Foods Food Ingredients J. Jpn., Vol. 210, No.10, 2005 不溶性食物繊維:消化管内容物の粘度と流れの様相を規定する主要な因子 高橋 徹 a) 坂田 隆 b) a)三重大学生物資源学部 三重県達市栗貢町屋 157 フ b)石巻専修大学理工学部 宮城県石巻市南濃新水戸 I 要旨 食物繊細が消化・吸収に与える影響は消化管内での消化管内容物(内容物)の流れの様相によって大き く異なる。そこで、消化管内の流れに着目した。 消化管内の流れから内容物の撹拌が規定できる。内容物の撹拌は消化管内での栄養素の挙動に直接 影響を与えるので、消化・吸収の過程を考察するときに内容物の撹拌は重要な要因である。内容物の 巨視的な撹拌の様相としては二種類の可能性が考えられる。一つは乱流による完全な撹拌であり、も う一方は乱流が存在しない状態での乏しい撹拌である。撹拌について「Micromixing」という概念も用 いて考察した。Micromixing とは分子レベルの尺度での混合であり、反応速度などに直接影響を及ぼ す撹拌である。Micromixing は乱流あるいは拡散によって起こるが、乱流が存在するときには巨視的 な撹拌と Micromixing の両方が起こる。一方、巨視的な撹拌が乏しいときには Micromixing は拡散で しか起こらない。 乱流による完全な撹拌では消化管内での栄養素の挙動を無視することができる。乱流による撹拌が 非常に速いので、消化管内での栄養素の吸収界面までの移動が消化・吸収の律速因子にならないから である。すなわち、管腔から体内への栄養素の吸収速度は吸収界面での経上皮輸送速度(吸収速度)に依 存する。 一方、乱流が存在しない環境では、消化管内での吸収界面までの栄養素の移動は撹拌ではなく内容 物中での栄養素の拡散に依存する。この場合には、内容物中での栄養素の拡散速度が吸収界面での経 上皮輸送速度よりも遅いので、管腔内の栄養素の体への吸収速度は消化管内での栄養素の拡散速度に 依存することになる。消化管内での栄養素の拡散速度は内容物の粘度に反比例するので、乱流が存在 しない場合には栄養素の吸収速度が内容物の粘度と反比例する可能性がある。このように、消化管内 での流れの様相を記述することは、内容物の粘度が消化・吸収に影響を及ぼす環境であるかどうかを 明らかにするために重要である。 内容物の粘度は、これまで内容物を遠心分離した上清の粘度を測定してきたが、実際の内容物の流 れの様相や消化管内での栄養素の挙動を明らかにするためには固形粒子を含んだ内容物の粘度を測定 することが必要である。そこで、固形粒子を含んだ内容物の粘度を測定できる管流粘度計を開発して、 粘度を測定した。ブタとニワトリの小腸と盲腸内容を固形粒子を含んだ状態で測定したところ、これ までに報告されてきた粘度よりも、500 倍から 2800 倍も高い(ずり速度 1s-1 のとき)ことがわかった。 この測定結果をもとにして消化管内での内容物の挙動を推算した。 Foods Food Ingredients J. Jpn., Vol. 210, No.10, 2005 内容物の粘性特性と蠕動運動の伝播速度や分節運動の収縮速度から、消化管内での流れの様相をレ イノルズ数を基に考察した。レイノルズ数は流れが乱流であるかどうかを示す値であり、2300 よりも 低いと乱流が存在しないことを示す。推算の結果、蠕動運動や分節運動によって起こる流れの中には ブタ、ニワトリ、ヒトで小腸(レイノルズ数:20∼50)でも盲腸(レイノルズ数:0.3∼2)でも乱流が存在し ないことが示された。すなわち小腸や盲腸の内容物では巨視的には撹拌が乏しい可能性を示唆した。 したがって、小腸と盲腸管腔内での micromixing は拡散でしか起こらないと考えられる。 推算の結果を生体で確認するために、小腸遠位末端や盲腸内にバリウム溶液を 1 回注入してから 36 時間連続で糞を採取して、全糞を CT スキャンで観察した。糞中のバリウムの偏在から横断方向と長軸 方向の両方で混合が乏しいことが観察され、内容物の撹拌が完全でないと考えられた。このことから、 レイノルズ数を用いた考察が妥当であると考えられた。このように、消化管内の巨視的な撹拌が乏し いために、内容物の粘度が消化・吸収に大きな影響を与える可能性が高いと考えられる。そこで、内 容物の粘度に影轡を与える機能性素材として不溶性食物繊維に着目した。 不溶性食物繊維の摂取が内容物の粘度に与える影響を、盲腸内容物を固形粒子と液相とに分離して、 液相に固形粒子を段階的に加える体外実験によって調査した。その結果、不溶性食物繊細の含量が高 いと内容物の粘度が高くなることや、不溶性食物繊維の粒子サイズが大きい方が内容物の粘度が高く なることがわかった。 次いで、実際にラットにセルロースを食べさせた生体実験により、セルロースなどの不溶性食物繊 維の摂取が骨、小腸、盲腸の内容物の粘度を上昇させることを明らかにした。このことから、不溶性 食物繊維による内容物の粘度上昇が明らかになった。 上述のように、内容物の粘度と吸収速度には負の相関が見られる可能性がある。そこで、セルロー スによって粘度を調整した人工内容物を作成して、十二指腸に注入する実験を行い、セルロースによ って内容物の粘度を上昇させると、食後の血糖の上昇を抑制することを明らかにした。これには吸着 や希釈効果が関わっていないことや、不溶性食物繊維の摂取に伴う内容物の浸透圧や自由水、結合水 の変化では血糖値の上昇率の減少を説明できないことを併せて示し、不溶性食物繊維による内容物の 粘度上昇が吸収速度を遅くすることを示した。 不溶性食物繊維はこれまで希釈効果や吸着効果以外に消化・吸収に影響を与えないとされてきたが、 不溶性食物繊維は消化管内容物の粘度を上昇させることを確認し、消化管内での栄養素の拡散を遅く することで吸収速度を遅くすることを著者らは明らかにした。こうしたデータに基づいて消化管内容 物の流れの様相を検討した。このような考えに基づくと、不溶性食物繊維の機能性を再評価する必要 があることになる。 Foods Food Ingredients J. Jpn., Vol. 210, No.10, 2005
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