京都市産業技術研究所 革新的デジタル捺染システムの事業化に関する取り組み 材料技術グループ 繊維系材料チーム 廣澤 覚 加工技術グループ 早水 督 長瀬産業株式会社 大硲 一弘 要 旨 当研究所と長瀬産業(株)との共同開発により,世界初のカラーレーザーの原理を応用した環境に優しいデジタル捺 染システムを,DENATEX® ブランド 1)として商品化して事業展開を開始している。本報では商品化事業を開始した システムの概要について解説する。さらに,システムを用いて和傘の製作に係る傘布(カバー)部分のプリント技術支 援を行った事例や「風呂敷・袱紗」という日本の伝統的な商品を扱っている企業に対する本システムの導入事例につい て報告する。 1.はじめに 2.DENATEX-EST システム 近年のデジタル捺染はインクジェット方式が主流であ 昇華転写プリント方式とは図 1 に示すように,コン るが,本研究所では,それに替わる新方式として世界初 ピュータ上で作成されたデザインを転写紙に対してプリ の電子写真方式を応用したデジタル捺染システムの研究 ントし,その転写紙の印刷面を転写素材の転写面に合わ 開発に取り組んできた 2) 。 せて,ヒートプレス機にて,180℃ 200℃の高温と圧力 電子写真方式は静電気力を利用してトナー(荷電粒子) を加えることにより,気化した分散染料がポリエステル を感光体に付着させ,現像した可視画像を対象物にプリ の結晶構造に入り込むことで染色する技術である。この ントする仕組みである。その特徴は,色材がインク液滴 新開発の DENATEX-EST システムでは,この転写紙に ではなく,新開発の粉体染料トナーであるため,染料液 対するプリントに電子写真方式を応用することで,イン による滲みが無く,高精細なデザイン表現が可能となる クジェット方式を用いた場合に必要な滲み防止などの特 ことである。そのため,インクジェット方式の準備工程 別な処理を行った専用転写紙を必要とせず,気化した染 として必要である滲み防止の前処理が不要になり,試作 料でポリエステル繊維を染色する水を全く使用しないゼ 品の製作などの様々な要求に即応したものづくりが可能 ロエミッションシステムとなっている。 となる。さらに,プリントスピードはインクジェット方 式と比べると非常に高速であることから,生産コストと 環境負荷を低減させることが可能な革新的な生産技術で あると考えている。 この電子写真方式のデジタル捺染システムでは,直接 布帛にトナーを転写するダイレクトプリント方式と一旦 転写紙にプリントしたのちに転写紙から染料を布帛に染 色する昇華転写プリント方式の二種の方式について,事 業化を目指した開発を進めてきた。ダイレクトプリント 方式と比較して,種々の布帛に容易にプリントが可能で ある昇華転写方式の事業化を DENATEX-EST システム として先行して実施したので,実用機の概要及びシステ ムを用いた商品開発や事業化について報告する。 図 1 昇華転写プリントの流れ ̶ 119 ̶ 研究報告 № 4(2014) 3.実用機を利用したプリント技術支援について 図 2 は転写紙の作製原理である。まず,帯電プロセス において感光体ドラム上に電荷を形成し,露光プロセス 新開発の DENATEX-EST システムを用いて,京都の で光を LED アレイで書き込んで感光体ドラム上に静電 伝統産業の一つである和傘の製作に係る傘布(カバー) 潜像を形成する。その後,現像プロセスにて潜像に分散 部分のプリント技術支援を株式会社日吉屋に対して行っ 染料トナーを付着させ,転写プロセスで潜像に付着した た。株式会社日吉屋は京都で唯一の京和傘メーカーで竹・ 染料トナーを転写紙にプリントする。図 3 は現在上市し 木・和紙における繊細な加工技術を保有し,国内外のデ ているシステムの外観であり,DENATEX-RIP と呼ば ザイナー等とのコラボレーションを実現しながら,和傘 れるカラーマネージメント環境が構築され ICC プロファ をモチーフにした照明器具を開発するなど新たな商品開 イルによるカラーマネージメントだけでなく,カラー 発に積極的に取り組んでいる会社である。 現状の日本では年間約 6,500 万本のビニール傘が大量 マッチングによるカラーマネージメントも用意されてい る 3)。 に廃棄される世界一の傘消費大国であり,そのほとんど が埋め立て処分場で処理される。そのため,それに伴う ᖏ㟁䝥䝻䝉䝇 ᖏ㟁䝴䝙䝑䝖䛷 ឤගయ䝗䝷䝮ୖ䛻୍ᵝ䛾㟁Ⲵ䜢ᙧᡂ 㟢ග䝥䝻䝉䝇 LED䜰䝺䜲䛷䝗䝑䝖ୖ䛻ග䛷᭩䛝㎸䜏䠈 ឤගయୖ䛻㟼㟁₯ീ䜢ᙧᡂ ⌧ീ䝥䝻䝉䝇 ₯ീ䛻ศᩓᰁᩱ䝖䝘䞊䜢 㟼㟁Ẽⓗ䛻╔ ㌿䝥䝻䝉䝇 ₯ീ䛻╔䛧䛯ᰁᩱ䝖䝘䞊䜢 ㌿⣬䛻䝥䝸䞁䝖䛩䜛 環境負荷も無視できない。一方,和傘は和紙と竹から成 る 100%自然素材の傘であるものの,その用途は和装時 や伝統芸能といった場に限られているのが現状であっ た。 そこで,平成 24 年度京都市知恵産業創造支援事業補 助金などを利用し,日常生活に使える強度の素材とデザ 㝖㟁䝷䞁䝥 䜽䝸䞊䝙䞁䜾 䝤䝺䞊䝗 インで全く新しい傘を作るというコンセプトのもと, 「生 分解性プラスチック」で循環性のあるエコな素材を用い, さらにデザインの染色は環境負荷の少ない電子写真方式 ᖏ㟁 䝴䝙䝑䝖 のデジタル捺染システムで表現することで,伝統・デザ イン・エコを追求した新しい和傘の商品化に取り組んだ。 LED䜰䝺䜲 その結果,開発されたのが図 4 に示すエコ&デザイン和 傘「ryoten」である。この開発された傘は大手百貨店で ⌧ീ䝻䞊䝷 ឤගయ䝗䝷䝮 販売され,ホームページでも販売している。 ᰁᩱ䝖䝘䞊 また,関西圏のコンテンツ市場の促進のために京都市 ㌿䝻䞊䝷 ㌿⣬ 図 2 転写紙の作製原理 等が主催した京都国際マンガ・アニメフェア(平成 25 年 9 月 7,8 日開催)において,同フェアの公式キャラ クターである「都萌(ともえ)ちゃん」をプリントした 図 5 に示す「ryoten」を出品し,高精細な柄が表現でき ているという意見を頂くなどの好評を得た。 図 3 DENATEX-EST システム 図 4 エコ&デザイン和傘 ̶ 120 ̶ 京都市産業技術研究所 図 5 「京都国際マンガ・アニメフェア 2013」で展示された和傘 図 7 日本酒サミット 2013 における風呂敷展示 4.新規システムの導入事例 平成 25 年度ものづくり中小企業・小規模事業者試作 開発等支援補助金において,宮井株式会社(本社京都市) が「世界初ゼロエミッションデジタル捺染システムを用 い た ふ ろ し き の 開 発 」 と し て 事 業 が 採 択 さ れ, DENATEX-EST システムが新たに導入された(図 6)。 宮井株式会社は「風呂敷・袱紗」という日本の伝統的 な商品を扱っていながら,その可能性を更に拡げる活動 にも積極的に取り組んでいる会社である。そこで,ワン 図 8 日本酒サミット 2013 における風呂敷展示 ストップでの風呂敷の製造やデジタルデータによる小 ロット多品種製造を可能にするなど,時代のニーズに合 わせた取組も積極的に進めるために,DENATEX-EST 5.おわりに システムを導入して事業展開を開始している。また,そ の DENATEX-EST システムを利用した事業展開の足が 数年来,研究所が研究開発に取り組んできた電子写真 かりとして京都市が主催した日本酒サミット 2013(平成 方式のデジタル捺染システム開発研究において,新たな 25 年 10 月 12 日開催)においてプリントした風呂敷を展 事業展開を開始している昇華転写プリント方式の 示し,積極的に利用している。図 7,8 は新しい技術に DENATEX-EST システムについて,概要を紹介した。 また,実用機を利用したプリント技術支援の例やシス よる風呂敷の展示の様子である。現在は,DENATEXEST システムを利用した様々な事業展開を計画してい テムの導入事例について報告した。 今後は,DENATEX-EST システムの更なる事業展開 る段階であり,新商品開発などの展開が期待される。 を実施するとともに,ダイレクトプリント方式の事業化 を目指して研究開発を進める予定である。 参考文献 1)http://denatex.jp/ 2)早水督:京都市産業技術研究所研究報告,No.1,53 (2010)など 3)長瀬産業株式会社 色材事業部 デジタル捺染開発 室:加工技術,48,81(2013) 図 6 導入された DENATEX-EST システム ̶ 121 ̶
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