東京都港区で創設した「救急医療情報キット」活用システム 明治学院大学

東京都港区で創設した「救急医療情報キット」活用システム
明治学院大学 岡本多喜子
はじめに
「救急医療情報キット」は、WHOの「高齢者にやさしい街」調査に協力して
いただいた港区から、調査協力の成果として区行政に役立つものを提示して欲
しいとの要望があり、区の実情を熟知している職員と協議の中で誕生しました。
このキットは、20 年以上前からアメリカ合衆国の各地で実施されている類似の
キットのアイディアを、港区の実情に合わせて開発したものです。
まず、港区の状況について説明します。港区は日本の首都である東京都のほ
ぼ東南部に位置し、東は東京湾に面しています。東京都のなかでも、港区は都
心区と呼ばれ、各国の大使館、大規模ホテル、大病院、企業や住宅の高層ビル
群、大学、公園、美術館などがあります。その反面、昔からの緑豊かで良好な
住宅地でもあります。しかし地形の関係で急な坂が多く、細い道や入り組んだ
道の多い地区でもあります。
2009 年 9 月 1 日現在の人口は 201,045 人、65 歳以上人口は 12,829 人で高齢
化率は 17.7%です。日本全体の高齢化率が 22.7%ですから、若い人口が比較的
多い地域といえます。65 歳以上の高齢者のうち、3,400 人が「救急医療情報キ
ット」を持っており、この割合は高齢者の 26.5%にあたります。
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「救急医療情報キット」創設の過程
港区は WHO の「高齢者にやさしい街」の調査地区で、2006 年にヴァンクーヴ
ァー・プロトコールによる東京調査を実施しました。2007 年には「高齢者にや
さしい街 チェックリスト」を使って、同じ地域を高齢者の方々とともに調査
をしました。その結果は昨年の IFA モントリオール大会で報告いたしました。
2007 年に港区から、先にも述べたように「高齢者にやさしい街」調査の成果
として区行政に役立つものを提示して欲しいとの要望がありました。
現在の日本では、救急医療が適切に機能していないために、患者が速やかに
医療処理を受けられない状態です。それは港区でも同様です。港区の高齢者の
中でも、救急医療体制への不安があることが指摘されました。そこで検討会を
開催することになりました。
検討会には、区の担当職員、東京消防庁、地元の消防署、地域包括支援セン
ターの担当者と私が参加しました。検討会では、自宅で怪我や病気になり救急
車を呼んだ場合、救急隊員に早く正確に患者の医療情報を提供する方法を協議
しました。そのために、救急車の隊員はどのような患者情報を必要としている
のか、また情報を入手するための使い易さ、個人情報を守りながら必要な情報
を保管するための手段などが検討されました。その結果が、現在使用されている
「救急医療情報キット」の形となり、その中に入れられる情報内容およびシス
テムとなったのです。さらに港区と地域の医師会との話し合いで、救急隊から
の問い合わせに速やかに対応してもらえるよう、理解をえることができました。
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「救急医療情報キット」の紹介
医療情報を保管する筒には、上と側面との2ヶ所に「Star of Life」が付いて
います。これは 1977 年にアメリカ合衆国運輸省で商標登録されたもので、世界
標準の救命救急活動のシンボルマークとして使用されているものです。東京消
防庁の救急車にもこのマークが使用されています。
この筒の中に、個人の医療情報を入れ、冷蔵庫のミルクなどを入れる場所に
保管しておきます。筒の蓋は回すと取れるようになっています。
筒に入れる医療情報は 5 種類です。それは、救急医療情報シート、本人の写
真、受診している医療機関の受診カードのコピー、医療保険証のコピー、現在
服用している薬のリストのコピーです。薬のリストは、薬を購入した薬局が発
行する「お薬手帳」に張ってある内容をコピーします。
救急医療情報シートには、氏名、性別、住所、電話番号、生年月日、血液型、
受診している医療機関名、医療機関の住所と電話便号、担当医師名、緊急連絡
先として指定した方の氏名、続柄、住所と電話番号、持病と服薬内容、救急隊
員への伝言、介護保険制度を利用している方は利用している指定居宅介護事業
者名、住所と電話番号、さらにこの情報を救急隊員と搬送先の医療機関が活用
することへの同意欄と設け、そこに氏名とサインまたは押印をすることになっ
ています。港区は外国人居住者も多いため、これらの内容は日本語と英語の二
ヶ国語表記となっています。
このキットには、マグネットと糊の 2 種類の「Star of Life」の表示が入って
います。マグネットは冷蔵庫のドアに付けます。糊の表示は、玄関のドアの内
側に付けます。
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システムの概要
1) 健康に不安があり、救急時の対応に不安を持っている港区内に居住す
る高齢者・障害者・その他の誰でも、港区が無料で配布する「救急医
療情報キット」を受け取ることが出来ます。
2) このキットを受け取った方は、中の説明書にしたがって、救急医療情
報シートに記載し、必要なものをコピーして筒の中にいれ、その筒を
冷蔵庫に保管します。そして「Star of Life」の表示をドアの内側と冷
蔵庫に張ります。
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怪我や病気になった場合、救急車に連絡をいれます。
救急隊員は患者の自宅に駆けつけたとき、まずドアの内側を確認し、
「Star of Life」のマークがあれば冷蔵庫に患者の個人情報が入った筒
が保管されていることを知ります。そして救急隊員のひとりは冷蔵庫
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のある台所に直行し、冷蔵庫にもこの「Star of Life」が貼ってあるこ
とを確認して、冷蔵庫のドアを開け、中に保管されている筒をとり、
筒の中の情報を活用するのです。
救急隊員は患者が受診している医療機関に連絡を取り、患者の詳細な
情報を入手します。
患者の状況に応じて、救急隊員は医療機関へ患者を搬送します。
その間に救急隊員は緊急連絡先に指定されている方へ連絡をとります。
システムの活用状況
このキットは 2008 年 5 月から港区で配布されていますが、どこの家庭にもあ
る冷蔵庫に筒を保管するというアイディアは多くの区民から支持されました。
2009 年 8 月末時点で、このキットは 3,646 人の方に配布されています。港区内
の単身高齢者の方のみでみると、3 分の1の方がこのキットを保有しています。
このキットが生かされた例は 1 例です。
このキットは、港区での配布当初からテレビでとりあげられたこともあり、
他の自治体からの注目を集めています。実際に民生児童委員の活動として、こ
のキットを自分達で作成し、活用している地域もあります。現在、このキット
を取り入れている自治体や地区は全国で 8 ヶ所ですが、問い合わせは多くあり
ます。
個人的な意見としては、消防所や医師会との関係を作ることがこのシステム
を有効に活用する上で重要であるので、本来は各自治体が取り組むべきと考え
ます。またキットの形式を統一し、全国どこでもこのキットが活用されること
になれば、現在の日本で課題となっている救急患者のたらい回しなどの救急医
療体制の解決に一役買えるものと考えます。