外来雑草の農業被害と分布・拡散パターン

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植 物 防 疫 第 66 巻 第 4 号 (2012 年)
ミニ特集:雑草防除に関する最近の話題
外来雑草の農業被害と分布・拡散パターン
―アレチウリとライグラス類を例に―
(独)農研機構 中央農業総合研究センター
黒 川 俊 二
ダイズ畑へ侵入した場合には,現状の除草剤による化
は じ め に
学的防除,中耕培土による機械的防除等はいずれも効果
本特集の前記事にあるように,多くの外来雑草は輸入
が小さい。そのため,手取り除草が可能な体系でない限
飼料への種子混入→堆肥を介した全国の飼料畑への同時
りダイズ生産の継続は非常に困難である。現在までのと
侵入→それぞれの侵入地からの分布拡大という侵入パタ
ころ,ダイズ畑への侵入事例はまだ限られており,この
ーンを示すものが多い。一方で,そのパターンでの侵入
段階で警戒を強め,侵入初期段階で手取り除草を行うな
とは考えにくい外来雑草も存在する。ここでは,輸入資
ど,侵入防止の徹底が求められる。中央農業総合研究セ
材や畜産由来の堆肥が直接投入されるとは考えにくい河
ンターでは,アレチウリへの警戒を啓発するためのパン
川敷を中心に発生しているアレチウリ(Sicyos angulatus)
,
フレットを作成しホームページで公開している(図―1;
および飼料作物あるいは緑化植物として意図的に導入さ
http://narc.naro.affrc.go.jp/chousei/shir you/kankou/
れたライグラス類(Lolium sp.)の 2 種について,農業
weed/sicyos.pdf)
。
被害の実態を紹介する。さらに,最近の研究で明らかと
2
なってきた両種の分布・拡散パターンから考えられる対
アレチウリは原産地の北米では東部全域に分布し,北
はカナダから南はフロリダ半島にいたる(BRITTON and
策の方向性について検討を行った。
植物防疫
。日本の
BROWN, 1947 ; USDA-NRCS PLANTS database)
I ア レ チ ウ リ
1
農業被害の実態
分布域
ほかにも,韓国,台湾等東アジア,トルコなどの西アジ
ア,ヨーロッパ各国に帰化し問題となっている(PIGNATTI,
アレチウリは,イチビやワルナスビといった外来雑草
1982 ; TERZIOGLU and ANSIN, 1999 ; LARCHE, 2004 ; KIL et al.,
と同様に,飼料用トウモロコシ畑に侵入し大きな被害を
2006 ; ANAGNOU-VERONIKI et al., 2008)。最も高緯度はノル
もたらしている(清水,1999)。アレチウリの最大の特
ウェーの北緯 59°,低緯度ではマルティニーク(西イン
徴は,春から秋まで出芽が続き,つる性で作物に絡みつ
ド諸島)の北緯 14°に分布し,気候区分からすると日本
いて生長することである。また,土壌処理除草剤の効果
はすべて分布可能域と考えられる(OUREN, 1987)。
が低く,つるを急速に伸ばして大型になるため(1 本の
現在の分布は本州が中心であるが,北海道や九州でも
つるが 5 ∼ 8 m),アレチウリがまん延すると,長大型
分布の報告がある(北海道環境生活部環境局;荒金,
作物である飼料用トウモロコシであっても圃場全体がな
2009 など)
。発生報告の多い東北地方と中部地方のアレ
ぎ 倒 さ れ る な ど 壊 滅 的 な 被 害 が 生 じ る(ROSS and
チウリ集団の遺伝構造を解析した結果,地方集団間での
。
W ILLIAMS, 1966)
遺伝的な違いは小さく,遺伝距離と地理的な距離の関係
一方で,アレチウリは短日性が強く,開花は 8 月中旬
も見られなかった(KUROKAWA et al., 2009)。これは両地
以降である。そのため,9 月上旬までに飼料用トウモロ
方に同じ遺伝子プールから複数回の侵入があったことを
コシが収穫される栽培体系であれば,種子生産前に収穫
示唆する。このことからアレチウリは,イチビなど輸入
されるためまん延には至らない(高柳,2001)。ところ
飼料を介して日本各地に侵入した外来雑草と同様に,全
が,子実を収穫するダイズの場合,収穫期がアレチウリ
国各地にまんべんなく侵入する機会のある経路によって
の結実期以降になるため,いったん侵入すると 1,2 年
侵入したと考えられる。
3
でまん延に至るケースが見られる(口絵①)。
河川敷への侵入経路
アレチウリは,千曲川,信濃川,多摩川,阿武隈川,
Crop Damages by Invasive Alien Weeds and their Spreading
Pattern. By Shunji KUROKAWA
(キーワード:外来雑草,アレチウリ,ライグラス類,特定外来
生物)
北上川といった大きな河川の河川敷で大発生し,河川敷
固有の植生をかく乱していることが指摘されている。国
はこれらの状況から生態系への悪影響が大きい外来種と
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