生 物 コ ー ナ ー 水族館における海洋生物飼育水処理システムの開発 る.現在では,水族館における硝酸態 そこで本研究では,補給水に頼ら 窒素の除去には希釈を行うのが一般的 ず,海洋水族館における飼育水の水質 であるが,飼育水に対して 1 日当たり レベルを達成可能および希釈水の低減 水環境中への窒素成分の蓄積は水生 少なくとも 5 ∼ 10% の希釈水が必要と を可能とする,既存の水族館に設置可 生物にとって有害であり,富栄養化な なる.したがって,水族館のような巨 能な脱窒装置を大成建設株式会社,長 4 はじめに (1, 2) ど,水質悪化の原因にもなる 3 .自 大な水槽(10 ∼ 10 m )には適してい 岡技術科学大学との共同研究により開 然界では硝化や脱窒反応により,水環 ない方法と言える(3).特に海水を用い 発を行った. 境中の窒素成分は大気中に放出される る場合には,新鮮な海水の運搬や人工 が,閉鎖性水域や人工的な環境では窒 海水の原料および加温などが必要であ 素循環が十分に起こらず,何らかのか り,希釈にかかる費用は莫大なもので たちで窒素成分が蓄積しやすい(1).こ ある.このような背景から,海水に対 のような環境においては,窒素成分の 応した脱窒システムの開発が望まれて 除去が必要となってくる. いる.しかし,多くの水族館では,す 図 1に USB(Up-flow Sludge Blan - 上記のような環境のうち,水族館は でにろ過システムが設置されているた ket)型脱窒リアクターの概要図を示 閉鎖性水域であり,かつ自然界で生じ め,新たな脱窒システムには,容積が す.USB リアクターには容積 2 L,高 るような窒素循環はほぼ生じないた 小さく維持管理が容易であることが望 さ 1 m の円柱状カラムを用いた.糖蜜 め,飼育水中に有機物質や窒素成分が まれる. 廃液を処理するリアクターより採取し 実験方法 ・実験装置 蓄積していく.主な窒素成分としてア ンモニア,亜硝酸および硝酸態窒素が ある.これら窒素成分が水生生物に与 える影響として,アンモニアは神経へ の毒性,亜硝酸は内臓疾患や免疫機能 へ阻害を与える.また硝酸も免疫機能 の低下を誘引し白点病などの原因にな ると言われている.そこで,一般的な 水族館では水質維持のためにろ過シス テムが設けられている.しかし,これ らの方法では,好気的環境を得ること は容易であるのに対し,嫌気的環境を 得ることは難しい.つまり,好気的環 境で生じる有機物質の除去やアンモニ ア酸化および硝化は十分に起こるのに 対し,無酸素および嫌気的環境で生じ る脱窒は十分に起こらず,処理水中に 硝酸態窒素が蓄積していくことにな 化学と生物 Vol. 51, No. 6, 2013 図 1 ■ USB 型脱窒リアクター 425 た汚泥および下水を処理するリアク 養方法であるが,高濃度に汚泥を保持 た.これは,塩分で馴養されていない ターより採取したグラニュール汚泥を するために模擬廃水の塩濃度を初期濃 汚泥をそのまま高塩濃度下にさらす 植種した.グラニュール汚泥はいずれ 度 1% から 1% ずつ上昇させて運転し と,微生物群が脱水状態となり悪影響 もメタン発酵汚泥である.植種時の汚 泥(微 生 物) 濃 度 は, お お む ね 45 g VSS/Reactor である. ・連続通水試験 USB 型リアクターに対し連続通水 試験を行った.模擬廃水として人工海 水(Instant Ocean, Aquarium Systems 社)および硝酸ナトリウムを用 い, 塩 濃 度 3%, 硝 酸 態 窒 素 濃 度 40 mgN/L,溶存酸素濃度 6 ∼ 8 mg/L 程 度に調整した. また,電子供与体として酢酸ナトリ ウ ム を gC/gN = 3 と な る よ う に ポ ン プ に て 添 加 し た. カ ラ ム 内 温 度 は 25℃とした. HRT を 12 時 間,8 時 間,6 時 間,4 時間,2 時間,1.5 時間と短縮していっ . 分 析 項 目 と し て,pH, た(表 1) ORP(酸 化 還 元 電 位),DO(溶 存 酸 素) ,硝酸および亜硝酸態窒素濃度を 測定した.硝酸,亜硝酸濃度測定は HACH により測定を行った. なお,USB 型脱窒リアクターの馴 表 1 ■ USB 型脱窒リアクターの水理学的 滞留時間(HRT) 試験期間 運転開始∼ 27 日目 28 日目∼ 54 日目 55 日目∼ 179 日目 180 日目∼ 209 日目 210 日目∼ 232 日目 233 日目∼ 251 日目 426 HRT(h) 12 8 6 4 2 1.5 図 2 ■ USB 型脱窒リアクターにおける硝酸態窒素濃度・亜硝酸態窒素濃度・硝酸態窒 素除去率の経日変化 化学と生物 Vol. 51, No. 6, 2013 を受けるおそれがあるためである. を行った.その結果,すべての HRT 生息しているが,河口より分離された ・菌叢解析 で良好な硝酸態窒素除去性能を得るこ 種 も 存 在 し て い る(4). 連続通水試験開始 77 日目および 230 とができた.また,有機物添加ポンプ は NaCl 濃度 5% では生育でき 日目にリアクター下部から汚泥を採取 の不調により除去性能が低下した場合 ないが 2% では生育可能であると報告 した.その後,各汚泥より DNA を抽 でも,その回復には長時間を要しない されている(5). 出し細菌を標的とした菌叢解析および ことがわかった. 優占種の特定を PCR-Cloning により試 ・菌叢解析 77 日目における全菌叢に占める脱 窒細菌の割合は 32% であった.また, みた.得られたクローンのシーケンシ 表 2に 通水試験開始 77 日目および 耐塩性および好塩性と見られる細菌の ングはドラゴンジェノミクスセンター 230 日 目 に お け る USB 型 脱 窒 リ ア ク 割合は 42% であった.一方,230 日目 ターの菌叢解析結果を示す.これよ においては,脱窒細菌と見られるのは り,Proteobacteria 門に属する細菌が 属のみであった.全菌叢に green genes (URL : http://green- 多く存在することがわかった.その 占める耐塩性および好塩性と見られる genes.lbl.gov)を用い,相同性が 97% Proteobacteria 門 の な か で も,Beta- 細菌の割合は 78% であった(6). 以上得られたものを系統的に同一とし proteobacteria 綱に属する 菌叢の特定を行った. が最も優占していることがわかった. (タカラバイオ)に依頼した. 得られた配列の相同性解析には 属 海水を処理するほかの脱窒槽では, メタノール添加型の場合, 属は酢酸資化性脱窒細菌で 実験結果および考察 ・連続通水試験 属や 属が確認されてお 多くの脱窒リアクター内から見つかっ り,Montreal Biodome の脱窒槽では ている.酸素分子,硝酸,亜硝酸,亜 属が 70% を占めていた 酸化窒素を最終電子受容体として利用 との報告がある(1).一方,酢酸塩添加 する.また,窒素酸化物を亜酸化窒素 型の脱窒槽では,本実験同様に すべての期間において処理水中の および窒素ガスに還元する.至適温度 pH は約 8.5,溶存酸素濃度は 0.3 mg/L は 28 ∼ 40 ℃, 至 適 pH は 7.2 ∼ 8.4 で いる(7).本リアクターでは,有機源と 程度,酸化還元電位はおおむね− 400 ある.主に淡水や土壌の嫌気的領域に して酢酸ナトリウムを用いたことで, mV を維持し,脱窒に必要な無酸素お よび嫌気的環境を安定して得ることが 属や 表 2 ■ 微生物群集構造解析結果 77 日目 できた.図 2に硝酸態窒素濃度,亜硝 ムが安定した後は,HRT 2 時間にお いて,処理水中の硝酸態窒素濃度は 0.5 ± 0.6 mgN/L,硝 酸 態 窒 素 除 去 率 99 ± 1% となり,亜硝酸態窒素の生成 は確認されなくなった. 本試験では,HRT を段階的に短縮 し,最終的に HRT 1.5 時間までの運転 化学と生物 Vol. 51, No. 6, 2013 230 日目 存在割合(%) 酸態窒素濃度および硝酸態窒素除去率 の経日変化を示す.馴養が進みシステ 属が確認されて Alphaproteobacteria Betaproteobacteria Uncultured Rhodocyclaceae Gammaproteobacteria Deltaproteobacteria Bacteroidetes Deferribacteres Firmicutes Others 6 ― 22 6 13 8 4 4 4 31 70 5 ― 2 3 3 2 16 427 酢酸資化性の 属が優占した と考えられる. この硝酸態窒素除去速度はこれまで に報告された水族館における脱窒リア クターの約 2 倍である.本研究では, より高性能な脱窒リアクターを作り上 げることができた.これにより,脱窒 まとめ リアクター容積の縮小化の可能性も示 本研究は,水族館において適応可能 唆された.また,リアクター容積の縮 な海洋生物飼育の脱窒リアクターの開 小化に伴い,小型展示水槽や家庭用飼 発 を 目 的 と し て 行 っ た. 結 果 よ り, 育水槽などへの適用を検討していく予 USB 型脱窒リアクターは HRT 1.5 時 定である. 間にて硝酸態窒素除去率 95 ± 2%,硝 3 本研究により得られた知見は,大成 酸態窒素除去速度 0.61 kgN/m /day で 建設が近年設計・建設した 2 件の脱窒 あった.UASB 型脱窒リアクターが有 システムの技術として応用されてい 効であったのは,無機物の蓄積を回避 る. し高濃度に汚泥を保持可能であるこ と, 廃 水 に 適 し た 細 菌 群( 属)を安定して得られることが大きな 理由と考えられる. 428 1) 松尾友矩:“水環境工学”,オーム 社,1999, pp. 44‒45. 2) 松 本 幹 治, 新 田 見 匡: 化 学 装 置, 8, 28(2004). 3) N. Labbe, S. Parent & R. Villemur : , 37, 914(2003). 4) G. M. Garrity : Bergey s Manual of Systematic Bacteriology, Second Ed., Volume Two, the Proteobacteria, Part C the Alpha-, Beta-, Delta-, and Epsilonproteobacteria, Springer. 2005. 5) B. Song, N. J. Palleroni & M. M. Haggmlom : , 50, 551(2000). 6) J. H. Yoon, S. H. Yeo, I. G. Kim & T. K. Oh : , 54, 1799(2004). 7) T. Osaka, K. Shirotani, S. Yoshie & S. Tsuneda : , 42, 3709(2008). (山 口 隆 司 *1, 中 村 明 靖 *1, 川 又 睦 *2,森 正人 *3,*1長岡技術科学 大学大学院工学研究科,*2大成建設 株式会社技術センター土木技術研究 所,*3横浜 MM 研究所) 化学と生物 Vol. 51, No. 6, 2013 プロフィル 山口 隆司(Takashi YAMAGUCHI) <略歴> 1991 年長岡技術科学大学工学部 建設工学課程卒業/1993 年同大学大学院 工学研究科建設工学専攻修了/1995 年同 エネルギー・環境工学専攻中退/同年呉 工業高等専門学校土木工学科助手/2007 年長岡技術科学大学環境・建設系准教授/ 同年国立環境研究所客員研究員(現在ま で)/2012 年 同 教 授, 現 在 に 至 る < 研 究 テーマと抱負>国内外での微生物を用いた 環境保全技術の開発,いろんなことの潮流 がいかにできるか ? など<趣味>蠱惑美 のあるものに触れること 川 又 睦(Mutsumi KAWAMATA) < 略 歴 > 1989 年 東 京 大 学 大 学 院 農 学 系 研 究 科 博 士 課 程 修 了 /同 年 大 成 建 設 株 式 会 社 技 術 研 究 所/1990 年 株 式 会 社 海 洋 バ イ オ テ ク ノ ロ ジ ー 研 究 所(出 向)/1992 年 大 成 建 設 株 式 会 社 技 術 セ ン タ ー, 現 在 に 至 る < 研 究 テ ー マ と 抱負>生物や天然物を利用した環境 保全技術の開発<趣味>サイクリング 中村 明靖(Akinobu NAKAMURA) <略歴> 2011 年長岡技術科学大学工学部 エネルギー・環境工学専攻修了/同年同大 学博士研究員/2013 年同大学環境・建設 系特任助教,現在に至る<研究テーマと抱 負>微生物を用いた廃水,廃棄物の処理・ 創エネルギー技術の開発<趣味>映画、ド ラマ鑑賞(最近は主にアメリカドラマ) 森 正 人(Masahito MORI) <略歴> 1972 年武蔵工業大学大学院工学 研究科機械工学専攻修了/同年大成建設株 式会社入社/2012 年横浜 MM 研究所代表, 現在に至る<研究テーマと抱負>水族館の 水処理に関する研究<趣味>ドライブ,音 楽鑑賞,読書,囲碁 化学と生物 Vol. 51, No. 6, 2013 429
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