i nnovation IntelliGene HS Human Expression CHIP ® を用いた転写因子導入培養細胞の 遺伝子発現解析 防衛医科大学校 生化学第 2 講座 近藤 信夫 新井 仁明 すでに遺伝子発現の網羅的解析技術はいくつも紹介されて 除き、ハイブリダイゼーションの再現性を確認する目的で、 いるが、特にヒトにおいては遺伝子データベースの充実に Cy5、Cy3 ラベリングをサンプル間で取り換えた 2 回の実験 伴い、オリゴ DNA あるいは cDNAマイクロアレイを用いた を行った。 方法が主流となりつつある。それに伴い、既成のマイクロア レイも多数市販されているが、コスト面や解析可能な遺伝子 総数、さらには再現性などの製品間の特性をめぐる問題で多 くの研究者が少なからず悩んだ経験を持つのではないかと 思われる。我々は転写因子の機能を調べる目的で、様々な 培養細胞に活性化転写因子を導入し、支配下の遺伝子群を 検索しているが、本稿では、タカラバイオの IntelliGene® HS 【スキャニング】 DNA チップ上の水滴をエアーで吹き飛ばして乾燥した後、 スキャナー(PerkinElmer、ScanArray Express)にセットして 蛍光シグナルを読み取り、各スポットの蛍光の中央値を基準 にデータ解析を行った。標識ターゲットの比活性は、各マイ クロアレイチップにおけるシグナルの中間蛍光値を基準に補 正した。 Human Expression CHIP(Code X121A/B)を用いて発 現解析を試みた例を紹介する。 ■ IntelliGene® HS Human Expression CHIP を 用いた転写因子導入細胞の遺伝子発現の比較 ■材料および方法 【材料】 fli-1 導入、非導入 MCF-7 細胞由来の RNA サンプルを Cy3、 Cy5 でラベルした後、IntelliGene® HS Human Expression 活性化 fli-1 遺伝子導入および非導入ヒト乳癌細胞株(MCF- CHIP にハイブリダイズさせ、スキャナーを用いて各蛍光シグ 7) 、ATF6 遺伝子導入および非導入肝癌細胞株(HLF) 、およ ナルをスキャニングした。各蛍光を重ねあわせた画像を図 1 び肝癌組織、非癌部肝組織を材料として用いた。 に示す。まず、スポット強度に比してバックグラウンドが一 【細胞からの RNA 抽出】 細胞株および組織より、ISOGEN(ニッポンジーン)を用いて 所定の方法でRNAを抽出した。RNA 抽出の最後にエタノール 沈殿を繰り返し、残留するフェノール類の除去を確実に行っ た。さらに、抽出した total RNA のintactivity をアガロースゲ ル電気泳動とエチジウムブロマイド染色により確認した。 【蛍光標識 antisense RNAターゲットの作製】 Total RNA(各 4 µg)から、RNA Transcript SureLABELTM Core 様かつ充分に低いことが視認された。 ScanArray Express によるデータの読み取りに際しては、最 高輝度のスポットが頭打ちにならない範囲で励起レーザー出 力を設定し、200,000 カウント以上の輝度を示す、おおむね 視認可能なスポットのみを比較の対象として用いた。 Cy3、Cy5 ラベルをサンプル間で交換して2 回の実験を行い、 得られた Cy5 染色のみ(それぞれ fli-1 導入細胞および非導入 細胞由来の RNA)の蛍光スポットをヒストグラムに描くと、 Cy5 チャンネルからの生のスポット 16,629 個のうち 200,000 Kit(Code TX815)を用いてCy3、Cy5 標識ターゲットRNAを カウントを超えるものは共に 2,900 程度(17.3 %)存在した。 作製した。260、550、650 nm の吸光度を測定して所定の方 そのシグナル強度は fli-1 導入、非導入細胞間でほぼ同様に 法によりラベリング効率を計算し、容量当たりの蛍光強度を 分布し、ハイブリダイゼーションまでの過程で細胞サンプル そろえてハイブリダイゼーションに供した。 間に大きな偏りは見られなかった(図 2) 。 【ハイブリダイゼーション】 各実験におけるスポットごとのfli-1/MCF-7 発現比(Cy3/Cy5 プレハイブリダイゼーションとハイブリダイゼーションはTaKaRa または Cy5/Cy3) を横軸、縦軸に取ってスキャッタープロット Spaced Cover Glass XLとTaKaRa Hybridization Chamberを を描くと (図 3A、B) 、変動幅が2 分の1 から2 倍以内に収まる 用いて所定の方法に従って恒温水槽(70℃ 12∼16 時間)内で もの(灰色スポット)のほかに、明らかに 2 倍以上または 2 分 行った。洗浄は、マイクロアレイチップをスライド染色かごに の 1 以下の発現変動を有意に示すもの(赤色スポット)が存 立て、65℃の洗浄液中で激しくゆすりながら行った。Cy3 と 在した。 Cy5 の蛍光輝度を比べると、低発現領域の Cy5 蛍光強度が さらに詳細に発現の状況を検討したところ、輝度が 200,000 見かけ上強く出やすいので、2 色蛍光の差によるバイアスを カウントを超えた 2869 遺伝子のうち 97.6%は、実験 1 と 2 で 14 ● BIO VIEW No.46 i nnovation の発現比率差が 2 倍以内に収まっていた(図 4) 。両実験で共 に 2 倍以上の変化を示し、発現倍率に明らかな再現性を示 (A)実験1 すと考えられるものは、解析対象とした遺伝子のうち 53 種 は、定性的に見る限りきわめて良好であることが示唆された。 実験 1 実験 2 MCF-7(Cy3) 存在した。これらの事実から、独立した実験における再現性 107 106 2×105 105 105 2×105 106 107 fli-1(Cy5) (B)実験 2 fli-1(Cy3) 107 106 2×105 105 105 2×105 106 107 MCF-7(Cy5) 図3 fli-1導入/非導入細胞の発現遺伝子のスキャッタープロット 図1 ScanArray Express に取り込んだ Cy3、Cy5 重ね合わせ画像 100000 fli-1導入MCF-7 MCF-7 Number 10000 1000 実験 2_fli-1/MCF-7(Cy3/Cy5)_ratio 10 2 10 1 10 –2 10 –1 10 1 10 2 10 –1 10 –2 100 実験 1_fli-1/MCF-7(Cy5/Cy3)_ratio 10 図4 実験 1と実験 2 で得られた発現プロファイルの比較 more ∼3000000 ∼2800000 ∼2600000 ∼2400000 ∼2200000 ∼1800000 ∼2000000 ∼1600000 ∼1400000 ∼1200000 ∼800000 ∼1000000 ∼600000 ∼400000 0∼200000 1 Intensity range 輝度が 200,000 カウント以上のスポットについてプロットした。両実験で共に 2 倍以上の変化を示したものを黄色のドットで示す。 ■ IntelliGene® HS Human Expression CHIP と 他社オリゴ DNA チップとの比較 肝癌組織で活性化している遺伝子群、および肝癌細胞株 図2 fli-1導入/非導入細胞サンプル間のスポット蛍光当たりの Cy5 輝度をもとに作成したヒストグラム (HLF) に導入したATF6(肝癌特異的に活性化する転写因子) で発現調節される遺伝子群の発現をIntelliGene® HS Human Expression CHIP(cDNA チップ)を用いて調べ、すでに公表 されているデータや、我々の研究室で他社オリゴDNA チップ を用いて得た結果との比較検討を行った。 BIO VIEW No.46 ● 15 i nnovation 今回我々が IntelliGene® HS Human Expression CHIP を用い た。また、シグナル強度が高く、オリゴDNA チップを取り て得た結果を、肝細胞癌での活性または ATF6 による調節が 扱うときに問題となっていた低発現領域における Cy 3、 すでに確認されている遺伝子の発現挙動(文献データ)と比 Cy5 の蛍光強度の歪みも気にならなかった。さらに、シグ 較したところ、16 種類の遺伝子において再現性が確認された ナル強度が高いために、実質的に検索可能な遺伝子の数 (表 1 A、B) 。 (我々の例では 200,000カウントを超えるものは17.3%程度 一方、全く同じRNAサンプルを他社オリゴDNA チップで解析 したところ、Cy5、Cy3ラベリングを交換し2 度の実験を行っ て再現性を示す遺伝子を選別したにもかかわらず、正答率は、 ® 存在した)が増大することが期待された。 3)DNA チップには大きく分けてオリゴDNA を固定したタイ プと IntelliGene® HS Human Expression CHIP のように IntelliGene HS Human Expression CHIP の結果の方が有意 長い cDNA を用いたタイプとがある。一般にオリゴ DNA に高かった。また、個々の発現倍率もおおむね後者の方が チップの場合、特異性の高さが期待される向きがあり、 大きい傾向が見られた。以上の結果から、IntelliGene® HS 特殊なシステムを採用しているAffymetrix® 社のGeneChip® Human Expression CHIP で得られた結果は他社オリゴDNA のように高い特異性と信頼性を示すものもある。しかしな チップに比しても充分信頼性の高いものであることが示唆さ がら、我々の経験では一般のオリゴ DNA チップは、シグ れた。 ナルの弱さがその特異性を打ち消して結果の不安定さの 要因になっていることが実感された。 ■結論および考察 一方、cDNA チップは大変強いシグナルを示し、一定量の 1)一般的にマイクロアレイを用いた実験では、Cy3/Cy5 ラ 輝度を超えるスポットでは結果が安定しているが、非常に ベリングを替えて複数回実験を行って結果の補正を行う 稀に数十倍もの発現差がチップ上で確認されたにもかか ® が、IntelliGene HS Human Expression CHIP を用いて得 わらず、RT-PCR の結果では数倍程度にとどまる場合が られた結果は高い再現性を示し、実質的に 1 回の実験で あった。このような場合には、Splicing variant なども考慮 も信頼度の高い判定が可能と思われた。 しながら CHIP プローブ搭載領域とRT-PCR 増幅領域を 2)オリゴ DNA チップに比べ、cDNA チップはハイブリダイ そろえ、プローブ塩基配列を参考に特異的な PCR プライ ゼーションの条件検討が容易で、安定した結果が得られ マーを設計するなどの補足的な検討が必要と思われた。 表1 肝細胞癌/非癌部肝組織(HCC/NL) 、および ATF6 導入/非導入肝癌細胞株(ATF6/HLF)で発現が変化する既知の遺伝子 (A)HCC/NL 再現性 TaKaRa X社 ⃝ ⃝ ⃝ ⃝ ⃝ ⃝ ⃝ ⃝ ⃝ ⃝ ⃝ × ⃝ ND ND ND 発現倍率 TaKaRa X社 3.3 2.2 2.1 3.6 3.7 2.4 5.6 33.3 2.3 6.2 3.9 1.4 1.7 − − − 発現変化を示すことがすでに文献で報告されている遺伝子 Galactoside-binding, soluble, 4(Galectin 4) (LGALS4) Insulin-like growth factor binding protein 1(IGFBP1) UDP glycosyltransferase 2 family, polypeptide B4(UGT2B4) Vitronectin(VTN) Ribosomal protein S8(RPS8) Ribosomal protein L30(RPL30) 78 kDa glucose-regulated protein precursor(GRP78) 94 kDa glucose-regulated protein, GRP94) ( gp96 homolog) 文献 1 1 1 1 3 3 4 2 (B)ATF6/HLF 再現性 TaKaRa X社 ⃝ ⃝ ⃝ ⃝ ⃝ ⃝ ⃝ ⃝ × ⃝ × × ND ND × × 発現倍率 TaKaRa X社 3.6 1.6 3.5 2.3 4.2 3.5 0.3 0.6 1.4 1.6 0.9 0.9 − − 0.9 0.8 発現変化を示すことがすでに文献で報告されている遺伝子 94 kDa glucose-regulated protein, GRP94) ( gp96 homolog) Protein disulfide isomerase-related protein(P5) Tryptophanyl-tRNA synthetase(WARS) Calreticulin(CALR) 3-hydroxy-3-methylglutaryl-Coenzyme A synthase 1(soluble) (HMGCS1) 78 kDa glucose-regulated protein precursor(GRP78) Solute carrier family 1(neutral amino acid transporter) , member 5(SLC1A5) Four and a half LIM domains 2(FHL2) 文献 5 5 5 5 5 5 5 5 文献:1)Cancer Res., 59(19) , 4990-6(1999) . 2)Biochim Biophys Acta., 1536(1) , 1-12(2001) . 3)Anticancer Res., 21(4A) , 2429-33(2001) . , 605-14(2003) . 5)Biochem J., 366(Pt 2) , 585-94(2002) . 4)J Hepatol., 38(5) 文献的にHCC(A)やATF6 導入細胞(B)で発現が変化することが報告されている遺伝子が、IntelliGene® HS Human Expression CHIP および他社オリゴDNA チップ を用いてどのように検出されるか調べた。発現倍率はHCC もしくはATF6 で促進されるものを1 以上、抑制されるものを1 以下で表している。すでに報告されてい る発現様式に対して再現性のあるもの(1.5 倍以上または 0.6 以下)を○、再現性の乏しいものを×で表記した(ND:no data) 。 16 ● BIO VIEW No.46
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