修士論文 Josephson charge qubit を用いた量子コヒーレンスの実験 東京大学大学院 理学系研究科 物理学専攻 86037 指導教員 児玉 高明 勝本 信吾 教授 2010 年 1 月 3 目次 第 1 章 序論 1.1 本研究の動機 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 1.2 研究の背景 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 1.2.1 マクロ量子効果 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 1.2.2 Cooper pair box における MQC . . . . . . . . . . . . . 1.2.3 SQUID によるジョセフソンエネルギーのコントロール 1.2.4 Josephson charge qubit . . . . . . . . . . . . . . . . . 1.2.5 散逸による系の古典化 . . . . . . . . . . . . . . . . . . 1.2.6 超伝導-絶縁体転移を用いた実験 . . . . . . . . . . . . . 1.2.7 本研究室でのこれまでの研究結果 . . . . . . . . . . . . 1.3 本研究の手法 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 第 2 章 試料作製と測定方法 2.1 使用した試料 . . . . . . . . . . . 2.1.1 使用した二次元電子系基板 2.1.2 試料の作製 . . . . . . . . 2.2 測定方法 . . . . . . . . . . . . . . 2.2.1 測定装置 . . . . . . . . . . 2.2.2 測定系 . . . . . . . . . . . 第3章 3.1 3.2 3.3 3.4 3.5 3.6 3.7 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 結果と議論 JCQ のゲート特性 . . . . . . . . . . . . . . . . . JCQ の高周波特性 . . . . . . . . . . . . . . . . . JCQ の磁場特性 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . JCQ-2DEG の結合特性 . . . . . . . . . . . . . . . 高周波の振幅変調とロックインアンプによる測定 分散関係 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . JCQ の 2DEG 電流と温度による特性 . . . . . . . 第 4 章 総括 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 5 5 6 6 6 10 12 17 20 23 25 . . . . . . 27 27 28 28 32 32 33 . . . . . . . 37 37 40 42 45 47 50 55 59 5 第 1 章 序論 1.1 本研究の動機 微視的世界を記述する上で量子力学の確率論的解釈は非常な成功を収めた. それでは量 子力学は微視的世界ばかりではなく, 決定論的な方程式に従うと思われてきた巨視的な系 に対しても適用されるものなのだろうか?これは, 単に自由度の数で表現される巨視性が上 がることで, 古典力学的世界における量子力学特有の変数の揺らぎや, 干渉効果を見かけ上 消して, 量子力学の一部として古典力学を含めることができるか?という問いかけである. この問題の底にあるのは, いわゆる「シュレディンガーの猫」のパラドクスである.それ は微視的な自由度との量子絡み合い状態を作れば, このような巨視的な自由度間でも量子 力学的な重ね合わせ状態が出現しなければならない, というものである.現実には生きて いる猫と死んでいる猫との重ね合わせ状態は存在しないのであるから, 絡み合い状態を作っ ていく過程のどこかで, 単純な平均化操作以外の機構によって素朴な量子力学の破綻が生じ ていることになる.これが「量子デコヒーレンス」であり本研究が対象とする現象である. この問題は「Kramers 問題」とも呼ばれ長く研究されてきた.1981 年には CaldeiraLeggett らによってマクロ量子トンネル現象が無限大の自由度を持つ環境と量子絡み合い (エンタングルメント) を生じることで, デコヒーレンスを起こし, 系を古典化させてしまう という理論が提唱され [1], これについて Voss と Webb が実験を行い [2] 観測されたことに なっているが大変微妙な実験であり, その後明瞭な追試, あるいは類似の実験はメジャーな レポートとしては報告されていない.この後, 更に Chakaravarty により Caldeira-Legget モデルをマクロ量子コヒーレンス現象 (MQC) に適用した場合, 散逸の強さがある閾値を超 えると相転移的に MQC が押さえられるという理論が発表された [3].これに対して二次元 ジョセフソン接合列の超伝導-絶縁体転移が物理的に密接な関連を持っているという説があ り, 実験も広範囲・精力的に行われてきた [4]∼ [11].しかしながら, 超伝導-絶縁体転移そ のものは大変重要な物理学上のテーマであるが, 量子デコヒーレンス問題との関連は必ず しも明瞭ではない. 一方, 近年量子コンピュータの基本素子量子ビット (Qubit) の必要条件として, コヒーレ ンスを長時間保つということが要求されており, 量子デコヒーレンスはこれと直接関係す る.従って, 量子ビットと見なされる系において量子デコヒーレンスがエネルギー散逸に よってどのように引き起こされるかということを実験的に調べることは, 超伝導絶縁体転 移よりも更に直接的に上記の問題に対してアプローチすることになる. そこで本研究室では以前より Josephson charge qubit(JCQ) を用いて散逸によるマクロ 量子コヒーレンスへの影響を調べてきた. この実験については本章後半において詳述する が, この実験により JCQ の二準位系においてマクロ量子コヒーレンスを実現することを確 認し, 二次元電子ガス (2DEG) がデコヒーレンスを起こすような散逸源となることがわかっ た.一方, この実験では 2DEG による散逸の量を連続的に変化させ, 与えることができない という課題が残った. 今回の研究ではこの点を改善し連続的に散逸の量を変化させることにより系のコヒーレ 第1章 6 序論 ンスを破り系の量子から古典への転移を観測することを目的としている. 1.2 研究の背景 この節では, 研究の理論的な背景を述べる. まずマクロ量子効果に関して簡単に触れ, 本 研究で用いられる Josephson charge qubit(JCQ) においてマクロ量子コヒーレンスを実現 させる方法, そして散逸の効果によりデコヒーレンスが生じるとされている機構について 述べる. 1.2.1 マクロ量子効果 ある系において量子効果が重要な働きを担うかどうかは, 問題にしている力学過程の作 ∫ 用 S = dtL が ~ に比べて大きいかどうかによる. 作用の方が ~ より大きければ古典的に 記述しても ”良い近似 ”となり, 小さければ量子論を用いる. 古典的に記述しようとするな らば ~→ 0 と仮想的な古典極限をとるか, 作用を大きくするかである. マクロな系を自由度 N が大きな系とすると, 作用は自由度の数と共に大きくなる示量変 数であるので,N → ∞ とマクロ極限をとったようなマクロな系では量子的な揺らぎは抑え られ, 古典的な描像で表される. 以上のように, 自由度を大きくすることで古典力学を量子力学に含めようとするならば, ある程度の自由度が大きくても量子的な干渉を持つはずである. このような多数の自由度を 持つ変数をマクロ変数とよび, その揺らぎにより起こる効果, 例えばマクロ量子トンネル効 果 (MQT) などを総じてマクロ量子効果とよび, 実験により確かめられている [2], [17]. 本 研究ではこのマクロ量子効果のうちマクロ量子コヒーレンス (MQC) を用いて行う. これは 丁度, 二重井戸の縮退した準位間に起こるコヒーレンスをマクロな系に移したようなもの である. 次節で MQC を実験的に実現させる方法を説明する. 1.2.2 Cooper pair box における MQC MQC の観測を実現できるメゾスコピック系として Cooper Pair Box (CPB) がある.CPB は図 1.1 のように小さな電極 (クーロン島) にジョセフソン接合を介して電極がついており, ゲート電圧によってクーロン島中の安定なクーパー対数を変化させるものである. 図 1.1: Cooper pair box の模式図 クーロン島中のクーパー対数は単電子帯電効果によって安定化される.単電子帯電効果 とは, クーロン相互作用によってトンネルが抑制される現象である. 接合の静電容量が小さ く, 電子 1 個が移動するのに必要な帯電エネルギー EC = e2 /2C が背景熱エネルギー kB T より大きくなることによりランダムな電子の移動が抑制される. これをクーロンブロッケー ドという. クーロンブロッケードの現象そのものは, 金属微粒子における電気伝導の異常と 1.2. 研究の背景 7 して古くから知られているが, リソグラフィー技術を用いて作製された 2 重微小トンネル接 合によって単電子帯電効果を観測したのは,Fulton と Dolan が初めてである [18]. 単電子帯 電効果-クーロンブロッケードの詳細については 1.2.4 節で述べ, 本節では, 帯電エネルギー を式 (1.9) とし, クーロン島中の電子数あるいは電子対数を離散化することで自然に導入す る.背景熱が十分低いところでは, クーパー対あるいは準粒子はトンネル効果でのみ接合 を透過してクーロン島に出入りすることができ, クーロンブッロケード (あるいはゲート電 圧によるその解除) により移動は制御される.CPB は最初の状態 |N = 0i とクーロン島に クーパー対を一つ足した状態 |N = 1i とのちょうど中間の状態をとるようにゲートによっ て制御することで, 粒子数空間において二準位系を形成できる. 以下 CPB を構成するジョ セフソン接合について述べた上で CPB について説明する. まず単一ジョセフソン接合について考える. この接合を流れる電流 I は I=C dV = IC sin θ − Iext dt (1.1) である. 右辺の第一項はジョセフソン電流 (IC は臨界電流,θ は超伝導体の位相), 第二項は準 粒子による電流である. これをジョセフソンの加速方程式 V =− ~ Φ0 θ̇ = − θ̇ 2e 2π (1.2) を用いて書き換えると C Φ0 θ̈ + IC sin θ − Iext = 0 2π (1.3) 0 となる. この式はマクロ変数 θ 空間をポテンシャルから変調を受けながら質量 C Φ 2π で運動 する物質の運動方程式と考えることができる. 先程の MQT や MQC といったマクロ量子効 果はこのマクロ変数空間での量子効果と捉えることができる. 一方, 式 (1.3) がオイラーラグランジュ方程式となるようなラグラジアン L として L= 1 C~2 2 Ic ~ ~ cos θ + Iext θ θ̇ + 2 4e2 2e 2e (1.4) を考えることができる. 運動エネルギー K, ポテンシャルエネルギー U は 1 C~2 2 1 θ̇ = CV 2 , 2 4e2 2 Ic ~ ~ U =− cos θ − Iext θ 2e 2e K= (1.5) (1.6) となる.θ の正準共役量は π= ∂L ~Q C~2 θ̇ = − = ~N = 2 4e 2e ∂ θ̇ (1.7) となり, この系を直接量子化するためには位相 θ とクーパー対の数 N との間に交換関係 [θ, π] = i~ (1.8) を導入すればよいことがわかる. 帯電エネルギー Ec とジョセフソンエネルギー Ej を Ec = とすれば古典ハミルトニアン H は (2e)2 , 2C Ej = Ic ~ 2e (1.9) 第1章 8 H = π θ̇ − L Ec Iext = 2 π 2 − Ej cos θ − Ej θ ~ Ic である. 交換関係 (1.8) により正準量子化しシュレディンガー表示すると ( ) d2 Iext ~ d 1 d θ, π = H = −Ec 2 − Ej cos θ − Ej , N= dθ Ic i dθ i dθ 序論 (1.10) (1.11) (1.12) となる. 確認のため, エーレンフェストの定理にもとづき, ハイゼンベルグ方程式を古典化 すると先程のジョセフソン加速方程式 θ̇ = i 2e [H, θ] = − V ~ ~ (1.13) と接合を流れる電流の式が得られる. i ~ [H, π] = −Ej sin θ + Iext ~ 2e I = Ic sin θ − Iext . π̇ = (1.14) (1.15) 次に CPB について考える. 低温では準粒子による寄与は無視できるとする.CPB のラ グラジアンは式 (1.4) から外部電流の項を除き, ゲート電極に関する項を付け加えたもので, 1 1 L = Cj Vj2 + Ej cos θ + Cg (Vg − Vj )2 2 2 と表される. これより正準共役運動量は ( )2 ∂L ~ ~ π= = (Cj + Cg )θ̇ + Cg Vg 2e 2e ∂ θ̇ (1.16) (1.17) である. ここでクーロン島の余剰電荷(ニュートラルな状態からの差)Q は, ジョセフソン 接合電荷を Qj , ゲート電荷を Qg として, 式 (1.13) を使い, Q = Qj − Qg (1.18) = (Cj + Cg )Vj − Cg Vg = − =− ~ (Cj + Cg )θ̇ − Cg Vg 2e 2e π = −2eN ~ (1.19) (1.20) と表される.N はクーロン島における余剰クーパー対の数である. これとゲートによるクー パー対の数量変化 Ng = Cg Vg /2e でハミルトニアンを表せば H = π θ̇ − L = Ec (N − Ng )2 − Ej cos θ, Ec = (2e)2 2(Cg + Cj ) (1.21) (1.22) (1.23) とかける. ここで帯電エネルギーがジョセフソンエネルギーより大きい Ec Ej の場合を考える. 余剰クーパー対空間を張る基底は · · · , | − 2i, | − 1i, |0i, |1i, |2i, · · · と整数で書けることに 1.2. 研究の背景 9 注意する.Ng が領域 N − 1/2 < Ng < N + 1/2 にいて, 境界より十分遠い場合は, ジョセ フソン接合のクーパー対のトンネルはクーロンブロッケードにより抑制され, クーロン島 におけるクーパー対の数 N の変化も抑制されている. ゲート電圧を変化させて Ng が例え ば N + 1/2 に近づくと, ここは,|N i と N + 1i の縮退点であり, トンネルによる N の揺ら ぎが問題となる. 以上のように, トンネル確率の低い接合を持つ CPB の場合,N を量子数に取ることが便 ∑ 利なことが多い.一方, 式 (1.22) は θ 表示のハミルトニアンである.そこで, |N ihN | = 1 と 1 eiθ + e−iθ |N i = (|N + 1i + |N − 1i) (1.24) cos θ|N i = 2 2 を使って N 表示で表すと H= ∑ 1 [Ec (N − Ng )2 |N ihN | − Ej (|N ihN + 1| + |N + 1ihN |)] 2 (1.25) N ∈Z となる. この第二項が非対角項として準位間反発を生じ, エネルギー分散関係は図 1.2 のよ うになる. 図 1.2: エネルギー分散関係. 各放物線の重なるところでギャップが Ej だけ開く.Ej = 0 と なる Ej の最小値では古典的な場合と同じく重なっている. ゲート電圧 Vg により Ng = N + 1/2 とすると |N i と |N + 1i は縮退し二準位系を形成 する. そこで, 縮退点 Ng = N + 1/2 の周りで考えることとし, 以下 |N i = (1, 0)t ≡ |0i と |N + 1i = (0, 1)t = |1i 以外の状態はエネルギーが高いので無視して議論する. この場合, 第1章 10 序論 式 (1.25) のハミルトニアンは 1 H = Ec [Ng2 |0ih0| + (1 − Ng )2 |1ih1|] − Ej [|0ih1| + |1ih0|] ( ) ( 2 ) 2 Ej Ng 0 0 1 = Ec − 2 0 (1 − Ng )2 1 0 1 = −Bz σz − Bx σx 2 (1.26) (1.27) (1.28) となる. ただし, Bz = Ec (1 − 2Ng ), Bx = Ej (1.29) とした. 縮退により分裂したエネルギー固有値と結合状態と反結合状態の固有状態は 1√ 2 1√ 2 E+ = − Bx + Bz2 , E− = + Bx + Bz2 , (1.30) 2( ) 2 ( ) α α |−i = cos |0i + sin |1i, (1.31) 2 2) (α (α) |+i = cos |1i − sin |0i (1.32) 2 2 である. ここで, −1 α = tan [ Bx Bz (Ng ) ] (1.33) とおいた. エネルギーギャップは結合状態, 反結合状態のエネルギー固有値の差 Ej で表される.Ej はトンネル確率などに依存し, ジョセフソン接合の大きさや酸化膜の厚さなどで変化させ ることができるが SQUID(Superconducting QUantum Interference Device) を用いて連続 的に変化させることが可能である. 1.2.3 SQUID によるジョセフソンエネルギーのコントロール この節では SQUID によってジョセフソン接合のジョセフソンエネルギーを変化させる ことについて考察する. 図 1.3 のようなジョセフソン接合を二つもつ SQUID を考える. 図 1.3: SQUID の模式図 超伝導体をリング状にするとリング中央を通る磁束が量子化されることから確認する. 確率密度の保存式 ∂ |Ψ|2 = −∇ · j ∂t (1.34) 1.2. 研究の背景 11 より得られる確率密度の流れの式を, ベクトルポテンシャルを A とした時の磁場中のクー パー対 (質量 2m) のハミルトニアン H= 1 (p + 2eA)2 2 · 2m (1.35) とシュレディンガー方程式を使って求めると, j= 2e ~ (Ψ∗ ∇Ψ − Ψ∇Ψ∗ ) − A|Ψ|2 2ı · 2m 2m (1.36) となる. いま, 電子対の秩序パラメタ (マクロ波動関数) を2乗振幅 ρ と位相 θ とで Ψ= √ ρ exp(ıθ) (1.37) と書き,ρ は空間座標に依存しないとすると, 電流 ej は ( ) 2e e2 ~ ρ ∇θ − A ej = 2m ~ (1.38) となる. 今, リングは磁場の侵入長よりも十分に太いとすると, リングの軸中心では j = 0 な ので ∇θ = 2e A. ~ (1.39) これをリング中心線 C にそって1周線積分するとストークスの定理により I I ∫ 2e 2e 2e ∇θ · dl = A · dl = B · dσ = Φ. ~ S ~ C C ~ (1.40) ここで,dl は C に沿う線要素ベクトル,S は C の囲む2次元的領域,dσ は S の垂直面要素ベ クトル, B は磁束密度,Φ は S すなわちリングを貫く全磁束である. クーパー対波動関数の空間的一価性に起因する超伝導秩序パラメタの空間的一価性よ H り,C を1周した時の全位相変化 ∆θ = ∇θ · dl = 2πn とすると ( ) h Φ = nΦ0 Φ0 ≡ , n は整数 (1.41) 2e とリングを貫く磁束が量子化されることがわかる. SQUID のジョセフソンエネルギーは各接合のエネルギーの和で Eeff = − Ej θ1 + θ2 θ1 − θ2 (cos θ1 + cos θ2 ) = −Ej cos cos 2 2 2 (1.42) である.ただし, 各接合のジョセフソンエネルギーをそれぞれ Ej /2 とした. そこで, δ = θ1 − θ2 = 2π Φ , Φ0 θ= θ1 + θ2 2 (1.43) とおくと Eeff = −Ej cos δ cos θ 2 (1.44) と書ける. SQUID を通過する電流 I と SQUID を回る電流 Iloop は Ic δ 2e ∂E = (sin θ1 + sin θ2 ) = Ic cos sin θ ~ ∂θ 2 2 I1 − I2 2e ∂E Ic Ic δ = = = (sin θ1 − sin θ2 ) = sin cos θ 2 ~ ∂δ 2 2 2 I = I1 + I2 = Iloop (1.45) (1.46) 第1章 12 序論 となる. これは SQUID 全体を πΦ (1.47) Φ0 の臨界電流を持つジョセフソン接合と見なせることを示す.単一接合の場合のジョセフソ ンエネルギー - 臨界電流の式 (1.9) より, これは実効的なジョセフソンエネルギーが IC (Φ) = Ic cos EJ (Φ) = Ej cos πΦ Φ0 (1.48) のように, 磁場によって制御可能であることを意味している.そこで,CPB の単一ジョセフ ソン接合の代わりに SQUID を使用すれば, 外部磁場を利用して Ej を制御可能な系が形成 できることになる. 1.2.4 Josephson charge qubit クーロン島 実験上は,CPB の「量子ビット」としての状態を検出するための「検出器」が必要である. そこでクーロン島にプローブ用の電極をつけ, そこを流れる準粒子を分光法により調べること で量子ビットの状態を調べることを考える. SQUID 側の接合をクーパー対でトンネルし, プ ローブ用の接合を準粒子二つでトンネルする過程が安定的に起こることを Josephson-quasi particle current cycle(JQP cycle) とよぶ. 図 1.4. 図 1.4: Josephson charge qubit の模式図 プローブ用の接合を新たに作ったことで,CPB は二重トンネル接合を持つ形になり超伝 導単電子 (クーパー対) トランジスタ (S-SET) のように振舞う.S-SET は二重トンネル接合 によって, 中間電極における単電子帯電効果を利用した素子である. 単電子帯電効果につい てはここまでにもすでに触れてきた.これは帯電エネルギーを式 (1.9) で導入し, クーロン 島の電子対数を離散化することで導入した.本節では S-SET 構造化することで, ソース・ ドレイン電圧も重要なパラメタとなるため, やや実際の回路に近い形で詳しく見ておく. トンネル接合に隔てられて周囲から孤立した中間電極を考える. 中間電極はトンネル接 合 1, 2, · · · , N (静電容量 C1 , C2 , · · · , CN ) を介して, 定電圧電源 Vi (i = 1, 2, · · · , N ) に接続 されている. また, 中間電極上の余剰電子数を n とする. このとき, 中間電極の電位 θ は電荷 のつりあいの式 N ∑ −ne = Ci (θ − Vi ) i=1 より, 1 ∴θ= CΣ ( N ∑ i=1 ) Ci Vi − ne (1.49) 1.2. 研究の背景 となる. ただし,CΣ = 13 ∑N i=1 Ci である. この系の接合に溜まっている静電エネルギーは = 1∑ Ci (θ − Vi )2 2 = 1 ∑∑ (ne)2 Ci Cj (Vi − Vj )2 + 2CΣ 2CΣ N U i=1 i (1.50) j>i と計算される. 次に定電圧電源のする仕事を考える. 例えば,j 番目のトンネル接合を電子がトンネルし て中間電極に入る過程を考える. 式 (1.49) から θ は −e/CΣ だけ変化し,i 番目の接合におけ る電荷は ∆q = −eCi /CΣ だけ変化する. よって i(6= j) の電源のする仕事は wi = − eCi eCi Vi (−Vi ) = CΣ CΣ (∆q だけ Vi → ground (0V) へ) (1.51) である.j の電源は, これの他にトンネルした電子の補償も必要であるから, これに −eVj を 加えた仕事をする. 合わせて ∑ Ci (1.52) wj = e (Vi − Vj ) CΣ i だけの仕事が供給される. クーロン・ダイヤモンド 図 1.5 のような S-SET を考える. 図 1.5: S-SET の回路の模式図. 静電エネルギーは式 (1.50) から,n に依存する項とそれ以外の項に分けられることがわか る. 電子のトンネルによる U の変化は ∆U = U (n ± 1) − U (n) = (1 ± 2n)e2 2CΣ である. ここからは,V1 = 0, V2 = V として本実験と同じ状況を考える. (1.53) 第1章 14 序論 (1) 接合 1 を電子がトンネルする場合 eCg Vg eC2 V2 eC2 V =± , wg± = ± CΣ CΣ CΣ ( ) C2 + Cg C1 − 1 eV1 = ∓ eV1 = 0 w1± = ± CΣ CΣ w2± = ± よって S-SET および電源を含めた系のエネルギーの変化は [ ( ) ] 1 e ± ± ± ± e ∆E1 ≡ ∆U − w1 − w2 − wg = ± n ∓ C2 V ∓ Cg Vg CΣ 2 (1.54) となる. ただし, 添え字の ± は,1 → 2 の方向を正としたトンネルの方向を表す. (2) 接合 2 を電子がトンネルする場合 eCg Vg eC1 V1 w1± = ∓ = 0, wg± = ∓ , C CΣ ) Σ ( C1 + Cg C1 + Cg C2 − 1 eV2 = ± eV2 = ± eV. w2± = ∓ CΣ CΣ CΣ よって S-SET および電源を含めた系のエネルギーの変化は [ ( ) ] e 1 ± ∆E2 = e ∓ n ∓ (C1 + Cg )V ± Cg Vg CΣ 2 (1.55) となる. ここで,n = 0 のときの ∆E > 0 となる領域を考える. Cg e Vg + C2 2C2 Cg e · · · V > − Vg − C2 2C2 Cg e ··· V < Vg + C1 + Cg 2(C1 + Cg ) Cg e ··· V > Vg − C1 + Cg 2(C1 + Cg ) ∆E1+ · · · V < − ∆E1− ∆E2+ ∆E2− 以上を図示すると図 1.6 のようになる.I − Vsd − Vg 特性に見られるこの菱形の形状をクー ロン・ダイヤモンドと呼ぶ. なお, 式 (1.54), 式 (1.55) より電子がトンネルしたときに得るエネルギーを簡潔に書くと Wi± (n) ( )] [ Cg Vg 1 e2 C1 C2 i V − ± (−1) n − = ± CΣ eCi 2 e (1.56) となる. ただし, ここで C1 = C1 + Cg と置きなおした. オーソドックス理論 S-SET を流れる直流電流は, マスター方程式 − − + σ(n)[Γ+ 1 (n) + Γ2 (n)] = σ(n + 1)[Γ1 (n + 1) + Γ2 (n + 1)] (1.57) 1.2. 研究の背景 15 図 1.6: n = 0 のクーロン・ダイヤモンド. より, I = −e ∑ − [Γ+ 1 (n) − Γ1 (n)]σ(n) (1.58) n で与えられる. ここで σ(n) は中間電極内の電荷が n 個の状態である確率であり,Γ± i (n) は電 ± 荷 n の状態において i 番目 (i = 1.2) の接合をトンネルする確率である.Γ± (n) ≡ Γ i [Wi (n)] i は ∫ ∞ 1 ρ(ε)f (ε)ρ(ε + W )[1 − f (ε + W )]dε (1.59) Γi (W ) = 2 e Ri −∞ で与えられる. ここで,f (ε) はフェルミ分布関数であり,ρ(ε) は規格化した状態密度で,θ をヘ ビサイド関数として √ ε2 ρ(ε) = θ(ε2 − ∆2 ) (1.60) ε2 − ∆(T )2 である. オーソドックス理論が適用可能なのは, トンネルという量子現象を半古典的な電子 (ある いは電子対その他の荷電粒子) が確率的に瞬時に移動する現象という近似が成立する場合 である.電子やクーパー対の量子力学的なコヒーレンスを保ったトンネルを考えるときに は, このような古典的な方法に対する補正や, 密度行列の時間発展を量子力学的に取り扱う など異なるアプローチを取ることが必要となる [19]. ジョセフソン-準粒子サイクル ジョセフソン-準粒子 (JQP) サイクルとは,JCQ において片方の接合をクーパー対がトン ネルし, もう片方の接合を 2 回準粒子がトンネルして初期状態に戻るという過程が安定的 に起こり電流に寄与する現象である [20, 21]. クーパー対トンネルは散逸の無い過程であるので, それぞれの接合でクーパー対トンネ ルが可能となる共鳴条件を考えると以下のようになる. 第1章 16 序論 • 接合 1 での共鳴条件 E(n) − E(n − 2) = E1+ (n − 2) + E1+ (n − 1) = 0 ⇒V =− Cg (n − 1)e Vg + C2 C2 • 接合 2 での共鳴条件 E(n) − E(n − 2) = E2− (n − 2) + E2− (n − 1) = 0 Cg (n − 1)e Vg − ⇒V = C1 + Cg C1 + Cg (1.61) クーパー対トンネルに続いてもう片方の接合で準粒子トンネルが起こるためには, トン ネルに際して準粒子を励起することが必要であり, その条件は以下のようになる. • 接合 2 を準粒子がトンネル可能となる条件 E(n − 1) − E(n − 2) = −E2+ (n − 1) > 2∆ [( ) ] e 3 ⇒ n− e + (C1 + Cg )V − Cg Vg > 2∆ CΣ 2 (1.62) • 接合 1 を準粒子がトンネル可能となる条件 E(n − 1) − E(n − 2) = −E1− (n − 1) > 2∆ [( ) ] 3 e n− e − C2 V − Cg Vg > 2∆ ⇒ CΣ 2 (1.63) この時点で系は初期状態に戻っている. このサイクルが安定的に繰り返されるためには, こ の初期状態がクーパー対トンネルが起こるまで維持されなけらばならないので, • 接合 2 を 3 つ目の準粒子がトンネルしない条件 E(n − 2) − E(n − 3) = −E2+ (n − 2) < 2∆ [( ) ] e 5 ⇒ n− e + (C1 + Cg )V − Cg Vg > 2∆ CΣ 2 (1.64) • 接合 1 を 3 つ目の準粒子がトンネルしない条件 E(n − 2) − E(n − 3) = −E1− (n − 2) < 2∆ ) ] [( e 5 ⇒ e − C2 V − Cg Vg > 2∆ n− CΣ 2 (1.65) を満たさなければならない. 式 (1.62), (1.64) に式 (1.2.4) を, 式 (1.63), (1.65) に式 (1.61) を 代入すると, 共に 2∆ + EC < V < 2∆ + 3EC (1.66) を得る. 従って,JQP サイクルによる電流は式 (1.66) の範囲で強く現れることになる. 1.2. 研究の背景 17 系のコヒーレンスの観測 JCQ にて実際にコヒーレンスが実現しているかどうかは図 1.2 のエネルギー分散関係を 分光法により得ることによって確認する. これは中村氏らの研究を参考にした [23, 24]. 具 体的には式 (1.66) の JQP サイクルが強い範囲内に Vsd を固定し Vg をスイープしていくと |0i と |1i の中間の位置(最もトンネルギャップが小さい位置)で JQP ピークが観測され る. ここで高周波を印加しながら同様に測定すると, エネルギーギャップが高周波のエネル ギー hν と同等になる Vg のところで新たな電流ピークが観測される. これは光子助成ジョ セフソン-準粒子 (PAJQP) サイクルと呼ばれ, 光子の吸収・放出によって起こる.JCQ の分 散関係は高周波の周波数を変えながら JQP ピークと PAJQP ピークとの間隔を調べること で求めることができる. そしてコヒーレンスの有無はエネルギーギャップが |0i と |1i の中 間の位置で閉じているか閉じていないかで判断する.図 1.7. |0> |1> |0>-|1> |0>+|1> |0> |1> 図 1.7: エネルギー分散関係と分光法. 左図:高周波によるトンネルにより JQP ピークの隣 に PAJQP ピークが生じる. これを元に右図の分散関係を求める.(a) は EJ が最小のとき,(b) は EJ が最大のときの分散関係を示している. [23] 1.2.5 散逸による系の古典化 MQT に対する Caldeira-Legget モデル 本節では, 量子系と周りの環境との相互作用によりデコヒーレンスが生じる機構 (環境論) について Caldeira-Leggett モデルに立って述べる. 今, 環境体を調和振動子の集合体とし, 相 互作用を線形であると仮定する. 考えている量子系の自由度を q, 環境自由度を xα (α は自 由度の指数), 結合係数を cα とし, ハミルトニアンを H = Hq + Hx + Hint (1.67) 第1章 18 ( )2 dq 1 + V (q) Hq = M 2 dτ ( ) 1∑ dxα 2 1 ∑ Hx = mα + mα ωα x2α 2 α dτ 2 α ∑ Hint = q cα xα 序論 (1.68) (1.69) (1.70) α と書く. M は量子系の有効質量,V は有効ポテンシャル, mα ,ωα は指数 α の環境調和振動 子の質量と調和ポテンシャルパラメタである. 時間発展演算子の qf {xf α } − qi {xiα } 間の行列要素 K は, ( τ ) K(qi , qf ) = hqf , {xf α } | exp − H | qi , {xiα }i (1.71) ~ ] [ ∫ ∫ ∫ ∏ 1 τ 0 dτ H(q, {xα }) (1.72) = Dq Dxα exp − ~ 0 ∫ とかける. ただし, Dx は変数 x についての経路積分を表す.{xi } についての経路を足し 合わせ, 有効作用 Seff を使って ∫ K(qi , qf ) = Dq exp [−Seff /~] , (1.73) Seff = S0 + S 0 , [ ] ( )2 ∫ 1 dq S0 = dτ M + V (q) , 2 dτ ∫ ∫ 1 0 S = dτ dτ 0 µ(τ − τ 0 )[q(τ ) − q(τ 0 )]2 , 2 ) ( ∑ C2 α −ωα |τ −τ 0 | 0 e , µ(τ − τ ) = 4mα ωα (1.74) (1.75) (1.76) (1.77) と書き直す. 相互作用がそれほど強くないとき (S 0 S0 ), S0 [q(τ )] ' S0 [q0 (τ )] + 1 δ 2 S0 [q(τ )] δq(τ )2 , 2 δq 2 (τ ) (1.78) S 0 [q(τ )] ' S 0 [q0 (τ )], と近似でき, 式 (1.71) は ( S 0 [q0 ] K(qi , qf ) ' exp − ~ (1.79) )∫ [ S0 Dq exp − ~ ] (1.80) となる.結果, 量子力学的遷移の確率振幅は環境体との相互作用を考えることで exp(−S 0 [q0 ]/~) の分だけ小さくなる. 繰り込み群方程式による MQC の取り扱い 無限自由度を持つ外部環境との結合を考えるモデルは,MQC へ適用すると, 更に劇的な 現象の理論的予言が引き出される.ここでは, 数学的詳細に立ち入ることは避け, モデルに 立脚した簡単な計算の上で直感的説明を行う.まず, 式 (1.77) の µ をスペクトル関数 J(ω) を用いて ∫ ∞ dω −ω|τ −τ 0 | 0 e J(ω) µ(τ − τ ) = 2π 0 1.2. 研究の背景 19 と, フーリエ変換形に書く.ここで, 量子系の座標 q に対して, 摩擦(散逸)が通常の古典系 の動摩擦係数のように dq/dt に比例, あるいはオームの法則に従うようにふるまう, とすれ ばスペクトル関数はリニアになり ∴ µ(τ − τ 0 ) = J(ω) = ηω η 1 2π |τ − τ 0 |2 (1.81) である.µ は有効作用 Seff の中に2つの時間 τ と τ 0 との相関の形で入っていることを考え ると, 式 (1.81) は時間軸上 τ 0 の状態が時刻 τ へ (τ − τ 0 )−2 の形で影響を及ぼすこと, すな わち, 時間軸上でべき逆数の速さでしか減衰しない比較的長距離の相互作用が働いている ことになる.このため, この項を「記憶項」と呼ぶことがある. 前節では, 1度のトンネル過程のみを考えていたが, これが物理的に意味を持つのは, ト ンネルが生じるとトンネルした粒子が障壁から遠ざかっていくような場合であり,Gamow によって明らかにされた α 崩壊などがその典型例である.一方,MQC が生じるためには, コヒーレント振動に代表されるように, 2準位系の場合では, 2つのポテンシャル井戸の間 を複数回のトンネルによる粒子の往来が必要になる.そこで, 図 1.8(a) のような対称なポ テンシャル井戸1, 2を持つ2準位系を考える.ポテンシャルは q = 0 付近では例えば ( ) q V (q) = V0 cos 2π q0 と近似できる. 図 1.8(b) のように, 粒子の存在確率の中心位置 q を縦軸に, 時刻 t を横軸に取る.コヒー レントな系ではトンネルイベントが続くので, 粒子軌跡は2つの井戸間を上下する. 「トン ネル時間」が各イベントで等しいとする (これを τ0 と置く) と,dq/dt を t に対してプロット すると図 1.8(c) のように, イベント位置で, 相似形のピークが正負方向に交互に出る形とな る.このようなピーク構造 (あるいはトンネルイベントそのもの) をインスタントンと呼ぶ. (a) (b) V(q) q(t) q0/2 t -q0/2 (c) -q 0/2 q 0/2 dq /dt q t τ 0 図 1.8: (a) 二重井戸のポテンシャル形状.(b,c) インスタントン経路とその微分 この場合の作用 S0 ,S 0 (式 (1.78), 式 (1.79)) を τ に対して q がどのように変化するか, と いう関数 q(τ ) に対する氾関数の形で書くと [ ( ) ] ∫ C dq 2 S0 {q(τ )} = dτ + V (q) (1.82) 2 dτ [ ] ∫ ∫ 0 2 1 0 0 q(τ ) − q(τ ) S {q(τ )} = dτ dτ 4πR τ − τ0 ∫ ∫ 0 τ − τ0 1 0 dq(τ ) dq(τ ) (1.83) dτ dτ · ln = 2πR dτ dτ 0 τ0 第1章 20 序論 となる.ここで,R−1 は動摩擦係数 η の代わりに導入した量で, 散逸を表しており, ジョセ フソン接合系などでは電気伝導度 (従って,R が電気抵抗) に相当する.式 (1.83) の導出に は,τ ,τ 0 でそれぞれ部分積分を行っている. 式 (1.83) の被積分関数を見ると, 時刻 τ ,τ 0 でのインスタントンの積に, インスタントン間 距離の対数に比例する量がかかっており, ちょうど2つの粒子の間に距離の対数に依存す る相互作用が生じた1次元系を扱っているのと同じである.インスタントンは図 1.8(c) の ように符号を持っているから, 電荷を持つプラズマ系と考えてもよい. Ӡ ࠻ࡦࡀ࡞ ಽⵚ ㊂ሶቇ⊛㗔ၞ ㊂ሶቇ⊛㗔ၞ ฎౖ⊛㗔ၞ ǩ ዊ ᡂ ᄢ 図 1.9: 二準位系の分配関数に対する繰り込み群方程式の解曲線群. 以上は, 問題を置き直したに過ぎなかったが, この問題は近藤効果に関連して長年研究さ れてきた問題と数学的に同じであることを示すことができる.従って, 近藤問題と同じ繰 り込み群方程式を適用でき, 解曲線群を図 1.9 のように得ることができる.ここで, 横軸は 散逸の強さで R−1 に相当し, 縦軸は MQC によるトンネル分裂量 ∆ に相当する.矢印は見 ているエネルギースケールを小さくしていくこと, 現実的には温度を下げていく方向に当 たる.これを見てわかるように, 矢印は無限大の ∆ 方向へ流れるものと ∆ = 0 とへ流れる ものの2種類に分かれている.特に散逸の強さが重要なパラメタとなっている.もちろん, 近藤効果が強結合極限でユニタリ極限になるように,∆ → ∞ へ流れるものはある有限な ∆ に収束する. 以上からわかることは, 散逸によって系の古典化が始まると, 温度を下げていくことで急 激に量子性が失われ全くの古典系になってしまうことである.すなわち, 量子-古典の変化 は相転移的に生じる.これはインスタントン系では, 相互作用により正負インスタントンが 対消滅してインスタントン密度がゼロになることに対応している.これはある意味で, 本 論文冒頭に掲げた問題に一部解答を与えるものと考えることもできる. 1.2.6 超伝導-絶縁体転移を用いた実験 この節では超電導-絶縁体転移を用いて, 散逸が系のコヒーレンスに与える影響を調べた 実験について簡単に紹介する. また二次元電子系を用いることで散逸の大きさを調節した 実験についても簡単に紹介する. 超伝導-絶縁体転移 金属薄膜の温度を下げていくと, 絶縁体か超伝導のどちらかに分かれる. これは高温での 面抵抗の大きさに依存していて, 臨界値 ( RQ = h/4e2 ≈ 6.45 kΩ) を境にして決まる. この 臨界値を境にして起こる相転移を超伝導-絶縁体転移とぶ. 1.2. 研究の背景 21 超伝導-絶縁体転移はジョセフソン接合列をモデル化し, 散逸の効果を取り入れることで 説明される [14–16]. 面抵抗が小さい試料の場合は, 外界との相互作用が強く散逸が大きくなり, その結果位相 が確定しコヒーレンスは破れ超伝導状態になる. 一方, 面抵抗が大きな試料の場合, 散逸が 小さくなり位相の揺らぎが大きくなる結果, 超伝導状態が壊れると考えられる. この現象は粒状の薄膜 [5] 図 1.10, 一様な薄膜 [6] 図 1.11, 二次元ジョセフソン接合列 [7] 図 1.12 などで報告されている. 図 1.10: 粒状の薄膜を用いた実験. 横軸は薄 膜の膜厚, 縦軸は 20 K における面抵抗であ る. 黒丸で示された抵抗値においては低温で 抵抗が上昇し, 白丸で示された抵抗値におい ては低温で超伝導状態になった. 図 1.12: ビスマスの一様薄膜の異なる膜厚に 図 1.11: 0.01 ≈ 0.84 K) の二次元 おける面抵抗の温度依存性. ジョセフソン接合列の面抵抗の温度依存性. 点線は試料に磁場を印加し,EJ を最小にした ときの面抵抗の温度依存性を示している. µm2 (EC 第1章 22 序論 二次元電子系の上で微小ジョセフソン接合系を用いた実験 Rimberg らは二次元電子系の上に二次元ジョセフソン接合列を作製し, バックゲートを 用いて二次元電子系の面抵抗 Rg を変えながら接合列の面抵抗 R0 を測定した [10]. バック ゲートにより二次元電子系の電子密度が変わり,Rg も変わる. また Rg を変えることは, 上 にあるジョセフソン接合列の外界への散逸の大きさを変えることに等しい. このとき, 接合 列の抵抗や静電容量を変えることなく Rg を自由に変えることができるので, コヒーレンス に対する散逸の影響のみを調べることが可能となる. 実験結果を図 1.13, 1.14 に示す. Rg を大きくしていくと R0 は増加し, 超伝導的振舞いから絶縁体的振舞いへと変化した. これ により, 散逸によって超伝導-絶縁体転移が起こることがより明確に示された. 同様に二次元電子系の上に超伝導単電子トランジスタを用いた実験や,QPC の上に単一 のジョセフソン接合を用いた実験も行われた. [11] [12] これらは超伝導-絶縁体転移は見ら れなかったものの, 二次元電子系の抵抗を大きくしていくと各試料の抵抗が増加するとい う結果は得られた. 図 1.13: 二次元電子系の上に二次元ジョセフ ソン接合列をのせた実験での異なる Rg にお 図 1.14: 二次元電子系の上に二次元ジョセフ ける 25 mK でのゼロバイアス周辺の I − V ソン接合列をのせた実験での異なる温度にお 特性 ける R0 の Rg 依存性。挿入図は異なる Rg に おける R0 の温度依存性を示している. 図 1.15: 二次元電子系の上に S-SET をのせ た実験の結果.g=3Rc /4R2D で散逸の強さを 表す.g の増加につれて試料の電気伝導度は増 加している. 図 1.16: 二次元電子系の (QPC) 上に単一ジョ セフソン接合をのせた実験の結果.QPC の電 気伝導度の増加と共に試料の電気伝導度も増 加している. 各点は上から 100,150,200mK 1.2. 研究の背景 1.2.7 23 本研究室でのこれまでの研究結果 本研究室でこれまでに行われてきた, 二次元電子系を散逸媒介とした MQC の破れに関 する実験結果について述べる. 試料として, 光によりキャリアを誘起することができるタイプの AlGaAs/GaAs ヘテロ 接合二次元電子系 (2DEG) 基板の上に JCQ を作成したものを使った. 図 1.17 にその走査 電子顕微鏡 (SEM) 写真を示す. 図 1.17: 作製した JCQ の SEM 像. 光によってドナーより誘起されたキャリアは, 低温では光照射をやめた後も再結合して消 えることはなく, 伝導に寄与し続ける.その為, 一度誘起されたキャリアをドナーにトラッ プさせるためには, 試料を一旦室温に戻す必要がある. 図 1.18 はこの2次元電子系の積層構 造の模式図と, 熱サイクルと光照射による2次元電子系の抵抗変化を示している. GaAs 50 nm spacer AlGaAs 20 nm 2 DEG SiǬFQRG AlGaAs 100 nm AlGaAs 10 nm AlGaAs 300 nm SiǬFQRG SiǬFQRG GaAs/AlGaAs Superlattice Substrate GaAs 図 1.18: 左図:使用した二次元電子系基板の成長断面.AlGaAs の組成は Al が 35%,Ga が 65%である. また,Si δ ドープの面密度は 4.1 × 1012 cm−2 である. 右図:二次元電子系基板の キャリア濃度の温度変化. 冷やしていくと 2DEG の抵抗は高くなりキャリア濃度が小さく なっていくが, 光を当てることでキャリア濃度が増加する. 基板に当てる光の量を変えることで散逸の源となるキャリアの量を変化させ, そのとき の MQC の変化の様子を JQP から測定される分散関係により調べたのがこれまでの実験 である.この実験により得られた分散関係は図 1.19 のようになった. この分散関係のエネ ルギーギャップの有無から,JCQ において実現されていたコヒーレンスが光によりキャリア を誘起することで破れたこと, つまり系が古典化したことがわかる. 一方、この実験においては, 散逸媒体である 2DEG と JCQ の間の電気容量を大きく取る ため反転構造の 2DEG を使用しており,2DEG 電子濃度の増加と共に金属ゲート電極によ る制御が効きにくくなった.そこで, 中間的な濃度以上の領域では 2DEG 自身をゲート電 極として利用した.しかしながら, 中間的濃度では 2DEG の状態がやや不安定であり, 有意 第1章 24 30 25 25 20 Frequency [GHz] Frequency [GHz] 20 15 10 0 0.0 15 10 Φ/Φ0 = 0 On insulator On 2DEG 5 0.1 0.2 0.3 0.4 序論 Φ/Φ0 = 1/2 On insulator On 2DEG 5 0 0.0 0.5 0.1 |Ng - 0.5| 0.2 0.3 0.4 0.5 |Ng - 0.5| 図 1.19: EJ1 が最大のとき (左図) と最小のとき (右図) の分散関係. 二次元電子系基板が絶 縁体からキャリアを誘起することでギャップが閉じ系が古典化している. 味なデータを取ることが困難であり、このため, 量子から古典への相転移点の特定ができ なかった. また光を照射後は, 図 1.20, 図 1.21 に示したように,JQP ピークの幅が広がり,PAT によ るピークとの分離が悪くなり, 分散関係のプロットが難しいという課題が残った. Current [pA] 180 160 140 120 20 GHz -24 dBm -25 -26 -27 75 Current [pA] 20 GHz -33 dBm -34 -35 -36 -37 -38 200 70 65 60 55 100 80 50 -10 -5 0 5 10 -10 -5 Vg [mV] 0 5 10 Vg [mV] 図 1.20: EJ1 が最大のとき (左図) と最小のとき (右図) の, 異なる高周波パワーにおける JQP ピークと PAJQP ピークの様子. Current [pA] 280 260 240 20 GHz -10 dBm -11 -12 -14 250 Current [pA] 20 GHz -12 dBm -14 -15 -17 300 200 150 100 220 200 3.0 50 3.5 4.0 Vg [mV] 4.5 5.0 3.0 3.5 4.0 4.5 5.0 Vg [mV] 図 1.21: キャリアを誘起した後の EJ1 が最大のとき (左図) と最小のとき (右図) の, 異なる 高周波パワーにおける JQP ピークと PAJQP ピークの様子. この試料でのクーロンダイアモンドを EJ1 が最大のときと最小のときのものを図 1.22 に 示した. 1.3. 本研究の手法 25 1.0 4 900 0.9 100 21- JQP 0.6 1 (2D +Ec)/e 60 40 01x ( dsV (2D +3Ec)/e 6- 0.7 01x ( tnerruC 01x ( dsV 01x ( tnerruC 2 80 ) V ) A 0.8 3- 01- )V ) A 800 3 700 (2D +3Ec)/e 600 JQP (2D +Ec)/e 20 500 0.5 0 0 400 0.4 -5 0 Vg ( x10 5 -3 V) -10 -5 0 Vg ( x10 5 -3 V ) 図 1.22: EJ1 が最大のとき (左図) と最小のとき (右図) の, 異なるソース・ドレイン電圧に おける JCQ の I − Vg 特性の JQP ピーク周辺の様子. 1.3 本研究の手法 本研究では以上の研究結果を踏まえ以下の点を改善した実験を行った. (1) 前回は環境との結合強さを微細に調節することができなかったので, 今回は JCQ 直 下の 2DEG のキャリア濃度を JCQ と 2DEG の間にバイアスしていくことで変える. このとき JCQ と 2DEG との距離は変化し, 静電容量が変わるはずである. この静電 容量を環境との結合を表すパラメータとして用いることで,JCQ に及ぼす影響を特徴 付ける. (2) また前回はキャリアを誘起することで, ゲート電極が効かなくなるということが起こっ た. その為,2DEG をゲート電極として用いたが, なるべく同条件で実験を行うために JCQ 直下の 2DEG のキャリア濃度が多くてもゲート電極が効くように JCQ 回りだ け 2DEG を残し後はエッチングによって落とし, ゲート電極-2DEG 間の有効静電容 量を小さくした. (3) JQP ピークが太く PAJQP ピークと分離できなくなって観測できないということが 起きていたが,SQUID 側の接合とプローブ用の接合の抵抗比を上げ, これを改善する. また高周波の振幅を変調し, 試料からの変調された信号をロックインアンプで取り出 すことで, 高周波に依存する信号だけ (PAJQP ピーク) を取りして, より PAJQP ピー クを観測しやすくした. これらの点に注意し, 試料の作製, 測定を行った. 27 第 2 章 試料作製と測定方法 2.1 使用した試料 本研究の目的に添うにはナノスケールオーダーでの試料の作成が必要である. 用いた試 料の SEM 画像を図 2.1, 及び概念図を図 2.2 に示す. 図 2.1: 作製した JCQ の SEM 画像. 2DEG Junction1 Junction1 Island Cg Cac Junction2 Vg Veg Vsd Vac ~ 図 2.2: 作製した試料の回路図. 図の青色は 2DEG を表し,DC,AC ゲート及びクーロン島と キャパシティブにカップリングしている. また 2DEG にはコンタクトを四ヶ所とってあり 2DEG にバイアスを掛けることや, 電流を流すことが可能である. 作製した試料は片方の接合が SQUID 状になっており, クーロン島には DC 及び AC 用 の2つのゲート電極が付いている. SQUID ループに磁場を印加することでジョセフソン 結合エネルギーを,DC ゲートはゲート電圧によってクーロン島の静電ポテンシャルを制御 し, AC ゲートからは高周波を印加する. また試料は AlGaAs/GaAs ヘテロ接合二次元電子 系 (2DEG) 基板上に作製し,2DEG と SET の間をバイアスすることで 2DEG-クーロン島間 の有効静電容量を調節できるようにした. 第2章 28 2.1.1 試料作製と測定方法 使用した二次元電子系基板 使用した 2DEG は, 図 2.3 のような積層構造を持ち, 暗状態での移動度は 3.93 × 1015 m−2 , 電子濃度は 73.9m2 /Vs である.1.2.7 節で述べた実験においては, 通常と逆に, 表面側に 2DEG が出る構造を採用していたが, 本研究においてはゲート電圧によってクーロン島周 囲の 2DEG 電子濃度を制御することを考え, ショットキゲートを形成しやすい順方向 (表面 側にドープ層がある) の 2DEG とした. 図 2.3: 使用した 2 次元電子系基板の構造.2DEG は GaAs/AlGaAs ヘテロ界面で形成され る. 基板は住友電気工業株式会社で作製されたものを使用した. 表 2.1: 使用した 2 次元電子系基板の 30mK における特性. Sheet density 3.93 × 1015 m−2 2.1.2 mobility 73.9 m2 /Vs 2DEG position 60 nm 試料の作製 プロセスフロー 試料の作製は『2DEG とのコンタクトの作製』,『2DEG を削るためのエッチング』,『ボ ンディング電極用の Au の蒸着』,『Al 蒸着による JCQ 構造の形成』の順に行なった. この順番は以下の理由によるものである. まずコンタクトは高温でアニールするため一 番始めに作製する必要があった. そして各電極の下に 2DEG がいるとノイズの原因になる ので, 電極作成の前にエッチングにより 2DEG を削った.JQC は Al で作製するが,Al 表面 は空気中で速やかに酸化されてしまうため, 電極を Al で作製すると測定の際に電極のとこ ろで絶縁体を挟むことになってしまう. そこで先に Au の電極を作製し, その上に Al を蒸着 することで酸化する前に Al と Au とのコンタクトをとった. 以下具体的な試料の作製方法について述べる. 2.1. 使用した試料 29 コンタクトの作製 コンタクトの作製は以下の手順で行った. また今後のプロセスのための位置合わせのた めの目印となるマーカーも共に作成した. ただしアニールにより多少変形し精度が落ちる. (1) 基板をトリクロロエチレン, アセトン, メタノールの順番で 3 分間ずつ超音波洗浄す る. その後, しっかりとエアーで薬品を吹き飛ばし, 基板を 180 ℃のホットプレートの 上で 3 分間ベークし完全に乾かせる. (2) 洗浄した基板上に, レジスト液 ZEP520A(日本ゼオン社製) をアニソールで希釈した レジストを滴下し, スピンコーターを使用して回転 (500 回転/分 5 秒 → 4000 回転/ 分 50 秒) させてレジストを薄く一様に引き延ばす. その後, 基板を 180 ℃のホットプ レートの上で 5 分間ベークしレジストを固める. (3) 電子線描画装置 (Elionix 社製) を用いて, 電極のパターンを描画する. 加速電圧は大き なパターンを 25kV でマーカーなどの小さなパターンを 75kV に設定した. (4) OEBR1000 用現像液 30 秒,IPA(イソプロピルアルコール) 5 秒,IPA 15 秒 の順に液 に浸し現像を行う. 現像の条件を一定にするため,OEBR1000 用現像液及び IPA は恒 温槽で 17 ℃に保ってある. (5) イオンビームスパッタを用いて,AuGe を 900 Å,Ni を 100 Å の順で蒸着する. (6) トリクロロエチレンでリフトオフする. (7) 基板をフォーミングガス (N2 97.1 %, H2 2.9 % 混合気体) 雰囲気中で 5 分間,450 ℃ で加熱し,2 次元電子系と基板表面とのオーミックコンタクトを取る. エッチング エッチングによる二次元電子系の加工は以下の手順で行った. (1) コンタクト作製のときと同じように洗浄した後で,H2 SO4 に 60 秒で酸化膜除去を行 い,H2 O15 秒,H2 O30 秒でゆすぐ. これをやらないと細かなエッチングができない. そ の後アセトン, エタノールをそれぞれ二分間洗浄を行い 180 ℃のホットプレートの上 で 3 分間ベークするが, レジスト液を垂らすまではマスクなどをつけて息がかかり基 盤が曇らないように注意しながら作業する. (2) コンタクト作製のときと同じ手順でレジストを塗る. 電子線描画装置で描画する. (3) 現像もコンタクト作製時と同じように行うが, 現像液中で試料を振りすぎてレジスト と基盤の間に隙間が空かないように気を付ける. (4) エッチング液に 30 秒,H2 O15 秒,H2 O30 秒入れてエッチングを行うエッチング液中で はレジストと基盤の間にエッチング液が入り込まない程度にほどよく振る. エッチン グ液は H3 PO4 : H2 O2 : H2 O = 1 : 1 : 48 で構成され,1nm/s でエッチングされるよう にしてある.2DEG は基板表面から 60nm 下にあるがそこまでエッチングしなくても 2DEG を削ることができる. (5) レジストをトリクレンでリフトオフしてできあがる. 30 第2章 試料作製と測定方法 Au 電極の作製 Au 電極の作製は以下の手順で行った. (1) 洗浄, レジスト塗り, 電子線描画, 現像まですべてコンタクト作製と同じ方法で行った. (2) イオンビームスパッタを用いて,Ti を 100 Å,Au を 500 Å 蒸着する. ここで Ti は Au 電極を剥がれにくくするために蒸着する. (3) トリクレンでリフトオフしてできあがる. Al の斜め蒸着による JCQ 構造の作製 JCQ 構造の作製は以下の手順で行った. (1) 洗浄した基板上に, 下層のレジストである PMMA/MAA を滴下し, スピンコーター を使用して回転 (500 回転/分 5 秒 → 4000 回転/分 50 秒) させてレジストを薄く一様 に引き延ばす. その後, 基板を 180 ℃のホットプレートの上で 30 分間ベークする. こ の時点で, レジストの膜厚はおよそ 350 nm になっている. (2) 基板を十分冷ました後, 上層のレジストである OEBR1000 を塗り,180 ℃のホットプ レートの上で 20 分間ベークする. この時点で, レジストの膜厚は 2 層合わせておよそ 500 nm になっている. (3) 電子線描画装置を用いて, 加速電圧 75kV で SET のパターンを描画する. (4) OEBR1000 用現像液 30 秒,IPA(イソプロピルアルコール) 5 秒,IPA 15 秒 の順に液 に浸し現像を行う.IPA によっても緩やかに現像されるので,IPA も共に恒温槽で 17 ℃に保ってある. この時点で架橋構造ができている. 架橋構造が十分でない場合はこ の後さらにエタノールに浸し, 下層のレジストだけをさらに抜く. (5) 次に斜め蒸着法により Al を蒸着させ JQC を作成する. 蒸着は真空蒸着装置に入れ,Al をアルミナコートのるつぼで抵抗加熱することで行い, 角度を変えて三回行う. まず 一層目を 200Å で蒸着し, チャンバー内を冷ました後, 蒸着した Al を 0.4mbar の酸素 雰囲気中で五分間酸化させ酸化膜をつくる. その後傾きを変え二層目を 300Å 蒸着し 同様に 60mbar の酸素雰囲気中で十五分酸化させる. さらに傾きを変え三層目を 400Å 蒸着する. これにより酸素膜の厚さの違う接合が二種類できる. また傾きを変えるこ とで接合面積が変えられるので, 様々な抵抗を持つ接合を作ることができる. 図 2.4 な お, 酸化の度合いの再現性を良くするために, ベークして水分を取り除いたタンクに 酸素ガスを入れて真空蒸着装置に取り付けてある. (6) アセトンでリフトオフして JCQ ができあがる. 超音波洗浄器にかけるときは超音波 洗浄の際に発生する気泡によって静電気が発生し, 強くかけると酸化膜が破れてしま うことがあるので気を付ける. 2.1. 使用した試料 31 図 2.4: 2 層レジスト法を用いた斜め蒸着.1 度目の蒸着の後, 酸素雰囲気中に置くことによっ てできる酸化アルミニウムの絶縁層を用いてトンネル接合を形成する. [25] 試料製作における注意点 試料作製上困難な点は JQC 部分である. 特に JQC のジョセフソン接合特性はレジスト の厚さ及び斜め蒸着での角度で大きく変化する. レジスト PMMA/MAA は PMMA/MAA の粉末を ECA(酢酸エチレングリコールモノ エチルエーテル) で薄めて作る.PMMA/MAA の割合が多すぎると粘性が高くスピンコー ターを用いても均一に塗ることがでず, さらにレジストが厚くなるため露光するのに長く 電子線をあてる必要があり, 微細な構造を描画しづらくなる. また現像したときに架橋構造 に耐え切れなくなり上層レジストが崩れてしまう原因となる. 逆に PMMA/MAA の割合が 少なすぎると架橋構造がうまく作れないか, 架橋構造を作れても斜め蒸着をする際に角度 を大きく変える必要が出てくる. さらに時間の経過と共に溶媒の蒸発によってレジストが 濃くなってしまうので, 溶媒の ECA を足し一様な条件に保つ必要がある. また JCQ の描画パターンを決める時には斜め蒸着でどれだけズレて蒸着できるかや, 斜 め蒸着する際, エッチングによる凹みと Au と Al の蒸着する高さ, 及び位置関係を考慮し, パターンを決めなければ段切れを起こす可能性があったので注意した. さらに JQC のような微細な接合では電気的に非常に弱くなるため, 静電気には細心の注 意を払う必要がある. 特に乾燥した季節においては非常に弱くなってしまう. 作製した試料 をレシケータの中などで保持しておくことはほぼ不可能で, リフトオフからボンディング, 希釈冷凍機へのマウントは速やかに行う必要がある. ボンディングが終えてからは常にす べての電極をグランドにショートし, 自らもグランドにつながったリストバンドをつけ同 電位になるように心がけた. 服装は綿 100% の素材のものに限定し, 加湿器を付けるなどし て静電気には十分気をつけた. 室温でのサンプルチェックは希釈冷凍機にマウントした状態 で行い, 良い試料が出来ていたらすぐに冷やせる状況で行った. 室温でのサンプルチェック において良い試料が出来ているかの判断は JQC の抵抗測定により行う. 数 M Ω のものを使 用した. この時 JQC が静電気で壊れてしまう場合は,JQC が完全に吹き飛んで高抵抗を示 す場合と Al の酸化膜が絶縁破壊を起こすことによって導通してしまう場合 (∼ 10 kΩ) の 2 種類がある. 第2章 32 2.2 2.2.1 試料作製と測定方法 測定方法 測定装置 SET の振舞いを観測するため,kB T EC ' 0.3 K の低温が必要となることから, 実験は mK で行った (液体 He 温度では単なるオーミックな I − V 特性しか見ることができない). 希釈冷凍機の概念図を図 2.5 に示す. 希釈冷凍機は,2 相に分 離した 3 He-4 He 混合液を介して 3 He を循環させ,2 相間を 3 He が移動する際の吸熱過程を 利用して冷却する装置である.3 He の液化の際に 1 K ポットではなく Joule-Thomson 弁を 用いている. エポキシ (STYCAST 1266) の混合器内で試料を直接 He に浸すようになって いる. 試料の電極とチップキャリアとのコンタクトを金線でとり, チップキャリアを混合器 内にマウントして測定を行った. 希釈冷凍機を沈めるデュワーには 15 T 超伝導マグネット が備え付けてある. 電源は IPS120-10(OXFORD Instruments) を使用した. 3 He-4 He 希釈冷凍機を用いて 60 図 2.5: 希釈冷凍機の概念図. 2.2. 測定方法 2.2.2 33 測定系 測定系の模式図を図 2.6 に示す. Digital multi-mater & computer Shield room Current Amplifier 2DEG Junction1 AC gate Sample DC gate Ri3 Rs3 Ri2 Rs2 LPF Veg Junction2 Ri1 Rs1 LPF Vg LPF Vsd Vac ~ 図 2.6: 測定系の模式図. 測定はすべて直流電圧 2 端子測定で行った. 測定対象が外来ノイズの影響を受けやす いため, 測定はシールドルームの中で行い, デジタルマルチメーター (34401A 6 1/2 Digit Multimeter, Agilent technologies) や電圧源 (プログラマブル直流電圧/電流源 7651, 横河 電気株式会社) などのデジタルな機器はシールドルームの外においた. また, コンピュータ と測定機器の通信は光ケーブルを用い, コンピュータから発生するデジタルノイズを遮断 した. ローパスフィルター カットオフ周波数が 5 MHz の LC ローパスフィルター (Mini-Circuits 社) を取り付け, 高 周波ノイズをカットした. 電流アンプ 電圧源で電圧をかけて得られた微小信号は冷凍機から出てきた後, できるだけ早い時点で 小型の電流アンプ (電流入力プリアンプ LI-76, 株式会社エヌエフ回路設計ブロック) を通 して信号を増幅させた. 測定で使用した電流アンプは電池駆動になっており, 商用電源のグ ラウンドからくるノイズの影響を受けないようにしてある.LI-76 の時定数は 100 µs. また 長時間使用すると電池の電圧が下がってきその影響が測定にかかるため 9V のレギュレー タ (本研究室にて作製) を使用した. 第2章 34 試料作製と測定方法 抵抗分割 ソース電圧・ゲート電圧・2DEG へのバイアス電圧はともに抵抗分割を行い, 入力信号の S/N 比を大きくした. 実際に用いた抵抗は,Rs 1, Rs 2, Rs 3 = 100 kΩ, Ri 2, Ri 3 = 10 kΩ, Rs 1 = 100 kΩ であり, 電圧源の出力に対する実際の出力はソース電圧で 1/1000, ゲート電圧と 2DEG 電圧で 1/100 となる. 試料の抵抗は低いものでも数 MΩ 以上で Rs 2 = 100 Ω に比べ て十分高いので, 十分定電圧測定とみなすことができる. 高周波測定 高周波は 100 MHz ∼ 40 GHz まで出すことのできるシグナル・ジェネレーター (83640B シンセサイズド掃引信号発生器, Agilent Technologies) を用いた. 高周波が通るラインは, 減衰を抑えるために冷凍機内混合器の直前まで同軸ケーブルを通してある. 同軸ケーブル の芯線は,4.2 K と分溜器のところで熱伝導の良い絶縁体 (STYCAST 2850 GT) を通じて 熱アンカーを取ってある. また, シグナル・ジェネレーターから試料にいたるまでに介する コネクタは通常の BNC コネクタではなく, 高周波特性の良い SMA コネクタを使用した. 各周波数での信号減衰特性を図 2.7 に示す. 高周波の強度の検出はスペクトラム・アナラ イザー (HP 8562A Spectrum Analyzer, 9 kHz ∼ 22 GHz) を用いた. 赤は室温部で用いて いるケーブル (JUNFLON, DTM060Y 2 m), 緑が希釈冷凍機の室温部から混合器付近まで 通っている白銅 (キュプロニッケル) でできたセミリジット・ケーブル (コアックス株式会 社, SC-219/50-CN-CN), 紫は混合器付近から試料ホルダーまで通っているフレキシブル・ ケーブル (LakeShore, CC-SS-100) の減衰の度合いを示している. また黄色は希釈冷凍機の 室温部から混合器内の試料ホルダーまで通した減衰の度合いを示している. ただし, 試料ホ ルダーから検出器に通すところで大きな減衰があるため, 実際はこれよりも減衰の度合いは 小さい. この図より, 混合器付近のセミリジット・ケーブルまではあまり減衰することなく 高周波が通っているのがわかる. 一方, フレキシブル・ケーブルおよびフレキシブル・ケー ブルと試料ホルダーの接続部で大きく減衰が起こってしまうので, より高強度の高周波を 印加したい場合はこの部分を改善する必要がある. 0 ] )Wm1/TUPTUO( -20 -40 gol01 = [ mBd 01 cable to semi-rigid cable flexible cable -60 to sample holder -80 0 5 10 15 3 Frequency ( x10 20 MHz ) 図 2.7: 各周波数でどれだけ高周波が減衰するかを示した図. 赤は室温部で用いているケー ブル, 緑が希釈冷凍機の室温部から混合器付近まで通っているセミリジット・ケーブル, 紫 は混合器付近から試料ホルダーまで通っているフレキシブル・ケーブル, 黄色は希釈冷凍機 の室温部から混合器内の試料ホルダーまで通した減衰の度合いを示している. 2.2. 測定方法 35 高周波の振幅変調による測定 高周波を振幅変調すると, 高周波に反応する信号だけを取り出すことができる. 高周波を 振幅変調したときの測定系の模式図を図 2.8 に示す. Digital multi-mater & computer Shield room Lock in AMP Ref IN Current Amplifier 2DEG Junction1 Sample DC gate Ri3 Rs3 Ri2 Rs2 LPF Veg Junction2 Ri1 Rs1 LPF Vg AC gate LPF Vsd Ref IN ~ Vref Vac ~ 図 2.8: 測定系の模式図2. 高周波の振幅変調による測定 シグナル・ジェネレーターは外部信号により振幅変調をすることができる. 参照する信 号は交流電圧 (Wave factory WF1946 2ch 15MHz Multifunction synthesizer, NF ELECTRONIC INSTRUMENTS) を用いた. 参照信号の周波数は数百 Hz でなるべく素数を選 び,50Hz の倍数などは避けるようにした. 今回の試料は高周波のパワーの増加に対して増加する参照信号と同位相の信号 (PAJQP) と, 減少する逆位相の信号 (JQP) がある. その為ロックインアンプ (Synchrotrack lock-in amplifier LI-575, NF ELECTRONIC INSTRUMENTS) を用いて位相を固定し A cos φ を 測定することで, 同位相の信号をプラスに, 逆位相の信号をマイナスにして観測することが できる. 37 第 3 章 結果と議論 今回の試料はゲート電圧や高周波, 磁場, 二次元電子系へのバイアスなど多くのパラメタ によって特性が変化する. そこでこの章では, まず JCQ のゲート特性, 高周波特性, 磁場特 性, 二次元電子ガス (2DEG) との結合特性について測定結果を示し議論する. その後で高 周波の振幅変調による測定結果を述べた上で各条件での分散関係をまとめる. また, 最後に JCQ 直下の二次元電子系を流れる電流と温度の関係についても述べる. 3.1 JCQ のゲート特性 Current [pA] 零磁場下, 高周波印加のない状態での JCQ のゲート特性を示す. 60mK でのソース・ド レイン電圧 Vsd , ゲート電圧 Vg に対する JCQ の電流特性を図 3.1 に示す. 20 10 0 -10 -20 JQP -1.0 JQP -0.5 Vsd [mV] 0.0 0.5 1.0 -5 J1 4 2 5 J1 J2 J1 J2 J1 0 10 J2 -2 Current [pA] Vg [mV] 0 15 J2 -4 -1.0 -0.5 0.0 0.5 1.0 Vsd [mV] 図 3.1: JCQ を流れる電流の I − Vg − Vsd 特性 (クーロンダイアモンド). 各ラインはそれぞ れ各接合での共鳴を示している.J1:SQUID 側の接合 1,J2:プローブ側の接合 2 図 3.1 の Vg による JQP 電流のピーク間隔からはゲートの静電容量 Cg を図 1.6 の関 係から Cg = 45.5aF と求めることができる. また得られた各ラインの傾きから各接合の 静電容量が式 (1.61) 式 (1.63) より C1 = 1400aF,C2 = 294aF と求められる. また 4.2K で測定した接合 1,2 を合わせた抵抗 9.1MΩ と, この C1 , C2 の比から, おおよその抵抗が R1 =1.58MΩ, R2 =7.52MΩ とわかる. この R1 , R2 から各接合でのジョセフソン接合エネル ギーが Eji = h∆/8e2 Ri から Ej1 = 0.500µeV,Ej2 = 0.105µeV と求められる. [22]. また先 ほど求めた C1 , C2 , Cg から帯電エネルギーが Ec = (2e)2 /2(C1 + C2 + Cg ) = 180µeV と見 第3章 38 結果と議論 積もれる.(2DEG の静電容量 Ceg を含めると Ec = 184µeV となる.)これは 1.2.2 節での Ec Ej の条件を満たしている. 一方, 今回の試料では Vsd =0 付近の超伝導電流は流れる電流が小さすぎて S/N 比が悪く 観測できなかった. 先のクーロンダイアモンド図 3.1 においての, ある Vg , Vsd での JQP 電流のピーク形状を 示したのが図 3.2 と図 3.3 である. ( 2Δ+Ec)/e (2Δ+3Ec)/e 6 Current [ pA ] 5 JQP peak 4 3 2 1 QP 4Δ/e 0 -1 0. 0 0. 2 0. 4 0. 6 0. 8 1. 0 Vsd [ mV ] 図 3.2: Vg の変化による I − Vsd 特性. 図中に JQP 電流と QP の流れ始めを図示してある. 赤色の点線で囲まれた領域が JQP サイクルが起こる範囲である.(0.594 ∼ 0.803mV) JQP peak J1 JQP peak J2 JQP peak J1&J2 図 3.3: 異なる Vsd での JQP ピークの形状.Vsd = 0.854mV では各接合での JQP のピーク 形状が確認できる.Vsd = 0.704mV では二つの接合でのピークが重なっている. 本研究は JQP サイクルが起こる範囲で行うが,JQP 電流を各接合を超えて流す場合, クー パー対を励起する必要がある. その励起に必要なエネルギーは各接合で各々2∆ であるので, 図 3.2 の QP 電流の流れ始めからおおよそ ∆ = 245µeV と求めることができる. また, この 3.1. JCQ のゲート特性 39 ∆ から Tc =1.6K と見積もれる. これは, バルクの Al の Tc = 1.2K よりはかなり高いが, 薄 膜では乱れの効果でこのように Tc が上昇することが知られている. 図 3.3 は異なる Vsd での各接合を流れる JQP ピークの形状を示したものである.Vsd が小 さく各接合での JQP ピークが重なっているものと,Vsd が大きいところで二つのピークが別 れたところを示している.Vsd が大きい方では接合 1 と接合 2 でピークの高さと幅が異なる のがわかる. このピークの高さと幅の違いが各接合の抵抗の違いを反映していて, この事か らも接合 1 と接合 2 で抵抗に差がついてるのが確認できる. ピーク幅とピークの高さは準 粒子トンネルが起こる確率 Γqp とクーパー対トンネルが起こる確率 γ どちらが優勢かで決 まる. ここで Γqpi ∼ (e∆ + Ec )/e2 Ri0 ,γi = Ej2 /~2 Γqpi である.(i, i0 は接合 1,2 を表す.) [23]. γqp Γqp のときピーク幅は ~Γqp ピークの高さは 2eγ である. 一方, γqp Γqp のとき はピーク幅 Ej , ピークの高さは 2eΓqp である. 今回の試料の各接合のパラメータを表 3.1 に 示す. 表 3.1: 各接合のパラメータ. 優勢の方を太字で示してある.(各値は最も散逸が小さい Veg = 0.4V のときのもの) Junction1 Junction2 Γqp 3.53 × 108 s−1 1.68 × 109 s−1 γ 1.64 × 109 s−1 1.52 × 107 s−1 Ej 0.500 µeV 0.105 µeV 2eΓqp 113 pA 538 pA ~Γqp 0.232 µeV 1.11 µeV 2eγ 524 pA 4.86 pA これらの結果から, 接合1ではクーパー対によるトンネルが優勢で準粒子のトンネルを 抑制しているのがわかる. また検出用の接合2では準粒子によるトンネルが優勢で, 接合2 をトンネルするクーパー対を抑制することで, 接合1でのクーパー対の出入を保ちつつ, 励 起により準粒子に壊れたクーパー対を検出できるようになっている. 実験により得られたピークの高さは表 3.1 の理論値に比べて低くなっている. これは周囲 の環境やノイズの影響でクーパー対共鳴のコヒーレンスが乱され, クーパー対のトンネル 確率が小さくなっていることや,Ej を求める際, 抵抗を静電容量の比から求めたが単純に比 例しているとは限らないこと, 残留磁場の影響で実質的な Ej が小さくなっていることなど が原因として考えられる. 一方図 3.3 から,Vsd が低いときはピークの形状が非対称であることがわかる. このピーク の非対称性は超伝導ギャップのエッジを反映していると考えられる. つまり Vg , Vsd が低い ところでは, 一つ目の準粒子がトンネルした後, 超伝導ギャップのエッジがクーロン島のエ ネルギー準位より高くなり,2 回目の準粒子トンネルが禁止されて JQP サイクルが回らな くなる. これがプローブへと流れる電流を減少させピーク形状を非対称にしている. ゲート特性からわかる JCQ のパラメータを次の表に示す. 表 3.2: 試料のパラメータ (各値は最も散逸が小さい Veg = 0.4V のときのもの) R1 1.58 MΩ Ec 180 µeV R2 7.52 MΩ C1 1400 aF EJ1 0.500 µeV C2 294 aF EJ2 0.105 µeV Cg 45.5 aF ∆ 245 µeV 第3章 40 3.2 結果と議論 JCQ の高周波特性 この節では JCQ に高周波を印加したときの結果を示す.JCQ に高周波を印加するとフォ トンの補助により共鳴エネルギーに満たないクーパー対もトンネルできるようになる. JCQ に高周波を印加したときのクーロンダイアモンドの変化を図 3.4 に示す. Junction1 Junction1 Junction2 Junction2 PAJQP peak 図 3.4: クーロンダイアモンドの高周波特性. 上図が高周波を印加する前で, 下図が 40GHz,12dBm の高周波を入れたときのものである. 下図には接合1の JQP ピークの左隣にフォト ンによる新しい電流ピークが並行して現れている. 3.2. JCQ の高周波特性 41 フォトンによる新しい電流ピークはフォトンの吸収と放出のピークが JQP ピークを挟 んで現れるはずであるが, 図 3.4 からは一つしか確認できない. この図 3.4 を Vsd = 0.7mV に固定し, 高周波のパワーを変化させていったものが図 3.5 である. dBm JQP peak PAJQP peak PAJQP peak absorption side emission side 図 3.5: JQP サイクルが回る範囲 Vsd = 0.7mV に固定し,40GHz の様々なパワーの高周波を 印加しながらゲート Vg を掃いたものである. パワーの変化に応じて PAJQP ピークと JQP のピークの変化が観測された. この図から高周波のパワーを上げていくと JQP ピークの左隣に新しくピークが出てくる ことがわかる. 一方,JQP ピーク右隣の光子放出側は, 電流が少し増加しているが JQP ピー クの裾と被ってしまい明瞭なピークとして観測できない. しかし左側のピークだけでも分 光法による分散関係を求めることが可能である. これにより得られた分散関係のエネルギー ギャップからコヒーレンスの有無を確認できる. 分散関係については Ej と 2DEG の依存性 についても述べるので 3.6 節でまとめる. 高周波印加時の問題 今回の実験で問題になった点の一つは高周波の周波数により JCQ に入るパワーが違う 点である. これは室温からサンプルまでの間にどれだけ高周波が減衰してしまうかに依存 しており, 周波数により減衰量が異なる. 高周波の減衰特性は 2.2.2 節の図 2.7 に示した. また, 高周波のパワーを上げていくと PAJQP ピークは電流が増加する一方, 反して JQP ピークによる電流が減少していくのが図 3.5 からわかる.Vg を固定して, 高周波のパワーの 違いによる I − Vsd 特性を示したのが図 3.6 である. 高周波のパワーを上げていくにつれ JQP 電流のピークが一度減少し, その後増加していくのがわかる. またピークの Vsd の位置 が低い方に移っていっている. このときパワーを上げるとミキサーの温度が 100mK 近く上 がったため, この原因として温度の上昇を考えたが,3.7 節に述べる温度変化による JCQ の 特性とは別の振舞いである. 一方 Vsd を固定して, 高周波のパワーを上げていったものが図 3.7 である. 図 3.7 は Vsd を 変化していった図 3.1 と類似の変化を示した. すなわち, 高周波のパワーの増加による JCQ 特性の変化は, ゲート電圧 Vg に対する変化よりも, ソース・ドレイン電圧 Vsd に対する変化 に近い. が, もちろん, これらは物理的に異なるパラメタであり, 結果として類似変化になっ たに過ぎない. 第3章 42 結果と議論 この高周波のパワーによる Vsd の変化に対して,PAJQP と JQP のピーク間隔は一定であ るが,PAJQP ピークと接合 1 と接合2とを混同するのを避けるように測定することに気を 付ける必要がある. JQP peaks 図 3.6: 高周波のパワーに対する I − Vsd 特性.Vg は JQP ピークで固定してある. グレーの 点が各パワーでの JQP ピークを示している. Current [pA] 8 4 [GHz] RF off -52 [dBm] -48 [dBm] -44 [dBm] -40 [dBm] -36 [dBm] -32 [dBm] -28 [dBm] 6 4 2 0 -10 -5 0 5 10 Vg [mV] -20 15 -30 10 -35 -40 -45 5 Current [pA] RF power [dBm] -25 -50 -55 -10 -5 0 5 Vg [mV] 図 3.7: 高周波のパワーに対する I − Vg 特性.Vsd はピークで固定してある.10GHz において は PAJQP ピークは JQP ピークに飲まれていまっている.2D プロットすると I − Vg の図 3.1 と似ている. 3.3 JCQ の磁場特性 外部磁場を変化させると,JCQ の SQUID に通る磁束の数を変えることができるので JCQ の Ej を調節することができる. また Ej と共にジョセフソン電流も変化するので JQP 電流 3.3. JCQ の磁場特性 43 のピークが変化する. 図 3.8 は JQP ピークの磁場による変化を示している. Current [pA] 12 -63 [G] -66 [G] -69 [G] -72 [G] -74 [G] 10 8 6 4 -8 -6 -4 -2 0 2 4 6 8 Vg [mV] -60 -70 7 B [G] 6 -90 5 -100 Current [pA] -80 4 -110 -120 -15 -10 -5 0 5 Vg [mV] 図 3.8: 磁場による JQP ピークの変化.Ejmax で JQP 電流最大,Ejmin で JQP 電流最小に なる. 磁場の変化に対して周期的に JQP ピークの高さが変化しているのがわかる. またピーク 幅の方も JQP ピーク電流が小さいところで細くなっているのがわかる. これは JQP ピー クの幅が Ej1 に依存していて,Ej1 > ~Γqp1 であることを裏付けている. 一方, 磁場によるこの周期 TB での変化は SQUID の面積 S に依存している.(TB = Φ0 /S).SEM 画像から得られた面積 4.18 × 10−13 m2 から求めた周期 49.4G と実験で得られた周期 56G はほぼ一致している. 図 3.9 にクーロンダイアモンドの磁場による変化を示す.Ej が最小になる磁場では JQP ピーク高さが大きく抑えられているのがわかる. 図 3.10 は高周波を印加し PAJQP ピークの磁場依存性を示したものである. PAJQP ピー クは Ej が最大のところで JQP ピークに最も近く Ej が最小のところで JQP ピークから最 も遠ざかるように変化しているのが観測された. これは磁場を変化させるとジョセフソン エネルギーすなわちエネルギーギャップが変化するので, フォトン励起と共鳴する位置がず れるためである. この PAJQP の動きからも分散関係にギャップがあり JCQ がコヒーレン トな状態であることがわかる. なお Ej が最小付近で見えなくなっているのは JQP 電流が 測定限界以下となっているためである. 第3章 44 Junction1 Junction1 結果と議論 Junction2 Junction2 図 3.9: クーロンダイアモンドの磁場依存性. 上図 Ejmax . 下図 Ejmin . PAJQP peak JQP peak 図 3.10: PAJQP 電流の磁場依存性. 3.4. JCQ-2DEG の結合特性 3.4 45 JCQ-2DEG の結合特性 本研究では JCQ と二次元電子ガス(2DEG)の結合量を調節することで, デコヒーレン スの原因となる散逸の量を調節する. 図 3.11 は 2DEG とコンタクトをとり, そこに電流を流した上で JCQ 全体をマイナスに バイアス Veg していったときの 2DEG を流れる電流変化である.JCQ がマイナスにバイア スされると同符号の電荷の電子は斥力を感じて遠ざかろうとする. その為,JCQ と二次元電 子系との電位差が Veg ∼ 0.4V 付近で電流が流れなくなった. これは 2DEG が少なくとも JCQ の直下では切れたことを示している. 2DEG Current [pA] 15 10 5 0 0.0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 Veg [V] 図 3.11: 二次元電子系を流れる電流の Veg による変化.Veg は二次元電子系に対しての JCQ の電位差である. JCQ を 2DEG に対してマイナスにバイアスすることは, 物理的には 2DEG を JCQ に対 してプラスにバイアスすることと等価である. 以後, 実験的には 2DEG をプラスにバイアス する方法で散逸を調節する. これは PAJQP の測定で Vsd の制御など比較的複雑な回路系を 必要とするが,JCQ にバイアスする方法の場合その他の実験系の基準電位をすべてバイア スすることが必要となり, 実験上面倒になるためである. 2DEG をバイアスすると JCQ に対して先のゲート電極と同様にゲートとしても働く. 図 3.13 は 2DEG をバイアスしていったときに観測される JQP ピークである. この図からゲー ト電極と同様にピーク間隔 (図 3.13) から有効静電容量 Ceg を求め Veg に対する変化をプ ロットしたのが図 3.15 である.Veg バイアスを増加させるにつれて静電容量が減少している ことから,JCQ と 2DEG 間の結合が小さくなっていることが確認できる.(C = S/d) 一方, ゲート電極-JCQ 間の静電容量 Cg の Veg 依存を図 3.15 に示す.2DEG-JCQ 間の静 電容量 Ceg の変化とは対称的に増加しているのがわかる. これは, 図 3.16 のようなモデル から定性的に理解することができる.すなわち, 現実には (a) のように一種の接地背景 (グ ランドプレーン) として働いていた 2DEG が, バイアスによってそのエッジが JCQ より離 れていくわけであるが, これを (b) のように,JCQ とゲート間に遮蔽金属として存在してい た 2DEG が引き抜かれていくモデルに簡単化する.これより,Cg が増加し,Ceg が減少する ことは明らかで, その関数形が対称的になることも説明できる. Veg の変化に対して 2DEG-JCQ の静電容量の減少の方がゲート容量の増加に比べて大 きく,JCQ の全体の帯電エネルギー Ec は図 3.17 のように増加する. これもまた, 図 3.16(b) のモデルより, 2DEG-JCQ の間隔の方がゲート-JCQ よりも小さいので, 直感的に理解で きる. 第3章 46 結果と議論 14 Current [pA] 12 10 8 6 4 2 0.0 0.1 0.2 0.3 0.4 Veg [V] Intervals [mV] 図 3.12: Veg を掃いたときの JQP ピークの変化 Peak Max Peak Min 8 7 6 5 4 3 0.1 0.2 0.3 0.4 Veg [V] Veg [mV] 図 3.13: Veg に対する JQP ピーク間隔の変化 1.0 0.8 0.6 0.4 0.2 0.0 -20 -15 -10 -5 0 Vg [mV] 90 44.5 80 44.0 70 Cg Ceg 43.5 60 50 43.0 40 42.5 0.0 0.1 0.2 0.3 0.4 Gate-JCQ capacitance Cg [aF] 2DEG-JCQ capacitance Ceg [aF] 図 3.14: Veg に対する Vg を掃いたときの JQP ピーク間隔の変化. わかりやすいように Vg = 0 で JQP ピークを揃えてある. 間隔は Veg の増加に対して狭まる. 0.5 Veg [V] 図 3.15: Veg に対する 2DEG-JCQ の静電容量 Ceg とゲート電極-JCQ の静電容量 Cg の変化 3.5. 高周波の振幅変調とロックインアンプによる測定 JCQ 47 JCQ Ceg Gate 2DEG Cg 2DEG (a) (b) Gate 図 3.16: (a)JCQ-2DEG 間にバイアスすることで2次元電子エッジが変化する様子の模式 図.(b) は (a) を更に回路的に簡単化したもの. Charging energy Ec [µeV] 180 179 178 Charging energy Ec 177 176 175 0.0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 Veg [V] 図 3.17: Veg に対する帯電エネルギー Ec の変化 3.5 高周波の振幅変調とロックインアンプによる測定 2.2.2 節で述べたように,JCQ に印加する高周波に振幅変調を加え,JCQ からの変調に同 期した信号をロックインアンプで分離することで, 高周波による変化分だけを観測すること ができる. 理想的にはこれにより PAJQP ピークのみを観測できるはずである. しかしなが ら, 高周波特性 [3.2 節] でわかるように JQP ピークも高周波のパワーの増加に対して減少 の変化をする. そこでロックインアンプの位相を JQP ピークの位置で一度 JQP ピークに 位相敏感検波 (PSD) 位置を合わせた後, π シフトして PSD 出力を測定した.これまで見て きたように, フォトン (光子) 入力に対して PAJQP ピーク高さは増加し,JQP ピーク高さは 減少するためこれらは高周波振幅 (すなわち単位時間あたりの光子数) 変調に対して逆位相 の応答を示す.従って上記のような PSD 設定に対し,PAJQP ピークは正符号の信号,JQP ピークは負符号の信号 (すなわちディップ) として観測される. 振幅変調によるクーロンダイアモンドの測定結果が図 3.18 である. 図 3.18,3.19 から わかるように, 接合 1 での JQP ピークの両側にフォトンの吸収と放出の両方の PAJQP ピークが明瞭に観測された. 一方, 接合 2 の方にも幅のやや太い高周波によるピークが現 れている.PAJQP のピーク幅はおおよそ ~Γqpi で与えられ接合1と2それぞれ ~Γqp1 = 0.232µeV,~Γqp2 = 1.11µeV である. 第3章 48 PAJQP peak JQP peak Junction1 Junction1 結果と議論 JQP peak PAJQP peak Junction2 Junction2 図 3.18: 高周波の振幅変調による Ejmax でのクーロンダイアモンド. 高周波のパワーの増 加に対して増加するもの (PAJQP peak) が正, 減少するもの (JQP peak) は負の信号とし て出ている. PAJQP peak JQP peak Junction1 Junction1 PAJQP peak Junction2 Junction2 JQP peak 図 3.19: 高周波の振幅変調による Ejmin でのクーロンダイアモンド. 高周波のパワーの増 加に対して増加するものが正, 減少するものは負の信号として出ている. 3.5. 高周波の振幅変調とロックインアンプによる測定 49 分散関係をプロットするには PAJQP ピークだけでなく JQP ピークも必要である.JQP ピークの位置は高周波のパワーを上げていくと信号が下がる位置である. それをみて JQP ピークの位置がわかり Vsd と Vg の調節が可能となる. 高周波の振幅変調での I − Vsd 特性 を図 3.20 I − Vg 特性を図 3.21 に示す. ( 2Δ+Ec)/e (2Δ+3Ec)/e JQP peak 図 3.20: 振幅変調時の I − Vsd 特性. 高周波のパワーの増加に対して JQP ピークは減少する. PAJQP peak PAJQP peak JQP peak 図 3.21: 振幅変調時の I − Vg 特性. 高周波のパワーの増加に対して JQP ピークは減少す る. 一方 PAJQP ピークは増加している. 高周波を振幅変調する利点は,Ejmin のときなどの電流が少ないときに JQP ピークの裾 に隠れてしまう PAJQP ピークを分離できる点である. これにより PAJQP ピーク位置の検 出可能な領域を,JQP ピークの近傍にまで広げることができた. 第3章 50 3.6 結果と議論 分散関係 本節では, 以上述べてきた実験手法によって得られた JCQ の分散関係が磁場や 2DEG バ イアスに対してどのように変化するか示し議論する. 2DEG 変化に対する分散関係 図 3.22 は, 磁場を最もエネルギーギャップが開いている位置 (このときのジョセフソンエ ネルギーを Ejmax とする) に固定し,2DEG との電位差 Veg を変化させたときの分散関係で ある. Veg の増加に伴って 2DEG-JCQ 間の静電容量 Ceg , すなわち JCQ-散逸系の結合は小 さくなる.しかし, 図 3.22 に示した結果では, JCQ は散逸の最も大きな Veg = 0 でもコヒー レンスを維持する結果となった. これは今回の試料では JCQ のクーロン島付近を直近まで 2DEG を削ったことで, 以前の実験と比して散逸源との結合媒体である 2DEG が JCQ の回 りに少なかったためと考えられる. しかしながら JCQ の回りの 2DEG を削らないと 2DEG とゲート電極との結合が強くなりゲート電極が効かなくなる上に, 問題としている散逸と は直接関係のない大きな雑音 (おそらく, 欠陥の電荷の不安定な動きによるいわゆるポップ コーン雑音) の混入が頻繁に生じ, 測定中の信号飛躍など好ましくない現象も多発するよう になる. 実際,2DEG を削り込んでいない試料を用いた以前の実験では金属ゲート電極に対 する応答が極めて鈍くなり 2DEG を代替ゲート電極として使用した.このとき求めた分散 関係には明らかなデコヒーレンスが観測された. この試料の 2DEG と JCQ との静電容量 は 340aF であり, 今回の試料 40∼100aF に比べてかなり大きく結合が強いことがわかる. Ej の変化に対する分散関係 Veg = 0.4V のときの Ej が最大と最小のときの分散関係を図 3.23 に示す.Ej が最大のと きはギャップが開き,Ej が最小のときはギャップが閉じ直線となっている. 高周波の振幅変 調を行っているときとないときの分散関係は一致している. 特に今回の実験では,Ejmin の 分散関係の周波数が低いところは高周波の振幅変調による方法で測定が可能になっており, よりギャップの有無をはっきりさせることができた. 3.6. 分散関係 51 40 freq [GHz] 30 Veg 0 V Ej 11.7 GHz Ec 41.6 GHz 20 10 0 0.00 0.05 0.10 0.15 0.20 0.25 0.30 |Ng-0.5| 40 freq [GHz] 30 Veg 0.1 V Ej 13.3 GHz Ec 43.1 GHz 20 10 0 0.00 0.05 0.10 0.15 0.20 0.25 0.30 |Ng-0.5| 40 freq [GHz] 30 Veg 0.2 V Ej 11.1 GHz Ec 43.1 GHz 20 10 0 0.00 0.05 0.10 0.15 0.20 0.25 0.30 |Ng-0.5| 40 freq [GHz] 30 Veg 0.4 V Ej 11.7 GHz Ec 44.0 GHz 20 10 0 0.00 0.05 0.10 0.15 0.20 0.25 0.30 |Ng-0.5| 図 3.22: 上から順に Veg =0V, 0.1V, 0.2V, 0.4 V での Ejmax の分散関係. すべてギャップが 開いており, どの系も量子コヒーレンスを示している. 第3章 52 40 freq [GHz] 30 結果と議論 Veg 0.4 V Ejmax Normal Ej 11.7 GHz Ec 44.0 GHz AM Ej 9.77 GHz Ec 44.7 GHz 20 10 0 0.00 0.05 0.10 0.15 0.20 0.25 0.20 0.25 |Ng-0.5| 40 Veg 0.4 V Ejmin Normal AM Ec 44.9 GHz freq [GHz] 30 20 10 0 0.00 0.05 0.10 0.15 |Ng-0.5| 図 3.23: Veg = 0.4V における分散関係. 上図は Ejmax , 下図は Ejmin の分散関係である. 3.6. 分散関係 53 分散関係のまとめ 分散関係から得られた各値を表 3.3, ゲート特性から得られた各値を表 3.4 に示す. 表 3.3: 分散関係から得られた Ej , Ec Ej Ec Veg 0V 48.4 ±3.22µeV 172 ±2.86µeV Veg 0.1V 55.2 ±2.24µeV 179 ±2.48µeV Veg 0.2V 46.0 ±4.39µeV 179 ±4.22µeV Veg 0.4V 48.4 ±4.14µeV 182 ±4.35µeV 表 3.4: ゲート特性から得られた Ej , Ec Veg 0V Ej Ec 175 µeV Veg 0.1V Veg 0.2V 0.500 µeV 177 µeV 179 µeV Veg 0.4V 180 µeV ジョセフソン接合エネルギー Ej は 3.1 節で求めたものに比べると大きくなっている. こ れは R1 , R2 を静電容量の比から単純に計算していることが原因と考えられる. 分散関係か ら得られる Ej から各接合の抵抗を求めると R1 , R2 =16.3k,9.08MΩ となり,2.1.1 節で述べ た接合の片方が絶縁破壊 (抵抗が大きい方が絶縁破壊で壊れやすい) により導通してしまっ たときの抵抗 (数十 kΩ) により近い値であった. 一方, 分散関係から得られた帯電エネルギー Ec の Veg に対する変化は, ゲート特性から 見積もったものとほぼ同様であった. 図 3.24 Charging energy Ec [µeV] 190 185 180 175 Ec Spectroscopy Ec 170 165 0.0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 Veg [V] 図 3.24: Veg に対する帯電エネルギー Ec の変化. 青は分散関係から得られた値で, 赤はゲー ト特性から求めた値. 以上を元に相図をプロットしたのが図 3.25 である. 今回の試料ではデコヒーレンスが起 こる領域まで調べることができなかったので, 大変残念ながら散逸量の変化による量子か ら古典への転移が観測することはできなかった. ただし, 調べた範囲に量子-古典の相転移 境界がないことは明らかになった.また, この範囲では, 散逸系との結合を変化させてもコ ヒーレンスにほとんど影響がないことも明らかにできた.この結果は, 系の古典化がある 第3章 54 結果と議論 エネルギー散逸量を境に急激に生じる, という繰り込み群方程式による理論的予想を積極 的に支持するほど強くはないが, 少なくとも予想と矛盾はしないものである. !"の$% &"の$% Ejmax 'によるキャリアの/0 Ejmin 図 3.25: 今回と前回の試料から得られる相図. 右下へ行くほど古典的な領域が強まる. 縦軸 方向の Ej は磁場により調節可能である. 横軸方向の散逸の程度の変化は前回は光による キャリアの誘起, 今回は 2DEG のバイアスにより行った. 今回の実験で調節可能な範囲 Veg 0 ∼ 0.4V でデコヒーレンスが起こらなかったためさらに 散逸の量を増やす方法として,Veg をマイナスにバイアスしていくことも試みたが,Veg ∼ 0V より下げてすぐにショットキー障壁がリーク電流を生じて測定に支障をきたした. 他に 2DEG にやや大きな電流を流すことでデコヒーレンスすることを試みたが, 温度上昇によ り JQP ピークと PAJQP ピークの区別ができず分散関係はプロットできなかった. この実 験については, 次の節で改めて述べる. 3.7. JCQ の 2DEG 電流と温度による特性 3.7 55 JCQ の 2DEG 電流と温度による特性 先の実験では Veg のコントロール可能な範囲で, 散逸の量を変化させてもデコヒーレン スによる分散関係の変化が生じなかった. そこでこの節では JCQ の下の二次元電子ガス (2DEG) に大きな電流を流すことで散逸の量を増やそうと試みた結果を示す. JQP peak JQP peak Parity peak Parity peak Parity peak Parity peak PAJQP peak 図 3.26: JCQ 直下の 2DEG に電流を流していったときの I − Vg 特性. 左図が高周波なし. 右図は高周波 38GHz -15dBm を印加したときのもの 図 3.26 は二次元電子系に電流を流すバイアス Vi を変化させていったときの I − Vg 特性 である. これをみると,2DEG の電流の増加に対して(Vi の増加につれ)電流が全体的に 一度少しだけ減少していき, その後増加していくことがわかる. その為 PAJQP は増加した 電流に埋もれてしまい分散関係がプロットできうるものとならなかった.また, このとき JQP ピーク間の丁度中間にパリティ効果が小さくなったことによる新しいピークが見えて いることから, この電流増加は 2DEG に電流を流したことによる基板の温度上昇が原因で あると考えられる.(このとき電流増加に対してミキサー内部の温度計は 60mK 一定のま まであったが, これは電流加熱により基板表面のみ温まった結果である。) 一方、ミキサー内部の抵抗を使いミキサー内部を加熱しときの,JCQ の I − Vg 特性の温 度依存性を示す. 図 3.27. 先程の図 3.26 に酷似している. 第3章 56 JQP peak Parity peak 結果と議論 JQP peak Parity peak Parity peak Parity peak PAJQP peak 図 3.27: JCQ の温度変化による I −Vg 特性. 左図が高周波なし. 右図は高周波 38GHz -15dBm を印加したときのもの. 温度はミキサー内部の温度計のもの. 同様に二次元電子系に電流を流したものと, ミキサー内部の抵抗で温度変化させたとき の I − Vsd 特性はそれぞれ図 3.28, 図 3.29 である. こちらも同様な変化を示した. ( 2Δ+Ec)/e (2Δ+3Ec)/e JQP peak 図 3.28: Vi の変化に対する I − Vsd 特性.Vi を上げていくと全体的に電流が増えていく. 3.7. JCQ の 2DEG 電流と温度による特性 57 ( 2Δ+Ec)/e (2Δ+3Ec)/e JQP peak 図 3.29: 温度変化に対する I − Vsd 特性. 温度を上げていくと全体的に電流が増えていく. また始めの減少は 2DEG に電流を流す回路の抵抗分のものでオフセットがずれているた めである. 図 3.30 にパリティ効果が小さくなったことにより現れた新しいピークの Vi に対 する変化について示す。 6.0 Current [pA] 5.5 5.0 4.5 4.0 3.5 3.0 -100 -50 0 50 100 150 Vi [mV] 図 3.30: Vi によるパリティ効果による電流ピークの変化. 電流が多く流れるにつれてピー クが高くなる. 電流を流す回路全体の抵抗のため Vi の最小値が0からずれている. 以上が,JCQ の 2DEG 電流と温度による特性である.2DEG に電流を流すと温度が上昇し てしまい, クーパー対のトンネル以外に準粒子のトンネルが増える. そのため,JQP ピーク 間に新たな電流ピークができその結果,PAT による電流ピークがうまく認識できず, 分散関 係はプロットできなかった. 59 第 4 章 総括 本実験の実験結果を以下にまとめる. JCQ のゲート特性 JCQ のゲート電圧とソースドレイン電圧に対する特徴を確認した.各接合での共鳴によ り起こる JQP 電流ピークにより構成されるクーロンダイアモンドから各接合の静電容量 や抵抗, おおまかなジョセフソン結合エネルギーや帯電エネルギー, 準粒子トンネル確率を 見積もった. JCQ の高周波特性 JCQ に高周波を印加し GHz 周波数帯で PAJQP ピークを観測した.高周波を印加しな がらクーロンダイアモンドを測定すると接合1の共鳴するラインと平行に PAJQP ピーク が観測された.PAJQP ピークの強度依存性を調べたところ, 一部の低周波領域を除いて PAJQP ピークの位置が強度によってほとんど変わらないことを確認した.また, 各周波数 における PAJQP ピークの JQP ピークのから相対位置を調べることで,JCQ における電荷 状態間のエネルギー分散関係を調べた. JCQ の磁場特性 JCQ の SQUID に磁場を印加することにより, ジョセフソン結合エネルギーを変化させ, ジョセフソン結合エネルギーが最大のときと最小のときのクーロンダイアモンドを比較し た.JCQ のギャップ内伝導にはジョセフソン結合が大きな役割を果たしていることがわかっ た.また,JQP ピークの幅や高さのジョセフソン結合エネルギー依存性や, 高周波を印加し ながらジョセフソン接合エネルギーを変化させることで,JCQ の電荷状態のエネルギーの 広がりよりもジョセフソン結合エネルギーの方が大きいことを確認した. JCQ の 2DEG 特性 二次元電子ガスをプラスにバイアスしていくことで,JCQ と 2DEG との静電容量を変化さ せることが可能ということが確認できた.また 2DEG のバイアス変化に対して,JCQ-2DEG の静電容量は JCQ-ゲートの静電容量の変化とは逆に変化することがわかった. 高周波の振幅変調による測定 高周波を振幅変調し,JCQ からの変調された信号を調べることで PAJQP ピークをより 詳しく調べることができるようになった.振幅変調による測定で得られたクーロンダイア モンドには光子の吸収と放出の二つのピークが見えるようになり, かつ従来の方法では観測 しづらかった電流の低い Ejmin の低周波数側の PAJQP ピークも観測できるようになった. 60 第4章 総括 JCQ の分散関係 今回, 調節可能な散逸の程度の変化に対して分散関係を確認した.いずれの状態でも分 散関係は双曲線となった.これによって JCQ は調節可能な範囲では量子から古典への相 転移をすることができないことがわかった.この原因として以前古典への転移を示した試 料と比較すると, 散逸源となる JCQ 直下の 2DEG が少なかったためと考えられる. 一方, ジョセフソン結合エネルギーが最小のときと最大のときのエネルギー分散関係を 確認した.ジョセフソン結合エネルギーが最大のときは双曲線であり, 最小のときは直線 となった. また, エネルギー分散関係からジョセフソン結合エネルギーと帯電エネルギーを見積も ることができた.帯電エネルギーはゲート特性から見積もった値と同様になった. JCQ の 2DEG による電流と温度による特性 2DEG に電流を流し, 散逸の量を増やそうとした結果, 基板の温度上昇が起こりパリティ 効果による新しい電流ピークを観測した.しかしながらこれにより PAJQP ピークの観測 は困難になり分散関係はプロットできなかった.また, 高周波のパワーの増大によるピーク の変化はミキサー内部の温度上昇のためではないことがわかった. まとめと今後の課題 今回の実験では散逸源となる 2DEG をコントロールすることができた.しかし目的とし ていた量子から古典への連続的な測定による相転移は見ることができなかった.これは散 逸源となる 2DEG が少なすぎたためと考えられる.散逸源となる 2DEG は試料作成段階 での形状に大きく依存し,2DEG が多すぎると JCQ のゲート電極が効かなくなり, 少なすぎ ると散逸が少なすぎるというジレンマがあり, これをうまく調節する必要がある.方法と しては 2DEG を電極に直結し, 間をゲートで切るなどが考えられる. また今回の測定では分散関係を一つ作成するのに膨大な時間が必要とされているため, 散 逸量を連続的に入れることが可能になったのに関わらず, 連続的にコヒーレントな状態を 確認するのは時間的な制約があった.改善策としては例えば磁場に低周波変調を加え, ゲー トに中間周波変調を加えて高周波と三周波の Lock-in 検波を行い連続検出を行うことが考 えられる. また今回の実験では散逸の量がどれほど JCQ に影響しているか分からない.そこで, コ ヒーレンス振動を観測する実験が考えられる.これによりデコヒーレンス時間を測定する ことで散逸の量を見積もれると考えられる. 61 参考文献 [1] A. O. Caldeira and A. J. Leggett, Phys. Rev. Lett. 46, 211 (1981) [2] R. F. Voss and R. A. Webb, Phys. Rev. Lett. 47, 265 (1981) [3] S. Chakravarty, Phys. Rev. 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