─5─ 福井県立清水養護学校平成13年度交流教育研究会資料 資料1「1976年度 高槻市同和教育研究協議会会誌p261より 「交流」 高槻市立養護学校 1. テ ー マ 交流 児童・生徒が地域で生活していくことのできるような状況、そして、市立養護 学校自体が、高槻の学校教育の中において、隔絶されたものでなく、地域の中で、その 存立の意味をしっかりと創り出されていけるような周囲との関わりを考えていく。 子どもにとって 教師にとって の交流の意味、内容、具体的手だてを探る。 学校にとって 2.テーマ設定の意味 すべての「障害児」に学校教育を保障し、在宅児・者をなくしていくため、富田小学 校重度障害児学級と桃園小学校肢体不由由児学級が共に、昭和48年に市立学校として開 校した。養護学校解体論、普通学級に「障害児」を位置づける、或いは、能力に応じた 教育保障のための養護学校・学級の増設・充実等の処々の論議がなされる中で、養護学 校という制定で出発した。 児童一人一人の発達段階と、それに要される教育内容、児童を取り巻く社会状況、地 域での生活歴等の重さを見据える中で、決して短縮的に養護学校解体とは言えない。し かし、この4年間、市立養護学校は、「開かれた」「地域に根ざした」養護学校を指向し 続けている。 我校に在簿している児童・生徒は、少なくとも家庭で保護され、学校教育の場が保障 され、まだまだ在宅を余儀なくされている者、幼い頃から施設へ入れられている者と比 べると、恵まれた方で、「地域」が少しでも近いものであると言えるかもしれない。だ が、その家庭生活を見ると、多くの児童が、外へ自由に出してもらえない、外へ出るこ とで、家族が肩身の狭い思いをし、兄弟は友人に話すこともできずにすごしていること が、アンケート調査・家庭訪問等で明らかになっている。 更に、教育的視点に立って、児童の家庭生活を取り巻く環境を見る時、交友関係がな く生活空間が限られ閉ざされており、児童への働きかけ、環境という広義な教育的働き かけは全く乏しい状況だと言わざるを得ない。 「障害児・者」差別を克服していくという同和的視点に留らず、同時に、より広い豊 かな生活場面をつくり出していくことで、児童・生徒の総体的な発達を促すため 交流 をテーマとして設定した。 ─6─ 資料2「1983年校内同和冊子pp.13-16より」 Ⅱ 交 流 教 育 1 交流教育の流れ 在宅児をなくし、すべての「障害児」に学校教育を保障するため、1973年に市立養護 学校が開校されたのは前にのべたとおりです。「障害児者の問題」として、全ての障害 児者に教育の保障ということでは一応解決され、今後、教育内容を深めどのように充実 させるかということが中心になっていきました。本校おいても、児童生徒の能力に応じ た教育保障をするための取り組みが始まったばかりで、児童、生徒の地域でのようすな り、社会状況等を論議する余裕もありませんでしたが″本校自体が高槻の学校教育の中 で隔絶された存在ではなく、地域の学校と結びついたものである″という原則が確認さ れていました。開校間もない5月に、全児童生徒の家庭訪問週間を設定し、家庭でのよ うす、地域での遊び等を知っておく目的で、それぞれ訪問した結果を集約、校内研で他 学年の児童、生徒のようす等、情報交換し合った中で、「公園に遊びに行ってもアホ、 バカ等いわれたり、ひどいときには石まで投げられる」ことや、又「下の子が兄のこと で学枚に行くのもいやがることがあったりで、親としても困っている」という報告がな されました。さらに、学校と家庭内だけで、ほとんど近くの公園へ行ったり、散歩にす ら行かない報告がいくらかあり、あらためて「障害児・者」が生活している「地域」と はなにか、又、どう関わりをつくりだせるのか、考えざるをえなくなりました。 <′73 年度> 転校を前提にした交流が1件ありました。 <′74 年度> 本校に通学している児童、生徒について、地域の小、中学枚はほとんど把握もしていず、 校区に住んでいることすら知らない状態だったため、本校の児童、生徒一覧表に地域校 名を記入し、それぞれの学校に送り、校区外通学をしていることを知ってもらうと同時 に、子供会活動等があれば、呼びかけてほしいことを要請しました。 この年、高同教でも校区外通学をしている全ての障害児について実態調査し、全ての 該当校が知るよう研究会がもたれました。 6中より、来年度該当校になるということから、児童の様子を知るため、本校の訪問が ありました。 又、本校にプールがないため夏期に、親から地域校のプール使用希望があれば協力し てもらえるよう地域校に学校として要請したりしました。本校児童、生徒の実態を知っ てもらうため体操服、弁当持参で各小中学校にむけて積極的な実習参観の呼びかけをし ました。 <’75 年度> 前年度、地域校のプール利用が若干名ということもあり、本校の児童、生徒をつれて、 保護者が利用できるよう要請しました。又、実習参観等積極的にきてもらい、本校教師 と、地域校教師の交流を深めることを中心に進めてきました。 近隣校との交流と見学を兼ね、富田小学校の運動会見学を行なった学年もありました。 また6中障害児学級の夏期はんごうすいさんにM君と教師が参加しています。 <′76 年度> 「児童・生徒が地域で生活していくことのできるような状況、そして、市立養護学校自 体が高槻の学校教育の中において、隔絶されたものでなく、地域の中で、その存在の意 味をしっかりと、創り出していけるような周囲との関わりを考えていくこと」ことを基 本にしました。 その第一歩は、地域校の夏期プール利用について、学校全体として取り組むことから始 まり本校教師が付き添う中で在籍児童・生徒の1/4ほどが実際にプール交流が実現した り、又、地域校との何らかの関わりが作られました。 二学期以後、学校行事や運動会、あるいは、障害児学級授業参加、養級訪問等交流の方 法は、児童・生徒の実態や、相手校の取り組み等で異なってはいるものの、具体的に子 どもどうしのふれ合う場を先に設定するという取り組みに変わった年度でもありました。 又、もう一方では、保護者からの、土曜日教育保障の希望が強く、学校も市教委に対し て土曜日授業の実施を強く要望したにもかかわらず、実現を見なかった中で、土曜日に 地域の学校で学ぷことにより、それを補うことができるという考え方もあり、土曜日の 授業保障と・交流が混同した状態での取り組みになっていきました。 <′77 年度> 本人の経験領域をひろげ、健常児との交わり、接触を深めることが、現時点において極 めて肝要であり、可能であるとの見地に立って、「交流教育についての依頼」を地域校 の学校長宛へ発送しました。 年度当初に各学年より出された交流希望児童・生徒数は、全校の約半数(26名)で、交 流に先だって、本校での児童・生徒のようすをみるための実習参観も多くなりました。 交流の内容も行事参加、障級での授業、原学級での授業、原学級での授業参加等、地域 校との話し合いで決め、月1∼4回、主に土曜日の参加でした。この年に本校にプールが つくられますが、本校でのプール指導とは別に、夏期の地域校でのプール参加も、昨年 と同様おこないました。 <′78 年度> 本年度交流している地域校は、小・中合わせて30校、児童・生徒数も約85%の44名(’79 年1月現在)になり、半面交流が実施できない主な理由は、児童・生徒の健康状態、兄弟 姉妹との関係で親が希望しない等でありました。交流日は土曜日が中心ですが、プール、 校外指導、運動会、文化祭などの行事への参加も増えてきだしました。 又、本年は、市内の就学指導委員会の改組ともかかわって、地域校へ帰る話が出た児童 については、検討の材料にするために、1週間の交流もとりくまれました。 <′80 年度> 小学校での泊交流(広島・修学旋行)がはじめてとりくまれました。(1件)それまでの 交流の経過、内容から考えて、本人にとっても、今後交流をさらに深めるためにも意義 が深いと判断し参加を実現させていきましたが、特例としてのいちづけでした。 <′81年度> 交流内容を深めるとともに、泊行事についても交流教育の一環として意欲的にとりくみ だしました。本年度の交流実態は次のとおりです。 ① 交流回数 月8回 2名、月6回1名、月4回11名、月2回 9名 月2回の理由としては *毎週交流の方向で話し合い中 2名、*校区校の体制がとれないため 4名 *体調の配慮 2名、*その他 1名でした。 ② 未交流者 11名/34名中 (理由)親の反対・地域の問題 4名、体調 2名、校区校の施設設備不足 4名、 反対の中味が不明 5名 (とりくみ) * 親への話し込み 4件、*校区校の家庭訪問 2件、*三者こんだん 2件 * 校区校との話し合い1件、*校区校からの働きかけ(子どものかかわり)1件 ③ 授業への参加のしかた <原級授業の参加のしかた> a.集団授業の雰囲気を楽しむ(本人なりの参加)5名(音楽4 HR2 国語2) b.授業に関連ある本人に合わせた教科を準備して指導2名(体育2 音楽2) c.一斉授業そのまま参加3名(音楽2 社会1) d.授業に合わせ、付添教師が個別指導 3名(図工1 全数科1) e.一斉授業の中に本人のやれるものをカリキュラムに組み入れる2名(社会) f.本人の様子を観察している状況1名 教科 原級(人) 障級 体育 8 2 音楽 15 0 美術 6 1 HR 10 0 給食 2 0 創作(個) 0 5 国語 4 0 社会 4 0 理科 3 0 算数 2 0 技術家庭 1 0 英語 1 1 ④ 泊交流 6名参加 キャンプ(1泊2日)小5、中3 林間(2泊3日)中1、中2 林間(1泊2日)中1、 修学族行(2泊3日)中3 事故防止や事故責任について、市教委とも話し合い、参加については「条件つき 許可」というとりきめがなされた。 また、交流の深まりの中から校区校へ帰っていった児童が3名おりました。 <′82 年度> 全市的に交流がひろまっている一方で、ある一年生の校区校では本人の状態から「交 流は無理である」との判断があり、そのことで両者で何回か話しあいがもたれました。 また、交流がとりくまれる中で、つきそい教師の数で相手校の理解がえられず、本校 の生徒に対してまだまだ共通理解できていない現実もあります。 また、交流がすすむ中で、校区校に帰っていった子どもたちは開校以来16名を数えま す。学校によってとりくみはさまざまですが、どんなに「障害」の重い子でも「地域で 生きる」ことをあたりまえのこととして、彼らはしっかり地域に根ざしつつあります。
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