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聖心女子大学
第 31 回 教養講座報告書
2012 年 11 月 17 日(土)
能「敦盛」と鎮魂
聖心女子大学文学部哲学科
聖⼼⼥⼦⼤学 第 31 回教養講座「能と鎮魂」
プログラム・講師・講演の紹介
上⽯ 学(哲学科専任講師・美学)
◆プログラム
受付開始 10:00
第Ⅰ部 10:30〜12:00
能における鎮魂の表現 ―「敦盛を中⼼として」―
講演 観世喜正(能楽師、観世流シテ⽅)
第Ⅱ部 13:00〜14:30
能「敦盛」を観賞する(DVD 上映)
司会 上⽯ 学(聖⼼⼥⼦⼤学専任講師)
解説 ⻑野美⾹(聖⼼⼥⼦⼤学准教授)
哲学科懇親会(ホームカミング) 講座終了後
於 学⽣⾷堂
◆講師の紹介
観世喜正(かんぜよしまさ)⽒プロフィール
能楽師、観世流シテ⽅。
昭和 45 年、三世・観世喜之の⻑男として東京に⽣まれる。2歳半にて初舞台。東
京九段の暁星学園に幼稚園から⾼校まで在籍、卒業の後、慶應義塾⼤学法学部に進
学、平成 5 年卒業。現在、公益社団法⼈観世九皐会理事、公益社団法⼈能楽協会理
事。
「のうのう能」、
「喜正の会」を主宰し、能楽「神遊」同⼈として多くの公演を⼿
掛け、本拠地の東京神楽坂の⽮来能楽堂(登録有形⽂化財)を中⼼に、全国各地で
の公演に多数出演する他、普及活動や講演も数多く⾏なう。また、謡曲の CD 化や
能公演の DVD 作成など、能楽教材のソフト化にも積極的に取り組み、全国にまた
がる観世九皐会において、能の普及事業・謡曲指導に務める。
法政⼤学⼤学院、皇學館⼤学⽂学部にて⾮常勤講師。NHK 邦楽技能者育成会講師。
シンガポール Intercultural Theatre Institute 講師。
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【著書】
『演⽬別に⾒る能装束』(淡交社)
【DVD】
スピカろうそく能 『鉄輪』、
『紅葉狩』、
『⼤般若』、
『道成寺』
(⽇本伝統⽂化振興財
団)ほかの主演・作成・監修。
【出演・監修】
NHK「⽇本の伝統芸能」、⼤河ドラマ
主宰の「のうのう能」及び「七⼣コンサート」は下記の⽂化庁助成事業等に選定さ
れている。
「のうのう能」
平成 20 年度
芸術⽂化振興基⾦助成⾦対象活動
平成 21 年〜22 年度 芸術創造活動特別推進事業助成⾦(⽂化庁)
平成 23 年〜24 年度 トップレベルの舞台芸術創造事業(⽂化庁・⽂化芸術振興費
補助⾦)
「七⼣コンサート」
平成 22 年〜24 年度 芸術⽂化振興基⾦助成⾦対象活動
「kanze.com」HP より
「⽮来能楽堂」HP より
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◆講演の概略紹介
教養講座の第Ⅰ部として、「能に
おける鎮魂の表現 ―『敦盛』を中
⼼として―」という演題で、観世流
シテ⽅の能楽師である観世喜正⽒に、
約⼀時間半にわたるご講演をいただ
いた。
まず始めに、能理解の導⼊として、
能の歴史を中⼼とした説明がなされ
た。室町時代に観阿弥・世阿弥⽗⼦
によって⼤成された芸能というのが、能の⼀般的な理解であるが、この「⼤成」の
おきなさるがく
を、能に先⾏する芸能である 翁 猿 楽 との関係から、明快に述べていただいた。平
安時代より⾏われた翁猿楽は、祭礼のさいの奉納として、神社やお寺のお抱え芸能
集団によって⾏われる、天下泰平・護国豊穣を祈願するための神事や仏事に近い芸
能であった。観阿弥・世阿弥は、こうした神事⼀辺倒であった芸能から、作品の⾻
組みや台詞のなかに、和歌、⽂学、漢詩などの要素を取り⼊れることで、⼈間の内
⾯へとスポットを当てた、今でいう「演劇」へと進化させたのである。こうした能
が、当時の⽀配階層に受け⼊れられ、彼らに庇護されることによって、後の 600 年
にわたって続く芸能が⽣み出されたのである。
次に、講演のテーマでもある「鎮魂」に関連して、当時⺠衆に広まっていた宗教
である仏教と「夢幻能」という能の形式についての説明がなされた。夢幻能とは、
夢のなかで過去を回想する形で演じられる形式だが、次のようなパターンをもって
その典型とする。それは、
「旅のお坊さんが修⾏の道中で⽴ち寄った場所で、ある⼈
と出会い、話をしていると、その⼈に
は何か⽈くがあり、じきに幽霊である
ことが分かる。幽霊は弔いを依頼して
姿を消す。奇特なこととして、夜通し
弔いをしていると、夢とも現実ともつ
かないまどろみの中に、その⼈の幽霊
が再び現れて、過去の物語を語ってき
かせ、最後にまた弔いを依頼して姿を
消す」というものである。この形式は、
後に詳しく説明のあった「敦盛」につ
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いても同様である。夢がお坊さんのものであるのも、当時、⼈の「弔い」をお坊さ
んが⾏っていたことを考えれば、ごく⾃然の流れということであった。能における
鎮魂の典型は、この世に未練や執⼼を残した幽霊の弔い(魂の鎮め)として⾏われ
るものであり、現⾏の 210〜220 曲のなかの 80 曲ほどが弔いの体裁をとっている
そうである。
こうした夢幻能の⼀つである
「敦盛」は、⼀ノ⾕の合戦で若
くして戦死した平敦盛と、彼を
討ち取った後出家して蓮⽣法師
となった熊⾕直実の物語であり、
世阿弥の作とされている。敦盛
が、まさに⾃分を討ち取った蓮
⽣法師から弔いのお経を詠んで
もらい、深い恨みを捨てていく
ところに、⼀層のドラマ性を感
じさせる作品であるが、講演で
は、「敦盛」で使⽤される⾯や装
束の紹介、台詞の説明などが⾏
われた。当時の仏教観によれば、
戦いに携わったものは修羅道へ
墜ち、⽇々戦いと責め苦が続く
のだが、その苦しみがこの世に
いる⼈の弔いで和らぐとされる。
敦盛では、この仏教観に基づき、
死者の側の⾼ぶる気持ちや前世
へのいろいろな想いが、弔いに
よって最後に収められていく様
が描かれている、とのことであ
った。観世⽒は、この弔いが、
特に宗旨にとらわれない弔いであることを何度も強調しておられた。特定の宗教・
宗派を超えたところに、芸能・芸術としての弔いの姿があるのではないかと、考え
させられるご指摘であった。
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「敦盛」の最後の場⾯を実際に舞っていただいた
さいには、場内から惜しみない拍⼿が送られたが、
それは、圧倒的な迫⼒とともに、すでにいただいた
ご説明を⼿がかりとして、動きや演技の具体的な表
現のなかに、豊かな情感を感じることができたから
でもあろう。
講演の最後には、「敦盛」の詞章の⼀部を、観世
⽒のご指導のもと、会場全体で謡うこととなった。
初めはぼそぼそと⼾惑いながらの発声であったが、
徐々に⼤きくなり、やがて会場が⼀つの声に満たさ
れたときには、七五調をベースとした古典のリズム
の中で、能という芸能を、わずかながらも実感する
ことができた思いがした。
能についてのわたしたちの理解は、その名を⽿に
する機会に⽐して、必ずしも明瞭なものとは⾔えな
いだろう。今回の講演を通じて、⼀つの明確なヴィ
ジョンを与えていただいたことに深く感謝したい。
講演後の感想を聞くと、多くの聴衆が、過去と繋が
りながら、現在も⽣き続ける能にたいして、これか
らより積極的な関わりをもちたいと、こころから思
ったようである。
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