基礎生物学 I 渡辺勝敏 (8) 進化説と進化の証拠 進化とは何か? 生命とは何か?(後述参照:進化する実体としての生物) ・個体発生(遺伝情報→表現型) 系統発生(遺伝情報の系譜) 生命は遺伝情報として,時空間的に展開している. ・遺伝情報は 2 重螺旋状の核酸(主に DNA)に刻まれ(塩基配列),複製 により,増加し,伝えられる. ・複製・伝達の過程で,不完全なコピーが生じる. ・生命は 30 数億年前に発生して以来,(すべてではないが)このようなコ ピーを残し,現在に至っている <我々の直接の祖先で,自らの子供を残さずに死んだ個体はいない!> 進化とは何か? ・生物の進化・多様性の本質は,生物の系譜における遺伝情報の変化 「進化 = 世代を間の集団(個体群)の遺伝組成の変化」 進歩や退化の逆意などのニュアンスは,進化学の中では不要(いわゆる 退化現象も進化の一つである). 「生物学のどんな現象も,進化を考えに入れない限り意味をもたない」 (ド ブジャンスキー) どのようなパターン(道筋)で進化は起こったのか? ・・・古生物学,系統・分類学などの研究対象 どのようなメカニズム・プロセスで進化は起こるのか? ・・・集団遺伝学,進化生態学などの研究対象 (もちろん明瞭に二分はできない) 進化には,集団内の遺伝組成の時間的変化/種内集団間の遺伝型・表現 型上の変異・種分化/種より大きな系統群の形成/体制・機能上の変革, といったスケールが,時間スケールに応じて含まれる. (進化は単に種分化・種形成のことを指すわけではない) 1 基礎生物学 I 渡辺勝敏 事実としての進化 生物学をはじめとする経験科学において, 「証拠」や「正しさの根拠」とは, (数学などとは異なり)観察された自然現象を最も整合的かつ包括的に 理解することができる根拠(理論・論理・データ)のことであり,反証 可能である必要がある.そしてもちろん,新たな証拠によって覆される ことがある. 史実としての進化の証拠 ・化石記録:30 数億年から,異なる時代にさまざまな生物が見られ,不完 全ながら,その形態特徴は連続している(比較形態学;後述). (インターネット上で様々な化石を見ることができる) プロセスとしての進化の証拠 ・自然淘汰や性淘汰による進化(後述)は,現生の生物で観察,実測,検 証されている. 説明原理としての進化 ・比較形態学的根拠:さまざまな形質(器官など)は,起源を一にすると 考えられる「相同形質」と,異なる起源のものが形態・機能的に類似す る「相似形質」に分けられる.その双方が,進化的観点から理解可能で ある.適応形質,痕跡器官,収斂,適応放散現象. ・比較発生学的根拠:成体の形態が大きく異なっていても,初期発生には 類似性が認められる ・直接関係のない証拠の一致性:中立マーカーによる分子系統樹と形態形 質による系統樹の大枠での一致,など 進化理論以外に,以上を包括的に説明する科学的な代替理論は存在しない. 2 基礎生物学 I 渡辺勝敏 進化理論の起源と発展 歴史 参考 http://evolution.berkeley.edu/evosite/history/index.shtml 種の起源初版 http://pages.britishlibrary.net/charles.darwin/texts/origin1859/origin_fm.html http://www.talkorigins.org/faqs/origin.html 18 世紀までに,さまざまな科学分野,地球科学,分類・生物地理,生命史(化石) ,人 口統計学等の知見の蓄積が開始:現在と過去の生物多様性の認識 19 世紀までに,進化思想が,ビュフォン,ゲーテ,エラスムス・ダーウィンなどにより, 醸成→ラマルクによる学問的な追究 19 世紀半ば,ダーウィン,ウォレスにより,自然淘汰理論が確立・・・種の変化と起源 の科学的な追求;メンデルによる遺伝子説 20 世紀前半,ドブジャンスキー,ホールデン,ハクスレー,フィッシャー,ライト,マ イヤーらを中心とする,遺伝学と自然淘汰,その他生物学分野の現代進化学としての 総合 20 世紀半ばから後半,DNA の発見,遺伝子解析・分子生物学→ゲノミクス;木村資生 らによる遺伝的浮動による中立進化理論 自然集団における遺伝的多様性や淘汰の実測 遺伝的組成の変化をもたらす力:自然淘汰と遺伝的浮動 > いかなる力でどのように変化するのか? ・自然淘汰 以下の 3 条件がそろえば,自律的・必然的に生じる力 ・集団における個体変異 ・その変異の遺伝性 ・変異に関係した適応度の差 総合説(自然淘汰理論と遺伝学の融合) 遺伝子に基づく遺伝学,突然変異,自然淘汰,そして分類,生物地理,その他諸分野 の統合による現代的な進化理論 3 基礎生物学 I 渡辺勝敏 ・中立説:遺伝的浮動 ハーディー・ワインベルクの法則において,大集団(無限個体数)という条件をはずす と,遺伝子頻度は世代間でランダムに変動する(特に小集団)=遺伝的浮動・・・淘 汰にかからないような分子進化を説明 分子進化時計 シミュレーションを試せるフリーソフト:Populus (http://www.cbs.umn.edu/populus/)など > 種の形成はどのように起こるのか? 「種 species」の「定義」は 20 数通りもあり,すべての生物に当てはまるような定義や 識別基準は存在しない(逆に,全生物が定義可能な1つの「種」というような単位で 存在しているわけではない) しかし, 「生物学的種概念 Biological Species Concept:BSC」 (マイヤー,ドブジャンスキ ー)は重要:「相互に交配しあい,かつ他のそうした集合体から生殖的に隔離されて いる自然集団の集合体」 ・・・別種:生殖的に隔離されている 生殖隔離:交配前隔離,交配後隔離 種の変化の 2 側面:系統発生の中で,両方が生じながら多様性が増す アナゲネシス anagenesis:ある種そのものが徐々に変化していく クラドゲネシス cladogenesis:もとは 1 つの種が,2 つ(以上の)種に分かれていく 種形成(種分化)speciation のパターン 異所的種分化 allopatric speciation:地理的隔離により,もとは 1 つの種がそれぞれの 場所で別の種に分化(最も多くパターンで,証拠も多い) 種分化の真の完了は,再び同所的になったときに,両者が融合しないこと. 同所的種分化 sympatric speciation:地理的隔離なしで,もとは 1 つの種が同じ場所で 別の種に分化(植物の雑種・倍数性進化以外は十分な証拠は少ないが,理論的には あり得る.現代進化学で注目) > 形態の大きな変化など,大進化はどのように起こるのか? 進化発生学 Evolutionary developmental Biology(Evo-Devo)が現在,ゲノミクス(ゲノム 4 基礎生物学 I 渡辺勝敏 生物学)の発展とともに,大きく進展中 発生の異時性 heterochrony による形態変化(ネオテニーなど) 多くの動物群で共有するホメオボックス遺伝子群による形態形成機構 発生過程での遺伝子発現を明らかにする,ゲノミクスをベースとした技術(DNA マイク ロアレー),など 進化学の展望 ・自然界での適応・浮動のダイナミクス ・系統発生・集団構造解析 ・Evo-Devo ・ゲノミクス 5
© Copyright 2024 Paperzz