イ ン タ ビ ュ ー P A R T 1 Jリーグ 「百年構想」 −スポーツが担う地域の活性化と豊かな社会づくり− 鈴木 昌 氏 社団法人 日本プロサッカーリーグ(Jリーグ) チェアマン 日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)は、ただ 興行を中心とするプロスポーツではない。 「百年構想」という壮大な構想を持った組織 体である。 「百年構想」は、スポーツから地域 の活性化や子ども達の育成を担い、スポーツ 振興で人々を豊かにするという理念を持って いる。 今回のインタビューでは、Jリーグチェアマン 鈴木 昌氏に、 「百年構想」を中心とした、豊 かさを享受するためにサッカーが果たす役 割などについてお話をうかがった。 Jリーグ「百年構想」について 野口参与(以下、野口) :本日は、豊かさについてお話を おうかがいさせてください。現在の豊かさは、経 済的なものだけでなく、心の豊かさや、国際的な 平和といった方向に向かおうとしていますが、その なかでサッカーの果たす役割は大きいと考えます。 Jリーグには「百年構想」という、地域にスポーツ を根付かせ、スポーツを通じて地域が育ち、その なかで豊かさが享受できる壮大な構想計画があり ますが、まずは百年構想についてお話ください。 鈴木チェアマン(以下、鈴木) :Jリーグをつくる際、サッ カー協会の中では、 「どうして日本のサッカーは強 くなれないのか?」といった議論がなされていまし た。そして、強くなるためには「プロリーグ」をつく るしかないという結論になったのです。ただし、た だサッカーをプロ化するだけではなく、地域密着型 のクラブ経営を目指すことで、同時に地域の活性 化を担ったのです。これがそもそもの「百年構想」 の考えです。 「百年構想」は、スポーツ振興で人々を豊かにす るという理念を持っています。ですから各クラブ では、サッカーだけでなく、あらゆるスポーツを支 援していきます。クラブの組織は、トップリーグで争 う「クラブチーム」があり、その下には「ユース」 聞き手 株式会社三菱総合研究所 参与 野口和彦 「ジュニアユース」、それから「フットサル」などの チームもあります。さらには、スクールなども開校さ れており、それぞれのレベルでサッカーの普及が なされているのです。また、学校体育だけでは身 に付かない、イマジネーション力やクリエイティブ力 を養うこと、そして、多くの子ども達が学校卒業と ともにスポーツをやめてしまう現状を踏まえ、生涯 鈴木 昌 すずき まさる 略歴 1935年(昭和10年) 12月15日 生まれ 兵庫県神戸市出身 1954年3月 1955年4月 1959年3月 1959年4月 1974年4月 1974年9月 1979年4月 1980年6月 1987年7月 *1 987∼88年 1989年6月 1990年6月 1994年6月 六甲学院高等学校卒業 東京大学法学部 入学 東京大学法学部 卒業 住友金属工業株式会社 入社 住友金属工業株式会社 鹿島製鉄所業務部運輸課長 住友金属工業株式会社 本社運輸部計画課長 住友金属工業株式会社 本社運輸部次長 住友金属工業株式会社 本社広報部東京広報室長 住友金属工業株式会社 鹿島製鉄所副所長 住友金属工業蹴球団 団長 鹿島運輸株式会社 専務取締役 鹿島運輸株式会社 社長 株式会社鹿島アントラーズFC 代表取締役社長 社団法人日本プロサッカーリーグ 理事 株式会社鹿島アントラーズFC 特別顧問 社団法人日本プロサッカーリーグ チェアマンに就任 2000年6月 2002年7月23日 V o l .2 _ N o .1 _ 2 0 0 5 . 0 1 3 にわたってスポーツを続けられる環境をクラブでは れどもそれを変える方法がわからない。その処方 提供しています。 箋の一つとしてスポーツをあげたいのです。たとえ それとは別に、現在は、子ども達が裸足で芝の上 ばサッカーで勝利すれば、勝つ喜びを知ります。 を駆け回れる環境を自らがつくっていこうということ また、スポーツをする楽しさを知ることもできます。 で、メンテナンスも含めて地域の人々が主導で、 すなわち子ども達は多様な価値感を持つことがで 芝の環境整備に取り組んでもらう試みなどを行って きるのです。 います。まさにスポーツと地域と社会のつながり これらのことを網羅的にやっていこうとすると、やっ です。 ぱり百年構想になってしまうのです。 野口 Jリーグは、サッカーありきではなく、スポーツありき ということですね。 サッカーを中心に、 縦社会を横社会へ さて、先ほど、サッカーは、イマジネーション力やク リエイティブ力を養えるといったお話がありました。 一方、日本には文武両道という言葉が昔からあり ますが、Jリーグでは、 野口 Jリーグのチーム名には、スポンサーの企業名では なく地域名が入っていますね。これも地域密着型 の特徴と言えますね。 文武両道というよりは、 クリエイティブ力を磨く 鈴木 地域名を入れることは、日本のスポーツでは珍しい ことが大切とお考えな かもしれませんが世界では一般的です。底辺の のでしょうか。 サッカーファンの皆さんに「俺らがチーム」、自分た ちのチームと思っていただきたいからです。 鈴木 スポーツのなか サッカーの場合、プロであっても際立って目立つ でもサッカーは、クリエ 選手はいません。なぜなら、もしも特定の選手だ イティブ力を鍛えます。 けが目立つようなチームでは、俺らがチームは育た 常に発想を変えた考え ないからです。それよりも、サポーターの皆さん一 が要求されるからです。 人ひとりが足を運んで、チームを見守り育ててくだ 私自身は、現在の子ども達のいわゆる文武の“文” さることが大切なのです。これは、スーパースター にあたる、勉強の部分は行き過ぎなところもあると 選手の活躍を見て楽しむスポーツからすると不思 感じています。私が子どもの頃は、偏差値などと 議に感じるかもしれませんが、皆でチームをつくっ いうものは存在していなかった。それが現在は、偏 ていく、そこにこそ本来の楽しさがあると考えてい 差値が唯一の尺度のように言われていて、これが るのです。 大きな歪を生んでいるのではないでしょうか。成績 ご存知のとおり、 「新潟アルビレックス」というチー のいい子どもが勝ち組というのは幻想にすぎませ ムがありますが、このチームのサポーターたちは非 ん。この流れを変えないといけないと思います。け 常に熱狂的で、いつも4 万人近くがスタンドに足を Jリーグ 「百年構想」 運びます。では、このチームに有名な選手がいた に並んでしまうのです。気づけばサッカー中心の かというと、いませんでした。この新潟のような 生活で、サポーター同士の仲間が増えている。結 サポーターをもっともっと全国に増やしていきたいと 果、地域での取り組みも盛り上がっていくというわ 考えているのです。 けです。 昔は、地域には横社会があったのに、現在は縦 野口 サッカーは興行中心ではないということですか。 社会が中心となってしまいました。それをサッカー を中心に横軸を通していきたいのです。まさに中 鈴木 もちろんプロのスポーツですから、お金はいただか 央集権から地方分権へ、とでも言いましょうか。 なければなりません。ただ、お金をいただいたから にはそれなりの価値あるものを返さなければいけま 野口 では、クラブは、各県に一つ以上は必要ですね。 せん。スポンサーはタニマチ的なものではなく、ス ポンサーになってよかったと思っていただけるような 鈴木 最低でも一つは欲しいですね。私たちが百年構 付加価値を提供できなければならないと思っていま 想のなかで重要に考えているのは、トップチーム す。ではアマチュアでいいかというと、アマチュア のレベルアップだけでなく、底辺のレベルアップで とプロでは世の中に与える影響度が全然違ってき す。弱小チームが、い ますので、やっぱりプロなのです。 かにチームを強くして サポーターを集めてい 野口 サッカーでは、よく12 番目の選手ということで背番 くか。ここを強化してい 号 12 を欠番にし、この背番号はサポーターの番 くことが大 切だと考え 号として 12 人で戦うというコンセプトを持っている ます。そして地域のサ ようですが。 ポーターの皆さんに、 自分の住む地域にもプ 鈴木 おっしゃるように、とくに取り決めはしていないので ロのチームができれば すが、各チームは背番号 12 を欠番にし、サポー いいと思ってもらいたい ターの背番号としているようです。 のです。それには底辺を育てる環境がないといけ サッカーは不思議なスポーツです。応援していくう ません。サッカーをする人口の絶対数が増えなけ ちに、どんどんのめりこんでいきます。Jリーグは 2 れば実現はしないのです。 週間に 1 度の頻度でホームゲームを行いますが、 この頻度はちょうどいい。シーズンの間、お祭りを 子ども達が明るいことが大切 ずっとやっているようだという言われ方をします。 熱狂的なサポーターたちは試合の前日にはソワ ソワしだし、仲間がいるところに行きたくなる。そ 野口 では、ずばりサッカーが果たす役割はどのようなと ころでしょうか。 して座席は決まっているのに、前日からスタジアム くなってしまうのです。けれどもスポーツをさせてほ しい。そして、子ども達に多様な価値観を身に付 けてほしいですね。 野口 本来は自分の技術があればそれを引き伸ばしてい けるほうがいいですよね。いい学校を出てエリート になるという観点は何か間違っていると思います。 鈴木 日本に来ているブラジルの選手の家族の子ども達 は実に明るい。ある選手の子どもは、日本に来た 鈴木 皆が熱く燃え上がるものを与える。多様な価値観 当初は日本の学校に通っていましたが、あるときか を与える。生活に潤いを与える。これがサッカーの ら学校に通うことをやめてしまいました。その理由 持つ役割です。 は午後まで学校に行くのは学校ではないというもの Jリーグができて、地域の人々の生活も変わったと でした。驚かされましたが、彼は日本にいる間は 思います。私は茨城県鹿嶋市には 19 年住んでい 学校には行かず、よく父親に付いてきていました ましたが、サッカーチームができてからの 7 年は、 ね。ブラジルに帰国しましたが、現在はブラジルで 鹿嶋の人々は大きく変わったように見受けます。以 学校に通い始め、医者を目指しているそうです。 前は高校を卒業して都会に就職してしまった子ど また、鹿島アントラーズにはサントスという選手が も達が帰ることはなかなかなかったのに、サッカー いましたが、彼はブラジルの大学をずっと休学し をしに頻繁に帰ってくるようになりました。また、お て、日本にプロサッカープレイヤーとして来ていま じいちゃんと孫たちがサッカーの話をするようになり した。ですから引退した今、大学に復学している ました。さらに驚くべきことは、全国から鹿嶋で働 そうです。 きたいという希望者が出てくるようになったことです 日本では、やれ一浪したとか二浪した、あるいは 。これらは社会現象と言ってもいいでしょう。 留年したなどと言われますが、そんなことは本来ど うでもいいことなのです。それよりも子ども達が明る 野口 最後に、鈴木チェアマンがお考えになる、豊かさ いことのほうがずっと重要なのです。 についてお話ください。 野口 当社では、 「物資・経済的な豊かさ」 「心の豊かさ」 鈴木 われわれ生活者は、日々を楽しんでいくことが大切 「安全で安心な社会」 「国際的な信頼と尊敬」の で、私たちが楽しむために与えているのはスポー 四つの豊かさを掲げていますが、今回は違った観 ツです。親も勉強だけやらせていてはダメというこ 点でお話をいただけたと思います。スポーツから とはわかっているのですが、実際に自分の子ども 創造する豊かな社会も有り得ますね。本日はどうも に他のことをやらせられるかというと、そうはいかな ありがとうございました。■ イ ン タ ビ ュ ー を 終 え て 野口和彦 Jリーグ 「百年構想」 人づくり、地域づくりは、社会 基盤の基本である。鈴木チェ アマンのお話を聞いてその 感を強くした。誇れる故郷を 持つことが、人にいかに大き な誇りと夢を与えるか。つら い時、一週間後に始まるサッ カーという祭りが、いかに人 に希望を与えるか。2時間の 歓喜の時がいかに人生に楽し みを与えてくれるのか。経済 原則とは違う価値観がここに は確かに存在する。祭りは、 人生を豊かにし、仲間をつく る。私もセキュリティを通じて J リーグに接する機会があっ たが、運営担当者はトラブルを 犯したサポーターに対して再 発防止のため厳しく接するも のの、その目は愛情にあふれ ている。Jリーグにとって、サ ポーターは単なる興行成績 に関与する入場者ではない。 12番目の仲間なのである。 豊かな地域をつくる、社会を つくることに今多くの人が取 り組んでいる。J リーグの姿 は、このような人々に勇気と ヒントを与えてくれるような 気がする。
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