川崎市文化協会会長賞受賞作品 「かけがえのない命を救いたい」 木月小学校 5年生 長島 佳穂 しょう来、私は、じゅう医になりたいと思っています。なぜかというと、幼い頃から動物や鳥などの生き物に興味をもって いたからです。動物にふれたり、鳥のさえずりを聞いたりすると心地よくなります。 私は、人間と動物の間に境界線を引くことはできるものではなく、動物は、地球上に住む人間と同じくらい大切な存在だと 思います。私はマロンという犬を、一匹飼っています。マロンは、二年前の五月六日に保ご団体からゆずり受けました。保ご 団体の名前は『ポチたま会』と言います。近所の公園に行った時、ぐうぜんポチたま会が、犬やねこのじょう渡会を開いてい ました。ポチたま会のホームページを見てみると、保ごされた動物がたくさんのっていました。その中で、写真の目がやさし かったマロンを育ててみたいと思いました。マロンは山林にすてられた母犬から生まれたところを保ごされたそうです。マロ ンはペットショップで売られている犬では少しちがいます。例えば、散歩の時、車がこわくてひっぱりすぎるので、のどの気 管にくいこみせきこんでしまったり、ドックフードを食べなかったりします。だから、気管を保ごするリードにしたり、食事 は人間の食べ物を使って作ったり気を使い、大変です。でも、私が泣いていると近よって来て顔をなめてくれたり、家に帰っ て来ると、耳を倒し、しっぽをふりながら、かけ寄って来てくれます。私にとってマロンは、家族の一員です。 ポチたま会の犬やねこも、マロンのようにかい主が早く見つかり、一匹でも多く幸せになってほしいと思います。犬やねこ をすてることがなくなればよいのですが、今も年間五十万匹が処分されています。私は高校生になったら自分でポチたま会の ような会を作り、犬やねこの命を救いたいです。そして、同じ思いをもっている仲間をふやしたいです。 四月二十九日の新聞に、やせ細ったライオンの写真と『動物園が SOS』という見出しの記事がのっていました。内容は、ア フリカにあるコートジボワールの都市、アビジャンの国立公園で多くの動物が飢え死にした、というものでした。去年、十一 月の大統領選挙をめぐって、内戦じょうたいになり、飼育員が動物園に通えず、えさがもらえなかったためです。特にライオ ンのメスの『ララ』は、骨と皮ばかりで、立とうとしてもすぐに転がってしまうそうです。 日本でも、三月十一日に東日本大震災がありました。多くの人々がぎせいになったニュースが流れるなか、三週間屋根の上 に乗って漂流した犬がいたり、ケージの中で共喰いした犬や、放射能でおせんされたため乳牛が全部殺されたり、ひなん所に 入れないため車の中などでくらす犬やねこがいたり、むねが苦しくなるニュースも相ついで流れていました。 きっと、被災地の動物は大きな心のストレスをかかえているのにちがいないと、マロンと生活していると思います。 震災から三ヶ月たった今、福島の原発の二十キロメートル圏内でくらしている犬やねこを保ご団体が保ごし、えさをあげた りしています。よかったと思いました。でも、もっと早く保ごしていたら、より多くの動物の命が助かったのではないかと思 うと残念な気持ちになります。 私は、人間と動物は同じ命の重さだと思っていました。しかし、戦争や災害の時になると人間にえさをもらわないと生きて いけない動物は、人間の二の次にされてしまう現実を知り、とても悲しくなりました。 私がじゅう医になったら、保ご活動で得た仲間や、じゅう医の仲間とチームを組んで団体を作りたいです。その団体は、日 本の災害はもちろん、世界の災害や戦争でケガをしたり、心の病気になってしまった動物の保ごや治りょうをすぐに現地で行 う団体です。 ノーベル平和賞をとった『国境なき医師団』という団体があります。世界各地にスタッフがいて、どこかの国で災害や戦争 があると、すばやく現地に行き、活動します。人種や政治、宗教に関わらず分けへだてなく人々に医りょうを届けています。 私は、この動物版の『国境なきじゅう医師団』を作り、一匹でも多くの動物のかけがえのない命を救っていきたいです。 以上
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