2006 年 5 月 25 日 六辻彰二 紛争管理と小型武器拡散防止レジーム 1.はじめに 紛争管理における小型武器問題の位置付け 1-1 B.B.ガーリ国連事務総長『平和への課題』[Ghali(1992)] 予防外交 平和創造 平和維持 平和構築からなる一連の紛争管理メカニズム ソマリアでの平和執行の失敗 予防外交と平和構築への関心の高まり 1-2 武力紛争の近接的要因と根源的要因 近接的要因(immediately causes):突発的な政治的・経済的変動による武力衝突の引 き金となる要素 根源的要因(root causes):既存の政治・経済秩序に対する広範な不満を当該国の構 成員の間に比較的長期間に渡って醸成する要素 1-3 近接的要因でありながら根源的要因に転化し得る要素としての小型武器 小型武器(SALW): 一人で携行・操作できる小型武器(small arms) 二∼三人で携行・操作する軽火器(light weapons) 弾薬・爆発物(ammunition and explosives) 小型武器の拡散がもたらす危機[Boutwell(2000:51)] ①民間人死傷者数の激増 ②紛争地帯住民の更なる困窮 ③「暴力の文化」の蔓延 その他、難民・避難民の増加と難民キャンプの政治問題化、HIV/AIDS の蔓延など 1-4 グローバル・イシューとしての小型武器 武力紛争の発生・再発を防止するうえでの小型武器拡散防止の必要性 小型武器拡散防止に向けた国際的取組みの意義と課題の検証 2.冷戦終結後の小型武器の需給状況 2-1 小型武器の流通状況 2-2 供給側のプッシュ要因 商業取引のウェイトの相対的上昇 東西間の武器市場の分断が消失 武器製造企業のロビイング 小型武器移転の政治的管理が困難な状況 国連軍備登録制度設立(1991):7 品目(戦車、装甲車、口径 100 ミリ以上の火砲、 戦闘機、攻撃用ヘリコプター、軍艦、ミサイル及びミサイル発射基)の輸出入量 ・相手国名の登録 ワッセナー協約設立合意(1995):加盟国の自由裁量を原則とし、「ならず者国 家」 への武器移転を制限[山本(1996)] グローバリゼーションに伴う闇市場の活性化 「世界全体における 70∼100 億ドルの合法的な小型武器の商業取引に対し、新品・ 中古を問わず違法な流通は、およそ 20∼30 億ドルに上る」[Boutwell(2000:49)] 武器輸出国の多様化 1 旧ソ連・東欧諸国の武器輸出 ライセンス制度による武器製造国・企業の増加(98 カ国・1134 社)[PGIIS(2003: 11-12)] 2-3 需要側のプル要因 開発途上国政府による強圧的治安維持が困難な環境:冷戦終結と軍事費縮小 開発途上国の武装組織の多様化:民兵組織、軍閥(warlord)、テロリストなど 武装組織の購買力増強 タリバーンによるアヘン製造・密輸が 2000 年の世界全体の違法なアヘン流通の 70%に及んだこと[PGIIS(2004:311)] アンゴラ、コンゴ民主共和国、シエラレオネなどからの「紛争ダイヤモンド」 (conflict diamond)輸出[Global Witness(1998)] オフショア・センターを拠点とするマネー・ロンダリング[Fishman(2000)] 2-4 グローバリゼーションの進展に伴う小型武器拡散の加速 物流の量的増加と規制の困難化 生産拠点の拡散 金融市場の複雑化 市場経済の「外部不経済」としての小型武器拡散 3.小型武器拡散防止レジームへの道程 3-1 国連による取り組み ガーリ事務総長『平和への課題:追補』(1995):ミクロの軍縮(micro disarmament) 政府専門家パネルが報告書を提出(1997):小型武器の定義を提示し、過剰蓄積の削 減や情報の共有を強調 政府専門家グループが報告書を提出(1999):国連による行動計画策定の勧告 3-2 1997∼2000 年までの各地域の小型武器拡散防止に向けた合意 3-3 積極派諸国の温度差 アフリカ諸国:OAU の「バマコ宣言」(2000) 武器移転の透明性確保と違法流通規制に主眼(供給側へのアプローチ:supply-side approach) EU 諸国:「武器輸出行動規約」(1998)から「行動計画」(2000)へ 供給側へのアプローチから需要側へのアプローチ(demand-side approach)を含む包括 的アプローチへの転換 カナダ:外交方針の柱の一つとしての「人間の安全保障」 EU の行動規約への参加(1999) 3-4 消極派諸国のインセンティブとディスインセンティブ 米国:クリントン政権の硬軟相半ばの対応 強権的な開発途上国政府(トルコ、インドネシアなど)への武器禁輸措置 非政府武装組織への武器提供および民間人の武器保有への規制には反対 EU の行動規約への不参加 ロシア・中国・アラブ諸国 武器の移転・蓄積といった国家主権に抵触するとしてミクロの軍縮に消極的 2 グローバルな小型武器拡散防止レジーム参加へのインセンティブ 国際的包囲網:OSCE の「小型武器に関する文書」(2000) 内外の小型武器拡散への脅威 小型武器の非合法取引に関心を集中させる傾向 4.小型武器拡散防止レジームの意義と課題 4-1 小型武器の非合法取引のあらゆる側面に関する国連会議(2001) 「行動計画」の主な合意点 各国における小型武器の製造・移転に対する規制強化と法令整備 流通追跡(tracing)のための記録管理 マーク打刻(marking)の徹底 自発性に基づく小型武器製造・移転の透明性強化 エンドユーザー確認システムの改善 紛争地帯での武装解除・動員解除・前戦闘員の社会復帰(DDR)の促進 過剰武器の破壊 国家の保有する武器の保管強化 隔年の検討会議と 2006 年に再検討会議を開くこと 4-2 行動計画の特徴 グローバル・レベルあるいは地域レベルより各国ごとの取り組みを優先 争点としての非政府武装組織への武器提供および民間人の武器保有 J.ボルトン米国務次官(当時)の強硬姿勢[PGIIS(2002:219)] 拘束力と対象領域のいずれもが限定的な「軟らかいレジーム」 法的拘束力なし 供給側へのアプローチに重心 4-3 隔年会議(BMS) BMS の目的 国別報告書、国別声明を通じた行動計画実施状況の実態調査 何らかの決定、再検討、交渉をする権限は与えられていない BMS の意義 国際的な関心の繋ぎとめ:第一回 BMS に NGO が 172 団体参加(2001 年は 177 団体) [ Batchelor(2003)] 多様な意見の表明:「小型武器に関する国際活動ネットワーク」と「スポーツ射撃 の将来に関する世界フォーラム」に報告の機会が付与 BMS の構成 10 のセッション 1~5:各国の実施状況報告、6:NGO 代表者の発表、7:国連機関・地域機関に よる発表、8~9:実施・国際協力・援助に関するテーマ別討議、10:会議報告書 の策定を含む運営のあり方 第一回 BMS のテーマ別討議における問題群(clusters)設定 小型武器の回収と破壊(大量貯蔵、DDR)、 キャパシティ・ビルディング (資源動員、制度構築)、 マーク打刻と流通追跡、 関連する諸問題(テロ、 組織犯罪、麻薬・地下資源)、 輸出入管理(仲介業者管理)、 人間開発(普 及啓発と「平和の文化」、子供・女性・高齢者) 3 4-4 BMS における需要側へのアプローチの位置付け 問題群設定を含む猪口邦子議長の総括に対する拒絶反応[PGIIS(2004:250-251)] 「議長権限でない」「参加国の合意を得ていない」 第二回 BMS における問題群の定着 P.パトカリオ(Pasi Patokallio)議長による議長総括:「需要側への取り組みを一層強 力に進める必要がある」[Patkallio(2005)] BMS で需要側へのアプローチへの各国の関心が高まったという見解 D.ジャックマン(David Jackman)の四分類[Jackman(2005)] 各国の需要側へのアプローチに対する関心の調査 国別報告書における需要側へのアプローチに関するキーワードの検索 紛争地帯以外で顕在化しやすい問題や政治的制限が加わりにくい問題を除くと、概 ね参加国の関心は低い 第一回から第二回にかけて、参加国の関心が全体的に高まったとはいえない 先進国の関心にはバラつきがみられる一方、最大の「被害者」たるアフリカ諸国の 関心は総じて低い 未だ途上にある小型武器拡散防止 5.おわりに 「テロとの戦い」にみる包括的アプローチへの可能性 米国安全保障支援法(2002 年) 友好国の軍事力強化のために武器の輸出制限を緩和(トルコなど) 小型武器のエンドユーザー管理、仲介業者の活動、武器移転などに報告義務 紛争地帯での DDR のために 1000 万ドルの予算確保(前年度 200 万ドル) 需要側へのアプローチに対する米国の積極姿勢 「テロとの戦い」における軍事力行使からのシフトウェートの可否が、小型武器拡散防 止レジームの包括的アプローチ採用に大きな影響を及ぼすと考えられる 参考文献 A Project of the Graduate Institute of International Studies(PGIIS)(2002) Small Arms Survey 2002, Geneva: Oxford University Press. -(2003)Small Arms Survey 2003, Geneva: Oxford University Press. -(2004)Small Arms Survey 2004, Geneva: Oxford University Press. 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