業績連動型賃金制度の作り方

【レポートタイトル】
業績連動型賃金制度の作り方
1.今なぜ総額人件費管理か
右肩上がりの経済成長下においては、人件費の伸びよりも企業の生み出す付
加価値の伸び率の方が高い水準にあり、総額人件費管理の議論はあまり意味を
持ちませんでした。総額のコントロールよりもむしろ配分の仕組みをどうする
かが議論の対象でした。
しかしデフレ環境下においては限られた人件費原資をどのように企業業績と
連動させ、企業体力を維持しながら分配していくかということに議論の対象が
シフトしてきました。平成 12 年の国税庁調査によると、なんと 70%以上の企業
が赤字です。また平成 3 年から平成 13 年にかけての失われた 10 年の企業平均
を見ると、付加価値の伸び率を人件費の伸び率が 10%近く上回ってしまっていま
す。これでは健全な企業体質を維持することはできず、労務倒産にいたる可能
性まであります。したがって総額人件費管理をすることが企業の生死を決める
ことになるのです。
2.総額人件費管理の考え方
人件費と経営のバランスを見る際には労働分配率を使用します。
労働分配率の算式は、
「総額人件費÷付加価値」です。企業が生み出した付加価
値のうちどれだけが人件費として配分されたかです。この労働分配率が低けれ
ば企業の体力は高くなります。
業績と人件費が完全に連動し常に黒字が維持できるような人件費管理が理想
的です。そうなればどれだけ企業業績が悪化しても人件費を削減できるからで
す。しかし人件費を完全に変動費化することは不可能です。そこで次善の策と
して上記の労働分配率を一定に保つことで人件費の準変動費化を図ることがポ
イントになります。
この労働分配率を改善するポイントは 3 点に絞られます。
①付加価値を増大させる。
②社員数を減らす
③一人あたりの人件費を減らす
3.人事賃金制度再構築の視点
昨今は成果主義人事賃金制度の導入が活発化されていますが、
安直な成果主義導入は逆効果になります。社員のモラル低下を招き、ばらばら
組織を作り出してしまう危険性をはらんでいます。賃金制度を考える前に戦略
を検討する必要があります。企業戦略、事業戦略に基づいた人事戦略でなくて
はなりません。
「組織は戦略に従う」ということです。戦略なき人事賃金制度は
最悪です。ただ実際には人件費削減ありきの制度改定が多く見られ、運用に窮
して相談を受ける場合もあります。
(1)企業ビジョンの明確化
経営理念→事業ドメインの明確化→企業戦略→事業戦略→組織戦略→人事賃
金制度というステップを踏むことが重要です。組織戦略が決定しなければ、成
果主義、職務主義、能力主義、役割主義、どのような人事賃金制度が適してい
るか判断できません。
(2)高付加価値企業を目指す
業績と総額人件費を連動させることは重要です。しかしもう一方で取り組む
べきことは、企業の体質を変えることです。高収益体質を作り上げるためには
「成長戦略」
「競争戦略」を明確に示し、他社との差別化を図らなければなりま
せん。人件費論の前にここにメスをいれなければ、根本的な経営課題の解決に
はなりません。
(3)生産性を高める
もうひとつ重要なことは、社員 1 人あたりの生産性を高めるということです。
少数精鋭化を図るか、パート、契約社員などの活用により、人件費生産性を高
めるかのバランスも大切です。
各業界で優良といわれる企業の指標を参考に自社の生産性を確認し、1 人あた
りの付加価値、1 人当り経常利益、1 人当り人件費の目標値を設定することも大
切です。
4.利益計画と総額人件費
適正な総額人件費を決定するためには、経営計画が必要です。経営計画をも
とに適正人件費を決定することになります。
経営計画策定のステップはこのような順番になります。
①利益目標設定 ②固定費計画策定 ③変動費(率)決定
この中でも重要なのが利益目標の設定です。
④目標売上高設定
(1)利益目標の設定
目標利益の設定には大きく 2 種類が考えられます。
①積み上げ型必要利益の考え方 ②経営指標から設定する規範利益の考え方
積み上げ型の必要利益算出は次の計算式によります。
必要利益=銀行借り入れ返済額+内部留保(設備投資予定)+危険引当(総資
産×3%)
経営指標から設定する規範利益は次のように考えます。
目標とする総資本経常利益率(ROA)=目標とする売上高経常利益率×目標とす
る売上高回転率
中堅中小企業には①の必要利益の考え方が適しています。あくまで実数にこだ
わった目標設定が必要です。
(2)総額人件費の決定
利益目標が決定したら次のステップで、固定費を決定することとなります。
ここで総額人件費の検討をします。
適正労働分配率を設定し総額人件費予算を決定します。適正労働分配率は次
の要素を加味して決定します。
①これまで数年間の労働分配率の推移
②業界優良企業の労働分配率
③社員 1 人当りの経常利益
④社員一人当りの付加価値
⑤社員一人当り人件費
(3)業績との連動式の設定
適正労働分配率の設定が完了したら、次は業績連動の算式を設定することに
なります。業績と賃金を連動させる手法には大きく分けて 2 種類あります。
ひとつは月例給、賞与両方に業績を反映させる場合、もうひとつは賞与だけに
反映させる場合です。さらに賞与反映型については、冬期賞与反映型と決算賞
与反映型の 2 種類が考えられます。
月例給にも業績を反映させる場合、個人業績が明確に捉えられることがポイ
ントとなります。月例給には個人業績を反映させ、賞与には、全社業績、部門
業績を反映させる形式をとるからです。
月例給を変動させるのが適する業種は限られており、チェーンストアの店長、
自動車販売営業マン、不動産販売営業マン、などです。
その他の業種においては、賞与のみに業績連動を取り入れ、月例給与は固定
することが望ましいといえます。
いずれにしても目標利益の達成度に応じて総額人件費を決定することになりま
す。
目標利益の達成時には目標利益の超過部分を「株主」「会社」「税金」「社員」
で分配する利益 4 分法を採用します。これにより社員のモチベーションを喚起
することができます。
目標利益未達成時には、当初設定した労働分配率を実際の付加価値額に乗じ
て人件費の限度額を守ります。冬期賞与で調整する方式をとると冬期賞与の人
件費枠は次のようになります。
冬期賞与=年度付加価値予定額×労働分配率−(既払い月例給+夏期賞与+支
払い予定月例給)
したがって、冬期賞与の時点で年度の付加価値額がほぼ確定している必要があ
ります。
冬期賞与の時点で付加価値額の見通しが流動的であれば、決算賞与を活用した
ほうがよいといえます。
算定式は同じ考え方となります。
5.業種別業績連動型賃金制度設計のポイント
(1)製造業のポイント
製造業の職種は、製造部門と管理部門に分けられます。製造部門は個々人の
業績、成果の測定は困難です。したがって業績評価を組み立てる際には、チー
ム単位、工場単位の業績が主体となります。
要素としては「生産性向上」
「コストダウン」
「ミス削減」
「納期」といったも
のが代表的です。 また個人ごとの技術については、比較的短期間で向上がス
トップしてしまう職務内容も少なくありません。したがって賃金は「職務」に
対して支払われるべきであり、職務分析が重要になります。
(2)卸売業のポイント
卸売業については、一般的に営業部門、仕入部門、管理部門が中心になりま
す。多くの卸売業では、営業部門を主体に置いて賃金制度を組み立てることに
なります。営業所長や営業部長といったマネージャー職は売上高、粗利が業績
責任として挙げられます。また重要な指標として売掛金回収や在庫管理が挙げ
られます。また業績指標は以下の3つの基準で考える選択肢があります。
・目標、予算に対する達成度 ・前年(あるいは過去)実績に対する伸長度
・業績や指標の絶対額
(3)小売業のポイント
小売業は店舗の規模にもよりますが、店舗管理者、販売職、バイヤー、スー
パーバイザー、管理部門で構成されます。
店舗の業績は、店長とパート社員の活用による部分が大きいです。特に店長
の能力により業績が左右されます。店長にどこまで責任と権限を与えるかが戦
略上重要になります。理想的には、営業利益まで責任を持つと同時にほとんど
のコストをコントロールできる権限を与えることが望ましいといえます。
また業績評価について、一番職員数が多い販売職については個人業績を把握
するのは難しいのが実態です。したがって業績評価は店舗単位となります。
(4)建設・不動産業のポイント
建設・不動産業は扱う商品が高額になるため、業績のブレも大きくなる傾向
にあります。営業職に関しては実力の格差が顕著に表れます。賃金体系は営業
部門の個人業績を中心に組み立てることになります。 設計などの技術職は能
力レベルを判定するための基準、工事の現場担当者については、物件ごとの目
標収益の達成度を判定できるシステム作りがポイントとなります。
6.等級制度の設計
これまで解説してきたのは分配の仕組みであり、分配の仕組みだけでは人事
賃金制度としては不完全で、体系ではありません。
そこでトータルで人事賃金制度を再構築する必要があります。
大きく分けると「等級制度」「基本給」「業績賞与」「評価制度」となります。
業績賞与については説明しましたので、これから「等級制度」「基本給」「業績
賞与」「評価制度」について説明します。
まずは等級制度について。現在職能資格制度を導入している企業によく見ら
れるのは、等級数が必要以上に多く、それぞれの等級の違いがほとんどわから
なくなってしまっている現象です。
企業経営は保有能力ではなく「職務」
「責任」
「役割」
「役職」によって動いて
いるのです。等級も経営の実態に合わせて再構築すべきであると考えます。具
体的には役職と等級を関連付け明確な等級区分を設定することです。
中堅中小企業で業務遂行上必要な役職を考えると、主任、課長代理、課長、
次長、部長で十分と思われます。逆にこれ以上の役職を設定しても、役職ごと
の職務分掌を明確にすることが難しくなり、これまで失敗してきた年功化のス
パイラルから抜け出すことができません。
社員 500 名程度の企業規模であれば、6 等級で十分運用可能であると考えます。
自社の等級数を見ていただき、等級の違いが明確にできれば現在の等級で十分
であると思います。ただこれまで私が見てきたほとんどの企業では等級定義が
不明確であるため、結果的に安易に昇格させてしまい、職能資格制度が年功化
してしまっていました。
等級制度を変更することはもうひとつ大きなメリットがあります。
等級をブロードバンディング(統合)することにより、社員を再格付けする
ことになるということです。年功化した社員格付けをリセットすることができ
ます。
7.基本給の設計
先にお話した等級制度の年功化と合わせて賃金の年功化が問題となっていま
す。賃金の年功化を抑制するためには、等級定義の明確化、昇給基準の明確化
とあわせて、基本給の再設計を行う必要があります。
基本給見直しのポイントは、
「年齢給の廃止」と「等級ごとの上限賃金の設計」
です。並存型の職能給の根本的な課題として、年齢給にも職能給にも年功要素
が含まれていることが挙げられます。
新賃金表を設計する際は年齢給を廃止し、賃金表を一本化することをお勧めし
ます。
また賃金表を設計する際は、標準滞留年数、昇給上限年数を設定し上限年数
に達した場合昇給をストップすることを厳格化すべきです。役割や職務の高ま
りが望めなくなった場合、無理に昇給させてしまうことが結果的にリストラを
必要とさせてしまうことになるのです。十分留意が必要です。
8.人事考課制度
(1)能力評価の是非
職能資格制度でいう保有能力というものは果たして評価できるのでしょうか。
保有している能力とは中が見えないやかんの中にどれだけ水が入っているかを
当てるようなものです。能力は発揮された仕事の成果を通して始めて確認でき
るものです。したがって能力評価は必要ないと言えます。
結果(成果)系だけの評価ではなく、プロセス系の評価も必要であるとの観
点からすれば、コンピテンシー(行動特性)評価が有効です。
(2)職務基準
若年層や一般階層は業務遂行の主役になることが求められています。したが
ってこなすべき業務の明確化とその遂行レベルの明示が必要です。これが職務
基準書です。職能資格制度の職能用件書は「○○できる」という記述ですが、
職務基準書は「どの仕事」「どのレベルで」がそれぞれ設定されます。
これにより評価のあいまいさを排除することになります。
(3)役割基準
若年層、一般層が職務基準で評価されるのに対して、管理職は役割の遂行度
中心に評価されるべきです。管理者とは部下をとおして仕事をする役割です。
役割基準を明確にするため「役割基準書」を作成し、職務分掌を明確にします。
9.退職金制度の見直しについて
賃金体系を改革する際は、合わせて退職金制度も改定すべきです。現在ほと
んどの中小企業は基本給連動型の退職金制度を採用しています。
賃金は「成果」
「業績」
「職務」
「責任」を軸に決定するのに、退職金だけは「勤
続」という職務と無関係な要素で決定されるまま残されるのは矛盾があります。
まずは基本給連動型の退職金から脱却することです。それにより逆に賃金体
系の設計の自由度が増すことにもなります。
①ポイント制退職金
職能等級、勤続年数、年齢、役職の要素を加味してポイントを配分し 1 年あ
たりのポイント数を設定します。
退職金=退職時における累積ポイント×ポイント単価
②別テーブル方式
別テーブル方式とは賃金表のように退職金支給表を作成することです。基本
給と分離する手法としてはもっとも簡単な手法ですが、運用が容易なため中小
企業では受け入れやすい方法です。
よくご理解いただきたいのは、人事賃金制度は構築してからの運用と改善が
大切だということです。企業戦略が日々変化する中組織戦略も日々変化します。
人事賃金制度が戦略に追いつかなくなったり、一人歩きしはじめると組織に悪
影響を与え始めます。人事賃金制度がいくらすばらしくても、それだけで社員
は動きません。
逆に人事賃金制度に問題があると、社員のモチベーションは一気に下がり、組
織風土は停滞します。そこを十分ご認識いただき制度改定にお取り組みいただ
きたいと思います。