2008年度 - 国立病院機構 小倉医療センター

独立行政法人国立病院機構
小倉医療センター臨床研究部
研究業績年報
第5号
(2008 年度)
国立病院機構小倉医療センター
臨床研究部
地域医療講演会抄録
『小児神経科専門医と小児神経疾患』
2008 年 6 月 10 日
小児科:臨床研究部
德永洋一
小児神経科とは、けいれん、運動、知能、感覚、行動、または言葉の障害など、脳、神経、
筋に何らかの異常がある小児の診断、治療、指導を行う診療科である。日本小児神経学会認
定の「小児神経科専門医」は、全国に約1000名いるが、北九州市では、4施設で7名が診療を
行っているのみである。小児神経疾患としては、てんかん等のけいれん性疾患、発達遅滞・
発達障害、頭痛、心身症、等が多く、その他にも麻痺、不随意運動等をきたす疾患や、脳腫
瘍等も含まれる。小児神経科専門医について、概説し、若干の小児神経疾患について症例呈
示した。
『糖尿病眼合併症に対する治療戦略』
眼科:
2008 年 9 月 9 日
臨床研究部
廣石悟朗
現在糖尿病の患者さんは、約 700 万人から 800 万人いるといわれており、そのうち糖尿病
網膜症を有する患者さんは 100 万人から 200 万人くらいいると推測されている。糖尿病眼合
併症として糖尿病網膜症だけでなく、白内障、血管新生緑内障、屈折調節異常、糖尿病虹彩
炎、眼球運動障害、糖尿病視神経症、糖尿病角膜症など、眼のあらゆる場所に合併症を引き
起こす。
糖尿病網膜症は、単純期、前増殖期、増殖期に分類される。単純糖尿病網膜症は、小さな
点状出血・毛細血管瘤からはじまり、前増殖期になると出血は増加し軟性白斑や網膜内細小
血管異常が出現し、増殖期になると新生血管や増殖組織ができ硝子体出血や牽引性網膜剥離
や新生血管緑内障を引き起こす。
検査はまず眼底検査を施行し必要があれば蛍光眼底検査を施行し、光凝固治療の適応を決
定する。最近 OCT(光干渉断層計 optical coherence tomography)検査がおこなわれるよう
になってきており、特に糖尿病黄斑症の診断に有用である。
治療としては、まずは血糖コントロールである。単純期は経過観察を行う。前増殖期は光
凝固術を施行する。増殖期は硝子体手術が必要となるが視力が回復しないこともある。増殖
期になる前に、糖尿病網膜症を発見し治療を開始することが重要である。糖尿病黄斑症の治
療として、最近、行われるようになってきた治療として、トリアムシノロンのテノン嚢下注
射や抗 VEGF 抗体(bevacizumab)の硝子体注射やテノン嚢下注射などがある。これらの治療
の効果は、一時的である場合が多く、光凝固治療や硝子体手術などと組み合わせて治療を行
う。また、抗 VEGF 抗体は硝子体手術中の出血予防として、使われるとこともある。
硝子体手術は、今まで 20G の切開創で行われてきたが、近年 25G や 23G のより小さな切開
創で手術ができるようになり、眼に対して低浸襲な手術が普及してきている。当院にても、
疾患によって 25G 硝子体手術を行っている。また、トリアムシノロンを硝子体に注入して硝
子体を可視化したり、内視鏡を用いて網膜の周辺部を観察したりして、より安全に手術が行
われるようになってきている。
『性感染症の現状』
~今、知っておきたいこと~
産婦人科:臨床研究部
2008 年 12 月 9 日
大藏尚文
性感染症(STD)の現在の状況
1.STD には多彩な疾患がある
2.無症候性の症例の増加(⇒
若年層への広がり)
3.性器以外の異所性感染の広がり(咽頭、肛門等)
4.優れた抗菌剤の登場により性病時代の細菌からクラミジアおよびウイルスが STD の主流に
なりつつある
5.男性では淋菌が、女性ではクラミジアが一方的に増加
6.STD の重複感染の増加
7.若年層の増加および女性優位化
(初交年齢の早まり、複数のパートナーコンドーム不使用など)
感染症新法と STD
1.軟性下疳,鼡径リンパ肉芽腫症
→
新法から除外
2.性感染症は 5 類感染症に分類される
3.性感染症に対する特定感染症予防指針の制定。また、後天性免疫不全症候群の予防指針は
別に制定されている。
4.性感染症の予防指針の中に入れられているものは淋菌、クラミジア、ヘルペス、
尖圭コンジローマ、梅毒である。
5.HIV および梅毒は全数届け出。クラミジア、ヘルペス、尖圭コンジローマ、淋菌は定点
届け出。
STD と病原体
肝炎ウイルス、ATL、伝染性単核球症、サイトメガロウイルス、アメーバー赤痢なども STD の
病原体となりうる
淋菌感染症
Neisseria Gonorrhoeae(グラム陰性双球菌)の感染
性交による直接感染がほとんどであるが、幼少女では外陰部に接する衣服や手指からの感染
もある。
クラミジア感染症に次ぐ症例数のSTD
1 回の性行為による感染伝達率;30%
男性では尿道炎、女性では子宮頸管炎
症
状:女性の場合 35~50%は無症状。
子宮頚管,尿道,直腸などに感染し、黄色膿性帯下や排尿痛を認める。頚管炎,
外陰炎,尿道炎等を発症する。35%に咽頭淋菌感染も合併
潜伏期間:平均 2~7 日
診
断:子宮頸管、尿道等分泌物からの淋菌の証明—直接塗抹法、培養法、PCR 法
咽頭の淋菌検査では PCR は不可であり、培養は可(咽頭ではナイセリアは常在
菌であるため)
治
療:薬剤耐性が最も大きい課題
ペニシリン耐性 100%、ニュ-キノロン耐性 70%、セフェム系耐性 50%
推奨薬剤:CDZM(ケニセフ 1g単回 iv),SPCM(トロビシン 2g 単回 im),
CTRX(ロセフィン 1g単回 iv)
* セックスパートナーも同期間治療することが必要
梅毒
Treponema Pallidum (TP)の感染による
第 3,4 期梅毒はみられなくなったが、早期顕症梅毒は増加傾向にあり、その半数以上は潜伏
梅毒。健診やその他偶然の機会に発見される例が多くなっている。
感
染:
↓ 約 3 週間といわれていたが、最近は 20 日以内と短縮
第 1 期 (感染から約 3 か月)
初 期 硬 結;梅毒トレポネーマ侵入部(粘膜,皮膚)に硬結
硬 性 下 疳;硬結が潰瘍化
↓
*最近では多発例が増加
感染後 4~5 週で梅毒反応(+)
第 2 期(感染から 3 か月~3 年の期間)
丘疹性梅毒疹、梅毒性バラ疹、扁平コンジローマ
第 3,4 期梅毒(感染から 3 年以降)
;近年ほとんどみられない。
治
療;ペニシリンの内服投与
ペニシリンアレルギーの場合には塩酸ミノサイクリン、但し妊婦の場合に
はアセチルスピラマイシンの内服投与
治癒の判定;臨床症状と共に血清抗体価を定期的に追跡
STS 法の定量値が 8 倍以下に低下することを確認する。
TPHA は治療の指標にならない
治癒後 6 か月経過しても 16 倍以上の場合、治療不十分もしくは再感染と
考え再治療が必要
性器クラミジア感染症
Chlamysia trachomatis の感染
クラミジアは細胞寄生性病原体で、DNA と RNA を持つ。すなわち細菌でもウイルスでもない
女性で最も頻度の高い STD(トリコモナス、カンジダは除く)
骨盤内感染症(PID)の約 25~50%
症
状:
潜 伏 期 間;1~3 週間
子宮頸管炎から上行性に子宮内膜炎,付属器炎,骨盤腹膜炎、さらには肝周囲炎へと波
及する。
感染成立時は自覚症状に乏しい。急性症状を呈することは稀で、多くは慢性持続性感染
となる。
女性性器クラミジアが検出される場合、無症状でも 10〜20%は咽頭からもクラミジアが
検出される
Fitz-Hugh-Curtis 症候群
クラミジアなどによる骨盤腹膜炎が波及して肝周囲炎を来したもの
男性では主に尿道炎,副睾丸炎など。
診
断:
確 定 診 断;感染局所からの病原微生物の検出
*抗体検査は補助的診断法である。
検
出
法;抗原検出法,核酸検出法,細胞培養法
尿道,子宮頚管粘膜上皮細胞など、感染局所を十分に擦過して検体とする。
女性の場合、子宮頸管炎の時点では自覚症状に乏しく、性交痛や下腹痛が自
覚される頃には、Chlamysia trachomitis は既に腹腔内に浸透しており、子
宮頚管からの検出は出来ないことが多い。この場合、補助的診断法として抗
体検査を行う。抗体検査(IgM,IgG,IgA)は感染の既往の検査である。
一度感染すると治癒しても 1 年半から 2 年は抗体価は高く持続する。すなわ
ち治療経過の判定には用いられない。
治
療;テトラサイクリン系(ドキシサイクリン,ミノサイクリン)
マクロライド系(アジスロマイシ,ンエリスロマイシン,クラリスマイシン)
ニューキノロン系
(オフロキサシン,トスフロキサシン)
*妊婦はマクロライド系が選択される
投与期間は単回投与~7 日間
セックスパートナーも同期間治療することが必要
治癒の判定;治療終了後 3~4 週間目に抗原もしくは核酸検出法を行う。
PID や肝周囲炎などでは臨床症状と CRP などの炎症反応も判定の視標となる。
性器ヘルペスウイルス感染症
Herpes Simplex Virus (HSV)の感染による
1 型(HSV-1);非性器感染(眼,口,脳等)が多い
2 型(HSV-2);性器感染が多い
急性の症状をとるものには 1 型が多く、再発を繰り返すのは 2 型が多い。2 型が感染源
となりやすいと考えられている。
性器に感染すると神経を伝わって上行し、仙髄神経節に潜伏感染する。
症状がなくても HSV が子宮膣部や尿道から排出されることあり。
すなわち症状がないからといって感染を回避できるとは限らない
症
状:
急
性
型
潜 伏 期 間;3~10 日間
外陰部掻痒感,不快感,灼熱感,外性器水疱・潰瘍,鼠径部リンパ節腫脹,発熱,
全身倦怠感,頭痛等を伴うこともある
再
発
型
神経節に潜伏した HSV が再活性化され発症
急性型に比べ症状は軽度で自然治癒する事も多い
診
断:
臨床的には、外陰部の浅い潰瘍性または水疱性病変
HSV 分離培養法
細
胞
;もっとも確実であるが時間と費用がかかる
診:潰瘍面からの擦過細胞診にて多核巨細胞,スリガラス状核の確認
HSV 抗原検出法
;病変部から採取した細胞を、蛍光抗体法,酵素抗体法などで検出
ウィルス DNA 検出法
;DNA プローブ法,PCR 法
血清抗体検査
;補体結合反応,中和反応
*初感染では 2~3 週間後に抗体陽性となるが、急性期には陰性で回復期になって初めて
陽転化するので急性期には診断できない。また、再発型では症状出現の前後で抗体価
が大きく変化しないため診断には役立たない。
治
療:
抗ウィルス剤[アシクロビル(ゾビラックス),パラシクロビルバルトレックス)
ビダラビン(アラセナーA)
]の全身的局所的投与
月経、飲酒、疲労で誘発されることがあり、また、免疫抑制時にも HSV の再活性化がお
こり発症
→
再発を年 6 回以上起こす患者を対象として再発抑制療法としてバルトレ
ックスの連日投与が認可
発熱・疼痛緩和,2 次感染の防止等の対症療法
性器ヘルペス合併妊婦の管理
経腟感染の危険があり、急性型では発症から 1 か月以内の分娩は帝王切開。再発型では
発症から 1 週間以内の分娩は帝王切開。
尖圭コンジローマ
Human papilloma virus (HPV)による感染
主に 6 型と 11 型が原因ウィルス
罹患者との性交により 60~80%が感染
子宮頚部癌の原因ウイルスも HPV であるがなりやすいウイルス型が異なり本疾患に罹患し
た場合、子宮頚部癌になりやすいということはない
症
状:
潜伏期間;平均 3 ヶ月(早くて 3~6 週、遅くは数年)
好発年齢;10 代後半~30 代前半
外陰,肛門周囲,尿道口,腟,子宮頚部など、性交により損傷を受けやすい部位に乳頭
状腫瘍を形成。子宮頚部では角化を伴わない乳頭腫や扁平な形態をとることが多い。
妊娠中は増大しやすく、産道感染にて新生児に 1/100 から 1/1000 の頻度で喉頭乳頭腫
を発症する危険性がある
診
断:
確 定 診 断;組織学的診断,コルポスコーピー,HPV 抗原(酵素抗体法),HPV-DNA
臨床症状にて診断が可能だが子宮頚部の病変は診断に苦慮することがある。
治
療:
外科的治療;切除,焼却,凍結
内科的治療;イミキモド(イミダゾキノリン誘導体)クリーム塗布(本邦初の尖圭コンジ
ローマ治療薬),5-FU 軟膏,ブレオマイシン軟膏, ポドフィリンチンキ
*ポドフィリンは本邦では認可されてなく、また抗癌剤も保険適応はない。
3 ヶ月以内に約 30%が再発し、
最低 3 ヶ月間再発がない事を確認する必要がある。
HIV 感染症/エイズ
全数把握対象の STD
HIV/エイズ報告数は増加傾向
日本での HIV 感染は年間 600~700、AIDS は年間 300~400 人の患者報告があり、1999 年より
同性間の性的接触による日本国籍男性の HIV 感染が著しい増加。
男性 ~ 女性/女性 ~ 男性=2~10 倍(精液中ウイルス量多い)
4~10 日でウイルス血症となる。
膣の潰瘍性病変や難治性カンジダ症になり易い。
AIDS へは約 10 年を経た後に発症
25 歳 HIV 感染者の平均余命は 1996 年には 10 年未満であったが、化学療法の進歩により 2000
年には 40 年となり、死の病から慢性疾患として位置づけられるようになった。
性感染症への対策
1.若年齢を中心とした性感染症への対策
中学生~性感染症予防のための教育を含む普及・啓発
高校生~性感染症の早期発見・早期治療に結び付けられるようなスクリーニングシステム
の構築
2.性感染症に関する啓蒙のための各種行事の活用
3.性感染症の検査や治療を受けやすい環境づくり
4.検体の送付による検査の試行
『当科における脊椎疾患の治療』
外科:臨床研究部
2009 年 3 月 5 日
清水 敦
平成 20 年に当科で行なわれた脊椎疾患 53 例の内訳において、腰椎椎間板ヘルニア 21 例、
腰部脊柱管狭窄症 16 例、頚髄症 8 例の 3 疾患について、それぞれの治療成績とともに疾患の
特徴を説明した。
腰椎椎間板ヘルニアは青壮年期に多く、当初腰痛のみであることもあるが、徐々に下肢痛
へと変化する。保存的治療が優先するが麻痺例や保存的治療に抵抗性の場合は手術を行なう。
頚髄症は年齢とともに生じる変性や後縦靭帯骨化などによる狭窄と先天的な狭窄とが組み合
わさって生じることが多く、手指の巧緻運動・歩行・排尿排便障害が主症状である。基本的
には手術のみが治療となる。
腰部脊柱管狭窄症は中年以降に多く、手術時の平均年齢は 70 歳である。下肢の痛み、しび
れ・脱力、排尿排便障害が主症状であるが、短時間の立位・歩行により下肢症状が出現し、
腰掛けて休むと改善するが歩き始めると再び症状が出る、いわゆる間欠跛行を特徴とする。
これは立位では脊柱管が狭くなるためであり、硬膜外圧など研究結果で証明されている。治
療の基本は保存的治療で、消炎鎮痛剤とともにプロスタグランディン製剤も有効である。無
効例では手術を行う。
最後に、転倒・転落について、転倒直後にはレ線上骨折がはっきりしないことも多いこと、
痛い部位と骨折部が必ずしも一致しないこと、など注意点を挙げた。