優先権を享受するための条件 ~優先権を主張して中国へ出願する場合

優先権を享受するための条件
~優先権を主張して中国へ出願する場合の注意点~
中国特許判例紹介(57)
2016 年 7 月 8 日
執筆者 弁理士 河野 英仁
カールツァイスSMT株式公司
審判請求人
株式会社ニコン
審判被請求人
1.概要
日本に特許出願した内容に一部補充を行い、優先権を主張して、パリルートまたは
PCT ルートにて外国出願を行うことが多い。
優先権主張時の技術内容の補充の仕方によっては、発明要旨が変更され優先権の利益
を享受できない場合がある。
本事件では 3 件の日本特許出願を取りまとめて PCT 出願し、その後中国に国内移行
し権利化したところ、日本出願日から国際特許出願日までの間の出願日を有する先行技
術に基づき無効宣告請求がなされた。
復審委員会は、先の出願内容から直接、疑いようもなく後の出願において技術方案を
導き出すことができないことから、優先権の利益を享受することができないとして、先
行技術に基づき新規性がないとの決定を下した1。
2.背景
(1)特許の内容
株式会社ニコン(特許権者)は、
「投影光学系、露光装置及び露光方法」と称する中国特
許を所有している。特許番号は 200480012069.0 号(以下、069 特許という)である。特
許権者は、日本に 2003 年 5 月 6 日に出願された特許出願を含む 3 件の日本国特許出願
を基礎として、2004 年 5 月 6 日に国際特許出願を行った。
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復審委員会 2015 年 7 月 15 日決定 第 26658 号
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その後、069 特許は 2005 年 11 月 4 日に中国に国内移行され、2008 年 7 月 23 日に
公告された。
069 特許の請求項 1 は以下のとおりである。なお、符号は筆者において付した。
1. 投影光学系において,第 1 面の縮小像を第 2 面上に形成する反射屈折型投影光学系
において:
前記投影光学系は少なくとも 2 つの反射鏡と、第 1 面側の面に正の屈折力を有する境
界レンズとを含み;
前記投影光学系の光路中の雰囲気の屈折率を 1 とする場合,前記境界レンズ及び前記第
2 面間の光路は 1.1 より大きな屈折率を有する媒質で満たされており;
前記投影光学系を構成する全ての透射部材及び屈折力を有する全ての反射部材は单一
の光軸に沿って配置され;
前記投影光学系は前記光軸を含まない所定形状の有効結像区域を有し,:
第 1 結像光学系 G1 は,前記少なくとも 2 つの反射鏡 CM1,CM2 を含み前記第 1 面の
中間像及び第 2 中間像を形成し;
第 2 結像光学系 G2 は,前記第 2 中間像を第 2 面上にリレーする。
069 特許に対し、カールツァイス SMT 株式公司(審判請求人)は、2013 年 9 月 29
日特許復審委員会に無効宣告請求を提出した。主な無効理由は後に公開された先願(日
本の拡大先願)に基づく新規性欠如である。
審判請求人は 069 特許の優先権の基礎となった基礎出願から国際特許出願日までに
出願された先行技術を提出し、069 特許は優先権の利益を享受できず、新規性がないと
主張した。出願の前後関係は以下のとおりである。
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先行技術出願日
先行技術公開日
2003/5/6 2003/10/9 2003/10/24 2004/1/14 2004/5/6
日本基礎出願 1
2007/2/7
国際特許出願
日本基礎出願 2
日本基礎出願 3
図に示すように 069 特許は 2003 年 5 月 6 日、2003 年 10 月 9 日、2003 年 10 月 24
日に日本特許庁に出願された 3 件の基礎出願に基づく優先権を主張し 2004 年 5 月 6 日
に国際特許出願を行った。従って最先の優先日は 2003 年 5 月 6 日である。
一方、審判請求人により出願された中国特許出願 CN1910494(494 特許出願)は、2004
年 1 月 14 日の優先日を有する出願であり、069 特許の国際特許出願日よりも後の 2007
年 2 月 7 日に中国知識産権局により公開された。
3.復審委員会での争点
争点:優先権の利益を享受することができるか否か
4.復審委員会の判断
争点:先の出願内容から直接、疑いようもなく後の出願において技術方案を導き出すこ
とがでないから、優先権の利益を享受することができない
(1)優先権について
審判部は最初に 069 特許の請求項 1 と、
対比文献 10(日本基礎出願1)、
対比文献 11(日
本基礎出願 2)及び対比文献 12(日本基礎出願 3)との対比を行った。
請求項 1 と対比文献 10 の相違点:請求項 1 は「前記少なくとも 2 つの反射鏡を含む
第 1 結像光学系は、前記第 1 面の中間像を形成する以外に第 2 中間像を形成する」点
限定している。一方、対比文献 10 は、投影光学系において、少なくとも 2 つの反射鏡
を含むが、1 つの中間像を形成するに過ぎない。
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請求項 1 と対比文献 11 の相違点:請求項 1 は、
「前記少なくとも 2 つの反射鏡を含
む第 1 結像光学系は、前記第 1 面の中間像を形成する以外に第 2 中間像を形成する」
点限定している。
;一方、対比文献 11 の投影光学系は、4 つの反射鏡を含むが、1 つの
中間像を形成するに過ぎない。
請求項 1 と対比文献 12 の相違点:
「前記少なくとも 2 つの反射鏡を含む第 1 結像光
学系は、前記第 1 面の中間像を形成する以外に第 2 中間像を形成する」点限定してい
る。
;一方、対比文献 12 中の第 1 結像光学系は少なくとも 6 つの反射鏡を含むが,2 つ
の中間像を形成する。
上述の分析比較から、対比文献 10、11 中は、それぞれ少なくとも 2 つの反射鏡と 1
つの中間像、及び、4 つの反射鏡と 1 つの中間像の方案を記載しており,対比文献 12
は、少なくとも 6 つの反射鏡と 2 つの中間像の方案を記載していることがわかる。
一方請求項 1 の技術方案は少なくとも 2 つの反射鏡と 2 つの中間像を限定しており,
2 または 4 の反射鏡を有して 2 つの中間像を形成する技術方案をカバーしており,請求
項 1 の技術方案は必ずしも対比文献 10、11、12 中のものを記載していない。従って、
請求項 1 は対比文献 10、11、12 の申請日をもってその優先権日の優先権を享受するこ
とができない。
当該復審委員会の認定に対し、特許権者は以下のとおり反論した。
優先権文献は必ずしも文字表現が必ず一致していることまでは要求していない。レン
ズ及び反射鏡そのものは共に結像機能を有する。対比文献 10 の【0022】には、
「な
お、本発明では、投影光学系が偶数個の反射鏡を有するように構成すること、すなわち
偶数回の反射を経て第1面の像が第2面上に形成されるように構成することが好まし
い。」,「……この構成により、たとえば露光装置や露光方法に適用する場合、ウェハ上
にはマスクパターンの裏面像ではなく表面像(正立像または倒立像)が形成されること
になる……」と、偶数の反射鏡を記載している。
明細書第 9 頁第 24 段は、少なくとも 2 つの反射鏡を含む技術方案を開示している
が,単に 2 つの反射鏡に限定するものではなく,2 つの反射鏡が系を通じて中間像を形
成する理念は既に原公開の明細書に公開されており,中間像は光路分離のためのもので
あり,1 つの中間像と 2 つの中間像は本質上の相違がなく,明細書中にも 1 つの像とは
限定していない。すなわち,優先権文献の明細書及び特許請求の範囲の内容を通じて直
接、疑いもなく後申請の請求項 1 が限定する技術方案を確定することができる。それゆ
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え,請求項 1 は、先申請の優先権を享受することができる。
当該特許権者の主張に対し、復審委員会合議体は以下の通り判断した。
同一主題の発明或いは実用新型とは技術領域、解決すべき技術課題、技術方案及び予
期する効果が同一の発明或いは実用新型を指す。優先権の有無に関し、最初に要求する
優先権の基礎となる先申請が、優先権を要求する後申請に対し、同一の主題であるか否
かに関連するか否かを確かめなければならない。
すなわち後申請中の各請求項に記載の技術方案が、明確に先申請の明細書及び特許請
求の範囲に記載されているか否かを判断する必要がある。明確に記載とはいうものの,
それは必ずしも叙述方式上完全に一致することまでも要求するものではなく,申請請求
項の技術方案を明らかにすればそれで良い。
しかしながら先申請の上述の技術方案中のある一つまたは複数の技術特徴に対し、漠
然として或いは曖昧に述べているにすぎない場合,さらには単に暗示しているだけで,
優先権を要求する申請が、一つ或いは複数の技術特徴に対し詳細な叙述を追加し,当業
者が、該技術方案が先申請中から直接かつ疑いようもなく得ることができないと判断す
るに至った場合,先申請は後申請が優先権を要求する基礎とすることはできない。
本案に関していえば,上述した通り,請求項 1 の技術方案は少なくとも 2 つの反射鏡
及び 2 つの中間像を限定している。一方、対比文献 10 の具体実施方式中には単に 2 つ
の反射鏡と 1 つの中間像の技術方案が記載されているに過ぎない。
対比文献 10 の記載から以下のことが推定することができる:投影光学系は、少なく
とも 2 つの反射鏡を含みかつ反射鏡の数は偶数で中間像を形成することができる。すな
わち特許権者の観点に基づけば,2 つの反射鏡は系を通じて中間像を形成するという理
念は既に原公開の明細書に公開されている。しかしながら、上述の内容は中間像が 1 つ
とは限定していないが,同時に明確に中間像の数が 2 つであるとも限定していない。
本特許請求項 1 は中間像に対するこの技術特徴の個数限定を追加しており,その限定
する少なくとも 2 つの反射鏡及び 2 つの中間像の技術方案は、対比文献 10 中から直接
疑いようもなく得ることはできず,対比文献 10 の申請日は本特許が要求する優先権日
を享受できない。
まとめると,本特許は対比文献 10、11、12 の申請日をもって、その優先権日として
優先権を享受することができないことから,本特許の申請日は 2004 年 5 月 6 日であ
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り,対比文献 6 の申請日はその優先権日である 2004 年 1 月 14 日となる。言い換えれ
ば対比文献 6 は時間上、本特許申請日前に申請され、かつ、申請日後に公開された文献
に属する。
対比文献 6 の申請人はカールツァイス SMT 株式公司であり,本特許の特許権者は株
式会社ニコンであり,両申請人は相違し,共に中国特許局に提出された特許申請である。
それゆえ,対比文献 6 は申請日以前に他人により提出され、かつ申請日後に中文で公布
されたという条件を満たし,本特許の新規性を評価するのに用いることができる。
(2)新規性の判断(拡大先願)
対比文献 6 の第一凹面镜 121,第二凹面镜 122 は本特許請求項 1 中の少なくとも 2
つの反射鏡に相当する。また対比文献 6 の第一屈折物镜部分 110、第二反射屈折物镜部
分 120 は共に本特許請求項 1 中の少なくとも 2 つの反射鏡を含み第 1 面の中間像及び
第 2 中間像を形成する第 1 結像光学系に相当し,第三屈折物镜部分 130 は本特許請求
項 1 中の第 2 中間像を第 2 面上にリレーする第 2 結像光学系に相当する。
このように対比文献6には、請求項 1 の全ての構成が開示されており、審判部は新規
性がないと判断した。
5.結論
復審委員会は請求人の主張通り、069 特許の優先権を認めず新規性を有さないとして
請求項 1 を無効とする審決をなした。
6.コメント
本事件は 2015 年における 10 大復審事件に選定された案件である。本特許は日本の
3 つの基礎出願を併合し、かつ請求項も新たに作成しなおしたため結果的に、優先権の
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基礎となる出願に記載された発明とは異なる発明となり、優先権を享受することができ
なかった。
審査段階においては中国の審査官は日本の基礎出願の詳細まで分析しないため、優先
権を享受することができるか否かについて問題となることは少ない。しかしながら、係
争となった場合は、優先権を適切に主張しているか否かについて争いが生じることとな
る。
また中国では特許後は原則として請求項の削除等の補正しか認められないため、出願
の段階から優先権主張時に技術内容を新規に追加した請求項と、新規技術内容を追加し
ていない優先権の基礎となる出願に記載していた請求項と、を明確に切り分けて権利化
しておくことが好ましい。
以上
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