第4章.対策を要すると考えられる外来種の生息状況とその影響把握

第4章.対策を要すると考えられる外来種の生息状況とその影響把握
4−1
ノヤギ調査
(1)調査概要
1)調査の目的と背景
本報告は、小笠原の自然環境に重大な影響を与えると考えられる野生化したヤギ(以
下ノヤギ)個体群の現状及び生態系への影響の程度を把握し、今後の対策を検討する
ための基礎資料とすることを目的としている。
小笠原諸島は亜熱帯に属した大洋島であり、日本列島の中でも特異な生物相を有し
ている。こうした小笠原諸島の生物相は、生物多様性に対する関心が高まっている現
在において、これまでにもまして貴重な存在であることが認識されている。
一般に大洋島と呼ばれる島々の生物相は、外来種の侵入に弱いとされており、小笠
原諸島も同様である。小笠原諸島のいくつかの島では、過去に移入されたヤギが繁殖
し、摂食や踏みつけによる植生の破壊、裸地化とそれに伴う赤土の流出がおこり、サ
ンゴ礁や漁業にも被害を及ぼしている(日本野生生物研究センター,1992)。
ノヤギの撲滅は、小笠原諸島の聟島列島にて実施され、大きな成果をあげたところ
であるが(小笠原支庁,2003)、本調査の対象地域である父島列島は、聟島列島に比
べ面積が広いこと、地形が急峻で複雑であること、森林が発達しており、見通しが悪
いことから、ノヤギの完全排除は困難を伴うものと考えられる。
本報告では、父島列島におけるノヤギの生息状況と植生への影響を把握し、ノヤギ
の排除方法と今後の排除経過を評価するモニタリング計画を検討した。
2)調査対象地域
小笠原諸島におけるノヤギは、1990 年代には聟島列島の3島(聟島、媒島、嫁島)
と父島列島の4島(父島、兄島、弟島、西島)に生息していた。その後、排除作業が
行われ、現在、聟島列島の3島からノヤギは排除され、生息していない(但し、聟島
については残存個体の有無を観察中)。父島列島の4島には未だにノヤギが生息してい
るが、西島では排除作業の結果、1頭程度が残存するのみとなっている。
本調査では、ノヤギの排除対策が必要と考えられる父島、兄島、弟島の3島を調査
対象地域とした。対象地域とした3島の面積は、父島が 23.80km2、兄島が 7.87 km2、
弟島が 5.20 km2 で、兄島、弟島は無人島である。
4−1
3)調査項目
図 4-1 にノヤギ排除計画に関する調査・検討項目を示した。主な調査項目は①ノヤ
ギの生息状況調査、②文献資料の収集・整理、③生態系(植生)への影響調査の3つ
に大きく分けられる。今年度実施された調査項目および検討事項は以下の通りである。
① 生態系への影響調査
a.生態系への影響とその対策事例
ヤギ等の中型哺乳類による生態系への影響、対策例、成果・効果(植生回復)など
を内外の事例を基に整理した。
b.ノヤギによる植生等への影響
植生への影響調査に関しては、ノヤギによる摂食等の影響を受けている植物種リス
トを作成し、各島の出現種数、固有種・移入種の被害状況等を検討した。
② 調査地域におけるノヤギの生息状況と対策
a.ノヤギ個体群の生息状況
生息状況調査としては、ノヤギの分布状況と生息頭数の推定方法を検討した。
ノヤギの分布状況は、踏査により実施し、兄島、弟島のほぼ全島で分布が確認され
た。また、父島に関しては、聞き取り調査により分布の動向を把握した。
生息頭数の推定は兄島のノヤギ個体群の規模を把握することを目的として、追い出
し法と船上観察による直接カウントと糞粒カウントを行った。
b.ノヤギに関する対策手法の検討
既存資料及び今回の調査結果を基に、兄島における排除手法と希少植物の保全対策
について検討した。
c.モニタリング調査計画
当調査地域におけるノヤギの撲滅は短期間に完了させることは困難であり、数年に
及ぶものと考えられる。従って、捕獲事業の各段階における捕獲効率と生態系への影
響を評価する手法を検討した。本報告では、生息頭数推定調査を実施した兄島を対象
に排除計画と影響評価等の手法を検討した。
4−2
H15 年度実施
生息状況調査
H16 年度以降
予備調査
調査結果
●生息頭数推定予備調査
(調査方法の確立)
・船上カウント
・追いだしカウント
・糞粒カウント
・生息頭数はオーダーで把握
・推定値ではなく、頭数指標でモニターする
・船上カウント
頭数指標 ・糞粒数カウント
・追い出しカウント
etc
●分布概況調査
・島内踏査
・眺望点からの観察
(・聞き取り−父島のみ)
・兄島・弟島 島内に広く分布している
・森林内の利用状況(分布状況)が不明
頭数指標モニタリング項目・方法の確立
(以下の項目を補足的に実施)
・船上カウント
・糞粒カウント
捕獲実施計画を検討するための情報収集(調査)
・島内(特に林内)のノヤギの利用(分布)状況
の把握
・ノヤギの動きの把握 etc
捕獲実施計画の策定
●捕獲方法の検討
・捕獲柵
・追い込み
・島のフェンスによる細分化
・罠の使用
・ユダ・ゴート
・猟犬の使用
etc
●処分方法の検討
(薬殺・銃殺)
●死体処理方法の検討(運搬・
埋設場所等)
文献資料の収集・整理
国内・外の事例
現地での予備作業
・上陸可能地点の把握
・人の移動ルートの確立
地形
ノヤギについてのモニタリング
・頭数指標
・分布状況
・捕獲効率
・捕獲個体分析(外部計測 等)
4︱ 3
植生・植物相
捕獲体制の検討
生態系への影響調査
植生への影響の検討
影響をモニターする
調査方法の検討
植生枠(エクスクロージャー)の
設置
・枠内外の植生調査
捕獲の試行
捕獲体制の整備・訓練
・ハンター
・調査員
・勢子
・猟犬(含トレーナー)
捕獲事業の
本格実施
評価
(再検討)
捕獲体制の維持
モニタリング
・枠内外での植物の生育状況
の比較
生態系のモニタリング
食害植物リストの作成
保全すべき地域の抽出
保全対策の必要性の検討
既存の分布情報
:調査(情報収集)
:検討
H15 年度一部実施
図 4-1.ノヤギ排除作業フロー
詳細調査
保全対策の検討・実施
(2)生態系への影響調査
1)生態系への影響とその対策事例
ヤギは貧弱な植生でも生息できる草食性の家畜であるため、人間の移動に伴って世
界各地に広がった。多くの場合、食料として重要な役割を担っていたが、過放牧が行
われた場合には森林破壊や砂漠化などの問題を引き起こす。また、島嶼に持ち込まれ
て野生化した場合には、捕食者を欠き分散の制限された空間の中で高い密度が生じや
すく、各地で様々な問題を引き起こしている。これらの生態系への影響を軽減し、自
然環境の保全と回復のための対策がいくつかの地域や国で行われている。それらの状
況と対策に関して比較的詳細に報告されている事例を以下に示す。
① 国内
日本国内でノヤギが分布する地域は大きく分けて、本州周辺、南西諸島、小笠原諸
島であるが、植生の破壊など生態系への影響が顕著な地域としては、小笠原諸島、伊
豆諸島の八丈小島、尖閣諸島の魚釣島などが挙げられる(表 4-1 参照)。
小笠原諸島にヤギが持ち込まれたのは、19 世紀の早い時期とされている(高橋,
1998)。その後、明治、大正、昭和の各時代に各島々で粗放な飼育や解き放ちが行わ
れた結果、野生化していった。1968 年の小笠原の日本返還時には、20 の島々にノヤ
ギが生息していたと推定されるが、そのうち 13 の島では自然環境保全のために駆除
されたり、自然消滅した結果、1991 年時点では、聟島列島の聟島、媒島、嫁島、父島
列島の弟島、兄島、西島、父島の7島に残存する状況となった(日本野生生物研究セ
ンター,1992、常田,2003)。聟島列島では増殖したノヤギの食害により森林植生が
後退して草原と化し、中でも媒島では土壌流出が著しく進んだ。さらに海鳥の繁殖環
境への影響や、土砂流出によるサンゴ礁の死滅、漁業対象種の減少なども指摘された
(日本野生生物研究センター 前出)。そのため東京都により 1997 年度から聟島列島
及び父島列島の西島においてノヤギの排除事業が開始され、媒島と嫁島(嫁島は NPO
法人小笠原野生生物研究会が実施)では排除が完了し、聟島と西島についても完了す
る目途が立ってきている(東京都小笠原支庁,2003)。ノヤギを排除した結果、聟島
列島では確実に植生の回復が進んでいる。しかし回復している植物が必ずしも小笠原
の在来種であるわけではなく、それまでノヤギの採食圧によって抑えられていた外来
植物が繁茂する事態も生じている(東京都小笠原支庁,前出)。
伊豆諸島の八丈小島では、1969 年に全島民が離島する際、20∼30 頭程度のヤギが
島に残されたと言われ、それらが野生化し、1980∼1985 年頃に生息頭数はピークに
達して、約 1,000 頭が生息していたと推定されている。その後、1992 年に調査された
際の推定生息頭数は約 400 頭とされている(八丈町ほか,1993)。野生化したヤギの
4−4
過剰な採食や踏圧により、植生への被害や土砂の流出、それに伴う漁業への影響が発
生したため、2001 年から八丈町では生捕りによる捕獲作業を開始した。これまでに約
700 頭を網で捕獲し、八丈島に運んで飼育施設で飼養したり、希望者に引き取っても
らうなどしてきた。しかし、島にはまだ約 200 頭のノヤギが残存しており(2004 年 3
月 15 日付毎日新聞)、地形的な条件などから捕獲は難しく、最終的には銃器を用いた
射殺も検討せざるを得ない状況になってきている(八丈町産業観光課ホームページ)。
尖閣諸島の魚釣島では、1978 年に雌雄各 1 頭のヤギが持ち込まれ、故意に放逐さ
れた(子安,1993)。その後、これらのヤギは繁殖を繰り返し、1991 年の調査では洋
上からの観測により、島の南斜面だけで約 300 頭が目撃されている(横田,1998)。
急増しているノヤギにより、島の植生は明らかに影響を受けており、希少な植物の個
体数が減少している。またノヤギの増加により魚釣島の生態系が著しく破壊された場
合、その影響が島固有の哺乳類や昆虫類、陸産貝類などに及ぶことが懸念されている
(横畑・横田,2000)。しかし、領有権問題なども絡み、現在までに対策は取られて
いない。
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表 4-1 (1).ノヤギの移入経緯と被害状況
地域名
東京都小笠原諸島
聟島列島
聟島
移入時期
19 世紀∼
背景
解き放ち、粗放な
飼育
明治時代に放牧
媒島
嫁島
父島列島
孫島
被害状況
対応など
植生への影響、ク
ロアシアホウドリ
等希少鳥類の営巣
地への影響、一部
裸地化、土壌流出
植生への影響、希
少鳥類の営巣地へ
の影響
裸地化、土壌流出
が顕著
サンゴや漁業対象
種への影響
植生への影響、一
部裸地化
2000 年 度 ∼ 03 年
度:東京都排除実施。
2003 年度までにほぼ
排除完了。
(938 頭)
1997 年 度 ∼ 99 年
度:東京都排除実施。
1999 年 度 に 排 除 完
了。
植生回復工事を施工
中。
(417 頭)
2000 年度∼01 年度:
小笠原野生生物研究
会排除実施。2001 年
度 に 排 除 完 了 。
( 77 頭)
植生への影響
1970 年代に有害駆除
完了。
戦後、再導入
植生をはじめ、生
態系への影響
植生をはじめ、生
態系への影響
植生への影響
弟島
兄島
瓢箪島
植生への影響、一
部裸地化、土壌流
出
植生への影響
西島
東島
農業被害
植生をはじめ、生
態系への影響
父島
4−6
ノヤギのセンサス
1970 年代に有害駆除
完了。
2002 年度より東京都
排除実施。残存頭数 1
頭程度。
(38 頭)
1970∼71 年に有害駆
除。駆除完了。
1973∼75 年度:村に
よる有害駆除
(348 頭)
1976∼78 年度:都に
よる有害駆除
(1,274 頭)
1988∼91 年度:都に
よる有害駆除
(1,405 頭)
1992∼2000 年度:都
補助、村による有害駆
除
(818 頭)
2001∼03 年度:村に
よる有害駆除
(377 頭)
地域名
南島
表 4-1 (2).ノヤギの移入経緯と被害状況
移入時期
背景
被害状況
植生への影響
戦後、再導入
裸地化
カツオドリ等の営
巣地の破壊
母島列島
母島
産業被害
二子島
食料用に放し
た?
平島
明治時代に牧場
植生への影響
1969 年全島民が
離島する際、残
置。
解き放ち
植生への影響、島
の裸地化、土壌流
出
向島
姉島
東京都八丈小島
不明
1969 年
沖縄県尖閣諸島
魚釣島
1978 年
植生への影響、
動物への影響(セ
ンカクモグラ等の
希少種への影響)
対応など
1970∼71 年に有害駆
除。駆除完了。
第2次大戦中に全て
捕獲されたといわれ
る。
1974∼76 年に捕獲実
施。全頭を捕獲するこ
とはできなかったよ
うであるが、1990 年
には生息しないと推
定された。
1975∼76 年に捕獲実
施。全頭を捕獲するこ
とはできなかったよ
うであるが、1990 年
には生息しないと推
定された。
現在生息しない。
第2次大戦中に全て
捕獲されたといわれ
る。
2001 年 度 ∼ 03 年
度:八丈町捕獲実施。
(649 頭)
なし
高橋(1998)より一部抜粋、東京都小笠原支庁(2003)、日本野生生物研究センター(1992)、及び
八丈町産業観光課資料を基に加筆。
(○○頭):ノヤギの排除頭数。未記入のものは不明。
※実施主体は、判明したものについてのみ明記した。
4−7
② 海外
島嶼では人々の都合により持ち込まれたヤギにより、その希少な生物群集の破壊や
土壌浸食が進行している例が世界各地にあり、その防除のための対策が各地で行なわ
れている。それらの地域では、自然環境の保全と回復のために、膨大な資金と労力が
投入されており、様々な工夫の下、大規模な対策が講じられている。
a)ハワイ島の火山国立公園(40,000ha)では、1700 年代後半に欧米から持ち込
まれたヤギは、草地や開けた森林地帯を中心にその個体群を拡大させた(Taylor &
Katahira, 1988)。ノヤギによる生態系への影響が問題となり、1970 年代に囲い込み
による捕獲作業を実施し、生息頭数を大幅に減らした。1980 年における国立公園内の
ノヤギ生息頭数は 250 頭と推定された。その後の残存個体の根絶対策は困難を極め、
長期的な捕獲計画が実施されることとなった。長期的な捕獲計画では、発信器を装着
したヤギ(ユダ・ゴート)を放逐し、この個体が入り込んだノヤギの群を発見して捕
獲する方法が採用された。当地域のノヤギの残存個体は群を形成し、特定の範囲内を
行動する特徴が観察されていることから、ユダ・ゴート作戦は有効な手法であった。
発信器を装着した個体を調査した結果、雌の方が群に合流する確立が高く、また、移
動距離は雄では 7.2km に対して、雌では 6.2∼4.8km と狭かった。捕獲作業は、当初、
地上とヘリコプターを併用した射殺が効率的であったが、計画が進み、残存個体が少
なくなった段階では、陸上での射殺が有効的であった。
b)マリアナ諸島の1つのサリガン島(500ha)では、ノヤギとノブタによる森林
の崩壊を抑制し、その回復を促すことで固有植物や他の原産種の生息・生育場所を改
善することを目的として大規模な根絶事業が行われた(Kessler, 2002)。1995∼1997
年の間にノヤギとノブタの根絶を目的とした5段階の捕獲計画が設計された。まず、
第1段階(1997 年2∼3月)では植生図と航空センサスにより地形調査を行うと共に
鳥類、コウモリ、トカゲなどの生態調査が行われた。第2段階(1997 年7月)ではベ
ースキャンプが設立され、第3段階(1998 年1∼2月)には、ヘリコプターによる空
中射撃と地上射撃による捕獲作業が始められた。ヘリコプターによる空中射撃では、
ノヤギの捕獲個体全体の 41%(約 370 頭)が捕獲され、その内、捕獲作業開始の7日
間で 90%(344 頭)が捕獲された。また、地上射撃は当初、数人のハンターが猟犬を
伴いながらラインを組んで、特定の場所を漏れのないようにノヤギを発見し、射殺し
た。最終段階には、調査員が個別に踏査し、トランシーバーなどで連絡を取りながら
捕獲作業を進めた。第4段階は第3段階の後半期とも言えるが、小規模個体群や単独
の個体を捕獲し、1998 年3月1日までに全ての個体の排除が完了した。結局、1998
年1∼2月にヘリコプターと地上からの射撃、ワナ、イヌを使用して 68 頭のノブタ、
904 頭のノヤギを捕獲したことになる。第5段階は、1998 年8月以降始められたモニ
タリング調査であり、2000 年までに合計6頭のノヤギの残存個体が捕獲され、これを
4−8
もってサリガン島のノヤギは根絶したと考えられた。駆除後では植生が豊かになった
反面、コウモリ、地上棲の鳥類、ネズミ類の個体数には変化が見られなかった。
c)アメリカ・カリフォルニア州サンタ・カタリナ島は 194km2 の面積を持ち、カ
リフォルニア海峡の8つの島々のうち 3 番目に大きい島である。多くの固有種を有し、
人口 4,000 人と年間約 100 万人の観光客を有する。外来哺乳類は、1800 年代中期に
持ち込まれた野生化したヤギであり、その生息数は 1930 年に 3 万頭にまで達した。
ノヤギによる生態系への影響は、固有植物種や植生、エロージョンの増加など顕著で
あった。年間を通してスポーツハンティングや管理者によるノヤギ排除を行っていた
が、1990 年代まで相当数のノヤギが残存していた。1990∼1994 年にかけて、地上と
空(ヘリコプター)からの射撃により 7,700 頭(約 95%)のノヤギを排除したが、そ
の後、予算の不足により捕獲計画は終了させられた。1996 年に島の西部からノヤギの
全個体を排除する計画が始められ、1998 年までに発信機を装着されたヤギ(ユダ・ゴ
ート)以外を根絶させた。また、排除計画は島の残された地域にも広められ、続く 6
ヶ月の間に 600 頭が射殺により排除された(Schuyler, 2002)。1999 年 1 月、動物愛
護団体から生体捕獲の提案が出され、射殺を一時中止し、その提案を試行することに
なった。1999 年秋、121 頭が捕獲され、島外に運び出された。しかし、2000 年1月
には、66 頭が射殺許可の下、排除された。2001 年に推定 25∼30 頭の残存ノヤギを
生体捕獲により排除する計画が立案され、発信機を装着していない個体全てを排除し、
その年の終わりまでには発信機装着個体を移動する予定である。
d)ニュージーランドのエグモント国立公園(33,540ha)は、農地に囲まれた森林
山岳地帯である。1910 年以来、公園内にノヤギが生息し、1925 年以来継続して個体
数調整が進められており、この対策は世界的にみて最も長期間に渡る脊椎動物の害獣
対策のひとつと考えられる(Forsyth & Parkes, 2002)。ヘリコプターによる射殺は、
森林限界以上の場所で効果的であるが、公園のほとんどが森林に覆われているため、
猟犬を使用したハンティングが主流である。1961∼1999 の間、捕獲に対するノヤギ
生息数の傾向を評価する手法として、捕獲努力量(捕獲量/日数)を採用した。1961
∼1986 年までは、年間捕獲努力量は増加傾向にあった。生息密度は捕獲作業を始めた
ころが最高で(7頭/日)、1987 年まで漸減した(0.8 頭/日)。1987 年以降、生息
数は低密度で維持されている(2頭以下/日)。
e)世界遺産に登録されているオーストラリアのロード・ホーウエ島(1,455ha)
は、1834 年以来、人間の移住に伴い野生化したヤギが生息する。1970 年代初頭、根
絶を目的として 228 頭のノヤギが射殺により排除されたが、起伏の多い南部山岳地域
では排除し切れなかった(Parkes, Macdonald & Leaman, 2002)。1999 年にノヤギ
根絶のための新たな計画が構築され、その年の後半に実施された。以前の捕獲記録や
捕獲率、増加率などを使って 1999 年現在、約 200 頭のノヤギが生息すると推定した。
4−9
ヤギ根絶プロジェクトには、ヘリコプターによる捕獲(50 時間)と猟犬を伴う地上捕
獲(220 人日)が必要であり、NZ$107,000 の経費が見積もられた。計画は 1999 年 9 月
に始められ、1999 年 10 月 15 日に終了し、その間に 295 頭のノヤギが捕獲された。
その内訳は、189 頭(64%)がヘリによる捕獲、106 頭(36%)が地上捕獲である。
地上捕獲では、合計 7 人以下のハンターと 8 頭の猟犬で構成したグループにより捕獲
作業を進めることが理想的であった。あまり大きなグループを構成すると人や猟犬に
気づいて逃げ出すノヤギ個体が増えるからである。ハンターは 100-150m間隔でライ
ンを構成し、各自 1∼2 頭の猟犬を携え、無線機により連絡を取り合って進んだ。ハ
ンターグループは1日 100∼200ha の捕獲範囲を踏査するとして、当地域は 700ha な
ので7つのハンティング区域に分けて捕獲作業が行われた。1区域を最低 6 回巡回す
ることが必要であった。猟犬無しでの地上捕獲は、森林内におけるノヤギの見落とし
率を増やすことになる。しかし、地上性の鳥が生息する場所での使用は制限すべきで、
対象動物以外に危害を加えないように調教する必要があり、捕獲計画では固有動物の
潜在的影響を最小限に抑えるように計画されるべきである。その後、残存個体が発見
されており、ノヤギの根絶は達成されていないが、2001 年以降、レンジャーが週に1
度見回りをしてノヤギの監視を行っており、2002 年にはユダ・ゴートの放逐を検討し
ている。
その他の排除方法として、部分的な柵の設置による特定の植生の保護や、フェンス
によって島を区分し、部分的、あるいは段階的な排除手法を取り入れているケースも
ある。例えば、ニュージーランドの Campbell 島では、1970 年に試験的に島をフェン
スによって2区分し、北半分の地域で 1,300 頭を射殺、さらには 1984 年にフェンス
を拡張して、南西の半島部に 1,000 頭を隔離し、その後 4,000 頭を射殺するといった
段階的な排除手法を実施している(Brockie ets, 1988)。
以上の事例を見ると、ノヤギ根絶のための排除計画には、初期の段階で個体群の大
規模な捕獲を行い、その後の地道な努力と技術的な工夫を継続し、検討と修正を加え
ながら長期間に渡る大規模な事業計画を覚悟する必要がある。特に父島列島は、ノヤ
ギの根絶が成功した聟島列島に比較すると面積が広く、地形が急峻で複雑であり、森
林が発達していて見通しが悪いことから、ノヤギの根絶は容易ではなく、総合的で徹
底的な長期的取り組みが重要であると考えられる。
2)父島列島におけるノヤギによる植生等への影響
父島、兄島、弟島の各島でノヤギにより食害を受けている植物について、小笠原野
生生物研究会の安井隆弥氏の知見を基に、島別にリストを作成した(表 4-2)。また各
種毎に食害の程度を合わせて記載した。なお、兄島の家内見崎については、安井氏が
今回新たに現地を踏査して、食害を受けている植物を記録した。
4−10
4-2(1). 父島・兄島・弟島 ノヤギによる食害植物リスト
№
科名
和名
学名
父島 兄島
Angiopteris lygodiifolia Rosenst.
1 リュウビンタイ科 オガサワラリュウビンタイ
(=A.boninensis Hieron)
Cyathea mertensiana Copel.
2 ヘゴ科
マルハチ
Cyathea ogurae Domin.
3 ヘゴ科
メヘゴ
Cyathea spinulosa Wall.
4 ヘゴ科
ヘゴ
Thelypteris boninensis K.Iwatsuki
5 オシダ科
オオホシダ
Asplenium laserpitiifolium Lam.
6 チャセンシダ科 オオトキワシダ
Pleopeltis boninensis H.Ohba
7 ウラボシ科
ホソバクリハラン
Casuarina stricta Ait.
8 モクマオウ科
モクマオウ
Celtis boninensis Koizumi
9 ニレ科
ムニンエノキ
Ficus boninsimae Koidzumi
10 クワ科
トキワイヌビワ
Ficus microcarpa L.
11 クワ科
ガジュマル
Ficus nishimurae Koidzumi
12 クワ科
オオトキワイヌビワ
Morus australis Poiret
13 クワ科
シマグワ
Morus boninensis Koidzumi
14 クワ科
オガサワラグワ
Pisonia umbelifera Seem.
15 オシロイバナ科 ウドノキ
Tetragonia tetragonoides O.Kunze
16 ツルナ科
ツルナ
Portulaca oleracea L.
17 スベリヒユ科
スベリヒユ
Drymaria cordata Willd.var.pacifica Mizushima
18 ナデシコ科
オムナグサ
Achyranthes obtusifolia Lamarck
19 ヒユ科
シマイノコズチ
Distylium lepidotum Nakai
20 マンサク科
シマイスノキ
Calophillum inophyllum L.
21 オトギリソウ科 テリハボク
Bryophillum pinnatum Kurz.
22 ユキノシタ科
セイロンベンケイ
Sedum boninense Tuyama
23 ユキノシタ科
ムニンタイトゴメ
Pittosporum boninense Koidzumi
24 トベラ科
シロトベラ
Pittosporum chichijimense Nakai
25 トベラ科
オオミトベラ
Pittosporum parvifolium Hayata
26 トベラ科
コバノトベラ
Osteomeles boninensis Nakai
27 バラ科
タチテンノウメ
Osteomeles lanata Nakai
28 バラ科
シラゲテンノウメ
Photinia wrightiana Maxim.
29 バラ科
シマカナメモチ
Raphiolepis indica (L.) Lindl. ex Ker var. Umbellata
30 バラ科
シャリンバイ
(Thunb.) H. Ohashi
Rhaphiolepis integerrima Hook.et Arn.
31 バラ科
シマシャリンバイ
Rubis nishimuranus Koidzumi
32 バラ科
シマミツバキイチゴ
Rubus nakaii Tuyama
33 バラ科
チチジマイチゴ
Acacia confusa Merrill
34 マメ科
ソウシジュ
Caesalpinia bonduc Roxb.
35 マメ科
シロツブ
Desmanthus virgatum Willd.
36 マメ科
ヒメギンネム
Erythrina variegata L.var.orientalis Merr.
37 マメ科
デイゴ
Leucaena leucocephala de Wit.
38 マメ科
ギンネム
Medicago lupulina L.
39 マメ科
コメツブウマゴヤシ
Medicago polymorpha L.
40 マメ科
ウマゴヤシ
Medicago polymorpha L.var.confinis Osada
41 マメ科
トゲナシウマゴヤシ
Bishofia javanica Blume
42 トウダイグサ科 アカギ
Drypetes integerrima Hosokawa
43 トウダイグサ科 ハツバキ
Euphorbia hirta L.
44 トウダイグサ科 シマニシキソウ
Euphobia hirta L.var.glaberrima Koidzumi
45 トウダイグサ科 テリハニシキソウ
Euphorbia prostrata Ait.
46 トウダイグサ科 ハイニシキソウ
Euphorbia thymifolia L.
47 トウダイグサ科 イリオモテニシキソウ
Phyllanthus debilis Klein ex Willd.Nakai
48 トウダイグサ科 オガサワラコミカンソウ
Zanthoxylum beecheyanum K.Koch
49 ミカン科
ヒレザンショウ
Melia azedarach L.
50 センダン科
センダン
Ilex mertensii Maximowicz
51 モチノキ科
シマモチ
Elaeocarpus photiniaefolius Hook.et Arn.
52 ホルトノキ科
シマホルトノキ
Abutilon indicum Sweet
53 アオイ科
オガサワライチビ
Hibiscus glaber Matsumura
54 アオイ科
モンテンボク
Hibiscus tiliaceus L.
55 アオイ科
オオハマボウ
Malva pusilla Smith
56 アオイ科
ハイアオイ
Malvastrum coromandelianum Garcke
57 アオイ科
エノキアオイ
Sida acuta Burm.f.
58 アオイ科
ホソバキンゴジカ
Wikstroemia pseudoretusa Koidzumi
59 ジンチョウゲ科 ムニンアオガンピ
Stachyurus macrocarpus Koidzumi
60 キブシ科
ナガバキブシ
Psidium cattleianum Sabine
61 フトモモ科
キバンジロウ
Psidium guajava L.
62 フトモモ科
バンジロウ
Syzygium buxifolium Hook.et Arn.
63 フトモモ科
アデク
Syzygium cleyeraefolium Makino
64 フトモモ科
ヒメフトモモ
Terminalia catappa L.
65 シクンシ科
モモタマナ
Ludwigia hyssopifolia Exell.
66 アカバナ科
タゴボウモドキ
Ludwigia octovalvis Raven subsp.octovalvis
67 アカバナ科
ウスゲキダチキンバイ
Centella asiatica Urban
68 セリ科
ツボクサ
Rhododendron boninense Nakai
69 ツツジ科
オガサワラツツジ
Vaccinium boninense Nakai
70 ツツジ科
ムニンシャシャンボ
Arbisia sieboldii Miq.
71 ヤブコウジ科
モクタチバナ
Myrsine maximowiczii Walker
72 ヤブコウジ科
シマタイミンタチバナ
Anagalis arvensis L.
73 サクラソウ科
アカバナルリハコベ
Lysimachia rubida Koidzumi
74 サクラソウ科
オオハマボッス
Pouteria obovata Baehni
75 アカテツ科
アカテツ
Pouteria obovata Baehni var.dubia Hara
76 アカテツ科
コバノアカテツ
Symplocos pergracilis Yamazaki
77 ハイノキ科
チチジマクロキ
Ligustrum micranthum Zucc.
78 モクセイ科
ムニンネズミモチ
Osmanthus insularis Koidzumi
79 モクセイ科
シマモクセイ
Geniostoma glabrum Matsumura
80 マチン科
オガサワラモクレイシ
Ochrosia nakaiana Koidzumi
81 キョウチクトウ科 ヤロード
Trachelospermum foetidum Nakai
82 キョウチクトウ科 ムニンテイカカズラ
兄島
弟島 固有種 RDB-J RDB-T
家内見崎
備考
◎
○
○
○
○
△
△
○
○
○
EN
△
UK
B
○
◎
○
△
○
△
◎
◎
○
○
△
△
○
△
△
△
△
△
△
△
△
△
△
B
△
△
○
◎
○
稚樹なし更新不能(兄島家内見崎)
稚樹なし更新不能(兄島家内見崎)
○
○
○
EN
C
○
CR
A
○
○
△
△
○
○
○
○
○
○
○
新芽を少し
VU
B
稚樹
CR
CR
VU
A
C
△
新芽を少し
○
○
◎
△
△
△
△
◎
○
○
○
△
△
○
○
△
△
○
○
稚樹なし更新不能(兄島家内見崎)
○
CR
○
VU
B
C
△
△
○
△
○
○
○
○
△
△
○
新芽
稚樹なし更新不能(兄島家内見崎)
○
○
○
○
○
△
△
○
△
△
○
△
△
○
△
△
△
△
△
△
○
○
△
稚樹なし更新不能(兄島家内見崎)
稚樹なし更新不能(兄島家内見崎)
△
○
△
△
○
○
○
△
△
△
○
△
△
△
△
△
△
△
△
○
△
△
△
△
△
△
4−11
○
○
VU
C
UK
○
○
○
新芽
稚樹なし更新不能(兄島家内見崎)
VU
CR
C
B
○
○
稚樹なし更新不能(兄島家内見崎)
稚樹なし更新不能(兄島家内見崎)
○
◎
○
○
○
○
○
△
新芽を少し
新芽を少し
新芽を少し
○
○
○
△
○
○
CR
VU
○
VU
A
△
△
△
△
稚樹なし更新不能(兄島家内見崎)
稚樹なし更新不能(兄島家内見崎)
○
稚樹なし更新不能(兄島家内見崎)
○
○
○
○
○
○
○
VU
CR
C
A
VU
C
新芽
稚樹なし更新不能(兄島家内見崎)
稚樹
稚樹なし更新不能(兄島家内見崎)
稚樹なし更新不能(兄島家内見崎)
4-2(2). 父島・兄島・弟島 ノヤギによる食害植物リスト
№
83
84
85
86
87
88
89
90
91
92
93
94
95
96
97
98
99
100
101
102
103
104
105
106
107
108
109
110
111
112
113
114
115
116
117
118
119
120
121
122
123
124
125
126
127
128
129
130
131
132
133
134
135
136
137
科名
アカネ科
ムラサキ科
クマツヅラ科
クマツヅラ科
クマツヅラ科
クマツヅラ科
クマツヅラ科
クマツヅラ科
シソ科
シソ科
ナス科
ハマウツボ科
キキョウ科
クサトベラ科
キク科
キク科
キク科
キク科
キク科
キク科
キク科
キク科
キク科
キク科
キク科
キク科
キク科
キク科
キク科
キク科
キク科
キク科
キク科
ユリ科
イネ科
イネ科
イネ科
イネ科
イネ科
イネ科
イネ科
イネ科
イネ科
イネ科
イネ科
イネ科
イネ科
イネ科
イネ科
イネ科
イネ科
イネ科
イネ科
イネ科
イネ科
和名
学名
父島 兄島
Psychotria boninensis Nakai
Messerschmidia argentea Johnston
Callicarpa glabra Koidzumi
Callicarpa nishimurae Koidzumi
Callicarpa subpubescens Hook.et Arn.
Lantana camara.L.
Stachytrpheta jamaicensis Vahl.
Vitex rotundifolia L.
Ajuga boninsimae Maxim.
Scutellaria longituba Koidzumi
Lycium sandwicense Gray
Orbanche boninsimae Tuyama
Lobelia boninensis Koidzumi
Scaevola taccada Roxb.
Ageratum conyzoides L.
Aster subulatus Michx
Bidens pilosa L.var.minor Sch.-Bip.
Bidens pilosa L.var.radiata Sch.-Bip.
Circium boninense Koidzumi
Crepidiastrum ameristophyllum Nakai
Crepidiastrum grandicollum Nakai
Crepidiastrum linguaefolium Nakai
Erechtites valerianaefolia DC.
Erigeron bonariensis L.
Erigeron sumatrensis Retz.
Gnaphalium prupureum L.
Ixeris longirostrata Nakai
Ixeris stolonifera A.Gray
Sonchus oleraceus L.
Synedrella nodiflora Gaerth.
Tridax procumbens L.
コバナムラサキムカシヨモギ Vernonia cinerea Less.
Youngia japonica DC.
オニタビラコ
Lilium longiflorum Thunb.
テッポウユリ
Bambusa multiplex Raeusch.var.alphonsokarri Nakai
スオウチク
Chloris barbata Sw.
クロコウセンガヤ
Chloris dolichostachys Lag.
シマヒゲシバ
Chloris gayana Kunth
ローズソウ
Chloris radiata Sw.
コウセンガヤ
Chrysopogon aciculatus Trin.
オキナワミチシバ
Cynodon dactylon Pers.
ギョウギシバ
Cyrticoccum patens A.Camus
ヒメチゴザサ
Dactyloctenium aegyptium Rich.
タツノツメガヤ
Digitaria adscendens Hern.
メヒシバ
Digitaria platycarpha Stapf.
シマギョウギシバ
Digitaria pruriens Buse
ハハキメヒシバ
Digitaria violascens Link.
アキメヒシバ
Echinochlora colona Link.
コヒメビエ
Echinochloa crus-galli Beauv.var.formosensis Ohwi
ヒメタイヌビエ
Eleusine indica Gaertn.
オヒシバ
Eragrostis tenella P.Beauv.
ヌカカゼクサ
Eriochloa procera C.E.Hubbard
ムラサキノキビ
Imperata cylindrica P.Beauv.var.major C.E.Hubb.
チガヤ
Ischaemum ischaemoides Nakai
シマカモノハシ
Miscanthus boninensis Nakai
オガサワラススキ
○
△
◎
◎
◎
△
△
△
◎
○
△
◎
○
△
○
○
○
○
◎
◎
◎
◎
○
○
○
○
◎
○
○
◎
○
○
○
◎
△
○
○
○
○
△
○
○
△
○
○
○
○
○
○
○
△
△
△
○
○
138 イネ科
ハチジョウススキ
Miscanthus sinensis Anderss.var.condensatus Makino
○
139
140
141
142
143
144
145
146
147
148
149
150
151
152
153
154
155
156
157
158
159
160
エダウチチジミザサ
コゴメビエ
オガサワラスズメノヒエ
シマスズメノヒエ
アメリカスズメノヒエ
スズメノコビエ
タチスズメノヒエ
メダケ
ヤダケ
フタシベネズミノオ
ソナレシバ
シバ
コウライシバ
オガサワラビロウ
タコノキ
ヒゲスゲ
シオカゼテンツキ?
テンツキ
シマテンツキ
ムニンテンツキ
アサヒエビネ
ムニンボウラン
Oplismenus compositus P.Beauv.
Paspalidium tuyamae Ohwi
Paspalum conjugatum Bergius
Paspalum dilatatum Poir.
Paspalum notatum Flugge
Paspalum orbiculare Forst.
Paspalum urvillei Steud.
Pleioblastus simonii Nakai
Pseudosasa japonica Makino
Sporobolus diander P.Beauv.
Sporobolus virginicus Kunth
Zoysia japonica Steud.
Zoysia tenuifolia Willd.
Livistonia chinensis R.Br.var.boninensis Becc.
Pandanus boninensis Warburg
Carex boottiana Hook.et Arn.
Fimbristylis cymosa R.Br. ?
Fimbristylis dichotoma Vahl.
Fimbristylis ferruginea Vahl.
Fimbristylis longispica Steud.var.boninensis Ohwi
Calanthe hattorii Schlechter
Luisia boninensis Schlechter
イネ科
イネ科
イネ科
イネ科
イネ科
イネ科
イネ科
イネ科
イネ科
イネ科
イネ科
イネ科
イネ科
ヤシ科
タコノキ科
カヤツリグサ科
カヤツリグサ科
カヤツリグサ科
カヤツリグサ科
カヤツリグサ科
ラン科
ラン科
オオシラタマカズラ
モンパノキ
シマムラサキ
ウラジロコムラサキ
オオバシマムラサキ
シチヘンゲ
ホナガソウ
ハマゴウ
シマカコソウ
ムニンタツナミソウ
アツバクコ
シマウツボ
オオハマギキョウ
クサトベラ
カッコウアザミ
ホウキギク
シロバナセンダングサ
オオバナセンダングサ
オガサワラアザミ
ユズリハワダン
コヘラナレン
ヘラナレン
タケダグサ
アレチノギク
オオアレチノギク
チチコグサモドキ
ツルワダン
ジシバリ
ハルノノゲシ
フシザキソウ
コトブキギク
-
△
兄島
弟島 固有種 RDB-J RDB-T
家内見崎
△
○
UK
◎
◎
◎
△
○
△
○
○
○
CR
CR
○
○
CR
A
○
○
VU
B
C
B
C
B
稚樹なし更新不能(兄島家内見崎)
△
○
△
○
◎
◎
○
○
○
○
VU
CR
EN
CR
B
A
A
A
◎
○
VU
B
○
EN
○
○
EN
○
EN
◎
備考
◎
○
◎
○
○
○
○
◎
△
○
◎
○
○
○
◎
○
○
○
△
○
○
△
○
○
○
○
○
○
○
△
△
○
△
△
△
△
△
○
△
○
○
△
○
△
△
△
△
△
△
○
△
△
△
△
◎
○
◎
△
△
○
○
○
△
△
△
○
○
56
◎
◎
A
△
△
○
◎
◎
○
○
C
稚樹なし更新不能(兄島家内見崎)
稚樹なし更新不能(兄島家内見崎)
◎
145
73
◎:食害激しい
○:よく食べる
△:少し食べる
4−12
◎
27
△
△
△
55
○
○
○
EN
CR
EN
C
A
B
60
33
35
花茎を好む
-
ノヤギにより食害を受けている種は、父島で 145 種、兄島で 73 種(うち家内見崎
27 種)、弟島で 55 種、3島で共通して食害を受けている種は 43 種であった。その中
で食害の程度が激しい種はオガサワラアザミ、フシザキソウ、タコノキの3種であっ
た。
つぎに食害植物リストを基に、各島別にこれまでに確認されている維管束植物の生
育種数、ノヤギに食害を受けている種数(食害種数)、そのうちの固有種数、レッドデ
ータブックの掲載種数を整理した(表 4-3)。生育種に対する食害種の割合は、父島で
33.6%、兄島で 57.0%、弟島で 25.1%となり、兄島での食害の割合が最も高かった。
また、食害種に占める固有種の割合は、父島で 35.2%、兄島で 46.6%、弟島で 30.9%
となり、父島で最も高かった。
食害種のうち環境省と東京都が作成したレッドデータブックの掲載種は、父島 40
種、兄島 18 種、弟島 13 種で、父島が最も多かった。絶滅の危険性の高い種の中では、
オガサワラグワ、シマカコソウ、ユズリハワダン、ヘラナレン、コヘラナレンなどが
激しく食害を受けている。
表 4-3.父島・兄島・弟島におけるノヤギによる食害種数
父島
431
145
51
兄島
128
73
34
弟島
219
55
17
CR
EN
VU
12
7
11
4
5
6
1
0
5
A
B
C
UK
9
11
11
3
3
3
6
2
2
2
4
3
生育種数
食害種数
固有種数
環境省 RDB
東京都 RDB
環境省レッドデータブック・カテゴリー
CR:絶滅危惧ⅠA 類,EN:絶滅危惧ⅠB 類,VU:絶滅危惧Ⅱ類
東京都の保護上重要な野生生物種(1998)
評価
A:絶滅危惧Ⅰ類に相当,B:絶滅危惧Ⅱ類に相当,C:準絶滅危惧に相当,
UK:現状不明
4−13
(3)調査地域におけるノヤギの生息状況と対策
1)ノヤギ個体群の生息状況
① 調査方法
分布状況に関しては、父島については小笠原自然文化研究所の鈴木創氏に聞き取り
を行い、分布の動向を把握した。また兄島・弟島については現地踏査と船上からの観
察により分布の概況を把握した。
生息頭数推定調査は、追い出し法と船上観察によるノヤギの直接カウントと糞粒カ
ウントを実施した。追い出し法はまず調査員を一列に配列し、適当な間隔を保ちなが
ら見通しの良い場所までノヤギを追い出す。そこに出現したノヤギを船上や見通しの
良い場所からカウントした。調査終了後、重複観察個体と推定されるものは除去し、
その数を調査地域での観察個体数とした。
また、追い出しを行った調査地域内で単位面積当たりの糞粒数をカウントし、相対
的な生息密度の指標を検討した。糞粒カウントを実施した場所は、植生を配慮しなが
ら各追い出し調査地域内に3ヶ所設定した。それらの地点には 50m のラインを2∼4
本設置し(3地点合計で 10 ライン)、そのラインに沿って 5m おきに 1m×1m の調査
枠を置いてその枠内の糞粒をすべてカウントした(写真 4-1)。
船上観察法は、島の周囲を船で回り、目視や双眼鏡を使ってノヤギを観察し、重複
個体がないように記録した。
写真 4-1.調査風景(糞粒カウント
4−14
兄島)
② 分布状況
a.父島
聞き取り結果を基に作成した父島のノヤギの分布図が、図 4-2 である。父島では図
示した分布前線の南東側、主に島南部を中心にノヤギが分布している。現在、分布域
は拡大傾向にあると考えられ、最近では八瀬川を越えて右岸側に分布域が拡大してい
る。また島北部でも宮之浜を越えて三日月山方面に分布域を拡げる可能性が考えられ
る。父島では現在、小笠原村の農作物被害への対策事業として、ノヤギの有害鳥獣駆
除が行われている。平成 12、13 年度頃までは、10 月から翌年3月までの駆除期間中
に 13 回前後駆除隊が出動して、目標頭数の 115 頭を駆除することが難しい状態にあ
った。しかし、最近1、2 年は 10 回前後の出動で 150 頭以上を駆除できるようにな
ってきており、生息頭数の増加が示唆される。また分布域の拡大、生息頭数の増加に
伴って駆除する場所も変わってきており、これまでは比較的山の奥部に行かなければ
駆除できなかったものが、道路付近で駆除できるようになってきているようである。
島南東部の中海岸から西海岸にかけての一帯では、最近、少なくとも過去 15 年程度
は、全く駆除が行われていないようで、この地域ではノヤギの生息頭数が増加してい
ることが予想される。
b.兄島
兄島では、船上からの観察と南部の踏査を 2004 年1月 24 日に、北部の踏査を同年
1月 29 日にそれぞれ実施した(図 4-3)。
船上からの観察は、キャベツビーチ沖を起点として、小型船で東回りに島の外周を
1周し、海岸沿いの崖部などにいるノヤギを、目視や双眼鏡を使って探索し、計数し、
記録した。調査の結果、60 頭のノヤギを確認した(図 4-4)。船上からの観察、踏査
の結果、ノヤギは兄島の島内に広く分布していると考えられるが、海岸沿いの崖や植
生がなく岩が露頭している場所で、頻繁に目撃された。ノヤギは単独または2∼3頭
程度の小群で行動しており、大きな群れは作ってはいなかった。また、外見的特徴と
しては、体色が白色の個体が多いため、遠方からも比較的容易に観察することができ
た(写真 4-2)。
c.弟島
弟島では、2004 年2月1日に北部の鹿ノ浜から南部の黒浜までを旧道に沿って約4
kmを踏査した(図 4-5)。当日、上陸する前に島の東側半分を船上から観察したが、
確認できた個体は 1 頭のみであった。踏査の結果、ノヤギは弟島の島内に広く分布し
ていると考えられるが、広根山以北と黒浜付近での目撃が多かった。弟島は周囲のほ
とんどを崖に囲まれているが、兄島のように海岸沿いの崖部にいるノヤギはほとんど
4−15
いなかった。またノヤギは兄島同様に単独または2∼3頭程度で行動しており、大き
な群れは作ってはいなかった。ノヤギの外見的な特徴を挙げれば、兄島では白色の個
体が多かったのに比べ、弟島ではほとんどが黒色の個体であった(写真 4-3)。
写真 4-2.ノヤギ(兄島)
写真 4-3.ノヤギ(弟島)
4−16
ノヤギ分布前線
宮乃浜
三日月山
1997 年度に完全駆除
ノヤギ分布前線
2002 年度に分布拡大
2000∼2001 年度に分布拡大
八瀬川
中海岸
最近(最低 15 年以
上)駆除を全く行っ
ていない地域
西海岸
図 4-2.父島ノヤギ分布図
4−17
二俣岬
12:30
11:20
10:30
10:10
9:45
8:55
12:00
14:45
上陸地点北部
2004.1.29
上陸地点南部
2004.1.24
11:30
9:55
13:50
14:55
家内見崎
図 4-3.兄島踏査ルート
4−18
2
4
1
2
1
1
1
2
3 2
1
1
2
2
3
1
2
2
1
1
1
9:40 終了
1
1
1
4
122
2
8:30 開始
調査実施日:2004 年 1 月 24 日
調査時間:8:30∼9:40
天候:晴れ
確認頭数:60 頭
図 4-4.兄島
船上カウント結果
4−19
1
1
1
3
1
3
10:20
鹿ノ浜 9:20
9:44
広根山
11:13
12:00
13:00
13:15
13:55
黒浜 15:18
14:32
図 4-5.弟島踏査ルート
4−20
③ 個体数レベルの把握
調査は兄島の南東部に位置する家内見崎と北部の二俣岬において追い出し法と船上
観察による直接カウントと糞粒カウントにより実施した。各調査地域の結果は以下の
通りである。
a.追い出し調査
ア.家内見崎
2004 年1月 27 日に家内見崎において追い出しによる直接カウントを行った(図
4-6)。本調査では家内見崎の稜線を境に南斜面と北斜面に分け、各斜面を時間をずら
して家内見崎の付け根から先端の草地に向けてノヤギを追い出した。調査員は、追い
出しに7名、船上観察者1名、調査地内の見通しの良い場所からの定点観察者2名、
父島東部の旭平展望台からの定点観察者1名の合計 11 名で実施した。
本調査は南・北斜面に分けて実施したが、ノヤギは小さな群を形成しながら、最終
的には一つの群に集結し、見崎の先端部分でカウントすることとなった。先端部分で
の観察数は 58 頭で、調査員配置前に移動した個体7頭を入れると合計 65 頭であった。
なお、追い出し調査直前に調査地域内にいるノヤギを船上よりカウントした結果、
12 頭が観察された。
イ.二俣岬
2004 年1月 30 日に二俣岬において追い出しカウントを行った(図 4-7)。二俣岬の
付け根に調査員を配列し、二俣岬先端の草地にノヤギを追い出した。調査員は、追い
出しに8名、船上観察者1名、定点観察者1名の合計 10 名で実施した。
観察個体数は、先端部分で 14 頭、調査員配置前に移動した個体2頭の合計 16 頭で
あった。家内見崎と同様に二俣岬のノヤギ個体群に関しても、追い出しをしていくう
ちに、ノヤギは小群を形成し、最終的には二俣岬の左側の先端に集結した。
b.糞粒カウント
ア.家内見崎
調査は追い出し調査と同日に行い、植生を配慮しながら3つの調査地点を設置し、
それぞれ3∼4本のラインを設置して糞粒数をカウントした(図 4-8)。内訳は、草地
4ライン、モクマオウ林内3ライン、乾性低木林内3ラインの3地点において合計 10
ラインである。表 4-4 に各植生毎の糞粒数を示した。1枠当たりの糞粒数は、草地で
約 112 粒、モクマオウ林で約 87 粒、乾性低木林で約4粒となり、草地が最も多かっ
た。
4−21
イ.二俣岬
調査は、草地3ライン、モクマオウ林5ライン、タマナ・ビロウ林2ラインの3地
点に合計 10 ライン設置して糞粒数をカウントした(図 4-9)。1枠当たりの糞粒数は
草地で約5粒、モクマオウ林で約 49 粒、タマナ・ビロウ林で8粒となり、モクマオ
ウ林が最も多かった(表 4-4)。
表 4-4.糞粒カウント調査結果
家内見崎
植生
ライン数 調査枠数 糞粒数
草地
モクマオウ
乾性低木林
タマナ・ビロウ
4
3
3
−
44
33
33
−
4925
2869
131
−
二俣岬
1枠当た
りの糞粒
数
ライン数 調査枠数 糞粒数
112
87
4
−
3
5
−
2
33
55
−
22
166
2690
−
176
1枠当た
りの糞粒
数
5
49
−
8
2地域の
1枠当たりの糞
粒数
66
63
4
8
以上の結果から、今回の糞粒カウント調査地の植生タイプを便宜上次のように分け
た。
①
草地や裸地のような見通しが良く、エサ資源として利用頻度が高いと考えられる
草本類の多い場所
②
モクマオウ林のようにエサ資源は多くないと考えられるが、見通しが良く移動場
所として利用されていると考えられる高木林
③
アカテツやシマイスノキのように林内の見通しが悪く、歩行の障害物となる乾性
低木林
④
モモタナマ林のように高木林ではあるが、比較的鬱蒼とした林
今回の調査においては、調査地点数が少ない上、調査期間が極めて短かかったこと
もあり、季節的な植生変化によるノヤギの利用頻度等は把握できなかった。従って、
まとまった検討を行うことはできないが、今回得られた糞粒数から植生別に見た個体
数レベルの特徴を考察すると次のようになる。すなわち、植生タイプ①②はエサ資源
が比較的多く、見通しが良いため生息場所として適した地域であり、利用頻度は高い
レベルにあると考えられる。ヤギは採食場所として草地や森林など様々な植生帯を利
用するが、特に休息や日なたぼっこができる開放的な環境を好む傾向を持っており
(I.Atkinson & T.Atkinson,2000)、この点からも植生タイプ①②は利用頻度が高い
環境であると思われる。一方、植生タイプ③は樹高2∼3m程の低木林が密生してお
り、歩行が困難であること、また、植生タイプ④は林床が枯れ葉に覆われ、足場が悪
い場所が多いことから利用頻度は低いと考えられる。
4−22
:調査範囲
:追い込み方向
:ヤギが集まった場所
● :観察定点(ヤギに合わせ移動)
●
●
●
●
図 4-6.ノヤギ追い出し調査(家内見崎)
●
●
:調査範囲
:追い込み方向
:ヤギが集まった場所
● :観察定点(ヤギに合わせ移動)
図 4-7.ノヤギ追い出し調査(二俣岬)
4−23
乾性低木林ライン
モクマオウ林ライン
草地ライン
図 4-8.糞粒カウント地点(家内見崎)
草地ライン
モクマオウ林ライン
タマナ・ビロウ林ライン
図 4-9.糞粒カウント地点(二俣岬)
4−24
表 4-5 は第5回自然環境保全基礎調査植生調査結果(環境庁,1999)及び兄島の現
存植生図(図 4-10(1))を基に、兄島における植生群落を今回の糞粒カウント結果
による植生タイプ別に分けたものである。タイプ②と④は共に高木林に分類され、生
育地によっては区分が困難であるが、ここでは分布の濃淡の概要を把握する目的から
便宜的に分類して表示した。比較的密度レベルが高いと考えられる植生タイプ①②の
面積割合は約 44%、密度レベルが低い植生タイプ③④の割合は約 56%となっており、
密度レベルが低い植生タイプの割合が若干高くなっている。
表 4-5.植生タイプ別面積割合
植生タイプ
タイプ①
凡例
オガサワラススキ群集
コウライシバ群落
割合
36.51
0.98
火山荒原植生・硫気孔原植生
タイプ②
面積(ha)
92.08
自然裸地
176.74
小計
306.31
オガサワラビロウ−タコノキ群集
タコノキ群落
38.7%
16.37
3.05
外国産広葉樹植林
5.11
常緑針葉樹植林
19.66
小計
44.19
タイプ③
コバノアカテツ−シマイスノキ群
251.02
小計
251.02
タイプ④
ギンネム群落
5.6%
31.7%
0.71
ハスノハギリ−モモタマナ群集
ムニンヒメツバキ−コブガシ群集
モモタマナ−テリハボク群落
13.19
174.65
2.39
小計
190.94
総計
792.46
24.1%
図 4-10(2)は表 4-5 と現存植生図(図 4-10(1))を基に、ノヤギの利用状況か
ら見た植生タイプの分布図を示したものである。この図から比較的利用頻度が高いと
考えられるタイプ①は、島内の海岸部に多く集中している。また、比較的利用頻度が
低いタイプ③④は、島内の中央部分に多く分布していることがわかる(図 4-10(2))。
ノヤギの利用度が高いと考えられる地域(植生タイプ①②)は、上記の通り限られ
ており、このことがノヤギの生息数を抑える要因と考えられる。
4−25
図 4-10(1).兄島の現存植生図
4−26
図 4-10(2).ノヤギ利用状況から見た植生タイプの分布
c.生息頭数の推定
今回の追い出し調査の結果から、兄島全体のノヤギの生息頭数の推定を2つの算出
方法で試みた。
1つ目は、部分的な追い出し調査から求めた生息密度を、兄島の面積に乗じて求め
る方法を採った。表 4-6 に追い出し調査による各調査地域の発見頭数と生息密度を示
した。家内見崎の調査地面積は 0.37 km2 であり、発見頭数 65 頭から生息密度は 176
頭/km2 と算出された。また、二俣岬の調査面積は 0.14 km2 で、発見頭数 16 頭から
生息密度 114 頭/km2 が算出された。家内見崎における生息密度結果を兄島全島の面
積に単純に乗じた場合、兄島の推定頭数は約 1,385 頭と算出された。しかし、家内見
崎の調査地域における植生は、草地の割合が半数以上を占めており、草地は糞粒数カ
ウント調査結果からノヤギの利用頻度が高いと考えられることから、家内見崎の生息
密度は島内でも非常に高いレベルにあると推測される。従って、この数値は、兄島に
4−27
おける推定生息頭数の最大値に近いと考えられる。
表 4-6.追い出しによる頭数カウント結果
地域名
発見頭数
調査地面積
(km2)
家内見崎
65
0.37
176
二俣岬
16
0.14
114
密度(頭/ 船上観察頭数
km2)
12
2つ目は、船上からカウントできた頭数と、実際にその場所にいた頭数(追い出し
調査結果)からノヤギの発見率を求め、この発見率で全島における船上からの観察頭
数を除した数値を、発見率に基づく推定生息数とした。まず、家内見崎では追い出し
調査直前に船上からのカウントを行い、12 頭の個体が観察されていた。追い出し調査
による確認頭数は 65 頭であることから、家内見崎における船上観察の発見率は 18.5%
となる。1月 24 日に事前に行った兄島全島の沿岸を回っての船上観察では 60 頭が観
察されており、発見率から見た全島の推定生息数は約 324 頭(60÷0.185)と算出さ
れる。しかし、兄島は地形や植生による死角が多いことなどを理由により、実際の生
息頭数はこの数値より多いと考えられる。また、今回の調査が冬期に行われたため、
沿岸に出現したノヤギが少なかった可能性もある。そのため、夏∼秋に求めた船上観
察の結果を用いて生息頭数を推定した。
表 4-7 は船上観察におけるノヤギのカウント数を年別に示したものである(自然環
境研究センター、未発表)最高観察頭数は 2000 年の 133 頭で、最低観察頭数は 2001
年の 78 頭であった。ここで、この家内見崎で求めた発見率による各年毎の推定生息
頭数は、年毎に多少のばらつきはあるが、兄島全体の推定生息頭数は 400∼700 頭前
後で推移していると考えられる。
表 4-7.船上観察による年別ノヤギ観察数
年月日
1991.10.22
2000.7.17
2001.7.2
2002.7.3
観察頭数
129
133
78
88
推定生息数*
697
719
422
476
* 推定生息数=観察頭数÷家内見崎での発見率(0.185)
今回の調査では兄島の面積の約 6.5%、2地点で生息密度調査を試したが、推定個体
数を算出するには調査面積、地点数とも不十分である。また、地形的・植生的な制約
があるため兄島中央部での調査が行えなかったこともあり、推定生息頭数には大きな
誤差を含んでいると考えられる。従って、ここで求めた生息数はあくまでも暫定的な
4−28
推定値と考えた方がよい。また、捕獲作業を実際に行っていく際には、頭数を推定す
るのではなく、いくつかの頭数指標を設けてモニタリングしていくことが現実的であ
る。頭数規模に関する推定精度を捕獲計画の検討段階に合わせ高める必要はあるが、
対策のためには頭数そのものを推定するのではなく、あくまでも「(個体数)指標」の
設定とその把握を目指すことが重要である。
2)ノヤギに関する対策手法の検討
①ノヤギの排除手法
兄島は、これまでノヤギの排除が実施されてきた聟島列島や西島とは島の規模、地
形、植生が大きく異なるため、これまで採られてきた手法(調査方法、捕獲方法)が
必ずしも流用できるとは言えず、試行錯誤を繰り返しながら手法を決める必要がある。
ここでは、それらの排除方法を検証し、兄島に合った排除方法を検討する。
a.捕獲誘導柵・捕獲檻による捕獲
ノヤギを捕獲する囲い(捕獲檻)とそこに誘導するための柵(誘導柵)といった仮
設の構造物を作り、そこに誘引あるいは追い込むことでノヤギを捕獲する方法である。
聟島列島でのノヤギ排除事業においては、誘導柵・捕獲檻への追い込みによる捕獲方
法が採用され、これらの島々での捕獲方法としては最も効率的であった。この方法を
採用するためには、いくつかの条件が必要である。
・開放的な環境(ノヤギの動き、勢子の動きが目視できる)
・起伏が少ない(勢子が追える地形、捕獲柵を設置できる地形)
・地形、ノヤギの動きを理解した核となる作業員(勢子)
兄島の地形、植生条件を考慮すると、全島のノヤギを1ヶ所に集約させて捕獲する
事は困難であるが、部分的には追い込みによって捕獲できる場所もあると考えられる。
例えば、家内見崎や二俣岬のように開放的で周辺が海に囲まれているため逃げ場の少
ない場所では、ある程度まとまった数を追い込むことが可能と考えられる。実際、追
い出し調査を行った際、散在していたノヤギは小さな群を形成しながら最終的には岬
の先端に集約し、調査終了後も大きな群を維持して移動する集団行動が見られている。
従って、ある程度の条件は必要だが、追い込みによる集団的捕獲は兄島でも部分的に
は採用可能であると考える。
また、追い込みによる集団的捕獲の場合、捕獲檻に追い込んだノヤギ個体(生体)
をどのように取り扱うかが課題となる。すなわち、捕獲後殺処分するのか、生きた状
態で処置を行うのかという問題である。聟島列島の媒島では、排除作業を開始した当
4−29
初、生体搬出が行われていた。しかし、島から1回に搬出できるノヤギの数が限られ
ており、作業面、コスト面から非効率的であったため、生体搬出だけでは島から完全
に排除することは不可能との判断から、最終的には薬物を用いた安楽死による排除方
法に転換したという経緯がある。従って、単に技術的な問題だけでなく、処理方法や
経済性などの社会的・経済的側面も考慮する必要がある。
b.銃器による射殺
兄島は面積も広く、森林に覆われているため、聟島列島のように追い込みによって
ノヤギ個体群を一挙に捕獲することは前述の通り困難である。従って、追い込みによ
る集団的捕獲が不可能な場所では銃器を使用した捕殺等の方法を検討する必要がある。
また捕獲作業が進み、島内に残存するノヤギの数が少なくなった場合にも同様である。
兄島での銃器を用いて射殺する方法として、以下のような方法が考えられる。
・ある特定の場所に追い込んでの射殺(ex:西島)
・崖に出ている個体を船上からあるいは海岸に上陸しての射殺
・ハンターがライン状に並んで探索しながらの射殺
・猟犬を用いての射殺
その他国外の事例ではヘリコプターから射撃を行い、林冠の空いた開放的な環境に
おいて効率的に捕獲されたという報告がある。我が国で実施することは法律的に制約
があるが、兄島のように地形が急峻で人が近寄れない海岸地域での捕獲には有効と考
えられる。
c.罠による捕獲
銃器による捕獲同様、追い込みによる集団的捕獲が行えない場所や、残存する個体
数が少なくなった場合には補完的捕獲として罠(くくり罠)による捕獲方法もある。
ノヤギが特定の通り道を頻繁に通る場合、脚くくり罠や首くくり罠を用いて捕獲する
方法が考えられる。この方法は他の生物や人に対する危険が少なく、簡便な方法であ
るが、1つの罠に対し、1頭しか捕獲できないため、大量に捕獲することには不向き
である。
以上の捕獲方法から兄島におけるノヤギの排除計画を考えた場合、いくつかの段階
に分けて捕獲方法を転換していくことが望ましいと考える。すなわち、初期の段階で
は追い込みによる集団的捕獲方法を採用して、ノヤギ個体群をある程度の数まで減少
させることを目的とする。捕獲方法としては、例えば前述した家内見崎と二俣岬、こ
4−30
の他に兄島の中央部で追い込み柵を設置し、適当な間隔をあけて追い込みを年に数回
実施するといった方法が考えられる。今年度実施した追い出し調査の結果を参考に、
家内見崎において追い込みによる捕獲をする場合の試案を図 4-11 に示した。ノヤギを
追い込んでいく捕獲誘導柵や捕獲檻の構造や設置位置、捕獲個体の処分方法など実施
に当たって検討する課題はあるものの、現時点では現実的な方法であると考えられる。
なお、具体的な捕獲作業の検討に当たっては、ノヤギの動き(どう追うとどちらに逃
げるかといったことや移動の経路など)を把握しておく必要がある。部分的な実施で
あっても、追い込みの試行(シミュレーション)を重ねて、方法を洗練していく必要
がある。これまで行われてきた聟島列島の場合でも、シミュレーションを重ねて捕獲
方法、捕獲誘導柵の設置位置などを決定している。またノヤギの島内での移動形態を
把握することは、追い込み柵の設置場所を決める重要な要素となる。林分が多く、地
形も起伏に富む兄島でノヤギの動きを把握する方法としては、個体を捕獲し、発信器
を装着して放逐し、追跡する方法が考えられる。
追い込みによって集団的な捕獲が可能で、生息頭数をある程度の数まで減らすこと
ができた場合、次の段階としては、銃器を使用し、ハンターが捕殺により島全体に散
在する小規模な群を排除していくという方法が考えられる。数人のハンターが動員で
きる場合には、ライン状に並んで探索しながら、発見個体を射殺するといった方法が
効率的である。また、猟犬を使用することは、ノヤギの発見率を高め、射殺する機会
を増やすため効果的であり、島内から完全に排除するためには、不可欠な方法である
と考えられる。
ノヤギ追い込み候補地点
●
●
●
●
追い込む方向
(勢子の動き)
指示監督者定点
(ヤギの動きに合わせて移動)
作業人員(試案 追い込み作業のみ)
・眺望点からの指示監督者:2∼3名
:10∼15 名
・追い込み役の作業員(勢子)
図 4-11.家内見崎におけるノヤギの追い込み試案
4−31
② 希少固有植物の保全対策
ノヤギの影響に対する対策としては、ノヤギを排除することが基本となるが、島か
ら完全に排除するまでには時間がかかり、特に父島については、ノヤギを完全に排除
することは、困難であると予想される。そのため、ノヤギの食害を受けている希少な
固有植物など、緊急な対策が求められるものについては、排除以外の保全対策が必要
となってくる。そこで既存の調査結果から分布位置情報が得られている希少な固有種
のうち、前述の食害植物リストに挙げられている植物について分布状況を整理し、保
全を検討すべき地域の選定を行った。なお分布情報が得られた食害を受けている固有
種は、アサヒエビネ、ウラジロコムラサキ、オガサワラグワ、オガサワラツツジ、コ
バノトベラ、コヘラナレン、シマカコソウの7種であり、いずれの種も環境省のレッ
ドデータブックで絶滅危惧ⅠA 類または絶滅危惧ⅠB 類にリストアップされている種
である。
図 4-12∼14 は、株式会社プレック研究所(2004)が作成した固有植物の分布位置
図のうち、父島、兄島、弟島において食害を受けている固有植物の分布位置情報を整
理したものである。父島については、固有種の分布がある程度まとまっている東平付
近、中央山付近、巽谷付近の3ヶ所を保全を検討すべき地域として選定した。このよ
うに食害を受けている固有種が、まとまって分布する地域については、フェンス等を
設置し、生育地を囲い込むことにより、ノヤギの食害から植物を守ることが保全対策
として有効であると考えられる。ただし、保全対策の実施を検討するにあたっては、
最新の植物の分布情報、個体群保全のための条件・モニタリング指標の設定、実際の
食害状況の確認、フェンス等を設置する地形条件の把握などが必要である。これらの
条件があるものの現段階では、フェンス等の資材を運搬し、設置していくことを考慮
すると、まずは道路から近く比較的アプローチがしやすい東平付近について対策を検
討することが、現実的であると考えられる。この地域について、フェンス等設置のた
めの傾斜等即地的な状況把握とモニタリング手法の検討を早急に行う必要がある。
なお、兄島と弟島については、固有種の分布位置情報が少ないために、保全を検討
すべき地域を絞り込むことは現時点では困難である。兄島、弟島において、ノヤギに
より食害を受ける固有種の保全対策検討地域を選定するためには、さらなる固有種等
の分布位置情報の収集が必要である。
4−32
図 4-12.食害を受ける希少固有植物の分布位置図(父島)
4−33
図 4-13.食害を受ける希少固有植物の分布位置図(兄島)
4−34
図 4-14.食害を受ける希少固有植物の分布位置図(弟島)
4−35
3)モニタリング調査計画
兄島は聟島列島と島の規模、地形的、植生的な特徴が大きく異なるため、これまで
とってきた手法が必ずしも流用できるとは言えず、この点、未経験の事業になると言
える。従って、その進め方は試行錯誤の過程を組み込んだものが望ましい。そのため、
各種施策とその効果に対するモニタリングが重要となる。モニタリングの主要な項目
としては、ノヤギに関連した項目と植生への影響に関連した項目がある。それぞれに
関して最低限必要と考えられる項目と実施方法を以下に示す。
①ノヤギについてのモニタリング
a.生息頭数指標調査
前述した通り、生息頭数を正確に推定することは困難であることから、いくつかの
頭数指標を設けてその指標をモニターしていくことが重要である。特に、下記の船上
観察、糞粒カウントについては、追い出し調査との連動を含め、複数回の実施により
精度を高める必要がある。
ア.船上観察調査
早朝、船(和船程度)で島の沿岸を回って崖沿いにいるノヤギをカウントする。今
回の調査でも追い出し調査の直前に行い、実際の生息頭数に対する発見率を求めて生
息頭数を算出したが、頭数指標としてモニターしていく手法としては、比較的再現性
が高く、有効な手法と考えられる。また、船上から観察できる地域は海岸部に限られ
ているが、糞粒カウントの結果からノヤギの利用度が高い場所は中央部より海岸部に
多いと考えられていることから、船上観察は比較的高い発見率を示していると考えら
れる。さらに兄島のノヤギは白色個体が多く、遠方からも容易に観察が可能であるこ
とから、兄島では船上観察が有効であると考えられる。ただし、過去の結果との比較
からも分かる通り、実施時期を決めて定期的に行うことが重要であり、頻繁に行うこ
とで生息数の変動がより正確に把握できると思われる。
イ.追い出し調査
調査員を一列に配置し、適当な間隔を保ちながらノヤギを見通しの良い場所まで追
い出し、調査地域内の全個体をカウントする方法である。今回の調査では、家内見崎
と二俣岬の草地を対象として行ったが、対象地域の全個体数を把握する目的としては
適した方法である。しかし、兄島のように地形的、植生的な制約があり、実施場所が
限られてしまう。また、多くの経費と労力を必要とするため、年間の捕獲効果を測定
する目的で、年1回程度の頻度で実施することが望ましいと考えられる。
4−36
ウ.島内(主に内陸部の林内)の踏査(区画法)
島内全体の生息状況を把握するためには、林内などに居て船上観察調査と定点調査
では確認できない個体がどの程度生息しているのかを推定する調査が必要となる。対
象地域の全個体数を把握するためには、追い出し法が適しているが、兄島では適当な
場所が限られている。また、船上観察調査は、排除事業の初期段階では有効な手法と
考えられるが、排除事業が進み、ノヤギの警戒心が増すことにより林内に生活場所を
移す個体が増える可能性もある。そのため島内を踏査し、個体や痕跡を探す調査を行
い、その痕跡の多寡などから生息概況を把握することが重要である。
エ.糞粒カウント調査
糞粒カウント調査は、糞粒数は生息数に比例するという考えから、一定面積内の糞
粒数をカウントし、そこから相対的な生息密度の指標を算出する方法である。今回は
追い出し調査を行った地域を対象として植生別に3ヶ所実施したが、調査地点数を増
すことにより、植生別の利用頻度を把握し、島内の密度分布を明らかにすることが可
能である。また、生息数の変動を把握するためのモニタリング調査として採用する場
合、調査時期、場所を決めて定期的に行うことがより正確な個体数レベルの把握に繋
がる。
b.分布状況の把握
今回の調査により、兄島、弟島の全域にノヤギが分布している可能性が高いことが
把握された。今後は生息数推定調査と平行して、踏査による地域的な偏り、利用頻度
の高低などを把握し、分布域の変動をモニタリングする必要がある。
c.排除についてのモニタリング
実際に駆除事業が始まってから、捕獲作業の効率向上や目標捕獲頭数の設定のため
に必要な資料は、次のものが挙げられる。
・排除作業記録
頭数指標となる捕獲努力量と捕獲効率を把握するために、作業人員数、作業日
数、時間、作業内容、捕獲頭数、天候等の記録を行う。
・捕獲個体記録
捕獲個体の性、年齢クラス、体重、妊娠状況、乳汁分泌状況等を記録し、個体
群変動のパラメーターを推定する。
・その他の試料の集積
食性や繁殖サイクルなどの基礎的な生物学的資料の集積は、完全排除に向けて
の個体群動向を把握するための基礎情報となる。
4−37
② 生態系への影響モニタリング
ノヤギによる植生への影響を把握することは、ノヤギ排除事業における希少植物等
の保全手法を検討する材料となるばかりでなく、ノヤギ排除が完了した後の植生回復
手法の検討事項としても重要である。従って、ノヤギの排除事業の初期段階からモニ
タリング計画の設計、実施が必要となる。ここでは、ノヤギの駆除によってどのよう
に植生が変化(回復)するかを検証するための調査計画案を検討する。
植生への影響を把握する手法としてはいくつか考えられるが、一つにはノヤギ排除
コドラート(植生枠)を設置し、ノヤギによる採食、踏みつけの影響を取り除いた状
況下の植生変化を調査することである。具体的な植生枠設置を検討するため、以下の
項目を留意し候補地を選定した。
a.設置場所:
植生別に数カ所設置する。コドラートは、ノヤギの侵入を防止する枠とその近辺に
侵入可能な対照区を設置する。また、頻繁にモニタリング調査をするためには、地点
への行き来が比較的容易な場所が望ましい。
b.設置時期:
ノヤギの採食による、当該年の成長期における植物への影響を適切に把握するため
には、植物の伸張時期前に設置する必要がある。
c.設置規模:
設置に係る労力的、経済的側面と調査効率を考慮する。枠サイズが大きすぎるとモ
ニタリング調査に多大な労力が必要となり、また、小さすぎると対象とする植生が十
分にカバーできない可能性が発生する。
d.植生枠の資材:
設置とメンテナンスが容易な資材を使用する。
e.調査項目・頻度:
年1回の詳細な調査と頻繁に実施できる簡便な調査を組み合わせて植物相の変化及
び現存量の変化をモニタリングする。
次に兄島における具体的な植生枠の設置計画案を検討すると次のようになる。
a.設置場所:
代表的な植生タイプを選んで設置する。糞粒カウント調査の項で考察した植生タイ
プを参考にすると、草地、乾性低木林、高木林の3タイプに設置することが考えられ
る。また、設置・モニタリング調査時の利便性を考慮すると比較的容易に上陸可能な
万作浜周辺に設置することが望ましい。
4−38
図 4-15 は、家内見崎における植生枠候補地(1、2)を示した。候補地1は食害を
受け盆栽状となった木本を交えた草地と、疎開した(同じく食害によると思われる)
低木林が連続し、強度の食害を受けている地域とした(写真 4-4)。また、候補地2は
家内見崎から続く尾根沿いにあり、歩行も困難なほどの乾性低木林が密生した場所で
ある(写真 4-5)。両地域は比較的平坦で、植生枠設置には容易な場所と考えられる。
この他の植生タイプとして挙げた高木林に関しては、沢沿いの比較的急峻な地形に位
置することと、高木林内のノヤギの生息状況が把握されていないこともあり、今後、
生息状況等の調査の中で設置場所を検討することとする。
植生枠設置候補地 2
植生枠設置候補地 1
図 4-15.植生枠の設置候補地点
b.設置時期:
植物の伸張時期前で、海況が安定する梅雨明けの6月中旬∼7月上旬頃が設置時期
として適していると考えられる。
c.設置規模:
1辺5∼10mの方形枠。
d.植生枠の資材:
メンテナンスと設置場所までの資材運搬を考慮すると、有刺鉄線を使用した牧柵形
式の植生枠が適していると考えられる。また、小ヤギの侵入を防ぐため、牧柵下部に
は網を張ることが望ましい。なお、草食動物の食害防除対策として電気柵が良く利用
されているが、台風などの厳しい気象条件と頻繁にメンテナンスに行けない立地条件
4−39
のため、兄島では適当とは言えない。また、林内に調査区を設定する場合、漏電を回
避するため、周辺の伐開が必要となる電気柵は適当ではない.
e.調査項目・頻度:
植生枠設置時に詳細な植生調査を行い植生現況を把握する。この詳細調査は設置後
も継続して年1回程度行う。また、年2回程度の簡便な植生調査を実施し、植生変化
をモニターする。それぞれの調査項目案は次の通りである。
○詳細調査(年1回):
・階層別の出現種、被度、群落高
・木本種の個体識別と追跡
・木本種のサイズ計測(樹高、直径)(低木以外はとりあえず初回に計測)
・樹木等位置図の作成
・実生の生育状況(一部にサブプロットを設けて実施)
○簡便調査(年2回):
・階層別の出現種、被度、群落高
・木本種の個体識別と追跡
4−40
(草地)
(疎開した低木)
写真 4-4.植生枠候補地1(食害が顕著な草地及び疎開した低木林)
4−41
歩道からの景観
(ヒメツバキの結実)
写真 4-5.植生枠候補地2(典型的な乾性低木林)
4−42
<参考文献>
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4−43
4−2
グリーンアノール調査
(1)調査目的
グリーンアノール Anolis carolinensis はイグアナ科に属する樹上性のトカゲで、国内
では小笠原諸島と沖縄島に導入され定着している。近年、小笠原諸島において本種が在
来の昆虫等を強力に捕食し、その結果、多くの種が絶滅に近い状態となっていることが
示唆されている。以上の背景を受け、本調査は、グリーンアノールの生息状況並びに生
態系への影響の現況を把握し、自然再生に関連した本種への対策に資するための資料を
作成することを目的とする。
(2)調査内容
1)生息状況
①分布状況
本種の分布が知られている父島及び母島を踏査しグリーンアノールの確認に努めた。
調査日は、父島が5日間、母島が3日間であった。父島の1ヶ所、母島の2ヶ所でそ
れぞれ密度推定に係る捕獲を行った。また、その他の調査時(後述のオオヒキガエル
生息地調査等)に本種が目撃された場合、可能な限り捕獲した。父島・母島との比較
のため、父島列島に属し本種の分布が報告されていない兄島及び弟島でもそれぞれ1
日ずつの踏査を実施した。オオヒキガエルの調査も合わせ、各調査日の調査項目を表
4-8 に示す。
表 4-8.グリーンアノール・オオヒキガエル調査場所及び内容
調査場所
調査内容
第1日
父島・大村
集落内の夜間踏査による爬虫類・両生類の捕獲
第2日
父島一円
オオヒキガエル生息地マップ作成、北袋沢アノール捕獲、夜間オオヒキガエル捕獲
第3日
兄島
滝之浦・万作浜における水系の踏査
第4日
父島・南袋沢
水系踏査によるオオヒキガエル生息地マップ作成、アノール捕獲
第5日
父島・中海岸
水系踏査によるオオヒキガエル生息地マップ作成、アノール捕獲
第6日
弟島・鹿ノ浜
大池、ガジュマル池におけるウシガエル捕獲、広根山周辺のウシガエル調査
第7日
父島・母島
オオヒキガエル生息マップ作成、母島・沖村におけるオオヒキガエル夜間調査
第8日
母島一円
北村アノール捕獲、オオヒキガエル生息地マップ作成、西浦オオヒキガエル夜間調査
第9日
母島
オオヒキガエル生息地マップ作成、南崎ヘリポートアノール捕獲、採集物の整理
第 10 日
父島・北袋沢
アノール捕獲、水系の補足調査
4 − 44
調査期間中のグリーンアノールの確認地点と、現地に詳しい研究者(大河内勇氏(森
林総合研究所 )、苅部治紀氏(神奈川県立生命の星・地球博物館)及び自然環境研究
センター研究員)による最近3年以内の本種確認地点を合わせて図 4-16、4-17 に示し
た。父島、母島とも、踏査を行った北端から南端まで広く目撃され、これまでの知見
どおり、本種が両島に広く分布することがあらためて確認された。なお、兄島と弟島
では本種は確認されなかった。
②生息密度
父島1地点と母島2地点の合計3地点において、生息密度に係る予備的なデータを
収集した。調査地点を図4-18、4-19に、密度調査に関するデータを表 4-9 にまとめた。
父島では、北袋沢の時雨ダム直下(北緯 27 度 03 分 19 秒、東経 142 度 12 分 33 秒;
図 4-18)の舗装路脇で範囲を決めて釣りとヌーズ(後述)による捕獲を行った。ここ
はギンネムやイネ科植物が繁茂する低木林で、ベニヤ板や廃材等が放置されており、
グリーンアノールが高密度に生息していた。調査時の天候は薄曇りで、蒸し暑く、グ
リーンアノールは盛んに活動していた。道路の片側、約 30 ×3mの範囲で、11 時 05
分から 110 分間にわたり2人で捕獲を行い、36 個体を捕獲した。単純に面積あたりの
捕獲個体数を求めると 4,000 個体/ ha、捕獲効率は 9.82 個体/人・時間であった。な
お、捕獲時に取り損ねた個体がかなり多く、この地点における実際の密度はさらに高
いと想定された。
表 4-9.グリーンアノールの生息密度及び捕獲効率に係るデータ
調査地
捕獲面積
m
父島・北袋沢
捕獲個体数
面積あたり捕獲数
捕獲効率
個体/ ha
個体/人・時間
2
90
36
4,000
9.82
90
9
1,000
12.00
母島・北村集落跡
150
24
1,600
4.80
母島・南崎ヘリポート
600
12
200
4.00
同
上
8日後の 10 時 35 分から 40 分間にわたり、父島の同一地点・同一範囲で1人で手掴
みとヌーズによる捕獲を行い、延べ 24 回目撃をしてうち9個体を捕獲した。調査時の
天候は曇りで蒸し暑かった。グリーンアノールの目撃頻度は前回と比べてそれほど減
少しているようには感じられず、前回に取り残された個体がまだ相当いたこと、加え
て周囲からの移入があったことが推測された。
4 − 45
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
図 4-16.父島におけるグリーンアノールの確認地点
4−46
●
●
●
●
●
●
●
図 4-17.母島におけるグリーンアノールの確認地点
4−47
大村集落
●
州崎
●
北袋沢
●
中海岸
●
図 4-18.父島におけるグリーンアノール・オオヒキガエルの捕獲調査地点
4−48
北村集落跡
●
西浦
●
沖村集落
●
●
南崎ヘリポート
図 4-19.母島におけるグリーンアノール・オオヒキガエルの捕獲調査地点
4−49
母島では、北村の小学校跡地周辺(北緯 26 度 41 分 37 秒、東経 142 度 08 分 45 秒;
図 4-19)の舗装路脇で範囲を決めて捕獲を行った。捕獲方法は主に手掴みによった。
ここもギンネムやイネ科植物が繁茂する低木林で、グリーンアノールが高密度に生息
していた。調査時の天候は薄曇りで、日光浴のために出てくるグリーンアノールが多
数見られた。道路に沿った約 50 ×3mの範囲で、9 時 55 分から 75 分間にわたり4人
で捕獲を行い、24 個体を捕獲した。面積あたりの捕獲個体数は 1,600 個体/ ha、捕獲
効率は 4.80 個体/人・時間であった。ここでも捕獲時に取り損ねた個体がまだおり、
この地点における実際の密度はさらに高いと想定された。
母島ではもう1ヶ所、島南部の南崎に近いヘリポート近くの耕作地周辺(図 4-19)
で範囲を決めて捕獲を行った。捕獲方法は全て手掴みによった。ここもギンネムやイ
ネ科植物が繁茂する低木林で、グリーンアノールが多く見られた。調査時の天候は薄
曇りで蒸し暑かった。道路に沿った約 200 ×3mの範囲で 11 時 00 分から 45 分間にわ
たり4人で捕獲を行い、12 個体を捕獲した。面積あたりの捕獲個体数は 200 個体/ ha、
捕獲効率は 4.00 個体/人・時間であった。ここでも捕獲時に取り損ねた個体がまだ多
く、この地点における実際の密度はずっと高いと想定された。
父島と母島における本種の密度分布に係るデータは収集していないが、目撃頻度は
集落や耕作地の周辺、舗装道路脇などに多く、森林内では少ない傾向がうかがえた。
これが実際の生息密度を反映するのか、それとも発見率の差によるものかは不明であ
るが、トカゲ類が日光浴のために出現しそうな森林内の林冠ギャップや小面積の疎林
でも目撃がさほど多くなかった状況から考えると、道路のない森林内では、農耕地集
判と比べてずっと低密度であると予測された。予備的な個体数調査を実施した地点の
うち、父島・時雨ダム直下及び母島・北村集落跡は、両地点とも島内の平均的な場所
に比べてはるかに目撃頻度が高く、平均よりもずっと高密度に生息するものと推測さ
れた。
③性比と体サイズ組成
父島及び母島で捕獲した個体は、父島で捕獲された9個体を除き全て 10 %ホルマリ
ンで固定し、室内に持ち帰って分析した。これらの個体について、頭胴長、尾長、体
重をそれぞれ計測し、性を査定した。性の査定は鈴木(2002)によった。すなわち、
総排泄口後方の対になった大型鱗の有無によった。さらに、鈴木(1999)に従い頭胴
長 43mm 未満の個体を幼体とした。
地点ごとの捕獲状況の概要と性比について表 4-10 にまとめた。父島で 40 個体、母
島で 39 個体、合計 79 個体が捕獲された。79 個体全体の性比はやや雄に偏ったが、捕
獲地点ごとの性比は大きくばらついた。すなわち、父島・北袋沢ではやや雄に偏った
のに対し、母島・北村では雌の方が多く、逆に南崎ヘリポート近くでは雄の方がずっ
4 − 50
と多かった。これは、地域ごとの実際の性比を示すのか、もしくはグリーンアノール
の性別による目撃率・捕獲率の差違を反映しているのかは不明である。
表 4-10.グリーンアノールの捕獲数と性比
地
点
捕獲数
性比(雄1:雌)
雄
雌
幼体
父島北袋沢
20
14
2
36
その他
3
1
0
4
父島合計
23
17
2
40
1:0.74
母島北村集落跡
8
11
7
26
1:1.57
南崎ヘリポート
11
1
0
13
1:0.09
その他
0
1
0
1
母島合計
19
13
7
39
1:0.68
42
37
9
79
1:0.88
父島・母島合計
合計
1:0.70
固定標本の計測値に基づき、本種の頭胴長、尾長、体重の平均値と標準偏差を図 4-20
に示した。頭胴長の平均値を見ると、父島産の雄 23 個体は 66.2mm、同雌 15 個体は
50.3mm であり、母島産の雄 19 個体は 67.5mm、同雌 20 個体は 52.8mm であった。す
なわち、雄は雌よりずっと大きく、また父島と母島の間で体サイズの違いは見られな
かった。本種は体サイズの性的二型が知られ、雌よりも雄の方がずっと大型になるこ
とが知られているが、今回得られたデータはこれに整合するものであった。なお、頭
胴長 43mm 未満の幼体が父島・北袋沢で2個体、母島・北村で7個体得られた。これ
ら9個体の頭胴長は平均 47.0mm、最小の個体で 37.9mm であり、孵化直後のものと見
られる 30mm 以下のものは見つからなかった。後述のオオヒキガエルは冬から春先に
掛けてもかなり繁殖している様子であったが、グリーンアノールは対照的に冬には繁
殖せず、春には孵化直後の個体が見られないものと考えられた。
雌雄ごとの頭胴長と体重のヒストグラムを図 4-21 に示した。ここからも、雌雄の体
サイズが大きく異なることが読み取れる。標本数が少ないものの、雌雄とも、体サイ
ズ組成は一山型になると考えられ、体サイズが異なる若齢集団と高齢集団に分離され
ることはないと見なされた。
4 − 51
本種の頭胴長と体重の関係を示す散布図を図 4-22、4-23 に示した。父島と母島の間
の違いは明瞭でなかったが、各地点ごとの違いが見られた。すなわち、母島・北村と
父島・北袋沢の個体群の体サイズがほぼ同程度であるのに対し、母島・南崎ヘリポー
トのものは大型であった。これは、各々の個体群の齢構成や食物環境などを反映して
いると思われる。例えば、南崎ヘリポートではグリーンアノールの密度が比較的低く、
そのため食物条件がよく、個体が大型になり得たという可能性が考えられる。
4 − 52
頭胴長の平均値(mm)
80
頭胴長(mm)
70
60
50
40
30
雄
雌
尾長の平均値(mm)
尾長(mm)
160
120
80
40
雄
雌
体重の平均値(g)
9
体重(g)
6
3
0
雄
雌
:母島 :父島
SD
図4-20.グリーンアノールの頭胴長、尾長及び体重の平均値
4−53
雄 体重
雄 頭胴長
25
20
20
個体数
個体数
15
10
15
10
5
5
0
0
∼45 ∼50 ∼55 ∼60 ∼65 ∼70 ∼75 ∼80
∼2
∼4
頭胴長(mm)
雌 頭胴長
∼10
∼12
∼10
∼12
雌 体重
15
8
個体数
6
個体数
∼6
∼8
体重(g)
4
2
0
10
5
0
∼45 ∼50 ∼55 ∼60 ∼65 ∼70 ∼75 ∼80
∼2
∼4
頭胴長(mm)
図4-21.グリーンアノールの頭胴長及び体重のヒストグラム
4−54
∼6
∼8
体重(g)
:母島 :父島
雌雄・幼体ごと
12
体重(g)
8
4
雄
雌
幼体
90
0
30
60
頭胴長(mm)
島および雌雄ごと
12
体重(g)
8
母島 雄
父島 雄
母島 雌
父島 雌
母島 幼体
父島 幼体
4
0
30
60
頭胴長(mm)
図4-22.グリーンアノールの頭胴長と体重の散布図
4−55
90
雄
体重(g)
12
8
4
0
40
50
60
頭胴長(mm)
70
80
60
70
雌
6
体重(g)
5
4
3
2
1
0
30
40
50
頭胴長(mm)
●父島・北袋沢
○母島・北村
△母島・ヘリポート
図4-23.グリーンアノールの採集地点ごとの頭胴長と体重の散布図
4−56
これらの固定標本については、今後、齢査定や消化管内容の分析を予定している。
④食性と社会制
踏査の結果から、本種はギンネム疎林に多いことがうかがえた。外来昆虫であるギ
ンネムキジラミを捕食する行動が何度か目撃され、現在は食物資源をこの昆虫に相当
依存していると考えられる(かつては主に在来種を捕食していたと考えられるが、現
在は在来種が激減し、外来種が増加したためこれに依存していると見なされる。ギン
ネムキジラミはきわめて小型であり、もし在来種が豊富に存在すれば、グリーンアノ
ールが特に好むとは考えられない )。また、シロバナノセンダングサ等目立つ花を付
ける植物の近くで多くの個体が目撃され、おそらく訪花昆虫を狙っていると考えられ
た。採集のため釣餌(外来昆虫セイヨウミツバチの頭胸部)を見せると、3∼4mも
離れた所から速やかに駆け寄り、とびついてくわえる行動がよく見られた。
同じ枝や廃材の上で複数の個体が見られたことから、各個体の行動圏は重複すると
推測された。大型の雄が枝の上で赤い咽喉垂(喉にある袋状の器官;写真 4-8)を広
げて、互いに体側を誇示する行動がしばしば観察されたことから、少なくとも雄同士
は排他的で、同性個体に対するなわばりを持つものと考えられた。また、釣りによる
捕獲の際、雌または幼体と考えられる小型の個体が釣餌に近寄った直後に、大型の雄
がより遠くから出現し、小型個体を追い払って餌をくわえる行動がよく見られた。こ
れより、大型個体は小型個体に対して優位であることがうかがえた。
2)捕獲方法の検討
本種の捕獲方法として、手採り、釣り、ヌーズ(棒の先に取り付けたテグスの輪で
縛る方法)を試行した(写真 4-9)。父島・時雨ダム直下で実施した捕獲作業において
は、釣りによる 26 回の試行の結果7個体が捕獲され、10 個体が釣り落とされた。ま
たヌーズによる 30 回の試行の結果、15 個体が捕獲され、15 個体に逃げられた。試行
に対する釣りの成功率は 27 %、ヌーズの成功率は 50 %であった。釣りは遠くの個体
を捕獲できるが、釣り落としが多く、一度釣り落とした個体は学習により餌を追わな
くなる。ヌーズは相対的に取り逃がしが少なく、釣りと並んで有効な方法と考えられ
た。また、午前中の早い時間に低い場所の個体を捕獲するには手掴みが効率的で、捕
獲のためには以上の3方法を組み合わせるのが有効と考えられた。
3)生態系への影響
①影響のタイプ
グリーンアノールが小笠原の生態系に及ぼす影響は、概ね次のように整理される。
・捕食者としての影響(昆虫等の小型動物を活発に採食する)
4 − 57
・被食者としての影響(中∼高次捕食者(主に鳥類)の食物となる)
・競争者としての影響(樹上や地上で昆虫を捕食するトカゲ類や鳥類等と資源を巡っ
て競合する)
・物質循環を通した影響(二次消費者として、窒素、リン等を集約する)
これらの影響のうち最も大きいと考えられる捕食者としての影響の程度を把握する
ために、本種の主要な食物である樹上性昆虫類の生息状況を、本種が導入されている
父島、母島と未導入の属島の間で比較した。詳しい調査内容は昆虫類調査の項に記述
したが、グリーンアノールの分布域では、樹上性の昆虫が少ない傾向が生じていた。
父島・母島の中で、グリーンアノールの生息密度が低く相対的に影響が小さいと見
なされる地域、また侵入を受けてからの歴史が浅い地域では、在来種がまだいくらか
残存している可能性がある。もし残存していれば、それらの地域は、将来的にグリー
ンアノールを排除し、小笠原本来の生態系を再生する上で重要な地域ということがで
きる。以上より、このような地域におけるグリーンアノールの生息状況と昆虫相の調
査が必要とされる。具体的には、侵入の歴史が浅い母島の、自然林が広がっている石
門地域が想定される。ここでは、父島と母島の大半の地域でグリーンアノールによっ
て絶滅させられた樹上性の昆虫等が残存している可能性がある。
グリーンアノールの排除による生態系への影響として、高次捕食者であるオガサワ
ラノスリへの影響が考えられる。父島、母島に生息する本亜種は、クマネズミ、オオ
ヒキガエル、グリーンアノールといった外来種に食物を依存しているとされ(加藤 ,
2003)、もしグリーンアノールが全域から根絶されたり極端に減少した場合、オガサワ
ラノスリの食物が不足する可能性がある。
地元の方によれば、グリーンアノールが養蜂の巣箱の前に出現し、ミツバチを捕食
することがあるという。
②在来種オガサワラトカゲに対する影響
鈴木(1999)によれば、グリーンアノールと在来種オガサワラトカゲ Cryptobrepharus
boutonii は食物や活動場所、活動時間等の資源が重複し、ゆえに競合関係にあるとさ
れている。さらにグリーンアノールの雄成体がオガサワラトカゲの幼体を捕食するこ
とを示し、グリーンアノールの増加がオガサワラトカゲの減少につながるとしている。
今回調査を行った父島、兄島、弟島、母島の全てでオガサワラトカゲが確認された
が、その頻度は島ごとにかなり異なっていた。表 4-11 に、島ごとのオガサワラトカゲ
の目撃状況を一覧した。目撃記録は多くないものの、ごく大まかに見て、父島と兄島
では低密度、母島と弟島では高密度であることがうかがえた。特に兄島では、晴天時
に8時 30 分から 16 時まで踏査したにもかかわらず、確実な目撃記録は滝之浦の4個
4 − 58
体のみで、母島や弟島、さらに父島に比べても低密度であると推測された。グリーン
アノールの生息密度がきわめて高い父島・北袋沢ではアノールと全く同所的にオガサ
ワラトカゲが観察された。以上より、オガサワラトカゲはグリーンアノールにより捕
食や競合といったマイナスの影響を受けてはいるものの、少なくとも現在のところ、
種の存続を脅かされる状況にはないと考えられる。ただし、グリーンアノールが高密
度化した状態が長期的に継続した場合、食物を巡る競合やオガサワラトカゲに対する
捕食がさらに激化し、最終的にオガサワラトカゲが排除されてしまう可能性もある。
表 4-11.在来種オガサワラトカゲの目撃状況
調査場所
目撃頻度・目撃状況等
父島・北袋沢
アノールがきわめて多く本種が少数生息(110 分間で2個体を記録)
父島・南袋沢
渓流沿いの一定範囲(20 × 20 m)で本種4個体、アノール8個体を記録
兄島
滝之浦∼万作浜を踏査。晴天であったが確実な目撃は4個体のみ
弟島・広根山
本種が多く 123 分で 31 個体を記録
母島・北村
本種を5個体記録、アノール 24 個体記録
母島・乳房ダム
本種が多く約5×5mの範囲で5個体以上を目撃。
母島・南崎
オモト浜周辺で 10 分間に本種9個体、アノール1個体を目撃。
(3)対策について
1)グリーンアノール対策における重点課題の考え方
小笠原諸島における本種の対策については、次の2つの課題が想定される。
◆未だ分布していない地域(属島)への侵入を防止すること。
◆既に定着している父島、母島における防除と影響を受けている生態系の保全。
これらのうち、前者は最も重要性の高い課題といえる。後述のように、ひとたび定
着したグリーンアノールの排除はきわめて困難であり、ノヤギやアカギ、オオヒキガ
エルと比べると排除の効率が悪い。一方、父島と母島では樹上性かつ昼行性の昆虫が
グリーンアノールによってすでに大きな打撃を受けており(苅部・須田, 2004)、たと
えばオガサワラトンボを始めとする固有のトンボ類はほぼ消滅した状況にある。一方、
兄島や弟島ではこれらの種がまだ残存しており、グリーンアノールの影響という観点
からは、依然として比較的高い生物多様性が維持されている。
4 − 59
以上より、小笠原諸島におけるグリーンアノール対策の最重要課題は、本種が未だ
分布していない属島への侵入防止といえる。
2)属島への侵入防止方策の策定
①非意図的導入のされやすさ
次に示すように、グリーンアノールは資材等に紛れて密航・定着しやすい性質を持
っている。
・小型で細長く、小さな隙間に容易に隠れてしまう。全長は 20cm ほどに達するが、
雄でも平均約7g、最大級の個体でも 10 g程度しかなく、大人の指を差し込める程度
の隙間にも簡単に隠れることができる。
・休息時には物陰に隠れる性質が強い。樹皮の隙間や単管パイプの中、積まれた枯木
の隙間など、地上により高いところにある物陰が好まれる。冬期に農場の単管パイプ
から多数が得られることがあるという(小笠原自然文化研による )。また父島・大村
の市街地に植栽されたデイゴ大木の樹洞から雄2個体が採集された。産卵は地表の落
葉の下でなされ、土や落葉に卵や幼体が混入する可能性がある。
・絶食にきわめて強い。飼育下で、全く食物をとらずに水だけで4ヶ月以上も生存し
た例がある(自然環境研究センター, 未公表資料)。
・運動能力、特に登はん能力にきわめて優れる。四肢は長くよく発達し、指にはかぎ
爪と同時に「指下薄板」と呼ばれる吸盤があり、ざらざらした面だけでなく、よく磨
いた板ガラスやポリエチレン袋の壁もすばやく登ることができる。またジャンプ力が
強く、水面に落ちた時には泳ぐこともできる。
・オオヒキガエルと異なり体内受精をするため、交尾済みの雌1個体から繁殖集団を
形成することが可能である。
②侵入防止に係る基本的な認識
属島への侵入防止に関連して、次のような基本的認識を持つ必要がある。
・小笠原諸島においてはグリーンアノールがきわめて侵略的な外来種であることをよ
く認識し、旅行者や事業者が意図的・非意図的に本種を属島に持ち込ませないような
対策を講じる。
・属島で実施される調査や事業においては、グリーンアノールを始めとする侵略的外
来種の非意図的導入に十分留意する。ノヤギやアカギといった「大型の・目立つ・知
名度の高い」外来種を排除するために、グリーンアノールのような「小型の・目立た
ない・知名度の低い」侵略的外来種がばらまかれる事態は避けなければならない。
4 − 60
③具体的な対策の例
属島への本種の侵入防止に関して、例えば次のような事項が想定される。
・本種を始めとする外来種が容易に混入しうる物資(苗木、鉢植え、枯草枯木、薪、
藁、石、土砂等)を父島・母島から属島に移動させない。
・単管パイプの移動に際して、極力、本種の分布域外(東京等)で梱包したものを小
笠原に輸送し、父島・母島に上陸させず属島へ輸送して用いる。もしも父島・母島か
ら輸送する時には、パイプの内側及び外側を1本ずつよく点検し、グリーンアノール
をはじめとする外来生物が付着してないことを確実に確認してからとする。
・この他の重機や資材等にもグリーンアノールが潜む可能性がある。可能な限り、本
種の分布域外(東京等)で梱包したものを輸送し、父島・母島には上陸させず属島へ
輸送する。
・過去の父島、母島の例から推測すると、もし属島に侵入した場合、船着場周辺に定
着して徐々に分布域を広げ、やがて全域に分布するようになる可能性が高い。上記の
対策にも係わらず侵入する可能性があるため、事業を実施する属島の船着場周辺では
本種を始めとする新たな侵略的外来種の監視を定期的に実施し、万一発見された場合
には徹底的に排除するための体制をあらかじめ用意しておく必要がある。
・属島における事業の実施に当たっては、専門家を含む第三者監視機関を配置し、以
上の外来種防止対策が適切に実施されていることを常時確認する必要がある。
・グリーンアノールが侵略的な外来種であること、属島への侵入が強く懸念されるこ
とを地域住民、事業者、旅行者によく認識してもらうため、各主体に対する普及啓発
を適切に実施する。
以上の対策は机上で想定されたものであるため、今後、現実的に実施されうる事業
の内容を想定し、事業内容や用いる資材のタイプごと、また事業に関わる主体ごとに、
より現地に則しかつ実効性のある対策を策定することが必要である。
3)既に定着している父島、母島における防除
①グリーンアノールの防除の困難さ
後述のオオヒキガエルの場合、繁殖場所である止水域は数十ヶ所に限定されるため、
これらの繁殖場所で対策を講じることにより、繁殖を阻止し、徐々に個体数を減じる
ことが可能と推測される。ところが、グリーンアノールは特定の場所に集合せず、ま
たワナ等の仕掛けで引き寄せて捕獲することも困難であるため、現在のところ、島内
全域の一括排除は不可能であると考えられる。
当面考えられる対策と、そのために必要な調査項目は次のようにまとめられる。
4 − 61
②排除区(低密度区)の設置と維持
今後の個体群管理方策を講じる上で、単位捕獲努力量あたりの捕獲数を推定するこ
とは重要である。関連して、一定区域の個体を全て採り尽くすことが可能かどうか、
可能である場合、そのためには費やす捕獲努力量はどの程度かを知っておくことが必
要である。
比較的限定された調査区を設定し、捕獲行為をくり返すことにより、単位時間あた
りの捕獲率とその減少程度を測定する。また、除去法により当該地域内の個体数を推
定し、またグリーンアノールがほとんど見られない区域を維持するための労力を推定
する。
排除区を設置する場所として、グリーンアノールが比較的多く、十分に狭く、周囲
が道路と海岸に囲まれ半閉鎖的であり、またアクセスが容易であるという観点から、
父島・大村の小笠原ビジターセンター脇の公園が適当と考えられる。ただし、ここは
住民及び旅行者が常に見ている場所であり、一方グリーンアノールは比較的イメージ
がよく、捕獲に反対する意見もかなりあることから、排除区設置のための捕獲作業は
後述の普及啓発とセットにして慎重に実施する必要がある。
③効率的な捕獲方法の検討
排除区の設置に関連して、効率的、標準的な捕獲方法を開発し、マニュアル化する
必要がある。本調査では釣り、ヌーズ、手掴みの3方法を試みた。いずれも有効な方
法であるが、実施時間帯や気象条件により適用が難しい場合もある。苅部治紀(私信)
によれば、釣りは2m程度の竿と小型の錨針を用い、ガ類などの羽を貼り付けたもの
が有効であるという。今回はガの入手ができなかったため、多く見られた外来昆虫セ
イヨウミツバチを捕獲して圧死させ、毒針のある腹部を切除したものを用いた。効率
的な捕獲につながる仕掛やベイトの検討が必要である。
本年度は本種の夜間捕獲を行っていないが、大河内・苅部(私信)によれば、夜間、
林縁の低木上で幼体が多数捕獲できるという。本種は完全な昼行性であり、夜間には
全く活動しないため、見つければ確実に捕獲できる。秋に多く見られる幼体は低木の
上にいることが多いようで、休息場所の高さや好まれる植物の種等の条件が判明すれ
ば、効率的な除去につなげることが可能と考えられる。
本種が夜間や冬期、単管パイプや樹洞で好んで休息することから、休息場所のワナ、
いわゆるネストトラップの有効性についても検討する必要がある。一案として、竹筒
や塩ビパイプを切り揃えたものを束ね、樹幹に縛り付けておき、随時見回って本種が
入っていれば除去する方法が想定される。この際、パイプの材質や内径、長さ、設置
方法を組み合わせ、本種が好む条件を探ることが必要である。なお、パイプへの選択
性に関する調査結果は、属島への侵入防止策を検討する際にも有効であると考えられ
4 − 62
る。
また、捕獲した個体については、速やかに深麻酔を施し、後から消化管内容物や生
殖腺、年齢査定等の分析ができるように、100 %エタノール中で保存する必要がある。
今後、事業として大量に捕獲する場合には、深麻酔を施した後に地中に埋める処理が
適当と考えられる。
④登れない素材のフェンスの開発
将来的に、保全対象種を決めてグリーンアノール排除区を設定する際、周囲を何ら
かのフェンス等で囲う必要があると考えられる。本種は登はん能力が高く、網やトタ
ン、木材等「普通の」素材では移動を阻止することが不可能である。
各種のプラスチックやテフロン加工した素材等、表面が滑らかで指下薄板が引っか
からない可能性がありそうな素材を試してみる必要がある。ただし、限られた期間で
目的に合致した素材を見つけられるかどうかは不明である。もしグリーンアノールの
登はんを阻止できる素材が見つからない場合、本種の排除区は、天井を含めて完全に
網で覆ったものにする必要がある。捕獲された個体からは、サンプルを選び、食性・
栄養状態・繁殖パラメータなどのモニタリングを行う必要がある。
<参考;グリーンアノールの対策に係る先行事例>
多くの地域に意図的に導入されたノヤギやオオヒキガエルと異なり、グリーンアノ
ールは主に非意図的に導入されており、定着した地域はごくわずかである。本種が導
入され定着している地域は、ハワイ諸島のカウアイ、オアフ、モロカイ、マウイ、ハ
ワイの各島(McKeown, 1996)と、グアム、サイパン、テニアン(サイパン近くの小
島)、ロタ、ヤップ、パラオ(以上長谷川雅美, 私信)、及び沖縄島(太田ほか, 1995)、
そして小笠原諸島の父島、母島にわたる。定量的なデータには乏しいものの、このう
ち小笠原諸島ではきわめて高密度であるが、ミクロネシアの島嶼ではさほど多くなく、
グアム、サイパンではやや多いという(長谷川雅美, 私信)。また沖縄島でも、依然と
して生息しているものの、極端に高密度化はしていないという(太田英利, 私信)。
小笠原諸島においてはグリーンアノールが侵略的な外来種として大きな問題となっ
ているが、他の地域ではそれほど高密度になっていない。この要因は不明であるが、
島嶼間の生物群集(アノールの食物及び天敵の種や生息密度)が関係していると考え
られる。なお、侵入してからまだ 10 年ほどしか経っていない沖縄島では、これから高
密度化する危険性がある。
このように、グリーンアノールは他の地域で侵略的外来種となった例がなく、ゆえ
に制御等の対策事例はおそらく存在しない。父島及び母島は本種が侵略的となった初
4 − 63
めての場所であり、本種の生息状況と生物学的特性を勘案しつつ、対策のための方策
をこれから構築していく必要がある。
<参考・引用文献>
加藤夕佳, 2003.
オガサワラノスリ.
平成 14 年度小笠原地域自然再生推進調査報告書.
ppi-79 ∼ i-81. (社)日本林業技術協会.
苅部治紀, 2004. 小笠原固有のトンボ類の現状−トンボ類はいつごろ、なぜ減ったか?−.
小笠原における昆虫相の変遷−海洋島の生態系に対する人為的影響−. pp31-46.
神奈川県立生命の星・地球博物館.
苅部治紀・須田真一, 2004b. グリーンアノールによる小笠原の在来昆虫への影響(予報).
小笠原における昆虫相の変遷−海洋島の生態系に対する人為的影響−. pp21-30.
神奈川県立生命の星・地球博物館.
苅部治紀・二橋亮・林文男, 2004. 小笠原諸島の固有トンボ類の DNA 解析結果(予報).
小笠原における昆虫相の変遷−海洋島の生態系に対する人為的影響−. pp55-58.
神奈川県立生命の星・地球博物館.
McKeown S., 1996. A Field Guide to Reptiles and Amphibians in the Hawaii Islands. Diamond
Head Publishing, Inc.
太田英利, 2002. グリーンアノール∼在来種を圧迫する”アメリカカメレオン”∼. 日本生
態学会(編), 外来種ハンドブック. p99. 地人書館.
太田英利・嘉数肇・伊澤雅子, 1995. 沖縄本島におけるアノールトカゲ Anolis carolinensis
の繁殖集団の発見. 沖縄生物学会誌, 33: 27-30.
鈴木晶子, 1996. 小笠原諸島母島の移入種グリーンアノールと在来種オガサワラトカゲと
の資源分割. 奈良女子大学修士論文, 25pp.
鈴木晶子, 1999. 小笠原諸島母島の移入種と在来種のトカゲ2種の関係. 奈良女子大学平成
11 年度学位論文, 77pp.
高桑正敏・須田真一, 2004a. オガサワラシジミの衰亡とその要因−. 小笠原における昆虫
相の変遷−海洋島の生態系に対する人為的影響−. pp47-54. 神奈川県立生命の星
・地球博物館.
4 − 64
写真 4-6.父島産グリーンアノール
写真 4-7.母島産グリーンアノール
4−65
写真 4-8.グリーンアノールの頭部
写真 4-9.グリーンアノールの生息地と捕獲作業
(母島・北村集落跡)
4−66
4−3
オオヒキガエル調査
(1)調査目的
オオヒキガエル Bufo marinus はヒキガエル科に属する地上性のカエルで、国内では小
笠原諸島と大東諸島、八重山諸島に導入され定着している。近年、本種が導入され定着
した各地において本種が在来の小動物を強力に捕食し、その結果、多くの種が絶滅に近
い状態となっていることが示唆されている。以上の背景を受け、本調査は、オオヒキガ
エルの生息状況並びに生態系への影響の現況を把握し、自然再生に関連した本種への対
策に資するための資料を作成することを目的とした。
(2)調査内容
1)生息状況
①潜在的な繁殖場所の分布状況
ほとんどのカエル類は生活史上に幼生(オタマジャクシ)のステージを有し、水域
がなければ生息できない。カエル類は、幼生の生息環境から止水性と流水性に大別さ
れ、オオヒキガエルは止水性であることが知られている。本種の対策を講じる上で繁
殖場所の特定はきわめて重要であるため、本調査ではこれを実施した。
本種の分布が報告されている父島及び母島において、地形図並びに予備的な聞き取
り結果をもとに、オオヒキガエルの潜在的な繁殖場所である止水の確認に努めた。調
査日は、父島が5日間、母島が3日間であった。地図を見ながら池やダム湖、河口部
の止水等を探し、確認された止水は整理番号を付して GPS を用いて位置を記録し、長
径、短径、水深を目測し、オオヒキガエルの発見に努めた。
合計 48 ヶ所(父島 31 ヶ所、母島 17 ヶ所)の止水が記録された(図 4-24、4-25、お
よび表 4-12)。このうち、実際にオオヒキガエルが確認されたのは 14 ヶ所、繁殖の確
実な証拠となる卵もしくは幼生が確認されたのは 10 ヶ所(父島7ヶ所、母島3ヶ所)
であった。幼生が確認されたのは、閉塞した河口を除けば全て人工的なダム、池、堰
堤上流の水たまり、護岸され流れの緩い河川などであった。父島、母島とも小さな河
川が発達しているが、堰堤等の人工的な工作物のない場所では止水を発見することが
できなかった。両島において、本種の繁殖場所は人為工作物に関連した止水(ダム、
堰堤、人工池等)にほぼ限定されていると推測された。
4 − 67
■:幼生もしくは卵が
確認された止水
●:幼生もしくは卵が
確認されなかった止水
1 2
●
● ■
※番号の付与していない地点は
聞き取り情報であることを示す。
32
●
●
■3
31
●
26
27
■
28 ●
29 ●
●
●
●
●
24 25
●
16-18
23 ●
12 ■ ●
10
11 ●
76
5■
●
4
●● 13
14
●
■ 8 9
●
●
■
20
15
●
●
19 21 22
図 4-24.父島におけるオオヒキガエルの繁殖可能な場所
4−68
■:幼生もしくは卵が
確認された止水
●:幼生もしくは卵が
確認されなかった止水
※番号の付与していない地点は
聞き取り情報であることを示す。
●
39
40 ●
46
●
42
41 ●
●
43
36-38
●■
44
47
●
33-35 ■
● 45
48
●
●
図 4-25.母島におけるオオヒキガエルの繁殖可能な場所
4−69
表4-12.オオヒキガエルの潜在的な繁殖場所である止水域の一覧
北緯
地図
番号
島
名称
東経
度
分
秒
度
分
水域のサイズ
秒
1
父島 奥村川堰堤
27
5
44.9
142
12 43.2
2
父島 奥村川中流
27
5
42.1
142
12 34.8
3
父島 屏風谷
27
5
19.7
142
12 29.5
4
父島 常世川合流点
27
3
20.8
142
5
父島 常世川堰堤上
27
3
22.4
6
7
父島 時雨ダム
27
父島 時雨ダム直下湛水域 27
3
3
8
父島 時雨ダム下流農場池 27
9
父島 常世の滝
10
父島 小曲ダム
11
長径
7
岸辺
樹冠
短径・
水深
幅
材質
オオヒキガエル
形状
周囲の環境
1.6
0.9
1.5
0.02 開放 コンクリ
10
>1
開放 土
12 23.2
10
>1
開放 コンクリ
142
12 23.6
4
0.3
開放 コンクリ、石 切り立ち 道路、草原
26.2
26.2
142
142
12 43.7
12 43.7
200
30
100
10
3
17.6
142
12 34.6
6
3
27
3
12.3
142
12 32.0
5
2
27
3
37.3
142
12 33.0
150
50
不明 開放 土
なだらか 森林
父島 小曲ダム直下淡水域 27
3
37.3
142
12 33.0
25
8
不明 鬱閉 コンクリ
切り立ち 森林
15
幼
生
草原、低木
林
草原、低木
なだらか
林
切り立ち
○
開放 礫・岩
なだらか 道路、森林
○
三面護岸
○
グッピー
泥深くメタン噴出
○
オガサワラヨシノボリ、オガサワラ
コテナガエビ
○
父島 長谷第一堰
27
3
43.4
142
13
2.4
70
40
不明 開放 コンクリ
なだらか 森林、道路
父島 巽道路池
父島 巽道路池向かい
27
27
3
3
41.6
41.3
142
142
13 15.9
13 15.4
30
5
15
2
0.15 開放 土
不明 開放 土
なだらか 森林、道路
なだらか 草原、森林
15
父島 南袋沢下流
27
3
6.4
142
11 36.7
16
クリーンセンター裏
父島
水槽
27
3
54.9
142
11 47.0
20
20
17
父島 雨水再利用ポンプ池 27
3
54.6
142
11 45.1
10
4
18
父島 廃材置場池
27
3
54.5
142
11 44.7
8
8
19
父島 中海岸トーチカ池①
27
2
56.0
142
13 28.9
20
8
20
父島 中海岸河口
27
2
58.0
142
13 28.9
4
0.6
21
父島 中海岸トーチカ池②
27
2
55.5
142
13 28.4
20
6
0.1
22
23
24
父島 中海岸トーチカ池③
父島 長谷第二堰
父島 連珠ダム
27
27
27
2
3
4
58.3
34.0
0.4
142
142
142
13 27.6
12 45.5
12 32.6
8
6
50
6
4
30
25
父島 連珠ダム下湛水域
27
4
0.4
142
12 32.6
50
4
26
27
父島 境浦ダム
父島 境浦ダム下マス
27
27
5
5
3.1
3.9
142
142
12 40.6
12 39.2
40
7
20
6
0.5
開放 砂
不明 開放 コンクリ
なだらか 草原、森林
○ グッピー、アオモンイトトンボ
○
○
○
オガサワラヨシノボリ、ヒラテテナ
ガエビ、ヤマトヌマエビ、
シュロガヤツリ
グッピー、シュロガヤツリ、アオウキ
クサ
グッピー、シュロガヤツリ、アオウキ
クサ
グッピー、シュロガヤツリ、アオウキ
岸にシュロガヤツリ密生
クサ
シュロガヤツリ
全面にシュロガヤツリ密生
グッピー、シュロガヤツリ
チチブモドキ、ボラの一種、ヒ
メヌマエビ、シュロガヤツリ
なだらか 森林、道路
不明 開放 土
低木林、道
路
切り立ち 低木林
○ ベニヒメトンボ、シュロガヤツリ
不明 鬱閉 土、岩
なだらか トーチカ内
○ トゲナシヌマエビ
開放 礫
なだらか 礫浜、岩崖
○ ボラの一種、シュロガヤツリ
鬱閉 土
なだらか トーチカ内
0.1 鬱閉 土
不明 鬱閉 土
不明 開放 土
なだらか トーチカ内
なだらか 森林
なだらか 森林
トゲナシヌマエビ
なだらか 森林
オガサワラヨシノボリ、グッピー、ト
ゲナシヌマエビ、ヤマトヌマエビ、ヒ
ラテテナガエビ
2.9
0.4
開放 コンクリ
鬱閉 土
オオヒキガエル成体2ペアと
4匹
○ カダヤシ
なだらか 崖地、草原
13
14
備考
トゲナシヌマエビ
不明 開放 コンクリ、岩 切り立ち 道路、森林
不明 開放 コンクリ
切り立ち 低木林
草原、低木
0.5 鬱閉 土
なだらか
林
0.4
他の生物
成体・
幼体
オガサワラヨシノボリ、ヒラテテナ
ガエビ、ヤマトヌマエビ、
シュロガヤツリ
開放 岩、コンクリ 切り立ち 森林、堰堤
12
5
卵
○ キンギョ
切り立ち
不明 開放
岩 切り立ち
低木林
不明 鬱閉 コンクリ
切り立ち 森林、草原
トーチカ内の池。入口幅
3.2m
トーチカ内の池。入口幅
2.24m
○
シュロガヤツリ
ほとんど埋まった堰
地上から3.5m下に水
面
北緯
地図
番号
島
名称
東経
度
分
秒
度
分
水域のサイズ
秒
長径
岸辺
樹冠
短径・
水深
幅
材質
オオヒキガエル
形状
周囲の環境
28
29
父島 境浦浜北河口
父島 境浦浜北小池
27
27
4
4
53.5
53.5
142
142
12 38.3
12 38.3
15
8
2.5
4
0.4
1
鬱閉 砂、岩
鬱閉 砂
なだらか 海岸、森林
なだらか 海岸、森林
30
父島 境浦浜南河口
27
4
41.9
142
12 39.4
70
10
0.7
一部
砂、土
開放
なだらか 海岸、森林
31
32
父島 清瀬川中流
父島 大村川支庁裏
27
27
5
5
43.8
28.0
142
142
12 2.1
11 40.7
1.5
4
0.5
0.2
開放 岩、コンクリ なだらか 森林、道路
開放 コンクリ
切り立ち 住宅地
33
母島 沖村元橋下
26
38 10.8
142
9
50.1
1
0.2
開放 コンクリ、礫 なだらか 住宅地、道路
34
35
26
26
38 16.7
38 20.4
142
142
9
9
51.4
52.1
4
3
0.2
0.2
開放 コンクリ
開放 コンクリ
切り立ち
住宅地
切り立ち 住宅地
26
38 32.8
142
9
55.8
6
6
2+
開放 コンクリ
切り立ち
森林、道路
26
38 32.8
142
9
55.8
10
6
不明 開放 コンクリ
切り立ち
森林、道路
38
母島 沖村要橋下
母島 沖村新橋下
乳房ダム直下止水
母島
下
乳房ダム直下止水
母島
上
母島 乳房ダム
26
38 33.5
142
9
55.2
150
50
不明 開放 土
なだらか
森林
39
母島 衣館川河口
26
41 37.6
142
8
45.0
12
4
0.5
開放 礫
なだらか
海岸、草原
40
母島 長浜川河口
1.5
1.5
0.4
開放 岩
なだらか
礫浜
41
母島 西浦海岸北下流
26
39
1.3
142
9
7.8
4
2
0.3
開放 礫
なだらか
低木林、草原
42
母島 西浦海岸南下流
26
38 56.1
142
9
8.4
5
1.5
0.4
開放 礫
なだらか
低木林、草原
43
母島
26
38 55.8
142
9
14.7
7
3
0.1
鬱閉 礫
なだらか
森林
44
母島 玉川ダム
26
38 33.5
142
10 18.4
150
50
不明 開放 土
なだらか
森林
45
母島 石次郎海岸近く沈砂池26
38
1.5
142
9
58.5
20
10
切り立ち
低木林、道路
46
47
48
母島 大沢ダム
母島 大谷川支流堰堤
母島 南崎オモト浜河口
39 15.4
38 31.5
37 14.6
142
142
142
9 33.2
10 0.8
10 46.8
25
70
1
20
50
1
なだらか
なだらか
なだらか
森林
森林
低木林
36
37
西浦ソーラーポンプ
場堰堤
26
26
26
0
開放 コンクリ
不明 開放 土
不明 開放 土
0.3 鬱閉 土
卵
幼
生
他の生物
成体・
幼体
備考
グッピー、ボラの一種
境浦浜北河口に接す
ボラの一種
る
グッピー、ボラの一種、オオウ
ナギ、チチブモドキ、オガサワラコ
テナガエビ、シュロガヤツリ
グッピー、シュロガヤツリ
○
○
○
○
○
グッピー、チチブモドキ、ボラの
一種、イトトンボの一種
グッピー、トゲナシヌマエビ
グッピー
グッピー、マツモ、イトトンボの一
種
グッピー
グッピー、トゲナシヌマエビ、ユス
リカ幼虫多数、シュロガヤツリ
トゲナシヌマエビ
ヒラテテナガエビ、シュロガヤツリ
密生
グッピー、オガサワラヨシノボリ、ヒ
ラテテナガエビ
グッピー、トゲナシヌマエビ、ヤマ
○
トテナガエビ、オガサワラカワニナ
グッピー、オガサワラヨシノボリ、
マツモ
海岸より30m内陸で河
口閉塞
海岸より約100m内陸
の淵
調査時には水な
し
○ トゲナシヌマエビ、シュロガヤツリ
○
○:確認されたことを示す
なお、大河内(私信)は、周囲に人工的な止水の見あたらない母島・桑ノ木山周辺
で多数のオオヒキガエルが目撃されることから、自然の河川上流でも繁殖の可能性が
あることを指摘している。本調査では河川上流域における繁殖の証拠は得られなかっ
たが、オオヒキガエルに対する対策を講じる上で、今後留意すべき指摘である。ただ
し、オーストラリアに導入されたものは年間 20 ∼ 30km もの速度で分布を拡大したと
いう報告もあることから(Tyler, 1989)、母島・桑ノ木山で見られる個体は、直線距離
にして1∼3 km 離れた沖村や西浦から、県道に沿って分散してきた個体である可能
性もある。
②分布状況
調査期間中のオオヒキガエルの目撃地点に加え、他の研究者(大河内勇氏、苅部治
紀氏及び自然環境研究センター研究員)による最近3年以内の本種目撃地点を合わせ
て図 4-26、4-27 に示した。父島、母島とも、踏査を行った北端から南端まで広く目撃
され、これまでの知見どおり、本種が両島に広く分布することが再確認された。なお
兄島調査、弟島調査の際には本種は目撃されなかった。
③生息密度
母島の沖村集落内を流れる大谷川の河川敷(図 4-19)を踏査し、ここにきわめて高
い密度でオオヒキガエルが生息することを確認した。20 時 15 分から 21 時 5 分にかけ
て、最下流の潮見橋から中流の乳房橋上の小さな段差までを踏査し、ほぼとぎれるこ
となくオオヒキガエルの成体、幼体を確認した。定量のため、21 時 27 分から 37 分に
かけて、元橋下から村民会館下までの範囲で予備的な個体数センサスを実施した。幅
約4m、長さ約 50 mの範囲を注意深く探しながらカウントした結果、頭胴長(目測)
5∼ 13cm の成体、幼体が合計 61 個体確認され、個体数密度は 3,050 個体/ha となった。
全域的な密度分布に係るデータは収集していないが、グリーンアノールと同様、目
撃頻度は集落や耕作地の周辺、舗装道路脇などに多く、森林内では少ない傾向がうか
がえた。これが実際の生息密度を反映するのか、それとも発見率の差によるものかは
不明であるが、道路のない森林内では低密度であると推測される。
4 − 72
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
図 4-26.父島におけるオオヒキガエルの確認地点
4−73
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
図 4-27.母島におけるオオヒキガエルの確認地点
4−74
④性比と体サイズ組成
捕獲個体は全て 10 %ホルマリンで固定して室内に持ち帰った。これらの個体につい
て、頭胴長(吻端から総排泄口までの長さ)と体重をそれぞれ計測し、性を査定した。
性の査定は前田・松井(1999)によった。すなわち、雄の二次性徴(前肢第1、2指
に発現する婚姻瘤、背面の皮膚の変化、喉の黒ずみ)が見られる個体は雄成体、二次
性徴のない個体のうち、雌の成熟サイズ( 88mm)以上の個体を雌成体、未満の個体
を幼体(雌雄は不明)とした。
地点ごとの捕獲状況の概要と性比について表 4-13 にまとめた。父島で 39 個体、母
島で 58 個体、合計 97 個体が捕獲された。捕獲個体全体の性比はやや雌に偏った。
表 4-13.オオヒキガエルの捕獲数と性比
地
点
捕獲数
性比(雄1:雌)
雄
雌*
幼体
合計
父島大村集落
3
3
9
15
州崎
0
0
6
6
北袋沢
3
3
2
8
中海岸
1
9
0
10
父島合計
7
15
17
39
母島沖村集落
6
13
18
37
西浦
7
7
7
21
母島合計
13
20
25
58
1:1.54
20
35
42
97
1:1.75
父島・母島合計
1:2.14
固定標本の計測値に基づき、本種の頭胴長と体重の平均値と標準偏差を図 4-28 に示
した。頭胴長の平均値を見ると、父島産の雄7個体は 102.1mm、同雌 15 個体は 105.9mm
であり、母島産の雄 13 個体は 114.1mm、同雌 20 個体は 115.6mm であった。すなわち、
雌は雄よりわずかに大きく、雌雄とも、母島のものは父島のものよりも大型であった。
この差違は体重においてより顕著であり、父島の個体の平均体重が雄 119.8 g、雌 121.0
gであったのに対し、母島のそれは雄 148.1 g(父島の雄の 1.24 倍)、雌 153.9 g(父
島の雌の 1.27 倍)であった。
4 − 75
頭胴長の平均値(mm)
140
頭胴長(mm)
120
100
80
60
40
雄
雌
幼体
体重の平均値(g)
250
体重(g)
200
150
100
50
0
雄
雌
幼体
:母島 :父島
SD
図4-28.オオヒキガエルの頭胴長及び体重の平均値
4−76
雄 頭胴長
雄 体重
8
6
個体数
個体数
6
4
2
0
4
2
0
∼90
∼100 ∼110 ∼120 ∼130 ∼140 ∼150
頭胴長(mm)
∼50
∼100 ∼150 ∼200 ∼250 ∼300 ∼350
体重(g)
雌 頭胴長
雌 体重
8
8
6
6
個体数
個体数
10
4
4
2
2
0
0
∼50 ∼100 ∼150 ∼200 ∼250 ∼300 ∼350
体重(g)
∼90 ∼100 ∼110 ∼120 ∼130 ∼140 ∼150
頭胴長(mm)
幼体 体重
8
8
6
6
個体数
個体数
幼体 頭胴長
4
4
2
2
0
0
∼40
∼50
∼60
∼70
頭胴長(mm)
∼80
∼88
∼10
∼20
∼30
∼40 ∼50
体重(g)
∼60
∼70
:母島 :父島
図4-29.オオヒキガエルの頭胴長及び体重のヒストグラム
4−77
雌雄・幼体ごと
雄
雌
幼体
400
体重(g)
300
200
100
0
0
50
100
150
頭胴長(mm)
島および雌雄・幼体ごと
400
母島 雄
父島 雄
母島 雌
父島 雌
母島 幼体
父島 幼体
体重(g)
300
200
100
0
0
50
100
頭胴長(mm)
図4-30.オオヒキガエルの頭胴長と体重の散布図
4−78
150
雄
体重(g)
300
200
100
0
80
100
120
140
頭胴長(mm)
雌
400
体重(g)
300
200
100
0
80
100
120
頭胴長(mm)
140
160
40
60
頭胴長(mm)
80
100
幼体
80
体重(g)
60
40
20
0
20
●父島・大村市街地 +父島・中海岸人工洞穴の池
▲父島・常世川堰堤上 ■父島・州崎人工池
△母島・沖村 ○母島・西浦ソーラーポンプ場
図4-31.オオヒキガエルの採集地点ごとの頭胴長と体重の散布図
4−79
雌雄ごとの頭胴長と体重のヒストグラムを図 4-29 に、頭胴長と体重の関係を示す散
布図を図 4-30、4-31 にそれぞれ示した。標本数がさほど多くないため、島ごと、地域
ごとの傾向はそれほど読み取れないが、母島の個体が平均的に大きいのは、特に大型
の個体が混ざっているためであることがうかがえる。母島の個体群は、父島のそれに
比べて成長率が高い、または死亡率が低いなどの特性を有する可能性がある。
これらの固定標本については、今後、齢査定や消化管内容の分析を予定している。
2)生態系への影響
オオヒキガエルが小笠原の生態系に及ぼす影響は、概ね次のように整理される。
・捕食者としての影響(昆虫等の小型動物を活発に採食する)
・被食者としての影響(高次捕食者の食物となる)
・競争者としての影響(地表で昆虫を捕食する小動物等と資源を巡って競合する)
・物質循環を通した影響(二次消費者として、窒素、リン等を集約する)
・有毒動物としての影響(耳腺からの毒液を生産し環境中に放出する)
・卵及び幼生による影響(付着藻類などを採食して成長し、変態上陸によって栄養塩
を陸上に運び去る)
これらの影響のうちおそらく最も大きいと考えられる捕食者としての影響の程度を
把握するために、本種の主要な食物である地表性昆虫類の生息状況を、本種が導入さ
れている父島、母島と未導入の属島の間で比較した。詳しい調査内容は昆虫類調査の
項に記述したが、オオヒキガエルの分布域では、地表徘徊性の昆虫が少ないという傾
向が生じている。
父島・母島の中で、オオヒキガエルの生息密度が低く相対的に影響が小さいと見な
される地域、また侵入を受けてからの歴史が浅い地域では、在来種がまだいくらか残
存している可能性がある。もし残存していれば、それらの地域は、将来的にオオヒキ
ガエルを排除し、小笠原本来の生態系を再生する上で重要な地域ということができる。
以上より、このような地域におけるオオヒキガエルの生息状況と地表性昆虫相の調査
が必要とされる。具体的には、侵入の歴史が浅い母島の、自然林が広がっている石門
地域が想定される。ここでは、父島と母島の大半の地域でオオヒキガエルによって絶
滅させられた地表性の昆虫等が残存している可能性がある。
オオヒキガエルの排除は、前述のグリーンアノール同様に、生態系への影響として、
高次捕食者であるオガサワラノスリへの影響が考えられる。父島、母島に生息する本
亜種は、クマネズミ、オオヒキガエル、グリーンアノールといった外来種に食物を依
存しているとされていることは前に示した(加藤, 2003)。もしオオヒキガエルが全域
から根絶されたり極端に減少した場合、オガサワラノスリの食物が不足する可能性が
ある。また、父島ではオオヒキガエルが外来種であるイエシロアリの有翅虫(羽アリ)
4 − 80
を捕食することが知られている(小笠原自然文化研による )。ただし、オオヒキガエ
ルがシロアリをどの程度捕食しているかについては不明である。
また地元の情報によれば、オオヒキガエルが養蜂の巣箱の前に出現し、ミツバチを
捕食することがあるという。
(3)対策について
1)オオヒキガエル対策における重点課題の考え方
本種は全ての両生類の中で一腹卵数が最も多い種のひとつである。蔵卵数は 8,000
∼ 15,000 個以上とされるが(前田・松井, 1999)、大型の雌で 58,000 個に及んだ例もあ
る(自然環境研究センター, 2003)。ひとたび有効な繁殖がなされると膨大な受精卵が
生産され、急速に個体数が増加する。よって、本種の対策においては繁殖させないこ
とが最も重要である。
両生類である本種は、繁殖のために必ず水域を必要とする。小笠原諸島における本
種の分布域は父島、母島の全域に及んでいるが、中心的な繁殖場所である止水域は数
十ヶ所に限定されていると予測される。これらの場所で繁殖を阻止するための対策を
講じることにより、徐々に個体数を減じることができると推測される。可能な限り池
の周囲をフェンス等で囲い、産卵に来たオオヒキガエルの侵入を阻止するとともに、
池を定期的に監視し、出現した成体や卵、幼生を除去し、さらに近くに水位や周辺植
生を完全に管理できる人造池を設置し、ここに来た個体をトラップする手法が想定さ
れる。
2)繁殖の阻止
①池の監視調査と捕獲
本種は繁殖時に水辺(止水域)に集まり、雄は大きな声(広告音)を発する。自動
車のエンジンのような「ボボボボボ…」という声は遠くまで届くため、池をしばしば
見回っていれば繁殖参加した雄を確認することができる。繁殖は主に夜間になされる
ため、夜間、オオヒキガエルが集まる池を頻繁に(例えば週に2,3回の頻度で)見
回り、発見された個体を捕獲・除去することにより繁殖をかなり防ぐことが可能とな
る。同様に、卵や幼生(オタマジャクシ)もなるべく頻繁に掬い採り、陸に上げるこ
とによって個体数の増加を防ぐことができる。
池の監視と発見された個体の捕獲・排除は、労力を要するものの、オオヒキガエル
対策における最も基本的な事項といえる。監視によるオオヒキガエル対策は、現在、
環境省によって西表島で実施されている(自然環境研究センター, 2003)。
4 − 81
②フェンスとピットフォール
本種の繁殖を阻止するためのより確実な方法は、池の周囲を全てフェンスで囲み、
本種が池に入れないようにすることである。大河内(私信)によれば、父島において
池の周囲を高さ 50 ∼ 60cm の寒冷紗で囲ったところ、オオヒキガエルは全く侵入でき
ず、繁殖を完全に阻止できたとのことである。また、沖縄県で用いられているハブ防
止ネットを用いた同様の試みが、八重山諸島の鳩間島で実施されている(自然環境研
究センター, 2003)。
本調査で確認された本種の潜在的な繁殖場所は父島、母島を合わせて 48 ヶ所、未記
録のものを含めてもせいぜい 60 ∼ 70 ヶ所と推測される。これらの周囲を全てフェン
スで囲い、オオヒキガエルの侵入を完全に阻止できれば、個体数の増加を抑えること
が可能となる。平地の池などは比較的容易に囲むことができるが、カエルの入り込む
隙間を完全になくすことはやや困難であると思われる。また、河川や山地のダム湖を
囲むのはより手間が掛かる。
移動中にフェンスに突き当たったオオヒキガエルは、これに沿って移動することが
多い。フェンスの外側に大型のポリバケツ等を埋めるとピットフォールトラップ(落
とし穴)となり、オオヒキガエルを効率よく捕獲することが可能となる。
今回の調査でオオヒキガエルの繁殖が確認された水域は 10 ヶ所であるが、オオヒキ
ガエルが特に集中して見られる場所は比較的限定されているようであった。地元の方
の話等を合わせると、父島では大村集落、北袋沢(逢瀬橋周辺)等が特に主要な繁殖
場所になっていると推測された。また母島では、沖村集落(大谷川下流)でとりわけ
多くの個体が繁殖している様子であった。数十ヶ所の潜在的な繁殖場所全域を監視し
つつ、比較的平坦な場所や特に多くの個体が集中する場所を選んでフェンスとピット
フォールトラップを設置するのが効率的であると考えられる。
なお、池の周りを囲むことによってオカヤドカリ、カニ類などの在来種に悪影響が
及ぶ可能性がある。ただし、オカヤドカリやカニ類はフェンスを登ることができ、ま
た池やダム湖で繁殖等をするわけではないので、フェンスがこれらの種の生息をおび
やかすことにはならないと推測される。また、ピットフォールトラップにオカヤドカ
リやオガサワラトカゲ等が落ち込む危険性があるが、これはオオヒキガエルが登れな
い梯子状の構造物を内壁に沿って設置することにより、錯誤捕獲されたこれらの小動
物が脱出できると考えられる。
③トラップ池の設置
現在ある池をフェンスで囲むと同時に、近くに水位や岸辺を完全に調整できる人工
池を設置し、繁殖のために現れた個体をここに引き寄せる方法は有効であると考えら
れる。このトラップ池は入りやすく出にくい構造にしておき、また成体や卵、幼生が
4 − 82
よく観察できるような構造にして、見つかった個体は速やかに取り除くことが必要で
ある。さらに、トラップ池でオオヒキガエルの鳴声(広告音)を流し、繁殖状態にあ
る雌雄を引き寄せる方法も有効と考えられる。トラップ池は5×2m、水深 20cm も
あればよいと考えられる。岸辺はシュロガヤツリ等の大型植物が繁茂しないようコン
クリートや石等で固め、大型の抽水植物の鉢植えを置くなどして、オオヒキガエルが
好む、疎らに植物のある開けた浅い水面を創出する。
④成体、幼体の捕獲
上記の方法で繁殖が阻止できたら、非繁殖状態の個体を捕獲し、なるべく取り除く
ことが必要である。本種は夜間、道路上や外灯の下、河川敷等で活動し、昆虫等の小
動物を採食する。場所により大量に目撃されるため、まずはこのような集中地域で捕
獲を行い、数を減らすことが必要である。
父島に侵入したイエシロアリは、初夏に有翅虫を発生させ、外灯の下に大量に見ら
れるようになる。地元の方によれば、オオヒキガエルは有翅虫を飽食し、父島におけ
るシロアリ増加の防止に役立っているのではないかとのことであった。このように、
初夏に外灯に集まる昆虫はオオヒキガエルを引きつけ、これを捕獲排除する際のひと
つの手掛かりとなる。
なお、イエシロアリやオオムカデ、サソリといった害虫の増加をオオヒキガエルが
抑制している側面が予測される。特にイエシロアリを摂食する量については、地元住
民にとって関心が高いため、予備的に調べておくことが必要である。
オオヒキガエルは父島、母島の全域に広く分布するため、うまく機能する捕獲体制
を構築することが重要である。対策事業の予算規模や継続期間によるが、地元住民の
協力を得て買い上げをしたり、密度が低下してからは地域ごとに専属捕獲者を配置す
る方法等が考えられる。
⑤属島への侵入防止
2000 年から 2001 年にかけて、西表島で未定着であったオオヒキガエルが相次いで
発見された(自然環境研究センター, 2003)。このように、大型のカエルである本種も
非意図的に侵入するおそれがあるため、今後の事業等の実施に当たっては十分な注意
が必要である。ただし、グリーンアノールに比べると立体的な活動が苦手で乾燥に弱
く、また生きた雌雄が水辺で出会わない限り繁殖できないため、属島への侵入・定着
の可能性は低いと考えられる。
具体的な対策としては、重機や土砂への混入に注意すること、属島の船着場周辺の
水場の監視を定期的に実施し、成体や卵、幼生の発見に努めること等が挙げられる。
4 − 83
<参考;オオヒキガエルの対策に係る先行事例>
本種は、主にサトウキビの害虫を駆除する目的で 19 世紀から 20 世紀にかけてカ
リブ海の島々や太平洋諸島、オーストラリアを含むオセアニア地域、東・東南アジア
各地の島々へ移入された。意図的な導入であったため、その経緯に関する詳しい記録
が残されている(Easteal, 1981)。
近年、生物多様性保全の観点から、移入されたオオヒキガエルが問題視されている
が、移入・定着してから数十年以上を経ている地域が多く、駆除事例は多くない。グ
アムでは、根絶を目的とした駆除が試されたが、成功しなかった例がある(太田英利,
私信)オーストラリアでは、北東部に意図的に放されたものが分布を拡大し、熱帯域
の全域に拡がりつつある。これとは別に、 1974 年に、ダーウィンで高校教師が 11
匹のオオヒキガエルを過失により逃がした。これらの個体を発見するため、州では各
機関が連携し対策組織を作り、オオヒキガエルのポスターを配布したり、種の識別と
注意喚起のためにラジオで鳴き声を流すなど、広く市民に協力を呼びかけた。一部の
個体は回収されたが全頭を捕獲するには至らなかった(Tyler, 1989)。
沖縄県西表島では、平成13年度より環境省によってオオヒキガエル対策事業が継続
的に実施されている(自然環境研究センター, 2003)。同島にはもともと本種が生息
していなかったが、2000年から2001年にかけて石垣島より非意図的に導入されたと思
われるものが10個体あまり見つかり、同事業が実施されることとなった。同事業は、
環境省西表野生生物保護センターを拠点として、次の3つの柱に沿って実施されてい
る。
①監視調査
地元住民からなる「オオヒキガエル監視調査員」が、止水や集落内、港の周辺
を定期的に見回っている。2002 年2月から 2003 年9月までに延べ 37 人によっ
て約 1,300 回の調査が行われ,加えて住民からの情報をもとに4個体のオオヒキ
ガエルが捕獲された。
②移入経路調査
西表島におけるオオヒキガエルは、石垣島から何らかの物資に紛れて非意図的
に入ってくると考えられる。多くの物資を使用する公共事業に着目し、事業の実
施場所や種別、実施の時期等を把握し、量的に多い物資、オオヒキガエルが潜み
うる物資を推定した。公共工事で使われるコンクリート製品や石,砂利,植木,
また工事で使うベニヤのパネルなどに紛れている可能性が高いと考えられた。
③普及啓発活動
地元住民にオオヒキガエルについての正しい理解を促すため、在来種とオオヒ
キガエルとの識別方法をまとめた「オオヒキガエル識別マニュアル」を全世帯に
配布した。またオオヒキガエルへの注意を促すポスターを作り、本種の鳴き声の
4 − 84
テレホンサービスを実施した。西表島と石垣島で、オオヒキガエルと外来種をテ
ーマにした講演会を実施した。
害虫駆除を目的としたオオヒキガエルの移入は 150 年以上も前に開始され、広い
範囲に定着している。一方、在来の生物多様性に及ぼす影響が懸念され、対策が講じ
られたのはせいぜい過去 30 年であり、少数の個体が持ち込まれて個体群の形成され
る過程を阻止した、いわゆる初期対応の事例は知られていない。この点で、西表島に
おける対策事業は外来種に対する初期対応事例として、大きな意義を有するといえる。
※弟島におけるウシガエルの生息状況
弟島では北米原産の外来種ウシガエル Rana catesbeiana が定着していることが知ら
れている。鹿ノ浜を中心とする弟島の北部を踏査し、本種の分布状況を把握し個体の
捕獲を実施した。各地点の水域環境及び確認状況は以下のとおりである(図 4-32)。
a.弟島大池(北緯 27 度 10 分 41.7 秒、東経 142 度 11 分 30.9 秒)
下記のガジュマル池の南側に位置する、弟島で最も大きい池である。長径 25 m、短
径 12 m、水深 20cm 程度の楕円形の池で、岸辺は土でなだらかである。池の周囲にシ
ュロガヤツリが密生するが、水際線は土であった。底質はシルトで、水は濁っている。
池は樹木等に覆われず、周囲は草原、森林である。
4 − 85
●
●
●●
図 4-32.弟島におけるウシガエルの確認地点
4−86
10 時から 15 時にかけて1人で捕獲作業を行った。疑似餌を用いた釣りを試みたが
反応がなかったため、かがんで水底を探り手掴みにする方法に切り替え、6個体のウ
シガエル成体が捕獲され、死体1個体が取得された(表 4-14)。本種の幼体、幼生や卵、
他の両生類は確認されなかった。
表 4-14.弟島で捕獲されたウシガエルの性別と体サイズ
捕獲時刻
捕獲場所
性別
頭胴長 mm
体重 g
備考
9:30
弟島大池
雌
140.2
251.5
死体で取得。胃内容物なし
10:40
弟島大池
雌
133.9
262.7
胃内容物オカヤドカリ 1
11:10
弟島大池
雌
11:35
弟島大池
雄
139.7
248.6
胃内容物あり
14:20
弟島大池
雄
145.7
281.5
胃内容物なし
14:50
弟島大池
雄
142.1
310.5
胃内容物なし
15:00
弟島大池
雌
130.9
262.7
胃内容物なし
撮影中に逃亡。胃内容物なし
b.ガジュマル池(北緯 27 度 10 分 43.8 秒、東経 142 度 11 分 30.5 秒)
鹿ノ浜の船着場近くに位置する池である。直径 10 m、水深 10cm 程度のほぼ円形の
池で、岸辺は土でなだらかである。水際線は土及び石灰岩の岩盤であった。底質はシ
ルトで落葉が堆積し、水は濁っている。池は石灰岩に生育するガジュマルの大木に覆
われ、あまり日光が差さない。周囲は草原、森林である。
9:30 から 10:00 にかけて、手網を用いて2人で調査した。この時、ウシガエルは確
認されなかった。15:25 に再びここを通ったところ、ウシガエルと思われる動物1個体
が水面を泳ぐ姿が確認された。この個体は捕獲できなかった。
c.広根山小池①(北緯 27 度 10 分 25.9 秒、東経 142 度 11 分 46.9 秒)
鹿ノ浜から広根山の東麓を越え、橋から左に 150m の所に位置する池である。ほと
んど水のない沢の、窪地状になった部分で、水面は4× 1.5 m、水深 10cm ほどである。
岸辺は土と小礫で、沢の上流側を除けばなだらかである。水面の上部は樹木に覆われ
ず、周囲は草原でシュロガヤツリがある。水は黒く見える。降雨時には沢全体に水が
流れると思われる。
11:30 頃に調査をした。近づくとウシガエルらしき動物が水音を立てて潜ったが、捕
獲はできなかった。トゲナシヌマエビが確認された。
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d.広根山小池②(北緯 27 度 10 分 25.9 秒、東経 142 度 11 分 47.7 秒)
広根山小池①から 30 mほど離れた所に位置する。水面は2×2m、水深 30cm ほど
である。岸辺は土でなだらかである。水面の上部は樹木に覆われず、周囲は疎林でシ
ュロガヤツリがある。水は黒く見える。
11:40 頃にウシガエル成体1個体が確認されたが捕獲はできなかった。他にトゲナシ
ヌマエビ、イトトンボの一種などが確認された。
ウシガエルは、オオヒキガエルと並んで IUCN の「世界の外来種ワースト 100」に
リストされており、トンボ類をはじめとする在来種に対する影響はきわめて大きいと
推測される。ただし、小笠原諸島では分布域、生息地点とも限定されており、現在で
あれば小さい労力で全数を排除することが可能と思われる。
捕獲に際しては、巻網等で池を仕切りながら1個体ずつ手掴みにする方法が考えら
れる。今回は昼間の捕獲のみであったが、夜間に作業を行えばさらに効率よく捕獲で
きると思われる。
<参考・引用文献>
自然環境研究センター, 2003. 平成 14 年度西表島移入種対策事業(オオヒキガエル)調査
報告書. 57pp.
草野保・福山欣司ほか. 1990-1991. 第2次小笠原諸島自然環境現況調査報告, 189-196
松田正文・前田憲男. 1999. 改訂日本カエル図鑑. 文一総合出版
松本行史・松本忠夫ほか. 1984. 日本生態学会誌,34:289-297
松本行史・松本忠夫・宮下和喜. 1979. 小笠原諸島自然環境現況調査報告書 1:65-75
Easteal 1981. The history of introduction of Bufo marinus (Amphibia : Anura) ; a
natural experiment in evolution. Biological Journal of the Linnean Society 16
: 93-113
Tyler, 1989. Australian Frogs. Reed Books.
Zug & Zug. 1979. The Marine Toad, Bufo marinus : a natural history resume of native
populations. Smithonian Contributions to Zoology 284 : 1-58.
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写真 4-10.産卵するオオヒキガエル
(父島・八ツ瀬川)
写真 4-11.オオヒキガエルの卵紐
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写真 4-12.オオヒキガエルの幼生
写真 4-13.父島・北袋沢における生息地
4−90
写真 4-14.父島・中海岸における生息地
写真 4-15.母島・大谷川における生息地
4−91
写真 4-16.弟島で捕獲されたウシガエル
写真 4-17.弟島におけるウシガエルの生息地(弟島大池)
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4−4
調査結果のまとめと今後の課題
以上の調査結果及びこれまで収集した専門研究者の知見(平成 14 年度小笠原地域自然再
生推進調査報告書(日本林業技術協会,2002)及び本報告書添付資料1を参照)より、今後、
外来動物種対策実施へ向けて行うべき調査項目等を整理した。
(1)動物種別の対策
1)ノヤギ
①目標
ノヤギについては、その影響範囲・回復の困難さから、最終的には国内外で事例の
ある全頭排除が目標となるものと考えられる。これには 10 年単位の長期的な事業計画
と展望が必要となる。そのための事業計画へ向けての、事業実施主体・実施体制の整
備・排除手法・モニタリング体制等、具体的な検討を早急に開始する必要がある。
地域的な優先順位は、これまで捕獲が行われず、裸地化が進行しており、希少植物・
陸産貝類が多く分布する兄島で高いものと考えられる。そのため、特に兄島での事業
計画の即地的な検討を行う必要がある。
また、排除作業が 10 年以上の長期間にわたることに鑑み、その間の希少植物などへ
の食害を防ぐため、希少種が集中するなど一定の地域からノヤギを排除する保護柵等
の対策が必要となる(希少植物の個体レベルの排除区は既に一部で実施されている。
希少植物の個体群レベルでの保全を目標とする)。このため、ノヤギの食害の影響が懸
念される希少植物種が多く分布し、面積が大きく地形も複雑なため、全島駆除も難し
いと考えられる父島での設置を検討する必要がある。
②必要な検討事項
a.個体数レベルを示す指標(及びその開発、評価手法)
b.個体群動態
c.有効な捕獲手法・体制
d.モニタリング手法
e.植物保護柵設置のための、父島でのノヤギ食害希少種の分布状況
③調査項目
a.いくつかの個体数推定手法の併用による、個体数指標の比較と妥当性の評価
→船上カウント、糞粒カウントと踏査の併用による密度レベルの把握調査
b.捕獲個体の分析(下記の試験捕獲の際のサンプルを利用する)
4-93
c.捕獲手法の即地的検討と試験捕獲・捕獲の持続のための体制検討
d.植物相・植生のモニタリングのためのノヤギ排除区と対照区とを設定し、食害状況
と植生の回復状況を比較・検討する。
e.特に父島における希少種に関する既存の分布データ(1986,1998)を、現地有識者
の情報で補正し、希少種保護のためのノヤギ排除区の設定を検討する。
2)グリーンアノール
①目標
現在のところ、有効な排除方法が見あたらない。このため、第一に属島への侵入を
阻止するとともに、長期計画で排除方法の確立を行う必要があり具体的には、効率的
な排除手法(捕獲手法)の改善・開発と移入を阻止するための障壁の開発、加えてモ
ニタリング手法の検証が考えられる。
昆虫類の保護対策として、先ず、現在グリーンアノールが見られず、固有昆虫類の
生息が認められる属島への侵入の阻止を第一に考える必要がある。既に父島・母島で
は激減したこれらの種の存続を図ることを目標とする(次節1))に詳述)。
捕獲手法及び障壁の開発とモニタリング手法の検証の点では、先ず排除区を設定し
て集中的な捕獲を実施することが有効と考えられる。その際、昆虫群集の回復状況の
モニタリング・普及啓発の視点も含め、場所を選定する必要がある。
②必要な検討事項
a.個体数レベル
b.個体群動態
c.属島への侵入防止手法の検討及び試行
d.有効な捕獲方法・移入阻止方法
e.排除区
f.モニタリング手法
g.グリーンアノールによって危機に瀕している昆虫群の保全
③調査項目
a.,b.これらは、標識再捕獲法による個体数推定及び大腿骨による年齢査定などの手
法により国内研究機関において研究中なので、それらの知見を活用する。
c.他種、他地域における移入阻止事例などを参考にしながら、属島への侵入防止対策
を検討するとともに、港湾周辺部などの一定地域で継続して捕獲・生息状況調査を行
う。
d.引き続き、直接捕獲、誘引などの方法を、地域条件・季節・天候などの条件と組み
4-94
合わせ、有効性を比較する。また、グリーンアノールの侵入を妨げる「障壁」の開発
を試行する。同時に有効と考えられる、トラップの開発に努める。
e.f.上記の障壁・捕獲手法の実効性試験を兼ね、一定地域で継続して捕獲を行い、個
体数レベルの変化を比較する。また、餌となる昆虫類の定量的な把握を、樹上性昆虫
を中心に実施する。
g.グリーンアノールの影響により絶滅のおそれのある種群、地域個体群等については、
生息情報の収集、保全の手法についての検討を行う必要がある。
3)オオヒキガエル
①目標
繁殖可能な止水域がせいぜい 100 箇所未満と、長期間かければ父島・母島での全島
的な排除達成の可能性(投入努力量(前節参照)に依れば蓋然性)がある。そのため
具体的な対策手法の確立と、優先的に対策に着手すべき地域を選定する必要がある。
優先順位が高い地域での対策手法の実証試験と、そこでの(「事業」としての)排除を
並行して進めることが効率的と考えられる。
また、グリーンアノール同様、属島への侵入についても阻止する必要がある。
②必要な検討事項
a.個体数レベル
b.個体群動態
c.有効な排除手法
d.排除の地域的優先順位
e.属島への侵入対策
f.モニタリング手法
③調査項目
a.,b.一定地域でのセンサスと捕獲を行い、個体サイズ等の分析を行う。
c.繁殖の可能性がある止水域で、排除柵とトラップを併用し、どれだけの個体が繁殖
を阻害されているかを把握する。
d.特に侵入が遅かった母島南部において餌となる地表性昆虫の現状を把握し、排除を
実施する止水の優先順位をつける。ここにおいて c.を実施する。
e. 他種、他地域における移入阻止事例などを参考にしながら、属島への侵入防止対策
を検討するとともに、港湾周辺部などの一定地域で継続して捕獲・生息状況調査を行
う。
f. c.,e.と並行して、捕獲個体の繁殖状況・栄養状態等を把握するとともに、一部サ
4-95
ンプルにより胃内容物の同定を行い、昆虫相への影響とその変化を把握する。
4)その他の外来種
①目標
外来種の侵入が少ない島について、本土・小笠原諸島内他島からの人為的持ち込み
を防止する。特に、調査・捕獲作業の際の持ち込みを防止するため、厳密な規範を作
成し、実行の可能性を検討する。特にニューギニアヤリガタリクウズムシは、直接固
有種等を捕食するなど影響が大きいため、留意する必要がある。
②必要な検討事項
a.留意すべき種群
b.留意すべき物資・用具等
c.規範の作成とその実行可能性、規範の程度、リスク。
d.モニタリング
e.外来種によって危機に瀕している動物種の保全
③調査項目
a.本調査で明らかになった外来種及び関連しそうな種(群)を幅広くリストアップする。
b.上記の種の個体・種子等が付着・侵入する可能性のある、物資等を一覧する。
c.上記、物資ごとに、チェック項目を検討・作成するとともに、実施可能性(コスト
面を含め)を、各方面(輸送関係・観光関係など)に諮り検証する。また、外来種持
ち込みのリスクが高い島(兄島など)について、立入禁止の可能性を検討する。
d.侵入を監視する手法を開発する。監視は本土からの到着地・諸島内移動への出発地
(二見港など)と属島での上陸地周辺の両方で実施する必要がある。効率的なトラッ
プなどのチェックシステム開発が重要と思われる(一部前述)。
g.ニューギニアヤリガタウズムシの影響を受けているチチジマカタマイマイ等陸産貝
類など、外来種の影響により絶滅のおそれのある種群、地域個体群等については、生
息情報の収集、保全の手法についての検討を行う必要がある。
(2)外来動物種排除にあたっての配慮事項
1)実施主体と合意形成
前節までの検討の結果、各実施・調査項目は対策の実効性を確認するため必要と
なるが、「事業」としての実施にあたっては、実行主体・土地所有者・関連行政機関
の合意が不可欠なものと考えられる。例えば、希少植物の個体単位のノヤギ食害防
4-96
止のための措置(現在行われている漁網、ロープ設置など)は、植物保護の実施・
管理を行う団体と個別の土地所有者との合意で進めることが出来るが、個体群単位
以上の面積となれば、一定、行政機関による調整が必要となる場合がある。従って、
対策を検討するにあたっては、実施主体と関連する個人・団体・法人の関わり方を
整理し、合意形成する枠組みが必要となると考えられる。
また、地域住民が、「環境保全・自然再生」において重要な役割を果たすため、計
画段階からの事業内容の開示、科学的な情報の提供など、事業実施にあたっての情
報の公開等に努める必要がある。
2)生態系の反応
外来種排除のための対策は、その対策が生態系へ与える影響をたえず把握し、計画
を修正していく必要がある。対策の過程で他の外来種を持ち込む結果になってはなら
ないし、群集動態を考慮したモニタリングを行う必要がある。特に小笠原では、ノネ
コ−クマネズミ関係、オガサワラノスリ−グリーンアノール・オオヒキガエル関係に
おいて、外来種を組み込んだ食物連鎖があることが指摘されており、モニタリングの
視点・手法を計画の一部に含まなければならない。そうした点について、広く知見を
求めるとともに、研究レベルの取り組みとも連携する必要がある。
4-97