フェアトレード商品を購入するのはいかなる人か?

関東社会学会第 59 回大会報告@明治大学(1106 教室)
第5部会:文化とライフスタイル(第1報告)
2011/06/19
フェアトレード商品を購入するのはいかなる人か?
――ロジスティック回帰分析による規定要因の解明――
早稲田大学文学研究科博士後期課程
/日本学術振興会特別研究員
畑山 要介
1.目的
本報告の目的は、2010 年度におこなわれた「多様化する消費生活に関する調査」1のデータに
もとづいて、フェアトレード商品購入の規定要因を明らかにすることにある。
フェアトレードとは「発展途上国の生産者に公正な対価を支払う取引の一般的形式」を指して
おり、その取引を介して商品化された産品をフェアトレード商品と定義する2。このフェアトレー
ド商品は、同種の既製品に比べ価格がわずかに高く設定されている。その意味では、その商品の
購入は「倫理的消費」あるいは「社会的消費」のひとつの典型であると言える。したがって、本
報告における分析は、今日における倫理的消費行動がいかなる要因によって規定されているかと
いう問題系のなかに位置づけることができる。
2.先行研究
イギリス国際開発庁(DFID)は、2008 年にイギリスでのフェアトレード商品購入の実態に関
する調査をおこなっている(DFID 2009)。当該調査では、フェアトレード商品の購入率は 72%、
1年当たりの平均購入回数は 12.8 回であることが明らかとなっている。また、購入には消費者の
属性が大きく作用しており、主に女性、高所得者、高学歴層という社会的カテゴリが強く規定し
ているとされる。さらに、購入者は政治関心や公共意識が高く、社会運動への参加、環境意識や
健康意識との相関が見られるとされる。イギリスではフェアトレード運動が従来から政治的革新
層によって受容されてきたという事情が反映された結果であると言えよう。しかし、近年では若
者を中心に様々な層に受け入れられ、より一般的な消費行動となりつつあるとも報告される。
一方国内においては、日本貿易振興機構(2006)や内閣府(2009)
、チェコレボ実行委員会(2009)
などにより認知度調査、購入実態調査がおこなわれている。これらの調査では、主にフェアトレ
ードの認知度の高まりが示される3。また購入者の特徴が、女性、ホワイトカラー、中・高所得者
層、
高学歴層といった属性にあることも示され、
この点は英国での調査結果との類似が見られる。
しかしながら、国内の調査では、購入者の属性や購入の契機といった事柄のみが問題とされ、
購入者の日常的な意識や行動に関する変数との関係は扱われてこなかった。普段の生活において、
どのような意識を持ち、どのような消費行動をとっている人がフェアトレードを購入しているの
か、こうした問題は現在においてはまだ明らかとされていない。
1
本調査の概要は資料1に示される通りである。
2フェアトレードは、主に途上国の生産者団体と先進国の販売業者を仲介するフェアトレード団体を組
織することによって成り立っている。その目的は、直接取引の際に生じる中間搾取を排除することに
あり、こうした構造を持つ取引一般をフェアトレードと呼ぶことができる。フェアトレードの起源は
主に 1940 年代のイギリスあるいはアメリカでの慈善活動にあるとされる。1990 年代には、欧米諸国
で商業化された形で普及し、日本では 2000 年代後半から次第に普及し始めている。
2007 年度の認知度が 2.2%であるのに対し、2008 年度の認知度は 17.7%となっており、フェア
トレードが急速にその認知を高めていることがデータから見ることができる。
3
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早稲田大学/日本学術振興会
畑山 要介
3.分析枠組
本報告では先行研究で示される属性変数と意識・行動変数を説明変数、フェアトレード商品の
購入を目的変数とするロジスティック回帰分析をおこなう。そのなかで、フェアトレード商品の
購入にはどのような意識、行動が作用しているのかを明らかにしていく。その分析の枠組みは以
下に示される通りである。
1)属性要因と意識要因の効果の比較
先行研究においては、属性要因と意識要因の効果の比較がなされていない。倫理的消費、社
会的消費と呼ばれる消費形態一般においては、消費者の社会的カテゴリよりも消費者の持つ価
値意識に規定される側面が大きいとされる(間々田 2007)
。フェアトレード商品の購入におい
てもそれは当てはまるだろうか。
2)公的規範意識か?私的欲求充足か?
日本におけるフェアトレード運動は 1980 年代以来、
市民運動として展開され発展してきた。
そうしたことからも、フェアトレード商品の購入は、消費者の政治的選択行動ないしは公共的
選択行動とみなされてきた(渡辺 2010)
。しかし、イギリスでは政治的、公共的な意識よりも、
自己の象徴的な世界の形成や個性の表現といったような私的欲求に動機づけられているという
可能性も示唆されている(Soper 2007)。今日のフェアトレード商品購入においては、公的規
範意識と私的欲求充足のどちらが強く作用しているだろうか。
3)環境配慮意識と健康配慮意識はどれほど効果があるか?
フェアトレード商品は、
「環境に優しく健康にも良い」と謳われている。実際に、フェアト
レード・ラベル機構は、商品のラベル認可の条件に環境配慮と有機栽培を盛り込んでいる。だ
が、商品の購入者は、実際どれほど環境配慮と健康配慮を意識しているだろうか。
4)商品選択の基準
フェアトレード商品購入者は、どのような商品選択基準を持つ人であろうか。どのような消
費志向が強く作用しているかという点から、明らかにすることができるのではないだろうか。
4.目的変数の基本統計
目的変数はフェアトレード商品選択に関する2値変数である(ふだんからフェアトレード商品
を購入する=1、購入しない=0)
。フェアトレード商品購入率は 6.9%(N=120/1620)であった。
性別、年代別の購入率は表1、表2に示される通りである。
表2 年代別購入率
年代
%
全体
6.9
10 代
0.9
表1 性別購入率
20 代
3.1
性別
30 代
9.6
%
全体
6.9
40 代
6.1
男
4.0
50 代
8.0
女
9.3
60 代
8.7
2
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2011/06/19
5.分析
モデル1:属性変数のみ
モデル2:属性変数+政治・公共意識変数
モデル3:全変数投入
表3 フェアトレード商品購入を目的変数としたロジスティック回帰分析
モデル1
モデル2
モデル3
B
B
B
Exp(B)
1.067
**
年齢
.029
**
世帯年収
.043
女性ダミー
1.127
1.029
.018
1.043
.047
3.085
.548
*
1.019
.010
1.048
.039
.138
*
1.148
.107
.427
**
1.532
.139
弱者の社会的支援
.466
**
公益のための個人的生活犠牲
.062
就学年数
.151
**
2.908
Exp(B)
**
1.163
政治関心
1.594
.298
1.064
-.022
環境配慮消費
.468
健康配慮消費
.112
個性志向
ライフスタイルに合わせた商品選択
modelχ
2
値
Nagelkerke R2 値
-9.327
.000
39.567
56.424
.063
.091
1.149
†
.978
**
1.597
1.118
1.490
.992
.908
*
1.382
-.188
.828
-10.246
.000
139.911**
.221
†
( p<0.1
*
p<0.05
・属性変数の効果は、意識・行動変数に比べて効果は低い (モデル1とモデル2の比較)
⇒性別以外の社会的カテゴリにほとんど規定されない消費行動であると言える
・政治・公共意識の効果は比較的低い (モデル2とモデル3の比較)
⇒必ずしもフェアトレード商品購入が消費者の政治的行動であるとは言えない
・環境配慮消費が最も効果が高い変数 (モデル3)
⇒フェアトレード消費はエコロジー消費と類似した行動パターン。
・健康配慮消費の効果はほとんどない(モデル3)
⇒環境配慮消費によって効果が緩和された。フェアトレード商品購入と疑似的な相関か?
・個性志向、ライフスタイル消費、品質重視の効果が高い(モデル3)
⇒「自分らしさ」への欲求に方向づけられた消費行動であると言える。
3
1.348
.399
.323
.000
1.113
1.469
-.097
-6.990
1.039
†
*
流行に合わせた商品選択
定数
1.010
.385
-.008
ブランド・メーカーによる商品選択
1.730
**
デザイン重視の商品選択
品質重視の商品選択
Exp(B)
*
**
<0.01)
早稲田大学/日本学術振興会
畑山 要介
6.結論
以上の分析から明らかになったのは次の3点である。
第1に、フェアトレード商品の購入は環境配慮消費の効果が非常に高いということが明らかと
なった。さらに、それは規範的行動であるというよりは、むしろいわゆるロハス消費と呼ばれる
消費傾向と大きく類似している。ロハス的消費者とは環境配慮消費を、自らのライフスタイルと
して受容し、それによって「自分らしさ」を形成する人々であり、フェアトレード商品もこうし
た消費者層に購入される傾向にあることがうかがえる。
第2に、フェアトレード商品の購入は公的規範意識よりも私的欲求充足に動機づけられている
ということが明らかとなった。
経年比較はできないが、少なくとも今日のフェアトレード消費は、
政治志向的、
公共志向的な消費行動であるというよりは、
むしろ自己のライフスタイルへの欲求、
ないしは個性への欲求といった私的欲求に方向づけられた消費行動であると言えよう。
第3に、フェアトレード商品の購入は、精神的欲求と物質的欲求の両方に規定されているとい
うことが明らかとなった。購入者は「自分らしさ」を求めると同時に商品の品質を求めており、
精神的な欲求と物質的な欲求が必ずしも相互排他的であるわけではないことがうかがえる。その
意味では、フェアトレード商品購入は「脱物質主義的欲求」というよりは、むしろ「真物質主義
的欲求」
(間々田 2007)に規定されていると考えられる。
これらより、フェアトレード商品の購入者像がより浮き彫りとなった。しかしながら、性別や
年代によって、その像は違いを見せる可能性もある。また、公共意識が私的欲求を媒介している
という可能性、すなわち、公共的/私的の境界変動ないしは境界融解という可能性をさらに検討
する必要もあるだろう。本報告では、フェアトレード商品を購入するのはどのような人々か、そ
の輪郭を示すことが目的であったため、その点にまで言及することはできなかった。今後は、倫
理的消費行動一般を視野にいれながらより詳細に分析を重ねていきたい。
参考文献
チョコレボ実行委員会, 2009, 『フェアトレード認知・市場ポテンシャル調査報告書』チョコレボ実行
委員会.
DFID, 2009, Eliminating World Poverty: Building our Common Future, London:
DFID.
間々田孝夫, 2007『第三の消費文化論-モダンでもポストモダンでもなく』ミネルヴァ書房.
内閣府, 2009, 『国民生活白書』社団法人時事画報社.
日本貿易振興機構, 2006,「環境と健康に配慮した消費者及び商品・サービス市場」
『JETRO・ジャパニ
ーズ・マーケット・レポート』No78, 日本貿易振興機構.
Soper, Kate, 2007 “Re-thinking the `Good Life’: The Citizenship Dimension of Consumer Disaffection with
Consumerism”, Journal of Consumer Culture, 7(2): 205-229.
渡辺龍也, 2010, 『フェアトレード学―私たちが創る新経済秩序』新評論.
追記
本報告は、2010-2012 年度科学研究費補助金基盤研究(B)に採択された「ポスト・グローバ
ル消費社会の動態分析――脱物質主義化を中心として」
(課題番号:22330160,代表:間々田孝
夫)の成果の一部である。ならびに、2010-2012 年度科学研究費補助金特別研究員奨励費に採択
された「消費主義と倫理的消費の関係をめぐる基礎的研究」
(課題番号:10J00855, 代表:畑山
要介)の成果の一部である。
(連絡先:[email protected]
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関東社会学会第 59 回大会報告@明治大学(1106 教室)
第5部会:文化とライフスタイル(第1報告)
2011/06/19
資料1 調査概要
調査主体:グローバル消費文化研究会(代表:間々田孝夫)
調査委託:中央調査社
母集団:新宿駅 40km 圏の 15 歳以上 70 歳未満の男女
調査方法:郵送法による質問紙調査
調査期間:2010 年 9 月~10 月
計画標本規模:4000
標本抽出法:住民基本台帳を用いた多段無作為抽出法
抽出ミス件数:1
未着票数:37
有効抽出票数(計画標本規模-抽出ミス件数-未着票数):3962
回収数:1776
無効票:27
有効回収数(回収数-無効票)
:1749
有効回収率(有効回収数/有効抽出票数):44.1%
資料2 分析に使用した変数の値
変数
値
(目的変数)
フェアトレード商品購入
0=あてはまらない 1=あてはまる
(説明変数)
女性ダミー
0=男性 1=女性
年齢
1=200 万円未満 2=200 万円以上 400 万円未満 3=400 万円以上 600 万円未満 4=600
世帯年収
万円以上 800 万円未満 5=800 万以上 1000 万円未満 6=1000 万円以上 1200 万円未
満 7=1200 万円以上 1400 万円未満 8=1400 万円以上 1600 万円未満 9=1600 万円以
上 1800 万円未満 10=1800 万円以上 2000 万円未満 11=2000 万円以上
就学年数
9=中学校 12=高校 14=専門学校、短大・高専 16=大学 18=大学院
政治関心
1=関心がない 2=あまり関心がない 3=やや関心がある 4=関心がある
弱者の社会的支援
1=そう思わない 2=あまりそう思わない 3=ややそう思う 4=そう思う
公益のための個人的生活犠牲
1=そう思わない 2=あまりそう思わない 3=ややそう思う 4=そう思う
以下の変数(多重回答項目)を加算方式で得点化した合成変数
環境配慮消費
マイバック使用、 簡素包装、 リサイクル商品選択、 省エネ電化製品選択、
環境ラベル商品選択、 環境配慮企業・店舗の選択
健康配慮消費意識
以下の変数の主成分得点を用いた合成変数(回転なし)
(遺伝子組み換え食品回避)
1=あてはまらない 2=あまりあてはまらない 3=ややあてはまる 4=あてはまる
(有機栽培の野菜購入)
1=あてはまらない 2=あまりあてはまらない 3=ややあてはまる 4=あてはまる
(無添加食品の購入)
1=あてはまらない 2=あまりあてはまらない 3=ややあてはまる 4=あてはまる
個性志向
1=あてはまらない 2=あまりあてはまらない 3=ややあてはまる 4=あてはまる
ライフスタイルにあわせた商品選択
1=あてはまらない 2=あまりあてはまらない 3=ややあてはまる 4=あてはまる
デザイン重視の商品選択
1=あてはまらない 2=あまりあてはまらない 3=ややあてはまる 4=あてはまる
流行に合わせた商品選択
1=あてはまらない 2=あまりあてはまらない 3=ややあてはまる 4=あてはまる
品質重視の商品選択
1=あてはまらない 2=あまりあてはまらない 3=ややあてはまる 4=あてはまる
ブランド・メーカーによる選択
1=あてはまらない 2=あまりあてはまらない 3=ややあてはまる 4=あてはまる
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