インド伝統染繍に学ぶ A10AB090 内藤里恵 1.緒言 長い歴史の中で各地に根付いた織り、編み、染め、刺繍方法は、現在もなお新たなデザイン創造のヒントとしてファ ッションにも大きな影響を及ぼし続けている。近年の急速なグローバル化により、より良質なものや新しいアイデアが 世界中にあふれている。従って、今まで以上に世界各国に目を向けてこれらの技法を調査することは重要である。その 中でもインドは、人口の急激な増加や経済の急速な発展に伴い、ファッション産業も著しく成長している。 そのような折、インドの地方工房で職人が手掛けていた布を収集した浅見氏から、研究室に貴重な染繍品資料が寄贈 された。そこで、本研究では、寄贈資料の中から更紗、刺繍、絞りの染繍品を整理・分類し、文化的・宗教的な背景か らそれらの魅力を分析することを目的とした。 資料番号:3 2.資料の整理と分析方法 更紗の場合は、模様・用途・染色法、 刺繍の場合は、装飾技法・用途、絞りの 場合は、模様・染色技法を中心に、文献 と照合しながら分析を行った。 まず、浅見氏から寄贈された染繍品の 中から、更紗 20 点、刺繍 18 点、絞り 10 点、計 48 点を抽出し、全体・部分拡 大に分けて写真撮影し、デジタルデータ 化した。次に、インドの染繍品の文献 1) ~7) を調査し、一点一点、素材・色・模様・ 用途・染色法・装飾技法を明らかにした。 また、この貴重な資料を多くの人に利 用し易くするため、図 1 に示すフォーマ ットの検索シートを作成した。 さらに、PCCS カラーチャートと照合 して色の分析を行い、布に施されている 色特性を明らかにした。 区分:更紗 収集地区 ラジャスタン州 サンガネール 収集時期 素材 1995 木綿 v5・p2⁺ 染色法 木版捺染 131×207 ㎝ 模様(ペーズリー模様) 構成の基本的パターンは、スクウェア(Square)である。インドの人々が好きなペーズ リー模様が描かれている。中央には小さな、周囲には大きく単一なペーズリーがあり、2 種類のペーズリーから構成されている。(資料番号 17 と色違いの更紗) 用途(装飾的) 周縁模様の内側が小さなペーズリーで充填されているので、装飾的用途の床敷き布や覆 い布として使用する更紗である。 引用・参考文献 大西浩子:インド更紗入門,株式会社美術出版社(1977) インド地図 図 1 検索シート(更紗) 3.更紗について 20 点の更紗資料の収集は、1989 年にインドのタミ ルナドゥ州マドゥライ、1995 年にラジャスタン州バグ ル、サンガネール、ジャイプール、西ベンガル州ドゥ ルガー地区であることがわかった。 資料の染色を分析した結果、最も多く施されている 色は赤で、しかも半数以上が低明度であることがわか った。インド更紗の特徴は華やかな色調であると言わ れており、全体の 65%を占めていたことから、赤はな くてはならない色であると考えられる。 インド更紗に模様として多く出現しているのは、幾 何学的配列とペーズリーでそれぞれ 6 点ずつあり、更 紗全体の 60%であった。幾何学的配列の中でジグザグ 模様が最も多く、その意味は水の流れを表現している と考えられる。それは、インドの砂漠地帯のほとんど 雨の降らない地域に住んでいる人々には生きていく 上でとても貴重なもので、それ故、水を染物に表わし たと考えられる。ペーズリーは、カシミール地方で織 られている「カシミア・ショール」の代表的な模様で あり、それがヨーロッパで大流行したため、回帰して 更紗にも多く用いられるようになったと考えられる。 色 Bk・dp2 図 2 更紗(幾何学的配列) 図 3 更紗(ペーズリー) 4.刺繍について 18 点の刺繍資料の収集は、1987 年にラジャスタン州ジ ャイサルメール、1995 年にラジャスタン州バールメール、 ジャイプール、グシャラート州アフマダーバード地区で あることがわかった。 布と刺繍糸に分けて色の分析を行った。刺繍は、多彩 な色で表現されており、これは自由自在に模様や柄が針 の運びで作り出せ、糸の色を変えることが容易にできる ためであると考えられる。 刺繍資料に用いられている装飾技法は、鎖縫い、房飾 り、バワリヤ、ビーズワーク、スーフ、ミラー刺繍と面 を表す技法の7技法であった。この中でも、ミラー刺繍 と呼ばれる布に鏡片を縫い付ける技法が多用されてい た。鏡片の光を反射する性質から邪視よけの意味があり、 嫉妬や妬みを受けやすい花嫁の衣装や結婚式の贈り物に 施されている場合が多いことから、染繍品の中には結婚 衣装も含まれていると思われる。 そして、ティーポットカバーやティーマットも資料に 含まれていたことから、インドではおもてなしに紅茶を 飲む文化があり、これらは結婚のために用意された小物 の一部ではないかと推察される。 図 6 絞り(バンダニ) 図 7 絞り(ラハリヤ) 図 4 刺繍(戸飾り) 図 5 刺繍(ティーポットカバー、ティーマット) 5.絞りについて 10 点の絞り資料の収集は、1987 年にラジャスタン州ジ ョドプール、1955 年にラジャスタン州ジャイプール、サ ンガネール、グシャラート州アフマダーバード地区である ことがわかった。 色の分析結果は、よく用いられている色に偏りはほとん どなく、さまざまな色に分散されていた。これは更紗や刺 繍に比べて資料数が少なかったため、系統性のある傾向が 出なかったからと考えられる。 絞りの染色法は、バンダニとラハリアの二つに分けるこ とができた。バンダニは無数の絞り目が見られ、植物の模 様が施されていた。ラハリアはターバンやサリーなどの細 い幅の木綿布を染める染色法で、インド特有の絞り技法で ある。ラハリアは現地語で波という意味を持ち、斜めの文 様に染められるものであることがわかった。 絞り資料は、絞り目の糸をほどいてないものがほとんど であった。糸をほどいた後の立体感もデザイン要素である と考えていたが、インドでは、本資料のように絞り目の糸 をほどかないまま売買することに意味があり、それは本絞 りと模造品を判別し、品質を保証するものであることが判 明した。 6.結言 本研究室に浅見氏によって寄贈された染繍品資料を分類すると、大きく 3 つに分類することができた。それは更紗、 刺繍、絞りである。更紗 20 点、刺繍 18 点、絞り 10 点の合計 48 点を 1 点ずつ文献資料と照らしながら分析した。 検索シートには、色・模様・技法など参考としたいものがあれば調べることができるように、収集地区、時期、色、 用途、染色法,装飾技法を掲載してある。検索シートは、簡潔に解説しているので具体的に調べたい時には、分析結果 をまとめたものを利用することができる。模様だけでなく、染色法や装飾技法など技術の面でもファッションデザイン のヒントとして利用することに有効であると考える。 今日の衣料品は大量生産が主であり、ファッション界では低価格で使用サイクルの短いファストファッションが主流 となっている。ただ速く、安く、良質なだけではなく、インドの染繍品のように生活に豊かさと暖かさを与えてくれる ものは今後の新たなファッションの創造に、大きなヒントとして活用できると考える。インドの染繍品を研究すること を通してデザインの原点は「自然」ということを学んだ。 引用・参考文献 1) 2) 3) 4) 5) 6) 7) 大西浩子:新技法シリーズ インド更紗入門、株式会社美術出版社、(1977) 吉岡幸雄:日本の染織 20 更紗、株式会社京都書院、(1993) シェラ・ペイン:インドとパキスタンの刺繍、テザインエクスチェンジ株式会社、(2003) 岩立広子:インド 大地の布、株式会社求龍堂、(2007) 三尾稔:インド刺繍のきらめき バシン・コレクションに見る手仕事の世界、昭和堂(2008) カトリーヌ・ルグラン:少数民族の染織文化図鑑、株式会社柊風舎、(2012) 佐藤百合子:インド更紗・ジャワ更紗にみる模様、構成の特色について
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