ウイルスの構造上の特徴と消毒剤感受性について

Q&A
No.59 2008年8月発行
Q 65
ウ イ ル ス の 構 造 上の特徴と消毒剤感受性について
ー エンベロープを中心に −
感染症の原因ウイルスは多種ありますが、
その構造上の特徴、
特にエンベロープの有無により感染経路や消毒剤に対
する感受性が異なることが知られています。
これらを理解することは、感染予防対策を講じる上で有用と思われますので
ご紹介します。
ウイルスの形態・構造の特徴 1, 2)
ウイルスの大きさは20∼300nmで、
感染性を持つ完成したウイルス粒子をビリオンと呼びます。
ビリオンは蛋白質からなる
殻(カプシド)
がゲノムを囲む基本構造をとります。
カプシドは単位構造が正二十面体型又はらせん状に規則正しく配列し
た集合体であり、
ゲノムとカプシドをあわせてヌクレオカプシドと呼びます。
ウイルスの種類によっては、
宿主細胞の膜系に類
似した脂質二重層から成る外被(エンベロープ)
がヌクレオカプシドを包みます(図1)。
ウイルスは構造的にゲノムの種類と
エンベロープの有無から4つに分類されます
(表1)。
表1 代表的なウイルスの構造的分類 2)
カプシド
ゲノム
ゲノム
ビ リ オン
ヌクレオ
カプシド
エンベロープ
エンベロープあり
エンベロープなし
DNA
アデノウイルス
B19ウイルス
ヒトヘルペスウイルス
パポバウイルス
ヒトパピローマウイルス ワクシニアウイルス
RNA
ノロウイルス
ポリオウイルス
エコーウイルス
A型肝炎ウイルス
E型肝炎ウイルス
ライノウイルス
アストロウイルス
ロタウイルス
コクサッキーウイルス
エンテロウイルス
サポウイルス
図1 ウイルスの 基 本 構 造( 正 二 十 面 体 型 )
ウイルスの増殖機構 1)
ウイルスはエネルギー産生系や蛋白合成系を含め代
謝系のほとんどを保有せず、
宿主細胞に寄生し細胞の機
能を利用し増殖します
(図2)。
ウイルスは宿主細胞の表面のレセプターに吸着①・侵
入し②、
エンベロープやカプシドを脱ぎ捨てゲノムを細胞
内に放出します(脱殻③)。
その後、
宿主細胞によりウイル
ス素材を合成し④、
それらを集積してヌクレオカプシドを形
成(成熟)
し⑤、細胞外へ放出されます⑥。
エンベロープ
を有するウイルスの場合、
ヌクレオカプシドが細胞膜または
核膜を内側から押し上げるような形で出芽します⑦。
インフルエンザウイルス
SARSコロナウイルス
RSウイルス
ムンプスウイルス
ラッサウイルス
デングウイルス
風疹ウイルス
《エンベロープなし》
ウイルス
レセプター
B型肝炎ウイルス
ヒト免疫不全ウイルス
麻疹ウイルス
C型肝炎ウイルス
エボラウイルス
黄熱ウイルス
日本脳炎ウイルス
《エンベロープあり》
① 吸着
ウイルス
レセプター
① 吸着
② 侵入
② 侵入
③ 脱殻
核
④ 素材の合成
mRNA
ゲノムの複製
⑤ 成熟
⑥ 放出
⑦ 出芽
図2 ウイルスの増殖機構(文献4, 5より一部改変)
感染部位とウイルスの構造の関係 2)
ウイルスの感染部位は、
呼吸器及び消化管です。
呼吸器を感染部位とするウイルスは、粘液に取り込まれ線毛運動で咽頭まで押し返されるので、感染するためには線
毛に強固に吸着できるスパイク若しくはエンベロープを有するものが有利となります。
インフルエンザAウイルスはエンベロー
プ表面のヘマグルチニンにより気道上皮細胞に吸着し感染します。
消化管感染の防御機構には胃酸による不活化や胆汁酸の界面活性作用などがあり、
脂質から成るエンベロープはこ
れらの条件により破壊されます。
そのため、
消化管で感染症を引き起こすウイルスはエンベロープを有しません。
集団胃腸炎
を引き起こすノロウイルスのほか、
アデノウイルスやA型肝炎ウイルス、
エンテロウイルス、
ポリオウイルスなどが挙げられます。
エンベロープと消毒剤感受性
エンベロープを有するウイルスは界面活性剤やアルコール等の脂質を溶かす消毒剤に対して感受性が高く、
有さない
ものは不活化されにくいことが知られています。
ベンザルコニウム塩化物及び両性界面活性剤、
クロルヘキシジングルコン
またエンベロー
酸塩はエンベロープを有するウイルスには有効ですが、
有さないウイルスにはほとんど効果を示しません6)。
8)
プを有さないウイルスに対して70%エタノールや70%イソプロパノール7)、
80%エタノール+5%イソプロパノール混合液 は十
分な効果は得られなかったとの報告もあります
(表2)。
表2 各種消毒剤の殺ウイルス効果
エンベロープなし
エンベロープあり
消毒剤
ヒトアデノ
ウイルス3
ベンザ ルコニウム
塩化物
×
×
○
○
クロル ヘ キシジン
グルコン酸塩
×
×
○
○
アルキルジアミノエ
チルグリシン塩酸塩
×
×
○
○
70%エタノール
×
△
○
×
○
○
○
70%イソプロパノール
×
×
×
×
○
○
○
エンテロ
ポリオ
エンテロ
ウイルス1 ウイルス70 ウイルス71
A型肝炎
ウイルス
80%エタノール
+5%イソプロパノール
ヒトヘルペス ヒト免疫不全 ワクシニア インフルエンザ
ウイルス1 ウイルス1 ウイルス Aウイルス
△
○
次亜塩素酸ナトリウム
○
△
○
○
グルタラール
○
○
○
○
○
:無効 に改変。
文献 6 ∼ 8 よりデータを ○:有効 △:一部有効 ×
すべての病原ウイルスの微生物学的特徴を熟知することは困難ですが、
エンベロープの有無を知ることは感染予防
又は拡大阻止の対策を講じる際の目安になると思われます。上述のとおり、消化器系疾患の原因ウイルスはエンベロー
プを有さないため、
感染患者のケア後の手指衛生は擦式アルコール性手指消毒剤のみでなく、
消毒前の石鹸と流水に
よる手洗いを併せて行うことが重要です。
〈参考文献〉
1) 柳原保武, 多村憲 編集 : 微生物学 改訂第5版, 南江堂 (2006)
2) 平松啓一, 中込治 編集 : 標準微生物学 第9版, 医学書院 (2005)
3) 大里外誉郎 編集 : 医科ウイルス学 改訂第2版, 南江堂 (2000)
4) 錫谷達夫 : 臨床と微生物, 33, 543 (2006)
5) 永井美之, 渡邊治雄 編集 : ウイルス・細菌感染 new ファイル, 羊土社 (1997)
6) 野田雅博ら : 感染症学雑誌, 74(8), 664 (2000)
7) 野田伸司ら : 感染症学雑誌, 55(5), 356 (1981)
8) F.A.C. van Engelenburg et al. : J. Hosp. Infect., 51, 121 (2002)
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