月刊うちゅう Vol.30 No.4 (2013) 素 粒 子 の 探 索 30 年 本誌「月刊うちゅう」が創刊される前 年 の 1983 年 に 、素 粒 子 1 W と Z が ス イ ス の ジ ュ ネ ー ブ 近 郊 に あ る CERN( 欧 州 原 子 核 研 究 機 構 )の SPS( ス ー パ ー 陽 子 シ ンクロトロン)で発見されました。この 発 見 は 、「 自 然 界 の 力 2 を 全 て 統 一 し て 理 解する」という夢を、現実に近づける大 きな一歩でした。その後に発見された新 粒 子 は 、米 国 シ カ ゴ 近 郊 に あ る FNAL (フ ェ ル ミ 国 立 加 速 器 研 究 所 ) の Tevatron ( 陽 子 ・反 陽 子 衝 突 型 加 速 図 1 CERN の SPS ( 青 の 円 、 周 長 器 )を 使 っ た 実 験 で 、1995 年 に ト ッ プ 7km) と LHC( 緑 の 円 、 周 長 27km) ク ォ ー ク 、 2000 年 に タ ウ ニ ュ ー ト リ ノ 。 © OpenStreetMap contributors そ し て 去 年 、2012 年 に 、素 粒 子 に 質 量 を 与 え る ヒ ッ グ ス 粒 子 が CERN の LHC (大 型ハドロン衝突型加速器)で、その存在がほぼ確定されました。これで標準理 論 が 必 要 と す る 素 粒 子 17 種 類 が 全 て 出 揃 っ た の で す 。 ち な み に 、 タ ウ ニ ュ ー トリノの発見は丹羽公雄グループによる検出で、トップクォークの予言は小 林 ・ 益 川 理 論 に よ る も の で す 。 本 稿 で は W、 Z、 そ れ と ヒ ッ グ ス 粒 子 を 中 心 に 述べたいと思います。 今 か ら 半 世 紀 ほ ど 前 、1967 年 に 、ワ イ ン バ ー グとサラムが電磁力と弱い力 2 の統一理論を提 唱しました。弱い力を媒介する素粒子にヒッグ ス粒子が質量を与えて、当時知られていた現象 を う ま く 説 明 す る も の で し た 。こ の 素 粒 子 が W と Z で 、陽 子 の 約 100 倍 と い う 非 常 に 重 い 素 粒 子が存在するはずと予言したのです。さらに、 中性カレントという Z が介在する未知の素粒子 反応も予言していました。じっさい中性カレン ト が 発 見 さ れ 、 ワ イ ン バ ー グ と サ ラ ム は 1979 年にノーベル賞を受賞しました。素粒子に質量 を与えるヒッグス粒子というのは、南部陽一郎 博 士 が 1960 年 に 提 唱 さ れ た 「 自 発 的 対 称 性 の 図2 南部博士と磁石のテーブ やぶれ」という概念が基本になっています。南 ル 2010 年 6 月 16 日 月刊うちゅう Vol.30 No.4 (2013) 部 博 士 は こ の 研 究 で 2010 年 に ノ ー ベ ル 賞 を 受 賞 さ れ ま し た 。 大 阪 市 立 科 学 館 ではこの概念を説明する装置「磁石のテーブル」を展示していて、どうやって 質量を与えるかを解説しています。著者は「月刊うちゅう」で何度か 紹介し、 著者のホームページにも掲載していますので、ぜひご覧ください。 さ て 、陽 子 の 100 倍 も 重 い 素 粒 子 を 直 接 捕 ま え よ う と い う の が CERN の SPS に よ る 実 験 で 、周 長 7km の ト ン ネ ル を 陽 子 と 反 陽 子 を 光 速 に 近 い 速 度 で 走 ら せ て 衝 突 さ せ る も の で し た 。そ し て 、じ っ さ い に ほ と ん ど 予 想 通 り の 質 量 で W と Z が 見 つ か っ た の で す 。「 月 刊 う ち ゅ う 」 創 刊 の 前 年 に W と Z が 発 見 さ れ 、 30 周 年 の 前 年 、 2012 年 に W と Z を 非 常 に 重 く す る ヒ ッ グ ス 粒 子 が 発 見 さ れ 、 弱 い力と電磁力の統一がほぼ完全なものにな ったのです。 W と Z の 発 見 時 に は 、す で に 弱 い 力 と 電 磁 力 に 加 え て 強 い 力 2 もひとつに統 一しようという大統一理論がさかんに研究されていました。大統一理論は陽子 の 崩 壊 を 予 言 し て い て 、そ の 時 に ニ ュ ー ト リ ノ の 放 出 が あ る と さ れ て い ま し た 。 そこで、このニュートリノを捕らえようと 岐阜県にカミオカンデが建設された の で す 。 W と Z が 発 見 さ れ た の と 同 じ 1983 年 で す 。 そ の 後 、 陽 子 崩 壊 は 発 見 されず、当時の大統一理論は否定されました。現在は超大統一理論の予言を実 証 し よ う と 実 験 が 行 わ れ て い ま す 。 ま た 、「 月 刊 う ち ゅ う 」 創 刊 の 年 、 1984 年 には、超弦理論によって重力も含むすべての力の統一が実現する可能性が示さ れました。現在、究極の理論の候補と考えられ、数学者も巻き込んで研究が 行 われています。統一理論を追い求める研究は止むことがないようです。 ち な み に 、W や Z の よ う に 直 接 的 な 証 拠 を 捕 ま え よ う と し た ら 、大 統 一 理 論 で は SPS 実 験 の 100 兆 倍 の エ ネ ル ギ ー が 必 要 で 、 超 弦 理 論 は 銀 河 系 ぐ ら い の 大きさの実験装置が必要になるそうです。 と こ ろ で 、W と Z を 発 見 し た SPS 実 験 は 、実 験 装 置 の 建 設 費 を 含 め て 約 1000 億 円 の プ ロ ジ ェ ク ト で す 。 ヒ ッ グ ス 粒 子 を 発 見 し た LHC は エ ネ ル ギ ー が SPS 図 3 SPS の 検 出 器 ( 左 ) と LHC の 検 出 器 ( 右 ) © CERN 月刊うちゅう Vol.30 No.4 (2013) の 30 倍 で 、実 験 装 置 が 5000 億 円 、全 体 計 画 が 1 兆 円 の プ ロ ジ ェ ク ト で す 。両 方 と も 欧 州 の 各 国 が 出 資 し て 運 営 す る CERN で 実 施 さ れ た も の で す 。図 1 に 示 したトンネルの大きさから実験の巨大化が理解できます。検出器も比べようと CERN の ホ ー ム ペ ー ジ か ら 写 真 を 転 載 し て み ま し た ( 図 3 )。 ス ケ ー ル の 違 い が想像できます。一方、米国においては、タウニュートリノとトップクォーク の 発 見 に 使 用 し た Tevatron の 建 設 費 が 改 造 費 を 含 め て 、約 400 億 円 で す 。1982 年 に は 、約 1 兆 円 の 建 設 費 で 、周 長 90k m の ト ン ネ ル を 掘 っ て 、 1 万 個 の 超 伝 導 磁 石 を 使 う SSC( 超 伝 導 超 大 型 加 速 器 )計 画 が た て ら れ 、ヒ ッ グ ス 粒 子 の 発 見 が 期 待 さ れ て い ま し た 。じ っ さ い に 15km の ト ン ネ ル を ほ り 、2000 億 円 の 経 費 支 出 を し た の で す が 、財 政 難 に よ り 1993 年 に こ の 計 画 は 打 ち 切 ら れ ま し た 。 超経済大国であっても、一国だけではヒッグス粒子の探索はできなかったので す。 こ の よ う に 、「 月 刊 う ち ゅ う 」 が 刊 行 を 続 け て き た 30 年 は 、 半 世 紀 前 の 統 一 理論を実験的に確認した時代でもあったのです。実験は一国ではとてもできな い巨大なものに成長していますが、統一理論を追求する科学者の活動は止むこ とがありません。先日、超弦理論の大家である大栗博司博士の講演 会に参加す る機会がありました。超弦理論は、実 験的な証拠はまだないが、ブラックホ ールの矛盾を解決したり、高温超伝導 などの理解にも役立つと期待が高まっ ているそうです。超弦理論そもそもの 魅力、すべての力 2 の統一を熱く語ら れ、聴衆も知的興奮を味わいました。 美しいものを求める芸術家、そして その作品に魅了される愛好家、と同じ かもしれません。われわれ市民が科学 図4 右から大栗博士、著者、科学デモ ンストレーターの奥出さん、友の会の早 川さん 1 者と夢を共有できるのは、現代人の特 権でしょう。 斎藤吉彦(科学館学芸員) 身の回りにあるすべての物は小さな粒子、原子からできている。原子は原子 核とその周りを回る電子から、原子核は陽子と中性子から、陽子や中性子は 2 種類のクォークからできている。電子やクォークはこれ以上分解できない粒子 である。このように、もうこれ以上分解できない粒子を素粒子という。 2 重力、電磁力、弱い力、強い力の 4 種類の力が知られている。弱い力は原子 核が崩壊して放射線の一種β線を放出するときに関与 している力。強い力はク ォーク同士に作用する力で、太陽エネルギーや原子力エネルギーの源。
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